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学生部「御義口伝」講義開始55周年に寄せて(英語版への池田先生の序文)

学生部「御義口伝」講義開始55周年に寄せて(英語版への池田先生の序文)    (2017年8月31日付 聖教新聞)

 きょう8・31は「学生部の日」。1962年(昭和37年)8月31日、池田先生が男女学生部の代表に対して「御義口伝」の講義を開始したことを淵源としている。
 「御義口伝」は、日蓮大聖人が法華経の要文について講義された内容を、日興上人が筆録し、大聖人の御允可(許可)を得たものと伝えられている。仏法の奥義を記した重書である。
 第2代会長・戸田城聖先生が、正法を「生命の法理」として現代に蘇らせる基としたのも同書だった。
 62年(同)7月に学生部の代表が御書講義を願い出たことを受け、池田先生は「御義口伝」を題材に選んだ。折しも世界はイデオロギーによって分断され、大国は勢力を守るために、人類を滅ぼしかねない核兵器の開発競争に奔走していた。国内では経済発展の陰で公害が指摘され始め、政治や教育など各分野に歪みが生まれていた。時代は、確固たる哲学を求めていた。
 第3代会長就任から2年余り。加速度を増す広宣流布の全責任を担う激務の中、恒久平和への指導原理を示し、仏法の生命哲学、人間主義の理念を後継の学生に託す池田先生の渾身の講義は、5年間にわたった。以来、この〝師弟の相伝書〟の研さんは、長らく学生部の誇り高い伝統となってきたのである。
 講義開始から55周年となる本年、同部では年間拝読御書を「御義口伝」に定め、行学の錬磨に励んできた。
 その一環で、2004年発刊の英訳『御義口伝』に寄せられた池田先生の序文についても学び合ってきた。そして今回、55周年を記念して掲載する運びとなった。


法華経が説き明かした「万人成仏」の思想
「生命の尊厳」に基づく人間主義の時代を


 思えば、1962年8月、私は大学生のメンバーを対象に「御義口伝」の講義を開始した。未来への人材育成のためと、日蓮大聖人の深遠な哲学を現代に展開して、不信と憎悪が渦巻く核兵器の時代を信頼と調和の人間主義の時代へと転換させたいと深く念じたからである。

内なる変革から外の世界の変革へ
 仏教といえば、戒律や瞑想を中心とする「内なる世界」の探求のイメージが強く、「内なる世界」から「外なる世界」への働きかけという面が等閑視されてきたことも事実である。したがって、仏教を平和実現への哲学と捉える人も少なかった。
 しかし、日蓮大聖人は、有名な「立正安国論」に明らかなごとく、人間の内面の変革から始まって、外的世界の変革を実現するための根本の法理を提示されたのである。
 大聖人は、法華経を根本経典とし、人間変革、社会変革の源泉を仏や神という外的存在に求めるのではなく、人間自身の内面に通底し宇宙生命に遍在する「法」に見いだし、その「法」を開示・弘通された。
 しかし、それは当時の通念をはるかに超えていたために、法華経に説かれるとおり数々の大難に遭遇せざるを得なかった。実は、この忍難弘通の戦いが、法華経の教えが正しいことを証明し、同時に、大聖人が法華経を「身読」された、真実の「法華経の行者」であることを証明することになったのである。
 後に、身延入山を機に、大聖人は御自身の悟りの立場から、弟子の育成を図られながら、法華経を講義された。法華経の経文は、既に実感を伴って胸中にあったが、その奥義は、法華経の権威である天台大師や妙楽大師も説ききっていなかった。大聖人は、仏教の先達の教えを踏まえながら、その奥義の法華経講義を展開されたのである。
 その講義を直弟子の日興上人が筆録され、師である大聖人の御允可を賜ったのが「御義口伝」であると伝えられている。完成の日付は弘安元年(1278年)正月一日と記されている。
 法華経には巧みな譬喩や物語はあるが、哲学がないという批判がある。確かに法華経の文面だけを見れば、そのとおりかもしれない。しかし、仏教には「文・義・意」という原理がある。中国の天台大師や妙楽大師は、法華経の「文」から、「十界互具」「一念三千」「久遠実成」「開近顕遠」「開三顕一」などの精緻な「義」(法理)を引き出した。しかし、いまだ法華経の「意」を開顕することはなかった。
 日蓮大聖人は、法華経の「意」、つまり「肝心」を南無妙法蓮華経として顕され、その立場から法華経を講義されたのである。これがいわゆる観心釈であり、そこには深遠な哲学がある。日蓮大聖人が法華経に新しい生命を吹き込まれたのである。

「凡夫成仏」の原理

 「御義口伝」の構成は、「南無妙法蓮華経」から説き起こされて、法華経二十八品の各品の重要な経文を取り上げられ、天台大師や妙楽大師の解説を紹介された後に、あるいは経文の後に直接、大聖人の観心釈を示されるという形態をとっている。さらに、開結二経(無量義経・普賢経)の要文を解説され、合計231カ条に及ぶ。その上に別伝が加えられている。
 「御義口伝」の根本思想は何であろうか。さまざまな解釈が可能であるが、私は人間の尊厳、生命の尊厳をその究極において解き明かした点にあると思う。具体的には、「凡夫成仏」「凡夫即仏」の思想である。
 通途の宗教観は、人間を〝聖なるもの〟の下位におくものであった。しかし、人間を最高の精神的存在へと高めゆく宗教本来の精神からいえば、その人間を〝神の子〟〝仏子〟へと転換するところに宗教の存在意義がある。
 この観点を最も明確に示した「御義口伝」の一節を挙げたい。
 法華経寿量品には、釈尊の久遠成道を説いて、「我は実に成仏してより已来、無量無辺百千万億那由他劫なり」(法華経478㌻)とある。
 この「我」とは当然、教主釈尊のことであるが、日蓮大聖人はこの「我」を「法界の衆生」「十界己己」(御書753㌻)を指すと教示されている。つまり、十界の衆生がすべて本来、仏であると明かされているのである。
 もちろんそれだけであれば、「理」にすぎない。しかし、大聖人は「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は寿量品の本主なり」(同㌻)と仰せられて、題目を唱えることによって、誰人であれ、「本来、仏なり」と覚知することができると、具体的な方途を示されているのである。
 実に簡潔な表現のなかに、端的に「凡夫即仏」の原理を示されている。こうした人間観が「御義口伝」の顕著な特徴の一つである。
 また、人生は多難である。その意味で、人生は戦いであり、鍛錬であるといっても過言ではない。
 トルストイが「幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである」(木村浩訳「アンナ・カレーニナ」)と書いたように、人生には、肉親との死別、不治の病の宣告、倒産、失業、家庭不和など、さまざまな不幸の嵐が吹き荒れる。それが人生の実相であろう。
 だからこそ、人々は法華経の「現世安穏」の哲理に救いを求めるのである。しかし、苦難の故に人間は不幸であると決め付けるならば、幸福な人間など幻のごとき存在でしかない。
 日蓮大聖人もまた、迫害の連続の人生であられた。2度の流罪、死刑、武士や暴徒による襲撃、悪口罵詈等々、命に関わる大難の連続であった。それは法華経の説く「現世安穏」とは遠くかけ離れた実相であった。そのために、人々は大聖人が法華経を経文のままに実践する「法華経の行者」であることを疑ったのである。

