名誉会長と共に 新時代を駆ける No.1〜10

第1回 新春の誉れの友に幸光れ     (2015.1.8付 聖教新聞)

 友のため、社会のため、平和のために走る、尊き尊き皆様方の奮闘があればこそ、希望と喜びに満ちた「世界広布新時代 躍進の年」を迎えることができました。皆様方に最敬礼して、御礼を申し上げる思いで、「新春の 誉れの友に 幸光れ」と贈ります。
 創価大学の箱根駅伝初出場も本当にうれしい。真心の声援に応えて、よく頑張ってくれた。ご苦労さま! ありがとう! 大健闘を皆で心から讃えたい。
        *   *
 日蓮大聖人は、妙法の絶大なる功徳を譬えられ、「須弥山に近づく鳥は金色となるなり」(御書1536㌻)と仰せになられました。
 最高峰の法華経を持《たも》ち、信心の志の深い皆様方の生命が金色に輝き、いかなる嵐があろうとも、最高峰の人生の勝利へと飛翔されゆくことは、絶対に間違いありません。
 新春の御聖訓には、「年は・わかうなり福はかさなり候ベし」(同1135㌻)とお約束であります。
 きょうよりまた、生まれ変わった命の息吹で、いよいよ若々しく、いよいよ福々しく、心の財《たから》を積みながら、人間革命の劇を綴っていきましょう!
 そして、“苦楽ともに思い合わせて”妙法を唱え抜き、広宣流布のため、私と共々に勝ち進んでいこうではありませんか!
        *   *
 戸田先生は言われました。
 「我らの一切の行動は妙法と一体であり、大聖人に直結しいる。何も無駄がない。それを確信して自行化他の題目を唱え、守り合い、励まし合っていけば、どんな戦いにも勝つことができる」と。
 リーダーが、心一つに智慧を出し合えば、何倍もの力を発揮し、新たな勝利の流れを起こせます。
 明るく弾んだ声の響きで、躍進の名指揮を頼みます。

第2回 信心は三世永遠の希望の光   (2015.1.17付 聖教新聞)

 今、全世界の同志が喜々として広宣流布大誓堂に集い来る。
 その求道の友は、一昨年秋の落成以来、104カ国・地域に及ぶ。本当に尊いことである。
 「世界広布新時代 躍進の年」の年頭に当たり、私も広宣流布大誓堂で勤行・唱題した。全同志の健康・幸福・勝利を深く祈念するとともに、阪神・淡路大震災から20年を迎え、亡くなられた方々に追善回向の祈りを捧げた。
 生命は永遠である。題目の光は全宇宙に届く。太陽の仏法は全人類を照らし、いかなる宿命をも転換していける。
 日蓮大聖人は、家族を亡くされた婦人に「同じ妙法蓮華経の種を心に・はら《孕》ませ給いなば・同じ妙法蓮華経の国へ生れさせ給うべし」(御書1570㌻)と仰せになられた。
 妙法の同志は、生死を超えて一体である。今、皆様が、友のため、社会のため、希望を胸に、一歩一歩進みゆく姿を、故人もきっと喜び見つめておられるにちがいない。
        *   *
 人生は幸福になるための戦いだ。学会は、一番苦しんでいる人、一番悲しんでいる人を、最大に大事にしていくのだ。
 何があっても負けてはいけない。張りのある勤行・唱題で、あらゆる障魔を打ち破っていくのである。今は、つらいことや悲しいことがあっても、信心さえ忘れなければ、将来、必ず勝ち越え、悠々たる境涯になる。
 楽しく、賑やかに、女子部の「ロマン総会」も始まった。戸田先生は女子部の友に「振る舞いによって、仏法を理解させていけばいいんだよ」と大誠実の励ましの心を教えられた。人間が最も人間らしく輝き、対話を交わし、友情と信頼を結びゆくのが、広宣流布である。
 皆のお陰で不思議な「時」を迎えている。忙しくてまた苦労をかけるけれども、日本のため、世界のために、断固、戦おう! ともどもに新しい歴史をつくってまいりたい。

