池田SGI会長指導選集 「幸福と平和を創る智慧」 第2部 人間革命の実践 第13章 「年はわか《若》うなり福はかさなり候べし」 13-1〜13-8

池田SGI会長指導選集 「幸福と平和を創る智慧」

第2部 人間革命の実践

第13章 「年はわか《若》うなり福はかさなり候べし」

この章を読むに当たって

 日蓮大聖人は「年は・わか《若》うなり福はかさなり候べし」(御書1135㌻)と門下を励まされています。
 誰人も、年齢とともに生身の体の老化は避けられません。しかし、年輪を重ねるごとに、ますます若々しく生命を輝かせ、福徳を豊かに積みつつ、共に励まし合い、共々に人間革命の勝利の人生を飾っていく――これが、妙法を行ずる創価家族の人生の旅です。
 長年、信心に励んできた父親が認知症を患い、とまどいながら懸命に奮闘する一家を、池田SGI会長は、その介護の労をねぎらい、こまやかに激励しました。
 「心配することはありません。たとえ脳に刻まれた記憶が消えたとしても、生命に刻まれた福徳は消えない。広宣流布に尽くした功労は永遠に消えないのです。
 今、お父さんは、一家一族の宿命転換を担い、偉大な総仕上げの戦いをしてくれている。そう捉えて、題目を送り、温かく見守って差し上げてください。どうしてだろうと思い煩《わずら》ったり、世間体を気にしたりする必要などありません。
 お父さんは今、一面、楽しい夢を見ているといえるかもしれない。今まで多くの人の面倒を見てきたから、今は皆から守られている。すごい境涯です。
 ご家族は苦労が絶えないでしょうが、必ず変毒為薬できます。それが皆の励ましになります。
 何があろうと、悠々と、堂々と、家族と共に、同志と共に生き抜いていく。これが信心です」と。

 13-1 豊かな「第三の青春」を


 一般的に、修学期などを「第一の人生」、自立して仕事等に励む年代を「第二の人生」、そして、それらを終えた後の人生の総仕上げの年代を「第三の人生」と捉えます。この「第三の人生」を、どう豊かに生きていくか――。SGI会長の指導には、そのための大切な指針がちりばめられています。


【池田SGI会長の指針】
◎『「第三の人生」を語る』から
            (1998年10月刊)

