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2015 新年特集

新年特集

2015年「世界広布新時代 躍進の年」おめでとうございます。

新年勤行会へのメッセージ (2015.1.1)

後継の人材よ育ちゆけ

 明るい明るい、希望にあふれる新年、誠におめでとうございます。寒い中、年頭より本当にご苦労さまでございます。
 日本全国、そして全世界の創価家族が心を合わせて、人類の幸福と世界の平和を祈り、広布と人生の新たな勝利へ出発する。これほど尊く、これほど力強い新春の集いが、いずこにあるでしょうか。
 御本仏・日蓮大聖人は仰せになられました。「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり、日蓮一人《いちにん》はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし」(御書1360㌻)と。
 大宇宙の究極の法則である妙法をば、唱え、弘めゆく皆さま方こそ、最も偉大な地涌の菩薩なのであります。
 久遠からの誓いで結ばれた我らは、大聖人と等しい、最極の仏の生命力を発揮しながら、法のため、人のため、社会のため、そして未来のために、愉快に、仲良く、恐れなく、この一年も勝ち切っていこうではありませんか!
 今年は、初代・牧口常三郎先生、2代・戸田城聖先生が、仏意仏勅の創価学会を創立なされてより85周年――。
 皆さま方の異体同心の団結によって、今、妙なる「躍進」の時が到来しました。
 第3代の私は、皆さま方の信心の先輩として、一人ももれなく健康でご長寿で、ご一家が和楽と大福運の人生を歩んでいかれるよう、真剣に祈り続けてまいります。
 結びに、新春の一句、

 いざや舞え
  これから君が
     晴れ舞台

 と贈ります。
 世界一の創価家族、万歳! 偉大なる皆さま、万歳!
 後継の人材が無限に育ちゆくことを深く祈念しつつ。

新年の歌     (2015.1.1付 聖教新聞)

 苦も楽も
 分つ同志《とも》こそ
    わが命
  万年 轟く
   不二の凱歌を

 夢に見た
  励まし社会の
   創造へ
  創価の女性は
   希望の陽光《ひかり》と

 後継《きみ》たちが
  走り走りて
   凱旋門
  正義のメロスよ
   金の道 征け

        2015年 元旦

新年の歌     (2015.1.1付 創価新報)

肩組みて
 愉快に築けや
   金字塔
 後継 担う
  勝利の証《あかし》と

光 満つ
 華陽《ロマン》の天女《てんにょ》に
  不幸なし
 生命《いのち》の宮殿
  今日も輝け

言論の
 雄と勝ち抜け
  俊英は
 正義の哲理と
  宝剣《つるぎ》 掲げて

        2015年 元旦

新年の歌     (2015.1.1付 記念カード)

 悠然と
  我らの心も
    不二《ふじ》の山
  嵐に不動の
    人生 楽しく

 人材の
  花に満ちたる
       創価城
  幸福 爛漫
   共に咲きゆけ

 忍辱の
  今日の修行に
     諸天 冴え
  歓喜の虹は
     心の財と

わが友へ (グラフSGI  2015.1月号)

「未来」は「今」決まる。
一日に一つ、
何か新しいことに挑戦!
月々日々に、
チャレンジした分だけ
自分が大きくなる。

わが友に贈る (2015.1.1付 聖教新聞)

創価の前進と連帯こそ
全人類の希望の光源!
さあ 世界の同志と共に!
広布万代の礎を築く
黄金不滅の一年に!

新年メッセージ (グラフSGI 2015.1月号)

青き地球に希望を広げゆけ!

