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第42回「SGIの日」記念提言「希望の暁鐘 青年の大連帯」

第42回「SGIの日」記念提言「希望の暁鐘 青年の大連帯」
                            (2017・1・26・27付 聖教新聞)

 きょう26日の第42回「SGIの日」に寄せて、SGI会長である池田大作先生は「希望の暁鐘 青年の大連帯」と題する提言を発表した。提言ではまず、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の推進には、温暖化防止対策にみられるようなグローバルな行動の連帯が欠かせないとし、その精神的基盤を形づくるものの一つとして大乗仏教の「菩薩」の精神に言及。青年の力を引き出す世界市民教育の重要性を論じるとともに、民族や宗教の差異を超えた友情の水嵩を増しながら、多様性の尊重に基づく「平和の文化」を築くことを呼び掛けている。
 また、青年が人々をつなぐ信頼の結節点となり、さまざまな課題を乗り越えるプラスの連鎖を広げることが、SDGsの達成に向けての原動力になると強調している。
 続いて、核兵器の問題について、世界の核兵器の9割以上を保有するアメリカとロシアの首脳会談を早期に開催し、緊張緩和と核軍縮の流れをつくり出すことを提唱。今年で発表60周年を迎える戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」の意義に触れつつ、唯一の戦争被爆国である日本が、国連で始まる交渉会議への参加を各国に働きかけ、核兵器禁止条約を締結する道を開くよう訴えている。また難民問題に関し、難民の人々が受け入れ地域でSDGsに関わる仕事などに携わり、地域の発展に貢献できる道を開く「人道と尊厳のためのパートナーシップ」の枠組みを国連を中心に設けることを提案。
 最後に、全ての人々の尊厳を大切にする社会の建設に向けて、「人権教育と研修に関する条約」の制定とともに、男女差別の解消を図るジェンダー平等の促進を呼び掛けている。


 私の師である創価学会の戸田城聖第2代会長が、「原水爆禁止宣言」を発表してから、今年で60周年になります。
 牧口常三郎初代会長と共に、平和と人道のために戦い抜いた戸田会長の思想の柱は、仏法が説く生命尊厳の哲学に根差した「地球民族主義」にありました。
 どの国で生まれ、どの民族に属そうと、誰一人、差別したり、踏み台にしたり、犠牲にすることがあってはならない――。
 それは今思えば、「誰も置き去りにしない」という、国連が現在、国際社会を挙げて成し遂げようと呼び掛けているビジョンとも響き合う思想にほかなりませんでした。
 その強い思いがあればこそ、戸田会長は、世界の民衆の生存権を根源から脅かす核兵器を〝絶対悪〟であるとし、核兵器禁止の潮流を民衆の連帯で築き上げることを、訴えずにはいられなかったのです。
 1957年9月8日、台風一過の秋空の下、横浜・三ツ沢の競技場で5万人の青年らを前に叫ばれた、「いやしくも私の弟子であるならば、私のきょうの声明を継いで、全世界にこの意味を浸透させてもらいたい」(『戸田城聖全集』第4巻)との言葉は、今も耳朶を離れることはありません。
 以来、私どもは、志を同じくする人々や団体と連携しながら、核兵器の禁止と廃絶を求める運動を重ねてきました。
 時を経て、核兵器の非人道性に対する認識が国際社会で幅広く共有される中、先月の国連総会で、核兵器禁止条約の交渉開始を求める歴史的な決議が採択されました。
 3月からニューヨークの国連本部で始まる交渉会議を通し、核時代に終止符を打つ道が開かれることを強く願ってやみません。
 世界では今、こうした核兵器の問題をはじめ、相次ぐ紛争や急増する難民など、多くの課題が山積しています。
 しかし私は、人類の行く末を悲観する必要はないと考えます。
 なぜなら、青年の数だけ希望があり、未来があると固く信じるからです。

SGIの国連支援に脈打つ
大乗仏教の「菩薩」の精神


 確かに、昨年からスタートした国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」において、最も配慮すべき存在の筆頭に、子どもと若者が挙げられているように、その多くが貧困や格差などの厳しい状況に直面している現実があります。
 しかし一方で、平和構築における青年の役割を強調した安全保障理事会の「2250決議」をはじめ、若い世代の力に着目した動きが国連で相次いでいます。
 SDGsを定めた国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」では、若者を〝変革のための重要な主体〟と位置づけ、その力の発揮に期待を寄せていますが、まさに私の確信もそこにあるのです。
 青年の存在と活躍こそ、地球的問題群を解決する原動力であり、2030年に向けた国連の挑戦の生命線である――と。
 そこで今回は、「青年」に焦点を当てながら、SDGsが目指す“平和で公正かつ包摂的な社会”を築くための方途について論じたいと思います。

地球温暖化防止の「パリ協定」が発効
 第1の柱は、「同じ地球で共に生きる」との思いに立った連帯を、青年を中心に広げることです。
 昨年11月、地球温暖化防止の新たな国際枠組みとなるパリ協定=注1=が発効しました。
 4月の署名式で175カ国・地域が一斉に調印を果たす中、協定の採択(2015年12月)から1年たらずで発効するという画期的なスピードです。長らく不可能と言われてきたことが、今では世界中の国々で協力して臨もうとする流れに変わってきたのです。
 潮目の変化が生じたのは、異常気象や海面上昇など、気候変動の影響が次々と目に見える形で現れ、どの国にとっても喫緊の課題であるとの「認識の共有」が進んだことが大きかったと思われます。
 貧困の解消をはじめとする17の分野、169項目に及ぶSDGsの目標を前進させるには、温暖化防止対策のような「認識の共有」に基づく行動の連帯を、あらゆる分野で築いていかねばなりません。
 SDGsの多岐にわたる目標を前にして、達成を危ぶむ声もあります。
 しかし、目標の数の多さは、それだけ大勢の人が深刻な問題に直面していることの証左であり、どれ一つとしてそのままにしてよいものではないはずです。紛争にしても災害にしても、直接的な被害に加えて人々を苦しめるのは、“自分たちのことが見過ごされているのではないか”との思いではないでしょうか。
 焦眉の難民問題についても、昨年5月の世界人道サミットに続き、難民と移民に関する国連サミットが9月に行われましたが、国際協力は思うように進んでいません。
 その現状に対し、国連のアントニオ・グテーレス新事務総長は就任決定直後(昨年10月)のインタビューでこう述べました。
 「こうした動きを逆転させ、難民保護を本来のグローバルな責任として受け入れてもらえるよう、全力を尽くしていきます。それは単に、難民条約に盛り込まれているだけではありません。全世界のあらゆる文化や宗教にも深く根づいた理念です。イスラム教にも、キリスト教にも、アフリカを含む各地にも、そして仏教やヒンズー教にも、難民を保護するという強い意識が見られます」(国連広報センターのウェブサイト)
 グテーレス事務総長が訴える通り、難民問題への対応を強化することが急務であり、しかも、そのための精神的な基盤は、さまざまな形で世界に息づいているものなのです。
 ゆえに大切なのは、どれだけ問題が大きく、解決が困難であろうと、互いに連帯しながら、人々のためにできることを積み上げていくアプローチではないでしょうか。

釈尊の教えを貫く応病与薬の励まし
 仏教の出発点も、人々の苦しみを一緒になって乗り越えることにありました。
 釈尊は、後に八万法蔵と呼ばれるほどの多くの教えを残しましたが、その大半は、目の前にいる人々の悩みや苦しみと向き合う中で語られたものでした。
 釈尊は、教えを説く対象を限定することなく、「われは万人の友である。万人のなかまである」(『仏弟子の告白』中村元訳、岩波書店)との信念のままに、行く先々で出会ったさまざまな人々に法を説いたのです。
 釈尊の評伝を綴った哲学者カール・ヤスパースも、「仏陀の出現は知識の教師としてではなく、救済の道の告知者としてなのである」(『佛陀と龍樹』峰島旭雄訳、理想社)と記しています。
 「救済の道」との表現はインド医学の用語を踏まえたものであるとヤスパースは述べていますが、まさに釈尊の説法の底流にあったのは、病気になった人に最も適した薬を施すような“応病与薬”の励ましだったといえましょう。
 釈尊は、仲間になった弟子にも、「比丘たちよ、遊行せよ、多くの人々の福利のために、多くの人々の安楽のために」(『原始仏典』第1巻、畝部俊英ほか訳、講談社)と、声をかけました。
 民族や社会的階層の隔てなく、悩める人々の所に足を運ぶ実践を重ねた釈尊と弟子たちは、「四方の人」と呼ばれたのです。
 釈尊には、生命の尊厳に対する深い確信がありました。全ての人に尊極の生命が具わっており、厳しい環境にあっても生命に具わる可能性を開花させることができるとの確信です。
 当時の社会では、自分の今の姿や未来は、過去からの宿命で一切が定められ、変えることはできないと説く「宿命論」が支配的である一方で、人間生活の出来事には特別な原因や条件はないとする「偶然論」の思想も説かれていました。
 「宿命論」の思想は、どれだけ努力しても運命は変えられず、自分の境遇をただ受け入れるしかないとのあきらめを植え付け、人間の心から希望を奪い去るものでした。
 また「偶然論」も、どんな行いをしようと結果には関係ないと考えるために、人生を無軌道にしてしまうばかりか、他の人々を傷つけても意に介さない状態を招きました。
 釈尊は、こうした呪縛や悪弊などから人々を解き放つため、「生れを問うことなかれ。行いを問え。火は実にあらゆる薪から生ずる」(『ブッダのことば』中村元訳、岩波書店)と呼び掛けました。
 人生は全て動かし難いものと決定づけられているのではなく、今この瞬間の「行い」で切り開くことができると説いたのです。
 仏教では、自らの一念の変革によって、未来の結果(果)につながる今現在の状態(因)そのものを変えることができると訴えるとともに、原因と結果の関係を方向づける「縁」の重要性を提起しています。
 つまり、「因」が同じでも、そこにどのような「縁」が結びつくかによって、一人一人に現れる「果」は異なってくる、と。
 この視座に立って、生命の尊厳と可能性への確信を抱きながら、生きる希望を失いかけた人に寄り添い、共に前へ進もうと励ます生き方を、仏教は促しているのです。

内なる力引き出すエンパワーメント
 大乗仏教では、自他共の幸福を目指す生き方を「菩薩」と名付け、維摩経には、その精神を象徴する言葉が記されています。
 「疾病の(多い)中劫にあっては、彼は良質の薬となり、それによって人々は解脱し、諸病もなく幸福になる。
 飢饉の(多い)中劫にあっては、食物や飲み物となり、飢えと渇きとを除いて、人々に法を説く。
 武器の中劫にあっては、彼らは慈愛心を修め、多くの衆生、幾百幾万の衆生を、憎悪のないところへおちつける」(長尾雅人訳、『大乗仏典7 維摩経・首楞厳三昧経』所収、中央公論新社)と。
 「四苦」と呼ばれる生老病死の悩みを抱える人々への励ましはもとより、社会で深刻な問題が起きた時、「一切衆生の病を以て是の故に我病む」との維摩経の文のごとく、脅威が自分に及んでいようといまいと、同苦の心で、今いる場所から行動を起こしていく。
 その行動は、維摩経の「無尽燈」の法門=注2=のように、目の前の一人を希望の光で照らすだけでなく、尽きることのない輝きをもって周囲や社会をも明るく照らし出していくと、仏教は説きます。
 私どもSGIが、国連の活動を支援し、地球的問題群の解決を目指す行動を続けてきた基底にあるのも、この「菩薩」の精神にほかなりません。
 これまで難民救援活動の支援や、災害時の復興支援などにも取り組んできましたが、活動の柱として最も重視してきたのは、「民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント(内発的な力の開花)」です。
 エンパワーメントが引き出す内発的な力こそが、「無尽燈」のように、尽きることのない変革のエネルギーとなり、希望の光明になると信じるからです。