 仏教は生老病死の解決を眼目としている。しかし、日蓮大聖人の仏法の真髄は、その「四苦」を乗り越こえることだけにあるのではない。
 御書に「四面とは生老病死なり四相を以て我等が一身の塔を荘厳するなり」(740㌻)とあるように、仏法ではさらに一重深く、四苦そのものが「一身の塔」、すなわち「生命の宝塔」を荘厳する宝に変わる、と説いているのです。
 「愚者にとって、老年は冬である。賢者にとって、老年は黄金期となる」という言葉もある。
 いっさいは、自分の心をどの方向へ向けていくかに、かかっているのです。
 老いを、たんに死にいたるまでの衰えの時期とみるのか、それとも、人生の完成へ向けての総仕上げの時ととらえるのか。老いを人生の下り坂とみるのか、上り坂とみるのか――同じ時間を過ごしても、人生の豊かさは天と地の違いがあるのです。
        ◇
 「第三の人生」は「第三の青春」でありたい。青春は、年とともに消え去っていくものではない。自分がどう思うかです。いくつになっても、前向きの挑戦の心があるかぎり、ますます深みを増し、ある人は黄金に、ある人はいぶし銀に輝いていくのです。
 広く「第三の人生」の重要課題を言えば、いかに最後の最後まで自分らしい生き方を貫き、周囲に示しきっていけるかということです。
 亡くなった人の記憶や思い出、生き方の規範が、残った人を大きくつつみ込んでいく、ともいえるでしょう。
 「第三の人生」で、周囲に何をあたえ、残していくか。それは、財産や名誉や地位などいっさいをはぎ取った後に、生死を超えて厳然と残る〝人間としての生き方〟しかないのです。
        ◇
 御書に「人のために火を点《とも》せば、自分の前も明るく照らされる」(1598㌻、趣意)とあるが、高齢社会では、〝人のために点す〟心が大切です。それが、最後は自身をも照らすことになる。
 仏法では、「皆が恩ある衆生だから、皆の成仏を祈っていきなさい」(御書1527㌻、趣意)と教える。
 人間が大切にされている。人間関係が大切にされている。そこに長寿社会の急所がある。
 大切なのは、生きているうちに、どれだけ「生命の質」を高めることができるかです。長く生きることだけが、長寿ではない。たとえ短命に終わっても、充実した生をまっとうできれば、その人は、手応えのある人生を生きた分、長寿といえるでしょう。
 大切なのは、きょう一日を、広布の前進とともに悔いなく生ききることです。いくつになっても、生きる目標を胸中に燦然と輝かせていくことです。その日々の積み重ねしかないのです。
        ◇
 自行化他の修行に励み、南無妙法蓮華経と唱えぬいた思い出は、三世に永遠です。たとえ認知症になっても消えることはない。厳然と「魂の日記帳」に綴られているのです。
 人生の最高の誉れは、学会活動です。人のために祈り、動くことで、自分も幸福になる。これほどの価値ある人生はないのです。
 御書にも、「どこまでも一心に、南無妙法蓮華経と自分も唱え、人にも勧めていくのです。まさに、それだけが、人間界に生まれてきた今世の思い出となるのです」(467㌻、趣意)と仰せです。
 だから、なんの心配もいらない。信仰で積んだ福徳は、老いることはないのです。認知症になっても、生命に冥伏されているのです。
 根本的には、たとえ認知症になった人でも、人生の先輩として、また今日の繁栄を築いた先達として、尊んでいく気風が社会全体に広がっていかなければならない。このまま高齢化が進めば、いやおうなしに万人が介護にたずさわる社会になるのですから。
 長寿社会とは、競争よりも協調が、効率よりもゆとりが、物の豊かさよりも心の豊かさが、求められる時代です。自分が「してもらう」のではなく、わずかでもいい、自分には「何ができるのか」を考える時代です。いくつになっても、わが身を律しながら、貢献の道を探っていく。それが、「価値創造」の生き方です。
        ◇
 哲人プラトンは、〝年をとったら、若い人の生き生きとした姿に、あなたの若い日を重ね合わせながら、若い人の動きをエネルギーの源にしなさい〟とアドバイスしたと言います。
 老若男女が集う学会の座談会は、年配者が若者から、みずみずしい生命力を吸収する。反対に、若い人が年配者の経験や知恵を学んでいける。
 仏法にいっさい、ムダはないのです。高齢社会の先取りです。
 ともあれ、つねに希望に生きるのです。理想に生きるのです。命あるかぎり、この世で果たさん使命あり、です。
 アメリカの詩人ロングフェローは謳いました。
 「老いは、装いこそ違え、青春に勝るとも劣らぬ好機なり。あたかも、黄昏過ぎし夜空に、白昼隠れて見えぬ星の、満天に輝けるに似たり」
 ともどもに、星降るようなすばらしい満天の夜空のような総仕上げの人生を描いていきたいものです。
        ◇
 人生、最後の最後まで戦いきった人は、美しい。
 ですから、生涯、青春の心と行動が大切なのです。〝自分は年をとったから、ほどほどにしてもいいだろう〟などという逃げの人生であってはならないのです。
 釈迦教団の長老たちも、多くは年をとるにつれて枯れてしまった。〝自分には立場もあるし、それなりの悟りも得たんだから、これで十分だろう。長い間、修行もしてきたんだ。師匠の釈尊の悟りはすばらしい。しかし、自分たちにはおよびもつかない。このままでいいんだ〟――と安住してしまっていた。
 そこで釈尊は、舎利弗への授記を通し、〝そうではない、一生涯、仏道に精進し続けるのだ、そこにしか仏になる道はない、頑張れ〟と、叱咤・激励をした。長老たちも、自分たちの情性に気がつき、あらためて、戦いを再開し、歓喜した。
 それで、今まで絶対に成仏できないとされてきた二乗も仏になれることになったのです。
 「月月・日日につより給へ」(御書1190㌻)が、法華経の精神であり、学会の魂なのです。
        ◇
 アメリカの詩人サムエル・ウルマンの有名な「青春」の詩に、

   青春とは人生のある期間ではなく、
   心の持ちかたを言う。

   青春とは臆病さを退ける勇気、
   安きにつく気持を振り捨てる冒険心を意味する。
   ときには、二〇歳の青年よりも
   六〇歳の人に青春がある。
   (『青春とは、心の若さである』作山宗久訳、TBSブリタニカ)

