随筆 永遠なれ創価の大城 14 寒風に胸張り前進!

随筆 永遠なれ創価の大城 14   (2016・12・27付 聖教新聞)

寒風に胸張り前進!                   

青年と共に「希望」の大山へ!
心通う「対話」と「交流」で境涯を拡大
仲良く朗らかに新年をスタートしよう


 年の瀬、いよいよ本格的な冬が到来しました。札幌で50年ぶりの大雪となった北海道など、北国の同志の無事安穏を祈らずにはいられません。
 また尊き使命を胸に、誰よりも朝早く、広布拡大の一歩をしるしてくださる「無冠の友」の皆様には、いつにも増してご苦労をお掛けします。
 毎朝、皆様の「絶対無事故」「健康長寿」を妻と共に、ひたぶるに祈っております。配達員の皆様の無事故・健康こそ、私たち創価家族の願いであり、喜びであります。
 どうか悪天候の時など、決して無理をせず、焦らず、偉大な福徳の道の歩みをお願いします。

「冬は必ず春」と
 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書1253㌻)――今、世界中の同志が拝する日蓮大聖人の御聖訓である。
 厳しい冬を越え、春に咲く花は愛おしい。「桜梅桃李」と説かれる通り、試練の冬を経てこそ、〝自分らしい花〟〝可能性の花〟は開花する。
 創価学会の誕生からこれまで、幾たび試練の嵐が吹き荒れたことであろうか。だが、いかなる時にも、創価の師弟は正義の旗を高々と掲げ、共々に励まし合い、一切を勝ち越えてきた。
 スイスの哲学者ヒルティは述べている。
 「苦しみは人間を強くするか、それともうち砕くかである。その人が自分のうちに持っている素質に応じて、どちらかになる」と。
 苦しみのたび、我らは強くなる。試練のたび、我らの絆は強固になる。そして今、全世界同時に地涌の勇者たちが躍動する「世界広布新時代」となった。牧口先生、戸田先生が、どれほど喜んでくださっていることか。
 我らの前進は止まらない。世界には、限りなく多くの、この仏法を求めている人がいる。いよいよ共に境涯を開いていくべき人がいる。
 御書には、仏法とは、あらゆる差異を超えて、「共に離苦得楽・現当二世の為なり」(143㌻)と示されている。
 この精神を体現した、最も尊貴な創価学会を、皆で、共々に、断じて発展させ、栄えさせていこうではないか。
 主役は、次代を担う青年たちだ。青年と一緒に、青年とスクラムを組んで、青年の心で、朗らかに拡大の年を勝ち飾っていきたい。

「壁を破ろう!」
 今月10日、わが愛する大分の地で、意気高く九州総会が行われた。
 席上、懐かしき共戦の父母たちが、そして新しき共進の青年たちが、堂々と歌い上げてくれたのは、「青年よ広布の山を登れ」であった。
 この「12月10日」は1981年(昭和56年)、私が大分の青年部2500人の前で、長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」を発表した日である。
 この日を記念して、全九州の青年部代表1000人も広宣流布大誓堂での誓願勤行会に勇み集ってくれた。師弟正義の魂が厳然と継承されていることを、「先駆の大九州」の後継の友たちは満天下に示したのだ。私は快哉を叫び、喝采を送った。
 35年前、私は大分で一つの提案をした。
 ――私が秋田に行く時に、大分から代表が参加してはどうか、と。
 私が決めていた翌年の戦いの助走は、既に始まっていたのである。
 「民衆を安んずるより大いなる道はなく、民衆を利するよりすぐれたる功はありません」とは、江戸時代の大分の哲人・三浦梅園の言葉だ。
 大分も、秋田も、邪知謗法の僧らの人権蹂躙によって、愛する健気な同志たちが最も苦しめられた地域であった。
 その両県が手を携え、距離の遠さや県民性の違いを超えて双方が互いに学び合うならば、「創価の新時代」を開く新たな活力が生まれるはずだと私は確信していた。
 大晦日も近づいた頃、私は信濃町の聖教新聞社で、秋田の代表に会い、宣言した。「秋田に行くよ!」。友の目が輝いた。いよいよ戦闘開始だ。
 そして年明け早々、同じく悪僧らと勇敢に戦ってくれた東京・目黒区を訪れて「壁を破ろう!」と訴え、翌日、寒風の秋田へ飛んだのである。
 〝こんな真冬に行かなくても〟との声もあったが、今、行かずしていつ行くのか! 厳寒に耐え抜く同志たちがいる。ならば自らが希望の春風となり、「冬を必ず春にする」との確信と勇気と希望を送る。これが広布のリーダーの責務ではないか!
 こうして、わが同志と共に、「吹雪に胸はり いざや征け」と声高らかに歌い、共に勝鬨を上げた、あの「雪の秋田指導」が生まれたのだ。

