随筆 永遠なれ創価の大城 9 青年勝利の七月

随筆 永遠なれ創価の大城 9        (2016年7月1日付 聖教新聞)

青年勝利の七月

正義の「師弟山」は堂々と聳え立つ
勇気だ! 師子王の心で歴史を開け


 〽父は兵庫に赴かん
 わが厳父・戸田先生がお好きだった〝大楠公〟――湊川の決戦に向かう楠木正成と、子息・正行の絆を詠じた歌である。
 先生のもとで、幾たび歌ったことだろう。師弟して舞ったこともある。
 先生は、正成の如く。
 私は、正行の如く。
 私と妻の簡素な結婚式で、先生が所望されたのも、この歌であった。
 先日、創価世界女性会館を訪れた折、尊き婦人部・女子部の幸福と健康を念じ、ピアノで「母」の曲を弾き、〝大楠公〟を奏でた(6月25日)。
 わが後継の正行たちよ早く生い立て! 使命の青春勝利の舞を! と。
        ◇
 「青年の月」が来た。
 1951年(昭和26年)の7月、男子部・女子部が誕生して65星霜――世界中で、創価の若人が生命尊厳の社会の創造へ、勇気の対話を広げている。
 さらに英知の学生部の誕生は、1957年(昭和32年)の6月30日。「夕張炭労事件」から「大阪事件」へ連なる、民衆抑圧の権力との攻防戦の真っ只中であった。
 男女学生部は、結成記念の月間を、正義の言論と友情の拡大で、立派に先駆してくれた。
 結成40周年を迎える男子部の創価班、45周年の牙城会、また命名から50周年となる女子部の白蓮グループの前進も、嬉しい限りである。同じ薫陶を受けた、先輩の壮年部・婦人部の方々も、各地で誇り高く大活躍している。
 先師・牧口先生、恩師・戸田先生も大喝采で喜ばれているに違いない。
 あの戦時中、軍部政府の弾圧で投獄されても、不屈の信念を貫き通した両先生である。獄死した先師の遺志を継ぎ、出獄した恩師が深く心に期されていたのは、広宣流布の大願を共に担い立つ、「旗持つ若人」の出現であった。だから青年部を創られた。だから誰よりも青年を慈しまれたのだ。

若人がいる限り
 忘れ得ぬ光景がある。
 65年前の7月、結成まもない男女青年部の代表を、戸田先生は総会の壇上に上げられ、参加者に訴えられたのだ。
 「皆さん、この青年男女諸君に、どうか期待してください。この若者たちが、この大法戦をやり遂げる人びとです。これら青年がいる限り、学会は絶対に盤石であります」
 師の満腔の期待にお応えしようと、私も、最前線を走り、正義を叫び抜いた。当時、御書講義に通い始めた愛する埼玉で皆と拝した、「各各師子王の心を取り出して」「日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書1190㌻)との御聖訓のままに!
 そして今、不屈の「師子王の心」で、21世紀の広布の大法戦をやり遂げてくれるのは、まぎれもなく若き君たちだ!
 どれほど深き宿縁で、この時を選び躍り出て、常勝の大旗を掲げゆく地涌の菩薩であろうか!

逆転劇への底力
 ブラジルのリオデジャネイロで開催される、南米初のオリンピック・パラリンピックも間近に迫ってきた。
 このブラジルの天地でも、創価の若き走者が、仏法の人間主義を基調とした平和・文化・教育の運動を、快活に力強く展開している。
 私がリオを初めて訪れたのは、1966年の3月であった。当時、メンバーは、ごくわずか。それが半世紀を経た今や、「ブラジルの関西」と仰がれ、青年の息吹満つ「常勝リオ」へ大発展を遂げたのだ。
 いずこの地でも、青年は無上の宝である。
 青年の大国ブラジルを愛してやまなかった一人に、オーストリア出身の伝記作家ツバイクがいる。彼は、ある作品で、大西洋を海底電線で繋ぐという、壮大な夢に挑んだ若人を描いた。
 専門家でさえ、「とてもできはしない!」と冷笑したその挑戦は、苦難と失敗、さらに非難中傷の嵐の連続であった。
 だが若人は屈しない。「勇気を出そう、もう一度勇気を!」と力を振り絞った。3度、いな4度、いな5度目の挑戦で、遂に大西洋横断電信ケーブルの敷設に成功する。150年前(1866年)の7月のことであった。
 ツバイクが讃えたように、「昨日奇蹟と思われたことが今日は自明のこととなった」のである。
 青年の本懐は逆転劇だ。どんなに嘲られ、侮られようが、じっとこらえて、最後の最後に痛快な逆転勝利を見せつける。
 その究極の負けじ魂が信心なのである。