「人の振舞」こそ
 大聖人は、法華経を講義されるなかで、御自身の来し方を省み、人生の実相を厳しく凝視されながら、「難来るを以て安楽と意得可きなり」(御書750㌻)と、法華経とは一見、反対とも見える結論を導き出されるのである。
 いな、法華経と反対の結論というより、人々が表面的に捉えていた経文の深意を浮かび上がらせたというべきであろう。
 これこそ、苦難のないことが幸福ではなく、苦難に負けないことが幸せであるとの真実の幸福観を提示されたものといえよう。
 さらに大聖人は、「涅槃経に云く『一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ如来一人の苦』と云云、日蓮が云く一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(同758㌻)と、一切衆生への同苦と、その苦を除く大慈悲の実践を宣言されている。
 このように、自分一人でなく、すべての人々の幸福を祈り願うところに、仏法者の生き方があることを、御自身の身をもって、指南されたのである。
 さらに、大聖人は、法華経に説かれる不軽菩薩に注目された。
 彼の菩薩の忍難弘通の方軌、信ずる者も謗ずる者も共に救いきる「法」の力、万人に内在する仏性を敬う「但行礼拝」の実践――そこには「万人成仏」の思想が如実に示されている。
 その修行のあり方を大聖人は御自身の修行に重ね合わせて、民衆救済の大慈悲の戦いを広宣流布として壮大に展開されたのである。
 大聖人は、法華経が釈尊一代聖教の肝心であり、法華経の修行の肝心は不軽品であるとされた。そして「不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(同1174㌻)と仰せられた。
 この御文は、仏法の真実を、経文だけでなく、人間の行動を通して示すことに仏の目的があるという、仏法の人間主義を高らかに謳いあげている。
 一切衆生に内在する仏性を自覚させるために、あらゆる人々を礼拝した不軽菩薩の実践は、揺るぎない信念と無限の勇気から発している。
 「御義口伝」では、この不軽菩薩の「但行礼拝」について14の角度から論じられている。
 その一つに、「鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(同769㌻)とある。現代社会に欠けている非常に重要な道徳的原理である。
 つまり、自分が他者を尊敬するならば、他者も自分を尊敬するという、相互信頼、相互尊敬の精神が説かれているのである。
 現代社会における人間疎外の最大の原因は、利己主義にある。
 これは、私が歴史学者のトインビー博士と語り合った結論でもある。
 いかにして利己主義を超克するのか。仏法から見れば、人間を自己中心に追いやるのは、その生命に潜む「元品の無明」である。これは、自身の生命が妙法の当体であり、本来の自身が仏という尊極の存在であることを知らない「無知」のことである。
 その無知を滅するのは、人間の仏性、人間内面の尊厳を信じて疑わない、確固たる「信」にある。この「信」の確立こそ、今、人類が最も必要としているものではないだろうか。
 この日蓮大聖人の生命と平和の哲学を世界に広め、その信仰と理念を共有する人々の連帯は、現在190カ国・地域(編集部注=現在は192カ国・地域)に拡大している。
 生命の真の尊厳に目覚めた人類の連帯が、戦争やテロの暴力を排除し、貧困や環境破壊など、人類が抱える地球的な問題を解決する日が来ることを確信するとともに、またその日が一日も早いことを強く願うものである。
2017-09-01 : 序文 :
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ブラジル・バレンサ大学からの名誉博士号授与式への謝辞

ブラジル・バレンサ大学からの名誉博士号授与式への謝辞   (2017年8月24日 ブラジル池田文化会館)

 ブラジル・リオデジャネイロ州に立つ最高学府「バレンサ大学」から、SGI(創価学会インタナショナル)会長の池田大作先生に同大学初の「名誉博士号」が贈られた。平和と教育への功績をたたえたもの。授与式は24日午後(現地時間)、サンパウロ市のブラジル池田文化会館で挙行され、アントニオ・セウソ・アウベス・ペレイラ学長、ジョゼ・ホジェリオ・モウラ・デ・アウメイダ・ネト教務部長、マリア・アパレシーダ・モンテイロ社会部長らが出席。ペレイラ学長からSGI訪問団の原田会長に学位記が代理授与された。また、同大学を設立した「ドン・アンドレ・アルコベルデ教育財団」(ジョゼ・ホジェリオ・モウラ・デ・アウメイダ・フィリョ総裁)から記念のメダルが贈られた。

ペレイラ学長の授与の辞(要旨)