第3回 創価家族は仲良く前進
   (2015.1.25付 聖教新聞)

 広布第一線の尊き地区部長、地区婦人部長、敬愛するブロック長、白ゆり長の皆様、いつも本当にありがとう!
 広宣流布の勝利への第一歩は「地区」から始まる。
 壁を破った2月闘争は「ブロック」が本舞台であった。
 日蓮大聖人は「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ、仏種は縁に従《よ》って起る」(御書1467㌻)と仰せだ。
 皆様方こそ、御本仏から使命の天地の広宣流布を託された、偉大な地涌の菩薩である。
 私も、班長や地区委員として戦った。妻も班担当員、地区幹事として奔走してきた。支部・地区・ブロックのリーダーの皆様方と、今も心は一体だ。
 日々、勤行で読誦する法華経方便品に「悦可衆心」とある。
 皆を喜ばせ、希望を広げる。それが本物の信心の指導者だ。
 悩める友に寄り添い、後輩を励まし、青年部や未来部に慈愛を注いで育てていくのである。
        *   *
 戸田先生は言われた。
 「なぜ学会が、社会の繁栄のために打って出るのか。それは自他共の幸福を築きながら、信心を根本に功徳を広げる戦いであるからだ。すべては広宣流布につながる。仏縁となる。幸福の種を植えているのだ」
 広宣流布の戦いで、功徳が出ないわけがない。大事なことは、一人ひとりが目標に向かって題目を唱え、自分の持てる力を出し切っていくことである。
 そして、皆が「悔いのない戦いをやり切りました!」と、すがすがしい気持ちで、御本尊の前に座れればよいのである。その挑戦の一歩一歩が、広布の山を勝ち越えていくことになる。
 さあ、前進また前進だ。我らは久遠からの家族である。何があっても明るく仲良く、語らいを広げよう! 心通う草の根の集いこそ、広布の一番の推進力である。
 すべてが永遠に仏になりゆくための仏道修行である。皆と苦楽を分かち合いながら、今この時に万年の創価城を築きゆくことを、誉れとして進もう!

第4回 道を開け!法華経の兵法で   (2015.2.1付 聖教新聞)

 いよいよ新時代の2月闘争が始まった。
 今年は、戸田先生の生誕115周年。私の胸には、厳しくも温かい恩師の声が響く。
 ある時、対話拡大に走る同志を、こう励ましてくださった。
 「仏法の話をして、誰も話を聞いてくれなかったとしても、諸天善神が聞いてくださっているよ。あなたを必ず護る」
 誰が見ていなくとも、御本仏が御照覧である。
 広布のための、どんなささいな努力も、苦労も、諸天は見逃さない。仏法の因果の理法は、絶対であるからだ。
 いかなる立場になろうとも、真剣に、誠実に、師弟の誓願に生き抜く。そう決めれば、恐れるものはない。
 三世の生命から見れば、権威や名声も、はかないものだ。
 信心で戦い、友を救い、人を育てた歴史こそが、永遠に光り輝く。
 何があっても、「これで、もっと題目があげられる」と喜び勇んで前進すれば、全ては無量の福運に変わる。
        *   *
 人生も、社会も、現実は変化の連続だ。ゆえに肝心なことは、状況に応じて、時を逃さず、どう先手を打っていくかである。
 仏法では、「随縁真如の智」と説く。幸福と勝利に必要な智慧11それは、題目をあげ、広布の最前線に飛び込む中で、湧き上がってくる。
 所詮は、自行化他の実践以外にない。
 「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1192㌻)との御聖訓をわが生命に刻み、新しい智慧、新しい行動で、勇敢に、全ての勝利の道を開こうではないか。
 そして誉れある我らの天地に、新時代の広布の金字塔を、晴れ晴れと打ち立てよう!