 青き地球を大舞台に、「生命尊厳」の希望の哲理を、いやまして広げゆく「世界広布新時代 躍進の年」が晴れ晴れと開幕しました。
 それぞれの使命の天地で、社会貢献の良き市民として活躍される皆様方が安穏であられ、福徳に包まれた、最高に価値ある「躍進」の一年を、健やかに、また朗らかに飾りゆかれますことを、私は心からお祈り申し上げます。
 740年前、日蓮大聖人は烈々と「法華経の大白法の日本国並び一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか」(御書265㌻)と仰せになられました。戦火や災難が社会を覆っていた乱世に放たれた御断言です。
 全人類の幸福と平和を顧われた、この大聖人の御確信と壮大な展望を実現してきたのが、我ら創価学会です。
 本年は、未曾有の惨禍をもたらした第2次世界大戦の集結から70年の節目に当たっています。
 思えば、日本の軍部政府の弾圧に、師弟で抗し、信念の獄中闘争を貫かれた戸田城聖先生が出獄されたのは、その終戦の直前、1945年の7月3日のことです。
 獄死なされた殉教の先師・牧口常三郎先生の不二の弟子として、戸田先生は戦火の焼け野原に一人立ち、「苦悩の民衆を、断じて救っていくのだ。今こそ広宣流布の時だ。人類の宿命転換の時だ!」と叫ばれました。
 この70年前の恩師の師子吼を思い起こしつつ、私たちは、「広宣流布」即「人類の平和と共生」の躍進を目指し、民族や文明を超え、世界市民の友情と信頼の連帯を一段と強め、深めていきたいのであります。

 私は、昨年、オーストラリアの平和学者であり詩人であるスチェアート・リース博士と対談集『平和の哲学と詩心を語る』※1 を刊行しました。その中で、私も深い友誼を結んだ南アフリカのマンデラ大統領がシドニーを訪問した瞭の写真を紹介してくださっています。
 平和と人権のために戦い抜かれたオーストラリアの2人の女性の偉業を、マンデラ元大統領が笑顔で讃えている光景です。
 リース博士は、その女性の一人、コーネリアス博士の信条を披露されました。
 それは、「『でも(but)』ではなく『そして(and)』を使って発言しよう」ということです。「でも」の後には悲観的な言葉が続きがちなのに対して、「そして」の後には問題の解決につながる、前向きな言葉を紡ぎ出す道が開ける、とリース博士は言われるのです。
 確かに状況が厳しいと、人はともすれば、「でも、現実は難い」とか「でも、条件が整っていない」など、諦めに傾きがちです。しかしそれでは、前進への希望は生まれません。
 御聖訓には、「三障四魔と申す障りいできたれば賢者はよろこび愚者は退く」(同1091㌻)と説かれています。
 試練に直面した時、「でも」と、わが生命の一念が臆して退いてしまうのか、それとも、「そして」と、喜び勇んで立ち向かっていくのか。
 妙法は、万人が賢者の勇気に燃えて、恐れず、嘆かず、諦めず、前へ前へ進んでいくための究極の力であり、智慧であります。
 決然たる一念で祈り、満々たる生命力で一歩を踏み出していくならば、そこから「人間革命」の勝利の劇が広がるのです。

 55年前、世界広布への旅に出発した私は、ハワイでも、北南米大陸でも、「目の前の一人」を励まし、共々に「人間革命」への一歩を踏み出すことから、一切の戦いを始めました。
 世界のいずこにあっても、私は「地涌の菩薩よ、躍り出でよ!」と天地に題目を染み込ませ、出会った方たちと誠実に仏縁を結んできました。
 40年前の1975年1月26日、SGI(創価学会インタナショナル)が発足したグアムでの第1回「世界平和会議」で、私は申し上げました。
 「この会議は小さな会議であるかもしれない。また各国の名もない代表の集まりかもしれません。しかし、幾百年後には今日のこの会合が歴史に燦然と輝き、皆さんの名前も、仏法広宣流布の歴史に、また、人類史に、厳然と刻まれゆくことを私は信じます」
 あの時、集ったのは、51カ国・地域の代表でした。今、広布の大河は、192カ国・地域へと広がり、太陽の仏法は全世界を赫々と照らしています。妙法の種は幸福の花々となって咲き薫り、そして、
功労の友の芳名は、時とともに、いやまして輝き光っているではありませんか。