「化城宝処」の譬え

 釈尊の教えの精髄である法華経には、「化城宝処」という譬えがあります。
 ――ある隊商の一行が、険路をよく知る導師の案内で、砂漠を進んでいた。しかし途中で疲労の極みに達し、これ以上、前に進めないとあきらめかけた。
 ここで引き返しては、皆の苦労が無駄になると考えた導師は、神通力を用いて前方に城をつくり、あの場所まで進もうと励ます。
 元気を取り戻した隊商の一行は、城にたどりつき、休息することができた。
 疲れが癒えたのを見届けた導師は、これは皆のために現した幻の城(化城)であると明かす。そして、本当の目的地(宝処)は近くにあり、共にそこまで進んでいこうと声をかけた――という話です。
 釈尊が重ねてその意味を述べた偈において「宝所」と言葉は変わっていますが、この話を貫く主題は、「共に宝所に至るべし」との一節にあります。

どこまでも一緒に前へ進む歩みに
尊極の生命は共に輝く


 それは、どれだけつらく絶望しそうになっても、手を携えて前に進もうと自他共の幸福を求め抜く、人間精神の大宣言ともいうべき輝きを放っているのです。
 また、先ほどの因果の関係から捉え直せば、砂漠で疲労困憊し(因)、本来は立ち止まってしまうところ(果)を、励ましの言葉を得て(縁)、目的地にたどりつけた(異なる果)とも位置づけられましょう。
 法華経の精神を根幹に、13世紀の日本で仏法を展開した日蓮大聖人は、ここでいう化城と宝処は決して別々のものではなく、「化城即宝処」(御書732㌻)であると説きました。
 宝処にたどりつくという結果もさることながら、「共に宝所に至るべし」との心で、一緒に進む過程そのものが尊い、と。
 人々の苦しみとそれに対する励ましが因縁和合して、前に踏み出す一歩一歩が「念念の化城」と現れるだけでなく、それがそのまま、自他共に尊極の生命が輝く「念念の宝処」となっていくと強調したのです。

エスキベル博士が培ってきた信念
 私は以前、SDGsに先立つ形で、2015年まで推進された国連のミレニアム開発目標について、「目標の達成はもとより、悲劇に苦しむ一人一人が笑顔を取り戻すことを最優先の課題とすることを忘れてはなりません」と呼び掛けたことがあります。
 数値的な改善ばかりに目を奪われると、苦境に置かれた人々への配慮が後回しにされ、また、目標達成への息吹を長続きさせることも難しくなってしまうと考えたからです。
 この点、アルゼンチンの人権活動家であるアドルフォ・ペレス=エスキベル博士が語っていた言葉が思い起こされます。
 「人間は、人間としての共通の目的を目指して進むとき、自由や平和を志向しているとき、尋常ではない能力を発揮する」(『人権の世紀へのメッセージ』東洋哲学研究所)
 こうした信念は、厳しい社会情勢が続いても、未来への希望を決して手放さなかった中南米諸国の民衆と連帯を深める中で、博士が培ってきたものでした。
 博士は、民衆の行動をたたえながら、こう述べています。
 「民衆の生活をさらに踏み込んで見てみると、老若男女を問わず、民衆は、英雄になろうなどとは思っていません。ただ、奇跡が起きて『一輪の花』が咲くことを日々求めているだけなのです。その開花は、日常生活という戦いのなかにあります。つまり、人生に対して子どもが見せる笑顔のなかに咲き、希望を創り出し、希望の光で道を照らすなかに咲きます。『すべての努力は、自分たちの解放のためなのだ』と気づく瞬間のなかに咲いていくのです」(同)
 非常に味わい深い言葉だと思います。
 SDGsの目標達成は、いずれも容易ならざる挑戦です。
 しかし、苦しんでいる人々に寄り添い、エンパワーメントの波を起こす中で、自分たちの身の回りから「一輪の花」を咲かせることはできるはずです。
 そして、その何よりの担い手となりうるのが青年ではないでしょうか。
 冒頭で触れた国連安保理の「2250決議」が、平和構築に青年が参画する重要性を呼び掛けたのと同様に、あらゆる分野で青年が活躍の機会を得ることができれば、そこから突破口が開けるはずです。

難民選手団の決意

 昨年8月、ブラジルのリオデジャネイロで行われたオリンピックに、難民選手団が初出場し、感動の輪を広げました。
 出場にあたり、選手が口々に語っていた決意は、胸に深く残りました。
 「オリンピックの舞台で走ることで、自分と同じ境遇にある難民に、人生は変えられるというメッセージを送りたい」
 「これまでの人生を思い返し、それを自分の強さに変えたい。難民がより良い人生を送れるように願って、私は走りたい」(UNHCR駐日事務所のウェブサイト)
 これらの言葉が象徴するように、青年の青年たる真骨頂は、過去の姿でも、未来の姿にあるのでもない。
 自分自身の〝今の姿〟をもって、同じ時代を生きる人たちの力になりたいという心にこそ、輝くのではないでしょうか。
 SDGsが掲げる「誰も置き去りにしない」とのビジョンは、青年にとって、遠く離れた場所にある指標でも、いつか成し遂げるべき未来のゴールでもないと思います。
 それは、「同じ人間として同じ地球で共に生きる」ことと同義であり、日々の行動を通して「生きる喜びを分かち合う社会」を築く生き方に等しいものなのです。
 青年が、今いる場所で一隅を照らす存在になろうと立ち上がった時、そこから、周囲の人々が希望と生きる力を取り戻す足場となる、安心の空間が形づくられていきます。
 その安心の空間に灯された「共に生きる」という思いが、そのまま、国連が目指す「誰も置き去りにしない」地球社会の縮図としての輝きを放ち、同じような問題に苦しむ他の地域の人々を勇気づける光明となっていくに違いないと、確信するのです。

苦しむ人々の立場に身を置く
 私は3年前の提言で、SDGsの達成を図る上で、青年たちが「最も影響力のある存在」になると強調しました。
 また、青年の限りない力を引き出す世界市民教育を、国連と市民社会との協働によって推進することを提案しました。
 それだけに、韓国で昨年行われた国連広報局/NGO(非政府組織)年次会議で、「世界市民教育――SDGsを共に達成しよう」がテーマに掲げられ、青年が数多く参加する中、世界市民教育の推進を約し合う「慶州行動計画」が採択されたことを、心から歓迎するものです。
 国家や社会の真価は、軍事力でも経済力でもなく、〝最も苦しんでいる人のために何ができるか〟の一点にこそ現れます。
 教育には、そうした社会のベクトルを形づくる働きを持続的に生み出す力があります。
 中でも世界市民教育は、どんな場所で起きた出来事にも、同じ人間としての眼差しをもって向かい直す「縁」となり、問題解決への行動の連帯を育む「縁」となるものです。それは、グローバルな課題を人間一人一人の生き方に引き寄せながら、その人自身が持つ可能性を開花させていく源泉にほかなりません。
 この世界市民教育の推進を通し、①苦しむ人々の立場に自分の身を置く経験を重ね、②共に生きる社会を築くために何が必要かを見いだし、③皆で力を合わせて足元から「安心の空間」をつくり出していく――。
 私は、こうした教育による「縁」の波動を広げ、青年の力を引き出す中で、時代変革の潮流は勢いを増すと信じるものです。

多くの国で強まる排他主義の動き
 第2の柱は、分断や格差の拡大を乗り越える社会の土壌づくりです。
 グローバル化が急速に進む中、生まれ育った国を離れて他国に移り住む人が増加の一途をたどっており、世界全体で2億4400万人に及んでいます。
 21世紀に入ってから、その数は4割も増えました。
 世界経済の長引く停滞と相まって、排他主義の動きが強まり、移民とその家族に対する風当たりが厳しくなっています。
 「ヨーロッパのほとんどの諸国は、移民や亡命者、そのほか抱えている問題に直面すると、連帯意識が低下します。ほぼ全ての政治指導者たちが、選挙運動となると『外国からの貧しい人々との連帯意識よ、さようなら』と悲しくも言うことを、私は報告せざるを得ません」(ジェレミー・ローゼン編『世界はなぜ争うのか』渥美桂子訳、朝倉書店)
 これは、オーストリアのフランツ・フラニツキ元首相が、3年前にウィーンで開催された宗教間対話の会議で述べた言葉です。
 近年、ヨーロッパに限らず、世界の多くの国で、憎悪に基づき差別を扇動するヘイトスピーチや、排他的な政治主張が顕著になってきていることが懸念されてなりません。
 国連では、昨年9月に行われた難民と移民に関する国連サミットを機に、国際的な人の移動の拡大が引き起こす社会の不安を希望に変えるためのキャンペーンを立ち上げました。
 この現実と向き合うにあたって、受け入れ国で広がる不安を考慮しなければ、解決が遠のいてしまうことは否めません。
 しかし、その上で大切になるのは、国連のキャンペーンが呼び掛けるように、正当な懸念を踏まえつつも、排他主義への傾斜を克服する道を模索することであり、難民や移民の人々を巡る議論を人間的なものにしていく共通の努力ではないでしょうか。

一人一人の幸福に焦点を当てた
社会正義を実現する道を


平和を望むなら平和の準備を!
 かつてフラニツキ元首相とお会いした時(1989年10月)、文化交流や青年交流の重要性を巡って、「ジェット機で何時間とかの距離よりも、『心の距離』が大切です」と語っておられたことを思い出します。
 その折、元首相のご両親が、第2次世界大戦中に、迫害されたユダヤ人を自宅にかくまった話にも話題が及びました。
 緊迫した状況下にあって、宗教や民族の違いなど一切関係なく、人間としての道を貫き、行き場を失った人々を守ったのです。
 こうした戦時中の体験を振り返った会談の最後で、元首相は次のように述べられました。
 「『平和を望むなら、戦争の準備をせよ』というラテン語の格言があります。しかし、これを私は、こう置き換えて行動しているのです。『平和を望むなら、平和の準備をせよ』と」
 その信念を伺ったのは、ベルリンの壁が崩壊する1カ月前のことでした。
 フラニツキ元首相が89年2月に、オーストリアとハンガリーの国境にあった鉄条網の撤去に合意したことで、9月には東側の国から西側へ移動できる道が開かれました。
 この国境開放が、ベルリンの壁の崩壊にもつながっていったのです。
 ベルリンの壁について、統一ドイツのリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー初代大統領は、「人間性を拒否する政治が石となった」(加藤常昭『ヴァイツゼッカー』清水書院)と指摘していましたが、こうした深刻な分断を21世紀の世界で繰り返すようなことがあってはならないと思います。
 民族や文化を同じくする人が周りにいることが、大きな安心感につながるとしても、社会で緊張が高まった時に、その集団意識が他の人々への激しい差別や敵対心に転化しかねないことに、十分留意しなければなりません。
 先に私は、「生れを問うことなかれ。行いを問え」との釈尊の言葉を引きましたが、人間を一つの属性だけで色分けして差別をすることは誤りというだけでなく、社会を蝕む分断の温床となってしまうのです。
 また、現在の世界の状況を考えるにつけ、排他主義の動きにひそむ危険と〝同根〟のように感じてならない問題があります。
 それは、多くの国が経済の停滞に直面する中、市場原理に基づく経済的合理性を最優先する風潮が強まり、そのしわ寄せが、弱い立場に置かれた人々をさらに深刻な状態に追い込む傾向がみられることです。
 確かに、経済的合理性の追求が、成長や発展への活力を生んできた面はあります。しかしそれは、あくまでも一つの要素であって、全てではないはずです。
 そのことが見失われ、経済的合理性を何よりも優先する時流が強まっていけば、重要な判断が半ば機械的に下され、社会で生きる多くの人々の思いが介在する余地が狭められてしまう恐れはないでしょうか。
 排他主義が善悪二元論的な思想によって突き動かされる時、わずかなためらいも心から締め出されてしまうのと同じように、経済的合理性の追求において、人間性という胸にとどめるべき判断の伴侶が不要とされるならば、どんな犠牲も顧慮しない冷酷な心情が暴走しかねないと思うのです。