 とあります。若さとは、年齢で決まるものではない。燃え上がるような広宣流布の情熱があるかぎり、九十歳でも青春そのものなのです。
 避けられぬ死と老いを前にして、人生のうえでも、社会のうえでも、自分らしく、いかに活力にあふれた、輝かしい最終章を生きていけるか。それが高齢社会を迎えた二十一世紀の日本の最重要の眼目です。
 その問いに事実のうえで正しい解答を示すことができるのは、日蓮仏法しかないのです。創価学会しかないのです。その大確信で、ともどもに、「われ、かく生きぬいたり」との勝利の歴史を綴りながら、広宣流布という希望の大遠征に進んでまいりましょう。

 13-2 挑戦また挑戦の総仕上げを

 ここでは、仏法で説く「不老不死」の深き意義を示しながら、「老い」のもつ黄金の価値について語っています。


【池田SGI会長の指針】
◎『「生老病死と人生」を語る』から 
          (2006年11月刊)

 「老いとの戦い」──それは、新しい挑戦を避ける「臆病との戦い」といってよい。
 「もう、これでいいだろう」という妥協。若い人を育てようとしないエゴ。過去への執着。そんな心の隙間に「老い」は忍び寄ってきます。
 最後まで戦い続ける人が、一番尊く、一番若い。その人こそが、不老の生命であり、人生の勝利者なのです。
 思えば、あの文豪ゲーテが、畢生の傑作「ファウスト」の第2部を完成させたのは、80歳を超えてでした。
 私たち創価の父・牧口先生も、人生の総仕上げを「前進また前進!」「挑戦また挑戦!」の歴史で飾っておられます。
 仏法に巡りあったのは、57歳の時です。59歳で、創価教育学会を創立されました。70代に入ってからも、はつらつと遠い九州へも汽車に揺られて、個人指導や折伏に訪れておられます。「我々、青年は!」──これが、牧口先生の口癖でした。
 牧口先生は、亡くなられる約1カ月前、獄中から「カントの哲学を精読している」と、はがきをつづっておられます。この燃えるような求道心、挑戦の心こそ、若さの源泉でしょう。
 「不老不死」といっても、もちろん、「年を取らない」とか「死なない」ということではありません。それは「境涯」のことであり、「生命力」のことです。
 法華経には「若し人病有らんに、是の経を聞くことを得ば、病は即ち消滅して、不老不死ならん」(法華経「薬王品」602㌻)とあります。
 また御聖訓には「法華経の功力を思ひやり候へば不老不死・目前にあり」(御書1125㌻)と仰せです。
 つまり、妙法を信受していくならば、いかなる病にも負けず、年を取っても若々しい生命力で前進し、三世永遠にわたって崩れることのない幸福境涯を築き上げることができるとの御約束です。
 これは、決して特別なことではありません。常に新鮮な息吹で、快活に、さっそうと活躍されている、わが大切な大切な「多宝会」(高齢者の集い)の皆さま方の姿こそ、その模範です。
 一面から言えば、「老い」は嫌われる宿命をもっています。なぜなら、その延長線上に、避けられない「死」を想起させるからです。
 しかし人生の各時期には、それぞれ、かけがえのない固有の価値があるものです。
 では、本来、「老い」の意義とは何か──。
 それは、若かりし日を思い、感傷にひたる時期などではありません。最も荘厳にして悠然と光を放ちゆく深紅の夕日のごとく、最も生の充実を図るべき、人生の総仕上げの時ではないでしょうか。
 そこには、暗く佗しい「老い」のイメージはありません。
 「はればれとした老人の顔には、なんとも言えない曙のようなところがある」(『レ・ミゼラブル3』『ヴィクトル・ユゴー文学館4』辻昶訳、潮出版社)とは、文豪ユゴーの至言です。
 しかし残念なことに、「死」という根本問題から目を背けた現代社会は、そうした「老い」のもつ黄金の価値まで見失ってしまったように感じます。
 御聖訓に「先《まず》臨終の事を習うて後に他事を習うべし」(御書1404㌻)とあるように、死から目をそらすのではなく、死を真正面から見つめていかねばなりません。そうすれば、必然的に「老《ろう》」も人生に正しく位置付けられる。「老い」の真の価値も輝いていくのではないでしょうか。
 仏法の永遠の生命観から見るならば、「死」は新たな「生」への出発です。
 御書に、妙法は「生死《しょうじ》の長夜を照す大燈《だいとう》」(991㌻)とあります。
 妙法という永遠の法を手にした人に、死の恐怖はない。不安もないし、動揺もない。「生も歓喜! 死も歓喜!」と、生命の旅路を自在に遊戯していける。
 「生老病死」の苦悩の人生を「常楽我浄」の歓喜の人生へと転換する、根本の方途を説き明かしたのが、この仏法なのです。