 1990年代に民族紛争の悲劇に見舞われた欧州のバルカン半島でも、今や創価の友は、人間主義のスクラムを語り広げています。
 麗しい異体同心の座談会も賑やかに行われ、青年をはじめ、幾多の新入会の友が誕生していると伺っています。
 自身の、そして社会の宿命転換に、手を携えて立ち上がっている英姿は、何と嬉しく、頼もしいことでしょうか。
 共に祈り、励まし合い、仏性という人間生命の究極の善性を、自他共に開いていく  これこそが、今なお戦火と暴力の絶えない世界において、最も堅実にして確実な平和の建設であると、私は信じてやみません。

 韓国宗教学会の会長を務められた、ソウル大学の金《キム》鍾瑞《ジョンソ》教授は語ってくださいました。
 「優れた宗教かどうかは、歴史の長短では決まりません。今、目の前で苦しんでいる人を救えるかどうか、その可否が重要です。SGIはこれまで、多くの人々の苦悩に寄り添い、共にそれを乗り越えてきました。だからこそ、発展を続けているのです」※2 
 揺るぎない信仰と慈悲の精神を胸に、友の幸福を祈り、価値創造の対話を広げる。そして社会の繁栄へ、世界の平和へ、「良き市民」として行動を続けるSGIの友こそ、「地域の宝」であり、「地球社会の宝」なのであります。
 東京・信濃町の総本部に「広宣流布大誓堂」が完成してから1年がたちました。
 今、この師弟誓顧の大殿堂に、日本全国、そして全世界から誉れの同志が毎日のように勇み集ってこられます。
 私も、昨年11月には、SGIの秋季研修会に集われた方々と、忌れ得ぬ出会いの歴史を刻みました。清々しい誓いが、確固たる決意が、何ものにも負けない大歓喜が、その瞳には輝いていました。
 皆、それぞれの宝土で活躍される同志と一体不二のリーダーたちです。私は、まさに世界のすべての地涌の友とお会いしている思いでありました。

 SGI発足40周年の本年は、日蓮仏法が世界宗教として、さらなる飛躍を遂げゆく重要な年であります。
 大聖人は門下に呼びかけられました。
 「いよいよ強盛に大信力をいだし給へ」(同1192㌻)
 私たちは、「世界広布新時代 躍進の年」を「いよいよ」の心で、明るく、仲良く、勇気凜々と前進し、新たなる挑戦を闘始しようではありませんか!
 最後に、敬愛する宝友とご家族の健康長寿、そして、ご多幸と勝利を心から念願し、私の新年のメッセージとさせていただきます。

                               2015年     元旦

※1 『平和の哲学と詩心を語る』著者:スチュアート・リース/池田大作(第三文明社)
※2 2014年6月10日付 聖教新聞「世界広布の鼓動」

                 
                                     2015年 元旦

新・人間革命 広宣譜 36 (2015・1・1付)

 人類は、黎明を待ちわびていた。眼を凝らし、固唾をのみ、漆黒の海を見つめる。
 暁闇を破って、黄金の光が走った!
 金波銀波が煌めく彼方に、雄々しく白光を放って、旭日が躍り出る。
 朝だ! 「世界広布新時代」の大空へ、太陽の仏法は昇った。光は、刻一刻、一切衆生の無明の闇を払い、万人の生命の「仏」を覚醒し、幸と歓喜の光彩を広げていく。
 日蓮大聖人は、「天変地夭・飢饉疫癘」の蔓延する世に、「立正安国」の旗を掲げて一人立たれた。そのバトンを受け継いだ創価の師弟が今、地涌の大行進を開始するのだ。
 人心はすさみ、世界には、不信と憎悪の分断の亀裂が幾重にも走る。戦火は果てず、自然もまた、凶暴な牙を剝き、人びとは、不安と恐怖の濃霧のなかをさすらう。
 急がねばならぬ! 友の胸中に、人間主義の慈悲と正義の旗を打ち立て、世界を結ぶのだ。一個の人間の生命を変革し、社会、人類の宿命の転換を成し遂げ、崩れざる平和と繁栄を築くのだ――これが、「立正安国」だ。これが、われらの尊き使命だ。さあ、心に太陽をいだいて、躍進の第一歩を踏み出そう!
 「躍進」とは、歓喜踊躍の前進だ。
 御聖訓には、「我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(御書788㌻)と。
 私たちは、本来、仏である。その仏が、末法の衆生救済を誓願し、あえて悪業を担い、苦悩を背負って、この世に出現したのだ。
 それは、大仏法に巡り合い、宿命転換することをもって、仏法の厳たる功力を証明するためだ。ゆえに、打開できない宿命も、苦悩も絶対にない。この最極の真実に目覚め、わが使命を自覚し、自ら勇んで戦いを起こす時、生命は大歓喜に包まれ、悠々と苦悩に打ち勝つ大境涯へ、自身を高めていけるのだ。