公正さに関するセン博士の議論
 この問題を考えるにあたって重要な示唆を与えると思うのが、経済学者のアマルティア・セン博士が提起した、社会正義における公正さを巡る議論です(以下、『正義のアイデア』池本幸生訳、明石書店を引用・参照)
 考察を進める上で、博士が手がかりとして着目したのは、倫理と法に関する古典的なサンスクリット文献において、正義を表す「ニーティ」と「ニヤーヤ」の二つの言葉が区別して用いられていることでした。
 博士は、ニーティが「制度、規則、組織」の正しさに関心を向けるのに対し、ニヤーヤは「実際に何がどのように起こるのか」という結果、特に「人々が実際に送ることのできる暮らし」に焦点を当てるものだったと指摘します。
 その上で、「制度、規則、組織の役割は、それ自体重要ではあるが、単に我々が持つに至った制度や規則だけではなく、実際に現れた世界と不可避的に結びついた、より広く、より包括的なニヤーヤの視点から評価されなければならない」と強調しました。
 またセン博士は、2つの概念の違いが実際の政治に現れた例として、古代インドのアショカ王と宰相カウティリヤの治政を、次のように対比させています。
 ――紀元前4世紀に『実利論』を著したカウティリヤは、アショカ王の祖父に宰相として仕えた人物で、その最大の関心は「政治上の成功」と、経済効率の高い成果を生み出す「制度の役割」に注がれていた。
 一方、アショカ王の治政は専ら「人々の行為」に焦点を合わせたものだった。
 アショカ王の思想には、「社会の豊かさは、力によって強制されるのではなく、人々の自発的な良い行ないを通して達成することができる」との確信が含まれていた――と。

偏見や暴走に流されない楔
 こうしたアショカ王の思いは、自らが率いた他国への侵略が惨劇を引き起こしたことに対し、激しい悔恨の念にさいなまれ、仏教への信仰を深める中で培われたものでした。
 仏教の根幹には「中道」という思想があります。「ニヤーヤ」の概念に敷衍して言えば、一切の基準を人間の幸不幸に置き、自分の行動の影響が及ぶ人々の姿を思い浮かべながら、それが道に適ったものなのか、どこまでも心を砕く思想というべきものです。
 一方の「ニーティ」的な思想は、セン博士が「今日の多くの経済学者は、金で動かされる人間観をカウティリヤと共有している」と懸念の言葉を述べているように、現代の社会でも大きな位置を占めています。
 しかし、そこで何よりも重視されるのは、成長率や利潤の最大化といった数値的なアップであって、数字に換算しにくいために軽視されがちな弱い立場の人々の存在が、切り捨てられてしまう恐れがあります。
 同様に、ヘイトスピーチに象徴される排他主義は、「自分たち」と「他の集団に属する人々」との対を、一切の例外なく、「善」と「悪」との対に置き換えてしまうものです。
 では、分断をもたらす排他主義や、犠牲を顧みない経済的合理性の追求に抗する、社会の楔となるものは何か――。
 私は、一人一人の顔といった具体的な像をもって心に立ち現れる「友情」のような、確固たる結びつきではないかと考えます。
 「私の経験では、伝統的な偏見を徐々になくしてゆくのは、個人的な付き合いであった。どんな宗教、国籍、あるいは人種の人とでも、その人と個人的に付き合えば、かならずその人が自分と同じ人間であることがわかるものである」(『交遊録』長谷川松治訳、社会思想社)
 かつて対談した歴史家のアーノルド・J・トインビー博士の言葉です。
 友情のかけがえのなさは、私自身、世界の人々と交流を重ねる中で身をもって実感してきたものでした。80点近くに及ぶ対談集の一つ一つも、歩んできた人生や信仰は違っても「平和を願う心情」に変わりはないことの証しであり、「次の世代に歴史の教訓を伝え残したい」との互いの思いが相まった〝友情の結晶〟にほかなりません。

移民たちを支えたアダムズの活動
 移民の人々を取り巻く状況についても、ジョン・デューイ協会のジム・ガリソン元会長とラリー・ヒックマン元会長とのてい談で、語り合ったことがあります。
 その際、アメリカで先駆的な社会活動を行った、ジェーン・アダムズの取り組みが話題になりました。
 トインビー博士の叔父の名を冠した、ロンドンにある福祉施設のトインビー・ホール=注3=を訪問し、感銘を受けたアダムズが、自分も同様の活動を行いたいと始めたものです。
 19世紀末、アダムズが施設を開設したシカゴの貧困地域に暮らしていたのは、大半が移民でした。
 アダムズの評伝によると、経済的な困窮と劣悪な環境に苦しむ移民にとって、ハル・ハウスと呼ばれたこの施設は「自由に息ができる唯一の避難場所」になったといいます。
 そこでは、「自分たちの言語を話し、音楽を奏で、自分たちの文化を生きることができた」と(アンゲリーカ・U・ロイッター/アンネ・リュッファー『ピース ウーマン』松野泰子・上浦倫人訳、英治出版を引用・参照)
 こうして移民の人々は、アダムズらの手助けを得ながら、アメリカでの新しい生活の基盤を固めていくことができたのです。
 また、〝人類を結びつけることは分離させることよりも価値がある〟との信念で行動したアダムズに影響を受けた若者たちが、社会科学者やソーシャルワーカーの第一世代になっていきました。彼らの粘り強い研究と調査によって、移民をはじめ貧困に苦しむ人々を救う法律の改正も進んでいったのです。
 ヒックマン元会長は、アダムズらの活動は、「ますますグローバル化(地球一体化)する世界と向き合う私たちにとって、重要な教訓を与えてくれます」(『人間教育への新しき潮流』第三文明社)と述べていましたが、私も深く同意します。

「持続可能な開発目標」を地域で担う
行動の波を民衆の手で!


 当時、活動を支えた人々は語っています。
 「ハル・ハウスで働いていた私たちは、世界じゅうを善くするなどという大それた望みは持ちませんでした。ただ、自分たちのまわりのさびしい人々の友だちになりたいと、それだけをいつも考えていました」(ジャッドソン『ジェーン・アダムスの生涯』村岡花子訳、岩波書店)と。
 それは、アダムズ自身の信条とも重なり合っていました。
 「わたくしたちは、友だちになり隣人になることができます。あの人たちから、人間の暮らしのほんとうの姿をおしえてもらい、わたくしたちの誇る『文明』のどこに、たりない点があるかを知ることができます」(同)というのが、彼女の思いだったからです。
 このように、互いの思いを通わせ合う中で、人間の心を深部で揺り動かすものこそ、一対一の友情ではないでしょうか。
 インドネシアのアブドゥルラフマン・ワヒド元大統領も、社会で声高に叫ばれる対立の構図に流されないよう、警鐘を鳴らしていたことを思い起こします。
 イスラム団体の指導者を長らく務めたワヒド元大統領は、「文明と文明との間にみられる差異は、本来、〝衝突するか否か〟の問題ではない」(『平和の哲学 寛容の智慧』潮出版社)とし、他者への無理解や偏見を克服することが一番の課題になると強調していたのです。
 その上で、何度も友情の大切さを訴えつつ、自らの留学経験に触れ、「青年には、自身の利益だけを考える人ではなく、社会の利益を考える人、世界の平和共存のために行動する人になってもらいたい」(同)と、青年交流への強い期待を寄せていました。
 私も、宗教や文化的背景の異なる世界の人たちと友情の絆を一つ一つ結ぶ中で、平和のための連帯を築いてきただけに、ワヒド元大統領の言葉が深く胸に染みます。
 戸田第2代会長の「地球民族主義」や「原水爆禁止宣言」を基盤に、私が1996年に戸田記念国際平和研究所を創立した際、初代所長にイラン出身の平和学者のマジッド・テヘラニアン博士に就任していただいたのも、そうした友情が機縁となったものでした。

「不戦の世代」を築き上げる挑戦
 世界は、単なる国の集まりでもなければ、宗教や文明だけで構成されているものでもありません。
 固有の背景を持ちながらも〝誰一人として同じではない人間〟の営みが織り成す中で、世界は息づいています。
 民族や宗教といった枠組みに基づいて、他の人々を一律に判断するのは、本来は限りなく豊かな一人一人の人間の実像をゆがめる結果を招いてしまう。
 そうではなく、一対一の友情を通し、互いの存在のかけがえのなさを心の底から感じた時に、民族や宗教といった差異も、友の姿によって照らし出された多様性の輝きに包まれていくのではないでしょうか。
 その友情という磁場があればこそ、自分の生き方に迷った時には〝羅針盤〟となって、進むべき道を見いだすことができる。
 また、社会が誤った方向に傾きかけた時には、その傾斜を立て直す方途を浮かび上がらせる“映し鏡”ともなっていきます。
 私どもSGIが、一貫して民間交流の裾野を広げる努力を続け、特に青年交流に力を入れる中で、顔と顔とが向き合う一対一の友情を大切に育んできた理由もそこにあります。
 国と国が緊張関係に陥った時や、宗教対立が深まった時でも、友情の絆を足場に、憎悪の扇動に押し流されない。一人一人の顔を思い浮かべながら、友が悲しむような社会にしては断じてならないと、対立から共存への流れを自分の足元からつくり出す――。
 暴力の連鎖を断ち切り、友好を深め合う「不戦の世代」をグローバルに築き上げることに、その眼目はあるのです。
 何より、友との語らいには喜びが宿っています。言葉を交わすこと自体が楽しく、互いの存在が励みになるのが友情です。
 であればこそ友情は、困難な課題に立ち向かう勇気の支えとなるのです。
 若い世代の間で、友情の水嵩が増していけばいくほど、社会は必ず大きく変わっていきます。
 いかなる分断の濁流も押し返す、多様性の尊重に基づいた「平和の文化」のうねりは、青年たちの友情から力強く巻き起こっていくと、私は期待してやまないのです。