第5回 王者の心で! わが勝利劇を   (2015.2.7付 聖教新聞)

 日蓮大聖人の御生誕の月であり、戸田先生の誕生月でもある2月、かけがえのない一日一日を勇気凜々と前進したい。
 真の充実は、自他共の幸福を築く行動にある。ゆえに、学会活動にかなうものはない。
 「南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜」(御書788㌻)と仰せの通りだ。広布の人生にこそ、最高の喜びは光る。
        *   *
 わが青春は、激戦を越えて、師匠に勝利の報告をすることが、無上の光栄であった。2月闘争も、師弟一体の勝利劇だ。
 きょうも師と共に!──これほど尊く、楽しく、生きがいに満ちた人生の軌道はない。
 戸田先生は叫ばれた。
 「この信心をして幸福にならないわけがない。
 心は王者でいきなさい。
 創価学会の名誉ある一員として誇りも高く生き抜きなさい」
 戦いの中で後継は育つ。皆、偉大な福運と使命があるのだ。
 どんどん人と会い、心豊かに学び、友情を広げていきたい。
 勢いよく飛び出して、境涯を開くのだ。
 全ては、仏になるための修行であり、「今生人界の思出」(同467㌻)となる。
        *   *
 何があっても、妙法に生きる人は、「転重軽受」で軽く受けている。必ず「変毒為薬」していける。
 御聖訓に「我等が居住して一乗を修行せんの処《ところ》は何《いず》れの処にても候へ常寂光の都為《た》るべし」(同1343㌻)と仰せだ。
 どんな場所であれ、状況であれ、悠然と題目を唱え、わが使命を果たしていくのだ。一切を希望と幸福の方向へ変えていくのだ。これが創価の師弟である。
 わが友よ、信心で勝ちゆけ!
 寒い日が続く。皆、体を大事にして、健康第一で、絶対無事故であっていただきたい。

第6回 御書根本に今日も一歩を   (2015.2.23付 聖教新聞)

 仏法は「声仏事を為す」(御書708㌻)と教える。声の力で仏の仕事ができるのだ。
 心から出た言葉は心に届く。たった一言でも、生きる力になる。友に温かな声を掛け、励まし社会を創っていきたい。
 苦しんできた民衆が断じて幸福になる世界を!──その師の心を抱《いだ》いて、私たちは行く所、行く所で、一人一人の友の幸を願い、対話を広げている。それは常に御書根本の前進である。
 「湿れる木より火を出《いだ》し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同1132㌻)
 関西の同志と心肝に染めた御聖訓である。どんな局面にあっても、強情なる祈りがあれば、必ず突破口は開かれる。不可能を可能にする信心だ。信心だけは、一歩も引いてはならない。必ず変毒為薬できる。強く賢く、朗らかな楽観主義で進むのだ。
 生き生きと舞を舞うごとく、歓喜と勝利の歴史を築こう!
        *   *
 「ただ心こそ大切なれ」(同1192㌻)。その「心の財《たから》」の大長者こそ、わが敬愛する多宝会・宝寿会・錦宝会の皆様である。なかなか若いころのようにいかない場合もあろう。しかし心は自由だ。祈りは無限だ。
 自らが苦労してきた分だけ、仏の心で、苦しんでいる友を激励し、守っていける。
 皆、仏子であり、使命の人だ。偉大な地涌の菩薩である。
 朝な夕な読誦する法華経寿量品には「慧光照無量 寿命無数劫」(慧光の照らすこと無量にして 寿命は無数劫なり)と説かれる。
 励ましの人は若い。広布に生きる一日は、永遠に輝く一日だ。青年と共に、若々しく命を光らせ、最高の人生を飾りゆこう!