 求道あるところに、歓喜はある。
 祈りあるところに、歓喜はある。
 実践あるところに、歓喜はある
 信仰とは、あふれる歓喜の源泉なのだ。

大白蓮華 巻頭言   題目の師子吼に恐れなし   (大白蓮華 2015.1月号)

 新たな一年を、生まれ変わったように新鮮な生命でスタートしたい。そして、新たな一日また一日を、元旦のように清新な息吹で前進し続けていきたい。これは、万人の願望であろう。
 「毎日毎日が、両手に余るほどの可能性を引きつれて私のもとを訪れます」と微笑んだのは、障がいに負けず、社会貢献を貫いたヘレン・ケラーである。
 宿福深厚にも妙法を受持した私たちは、来る年も、来る朝も、題目の音声とともに、久遠元初の太陽を昇らせ、わが生命を蘇らせていくことができる。
 御書に「妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり」(947㌻)と仰せの通り、唱題行こそ究極の若さと、無限の活力の源泉なのである。
 地涌の菩薩たる我らの題目は、誓願の祈りである。いわゆる何かに弱々しくすがる願いなどではない。自ら誓いを立て、その成就へ一念を定め、大宇宙の根本法則に合致し、全生命で轟かせゆく師子吼なのである。これほど強く、これほど荘厳な力はない。
 わが師・戸田城聖先生は、よく言われた。
 「日蓮大聖人と共に、妙法広布を誓い、戦う人の祈りは必ず叶っていく。三障四魔よ、何するものぞとの大確信で祈り切れ」と。さらにまた、「一人の強盛の信心の祈りに、皆がついてくる。皆が最後は幸福になれるんだよ」とも教えてくださった。
 ゆえに、何があっても、まず題目だ。
 題目の人は、断じて行き詰まらない。
 大聖人は、病と闘ってきた門下を励まされて、「法華経と申す御経は身心の諸病の良薬なり」(1015㌻)と仰せになられている。そして、法華経に説かれた、「病即《すなわち》消滅して不老不死ならん」、また「現世は安穏にして後生には善処ならん」、さらに「諸余怨敵皆悉く催滅せん」との経文を送られた。
 自行化他にわたって、妙法を実践しゆく我が生命は、大聖人の御生命と一体不二である。
 朗々たる題目で、病魔を乗り越え、「健康長寿」を勝ち開いていくのだ。どんな宿命も使命に転じて、自他共に、永遠の大幸福境涯を築いていくのだ。
 正義の仏天を揺り動かしながら、いかなる強敵《ごうてき》も打ち破り、「絶対勝利」の実証を現していくのだ。
 雪深き青森で、40年以上も、聖教新聞を配達されてきた功労の母がおられる。かつては村八分にも遭った。しかし100の圧迫には、100以上の智慧と力で勝つと決めて、断じて屈しなかった。今、「わが地域は日本一」と胸を張りながら、語られる。
 「題目は何でも生み出せる力です。祈れば、幸福になってほしいと、自分自身の仏性から言葉が出て、相手の仏性に届きます。新しい同志をつくり、友好を広げることが、何よりの生きがいです」と。
 あまりに尊き創価の法友の希望と勇気の唱題が、地域社会も地球社会も包みゆく時代に入った。
 さあ、躍進の一年、師弟の誓願に生きる我らは、題目の師子吼も誇らかに、勝ち進もうではないか!