包括的に解決を図るアプローチ
 最後に、第3の柱として挙げたいのは、どんな困難に直面しても、状況を好転させる力を地域で高めていくことです。
 SDGsには、以前のミレニアム開発目標と比べて多くの違いがありますが、特に重要だと思うのは、市民社会の声を十分に踏まえる形で採択された点です。
 国連では制定作業にあたり、女性や若者をはじめ、さまざまな人たちとの対話を進めたほか、重点的に取り組んでほしい課題を投票する調査を行い、700万人以上が参加しました。
 30歳未満の若者が参加者の7割以上を占める中、調査で上位となった、教育、保健、雇用など多くの項目が、SDGsに盛り込まれました。
 こうした経緯を踏まえて、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」には、次の一文が記されています。
 「すでに幾百万もの人々が、このアジェンダに関わり、自分のものにしようとしている。これは『民衆の民衆による民衆のためのアジェンダ』であり、その一点がアジェンダを成功に導くと、我々は信じる」
 このような〝民衆のアジェンダ〟という骨格を据えることは、私が5年前、SDGsを制定する出発点となった「リオ+20」(国連持続可能な開発会議)に寄せた提言で、強く呼び掛けた点でもありました。
 多くの人が自分に関わる課題として、行動を起こしていかなければ、どんな目標も力を得ることは難しいと考えたからです。
 〝民衆のアジェンダ〟であるSDGsには、もう一つの特徴があります。
 貧困や飢餓といったテーマごとの前進を図ったミレニアム開発目標とは異なり、全ての課題は相互に深く関連し包括的に解決を進める必要があるとの認識に立って、新たなアプローチが志向されていることです。
 つまり、個々の取り組みを連動させる形で、他の多くの目標も前進させる〝好循環〟を生み出すことが目指されているのです。
 例えば、安全な水の確保が進んでいけば(SDGsにおける目標6)、病気や感染症に苦しむ人が減り(目標3)、毎日、長時間の水くみをしてきた女性の負担が軽減し、仕事に就く道も開かれ(目標5)、極度の貧困から脱することができ(目標1)、子どもたちも学校に通えるようになる(目標4)――といったプラスの連鎖です。
 これは、「ネクサス(関係)アプローチ」と呼ばれ、SDGsの開始前から、国連大学の研究所で研究が進められてきたほか、実際に各地で試みられてきたものでした。
 SDGsには17分野にわたる169の項目がありますが、多岐に及ぶ課題の関連性を見いだしながら、同時進行的に解決を図っていくアプローチといえます。
 気候変動や格差の拡大など、ミレニアム開発目標では対象となっていなかった課題がSDGsに多く追加されています。
 しかし、いずれも元をたどれば、人間がつくり出したものである以上、人間の手で解決できないはずはない。行動を起こし、一つでも問題解決の足がかりを築ければ、そこから一点突破で、他の問題も解決に導く歯車を回すことができるのではないでしょうか。

関係性の網に自分の糸を紡ぐ
 大乗仏教には、この問題解決のダイナミズムを示唆するような「煩悩即菩提」の法理が説かれています。
 人間の幸福は、悩みや苦しみをもたらす煩悩をなくすことや、そこから離れることで得られるのではなく、悩みや苦しみを抱える自分自身の生命にこそ、菩提(人生を切り開く智慧や力)が秘められているとする、〝視座の逆転〟を提示した法理です。
 問題は、煩悩の苦しみだけにあるのではない。煩悩にどう向き合い、そこからどのような行動に踏み出すかにあります。
 日蓮大聖人も、法華経の「一切の苦・一切の病痛を離れ、能く一切の生死の縛を解かしめたまう」の文について、「離の字をば明とよむなり」(御書773㌻)と説きました。
 自分を取り巻く問題と真正面から向き合い、状況を明らかにして行動を起こす中で、煩悩の苦しみを感じていた自分が、そのまま、幸福を自ら切り開く存在になっていけることを説いた変革の原理なのです。
 また仏教では、その変革の波動は、相互連関を織り成す関係性の網を通して、周囲や社会にも大きく広げていくことができると促しています。
 状況に縛られるのではなく、自分の手で関係性を紡ぎ出し、状況を変えていくという視点は、興味深いことに、哲学者のハンナ・アーレントが、「フマニタス(真に人間的なもの)」について論じた際に提起していたものでもありました(以下、ジェローム・コーン編『アーレント政治思想集成1』齋藤純一・山田正行・矢野久美子訳、みすず書房)
 彼女は、師であるヤスパースの「公共的領域への冒険」の言葉を通し、こう述べています。
 真に人間的なものは孤立したままでは得ることはできず、「自分の生ならびに人格を『公共的領域への冒険』に委ねることによってのみ達成されうる」と。
 そしてその冒険は、「関係性の網の目のなかに、私たちが自分自身の糸を紡いでいくということ」であると位置づけました。
 私が何よりも共感したのは、「それがどのような結果を生むかは、私たちにはけっしてわかりません」と断りながらも、アーレントが深い確信をもって語った次の結論です。
 「この冒険は人間を信頼することにおいてのみ可能であると申し上げておきたいと思います。つまり、なかなかそれとしてイメージを結ぶことは難しいけれども、根本的な意味であらゆる人間が人間的なものに対して信頼を抱くことです。そうでなければ冒険は不可能です」
 その信頼とは、「根本的な意味で」とあるように、自分自身への信頼や、周囲の人々に対する信頼にとどまらず、〝自分たちの生きる世界にどこまでも希望を失わず向き合う〟という意味での信頼をも含んでいるのではないでしょうか。

タンザニアの女性が勝ち取ったもの
 国連機関のUNウィメンは昨年、「私のいる場所から」と題し、厳しい環境に置かれながらも人々のために行動し、SDGs推進の一端を担う女性たちを紹介しました。
 その中に、タンザニアでソーラー発電の技術者として活躍する女性がいます。
 障がいのある彼女は、苦労を重ねながら技術を身につけ、その知識を自分の村のために生かす努力を続けてきました。
 当初、多くの男性は、彼女の仕事を認めようとしませんでした。
 しかし、彼らの家にソーラー器具を設置して光を灯し、壊れた時には修理を行う中で、次第に彼女の仕事に敬意を払う男性たちも出始めるようになったといいます。
 彼女は語っています。
 「日が沈むと暗闇に包まれていたかつての村に、今は光が灯ります。たった今ですが、二人の子供が、私の直したソーラーランタンを引き取りに来ました。大きな笑顔を浮かべていました。きっと今夜宿題をすることができるのでしょう」(UN Women日本事務所のウェブサイト)
 ここでは、再生可能エネルギーの導入が進むだけでなく、女性に対する見方が少しずつ改められ、子どもたちが勉強する環境も整えられている――まさに〝民衆のアジェンダ〟の字義通り、一人の女性が立ち上がったことで、SDGsを前進させるプラスの連鎖が、タンザニアの村で実際に起きているのです。
 私は、地道ながらも尊い彼女の取り組みに、アーレントの言う「自分自身の糸を紡いでいく」ことで、自分の今いる場所を照らし出す「フマニタス(真に人間的なもの)」の輝きをみる思いがしてなりません。
 問題解決の力は、特別な人だけに具わっているわけではありません。
 現実と向き合い、その重みの一端を引き受け、行動の波を起こす――。
 困難を乗り越える力は、自分が感じた心の痛みを決意に変えることで、誰にでも発揮できる道が開けていくのです。
 とりわけ青年には、みずみずしい感性と理想への情熱を燃やして、人々をつなぐ信頼と信頼との結節点となり、プラスの連鎖を巻き起こす大きなエネルギーがあります。

無力感を打ち払う青年部の取り組み
 戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」以来、私ども創価学会とSGIの平和運動の中核を、一貫して担ってきたのも青年です。
 現代社会に広がる〝自分が行動したところで何も変わらないのではないか〟との無力感を打ち払い、「今ここにいる自分だからこそ、果たせる使命がある」との思いに立って、意欲的な行動を広げています。
 日本の青年部は、3年前からSOKAグローバルアクションの運動を行い、東日本大震災で深刻な被害を受けた東北の〝心の復興〟を後押ししてきたほか、中国や韓国との交流を通じた「アジアの友好」の推進と、「平和の文化」を建設し、核兵器の廃絶を目指す活動を進めてきました。
 各国の青年部も、環境保護の活動や人権教育をはじめ、非暴力の意識を高める取り組みなど、現実変革への挑戦を続けています。
 SDGsに焦点を当てた活動にも力を注いでおり、昨年11月には、「青年こそがSDGsの普及と推進をレベルアップさせる」と題する会議を国連本部で共催しました。
 「持続可能な開発のための2030アジェンダ」担当のデビッド・ナバロ国連事務総長特別顧問は、会議でこう訴えました。
 「世界中の青年が持続可能な開発の運動で活躍できる場を作らなければならない。青年は共に行動し、歓喜を共有し、信頼し合うことを求めている」
 私どもが、SDGsの挑戦にかける思いもまったく同じであります。
 青年は、目の前の脅威への不安を感じなければ動けないような消極的な存在ではありません。一つ一つの課題に立ち向かう挑戦の中に分かち合う喜びがあり、希望があると信じるからこそ前に進んでいくのです。
 SDGsには、目標達成を義務づける拘束力はないものの、2030アジェンダの題名に記されているように、そこには「私たちの世界を変革する」との希望が息づいています。
 その希望を自らの誓いとして立ち上がる青年の行動が広がっていけば、全ての目標に前進のギアを入れる力を生み出すことができるのではないでしょうか。
 私どもSGIは、今後も青年を中心に、地域の課題からグローバルな脅威にいたるまで、問題解決のためのプラスの連鎖を巻き起こす挑戦に取り組んでいく決意です。

「希望の暁鐘 青年の大連帯」
米ロ首脳会談を早期に開催し、緊張緩和と核軍縮の流れを

 続いて、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」が目指す〝平和で公正かつ包摂的な社会〟の実現に向け、①核兵器の禁止と廃絶、②難民問題への対応、③「人権文化」の建設、の3つの課題について具体的な提案を行いたい。
 第1のテーマは、核兵器の禁止と廃絶です。
 先月、国連総会で歴史的な決議が採択されました。核兵器禁止条約を交渉する会議の開催が決定したのです。
 3月末と、6月中旬から7月にかけて国連で討議を行い、早期締結に向けて最善を尽くすことが呼び掛けられています。
 いまだ世界には、1万5000発以上の核弾頭が存在しています。核軍縮の停滞に加え、核戦力を強化する近代化計画も進み、脅威の解消どころか、脅威を増幅しかねない方向に向かいつつあります。
 かつてアメリカのケネディ大統領が、古代ギリシャの〝ダモクレスの剣〟=注4=の故事を通して警告した、人類と地球の生態系が常に壊滅の危機にさらされる事態は、決して過去の話ではありません。
 むしろ、国連総会での決議で強調しているように、核問題の解決は「いっそう緊急のものとなっている」のです。