池田博士は平和社会建設の方途を示す
青年を育て、差別を破り、対話を推進


 教育と世界平和のために、その生涯を捧げてこられた池田大作博士をたたえ、バレンサ大学から顕彰する機会を得られたことは、大変な栄誉であり、喜びであります。
 私たちは、総裁であるジョゼ・ホジェリオ・モウラ・デ・アウメイダ・フィリョ博士と本学教育研究改良普及審議会の代表として本式典に臨み、最高規範機関として、バレンサ大学より池田博士に対する、最高学術栄誉の桂冠である名誉博士号と「ドン・アンドレ・アルコベルデ教育財団」の記念メダルの授与を執り行います。
 授与されるこれらの桂冠は、総裁をはじめ、学長、教務部長、各学部長、教職員、学生の代表を含む大学の最高評議会の全会一致で採決されました。
 バレンサ大学は、優秀な教授陣を擁し、ブラジル教育省からも高い評価を受けております。学士課程だけでなく、大学院でもさまざまな分野での研究、地域に広げた活動を展開し、生活を変革しゆく高水準な教育を行い、半世紀の伝統を持っております。また付属高校も有しております。さらに今回の池田博士へのバレンサ大学からの名誉博士号の授与は、開学以来、初の快挙であることも強調しておきます。
 博士の国際的な偉業、人類のための貢献に対し、感謝の思いを表さずにはおれません。ここで、僭越ながら私自身のエピソードをお話しします。
 私の池田博士との初めての〝出会い〟は、その著作を通してでありました。美しい文章、写真と詩文のハーモニー、人権を守る人間主義の書に、心酔いたしました。
 1998年に池田博士とご家族に直接、お会いする栄誉に浴しました。今と同じく、荘厳な式典でありました。当時、リオデジャネイロ州立大学の総長として同大学の名誉博士号を、池田博士に自ら授与したのです。
 その際、創価大学や創価学園を訪問。日本文化に直接触れ、日本の美を間近で見ることができ、高い水準の科学技術などに接しました。人生で本当に貴重な瞬間となりました。
 創価大学や創価学園には、今でも鮮やかで素晴らしい印象が残っております。荘厳な建物や立派な研究施設、文化や環境への配慮、教職員・生徒との交流など、大変にありがたい経験となりました。
 傑出した教育者であられる池田博士は、同じく希代の教育者であられた牧口常三郎先生、戸田城聖先生の後継者として、1960年5月3日に創価学会第3代会長に就任されました。
 本日(8月24日)は、池田博士の創価学会へのご入信70周年です。大変におめでとうございます!
 私たちも、この重要な日を、皆さんと共に迎えられたことを心からうれしく思います(大拍手)。
 バレンサ大学をはじめ私たち一人一人は、特に意義あるこの日を祝福申し上げたい。
 池田博士は、日本やブラジルの創価学園、日本やアメリカの創価大学、6カ国の創価幼稚園という教育システムを築かれました。
 博士は、人間の尊厳のためにその身を捧げられ、最も根源的な人類の価値のために、世界の識者との〝心の対話〟に尽力されています。
 今や世界190カ国・地域以上に展開するこの仏教団体は、素晴らしい文化、教育、環境保護、人権擁護、そして世界平和の運動を推進しています。
 私は、2012年に創価学会の機関紙である聖教新聞のインタビューを受けました。
 その際、ブラジルSGIがブラジルに対して果たした素晴らしい功績について、私の意見を述べさせていただきました。
 1960年に結成されて以来、ブラジルにおいて特筆すべき重要な精神的、教育的な功績の実現についてであります。
 ブラジルSGIは、平和の文化の創造という目的をもって、青年を育て、社会にまん延する差別を打ち破り、自然との調和に根差した生命の価値を教え、日蓮仏法の哲学を根幹とした真実の人間革命を推進してこられたのです――と。
 今日、同SGIは日系子弟のみならず、ブラジル人にも広がり、社会から多くの称賛を受けています。
 池田博士が〝人間への尊厳こそ、文明の根幹をなす価値である〟と特に強調されていることは、特筆すべきです。同時に博士は、戦争による人類の遺産の破壊、核兵器の保有、国際的なテロ、人権軽視や国際法の侵害など、目まぐるしい歴史的な出来事に対して、早急な対策を呼び掛けています。
 なかでも、博士の世界平和のための提案は、核兵器廃絶、安全保障の拡大、平和の文化のための教育など、国連の改革に向けられています。
 このように、博士は第3の1000年の初頭を進む我々に、平和と共存のグローバルな社会建設の方途を示されています。池田博士は世界平和への模範的な長きご生涯にあって、常に核兵器のない世界の創出、対話による国際紛争の解決などを模索されてきました。
 平和の文化のため、人間のために、生涯を捧げられた哲学者、教育者、小説家、詩人、ヒューマニストである池田大作博士に、バレンサ大学名誉博士号を授与することを、ここに宣言します。
 大変にありがとうございました(大拍手)。

謝辞(代読)

人生の総仕上げの事業は教育
ソクラテスとプラトンの如き対話の金波を広げよ
我らの運命を変える力は我らの哲学にあり ブラジルの大文豪


 一、今、私の心は、太平洋の大海原を越え、そびえ立つアンデスの大山脈も越え、「リオデジャネイロ州の誇り」と讃えられる英知の府・バレンサ大学の栄えある授与式に臨ませていただいております。
 そして、敬愛してやまぬペレイラ学長から、最大の感謝を込めて「名誉博士号」を拝受しております。
 誠に誠に、ありがとうございました。(大拍手)
 嬉しいことに、この会場には、わがブラジルSGIの同志も駆け付けてくれております。
 私の誇りの宝友たちと、この栄光を分かち合えることは、何ものにも代え難い喜びなのであります。
 奇しくも、きょう8月24日は、1947年、19歳だった私が、恩師・戸田城聖先生と共に、平和建設の大航路に出立した原点の日であります。師は第2次世界大戦中、軍部政府の弾圧による2年間の投獄にも、断じて屈しませんでした。
 出獄後、「地球民族主義」の理念を青年に示し、最晩年の57年9月8日には、原水爆を「絶対悪」として厳しく断じ、その全面禁止を求める先見の「原水爆禁止宣言」を遺訓として発表しております。
 折しも、この7月、国連では核兵器禁止条約が採択され、被爆者の方々をはじめ幾多の先人の命を賭した叫びが、いよいよ世界の思潮となりゆく、一つの結実を見ました。なかでも、貴国・ブラジルは、長年、ラテンアメリカやカリブ海の国々と共に、核兵器を禁止する条約の制定を先導されております。
 なかんずく、人権の確立を求め、国連改革を訴えてこられた国際法の権威・ペレイラ学長がリーダーシップを執られる先駆的な大学こそ、貴大学であられます。その最高峰の英知の宝冠を、師弟の出会いより満70年のこの日に賜り、恩師に捧げることができました。これほどの誉れはありません。
 重ねて、重ねて御礼申し上げます。(大拍手)
 一、本日は、わが愛するブラジルの青年たちと一緒に、貴大学が刻んでこられた偉大な歴史を仰ぎつつ、21世紀を担いゆく若き世界市民の指標を3点にわたって確認し合いたい。

