随筆 永遠なれ創価の大城 8 誓い忘れじ壮年部

随筆 永遠なれ創価の大城 8         (2016年6月18日付 聖教新聞)

誓い忘れじ壮年部

広宣流布の闘魂に燃えて前進!
王者の風格で「正義」と「真実」を語り抜け


 御本仏・日蓮大聖人は佐渡流罪の大難の中で、「今に至るまで軍やむ事なし」(御書502㌻)と仰せられた。
 この如説修行の闘魂を真っ直ぐに受け継ぎ、進んできたのが、牧口先生・戸田先生以来、我ら創価の壮年の誉れである。
 いかなる事業も、闘魂なくして成し遂げることはできない。たとえ地味であっても、わが戦野に臨んで、崇高な使命を果たしゆく闘魂ほど、誇り高いものはあるまい。
 我らの闘魂とは、広宣流布への闘魂だ。自身の人間革命と、苦悩の民衆救済への誓願だ。
 末法万年にわたる未来のため、混乱極まる五濁悪世の真っ只中で、立正安国の大闘争に身を投じ、戦い切って一生を終える。これほど充実した、悔いなき英雄の人生は絶対にない。

五勇士が堂々と
 わが盟友たる壮年部が今、各地で意気軒昂に、「ブロック五勇士」に取り組んでくれている。
 あの地でも、この地でも、新たな「黄金柱」が堂々と立ち上がった。
 聖教紙面に並んだ写真を拝見しては心が躍る。各地域の名前から、「あの時、駆けつけたな。懐かしい」「この地域も頑張っているな」などと、思いを馳せている。
 本年、「五勇士」の拡大の火ぶたを切ってくれたのは、「鉄桶の団結」の大埼玉である。
 埼玉ゆかりの作家・武者小路実篤翁は言った。「男子立ち上れば/何かする。/きつと何かする/しないではをさまらない/胸がすくまで、何かする/皆がよろこんでくれることを/何かする。」
 健気な創価の家族が喜んでくれるならばと、いかなる労苦も厭わない。皆の胸がすくまで、激流が迸り、流れ続けるように、戦って戦って戦い抜くのだ。
 だから強い。どんな権威にも、どんな邪知にも断じて負けないのだ。
 壮年が決然と一人立つならば、どれほど大きな力が出るか。父が厳然としていれば、どれほど安心と喜びが広がるか。
 一騎当千である。その「一人」を大切にする。粘り強く通い、信頼を育み、励まし続ける。熱い男の友情と連帯を、私は最大に讃えたい。
 また、陰で懸命に祈り、応援してくださる婦人部の方々がいますと、常に妻から言われている。

武蔵の剣の極意
 御聖訓には、「法華経の剣は信心のけな(勇)げなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼう(鉄棒)たるべし」(御書1124㌻)と記されている。
 勇気ある信心を貫く丈夫は、「絶対勝利」の宝剣を持っているのだ。
 今、八王子市の東京富士美術館では、〝刀剣展〟(「ザ・刀剣――千年の匠の技と美」)が行われている。
 ここには、かの宮本武蔵が所持していたともいわれる刀「無銘 伝正宗」(名物武蔵正宗、刀剣博物館所蔵)が特別出品されている。
 無双の剣豪・宮本武蔵は、晩年を九州・熊本の地で過ごし、独自の兵法観と思想を集大成した『五輪書』をまとめた。
 そこに「生国播磨」――今の兵庫出身と記した彼は、生涯で60数回にわたって勝負をして一度も負けなかったという(出生地には、美作〈現・岡山県内〉説もある)。
 なぜ、強かったのか。
 武蔵は自身の剣術について、「水を本として、心を水になすなり」と譬えた。水は形を自由に変える。この水の如く、自分を自在に変えることができたから強かったというのである。さらに実際の太刀の使い方や構えにも、固定的な型はないと述べている。
 千差万別の相手に、自在に対処していくのだ。決して過去の成功にとらわれず、電光石火で対応を変化させる。これこそ武蔵の必勝の哲学だ。
 『五輪書』は、「一人の敵に自由に勝つときは、世界の人にみな勝つところなり」と論じてもいる。
 我らが真剣勝負の対話で、一人の心をつかむことは、万人の心をつかむことにも通じよう。
 大聖人は、「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(御書254㌻)と明言なされた。「断じて勝つ」との強き一念で御本尊に祈り、勇敢に一歩を踏み出せば、世雄たる仏の随縁真如の智は、いくらでも湧いてくるのだ。

