韓国・北韓大学院大学「名誉碩座教授」称号授与式への謝辞

韓国・北韓《プッカン》大学院大学「名誉碩座《せきざ》教授」称号授与式への謝辞      (2015.5.4 北韓大学院大学)

 韓国の北韓大学院大学が池田SGI(創価学会インタナショナル)会長を「名誉碩座教授」に迎えた。人間教育の実践や日韓友好への民間交流をはじめ人類の共存、平和のための献身的な行動をたたえるもの。授与式は4日、ソウルの同大学で行われ、創立者の朴《パク》在圭《チェギュ》名誉総長、宋《ソン》旻淳《ミンスン》総長、辛《シン》鐘大《ジョンデ》副総長ら大学関係者が列席。代理の池田博正SGI副会長に任命状が託された。


池田SGI会長の謝辞(代読)

未来のために青年と共に! 平和と友情の交響曲を

北東アジアの安定と発展こそ先人の悲願
対話の力で時代を動かせ


 一、本日、平和の学術・教育機関として、世界に名だたる貴・北韓大学院大学より、「名誉碩座教授」の任命を賜りました。
 私は、身に余るこの栄誉を、何よりもまず、良き市民、良き国民として、模範の社会貢献を誠実に積み重ねる韓国SGI(創価学会インタナショナル)の宝友と共々に、拝受したいのであります。
 とともに、貴国を敬愛し、平和・文化・教育の連帯を広げゆく世界の同志とも、深く分かち合わせていただきます。
 誠に誠に、ありがとうございました。

「不信と対決」を「和解と協力」へ
 一、今、私は名誉ある貴大学の一員とさせていただいた意義を、私なりに深くかみしめております。
 その第一は、平和創造のため、前人未到の探究とチャレンジに連なることであります。
 創立者の朴在圭博士は、韓・朝鮮半島ならびに北東アジアの安定と発展、そして、世界平和の創造のために、まさしく、いばらの道を切り開いてこられた偉大な英知のパイオニアであられます。
 若き朴博士は、アメリカでの留学時代に、恩師である世界的な経済学者ピーター・ワイルズ教授から、 “君は、いつの日か南北が統一される時に備えて深く研究していってはどうか” と励ましを受けられたと伺っております。
 恩師から託された、その遠大な青春の志を貫き通してこられた博士の崇高な足跡に、私は胸を熱くする一人であります。
 恩師・ワイルズ教授は、「専門家の第一の義務は知ることにある」を信条とされ、「甘味と酸味の両方」、すなわち良い点も悪い点も、どちらも研究しなければ、全体像は理解できないと教えておられます。〈堀江忠男監訳 『英国病・ソ連病・日本病』 新評論〉
 朴博士は、透徹した探究を、自らが実践されるのみならず、幅広い相互理解の扉を開かれました。
 東西冷戦の真っただ中にあって、中国やソ連(当時)の大学との学術交流を結ばれた博士の人知れぬ苦闘が、同じ大学創立者として教育交流を推進してきた私には、痛いほど胸に迫ります。
 そして博士は、冷戦終結後、貴国の統一部長官に就任され、歴史的な初の南北首脳会談の実現に尽力されました。
 そのご功績は、不滅であります。
 互いに知り合い、学び合いながら、「不信と対決」を「和解と協力」へと変えていかねばならない。
 この朴博士の強固な信念が、歴史を大きく転換しました。
 私は、貴大学に脈打つ、この知のフロンティア精神を、世界の青年たちと共に、心に刻んでいきたいのであります。