「一緒に戦おう」
 あの「大阪の戦い」も、誰もが不可能と思った“奇蹟”を実現した大闘争だった。
 指揮を執る私は28歳。自らが軸となって、同じ青年世代の友を糾合する挑戦でもあった。
 社会の矛盾と不合理、理想と現実の落差、指導者層の欺瞞と腐敗……。
 青年たちは、もがき、苦悩し、憤怒していた。
 私自身、戦争に青春を滅茶苦茶にされ、貧しさと病気に懊悩した一人である。皆の心が痛いほどわかった。一人も残らず最極の地涌の生命に目覚め、幸福勝利の人生を闊歩してほしいと願った。
 兵庫が生んだ哲学者・三木清は、「自分の使命と力とを決して軽くみてはならない。私には出来るのだ。他を羨むことも恐れることもない」と綴っている。
 私は、あらゆる機会に、一人また一人と会い、悩みを聞き、励ました。誠実に語り合い、「友だちになろう」「一緒に戦おう」と握手を交わした。
 社会を、破壊と分断へ混乱させ、逆行させてはならない。建設と連帯へ安定させ、前進させていくのだと、異体同心の民衆のスクラムを織り成していったのである。
 全関西に「立正安国」の使命に燃えた青年が陸続と立ち上がった。
 波動は中国・四国、そして九州、さらには沖縄へ――と広がり、西日本全体で広宣流布の拡大の突破口が開かれたのだ。
 なお、九州では、熊本地震後も豪雨が重なり、大変ご苦労されている。「負けんばい!」と奮闘する同志の健康と無事安全、変毒為薬を祈り、私は題目を送り続けている。
        ◇
 幾重も意義深き広布史の年輪を刻むこの一年。
 関東は戦後初の地方指導から70周年であり、東北は広布65周年。北海道は「難攻不落の三代城」と掲げて25周年であり、東海道も「魂の独立」から同じく四半世紀だ。また「中部の日」40周年でもあり、本日(1日)より記念の月間も始まった。
 牧口先生、戸田先生の法難の7月。両先生生誕の信越・北陸は、誓願の共戦で飾りゆく。
 伝統ある学会精神の真髄を、各地の青年部が力走の中で継承してくれていることが頼もしい。
 御書には、「未来までの・ものがたり(物語)なに事か・これにすぎ候べき」(1086㌻)と記されてある。
 創価の英雄も、華陽の姉妹も、日本列島を希望光る友情で結び、新たな「“まさか”が実現」の物語を勇敢に創りゆかんとしているのだ。

思い切っていけ
 日蓮大聖人は、大難の中で悠然と仰せである。
 「但生涯本より思い切て候今に飜返ること無く其の上又遺恨無し諸の悪人は又善知識なり」(御書962㌻)
 この計り知れない御本仏の大境涯に連なって、我らは思い切って戦い、勝ち切るのだ。試練は、我らを鍛え、仏にしてくれる善知識なのだ。
 私も御縁があった作家の山岡荘八氏は、有名な長編で、今の愛知・中部から天下人となった徳川家康に語らせている。
 「最も多くの人間を喜ばせたものが最も大きく栄えるものじゃ」と。
 民衆の大地から育った正義の青年が勝つことを、苦労を重ねてきた真面目な庶民は何より喜び、誇りとしてくれる。
 広布の労苦は、一切が自身の成長と生命の財を積む因となっていく。ここにこそ、健気な父母たちに大歓喜と大福運を捧げゆく栄光の大道が開かれることを忘れまい。

君らを信じ待つ
 今月、鼓笛隊が結成60周年の佳節を迎える。
 今年も、5月4日の、神奈川文化会館前を走る山下公園通りのパレードをはじめ、全国各地で、〝平和の天使たち〟の爽やかな舞と演奏が繰り広げられている。
 思えば、嵐の1979年(昭和54年)の5月3日、私は神奈川文化会館で一枚の書を認めた。「師弟山」――と。
 わが胸中には「師弟山」が巍巍堂々と聳え立つ。それは、いかなる風騒ぐ叢雲をも見下ろし、師弟共戦で築く正義の「創価山」である。
 私には不二の弟子がいる。最も信頼する地涌の青年たちがいる。ゆえに師弟山は揺るがない。
 わが愛する青年よ、「勇気」の二字で立て! 父母が築きし民衆の大城を断固と勝ち護れ!
 私は、君たちを絶対に信ずる。あなたたちの勝利を祈り、待っている。

 元初より
  まことの後継
    君たちよ
  地涌の勇戦
    勝利を頼まむ


 〝大楠公〟の歌詞は落合直文作。ツバイクの言葉は『人類の星の時間』片山敏彦訳(みすず書房)、三木清は『三木清全集19』(岩波書店)、山岡荘八は『徳川家康』(講談社)。
2016-07-02 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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