人間的価値創造が可能性を開く
 第1は、「対話の金波を広げる哲人たれ」という点です。
 貴大学は、半世紀前の67年に開学した「バレンサ哲学科学文学大学」が前身であると伺いました。貴大学の創立の志が、その名に表れています。
 〝我らの運命を変える力は、我らの哲学にあり〟とは、大文豪アシスの信念でありました。
 確固たる哲学の柱を抱いた青年の「人間的価値の創造」こそ、無限の可能性を開き、世界をも変えていくのであります。そしてそれは、かの大哲学者ソクラテスと弟子プラトンの如く、全人格を傾けた対話を通して共に真理を探求しゆく中で、成し遂げられていくのではないでしょうか。
 貴大学は、まさにそうした対話にあふれた人間教育の宝城であります。
 大学首脳と学生の代表が「バレンサ大学とコーヒータイム」と呼ばれる交歓会を開いて、大学や学部・学科の在り方や課題、そして今後の発展について闊達に語り合うことも、素晴らしき校風であります。
 ブラジルの創価の青年たちも、いやまして朗らかに対話の金波を起こしながら、生命尊厳の哲学のスクラムを広げていってほしいのであります。

危機に直面した時が建設の好機
 第2に、「危機にたじろがぬ社会建設の先導者たれ」と申し上げたい。
 教育が正しい人を創り、その人が正しい社会を創っていく――この電源地こそ、大学です。
 特にグローバル化の進む現代にあっては、世界の出来事が直接、困難となって個人に降りかかることも、多々あります。
 だからこそ、ペレイラ学長の洞察が、実に含蓄深く、胸に迫ってきます。
 すなわち、「危機に面した時に大切なことは、『新たなものを建設する時である』と決断することであり、それが人類の新たな歴史の局面を形成しゆく新たなパラダイムといえる」と。
 そして貴大学は、危機にたじろがず、むしろ新たな建設の好機として、「文化的な創造力」「学術面の向上心」を発揮し、社会の発展に貢献する人材を育成されているのであります。
 先哲の金言には、試練の時に「賢者はよろこび愚者は退く」とあります。ブラジルの若き賢者の喜びあふれる連帯が、新たな地球社会を建設しゆくことを、私は確信してやみません。
 第3に、「力を合わせて地域発展の道を開け」と訴えたい。
 わが憧れのバレンサ市の歌には、「バレンサの天空の光/それは、卓越した灯台なり。/ああ、わが故郷よ!/あなたの子どもであることこそ/無窮の栄誉なり」と歌われております。
 貴大学は、この麗しき故郷バレンサの地域社会の要請に応えつつ、伝統の教育学部から始まり、堅実に学部を増やし、総合大学に発展してこられました。
 とりわけブラジル有数の医学部、リオ州トップクラスの歯学部・獣医学部・看護学部を備え、健康増進プログラムや低所得者のケアに力を注ぐ、地域に不可欠な医療センターとなって大いに信頼されていることも、よく存じ上げています。(大拍手)
 地域が抱える諸課題に応じ、その解決に尽くしゆく貴大学の挑戦と、民衆に貢献されゆく貴校の卒業生の活躍こそ、新たな時代を照らし晴らす卓越した英知の灯台なりと、皆で大拍手を送ろうではありませんか!(大拍手)

地域貢献のモデルをブラジルから!
 一、ブラジル文学アカデミーのアタイデ元総裁は、私との対談で、「人間が他の人と仲良く社会、地域の繁栄を考え、目指し、ともに暮らしていくために教育がある」と語られておりました。わがブラジルSGIもまた、地域貢献・社会貢献のモデルを全世界に、仲良く聡明に、一段と示し切っていただきたいのであります。
 思えば、貴大学の源流を成す尊き教育の先人ドン・アンドレ・アルコベルデ先生が、1925年にバレンサの地に赴任して最初に行ったこと――それは、地域の未来を育む小学校と高校を創ることであります。
 私もまた、若き日から人生の総仕上げの事業は教育と心に定めてまいりました。恩師の夢を実現する創価教育の学園を創立してからは、50年となります。
 ご存知のように、ここブラジルの天地にも創価学園が誕生し、頼もしき英才たちが陸続と学び育っております。
 今日よりは、栄光ある貴大学の陣列に連なり、さらに愛するブラジル社会の発展と世界の平和のために尽力していくことをお誓い申し上げます。
 その決意を、リオ出身で、ブラジル初の児童図書館を創立された詩心の女性リーダー、セシリア・メイレレスの信条に託させていただきます。
 すなわち――「人類の平和も、一人一人の幸福も、思いがけずに享受するものではない。それは、明晰に時間をかけて育んで果たすべき課題である。一人一人の確固たる平和とともに世界の平和をつかみとるのだ」
 次の50年へ、敬愛するバレンサ大学に栄光あれ! 勝利あれ!
 大好きなブラジルに幸福あれ! 平和あれ!
 ムイト・ムイト・オブリガード!(ポルトガル語で「大変に、大変に、ありがとうございました!」)(大拍手)
2017-09-01 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 23 民衆勝利の七十年

随筆 永遠なれ創価の大城 23   (2017年8月25日付 聖教新聞)

民衆勝利の七十年

師弟誓願は時空超え 未来へ厳然
「対話」から人間革命も一切の変革も始まる


 その1枚の絵は、70年前の出会いを鮮烈に蘇らせてくれた。
 1947年(昭和22年)の8月14日、私が師匠・戸田城聖先生に初めてお会いした座談会の光景を、小説『新・人間革命』の挿絵でお世話になっている内田健一郎画伯が描いてくれた油彩画である。
 総本部の恩師記念会館で、師恩への感謝の勤行を行った折、妻と感慨深く鑑賞させていただいた。(今月22日)
 あの日あの時、戸田先生の声は、慈父の如く温かくも懐かしかった。
 「池田君は、幾つになったね?」
 「なんでも聞いてあげるよ」
 それは、久遠から約束されていた、必然の邂逅であったに違いない。
 「正しい人生」の道を求めてやまない19歳の私を、先生は「どうだ一緒にやるか」と導いてくださった。
 〝この人ならば信じられる!〟と、師にお仕えし、共に進みゆくことを、一人、心に深く決めた。出会いから10日後の8月24日、私は入信したのである。