世界で今も続く高度警戒態勢
 そこで私は、いくつか提案をしたい。
 一つ目は、アメリカとロシアの首脳会談をできるだけ早く開催し、核軍縮の機運を再び高めることです。
 両国の指導者には、地球上の人々の生命を脅かし、人類がこれまで築いてきた文明を灰燼に帰しかねないほどの大量の核兵器を保有している責任が、重くのしかかっているからです。
 3年前にウクライナ情勢を巡って緊張状態に陥って以来、両国の関係は〝新冷戦〟といわれるほど厳しく冷え込みました。
 核軍縮交渉も、2011年に新戦略兵器削減条約(新START)が発効したのを最後に進んでおらず、この条約が削減の達成期限としている来年以降の先行きは、不透明なままになっています。
 今月20日に就任したアメリカのトランプ新大統領は、当選決定後にロシアのプーチン大統領と行った電話会談で、両国の関係改善を目指すことで意見の一致をみています。世界の核兵器の9割以上を保有する両国が緊張緩和を図り、核兵器の問題についても真摯に話し合うことを、私は強く願ってやみません。
 冷戦終結から四半世紀が経つ今もなお、核抑止政策が続く中で、世界では約1800発もの核兵器が、即座に発射できる「高度警戒態勢」に置かれています。
 その状態は一体、何を意味するのか――。
 ウィリアム・ペリー元米国防長官は、カーター政権下で国防次官を務めていた頃(1977年)、真夜中に戦略空軍の当直将校から「ソ連のミサイル200発がアメリカに向けて飛来中」との緊急電話を受けた時の衝撃が忘れられないと述懐しています。
 すぐに誤作動が原因とわかったものの、それが正しい情報であれば、核兵器で即座に反撃するかどうか、究極の判断が大統領に迫られる事態だったからです。
 核戦争など決して望んでいなくても、他国からの核攻撃を阻むには、〝いつでも応酬する準備がある〟との意思を示す必要がある。しかし、それが言葉だけではないことを証明するには、即座に発射できる態勢を維持せねばならず、片時も安心できないばかりか、結果的に、核戦争の危機を常に背負い込む状態から逃れることができない――。
 実のところ、それが冷戦時代から現在まで続く、核抑止の実態なのです。

戸田会長が宣言で訴えかけたもの
 思い返せば、私の師である戸田第2代会長が「原水爆禁止宣言」を発表したのは、核抑止態勢の基盤が実質的に完成をみた時期にほかなりませんでした。
 当時、アメリカとソ連が水爆実験を行い、威力の増大を図る競争がエスカレートする一方、核開発の焦点は核兵器を爆撃機で投下する方式から、核弾頭を誘導兵器に取り付ける方式に移行しつつありました。
 宣言発表の前月(57年8月)には、ソ連が大陸間弾道弾(ICBM)の実験に成功し、地球のどこにでも核兵器を発射できる状況が現実となったのです。
 また、9月に入ると、国連の枠組みの下で半年近く続けられてきた、原水爆の削減と禁止などをめぐる軍縮交渉が決裂するという事態が生じました。
 アメリカ、イギリス、フランス、ソ連に、カナダを加えた5カ国が集中的に討議を重ねたものの、意見が一致せず、無期休会という形で幕を閉じたのです。
 実にそれは、宣言発表の2日前のことでした。
 そうした事態を前にして、戸田会長は、核兵器の存在が人類の破滅に直結しているにもかかわらず、軍拡競争が一向にやまない理由は、核抑止論にあると洞察しました。
 核兵器が抑止力となり、平和が維持されるといった、核保有を正当化する論理が目を向けているのは、〝相手の攻撃を阻止することや〟〝自国を守ること〟だけであって、その奥底には、目的のために人類の大半を犠牲にすることも辞さない冷酷な思想が横たわっているのではないか――。
 ゆえに戸田会長は宣言で、核保有を正当化する論理に対し、「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』第4巻)と、その思想の克服を強く呼び掛けたのです。
 当時、米ソ両国が対峙する構図を、〝瓶の中の2匹のサソリ〟に譬えた議論がありました。
 しかし、その瓶には、核保有国だけでなく多くの国が存在し、数十億もの民衆が暮らしていることが忘れ去られていました。
 また、刺すか刺されるかといった対峙の構図に目が奪われ、互いが手にしているのが、通常兵器とは明らかに一線を画した絶滅兵器であるという事実が捨象されていました。
 この核抑止論が生み出す幻影を打ち払うべく、戸田会長は、「われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております」(同)と訴え、その権利を脅かす行為は、どの国も許されず、いかなる理由があろうと核兵器の使用は絶対にあってはならないと宣言したのです。

〝核の傘〟にひそむ重大な非人道性

 抑止が働くことだけを信じ、それが破綻した場合の壊滅的な結末を思考から切り離してしまう。また、偶発的な事故による核爆発は、抑止に関係なく常に起こりうるという現実を考えないようにする――。
 こうした思考停止は、〝核の傘〟においても同様に懸念される問題です。
 実のところ、〝核の傘〟は、その一本一本が核兵器という〝ダモクレスの剣〟で構成されたものにほかならず、自国を守るためには、広島と長崎で起きたような惨劇が他国で繰り返されても構わないという前提に立った、極めて非人道的な安全保障観であることを忘れてはなりません。
 ひとたび発射ボタンが押され、核の応酬が始まってしまえば、紛争当事国だけでなく、周辺国や地球全体に取り返しのつかない大惨事を招く――そこではまさに、「自国の安全保障」と「大勢の民衆の生命や地球の生態系」とが天秤にかけられているのです。
 この問題を、前半で言及した経済学者のセン博士の正義を巡る議論に敷衍してみるならば、核抑止政策や〝核の傘〟で他国からの核攻撃を防ぎ、自国を守るという安全保障は、目的の正当性を重視する「ニーティ」的な正義に立つものといえましょう。
 しかし、結果の正当性、つまり、実際に人々の身に起こることに焦点を当てる「ニヤーヤ」的正義に照らしてみれば、多くの民衆の犠牲と地球の生態系の破壊もやむなしとする、核依存の安全保障が許される余地は、どこにも残されていないのではないでしょうか。
 武力攻撃に対して自国を守る権利は国連憲章でも認められており、国際法上、「ニーティ」的な観点に立つ安全保障は一律には否定されないとしても、自国を守る方法が果たして〝核兵器を必須とするもの〟であり続けるしかないのか、その一点が問われていると、私は強調したいのです。

武器を持つことで生じる恐怖と不安
 そもそも抑止の考え方は、長い歴史を通じて多くの国が武器を保持し増強する際に用いてきた論理ですが、戦争に次ぐ戦争の歴史が物語るように、抑止が破綻し、衝突に至った史実は枚挙に暇がありません。
 それが、核兵器に限って抑止が破綻しないと、なぜ断言できるのか――。
 核問題の専門家であるウォード・ウィルソン氏は、『核兵器をめぐる5つの神話』と題する著作で、このことを問いかけました。
 ウィルソン氏は、集団的暴力や戦争をめぐる人類の歴史は6000年に及んでおり、第2次世界大戦以降の60年だけを切り取って論じることは、「データの1%を基にして、ある傾向を見つけた、と主張するに等しい」(広瀬訓監訳、法律文化社)と指摘しています。
 この問題を考えるには、数千年に及ぶ文明の盛衰を俯瞰して洞察を深めた歴史家のトインビー博士のような眼差しが不可欠であり、「とりわけ、人間の本質に深く根付いた現象を扱うにおいて、これは無謀といえるのではないだろうか」(同)と強調するのです。
 まったく同感であり、抑止が「人間の本質に深く根付いた現象」であるとの急所をしっかり踏まえた上で、核抑止論の奥にひそむ重大な危険性を見つめる必要があると考えます。
 そこで私は、「人間の本質」を深く掘り下げる中で生命尊厳の思想を打ち立てた仏教の視座から、一つの問題提起をしたい。
 釈尊の言葉に、「殺そうと争闘する人々を見よ。武器を執って打とうとしたことから恐怖が生じたのである」(『ブッダのことば』中村元訳、岩波書店)とあります。
 これは、2つの部族の間で水をめぐる争いが起きた時に、釈尊が述べたものと伝えられています。
 私が着目するのは、釈尊が対峙する人々の心の動きを見定める中で、〝相手に対する恐怖があったから武器を手にした〟のではなく、〝武器を手にしたことによって恐怖が生じた〟と洞察している点です。
 つまり、武器を手にするまでは、自分たちの水を奪おうとする相手への激しい怒りがあったとしても、そこに恐怖の影はなかった。しかし、ひとたび武器を手にし、何かあれば相手を打ちのめそうと思った瞬間に、人々の心に恐怖が宿ったというのです。

日本による交渉参加の呼び掛けで、核兵器禁止条約の道開け!

構築が検討された自動制御の核反撃
 翻って冷戦時代においても、恐怖に支配された心理が究極の悪夢を生み出そうとしていた事実を、長年、「ワシントン・ポスト」紙で記者を務めたデイヴィッド・E・ホフマン氏が浮き彫りにしています。
 ――1980年代初め、ソ連の指導部はある計画を検討し始めた。核攻撃を受け、「〝すべての〟指導者が失われ、正規軍の〝すべての〟指揮命令系統が破壊されても、依然として機能するシステム」である。
 「反撃のチャンスを逸すること」を何よりも恐れ、「完全に自動化され、コンピューターによって動かされる報復システム」を本気で考えたのだった。
 しかし、計画の途中で、修正が入る。
 「いかなる人間的要素も一切関与しないまま機能する」システムへの抵抗感が拭えず、核ミサイル発射の判断を、深深度の地下壕に生き残った当直士官が下す方法に最終的に改められた――と(『死神の報復(上)』平賀秀明訳、白水社を引用・参照)
 かくして冷戦末期、人間の意思では止められない核反撃のシステムが構築されかけたのです。構想に終わったとはいえ、武器(核兵器)を手にしているために強く感じる恐怖が、渦を巻いて生み出そうとした〝抑止の最終形態〟だったのではないでしょうか。
 昨年は、冷戦終結の扉を開く契機となった、レイキャビクでの米ソ首脳会談(86年10月)から30周年にあたりました。
 米ソの中間にあるアイスランドの首都で会談を行うことを提案した、ソ連のゴルバチョフ書記長の脳裏には、その半年前のチェルノブイリでの原発事故を通して実感した、核戦争への深刻な懸念がありました。
 一方のアメリカのレーガン大統領にも、核兵器による大量殺戮の脅しをもって平和を維持しようとする状態には耐えられないとの思いがあったといいます。
 その深刻な懸念を両者が共に抱いていたからこそ、核全廃の合意にあと少しで手が届く所まで話し合いが進んだといえましょう。
 最終合意には至らなかったものの、翌87年に中距離核戦力(INF)全廃条約が締結され、核軍縮の歯車が回り始めたのです。
 今一度、アメリカとロシアがレイキャビクの精神を踏まえ、世界平和のために歩み寄るべき時を迎えているのではないでしょうか。
 3月から始まる国連での交渉会議では、検討すべき課題の一つとして、事故や過誤などによる核兵器爆発の危険性を低下させ、除外するための措置が挙げられています。
 冷戦時代からその危険性を何度も感じてきた米ロ両国が、首脳同士の対話を重ね、「高度警戒態勢」の段階的な解除とともに、大幅な核軍縮に向けて新たな一歩を踏み出すことを、強く呼び掛けたいのです。