 題目の
  師子吼の我らに
     恐れなし
   功徳と勝利を
     無限に開けや

希望の虹 ~世界の偉人を語る~ 

第10回 物理学者 湯川秀樹博士     (2015.1.1 少年少女きぼう新聞掲載) 

みなさんの挑戦が平和の一歩に

 私の大好きな少年少女部のみなさん、あけまして、おめでとう!
 新しい朝日がのぼりました。
 新しい一年のはじまりです。
 私たちも、心に朝日をのぼらせ、新しいチャレンジをはじめよう!
 私も毎年、年のはじめに、心も新たに決意することがあります。
 それは、この一年、「世界平和」を一歩でも前進させることです。
 みなさんのお父さんやお母さんをはじめ、世界のSGI(創価学会インタナショナル)の同志と共に、心を合わせて、平和のため、人々の幸せのため、今年も、ますます元気に行動していきます。
 私たちの最大の希望は、何か。それは、未来部の皆さんの成長です。
   *   *   *
 SGIができたのは、40年前、1975年のl月26日です。
 太平洋にうかぶグアム島に、51の国や地域の代表が集まって出発しました。今、l月26日は、「SGIの日」となっています。
 私も毎年、この日に合わせて平和への提言を発表しています。
 平和は、世界のだれもが求めているのに、戦争や争いの歴史がくりかえさ
れてきました。一人の力では、どうにもならないと、あきらめている人もいます。
 しかし、「人類が本当に平和を願い、幸せに生きることを望むかぎり、道は必ず開けると信じます」と語った科学者がいます。日本人で、はじめてノーベル賞を受賞した、物理学者の湯川秀樹博士です。
   *   *   *
 湯川博士は、今から108年前の1907年(明治40年)1月、東京で生まれ、京都で育ちました。
 博士のお父さんは、地質学という、地球のことを研究する学者でした。創価の父、牧口常三郎先生が若き日、『人生地理学』という本を出された時、高い評価をよせた方でもあります。
 また、おじいさんも、昔の中国の本などをよく勉強した人で、秀樹少年は、小さいころから、漢字ばかりの本を、声に出して読まされました。おかげで、小学校に入ると教科書をスラスラ読むことができました。習字も得意でした。
 でも、体育や図工、作文は苦手でした。それに、はずかしがりやで、なかなか自分から友だちに話しかけることができず、はっきりと人に自分の意見を言えなかったのです。そのため、「イワン(言わん)ちゃん」と呼ばれたこともありました。
 みなさんにも、苦手なことがあるでしょう。だからといって、自分のことを、“ダメだ”などと思う必要はないのです。
 秀樹少年には、何かをはじめたら、とことんやり通す、「ねばり強さ」という長所がありました。そのため、一生けんめい、学校の勉強に打ちこみ、学ぶことが好きになっていったのです。
 そうして高校に入り、大学に進み、「物理学」の研究に取り組んでいきます。いくら失敗しても、すぐに答えが見つからなくても、自分を信じて、「くじけるものか」と、挑戦を重ねました。
 そして、ついに大きな発見をします。「原子」という、これ以上小さく割れないと、長い間、思われてきた小さなつぶの中に、「中間子」という、さらに小さなつぶがあるはずだと気づいて、世界ではじめて発表したのです。
 後になって、この考えが正しいことが証明され、1949年に湯川博士はノーベル物理学賞を受賞しました。日本が戦争に負けて4年後のことで、暗い世の中に、明るい希望の光をおくるニュースとなりました。
   *   *   *
 湯川博士は、平和運動にもつくしていきます。そのきっかけとなったのが戦争であり、広島と長崎に原子爆弾(原爆)が使われたことでした。
 博士は、兄弟で一番仲の良かった弟を兵隊にとられ、亡くされています。その悲しみは、私にもよくわかります。私もまた、大好きだった兄が、戦死しているからです。その知らせを聞いて悲しみに肩をふるわせていた母の後ろ姿が、私の平和運動の原点です。
 博士は、戦争が終わって間もなく、「原子と人間」という詩を、未来を担う少年少女たちにおくりました。
 そこには、“科学の進歩は、人類を幸福にするが、一方では尊い命をうばう兵器も生み出してしまう。科学が進歩すればするほど、人間はもっと進歩しなければいらない!”という思いがこめられています。そして、博士は「原始時代が到来した……人間同士の和解(仲直り)が大切だ 人間自身の向上が必要だ」と呼びかけました。
 当時、私は師匠である戸田城聖先生の会社で、少年少女向けの雑誌の編集長をしていました。
 雑誌では、科学の話を通して、みんなに夢や希望を広げようとしました。湯川博士のことも、ぜひ書きたかったのですが、雑誌がとちゅうで出せなくなってしまい、実現できませんでした。今こうして、みなさんに語ることができ、本当にうれしく思います。
   *   *   *
 湯川博士は、世界の科学者が集まって核兵器に反対した「ラッセル=アインシュタイン宣言」にも、日本人で、ただ一人、署名しました。博士は「核兵器は悪である」と言い切りました。
 戸田先生も“核兵器は絶対に許してはならない”とさけばれ、弟子の私も同じ思いで行動してきました。「ラッセル=アインシュタイン宣言」に署名し、後にノーベル平和賞を受けたポーリング博士、ロートブラット博士とも対談集をつくりました。
 湯川博士の奥様であるスミ夫人は、博士が亡くなった後も、博士の願いである世界平和のために行動され続けました。SGIの活動にも共鳴して、みなさんのお母さん方の平和運動も、心から、たたえてくださいました。
   *   *   *
 これからの時代の平和を築くのは、みなさん一人一人です。
 みなさんが、新しいことに挑戦して大いに学んでいくこと、体をきたえてじょうぶにしていくこと、友だちと仲良く友情を結んでいくこと、そうした一歩また一歩が、やがて世界の平和につながっていきます。みなさんこそ、希望であり、未来そのものなのです。
 「ひとりひとりが生命を大切にし、賢くあり、そして希望を失うことなく、それぞれの立場で努力していきましょう」と湯川博士は呼びかけています。
 今年も、私は、いよいよの思いで、みなさんの健康と前進を祈り、みなさんに励ましをおくり続けていきます。
 さあ、一年のはじまりです!
 自分らしく挑戦をはじめよう!
 私といっしょに!