勇者の大連帯を
 この訪問中に、秋田と大分の第一歩の交流も実現した。列島の北と南で、苦難に負けず戦った勇者たちの連帯が、共戦の炎を広げたのである。
 「交流」は、わが創価家族の良き伝統である。
 60年前、私が指揮を執った「山口開拓指導」も、東京・関西・中国・九州など全国の同志が応援しての大交流であった。
 現在、それは地球規模に広がり、SGIの友を迎えた日本各地の交流交歓会は、爆発的な歓喜の波動を生んでいる。
 ダイナミックな交流は新たな創造を生む。新たな勢いと拡大の力となる。自分の持ち場を死守しつつ、心広々と打って出て、励まし合い、触発し合って、共に成長し、皆が勝利していくのだ。
 文豪・森鷗外は福岡の小倉(現・北九州市)で足かけ3年を暮らした思い出として、ある青年と結んだ友情を印象深く書き残した。胸臆から溢れる青年の言葉は時に無遠慮でさえあったが、その噓のない真実は「却って面白く感じた」と、鷗外は綴っている。
 胸襟を開いた対話は愉快である。そして世代や地域を超えた交流は生命を豊かにし、自身の境涯を拡大してくれるのだ。
 まして我らには、いかなる力にも勝る、偉大な妙法がある。どこよりも強く温かな異体同心の団結がある。
 「最も勇気ある人」とは誰か。ヒルティは言う。「この世のあらゆる力にまさる偉大な力を、ゆるぎない拠点としている人間のことである」と。
 この創価学会を〝揺るぎない心の拠点〟とする限り、障魔の烈風に立ち向かう最強の勇気と団結が無限に広がっていく。ゆえに、我らが試練に負けるはずなど、断じてないのだ。

生きる力の言葉
 先月、諸天が喜び寿ぐ大晴天のもと、宮城の仙台で、新・東北文化会館が最高に晴れやかにオープンした。
 この日を迎えた東北の参加者一人ひとりの歩みの尊さを思えば、私もまた決意を深くする。
 この5年8カ月、大地に膝をつきながら、自らの力で立ち上がったその負けじ魂の手を、強く強く握って讃えたい。私と妻の心は、いつも大東北と共にある。
 新会館の一角に、生きる力となった言葉を、思い思いに付箋に書いて壁に貼るコーナーが設けられていると伺った。
 とりわけ多かった言葉は「希望」――。
 希望は、与えられるものではない。絶望の底からも、自ら生み出せるものだ。不屈の祈りで、創り出すものだ。そこにこそ、仏法の真髄がある。
 「法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし」(御書1492㌻)と仰せの通り、何があろうと信心に励む人は、万里の彼方から、幸せを集め、わが身を荘厳できる。紛れもない、御本仏のお約束である。
 不撓不屈のみちのくの友は、いかなる寒風にも希望と友情を手放さずに、生き抜いてこられた。
 その強さ、その懐の深さ。「青葉の誓い」を堂々と歌いながら、復興への歩みを一歩、また一歩と進め行く。その一歩が世界の模範となり、未来の指標となるのである。
 壁に貼られた「希望」という文字に込めたのは、金剛不壊の確信であり、信念であり、決意でもあると、私は思う。

本因妙の生命で
 思えば、あの秋田訪問の1982年(昭和57年)、学会は「青年の年」と掲げて出発した。その年頭に私は詠んだ。
  
 妙法の
  広布の彼方に
   山みえむ
  金剛かがやき
    旭日光りて
  
 九州の天地で、青年たちと共に21世紀の広布の山を展望し、雪の東北で一緒に歴史を刻んだ青年たちから、創価勝利の旭日は燦然と輝き昇ったのである。
 今年2016年の掉尾を飾る会合では、シンガポールやインドネシア、ポルトガルをはじめ各国でも、英語などに訳された「青年よ広布の山を登れ」の歌声が轟いた。
 そして、いざ、迎える「世界広布新時代 青年拡大の年」――我らが登攀すべき広布の大山は、眼前に見えている。
 さあ、出発しよう!
 わが胸に広布の誓いを燃やせば、誰もが永遠の青年だ。その本因妙の生命で戦おうではないか。
 皆で〝歓喜の凱歌〟を高らかに歌いながら、金色に染まる新たな希望の大山に向かって!
     
 ――この一年も、日本中、世界中の同志の祈りと勇気の行動で、偉大な広布拡大の勝利の歴史を飾ることができました。心より感謝申し上げます。本当にありがとう!
 新しい年も、学会は、仲良く、朗らかに笑顔満開でスタートしよう!
 どうか、よいお正月をお迎えください。

 ヒルティは『幸福論』草間平作・大和邦太郎訳(岩波書店)、三浦梅園は『三浦梅園自然哲学論集』尾形純男・島田虔次編注訳(岩波書店)、森鷗外は「二人の友」『鷗外全集16』所収(岩波書店)=現代表記に改めた。
2016-12-30 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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