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随筆 永遠なれ創価の大城 5 民衆厳護の言論王

随筆 永遠なれ創価の大城 5            (2016・4・20付 聖教新聞)

民衆厳護の言論王

御聖訓「妙とは蘇生の義なり」―
不撓不屈の大九州たれ!

創刊65周年――世界に希望と勇気の師子吼を!
聖教と共に前進! 勝利の大叙事詩を綴れ


 このたび九州の熊本県、大分県で起こった大地震により、被災された全ての皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
 熊本地方、阿蘇地方、そして大分県……打ち続く地震に、眠れぬ夜を過ごされている方々を案じ、胸をかきむしられる思いです。
 また、南米エクアドルでも大きな地震があり、心を痛めております。
 日蓮大聖人は、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(御書31㌻)と、「立正安国」の根本の祈りを示してくださいました。
 甚大な災難が、突然、人びとの絆を断ち切るが如く襲いかかる時、その試練をはね返すものは、我ら民衆の、何があっても共に守り合い、生き抜いていくという誓いであり、祈りではないでしょうか。
 自分も負けない。決して屈しない。とともに、苦しんでいる人を絶対に置き去りにしない。手を取り合い、支え合って、断固と乗り越えてみせる――この最も強く温かな心を燃え上がらせ、進んでくれているのが、愛する九州家族です。
 御聖訓には、「真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり」(同1170㌻)と、厳然と仰せであります。
 色心を苦しめる、いかなる難にも怯まず、一つ一つ必ず打開していく原動力が、妙法の信心です。
 「妙とは蘇生の義なり」(同947㌻)です。不退の負けじ魂で、蘇生の希望の光を広げゆかれる同志に、私も、日々、懸命に題目を送っております。
 苦難に遭遇した時に、「師子王の心」を取り出し、最大の生命の底力を発揮して、一切の艱難の山を登り切ってみせる。これが日蓮仏法の極意であり、創価の師弟の誇りです。
 わが熊本の同志よ!
 わが大分の同志よ!
 世界一の勇気と同志愛で先駆する、わが大九州の勇者たちよ!
 断じて、負けるな!
 今こそ不撓不屈たれ!
 「未来までの・ものがたり(物語)なに事か・これにすぎ候べき」(同1986㌻)と謳われゆく「異体同心」と「変毒為薬」の凱歌の歴史を頼みます。

「人間主義」の旗
 今、あらためて思うことは、東日本大震災の時も、阪神・淡路大震災の時も、聖教新聞に報じられる同志の姿が、大きな勇気と希望の光となった事実である。
 未曽有の震災の中、「負げでたまっか!」「負けたらあかん!」と悲しみに耐え抜き、前進する能忍の魂。家族のため、友のため、地域のために行動し、励ましを送り続ける尊貴な姿。同苦の涙と汗を流しながら、懸命に救援活動、復興支援に奮闘し抜く勇姿――。
 いかなる大難にも壊されない「心の財」を持つ生命の光彩を伝えてきたのが聖教新聞である。
 4月20日は、この聖教新聞創刊の日――。
 1951年(昭和26年)、恩師・戸田先生の第2代会長就任に先駆け、広宣流布の闘争開始を告げる「吶喊(鬨の声)」の如く誕生したのだ。今年で65周年の歴史を刻んだ。
 戸田先生は、〝地涌の菩薩を旗頭として、その使命完遂のために聖教新聞は働くのである〟と宣言されている。
 聖教新聞は、「人間主義」の旗を掲げる新聞である。災害時などには、逆境の中で輝く人間の真価を、尊厳なる生命の宝として宣揚し抜いてきた。
 聖教新聞は、「立正安国」の言論城である。徹して民衆の側に立ち、正義と人道の連帯を広げる力となってきた。
 法華経には、地涌の菩薩の英姿を、「志固くして怯弱無し」「難問答に巧みにして 其の心に畏るる所無く 忍辱の心は決定し」(創価学会版法華経472㌻)と記される。
 まさしく聖教新聞は、この地涌の力用をもった言論紙なのである。
 「信念」の新聞であり、「勇気」の新聞である。「智慧」の新聞であり、「対話」の新聞である。「慈悲」の新聞であり、「堅忍不抜」の新聞である。その言論力で、広宣流布の大誓願を完遂していくのだ!
 1号また1号、今日もまた、明日もまた――。

新聞が結ぶ奇跡
 「毎日、新聞が出るということはそれ自体すでに奇跡であります」と言ったのは、チェコの作家チャペックであった。
 社会に巣くう悪、さらに暴虐非道のナチスなどに、「民衆新聞」の記者としてペンを武器に挑んだ勇者である。ゆえに、真実を追求し伝える新聞が読者の元に届くことが、いかに至難であり重大であるかを知り抜いていたのであろう。
 この〝奇跡〟というべき発展の歴史を、気高き同志の力の結集で、わが聖教新聞は歩んできた。その歩みは、今や1万9000号を超えた。
 日々、限られた時間の中で懸命に紙面を作り上げ、確実に読者のもとへ届けていく、編集、整理、電送、印刷、輸送、販売店など全ての方々の尽力の結晶である。
 最前線の躍動する息吹を伝えてくれる通信員の皆様の奮闘も光る。
 この熱き心のリレーのアンカーを、雨の日も、風の日も担われているのが、〝無冠の王〟たる配達員の皆様である。尊き陰徳に、「冥の照覧」は、絶対に間違いない。
 さらに聖教は、新聞長をはじめ幾多の同志、幾百万の読者の皆様に支えられている。
 聖教新聞は、労苦をいとわぬ全ての方々の心血が注がれた、広宣流布への正義の弾丸である。