恩師の心を心とし 教育・文化交流を
 一、さらに、私が銘記する第二点は、先人の悲願を成就し、若人に希望を贈りゆく連帯であります。
 かつて、朴博士のご一家が、軍国日本の引き起こした戦乱の時代に翻弄され、多くのごきょうだいが、亡くなられた歴史を私は胸が張り裂ける思いで伺いました。
 にもかかわらず、博士は「日本と親しくしなさい」との母上の寛大なるお言葉を心にとどめられ、「近くて遠い」韓国と日本を、「近くて近い」友好関係へ変えるために、交流を重ねてこられました。
 とりわけ、若き英知との交流を大切にされながら、未来の世代に、希望の大道を開いてこられたのであります。
 私にも、忘れ得ぬ少年時代の思い出があります。私の父は戦前、兵役で、2年間、韓国のソウルに滞在しておりました。その当時のことを振り返り、私に「本当に、日本のやり方はひどい、いばりくさっている! 同じ人間同士じゃないか!」と怒りを込めて語っていたのであります。
 私の韓日友好の誓いは、この父との語らいから出発しております。
 わが創価学会は、戦時中、軍国日本と戦って弾圧されました。獄死した牧口常三郎・初代会長の後継として、2年間の投獄を耐え抜いた、恩師・戸田城聖先生が、第2代会長に就任したのは、1951年の5月3日のことであります。
 当時、韓・朝鮮半島に広がっていた戦火を深く憂慮し、慨嘆し、恩師は一日も早い和平の実現をと、祈り念じてやみませんでした。
 その恩師の心を心として、不二の弟子である私は、韓日の友好、アジアの安定、世界の平和へ、行動を重ねてきたのであります。
 韓民族独立の父・安《アン》昌浩《チャンホ》先生は「お互いに愛する心でにっこりと笑う世の中を作るべきです」(李光洙著・興士団出版部編・具末謨訳 『至誠、天を動かす』 現代書林)と叫ばれました。
 朴博士は、東北アジア共同体を展望して、特に韓国と中国と日本の3カ国が協力していくことの重要性を幾たびも強調されております。私も全く同感であります。
 先月、3カ国の担当大臣が会見を行い、2020年へ向けて、相互訪問旅行者数を3000万人にまで拡大することで合意しました。また、2018年の韓国・平昌《ピョンチャン》冬季五輪、2020年の東京五輪を契機に、「ビジット・イースト・アジア」キャンペーンを展開し、民衆の交流を促進していくことを約し合っております。
 民衆の交流、なかんずく、教育を基盤とした、青年の交流こそが、国家やイデオロギーの差異を超える原動力であります。
 先日、朴博士は、私どもの創価大学を訪問してくださいました。教職員も学生たちも、貴国を代表する偉大な碩学をお迎えできたことを、心から喜んでおりました。私たちは、平和友好への先人の悲願を忘れず、教育の交流、文化の交流を一段と力強く推し進め、万人が「にっこり」とほほ笑み合える世界を断じて築いていきたいと思うのであります。

忍耐強くあれ!
 一、第三に、貴大学の皆様方と私は、「心開かれた対話の忍耐強い持続が時代を動かす」との確信を共有しております。
 その模範を、創立者・朴博士とご一緒に示してこられたのが、宋旻淳総長であられます。
 宋総長は、卓越した対話の力によって、世界の外交の舞台で、時代を動かしてこられたのであります。
 宋総長が、2005年に開催された6カ国協議での韓国側の首席代表として、北朝鮮の核放棄への歴史的な共同声明(9・19共同宣明)の採択に、大きな役割を果たされたことも、よく知られております。
 宋総長は、17世紀の李氏《りし》朝鮮時代に活躍された、偉大な指導者であった宋《ソン》浚吉《ジュンギル》先生の子孫であられます。
 宋浚吉先生は、「同春堂」という雅号のごとく、春風のように温かく人々に接し、紛争を調整し、和解させる名手であったと伝えられます。
 その精神を受け継がれる宋総長のリーダーシップによって、貴大学が目覚しい発展を遂げておられることは、北東アジア、また、環太平洋地域、さらに世界を照らす大いなる希望の光であります。

不正義に従うな
 一、「平和の音楽家」として名高い尹《ユン》伊桑《イサン》先生は、宣言されました。
 「人間の苦痛、圧制、貧窮と不正義が横行する世界に従順になってはならない」「私は、苦痛のあるところ、不正義があるところ、そこにいってかれらと共に、生死をともにし、私の音楽を通じて彼等と合流したいのだ」(伊藤成彦編 『尹伊桑 わが祖国、わが音楽』影書房)
 どこまでも悩める庶民と共に!
 人間のために、正義のために、未来のために!
 この根本こそ、私たちが常に立ち返り、心に深く刻むべき、平和の出発点でありましょう。
 私は、尊敬する先生方とご一緒に、敬愛する貴国の青年たちと共々に、勇壮なる平和と友情の交響曲を一生涯、高らかに奏でゆく決意でおります。
 最後に、貴大学の無窮の大発展と、本日、ご臨席を賜りました皆様方のますますのご健勝を、心よりお祈り申し上げて、私の御礼とさせていただきます。
 テダニ・カムサハムニダ! 誠に誠にありがとうございました(大拍手)。
2015-05-14 : スピーチ・メッセージ等 :
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