「師子吼」を共に
 御本仏・日蓮大聖人は法華経に説かれる「師子吼」の意義について、「師とは師匠授くる所の妙法 子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」(御書748㌻)と仰せになられた。私が常に立ち返ってきた「御義口伝」の一節である。
 わが師匠には、全民衆を救い切っていくのだとの「地涌の菩薩」の大生命が漲っている。
 ゆえに弟子である自分も、この師と心を一つに祈り、戦い抜くならば、同じ勇気と智慧が湧いてこないわけがない。
 私はそう定めて、広布の最前線を走り、拡大の突破口を開いていった。誰もが不可能と尻込みする激戦にも、〝これは広宣流布の大師匠の構想だ。ゆえに、勝てないわけがない。いな、断じて勝たねばならない〟と、一念に億劫の辛労を尽くしつつ、勝利の旗を一つ一つ打ち立ててきたのだ。
 そして、わが同志は、難を恐れず、労苦も惜しまず、地涌の底力を現して、私と共に勇敢に戦い勝ってくださった。ただただ感謝を捧げたい。

生涯かけた信念
 思えば、歴史を変えた先人たちも、青春の誓いを生涯の主題とし、試練を越える力としていた。
 ――古代ギリシャの大哲学者プラトンは、若き日にソクラテスの門下となった。師が処刑されたのは、彼が28歳の頃だ。以来、真正の弟子として、一生を懸けて師の正義を宣揚していった。
 ――マハトマ・ガンジーは20代前半に渡った南アフリカで人権闘争に立ち上がり、インド帰国後は、民衆の自立と祖国独立のため命を捧げ、非暴力の大闘争を貫いた。
 私が戸田先生にお会いした1947年の8月14日は、奇しくもインド独立の前夜であった。
 ガンジーの直弟子だったパンディ博士とも、私は親交を重ねた。博士は14歳でガンジーの弟子となった。90歳を超えても、〝私は師の教えを叫び続けます〟と闘魂を燃やされていた。
 私が共に対談集を発刊したラダクリシュナン博士は年代的に、師匠と仰ぐガンジーと直接、会う機会はなかったが、師弟の道を突き進まれている。師弟とは、時空を超えた絆なのである。
 ――中国の周恩来総理と鄧穎超先生のご夫妻も忘れることはできない。「5・4運動」の渦中、若くして革命に身を投じたお2人であった。生涯「生命不息、戦闘不止(命ある限り、闘いを止めない)」との信念に徹し抜かれた。
 ――南アフリカのマンデラ大統領は20代で人種差別の撤廃運動に飛び込んだ。27年半の投獄にも屈せず、巌窟王の如く「闘いはわが人生」と屹立されていた。
 「誓い」を果たし抜く人生は、何と爽快であろうか。なかんずく、師弟共戦に生き抜いて、弟子として師匠に勝利と報恩の誠を捧げられることは、何と誇り高き栄光であろうか。
 8月24日は「壮年部の日」。「誓い」に生きる、広布の盟友たちに栄光あれ、健康長寿であれと、私は祈っている。

弟子が躍り出よ
 御書には「師匠は大地の如し」(900㌻)と譬えられている。
 豊饒な大地から多種多様な草木が、自在に枝葉を伸ばし、万花を咲かせていく。同じように、師弟が広布の「誓い」を共有する大地からは、文化・教育・平和の価値創造を担う多彩な人華が咲き、人間主義の花園が絢爛と広がっていくのだ。
 広布の使命と責任を分け合う縁ゆえに、戸田先生と私は、あらゆることを語り合い、たゆまず手を打ってきた。
 「聖教新聞」発刊の淵源も、戸田先生の事業が窮地に陥った一番苦しい時に、師弟の対話で着想されたものであった。奇しくも私の入信3周年(1950年)の8月24日のことである。
 「創価大学」の創立の構想は、同じ年の晩秋、神田の日本大学の食堂で、戸田先生と食事をとっている折に伺った。
 60年前(1957年)の9月8日、恩師が発表した「原水爆禁止宣言」の精神を、私たちは叫び抜き、展開してきた。核兵器なき世界を願う声の高まりは本年、遂に国連での「核兵器禁止条約」の採択に結実した。
 恩師が遠大な広宣流布の未来像を語ってくださったことも蘇る。
 ――創価学会は将来、必ずや世界の平和と文化を担う、中核的な存在としての使命を持つに至るだろう。そのための人材を育てる教育的母体となっていくに違いない。この「人間革命」の運動が人類の宿命をも変えていくのだ、と。
 「立正安国」即「世界平和」を築きゆく創価学会の大使命を、明快に示してくださったのだ。
 先生は、「レールは敷いておくからな。後は、君たちが思う存分に戦って広げよ」と語られた。
 私は不二の分身として、日本中、世界中を回って種を蒔いてきた。あの地にも、この国にも、地涌の菩薩よ、涌出せよと、大地に題目を染み込ませる思いで、一心不乱に祈り動いてきた。

人を宝として
 地涌の拡大は、出会った一人また一人を輝く希望の宝として、心から励まし、結んだ縁を、一つ、また一つと大切に育む積み重ねに他ならない。
 焦点は、常に目の前の「一人」である。
 この夏も、多くの同志が、私の心を心として、宝の未来部の一人ひとりを激励してくれている。その尊き「未来までの物語」に感謝は尽きない。
 ともあれ、我らの行進は、常に伸びゆく若人と一緒にある。
 先日、私は創価文化センターを訪れ、創価学園創立50周年の記念展示をじっくり見学した。(今月13日)
 わが70年の平和と文化と教育の使命旅の実に50年が、学園生と共にあったことを振り返りつつ、これからも未来永遠に若き後継の友が続いてくれることを、うれしく展望する一時となった。

天の時に暁鐘を
 大文豪・魯迅の言葉に、「もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」とあった。
 私が歩み始めた「師弟の道」も、最初は、誰も気づかない小さな一本の道だった。しかし今や、日本中、さらに全地球にまで伸び広がって、創価の民衆が誇り高く闊歩しゆく大道となったのだ。
 御書には、「涌出とは広宣流布の時一閻浮提の一切衆生・法華経の行者となるべきを涌出とは云うなり」(834㌻)と示されている。
 この夏も、インドから、またブラジルから、地涌の青年たちが誓願に燃えて来日してくれた。
 今月末には、55カ国・地域から280人の若人が集い、SGI青年研修会が開催される。
 各地での青年大会も、今月、大成功を収めた岩手、石川、富山に続き、来月も宮城、山形、青森で意気軒昂に行われる。
 創価の師弟の道に行き詰まりは絶対にないことを勇んで証明しゆく、若き愛弟子たちの躍進は、頼もしい限りだ。
 さあ、人間革命の拡大へ、対話をいやまして広げていこうではないか!
 「いよいよ」「これから」の本因妙の生命で!
  