 13-3 すこやかな長寿の秘訣

 大いなる目的に向かって、「希望」と「愉快な心」と「使命感」を持ち、朗らかに前進するところに、長寿の秘訣があると語っています。

【池田SGI会長の指針】
◎本部幹部会、全国婦人部幹部会、諸精霊追善勤行法要でのスピーチから
         (1992年9月25日、東京)

 「長生き」の秘訣は何か。個人差もあり、さまざまな考え方がある。私どもでいえば、唱題行が根本であることは当然である。
 そのうえで、 一般的に、心のもち方が大きく関係しているといわれる。
 たとえば、①「くよくよしない」ことが大切とされる。
 釈尊は、ある仏典で言われている。
 「過去を追うことなかれ。未来を願うことなかれ。過去は捨て去ったもの。未来はいまだ来ていない。ならば、現在することをおのおのよく心得て、揺るがず、動ぜず、それを正しく実践せよ。ただ、きょう、まさに作すべきことを熱心になせ」(「中部経典」四、『南伝大蔵経』第十一巻を参照)
 過去にいつまでもとらわれて苦しんだり、どうなるかわからない未来のことで、思いわずらうのは愚かである。それよりも、ただ「きょう、なすべきこと」を、立派に果たせ。「きょう」という一日を一生懸命、ていねいに生きることだ。こう説くのである。
 長生きされている方は、だいたい楽天的な方が多いようである。いい意味での楽観主義で、楽しく毎日を送っていただきたい。
 また、②「目標をもって生きる」ことである。
 フランスのド・ゴール元大統領は、個人にとって「希望の終わりは、死の始まり」と語っている。
 「希望」が「生命」なのである。希望を失うことは、人間としての生命を失うことである。そして信仰とは、永遠に「希望に生きる」ことである。みずから希望を生みだし、希望を実現し、さらに、より大きな希望に向かって、いよいよ元気に進み続ける。その原動力が「信心」なのである。
 ③「ユーモア、笑いを忘れない」ことも大切である。
 ヨーロツパには、「愉快な心はお医者さん」という古い言葉もある。
 哲学者のカントも、「大声の笑いは、肉体にとって医師の働きをする」と論じている(趣意、『判断力批判』)。
 ユーモアとは、ふざけではない。伸び伸びと開かれた心であり、心のゆとりである。
 「愉快な心」をもって生きたい。そのためには日々、人生に〝勝つ〟ことである。堂々たる生命力をもつて、前へ前ヘと進むことである。
 さらに、④「何らかの仕事、使命に励む」ことである。
 ノーベル平和賞も受けたシュヴァイァー博士は、「私は、仕事ができるうちは死ぬつもりはないんだ。そして、仕事をしているかぎり、何も死ぬ必要はない。だから私は長生きするよ」と言っていたそうである。事実、九十歳を超えて生きぬいた。
 〝自分には、なすべき使命があるんだ。使命があるかぎり、死ぬ必要はない。死ぬはずがない〟――この〝確信〟が長寿への生命力のもとであったと考えられる。
 ほかにもあるかもしれないが、こうした諸点も、すべて仏法のなかに、学会活動のなかに含まれている。
 広宣流布という「大目的」に向かって、「希望」と「愉快な心」と「使命感」をもって、朗らかに進む創価学会。その学会とともに進む皆さまの人生が、だれよりも充実した、すばらしい人生となることは当然である。
 大聖人は、四条金吾の夫人に「年は・わか《若》うなり福はかさなり候べし」(御書1135㌻)――年は若くなり、福運は重なりますよ――と約束しておられる。
 この「妙法の大功力」を実感できる皆さまであっていただきたい。

 13-4 わが生命に永遠の宮殿を築く

 仏法者の終局の目的は「仏になること」です。それを見据えていくならば、人生の晩年は、豊かな経験や知恵を生かして、いよいよ人々に尽くし、わが仏の境涯を完成させていく、希望と向上の好機であると語っています。

【池田SGI会長の指針】
◎全国代表研修会でのスピーチから 
      (1997年2月1日、静岡)