広島と長崎の強い願いを共有
 続く2つ目の提案は、唯一の戦争被爆国である日本が、その歴史的な使命と責任を深く自覚し、核保有国や他の核依存国を含めた多くの国々に、国連の交渉会議への参加を粘り強く働きかけることです。
 近年、被爆地での外交会議の開催や、各国の要人の被爆地への訪問が相次ぐ中、核兵器の問題に関する重要なメッセージが繰り返し発信されてきました。
 2014年4月、広島で行われた軍縮・不拡散イニシアチブの会合では、核依存国のオーストラリア、ドイツ、オランダなどの外相が被爆者の体験に耳を傾ける機会も設けられる中、核兵器の非人道的影響に関する議論は「核兵器のない世界という目標に向けた国際社会の結束した行動のための触媒であるべき」との宣言が発表されました。
 また昨年4月には、広島でG7(主要7カ国)外相会合が開催されました。アメリカ、イギリス、フランスの核保有国と、ドイツ、イタリア、カナダ、日本の核依存国の外相らがそろって原爆ドームに足を運び、「核兵器は二度と使われてはならないという広島及び長崎の人々の心からの強い願いを共にしている」との宣言を採択しました。
 そして昨年5月には、オバマ大統領が、現職の米大統領として初めて広島訪問を果たし、「私の国のように核を保有する国々は、恐怖の論理にとらわれず、核兵器なき世界を追求する勇気を持たなければなりません」(朝日新聞取材班『ヒロシマに来た大統領』筑摩書房)と、演説を行ったのです。
 私は、被爆地で議論を共に重ねてきた国々をはじめ、できるだけ多くの国々に、日本が核兵器禁止条約の交渉会議への参加を呼び掛けるよう訴えたい。
 2年前の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、核保有国と非保有国との溝が埋まらず、最終文書の採択が見送られたように、今回の交渉会議も難航が予想されます。
 しかし、NPTの重要性と、核兵器がもたらす壊滅的な結末への懸念は、どの国にも基本的に共有されたものであるはずです。
 私は、その共通認識を足場に、核兵器を巡る議論の再構築を行うことが肝要ではないかと考えます。
 この点、温暖化防止対策の転換点となったパリ協定の交渉の教訓は、重要な示唆を与えるものです。
 パリ協定の交渉では、温暖化の原因や対応に関する責任論に終始するのではなく、どの国にとっても望ましい未来像となる「低炭素社会」のビジョンを掲げて、共にその実現を目指すことに照準を合わせる努力が行われました。そうした中で、合意への突破口が開かれたのです。
 核兵器の問題についても同様に、生産や移転、威嚇や使用などを規制する条約づくりを、どの国にも核兵器による惨劇を絶対に引き起こさないための〝地球的な共同作業〟と位置づけ、そのビジョンに基づく歩み寄りを真摯に模索すべきではないでしょうか。

NPTの討議と連動性の確保を
 NPTは、前文にある通り、核戦争は全人類に惨害をもたらすとの認識に立って、「諸国民の安全を守る措置」の必要性に基づき、制定されたものです。
 この本旨に照らせば、交渉会議で討議される核兵器禁止条約と、立脚点に違いはありません。
 核兵器禁止条約はNPTに取って代わるものではなく、完全な核軍縮に向けて誠実に交渉を行うことを定めたNPT第6条を具体化し、NPTの強化につながるものなのです。
 その意味で大切なのは、それぞれの国が抱えている〝安全保障上の懸念や防衛上の課題〟と、〝核兵器のない世界を実現するための方途〟が交差する点はどこにあるのかを、より多くの国の参加による議論を通じて浮かび上がらせていくことだと思います。
 5月には、2020年のNPT再検討会議に向けた第1回準備委員会が、ウィーンで開催されます。
 準備委員会でNPT第6条の核軍縮義務に焦点を合わせた討議を行う中で、互いの国が抱える安全保障上の懸念に向き合い、懸念を共に取り除くにはどんな行動が必要となるのかについて意見を交換していく。
 その上で、6月以降の核兵器禁止条約の交渉会議での議論につなげていくことが、どの国にとっても有益ではないでしょうか。
 NPTの討議との連動性を確保し、立場が異なる国の間の溝を埋める努力を重ねてこそ、禁止条約の交渉は建設的なものになるに違いないと思うのです。
 核兵器の問題は、国連創設当時から70年来の重要課題であり、いよいよ始まる禁止条約の交渉もかなりの困難が予想されます。
 しかし、こうした真摯な対話を粘り強く続けていけば、「核兵器のない世界」への流れを後戻りできない確かなものへと押し上げていくことができると、私は信じてやみません。
 交渉会議の後には、来年までに国連で「核軍縮に関するハイレベル会合」を開催することも決まっています。
 核兵器禁止条約を何としても締結に導き、大幅な核軍縮、さらには核廃絶へのプロセスを始動させる機運を高めていくべきではないでしょうか。

集団の論理を離れ人間の思いに立脚
 次に、3つ目の提案として述べたいのは、交渉会議に向けて市民社会で多くの声明を出し合い、それらを「核なき世界の民衆宣言」として核兵器禁止条約の礎石にしていくことです。
 市民社会の役割――それは、国境を超えて全ての人々に深く関わる性質を持ちながらも、国家単位の政策議論にとどまりがちな課題に対し、その議論を〝人間化〟して問題の所在を浮き彫りにし、グローバルな行動の連帯を力強く形づくることにあります。
 核兵器の問題では、1955年7月に科学者らが発表した「ラッセル=アインシュタイン宣言」=注5=が、その嚆矢でした。
 「私たちは、一つの集団に対し、他の集団に対するよりも強く訴えるような言葉は、一言も使わないようにこころがけよう」
 「私たちは、人類として、人類にむかって訴える――あなたがたの人間性を心にとどめ、そしてその他のことを忘れよ、と」(久野収編『核の傘に覆われた世界』平凡社)
 この一節が象徴するように、宣言を貫くのは国家や民族などの〝集団の論理〟ではなく、〝人間としての思い〟でした。
 ゆえに、核兵器を国ごとの問題とするのではなく、「自分自身や子どもや孫たち」に直接関わる問題として提起したのです。
 96年7月に国際司法裁判所で、核兵器の威嚇と使用に関する勧告的意見が示されたのも、「世界法廷プロジェクト」のような市民社会の強い働きかけがあったからでした。
 審理にあたり、40の言語、約400万人による「市民の良心宣言」が提出される中、核兵器の威嚇と使用は国際法に一般的に違反するとした上で、全ての面での核軍縮を導く交渉を誠実に行い、完結させる義務があると明記した勧告的意見が示されたのです。
 時を経て、核兵器禁止条約の交渉会議の開催が決定した今、会議を力強く支持する市民社会の声を届け、禁止条約を〝民衆の主導による国際法〟として確立する流れをつくり出すべきではないでしょうか。

人道危機が続くシリア紛争
国連の支援で和平実現を


人類に意味と活力を与える力
 今回の国連での交渉会議は、核問題の解決を求める国々の外交努力もさることながら、広島と長崎の被爆者をはじめとする世界のヒバクシャ、科学者や医師、法律家や教育者、また宗教者など、さまざまな分野の人々と団体が行動を積み重ねる中で、実現への道が開かれたものでした。
 こうした人々や団体の思いを、それぞれ声明にし、会議に寄せる形で「核なき世界の民衆宣言」の裾野を広げる。また、核兵器禁止条約の意義を草の根レベルで語り合う機会を設け、賛同の輪を拡大する――。
 その行動の一つ一つが、国連決議が呼び掛ける「市民社会代表の参加と貢献」につながり、禁止条約の礎石になると思うのです。
 核保有国や核依存国を含め、各国の民衆の間で、核兵器のない世界を求める声が根強い状況を目に見える形で示すことは、禁止条約の実効性と普遍性を高める〝かけがえのない支え〟になるに違いありません。
 そうした民衆の声は、決して少なくないはずです。
 例えば、核廃絶を求める「平和首長会議」に加盟する都市は、162カ国・地域、7200以上に及び、核保有国や核依存国の都市も多く含まれています。
 かつて広島市に自らの彫刻を寄贈した人権活動家のエスキベル博士が、平和とは「人類に意味と活力を与える力」であらねばならないと、強調していたことを思い起こします(『人権の世紀へのメッセージ』東洋哲学研究所)
 果たして、核兵器に依存しなければ維持できないといった安全保障に、その力が宿っているといえるでしょうか。
 「人類に意味と活力を与える力」は、〝あらゆる差異を超えて生命の尊厳を共に守り合う世界を築く〟という民衆の誓いが生み出す平和にこそ、力強く脈打つと確信するのです。
 私どもSGIは、戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」を原点に平和運動を進める中、2007年から「核兵器廃絶への民衆行動の10年」と題する活動を展開してきました。
 核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)と共同制作した「核兵器なき世界への連帯――勇気と希望の選択」展を各国で開催してきたほか、核軍縮の誠実な履行を求める運動「ニュークリア・ゼロ」に賛同し、2014年に500万を超える署名を集めました。
 また、昨年の核軍縮に関する国連公開作業部会に寄せた「核兵器の非人道性を憂慮する宗教コミュニティー」の共同声明の作成に協力するとともに、国連総会第1委員会にも、同コミュニティーとしての共同声明を提出しました。
 2015年8月には、他の団体と協力して「核兵器廃絶のための世界青年サミット」を広島で開催し、それを機に、核廃絶を求める世界の青年の国際ネットワーク「アンプリファイ」が昨年発足しています。
 そして今年は「原水爆禁止宣言」60周年を記念し、宣言発表の地・神奈川で「青年不戦サミット」を行うことになっています。
 こうした10年にわたる一連の取り組みを支えてきた思いは、SGIが国連公開作業部会に提出し、国連文書となった作業文書の次の言葉に凝縮しています。
 「核兵器は、人間生命を無意味なものとし、希望をもって未来に目を向けるという、私たちの能力の発揮を妨げている」
 「核兵器の根源的な問題は、他者を徹底的に否定するところにある。それは、人間性の否定であり、平等であるはずの幸福への権利や、生命への権利の否定でもある」
 「核軍縮への挑戦は、核保有国だけでなく、全ての国家を含みつつ、市民社会の十分な関与を得た上での、地球的な共同作業でなければならない」
 3月から国連で始まる交渉会議を「地球的な共同作業」を生み出す場とするために、他の団体と協力し、市民社会の声の結集に全力で取り組むことを固く決意するものです。