 よからんは
  不思議と 覚悟の
    七十年
  師弟は勝ちたり 
    閻浮に広布を
   
 朗らかに
  民衆の心田へ
   仏種 植え
  平和の花園
   地球に広げて
   
 天の時
  創価の世紀の
   暁鐘を
  地涌の勇気で
   いざ打ち鳴らせ
    

魯迅の言葉は『魯迅文集1』所収「故郷」竹内好訳(筑摩書房)。
2017-09-01 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 22 未来部と共に成長

随筆 永遠なれ創価の大城 22   (2017年8月1日付 聖教新聞)

未来部と共に成長

広布のバトンを「正義の走者」へ!
「従藍而青」を信じ 師子を育てゆこう


 新たな生命が、この世に生まれることは、何という希望であろうか。
 門下の子どもの誕生を喜ばれた御聖訓が、私の胸にこだまする。
 「法華経流布あるべきたね(種)をつぐ所の玉の子出で生れん目出度覚え候ぞ」(御書1109㌻)
 わが未来部は一人ひとりが妙法の宝塔であり、広宣流布を担い立つ「玉の子」として、今この時に躍り出てくれた。
        ◇
 恩師・戸田城聖先生の出版社で私が働き始めたのは、21歳の時である。大変な毎日だったが、楽しくて嬉しくて仕方がない仕事があった。
 少年誌の編集である。
 〝全ての子らが、正義を愛し、平和を愛する、よき人生を〟と願った。
 よき言葉、よき物語を、子どもたちに届けようと、日本を代表する作家たちのもとを勇んで訪れ、誠心誠意、思いを伝えて、執筆や連載を快諾してもらった。
 依頼した作家の原稿が締め切りに間に合わず、自ら「山本伸一郎」のペンネームで、大教育者・ペスタロッチの伝記を書いたことも懐かしい。
 ペスタロッチは叫ぶ。
 「少年・少女が成長して、花咲いてゆくのをみることは名状し難い喜びではないか」と。
 私も同じ思いだった。ありがたくも今、「未来ジャーナル」や「少年少女きぼう新聞」を通して、若き宝友と心の対話を続けることができている。
 使命の花を咲き開かせていく未来部の友の姿に接する時、私の胸は、はち切れんばかりの喜びに満たされるのだ。

歌声に誓い込め
 7月の本部幹部会で、少年少女部、中等部、高等部の代表メンバーが、力強い演奏と共に、創価の希望の歌声を爽やかに響かせてくれた。
 一人ひとりが、勉強に、クラブ活動に、親孝行にと、挑戦を重ねて迎えた、感動のステージであった。家族の病や、学校でのいじめなどに負けず、祈りと勇気で勝ち越えた友もいると伺った。
 合唱してくれた歌は未来部歌「正義の走者」。
 第一次宗門事件の渦中の1978年(昭和53年)7月、私が岡山の地で作詞した歌だ。
   
 〽君も負けるな いつの日か
 共々誓いし この道を
 嵐も吹雪も いざや征け……
   
 「君よ」ではなく、「君も」と綴った。
 若きメロスよ! 君には、同じ志を抱き、嵐に挑む友がいる。
 君たちが進む道を開きゆかんと、苦難の道を走る創価の父母がいる。
 君たちの成長と勝利を厳然と見守り、楽しみに祈り待つ人がいる。
 ゆえに絶対に負けない。負けてはならない。同志と共に、父母と共に、「君も」また、断じて正義の道を踏破するのだ!
 私は、この万感の思いを歌詞に託した。
 誓いのバトンを受け取ってくれた当時の未来部の友は今、広布と社会のリーダーと光っている。
 未来部躍進月間――。「学会の永遠性の確立」の急所は、まぎれもなく、未来部の育成にある。
 伝統となった「E-1グランプリ」をはじめ、読書感想文や作文のコンクール、また「少年少女希望絵画展」も、皆で最大に応援していきたい。
        ◇
 人間教育において大事なポイントに、一方的に教えるのではなく、「共に学び、共に成長する」ということがある。これは、創価教育の父・牧口常三郎先生が先駆的に示されていた点でもある。
 学会の庭には、先輩も後輩も一体となって前進するなかで、人づくりの智慧が蓄積されてきた。
 各地の創価ファミリー大会なども、子どもたちと一緒に学会の歴史や活動の意義を学び、信心を深められるようにと、多彩に工夫されている。
 特に、壮年・婦人部の未来本部長、青年部の21世紀使命会、学生部の進学推進部長をはじめ、育成に尽力してくださる方々には、心からの敬意と御礼を申し上げたい。教育本部や国際本部等の尊いサポートにも、いつも感謝している。

「将棋」の思い出
 今、世界中で未来部世代の活躍が目覚ましい。
 2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、奮闘する10代のアスリート(競技者)たちの姿も眩いばかりだ。
 将棋界でも、中学生棋士の連勝記録が日本中の話題となった。
 実は、戸田先生も将棋がお好きだった。折々に、私も相手をさせていただいたものである。
 思い出深いのは、戦後の混乱の不況下で、戸田先生の事業が暗礁に乗り上げ、私が編集長を務めていた少年誌などの休刊が決まった日のことだ。
 先生は、いつものように、親しい来客に「一局どうだ」と、愉快そうに将棋を指しておられた。
 その泰然自若とされた王者の雄姿に、私も「何があろうと変わるまい。自分の今なすべきことを、なすまでだ」と、腹を決めたものである。
        ◇
 将棋の駒の「歩」は、じっと動かなければ、「歩」のままだ。しかし、一歩また一歩と、前へ進み、ひとたび敵陣に突入すると「と金」に成り、「金」と同じ働きをする。
 「桂馬」の動きは、面白い。いざという時まで動かないことで、敵の攻めを封ずることもある。
 駒それぞれに特性がある。一つとして意味のない駒はない。戦い続けていくならば、本来備わっている偉大な力を発揮することができる。
 人間も同じであろう。
 仏法は、桜梅桃李すなわち、一人ひとりが己の個性を伸ばし、開花させていく生き方である。
 未来部時代、また青春時代は、鋭敏であるゆえに、人と比べ、一喜一憂してしまうこともあるだろう。だが、決して悲観などすることはない。
 妙法と共に、広宣流布という偉大な誓願の人生に生き抜く時、誰もが、自分にしかない無限の可能性の花を、必ずや悔いなく咲かせ切っていくことができるからだ。