 大聖人は、身延から遠く離れた佐渡の老夫婦、国府《こう》入道夫妻に、励ましの手紙を送っておられる。
 大聖人は、夫妻に、こう言われている。
 「いづくも定めなし、仏になる事こそつゐ《終》のすみか《栖》にては候いしと・をもひ切らせ給うべし」(御書1323㌻)――どの地も、永久のものではありません。仏になることこそ、〝ついのすみか〟(最終の住まい)であると、心を決めていかれることです――と。
 「ついのすみか」――最後にたどりつくべき安穏のわが家、安住の地。それは、どこにあるのか。それは、ここにある。自分の中にある。自分が自分の胸中に開く仏界こそ、永久の「安住の地」なのである。
 環境で決まるのではない。どんなすばらしい住まいに住んでいても、自分がわびしい心であれば、安穏とはいえない。
 喜びの人生とはいえない。また今はよくても、それが永久に続くわけではない。自分自身の生命の中に、仏道修行で築いた「安穏の官殿」こそ、三世永遠である。
 この国府入道夫妻は、同じ佐渡の阿仏房、千日尼の夫妻と、いつも一緒に活動していた。大聖人は、その友情をあたたかく見守りながら、仲良く心を合わせていけるよう、こまやかに配慮されている。
 守りあい、励ましあう友がいる幸福――それは、年配になればなるほど、ありがたさを増していくにちがいない。その「宝の友情」のスクラムを、学会は、地域に、社会に広げているのである。
 釈尊は、高齢者を大切にする人は、みずからが「寿命」と「美しさ」と「楽しみ」と「力」を増していくと説いている。因果の理法のうえから、たしかに納得できる道理である。
 「老人を尊敬する社会」こそ「人間を尊敬する社会」であり、それでこそ「生き生きと栄えゆく社会」となろう。
 御書には、法華経を引かれて、「長寿を以て衆生を度せん」(657㌻)とある。
 「長寿」とは、根本的には、法華経の如来寿量品で明かされた「如来の長遠の寿命」のことである。法華経を行ずる人には、わが胸中に「永遠なる仏の生命」がわいてくる。
 「更賜寿命(更に寿命を賜う)」といって、生命力が強くなり、寿命を延ばすこともできる。
 しかも、菩薩は、自分のためだけに長生きしようとするのではない。みずからの経験や、慈悲と一体の知恵を生かして、いよいよ人々に存分に尽くすために、長生きしようというのである。微妙にして、しかも重大な一念の違いである。
 大聖人は、「地涌の菩薩」を率いる指導者のことを、「上行菩薩と申せし老人」(御書1458㌻)と仰せである。
 仏法上、これには深き意義があるが、ここでは「老人」という言葉に否定的なイメージがまったくない。むしろ反対に、荘厳なまでの偉大さがうかがわれる。
 たとえば――。揺るぎない信念の固さ。たゆみなき慈愛の行動。何ものをも恐れぬ勇気。絶妙な対話の力。決定《けつじょう》した忍耐の心。何ともいえぬ気品と威厳。何が起こっても、自在に解決していく大海のごとき知恵――など。
 「人生の達人」のもつ人徳が、馥郁と薫っている―― そうした姿が浮かんでくる。これが、悪世の真っただ中で、人間主義を広げゆく、「地涌の菩薩」の姿といえよう。

 13-5 わが生涯を芸術のように

 近代看護の創始者であるナイチンゲールの晩年の姿を通して、最後まで使命の炎を赤々と燃やし続けていく荘厳な生き方を示しています。

【池田SGI会長の指針】
◎『「女性の世紀」に寄せて――ナイチンゲールを語る』から
                 (2002年3月刊)