家族を守るために日々迫られる選択
 続く第2のテーマは、難民の人々が生きる希望を取り戻すための支援です。
 近年、紛争や迫害によって生まれ故郷や住み慣れた場所を追われる人々が急増し、その数は6530万人にのぼります。
 中でも、6年に及ぶシリアでの紛争に伴う人道危機は極めて深刻です。30万人以上が命を失い、恐怖と欠乏のために人口の半数以上が避難生活を強いられ、480万人が国外に逃れざるを得ませんでした。
 こうした中、国連のグテーレス事務総長は、就任前の昨年10月、国連で最も対応に急を要する優先課題は「平和に関するものになる」とし、「人間の苦難をあらゆる次元で和らげる最善の方法は、平和のための外交の活性化である」と訴えました(国連広報センターのウェブサイト)
 先月30日、シリア全土での停戦合意が発効し、国連安全保障理事会も支持する決議を採択して停戦の順守を呼び掛けましたが、このまま内戦が鎮静化するかどうか、予断を許さない状況が続いています。
 国連の支援で来月に開催予定の和平協議の場などを通じて、難民高等弁務官を長らく務めたグテーレス事務総長が率いる国連と、関係国が連携し、シリア紛争を一日も早く終結させることを願ってやみません。
 この外交努力と並んで、グテーレス事務総長が重要課題と位置づけているのが、「恐ろしい紛争を逃れ、保護を必要としている人々との全面的な連帯を確保すること」(同)です。
 昨年5月にトルコのイスタンブールで行われた国連の世界人道サミットで焦点となったのも、このテーマでした。
 開幕式でも提起されていたように、紛争によって突然、生活を破壊された人々は、来る日も来る日も厳しい選択を迫られていることに、思いをはせる必要があります。
 爆撃の危険を常に感じる中で住み慣れた場所の近くにとどまるのか、それとも、家族を引き連れて長い道のりを移動し続けるのか。
 海を渡る途中で命を落とす恐れがあるのを承知の上で、一縷の望みを託して船に乗るのか、それとも踏みとどまるのか。
 避難生活の中で子どもが病気になった時、限られた所持金の中で家族のための食料を買うのか、子どもの薬を買うのか――。
 先の見えない苦境に立たされているのは、生まれ育った環境や歩んできた人生は違っても、私たちと変わらない人間であることを忘れてはならないのです。

レジリエンスを共に高める活動
 市民社会の代表も数多く参加した世界人道サミットでは、人道と開発の取り組みを切り離さずに進めることや、難民の人々と受け入れ地域のレジリエンス(困難を乗り越える力)を高める重要性などが確認されました。
 レジリエンスの強化は、私どもSGIが、「誰も置き去りにしない」世界を築くための柱として考えるもので、サミットで初開催した人道展「人間の復興――一人一人がつくる未来」でも強調した点です。
 そこで私は、受け入れ地域のレジリエンスを向上させるために、難民の人々がSDGsの課題に関わる仕事などに共に携わることのできる道を開く「人道と尊厳のためのパートナーシップ」の枠組みを設け、国連を中心に推進することを提案したいと思います。
 現在、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が支援する難民の86%は、紛争地域の周辺にある途上国に集中しています。
 そうした国々は、貧困や保健衛生をはじめとするSDGsの課題に直面する一方、難民の受け入れに伴う問題も抱え、厳しい状況に置かれています。その打開には、サミットで確認されたように、人道と開発の取り組みを包括的に進めることが重要になります。
 国連開発計画(UNDP)がエチオピアで進めてきたプロジェクトは、その一例ともいえましょう。
 エチオピアでは、周辺国での相次ぐ紛争の影響で73万人もの難民を受け入れる中で、昨年、30年に一度といわれるほどの最悪の干ばつに見舞われました。そこでプロジェクトでは、自然資源の管理やインフラの復旧支援とともに、地域住民と難民との共存を図る活動に力を入れ、危機の悪化を防いできたのです。
 難民が増加の一途をたどる状況下で、受け入れ国の安定と発展なくして、難民の人々の生活を安定させることはできません。
 また、SDGsの課題を抱える点では、先進国や新興国も同じです。
 SDGsの達成に向け、食糧危機を防ぐための持続可能な農業をはじめ、再生可能エネルギーの導入に関わる仕事や、医療と保健衛生に携わる仕事など、さまざまな仕事が必要になると見込まれています。
 国際労働機関(ILO)のガイ・ライダー事務局長は昨年、難民の人々にとっての仕事の重要性を踏まえて、難民のための「ニューディール」の考案を呼び掛けました。
 私は、その一つの形として人道と開発をつなげ、難民の人々がSDGsに関わる仕事に携われるよう、国連と各国が協力し、技能習得や就労研修の機会を積極的に設けていってはどうかと提案したいのです。

受け入れ国での経験を復興の糧に
 人間にとって仕事は、生活を支える経済的な糧となる大切なものです。そして同時に、生きがいの源泉となり、自分が生きている証しを社会に刻む営みでもあります。
 仕事の確保は「社会正義の実現」に不可欠の要素と訴える、シドニー平和財団のスチュアート・リース前理事長も、私との対談で、こう強調していました。
 仕事がない状態は、「何かを達成する満足を感じながら、もしくは社会に貢献しながら自身の生計を立てるという人間的感覚」を否定し、「人間の尊厳を根源から脅かす問題」になる、と(『平和の哲学と詩心を語る』第三文明社)
 その際、話題になったのが、1929年の世界恐慌による大量失業を解決するために、アメリカのルーズベルト大統領が始めたニューディール政策でした。
 そこでは、ダムの建設事業に加え、国立公園の保全や植林をする市民保全部隊も結成され、部隊には約10年間で延べ300万人もの若者が従事しました。
 20億本以上の木が植えられたほか、各地の国立公園の整備が進んだのです。
 その仕事は、多くの若者にとって、社会や人々のために役立っているという〝手応え〟や〝誇り〟に直結するものでした。それだけでなく、整備された国立公園や森林は、現在にいたるまで生物多様性や生態系の保全に貢献し、温室効果ガスの吸収などの面でも役立っているのです。
 こうした事例なども踏まえながら、難民の人々が仕事の機会をより多く得ることができ、SDGsの前進も後押しするような枠組みを検討すべきではないでしょうか。

「多様性」と「尊厳」守り合う社会へ
人権教育に関する条約を制定

 何より、難民の人々は多くの苦しみや悲しみを味わってきたからこそ、さまざまな問題に苦しむ人々の力になれる存在です。
 また、紛争が終結して帰国を果たせた時には、受け入れ国でのSDGsに関わる仕事の経験が、生まれ育った国の復興と再建の大きな原動力になっていくに違いありません。
 折しも昨年9月、難民と移民に関する国連サミットで、「難民に関するグローバル・コンパクト」という新たな規範を来年に採択することが合意されました。
 過去最大の人道危機となった難民問題の解決なくして、世界の平和と安定はなく、「誰も置き去りにしない」とのビジョンを掲げるSDGsを本格的に進めることもできません。
 先のエチオピアでのプロジェクトなどを支援してきた日本が、国連が重視する「人道と開発をつなぐ活動」に今後も力を入れていくことの意義は大きいのではないでしょうか。
 国連サミットの翌日に、オバマ大統領が主催したリーダーズ・サミットで、日本は、紛争の影響を受けた約100万人に教育支援や職業訓練を実施するほか、今後5年間で最大150人のシリア人留学生を受け入れることを表明しました。
 そうした取り組みを基盤に、SDGsの推進につながる技能習得や就労研修の機会を設けるなど、「人道と尊厳のためのパートナーシップ」の先駆けとなる活動を積極的に進めてほしいと念願するものです。

大学の社会的使命
 また、これに関連し、世界の大学が国連と連携して、難民の若者たちが教育機会を少しでも得られるよう、さまざまな形で後押しすることを呼び掛けたい。
 7年前に始まった国連と世界の大学を結ぶ「国連アカデミック・インパクト」の取り組みには、120カ国以上の1000に及ぶ大学が加盟しています。
 それらの大学が研究するテーマは、地球的な課題のほとんどを網羅しており、こうした世界の大学が持つ力を人類益のために発揮することが期待されます。
 歴史を振り返れば、前半で触れた、貧困に苦しむ人々のためのトインビー・ホールの活動を担ったのも、移民が尊厳を取り戻す支えとなったハル・ハウスで教育活動を行ったのも、大学の関係者たちでした。
 大学には、社会の〝希望と安心の港〟としての力が宿っているのです。
 その意味で、世界の大学が地球的な課題をめぐる研究での貢献とともに、出張講義や通信教育を含め、難民の若者の教育機会をさまざまな形で支えていくことの意義は、極めて大きいと思えてなりません。
 私が創立した創価大学も、昨年5月、UNHCRと「難民高等教育プログラム」の協定を結び、今春から難民の留学生を受け入れることになっています。
 昨年のリオデジャネイロ・オリンピックに出場した難民選手団の一員で、シリア出身のユスラ・マルディニ選手は、同じ難民の人たちに向けて次のような言葉を語っています。
 「どんな困難も、嵐のような辛い日々も、いつかは落ち着く日が来る。難民になっても、夢や、やりたいと願っていたことをあきらめないで欲しい」(UNHCR駐日事務所のウェブサイト)
 紛争のために住み慣れた家を離れざるを得なくなり、見知らぬ場所で暮らすことになった難民の人々にとって、人間らしい生活の実感や、生きる希望の手応えを感じられるのは、仕事に就くことや教育の機会を得ることを通してではないでしょうか。
 国連が採択を目指す「難民に関するグローバル・コンパクト」では、この仕事や教育の重要性を踏まえた内容を盛り込むことが大切ではないかと思います。
 難民問題を解決する道は、難民の人々が安心と希望と尊厳を取り戻す中でこそ、大きく開いていくことができるからです。

暴力的過激主義をどう食い止めるか
 最後に第3のテーマとして、「人権文化」の建設に関する提案を行いたい。
 世界で今、長引く紛争や内戦に加えて、深刻な脅威となっているのが、相次ぐテロや暴力的過激主義の高まりです。
 生きる意味や人生の希望を見いだせなくなった若者たちが、暴力的過激主義に引き込まれてしまう状況もみられます。
 私が創立した戸田記念国際平和研究所は昨年11月、こうした暴力的過激主義の蔓延を防ぐための研究会議を、アメリカのイースタン・メノナイト大学で開催しました。
 「処罰こそ暴力を防ぐ手段」との認識が各国で広がる中で、その有効性や課題について各地の事例を通して検証するとともに、緊張が続く地域で平和構築を進めるには何が必要かを探る会議となりました。
 そこで焦点となったのは、暴力的過激主義が広がる背景に目を向け、予防に力を注ぐこと――つまり、人々の意識を暴力的な手段によらない問題解決の方向へ向ける努力を、社会に組み込むことの重要性です。
 私は、その鍵を握るのが、人権教育の推進だと考えます。
 昨年は、「人権教育および研修に関する国連宣言」の採択5周年にあたりました。
 人権教育の国際基準を初めて定めた宣言で、SGIも起草段階から市民社会の声を届け、制定の支援をしてきたものです。
 昨年9月に国連人権理事会で、宣言の採択5周年を記念する政府間会議が行われた際には、SGIの代表も参加しました。
 席上、国連のケイト・ギルモア人権副高等弁務官は、各地で憎しみや暴力が広がる一方で、人権教育を通し、人々の行動を鼓舞する動きが見え始めていることは良いニュースであるとし、こう訴えました。
 「人権教育は、私たちの個々の多様性を超えて、私たちの共通の人間性を育みます。それはオプションの追加でも、習慣化された義務でもありません。人間にとって根源的なことを教えてくれるものなのです」
 人権教育の真価がどこにあるかを物語る言葉であり、私も深く共感します。