世界市民の誕生
 本年2月、「セイキョウオンライン」が刷新され、約140カ国・地域で閲覧されていると伺った。
 また世界各地で、日本の聖教新聞や大白蓮華に当たる機関紙誌が刊行されている。その数は80以上にも上る。
 先のチャペックは、「世界市民は新聞を読むことから生まれた」とも言っていた。
 今、聖教新聞と姉妹紙誌を共感と対話の広場として世界に広がりゆく、平和・文化・教育のスクラム――それは、万人の尊厳性を確信し、「自他共の幸福」を願って行動する草の根のネットワークである。
 ここに、「新たな世界市民」の誕生の黎明を見るのは、私一人ではないはずだ。
 「聖教新聞を、日本中、世界中の人に読ませたい」と願われた恩師・戸田先生がどれほど喜ばれていることだろうか。

文字と言葉の力
 目覚ましい発展を続けるスペインSGIにも、機関誌「シビリサシオン・グロバル(地球文明)」がある。以前、その編集長を務めていたのが、カプート理事長である。
 彼は15年ほど前、来日した折に、念願だった聖教新聞の配達を、新宿婦人部の〝無冠の友〟に同行して体験した。
 「まるで宝物のように新聞を優しく抱きかかえ、同志の元へ。その姿が肌寒い早朝の大気を温めているかのようでした」――彼は、配達の感動を語っている。
 日々、一軒また一軒と、〝無冠の友〟が聖教新聞を届けてくださる真心は、そのまま広宣流布への「一対一の対話」の真心に通じていよう。
 大聖人が「仏は文字に依って衆生を度し給うなり」(御書153㌻)と仰せの通り、広宣流布は「文字の力」「言葉の力」で友に希望を送りゆく戦いであるからだ。
 相手の仏性を信じ、一人また一人と語りかける我らの勇気の対話こそ、大聖人のお心に直結した慈悲の行動である。
 大事なことは友の幸福を祈り抜くことだ。立正安国への誓願の祈りだ。その深き祈りを根本とした言論こそ、無敵の力なのである。

民衆の声は偉大

 私が欧州に初めて一歩を印したのは、55年前、デンマークの首都コペンハーゲンであった。
 この国で活躍された女性詩人・グレース博士と、私たちは深い友情を結んできた。博士の詩に、こうあった。
 「ささやかな一言が 世界を善く変えられる ささやかな一言が人間を善く変えられる」
 庶民が持つ変革の力を確信する博士の口癖は、「ふつうの人の声が大事なんです。ふつうの民衆を尊敬し、崇めるべきなのです」であった。
 わが同志の確信の言葉によって、どれだけの人が奮起し、苦しみから立ち上がってきたことか。
 日々の学会活動で紡がれる言葉一つ一つは、無上の価値を持つ。
 同じ言葉でも、発する人間の誠意で重みは変わる。いわんや友の幸福を願い続けた心が届かないはずはない。行動に裏打ちされた真心、言外にあふれる思いが相手の胸に染み入るからである。
 最も誠実な民衆の声、すなわち仏の声を、聖教は発信し続けるのだ。

越せぬ坂はない
 1981年(昭和56年)の師走――永久に忘れ得ぬ歴史がある。
 競い起こる三障四魔の迫害の嵐と戦い、必死に激闘する大分、熊本、そして福岡の同志の元へ、私は飛び込んでいった。
 大分で私が発表した長編詩「青年よ 二十一世紀の広布の山を登れ」を即日の作業で紙面に掲載し、日本全国の同志へ電撃的に伝えてくれたのは、聖教新聞であった。
 阿蘇の〝白菊講堂〟への道で、若き友の手作りの凧を仰いだことも、私は忘れない。正義の旗の如く寒風に翻っていた。
 あの竹田の岡城址、さらに熊本市の壱町畑公園で結んだ不滅の“師弟の一会”を、大きく引き延ばした見開きの写真と記事で紹介したのも、聖教であった。皆と歌った「荒城の月」と「田原坂」は、我らの胸に凱歌の如く轟き渡っている。
 「雨はふるふる 人馬はぬれる 越すにこされぬ 田原坂 ……」
 創価の師弟に、「越せない坂」は絶対にない!
 これが、未来永遠に変わらざる九州同志と私との不撓不屈の誓いだ。

立正安国の挑戦
 65年前の5月3日、第2代会長に就任された戸田先生は、「楽土日本を築くのだ」「この地上から『悲惨』の二字を無くすのだ」との一念で、一段と強盛なる祈りを開始された。
 弟子の私も、第3代に就任した5月3日(1060年)より、いやまして強く、祈り続けてきた。
 「世界が平和であるように」
 「大地震がないように」
 「豊作であるように、飢饉がないように」
 三災七難に負けずに、民衆の安穏と社会の繁栄、そして地球の平和を実現する。この人類の悲願へ、我らは自行化他の妙法を朗々と唱え、立正安国の挑戦を貫いていくのだ。
 いかなる災害や危機にも、断固と立ち向かう希望の大城が創価であり、その揺るぎなき言論の柱、民衆厳護の言論王こそ、聖教新聞である。
 さあ、今日も、聖教と共に、「生命はかくも尊厳なり。無窮なり」と、人間革命の讃歌を、民衆勝利の大叙事詩を、綴りゆこうではないか!


チャペックの言葉は『カレル・チャペックの新聞讃歌』田才益夫訳(青土社)。
2016-05-07 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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