理想の人華の園
 将棋の起源は、古代インドの「チャトランガ」という盤上ゲームにあったとされる。それが中国をはじめ東アジアに伝わる中で、日本では「将棋」へと姿を変えていった。
 「仏法東漸」――インド発祥の仏教が東へ伝来してきた歴史と重なるようで、興味深い。
 先日、大発展するインドの地涌の若人200人が、「先駆」の誉れも高き九州を訪れた。
 各地での交流交歓会で、歓迎の歌声や笑顔を広げてくれたのは、凜々しき未来部であった。
 国を超え、民族を超えて、同じ志を分かち合い、励まし合って進む、桜梅桃李の人華の園よ! 人類が願ってやまない理想の人間共和の縮図が、ここにこそあるのだ。
 この歓喜を、崇高さを、希望を、私たちは、自信満々と若き世界市民に伝えていきたい。

親子の心は感応
 御書には、「譬えば鳥の卵の内より卵をつつく時・母又同じくつつきあくるに・同じき所をつつきあくるが如し、是れ即ち念慮の感応する故なり」(810㌻)と仰せだ。
 親が懸命に力を尽くし抜いた時、子も、その祈りに応えようとして、硬い卵の殻を割ることができる。生命の次元で、心と心は感応し合う。
 親の信心は、必ず子に伝わる。たとえ、時間がかかっても、回り道を重ねても、絶対に伝わる。
 飾る必要はない。失敗を恐れなくてよい。信念を曲げず、自ら決めた道を朗らかに進む。その親の生き方こそ、子に贈る「最上の宝」なのだ。
        ◇
 植物の「藍」から生まれ出る「青」は、重ねて染め抜くことで、藍にも増して色鮮やかに光る。同様に、後継の友を、自分以上に立派に、そして陸続と成長させるのだ。
 この「従藍而青(青は藍より出でて而も藍より青し)」の法理を、関わる側が信じ抜くことだ。
 「師子」を育てられるのは「師子」だけだ。
 「子どもを育てること、それ自体が平和のための仕事である」
 これは、忘れ得ぬ平和研究の母・ボールディング博士の信条であった。
 一人の未来部の生命を輝かせゆくことは、地球社会を希望で照らす平和の大事業なのである。
 いよいよ「未来部夏季研修会」が、八王子市の創価大学で始まる。
 世界各国でも未来部員が一堂に会し、有意義な研修会が行われている。 
 イタリアの研修会では、皆で御書を学んだ。教材は、かつて私が高等部に講義した「生死一大事血脈抄」。講師は、当時、講義を受けた高等部第1期生のリーダーである。半世紀を経て、滔々たる人材育成の大河は全世界に広がり、その伸展は世界同時進行である。
 さあ、創価の宝、人類の希望の未来部を励まそう! 共に成長しよう!
 広宣流布の永遠の流れを確立する聖業に連なる誇りを胸に前進し、充実と鍛えの夏を、健康第一で送ろうではないか!
    
 地涌の義は
  未来部にあり
   世界まで
  誉れの人材
    育つ嬉しさ
 
ペスタロッチの言葉は『ペスタロッチー全集1』長田新訳(平凡社)。
2017-08-14 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 21 大東京に凱歌の朝

随筆 永遠なれ創価の大城 21   (2017年6月17日付 聖教新聞)

大東京に凱歌の朝

「いまだこりず候」と今日も前へ!
感激の同志と綴る誉れの歴史は不滅


 戸田先生と私との師弟の語らいは、常に御書と共にあった。
 1957年(昭和32年)の7月、「大阪事件」の渦中、関西本部で先生と拝した一節がある。
 「今の世間を見るに人をよくな(成)すものはかたうど(方人)よりも強敵が人をば・よくなしけるなり」(御書917㌻)
 先生は、私と一緒に難に立ち向かってくれた関西の同志を讃えられ、「これで、ますます強くなるぞ。福運に満ち満ちた、大境涯への飛躍を遂げた」と微笑まれた。
 私は申し上げた。
 「『いまだこりず候』――この仰せ通り、いよいよ強く朗らかに、民衆の正義の大連帯を拡大してみせます。どうか、ご安心ください」と(御文は御書1956㌻)。
 東京に舞い戻り、私は直ちに常勝不敗の〝東の錦州城〟を築き始めた。けなげな宝友たちが、私と同じ不屈の闘魂で、汗を流し戦ってくれた。
 それが、愛する庶民の都・荒川であったのだ。

牧口先生と郷土
 以来60年となる、この6月6日、私は懐かしい荒川へ向かった。西日暮里、町屋へと進み、わが友が模範の近隣友好を進める商店街の賑わいも、うれしく拝見した。
 牧口先生の生誕146周年の日であり、荒川文化会館では、先師の遺徳を偲び、懇ろに勤行をさせていただいた。
 思えば、牧口先生の故郷は新潟の荒浜(現・柏崎市内)。荒川と同じ「荒」の字を含むことに、不思議な縁を感じる。
 先生は大著『人生地理学』において、郷土こそ「自己の立脚地点」なりと着目なされている。人が長じて国家、世界で活動しゆく〝源の力〟が郷土であるとされ、その大恩に報いていくべきことを強調されたのである。
 先生ご自身が、身近な縁を大事にされていた。同郷の集い「東京荒浜協会」の会長も務め、後輩たちに尽くされている。1928年(昭和3年)7月に、現在の東京・調布にあった京王閣で総会を開き、会長として挨拶されたことは、郷土の新聞でも報じられた。
 それは、牧口先生が、日蓮大聖人の仏法と巡り合われた直後であった。
 6月に先生は、豊島の池袋に住む紹介者のもとへ約10日間、通われた。そして57歳のこの年、日蓮仏法の実践を開始された。以来、ここ大東京を本陣として、広宣流布の対話の波を起こし、仏縁を広げ抜いていかれたのだ。
 まさに、「仏種は縁に従って起る」(御書1467㌻)である。
 東京中に留められた先師と恩師の足跡に思いを馳せつつ、私は荒川からの帰り道、思い出深き足立を回り、さらに隅田川沿いに進んだ。
 葛飾、墨田、台東、江東など、いずこも共戦の地涌の友らが走る街並みに題目を送りながら!

