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随筆 永遠なれ 創価の大城 第1回 さあ新しき出発だ

第1回 さあ新しき出発だ               (2016・1・20付 聖教新聞)

戦いは大胆に! 勇気と歓喜の舞を

大切な一日一日を断固と勝ち切れ

 この年頭、心新たに拝した御文《ごもん》がある。
 日興上人が御年八十八歳の正月に留められた「遺誡置文《ゆいかいおきぶみ》」である。
 前書きには、「於戲《ああ》仏法に値うこと希《まれ》にして喩を曇華の蕚《はなしべ》に仮り類《たぐい》を浮木の穴に比せん、尚以て足らざる者か、爰《ここ》に我等宿縁深厚なるに依って幸《さいわい》に此の経に遇い奉ることを得《う》」(御書1617㌻)と記されている。
 人生には、さまざまに幸運な出あいがあろう。しかし、妙法に巡りあえることほど、三世永遠を貫く幸福はないのだ。いかなる宿縁であろうか。我ら創価家族は、この妙法を持《たも》ち、今や世界192カ国・地域にまで、弘めることができた。
 御本仏・日蓮大聖人も、はたまた日興上人も、いかばかり、お喜びくださっていることか。
 「遺誡置文」には――「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事」(同1618㌻)と命ぜられている。
 この仰せのまま、命の限り、力の限り、愛する創価の同志と、「大法弘通慈折広宣流布」に戦い抜いていくのみである。
 思えば、私が古稀を迎えた時に始めた「随筆」の連載も、表題を幾度か変えながら、19年目に入った。読者の皆様の温かいエールのおかげで、通算728回目の掲載となるようだ。今回からは、「随筆 永遠なれ 創価の大城」と題して、新スタートとなった。
 ともあれ、我らは「歓喜の中の大歓喜」の題目を心ゆくまで唱えつつ、広宣流布のために「創価の大城」を、いやまして堅固に築き上げていきたい。
 仏法即社会の大闘争に勇敢に挑む中で、地涌の人材の連帯を、さらに多彩に拡大しながら!

毎朝の祈りから
 この1月、生誕150周年を迎えるフランスの文豪ロマン・ロランは、こう呼び掛けている。
 「明けてくる新しい日にたいして敬虔な心をおもち!」「その日その日を愛して尊敬して、なによりもその日その日を凋《しぼ》ませないことだよ」
 新しい日に対して敬虔な心を持て――我々でいえば、まさに朝の勤行・唱題の会座である。
 この一年、「私は、やり切った!」という、黄金の歴史をいかに刻むか。「本末究竟等」の法理から捉えれば、新たな戦いに立った「今」の決意が一切を決める。今日この一日を、いかに戦い切るかで決まってくる。
 二度とは来ない今日、自分の課題は何か。なすべき使命は何か。日々の出発の勤行の中で、誓願の題目を強く、また強く、朗々と唱えゆこう。これが、大宇宙の法則に完璧に合致しゆく絶対勝利の方程式であるからだ。
 また、「朝朝《ちょうちょう》・仏と共に起き」(同737㌻)との金言の如く、誰よりも尊く荘厳な朝を迎えられる無冠の友の皆様方に、心から感謝申し上げたい。
 折から、各地 で大雪の週明けとなった。どうか、足元にはくれぐれも気をつけ、絶対に無理をしないでいただきたい。健康第一で、今年も無事故の配達を、何卒よろしくお願いします。
 さらに北日本や日本海側をはじめ、雪でご苦労されている地域の皆様方の無事安穏を、妻と共に真剣に祈っております。

漲る生命力で!
 1956年(昭和31年) の正月、28歳となった私は、一つの箴言を心に刻んだ。
 「大胆なれ、さらに大胆なれ、常に大胆なれ」――
 そして、戸田先生の直弟子として、青年らしく大胆に戦いを起こした。
 1月5日、「大阪の戦い」の実質的な出発となった地区部長会で、私は緊張気味の友に、歌を歌い舞うことを提案した。
 最初は皆、驚いたが、「庶民の都」「人間の都」関西だ。我も我もと一生懸命に踊ってくれ、会場は明るく弾けた。
 御書に「まい(舞)をも・まいぬべし」「立ってをど(踊)りぬべし」「をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(1300㌻)とあるように、地涌の友は勇躍してスタートダッシュを切ったのだ。
 当時、同志のほとんどは入会間まもなく、切実な経済苦や病苦に直面していた。にもかかわらず、誰もが喜々きとして広布に勇み励んだ。なぜか。
 それは「歓喜」が伝播したからである。自らの宿命に悩み沈んでいた一人ひとりが、わが偉大な使命を自覚し、悲嘆や苦悩を突き抜ぬけ、漲る生命力で乗り越えていった。
 そして、その歓喜が、友の歓喜を呼び、生活上の確かな実証とともに波動を起こしたのである。
 今なお不滅の金字塔と輝く、あの1カ月で1万1111世帯の弘教も、その根幹は、尊き同志が紡いだ歓喜と充実の連鎖にほかならない。
 皆、戦うのが楽しかった。真の楽しさとは、「生命の充実」であり、その充実は、苦難と戦う中にこそある。
 私は一心に題目を唱えながら、大阪中に仏法の歓喜を弘めようと駆け回った。路地の奥まで分け入り、友に会った。歩きに歩き、動きに動いた。語りに語り、叫びに叫んだ。
 ただ一つ、〝勝って師に応えるのだ〟と一念を定めた私は、できることは何でもやろうと決めていた。弟子の必勝の決心と闘争が、不可能を可能にするのである。