 ナイチンゲールは看護学校の学生たちに約束した。
 「私は、自分の生命の最後の時まで毎日毎日努力して学びつづけることでしょう」
 「他者を看護しながら学ぶことが不可能になったときには、看護されながら、つまり《私を》世話してくださる看護婦さんの看護を見ながら学ぶことでしょう」(「ナイチンゲール著作集』湯槙ます・薄井坦子・小玉香津子・田村真・金子道子・鳥海美恵子・小南吉彦訳、現代社)
 この言葉通りに彼女は生きた。生き抜いた。
 看護学校を創立した40歳のころ、彼女の体力は限界にきていた。頭痛。吐き気。呼吸困難の発作。体の不調に絶えず悩まされた。長時間、話をすると、ぐったりとした。
 多くの人が、早すぎる死を心配した。実際、危ない場面も何度もあった。それでも、彼女は立ち止まらなかった。
 「忙しくて死んでいる暇などありません」(ザカリイ・コープ『ナイチンゲールと医師たち』小池明子・田村真訳、日本看護協会出版会)
 そう言って、病魔を笑い飛ばした。
 自由に動けなくても、まだ、書くことができる――彼女のベッドの傍らには、常に鉛筆やペンがあった。彼女が書いた論文、統計だけでも膨大であった。そのうえ、手紙は1万3000通にも上ったという。
 医者から「書くこと」を止められても、「だからこそ、私はなおいっそう書き続けるのです」と一歩も引かなかった。
 「私があの報告書を仕上げていなかったら、私が『守り得た』はずの健康など、私に何ほどの意味があるでしょう」
 これが彼女の変わらぬ信念だった。
 わが身を赤々と燃やして輝く〝戦いの炎〟――それがナイチンゲールだった。
 やがて視力まで衰えた。それでも彼女は、ぴしゃりと言い放った。
 「とんでもない。私は断じて心が冷えたりなどしません」(セシル・ウーダム=スミス『フロレンス・ナイチンゲールの生涯』武山満智子・小南吉彦訳、現代社)
 80歳を超え、まったく目が見えなくなった。それでも、彼女は「絶望」とは無縁だった。
 まだ聞く耳がある!
 まだ話す口がある!
 訪れた客が驚くほど、彼女は社会の動きに精通していた。
 仏典は教えている。〝手がなくとも足がある。足がなくとも目がある。目がなくとも口がある。口がなくとも命がある〟と。
 この決心で、命ある限り、法を弘めていく。それが仏法者の魂である。
 釈尊も、自分の臨終の間際に訪れた一人の修行者にまで法を説き、帰依させ、最後の弟子としたのである。
 戸田先生は、よく語っておられた。
 「人生の幸不幸は、最後の数年間で決まる。途中ではない」
 ナイチンゲールの晩年は、生涯のなかでも、いっそう美しく、いっそう豊かに彩られている。
 彼女自身が、最晩年を「生涯の最良の日々」と語っていた。
 晩年の彼女ほど、人々から愛され、慕われた女性もいないだろう。
 「だれでもみんな、あなたの名前を聞くと明るくなる」と敬われた。
 「フローレンス・ナイチンゲールのように!」―― これが女性たちの合言葉になった。
 指導や助言を求めて、イギリス中から、世界中から、多くの人々が彼女のもとに来た。
 世界の王族や政治家たちも、「一目め会いたいと、こぞって彼女を訪ねた。しかし、どんな高位の人間でも、「看護に関心を持つ」人でなければ、彼女は会わなかった。
 彼女は若い人を大事にした。「世界を継ぐべき人たちと交わっていきたい」と願って。
 看護の仕事がしたい!――そう希望する少女たちから何百通という手紙が届いた。そのほとんどに返事を書いた。
 最後の最後まで、やるべきことを見つけ、挑み、「未来の種」を植え続けていったのである。
 「生涯を一個の芸術とすることこそ、すべての芸術のうちで最もすばらしいものだと私は考えています!」(エドワード・クック『ナイティンゲール〔その生涯と思想〕』中村妙子・友枝久美子訳、時空出版)
 そう語った通りの人生を生きた。
 1910年8月13日。芸術のごとき人生は、静かに幕を閉じた。90歳。ナイチンゲール看護学校の創立50周年の佳節であった。彼女の生前の希望で、葬儀は質素だった。
 ナイチンゲールは、死を「限りない活動への旅立ち」と捉えていた。
 御書には、「自身法性の大地を生死生死と転ぐり行くなり」(724㌻)と仰せである。
 妙法を信ずる人は、自身の「法性の大地」すなわち「仏界の大地」の上を、「生も歓喜」「死も歓喜」と進んでいける。
 生命は永遠である。だからこそ、この一生で、絶対に崩れない「常楽我浄」の生命を築き上げることだ。
 そのために、正しい信仰が必要であり、人に尽くしゆく正義の行動が不可欠になる。
 ひとすじに広宣流布に生き抜いた人は、「歓喜の中の大歓喜」の永遠の幸福の軌道を歩んでいけるのである。