第7回 歓喜の春へ! 全てを味方に   (2015.3.1付 聖教新聞)

 3月は「青年が立つ月」「師弟誓願の月」だ。
 烈々たる師子吼で邪論を打ち破った小樽問答の際、戸田先生は教えてくださった。
 「敵が攻めかかってきたが、それで守備に回らないで、逆に攻撃に回って、先手、先手と攻めたから、非常に楽に勝てた。攻めることが肝心なのだ」
 正義が負ける社会は不幸だ。勝ってこそ正義である。
 日蓮大聖人は、言論戦に挑む門下に、こう仰せである。
 「今まで生きて有りつるは此《こ》の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡《わた》せし所よ・是《これ》こそ勢多《せた》を渡せし所よ・名を揚《あぐ》るか名をくだすかなり」(御書1451㌻)
 どんな人にも臆さず、堂々と正義と真実を語るのだ。
 勝敗の分かれ目の時こそ題目だ。仏菩薩も、梵天・帝釈も、わが身に「入其身《にゅうごしん》(其《そ》の身に入《い》る)」させるのだ。
 信心が強ければ、周囲が自分の幸福の力になる。善の味方になる。
 異体同心の団結も固く、功徳満開の大歓喜の春へ、明るく、楽しく、にぎやかに進んでまいりたい。
        *   *
 大山《たいざん》も一つの塵から成る。
 大海も一滴の露から始まる。
 大聖人は門下に仰せである。
 「一を重ぬれば二となり・二を重ぬれば三・乃至十・百・千・万・億・阿僧祗の母は唯・一なるべし」(同1237㌻)
 一人から始まる。一人を大切にすることが、社会を変え、やがて世界を変えていく。そして世代を超え、永遠の平和を実現する道が、広宣流布である。
 勇気の一人は、金剛不壊と輝く。来世も必ず、太陽の心をもって生まれてこられる。
 愛する地域に一つまた一つ、未来を照らす希望の種、勝利の種、幸福の種を蒔《ま》いていこう!

第8回 希望・忍耐・前進そして勝利   (2015.3.7付 聖教新聞)

 大樹と伸びゆく若き友の姿ほど、心躍るものはない。
 先日、東京創価小学校の6年生の皆さんと、私は妻と共に、うれしい出会いを刻んだ。皆、元気だった。
 天も祝福していた。
 私は毎日、全国、全世界の若き友に、健康あれ! 幸福あれ! 勝利あれ! と祈っている。
 君たち貴女《あなた》たちこそ太陽だ。一人も残らず使命の人だ。
 自分らしく、未来を見つめて前へ進むのだ。
 皆で後継の友を励まし、見守り、成長を祈りに祈って、平和のバトンを託していきたい。
        *   *
 わが恩師・戸田先生は晩年、こう力を込めて語られた。
 「希望があれば、前進できる。何があっても戦える。
 そして、忍耐だ。忍耐なき人は、愚痴に負ける。
 前進している人は、息吹がある。不退転の心で、朗らかに前進すれば、必ず勝利できる」
 我らの合言葉は「希望」「忍耐」「前進」そして「勝利」だ。自分自身の悔いなき歴史をつくるのは、今である。
 思えば、戦後の荒廃の中、創価学会の再建に立ち上がった恩師を、私は全身全霊で支えた。
 「10年後、20年後を見よ」と歯を食いしばって戦った。そして全てに勝利した。
 御聖訓には「大難来《きた》りなば強盛の信心弥弥《いよいよ》悦びをなすべし」(御書1448㌻)と厳然と仰せである。
 大変な時こそ、大きく変われるチャンスなのだ。
 大闘争が、福運を大きく開く。
 広布前進のリズムの中で、「生老病死」の苦をも、「常楽我浄」の喜びへと転じていける。
 大事なのは、負けない心だ。勝つための祈りだ。
 宿命を使命に変える人間革命の劇を、断じて、ともどもに勝ち飾ろう!