未来の翼 世界が君を待っている

第10回 ネパールの頂      (2015.1.1付 未来ジャーナル)

君よ、粘り強く最高峰の青春を

 新しい一年の始まりに当たり、皆さんに、一つ質問をします。
 「王」という文字は、「三」という字を書いて、「一」の字を縦に書き表すね。これは何を意味していると思いますか?
 日蓮大聖人の御書には、「三」は天と地と人を表し、それを貫いて少しも動かない存在を「王」というと説かれています
 そして、その王の象徴こそ、世界一の大山脈・ヒマラヤなのです。

 王者の山・ヒマラヤは──
 何ものにも揺るがない父の如く、堂々とそびえています。
 全てを優しく包み込む母の如く、人々を見守っています。
 肩を組んで試練に挑む皆さんの如く、天空を目指しています。
 20年前の1995年11月。私は、美しき精神の大国・ネパールを訪れました。
 名門・国立トリブバン大学での式典などを終えた後、首都カトマンズから車で1時間ほど走り、郊外へ向かいました。“ヒマラヤを仰げる丘へ”と、地元の方々が真心こめて案内してくれたのです。
 ただ、天候によって、必ずしも見られるとは限りません。この曰の夕刻も、到着するまでは、あいにく雲が出ていました。
 カメラを手に少し歩くと、それまで頂をおおっていた雲が、カーテンのようにサッと開《あ》きました。そして白雪を身にまとった王者の峰が、夕日の“スポットライト”に浮かび上がったのです。
 チャンスは一瞬でした。
 シャッターを切ることびできた、ほんの数秒間だけです。あたりは天の照明をゆっくりと落とすように、夕闇に包まれていきました。夕ごはんのしたくをする煙も上がっています。
 一瞬の出あい。しかし、天を衝くヒマラヤは、無言にして無限の励ましを贈つてくれました。