18億人の若者の大きな潜在力
 政府間会議では、人権教育を通して一人の少女の身に起こった変化などの事例が紹介されました。
 ――一人の少女が、学校で人権教育を受け、自分の尊厳について深く考えるようになった。
 以来、彼女の心に、自分の未来に対する自信と強さが宿り、周囲の状況に左右されることなく、彼女自身が変わっていった。
 人権を踏みにじられる犠牲者ではなく、周りの人々の人権を守る存在になりたいと願うようになった――という話です。
 ギルモア副高等弁務官は、こうした少女の姿こそ「人権意識の驚くべき力」を示すものであり、「教育こそ変革の促進剤」と強調しました。人権教育には、限りない力と可能性が秘められているのです。
 私は、この変革の波をあらゆる場所で広げるために、人権教育に関する宣言を基盤に、「人権教育と研修に関する条約」の制定を目指し、実施手段の強化を図ることを提案したい。
 世界人権宣言の採択から70周年を迎える来年を機に、例えば、「人権教育に関する国連と市民社会フォーラム」のような場を設けるなどして、条約制定に向けての議論を高めていってはどうでしょうか。
 世界には、10歳から24歳までの若い世代が、18億人いるといわれています。
 こうした若い世代が、暴力や争いではなく、人権を守る方向へと心を向けていくことができれば、人権教育に関する宣言が掲げる「多元的で誰も排除されない社会」への道は、大きく開けていくはずです。
 その原動力となる人権教育を、各国で持続的に進めるためには、法律や教育プログラムを整備した上で、実施状況を定期的に評価し、改善する制度を設ける必要があります。
 政府間会議で私どもSGIが、市民社会ネットワーク「人権教育2020」を代表する形で訴えたのも、その点でした。
 世界人権宣言に始まる国際的な人権保障は、人権の規範設定や保護規定に続き、人権侵害の救済制度に力が注がれてきました。
 そして今、焦点となっているのが、互いの多様性を大切にし合い、互いの尊厳を共に守り抜く「人権文化」を、社会に根付かせていくことです。
 SGIでは、国連機関や関係団体の協力を得て、2月末からの国連人権理事会の会期にあわせて、新しい人権教育展示を開催する予定です。
 この新展示などを通し、市民社会の側から「人権文化」建設の輪を力強く広げていきたい。そして、他のNGOと連携し、「人権教育と研修に関する条約」の制定に向け、国際世論を喚起したいと思います。

安保理で起きた歴史的な大転換
 結びに、「人権文化」の建設に深く関わる、ジェンダー平等の重要性について論じたいと思います。
 ジェンダー平等とは、男女の差別なく、平等な権利、責任、機会を保障することです。国連機関のUNウィメンが強調するように、その主眼は、多様性を認識し、女性と男性の双方の関心やニーズを共に大切にする社会を築く取り組みにあります。
 SDGsでは、ジェンダー平等を達成し、あらゆる場所における、あらゆる形態の差別を撤廃するとの目標を打ち出しています。
 その重要性への認識の広がりを裏付けるように、ジェンダー平等が焦点となった昨年3月の「国連女性の地位委員会」には、過去最多となる80カ国以上の大臣と約4100人の市民社会の代表が集いました。
 私どもSGIでも、代表が参加するとともに、並行行事として「SDGs達成への道を開く女性のリーダーシップ」と題するフォーラムを開催しました。
 そこで確認したのは、ジェンダー平等が重要な人権問題であると同時に、その取り組みの前進がSDGsの全ての目標の前進につながるとの認識です。つまり、前半で言及した、SDGsの取り組みを包括的に進める「ネクサス(関係)アプローチ」の中軸を担うのが、ジェンダー平等であるということです。
 各国がジェンダー平等の重要性に対する認識で一致をみたのは、1995年の第4回世界女性会議にさかのぼります。その後、転機となったのが、2000年10月に国連安全保障理事会で採択された「1325決議」=注6=でした。
 平和と安全保障に関わる取り組みに女性が平等かつ全面的に参加できるよう、具体的な措置をとることを促した決議です。
 採択に尽力したアンワルル・チョウドリ元国連事務次長が語っていましたが、決議を実現に導いた背景には、女性の役割に関する「概念的、政治的大転換」があったといいます。
 同年3月の国際女性デーに安保理が出した声明で、平和とジェンダー平等が不可分の関係にあると明記されたことで、「戦争や紛争の無力な被害者」とみなされてきた女性に対し、「平和と安全保障の維持と推進には不可欠」との認識の転換が図られた、と(『新しき地球社会の創造へ』潮出版社)
 そして、この転換が「1325決議」として結実し、和平プロセスなどに女性が参加する道が明確に開かれたのです。

国連憲章を巡って女性が上げた声
 2年前には、決議の実行状況を振り返った国連の文書が発表されました。
 女性が関わった和平交渉は合意に達しやすく、持続性も高いことが明らかになったほか、国連の平和維持活動でも女性要員が現地の人々の信頼を得る上で重要な存在になっていることが報告されています。
 現在、SDGsの達成に向け、各国でジェンダー平等に関する政策の検討や実施が始まっていますが、大切なのは、「1325決議」を導いた認識の転換を顧みること――つまり、女性は無力な存在ではなく、その力の発揮が欠かせないとの認識に基づき、社会を組み直していく視点ではないでしょうか。
 この点、エマソン協会元会長で女性学に造詣が深いサーラ・ワイダー博士も、「いかなる人であれ、人の下座に置かれることを強いられてはなりません。誰もが〝隣り合わせ〟に座り、耳を傾け、語り合い、互いの持てる力や存在を尊重し合うべきではないでしょうか」(『母への讃歌』潮出版社)と、私との対談で強調していました。
 最近の研究で、国連の誕生時において、国連憲章に人権保障の中核をなす一節を組み入れる貢献をしたのが、女性たちだったことが浮き彫りにされています。
 1945年、サンフランシスコで国連憲章の制定会議が開かれた時、各国の代表団から、人権に関する規定を盛り込むことを求める意見が相次ぎました。その際、単なる“人間の権利”といった表現では不十分であると声を上げたのが、中南米諸国などから参加していた女性たちでした。
 こうした中で、憲章前文での男女同権への言及や、性による差別なく人権を尊重する規定(第1条3項)に加えて、国連の全機関で男女が平等に参加する資格があること(第8条)が明記されたのです。

法華経に描かれた竜女の尊極の姿
 このような国連誕生時のエピソードを知るにつけ、胸に浮かぶのは、仏教の精髄である法華経で「万人の尊厳」を説く中、それを現実のものにした具体的な姿として「女性の尊厳」が描かれていることです。
 ――釈尊が、いかなる人々にも尊極の生命が具わっているとの「万人の尊厳」の法理を説き明かし、重要な話は聞き終えたと思った智積菩薩が、その場から去ろうとした。
 釈尊の勧めで、文殊師利菩薩と対話をすることになった智積は、わずか8歳の少女(竜女)が尊極の生命を輝かせて、人々に対する深い慈愛の念を持っているとの話を聞かされる。
 にわかに信じられずにいた智積の前に、竜女が姿を現すが、釈尊の弟子である舎利弗も、まだ幼い彼女の姿を見て、本当にそんなことができるのかとの思いを拭えなかった。
 竜女は尊極の生命の証しである宝珠を釈尊に手渡した上で、舎利弗に対し、自分の本当の生命の輝きを見てほしいと叫ぶ。
 そして、竜女が人々のために尽くす姿を実際に目にした舎利弗と智積は、文殊の話が真実であると確信するにいたった――と。
 私は、この場面には、「万人の尊厳」といっても、抽象的な理解だけでは完結しえないことが示されていると感じます。
 また日蓮大聖人が、竜女の叫びの核心は、「舎利弗竜女が成仏と思うが僻事なり、我が成仏ぞと観ぜよ」(御書747㌻)との思いにあると強調したように、竜女の尊厳と舎利弗の尊厳は、決して別のものではありません。竜女の尊厳(女性の尊厳)に照らされて、その実感を通し、舎利弗の尊厳(男性の尊厳)も浮かび上がっているのです。
 つまり法華経では、「女性の尊厳」が現実に示されたことで、「万人の尊厳」が真に内実を伴うものとして結晶しています。
 現代の人権についても、女性の権利の重要性が国連憲章に刻まれたからこそ、国連に人権の精神が鮮明な形で宿るようになったのではないでしょうか。
 国連憲章の制定会議で声を上げた女性たちの思いも、女性の権利を大切にしなければ、“人間の権利”を大切にする社会は築けないとの一点にあったに違いないと思うのです。
 UNウィメンでは現在、ジェンダー平等の推進の輪に、積極的に男性も加わることを呼び掛ける、「HeForShe(ヒー・フォー・シー)」のキャンペーンを進めています。
 自由と権利を得られずにいてよい人間などなく、自由と権利を求める行動において差異による区別を設けてはならないはずです。
 ジェンダー平等の目的――それは男女を問わず、全ての人々が尊厳の光を自分らしく輝かせていける道を、皆で大きく広げていくことにあるのです。
 私どもSGIは青年を中心に「人権文化」を担う民衆の連帯を強めながら、「誰も置き去りにしない」世界を築く希望の暁鐘を、力強く打ち鳴らしていきたいと思います。

〔語句の解説〕

注1 パリ協定
 2015年12月、フランスのパリでの国連気候変動枠組条約締約国会議で合意された、2020年以降の温暖化防止対策。先進国だけでなく、新興国や途上国を含めた196カ国・地域が協力し、産業革命以前と比べた世界の平均気温の上昇を「2度未満」に抑える目標を掲げる。21世紀後半には、人類の活動による温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、実質的に温室効果ガスの排出量をゼロにすることを目指す。

注2 「無尽燈」の法門
 仏教の在家信徒である維摩詰が、天女たちに述べた教え。一つの灯火から何百、何千の灯火が点火されても、もとの灯火の明かりが減じることなく、暗闇を照らす光が広がっていくのと同じように、自分自身が「人々に尽くす心」を灯し、その輪を広げていく中で、社会における善が大きく増すことを説いた。

注3 トインビー・ホール
 1884年にイギリスのロンドンで開設された世界初のセツルメント(隣保館)。貧困に苦しむ人々を救済するための研究と活動に情熱を注ぐ中、31歳で早逝した経済学者アーノルド・トインビーの生涯を偲び、施設にその名が付けられた。住民の生活環境の改善を図る活動のほか、大学公開講座などの教育活動が行われた。

注4 ダモクレスの剣
 「身に及ぶ危険に常にさらされている状態」を示す譬え。紀元前4世紀、シラクサの王ディオニシオスが、王の幸福を称賛する廷臣ダモクレスを、頭上から1本の毛で剣が吊された王座に座らせ、栄華のうちにも常に危険があることを悟らせた故事に由来する。ケネディ大統領が1961年9月の国連総会の演説で言及した。

注5 ラッセル=アインシュタイン宣言
 1955年7月、哲学者のラッセルと物理学者のアインシュタインら11人が、核兵器廃絶と戦争のない世界を呼び掛けた宣言。これを基礎に、世界の科学者によるパグウォッシュ会議が57年に発足し、核廃絶の運動を続ける中、95年にノーベル平和賞を受賞。2010年に、宣言を復刻した特装版の第1号が、同会議のロートブラット名誉会長から池田SGI会長に贈られた。

注6 1325決議
 2000年10月、国連安全保障理事会で全会一致で採択された決議。紛争予防や平和構築における意思決定への女性の参画とともに、紛争下の女性に対する暴力や人権侵害の防止などを国連加盟国に要請する内容となっている。以来、40カ国以上で決議を実行するための行動計画が策定されてきたほか、安保理でも1325決議を補強する六つの決議が採択されている。
2017-08-13 : 提言 :
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