 13-6 「一日の命は三千界の財《たから》にもすぎて候」

 「一日一日を丁寧に生きる」―― これがSGI会長のモットーです。きょう一日生きることが、どれほど尊いか。その無限の生命の価値を輝かせていく一日一日を、と呼び掛けています。

【池田SGI会長の指針】
◎『全国壮年部幹部会、九州総会でのスピーチから
           (1992年10月10日、東京)

 大聖人は「一日の命は三千界の財にもすぎて候なり」(御書986㌻)―― 一日の命は、三千世界(宇宙)の全財宝よりも尊いものである――と仰せである。
 「一日、生きる」、その生命は、あらゆる財宝を集めたよりも尊貴である、と。
 きょうの「一日」が大切である。私も、一日一日を大切に、会員の方々のために尽くして生きようと決めている。これが私の信条である。
 さらに「法華経にあわせ給いぬ一日もい《活》きてをはせば功徳つもるべし、あらを《惜》しの命や・をしの命や」(同㌻)――法華経に巡りあわれたのだから、 一日生きておられればその分、功徳が積もるのである。なんと大事な命であろう。大事な命であろう――と。
 皆さま方は、使命ある大事な生命である。外見は世間の人と同じように見えたとしても、広布に生きる学会員の「一日」は、その〝生命時間〟から見れば、永遠に通じる尊い一日なのである。
 どうか「きょうも楽しかった、勝った」「きょうも悔いがなかった」「充実の歴史をつくった」といえる一日一日を、ていねいに積み重ねていただきたい。

 13-7 〝最初の誕生日〟

 最後まで一日一日を大切にして自らの使命に生き抜いたガルブレイス博士のエピソードを紹介しながら、日々、勤行・唱題し、学会活動に励んでいくことが、生命の根本の健康法であると語っています。

【池田SGI会長の指針】
◎「7・3」記念本部幹部会でのスピーチから
                (1997年7月3日、東京)

 世界的な経済学者のガルブレイス博士(ハーバード大学名誉教授)も、90歳というお年で、今なお、新しい著書を書き、どんどん仕事をしておられる。
 博士とは、20年来の交友である。ある時は、ボストンの博士のご自宅にお邪魔し(1993年)、また、ある時は、東京で(1978、1990年)、お会いした。
 ハーバード大学での私の2度目の講演には、講評者として出席してくださった。(1993年。講演は「二十一世紀文明と大乗仏教」)
 9年前(1990年10月5日)、聖教新聞社で博士が言われた一言が、たいへん印象に残っている。
 「私は再来週(10月15日)、82歳になります。それを、私にとって〝最初の誕生日〟と思うつもりです。人間は、年をとればとるほど、ますます学んでいくべきだと信ずるからです」
 いつも若々しい博士の人生哲学である。
 博士は「健康法」を、こう言われた。
 「何よりも大事なことは――朝起きた時、『きょう一日の計画が決まっていない、考えていない』といったことが、ないようにすることです!」
 朝を「さあ、きょうも!」と元気に出発することである。
 その意味で、みずみずしい一日の出発をする「朝の朗々たる勤行・唱題」が、どれほどすばらしい健康法か――。
 勤行・唱題は、小宇宙である自分自身を、大宇宙の根本のリズムに合致させゆく崇高な儀式である。
 御本尊へ合掌し、勤行・唱題する。その声は、すべての仏・菩薩、諸天善神のもとに届いている。そして、日には見えないが、全宇宙の仏・菩薩、諸天善神が、その人を守り囲んでいく。その〝真ん中〟に自分がいることになる。
 題目をあげるということが、どれほど、すごいことか。すべての仏・菩薩、諸天が味方になるのである。だから人類を救う力がある。救う使命がある。
 博士は言われた。
 「年配者の最大の誤りは、仕事から引退してしまうことです。やるべき仕事がなくなれば『肉体的努力』と『精神的な努力』を、しなくなってしまう。とくに『精神的な努力』をやめることは、非常によくありません」
 いわんや、信心に「引退」はない。広宣流布への学会活動は、生命力を増す「最極の精神の努力」であり、生命の根本的な健康法なのである。

 13-8 生きるとは学び続けること

 「第三の人生」の模範の軌跡を残したアメリカの国民的画家グランマ・モーゼスの生き方を通して、年輪を増すごとに創造の輝きを一段と放ちながら、紅葉《こうよう》の如き見事な人生の総仕上げであれ、と語っています。

【池田SGI会長の指針】
◎『心の四季』から
                  (1993年5月刊)