第9回 後継の誉れ 試練こそ喜び   (2015.3.14付 聖教新聞)

 後継の誓いの3月、わが胸には「追撃の手をゆるめるな!」との恩師の師子吼が響く。
 あえて試練に挑み、勝ち越えるのが青年だ。後継の誉れである。
 どんな嵐が襲いかかろうとも、題目第一の人には、かなわない。必ず必ず乗り越えられる。
 日蓮大聖人は、身命に及ぶ大難の中、流罪の身でなお、悠然と「喜悦はかりなし」(御書1360㌻)と仰せになられた。
 正義ゆえの難が現れる時こそ、広宣流布の時なのである。
 それを戸田先生は心から喜ばれ「私もうれしいと思うが、みなさんもうれしいと思ってもらいたい。そのときこそ、敢然と戦おうではないか」と晴れ晴れと叫ばれた。
 魔が競わない闘争は、闘争ではない。魔を打ち破ってこそ、仏になる。絶対的幸福の大境涯を開くことができるのだ。
 ゆえに、大変な時ほど明るく楽しくいこう! 師子王の心で進むのだ。これで宿命転換できる。これで一切を変えられる。これで永遠の師弟勝利の原点をつくることができる──と。
 仏法は三世を貫く究極の楽観主義だ。絶対に行き詰まらない。いかなる逆境からも価値創造していける大法なのである。
        *   *
 広宣流布は慈悲を社会の根底に据え、自他共の幸福を築く戦いだ。地上から悲惨の二字をなくし、平和を創る戦いである。
 きょうも一人を励まそう。
 勇気と希望を送ろう。
 常に自らが第一線へ!
 行くところ向かうところで、一人から一人へ、勝利の一念を燃え立たせ、勇気の波動を起こすのだ。
 時代の変化は激しく、苦労も多いだろうが、どこまでも信心で団結し、信心で勝とう。
 何事も強気でやり通す執念が勝負を決する。一人も残らず、自分に勝ち、社会で勝ち、人生で勝つ功徳満開の春を迎えよう!

第10回 異体同心で常勝の大行進  (2015.3.22付 聖教新聞)

 「3・16」から「4・2」、そして「5・3」へ、学会は大いなる前進の節を刻む。
 もうすぐ桜の春が来る。恩師・戸田先生の雄姿を思い出す。
 民衆を苦しめる邪悪と戦われた師であった。巌のごとき信心の先生であられた。
 世界広布、立正安国を願われた師を偲び、私は先日、恩師記念会館で全同志の健康と幸福と勝利を祈念した。
 思えば、昭和33年(1958年)3月16日、広宣流布の記念式典に、全国から6000人の青年が電光石火で集った。
 今、あの誓いのままに、戦う心を燃やす多宝の友がいる。勇んで駆け付ける心意気を継ぐ、頼もしき後継の勇者がいる。
 恩師は青年を信じ、愛し、大激励された。励ましを送ろうと自ら大太鼓を打ち鳴らし、その雄渾の響きに思いを込めた。
 前進だ! 追撃だ! 最激戦地へ打って出よう! 勝利、勝利のリズムで進め!──と。
 私も同じ心である。
 嵐も怒濤も乗り越えて、青春の命で生き抜こう。闇が深いほど、希望の夜明けは近いのだ。
        *   *
 戸田先生は烈々と叫ばれた。
 「師と苦楽をともにする弟子たれ! 師と目的をともにする弟子たれ! 師と勝利をともにする弟子たれ!」と。
 この心で私は全てに勝った。
 大変であればあるほど、強盛の信心を奮い起こし、いよいよ喜びをなして、勇み戦い、断じて勝つ! これが常勝の魂だ。
 何があろうとも、我らには題目の師子吼がある。異体同心の団結がある。何も恐れるものはない。断じて負けない。
 広布の行動は、全部が仏縁になる。諸天を動かす。功徳に変わる。
 今再び「異体同心なれば万事を成《じょう》し同体異心なれば諸事叶う事なし」(御書1463㌻)との大確信で、「いざや前進」だ。
 忙しい時こそ励まし合い、讃え合って歴史を創ろう。常勝の太陽の皆さん方の健康と、満々たる生命力の行進を祈ります。
2015-05-03 : 名誉会長と共に 新時代を駆ける :
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