人生勝利の要諦
 日蓮大聖人は、大難の佐渡で綴られた。
 「法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く・一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥に後生は申すに及ばず今生も息災延命にして勝妙の大果報を得・広宣流布大願をも成就す可きなり」(同1357㌻)
 この御文を拝し、戸田先生は「法華経の行者」たる私たちの広布と人生の勝利の要諦を教えてくださった。
 第1に「信心に退転無く」である。「進まざるは退転」という。題目で元初の太陽を昇らせ、勇敢に、弛まず前へ進むのだ。
 第2に「身に詐親無く」とは、自らの行動にウソ偽りがないことだ。誰人にも誠実を貫き、真実を語り切る。それが仏の慈悲に通ずるのだ。
 第3に、「一切法華経に其の身を任せて」いくことである。何があろうとも、全てを御本尊への祈りに入れて、一つ一つ勝ち切っていくのだ。「法華経に勝る兵法なし」である。
 最後に、「金言の如く修行」である。如説修行であり、「権門をかっぱと破りかしこへ・おしかけ・ここへ・おしよせ」(同502㌻)と、折伏精神を燃やして打って出るのだ。
 創価学会は、この通りに戦ってきたからこそ、「勝妙の大果報」を得て、世界広宣流布の大願成就へ大前進してくることができたのだ。

師弟共戦で勝つ
 わが故郷であり、創価の源流である東京――。
 牧口先生と戸田先生は暴走する国家主義と対峙し、共に巣鴨の牢獄に囚われ、先師は殉教された。
 恩師は敗戦直前に移送された中野の獄舎から出獄し、戦後の焼け野原にただ一人立ち、「妙法流布の大願」を高く掲げられたのである。
 学会再建への第一歩を踏み出したのは、目黒駅の近く、品川の上大崎に借りた事務所からであった。戦前に創価教育学を実践した時習学館があった地域でもある。
 私は大田で、この師と出会い、立正安国の戦いを起こした。
 東京には、仏意仏勅の教団たる学会の指揮を、三代の師弟が厳然と執ってきた不滅の歴史がある。それがゆえに、常に、障魔の嵐は我が東京に襲い掛かってきた。
 だが我らは、師と共に、「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(同1448㌻)と胸張り、全ての強敵に打ち勝ってきた。
 師と同じ誓願、師と同じ責任感、そして師と同じ威光と勢力で、万年の創価の勝利を決するのが、本陣東京の永遠の誇り高き使命なのである。
 「東京は強い根っこだ。東京は徹して断じて強くあろうよ」と、東京・北区の十条で語り合った思い出がある。1979年(昭和54年)の7月のことだ。
 偉大な婦人部の献身に感謝を込め、東京の歌「ああ感激の同志あり」を、皆で声高らかに歌った。
 「感激の同志」との異体同心の前進ある限り、感激の逆転劇を必ず創っていける。師弟誓願の魂が燃える大東京は明るく、底抜けに朗らかだ。今こそ、創価家族の模範の団結で進むのだ。
 わが新宿・信濃町には、広宣流布大誓堂が、威風堂々と聳え立つ。
 時折しも、2020年の東京オリンピック・パラリンピック会場は、間近で建設されている。
 今、この時、世界広布の本陣で戦う我らには、どれだけ大きい使命があることか。計り知れない宿福深厚の人生を歩んでいるのである。

青年が立つ時だ
 6月から7月へ、学会は燃え上がる「青年」の勢いで進む。それが創価の栄えある伝統である。
 6月30日には、男女学生部が結成60周年の佳節を迎える。英知と智慧の若き諸君が、民衆勝利という父母の願いを胸に、希望の突破口を開いてくれていることを、私はよく知っている。
 さらに7月11日は、わが後継の闘将・男子部の結成の日。
 7月19日は、平和と幸福の門を開く女子部の結成の日――。いずれも66周年の節を刻む。直前の8日は、「白蓮グループの日」でもある。
 青年が立つ時だ。青年が戦い勝つ時だ。
 君よ、貴女よ、新時代の地涌の若人たちよ、創価の完勝を担いゆけ!

夜明けが来た!
 今、何よりも有り難いことは、尊き多宝の父母が学会精神を満々と漲らせ、意気軒昂に奮闘してくれていることだ。
 「肉体は老いても、精神の若い老人がいる」
 これは、戸田先生が「妙悟空」の筆名で執筆された小説『人間革命』の一節である。
 私はこの一書を恩師より直接、賜った。
 60年前(1957年)の7月3日――恩師の「出獄の日」より12年。奇しくも私の「入獄の日」のことであった。
 「夕張炭労事件」を皆で勝ち越えた北海道から、大阪に向かう途中、羽田空港で飛行機を乗り換える待ち時間である。
 この折、権力の魔性が牙をむく「大阪事件」の嵐に突き進む私に、文京支部の婦人リーダーが必死の声で言った。
 「同志へのご伝言を!」
 私は一言、贈った。
 「『夜明けが来た』と伝えてください」
 獄中闘争は、約2週間に及んだ。7月17日、中之島の中央公会堂で行われた大阪大会で、私は烈々と訴えた。
 ――最後は、信心しきったものが、また、正しい仏法が、必ず勝つという信念でやろうではありませんか!
 この師子の確信を、今、21世紀の後継の直弟子が、厳然と受け継いでくれている。
 いかに困難が立ち塞がろうが、最後は勝つ。断じて勝つ!
 これが我ら創価の信念であり、誓願であり、本懐なのだ。
 さあ、いよいよ世界広布新時代の本門の「夜明け」が来た!
 師弟の日「七月三日」の晴れやかな凱歌の朝を共に! 歓喜と感激の同志と万歳を共々に!
     
 後継の
  元初の生命よ
     勝ち昇れ
  万年照らす
    凱歌の朝に
2017-08-14 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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