 アメリカの女流画家グランマ・モーゼスは、美しい田園の郷愁に満ちた絵と、素朴な作風そのままの人柄とで、世界中から愛された。〝八十の手習い〟と言ってもいいような年齢から亡くなる101歳までに、ナイーブ・アート(素朴派絵画)を代表する1500点の絵を描き残したという驚異的な事実は、よく知られている。
 「思い返してみると、わたしの生涯というのは、一生懸命に働いた一日のようなものでした。仕事は遂行され、わたしは充足を感じます。わたしは幸福で、満足でした。(中略)そして、人生とは、わたしたち自身が創るものなのです。常にそうであったし、これからもそうであり続けることでしょう」
 これは彼女の自叙伝(『モーゼスおばあさんの絵の世界』加藤恭子訳、未来社)の結語であり、まさに人生の達人の言葉である。
 よく知られるように、彼女は平凡な農村婦人であった。1860年にアメリカの片田合に生まれてからずっと、農作業にたずさわる。12歳でお手伝いとして住みこみ、料理、家事、病人の世話など何でもやった。だから学校教育は、小学校がやっと。27歳で結婚してからも、脇目もふらずに働いた。
 10人の子どもを産み、そのうち5人は幼時に亡くした。あとの子どもたちも、結婚したり、農場をもって独立した。夫トーマスは、彼女が66歳のときに病死した。モーゼスおばあさんが絵を描き始めたのは、75歳であった。
 雪道を行く赤い馬そり。青々と萌えだす野草。うち開けた谷間。メープル・シロップを作る人々……。彼女の胸の中には、美しい思い出という名画がいっぱいしまわれていたのだろう。その一枚一枚を、記憶を頼りに、胸の中から取り出していったのだ。
 それまでは、大家族をきりまわし、土と汗に日々まみれていた農婦人である。その彼女が、この年齢になって、どうして新たに目覚めることができたのだろう。
 いや、そうではない。彼女は、いつも目覚めていたのである。
 若いころ、わが家でのバター作り。彼女はそれを店に卸してみる。上手に作るので、気に入られ、どんどん値が上がり、取引量も増え、大きなビジネスに成長した。ふと、ポテト・チップスを作ってみる。これも商売になった。
 彼女は言う。「もちろん苦しいこともありました。でもわたしはそれをほとんど払いのけましたし、苦しいことは忘れるように自分自身に教えこむ努力もしました。そうすれば、ともかく最後には、困難は逃げ去るのです」(同前)
 常に「いま」を輝くほどに、彼女は生きたのだ。いや、闘ったのだ。不満もなく、愚痴もなく、主婦の仕事を縦横にやりこなし、それを胸いっぱいエンジョイしながら、しかも主婦という立場に縛られず、きょうという一日を彼女ならではの〝創造の輝き〟でいつも満たしていたのである。
 彼女が若いころに絵を描いていたとか、研究していたという形跡はない。まったくの独学である。
 驚くべきことに、そんな彼女の絵が、その年齢にもかかわらず、どんどん進歩していった。20数年で1500点の絵を描くこと自体が、大いなる研鑽であった。 一時代を画す彼女のナイーブ・アートも、そうした日々の積み重ねの上に、おのずと開いた人生の″新しい花〟であったにちがいない。
 75歳からの選択――。彼女は描いた、ただ己心の伸びやかな喜びを満喫しながら、創造の翼のはばたくままに。
 私は思う。どんな人の中にも、自分らしい創造の翼は必ずある、と。それは芸術の分野に限ったことではない。日々の家事や地域の中でも、その翼を大いにはばたかせることは可能なのだ。そのことを、モーゼスおばあさんの生涯は教えてくれる。
 人生の年輪が増すごとに、創造の輝きを一段と強く放ちゆく人には、″老い〟はない。それは、常に人生の「現役」であることを、自負しているからではないだろうか。
 「生きる」ということは、生涯かけて学ぶことである。また「人生とは、私たち自身が創るもの」なのである。そのスタートが何歳であっても遅くはないこと、さらに、それには学歴などは要らないことも、モーゼスおばあさんは教えている。
 私はそこに、たぐいまれなる「自律」と「自立」の魂をみる。自らを律しつつ、自ら立つ。このとき人は、人生という名の舞台の上で、いつも〝主役〟を演じ続けることができるにちがいない。
2015-08-31 : 池田SGI会長指導選集 :
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