「忍辱の鎧」で
 神奈川出身の吉川英治氏の名作『宮本武蔵』は、奥深い“水の心”に触れた言葉で結ばれている。
 「波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は躍る。けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を。水のふかさを。」
 世に、自らの我欲や保身のため要領よく泳ぐ小才子は多い。しかし、いかに雑音を浴びせられようと、「忍辱の鎧」を着して耐え抜き、無骨なまで、広布の誓願のために奮闘する。これが、まことの勇者の境涯だ。

我らは滝の如く
 私も〝水の心〟を詩に詠んだことがある。

 滝の如く 激しく
 滝の如く 撓まず
 滝の如く 恐れず
 滝の如く 朗らかに
 滝の如く 堂々と
 男は
 王者の風格を持て

 45年前の6月、新緑まばゆい青森の奥入瀬渓流を訪れた折、清冽にほとばしる滝を見た感慨を詠ったものだ。
 翌年、青森出身の芸術部の方が詩に曲をつけてくださった。
 この「滝の詩」を、長年、地元・青森の同志が大切に歌い継いでくれていたのである。
 その後、「滝の詩」の曲を収めたCDを、青森の壮年部有志が届けてくださった。とても良い歌だ――私は、直後の会合で、関西男声合唱団の皆さんに歌っていただいた。
 「男は 王者の風格を持て」と呼びかける、その雄々しき歌声は、大きな感動を呼び、瞬く間に全壮年部の愛唱する歌となっていったのである。
        ◇ 
 我ら壮年部は、本年で結成50周年を迎えた。
 結成記念日の「三月五日」は、数字を反対に置くと「五月三日」となる。「創価学会の日」であり、「創価学会母の日」ではないか。
 陰で、一切の土台となって学会を担い立つと、腹を決めた、我らの責任感の象徴ともいえる。
 我らは厳として創価の王城を死守する。そして、太陽の婦人部や後継の青年部に、思う存分、活躍してもらうのだ。
 創価学会には、壮年部の深き一念から、安心と信頼と感謝がみなぎる。異体同心となり、全軍に躍進の勢いが生まれる。
 婦人部と青年部の輝く65周年。全学会員に完勝の宝冠を捧げる。それこそが齢五十の壮年部の重大な天命なのだ。

仏法は勝負なり
 壮年部の勇戦の鑑ともいえる牧口常三郎先生が使われた御書には、「夫れ仏法と申すは勝負をさきとし」(御書1165㌻)の箇所に朱線が引かれていた。ページの余白には、「勝負」の二字も書き込まれている。
 60年前、私が関西の友と拝した御文がある。
 「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、『諸余怨敵・皆悉摧滅』の金言むなしかるべからず」(同1192㌻)
 門下の柱として必死に戦う壮年・四条金吾に送られた御指導である。
 学会の勝負は、最後は壮年部が決するのだ。
 堂々と正義と真実を語り抜き、学会の偉大さを満天下に示すのは、師弟の真髄を結果で体現する壮年部なのである。

「今ここ」で勝つ
 わが壮年部の友は、打ち続く障魔の嵐の中、私と共に広布の道なき道を切り開いてきてくれた。
 自らの試練も、宿命も、断固と勝ち越え、生き抜いてこられた百戦錬磨の同志だ。不思議にも、今この時に居合わせ、苦楽を分かち、勇猛精進する戦友だ。「宿縁深し」と思えてならない。
 「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」(同1451㌻)――「今ここ」が勝負所であり、広布の決戦場であり、自身の宿命転換の正念場である。こう自ら決めて祈り、行動する時、勝利の突破口は豁然と開かれるのだ。
 大聖人は厳命された。
 「願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ」(同1589㌻)
 さあ、壮年の出番だ。信頼する創価家族の父たちよ! いかなる強敵にも怯まぬ無敵のスクラムを組んで、師弟の大道を戦い進もう!
 「王者の風格」を持って世界広布新時代の開拓へ、元初より誓い願った今生の勝ち戦に、いざ打って出ようではないか!
  
 歴戦の
  正義の王者
   我なりと
  岩をも砕きて
   凱歌 勝ちとれ
  
 ――明日は「父の日」。ご一家そして地域社会の柱たる、大切な皆様方の健康長寿と絶対勝利を心から祈りつつ。
 

 武者小路実篤の言葉は『武者小路實篤全集11』(小学館)、『五輪書』は佐藤正英校注・訳(筑摩書房)、吉川英治は『吉川英治全集18』(講談社)。
2016-06-18 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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