真実を叫び抜け
 「歓喜を拡めることがぼくの地上における義務であると ぼくは闘いの中で 知ったのだ」と、南米チリの詩人パプロ・ネルーダは謳った。
 暴虐のファシズムや庶民を苦しめる権力者への怒りの声を上げ続けたネルーダは、終生、庶民と苦労を分かち合った。
 真に民主的な社会を築くには、民衆自身が強く賢明になり、連帯する以外ない。一人ひとりが善悪を見極める哲学を持ち、確かな変革の手応えを実感しつつ、前進しなければならない。
 ゆえに対話が大事だ。対話の中に啓発があり、友情も育まれていく。
 1993年(平成5年)2月、私はチリを訪れ、エイルウィン大統領と再会した。16年続いた軍事政権に終止符を打ち、平和裏に民政移行を果たした民衆指導者である。チリの民主化は、東欧の民主化とも運動し、人類史を画する転換点となった。
 大統領は「嘘は暴力にいたる控え室です。『真実が君臨する』ことが民主社会の基本なのです」と強調されていた。
 全くその通りである。黙っていれば、真実は嘘に覆い隠されてしまう。妙法という最極の真実の大法則を知る我々である。民主主義を破壊する嘘や悪に対しては徹して戦い、毅然と快活に、そして明晰に真実を叫び抜くのだ。
 今、民衆の凱歌が轟く、わがチリの同志の団結と活躍も頼もしい限りだ。

楽しく「拡大」へ
 一年一年、勢いを増して、日本全国、さらに全世界から、広布躍進の喜びの報告が寄せられる。ことに男女青年部の勝利の姿ほど、嬉しいものはない。陰で支えてくれる壮年・婦人部の皆様方の献身的な奮闘も、有り難く伺っている。
 後継の友が弘教に挑戦する中で広げる喜びは、必ず地域を躍進させる。その一つ一つの背後に、創価家族の真心の励ましがある。尽きせぬ感謝の心を前進の活力に変え、新たな一歩また一歩が踏み出されていくのだ。
 時代が変わろうと、〝目の前の一人を大切にする〟学会の伝統は不変であらねばならない。
 「異体同心なれば万事を成じ」(御書1463㌻)と仰せの通りである。
 この1月、華陽の乙女たちの「ロマン総会」 が全国で始まった。
 男子部は、「新時代全国男子部幹部会」を勝利のリズムとし、果敢に仏法対話を広げてきた。
 先駆の男女学生部も、歴史を創る英知の言論を潑刺と発信している。
 本年も、各部が団結し、一段と仏縁の拡大、友情の拡大に挑み、世界広布新時代を堂々と切り開いていただきたい。
 戸田先生は、「戦いというのは、最後は『本当に楽しかった』と言えるまでやらなければならない。そうでなければ、本当の戦いとはいえない」と励まされた。
 仏法のための苦労は、必ず福徳に変わる。信心は、「絶対に勝つ」ための力なのである。
 「立正安国」の大理想へ、眼前の課題を一つ一つ断じて勝ち切る。その先に、広布と人生の未来は限りなく開かれる。
 ゆえに、わが友よ、「大胆なれ! 」「拡大の一年を、大歓喜で飾りゆけ!」と訴えたい。
 さあ、いよいよ強盛な信心に立ち、生き生きと対話に打って出よう! 私も、万感の思いで一人ひとりを見守っている。
 自他共の幸福のため、社会と世界のため、希望の未来のために、永遠に輝く常勝の民衆城を築いていこうではないか!

 天下一
  人材 伸びゆく
   大城よ
  創価の凱歌で
   乱世を正せや



ロマン・ロランの言葉は『ロマン・ロラン全集1』所収「ジャン=クリストフ」片山敏彦訳(みすず書房)、ネルーダは『ノーベル賞文学全集25』所収「基本的なオード」高見英一訳(主婦の友社)。
2016-01-21 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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