 「世界広布新時代 躍進の年」、私は皆さんに呼びかけたいことがあります。
 それは、この一年、自分自身の最高峰を目指そうということです。
 私の恩師・戸田城聖先生は、「青年は、望みが大きすぎるくらいで、ちょうどよいのだ」とよく、言われました。
 大きな希望を抱いて最高峰に挑むことは、青年の特権です。そこに青春の「躍進」が生まれます。
 「躍進」の「躍」には、「足」があります。また右側の「翟《てき》」は、鳥が羽ばたいて飛び立とうとする姿に由来するといいます。
 大地にどっしりと足をつけ、他人と比べて焦るのではなく、自分らしく粘り強く努力を重ねていく。そして、希望の大空を見つめ、無限の可能性の翼を広げて、飛翔していくのです。
 常に、高みへ向かって、少しずつでも前進していく人が、青春の勝利者です。
 ネパールにも、そうした皆さんの仲間が、いっぱい光っています。

 ネパールは、インドと中国の間に位置します。大きさは、北海道の2倍ほどです。
 世界最高峰のエべレスト(標高8848㍍)を頂点としたヒマラヤ山脈をはじめ、亜熱帯のジャングルなど、壮大な自然に抱かれた国土に、30以上もの民族が調和しながら暮らしています。
 仏教の創始者・釈尊が誕生したのも、ここネパールです。
 ネパールは、“微笑んでいる人たちの国”といわれます。また、多くの偉大な詩人を生んだ「詩心の大国」です。
 ネパールを代表する人道主義詩人サマは謳っています。
 「エべレストのごとく、常に毅然として揺るがず、心に真実と美と永遠を抱こう」と。
 ヒマラヤ山脈を撮影した日、私は、あの丘で、地元の村の子どもたちと忘れ得ぬ友情を結びました。20人ほどいたでしょうか、珍しそうに、異国から来た私たちを遠巻きに見ていました。
 私が「おいで、おいで」と招くと、ニコニコと人懐こく寄ってきてくれました。皆の澄んだ瞳が、宝石のようでした。あどけない笑顔は、蓮華の花のようでした。美しい心が、ひときわ輝いていました。
 私は、国の宝、世界の宝である“未来の使者”たちに、心を込めて語りかけました。
 「ここは仏陀(釈尊)が生まれた国です。仏陀は、偉大なヒマラヤを見て育ったんです。あの山々のような人間になろうと頑張ったのです。堂々とそびえる勝利の人へと自分をつくり上げたんです。みなさんも同じです。すごい所に住んでいるのです。必ず、偉い人になれるんです」
 皆、真剣な眼差しを向けてくれました。通訳の方を通しての語らいでした。それでも、心と心は通い合っていました。私には、それがはっきりと分かりました。
 私は、涼やかな目を見つめて言いました。
 「皆、勉強して、偉くなってください」
 最高峰の人格の人・釈尊の生まれた国の若人たちよ、徹して学び続ける求道の青春を! そして、最高峰の価値ある人生を! 私はそう願って、やみませんでした。
 皆、ニッコリと白い歯をこぼして応えてくれました。その場を去る時、一生懸命に手を振り、走って追いかけてまで、私たちの車を見送ってくれた姿が、命に焼きついて離れません。
 車中、私の胸には、2日前にお会いしたネパールのビレンドラ国王の言葉がよみがえっていました。国王は穏やかな笑みをたたえつつ、こう語られました。
 「教育がいかに大切か、私たちは知っています。教育は若き世代に対し、将来、彼らが直面するであろう困難と諸問題に打ち勝つ力を与えます」
 「学は光」です。私は子どもたちの未来に光あらんことを、心から祈らずにはいられませんでした。
 うれしいことに、私が出会った子どもたちは、立派に成長し、理学療法士や公務員、ドライバーなどとして、ネパールの天地で活躍していると聞いています。

 ネパールの大詩人デウコタは詠みました。
 「我々は、この世界を理解しなくてはならない。臆病であってはならない。世界を直視し、勇気を奮い起こすのだ。
 この世に生きている間に、大空へと翼を広げるのだ」
 この詩を私が一緒に味わった、かけがえのない友人が、ネパールのマテマ元駐日大使です。
 大使こ自身も、この詩の如く生き抜いてこられました。
 私が大使と初めてお会いしたのは94年。大使が、トリブバン大学の副総長を務めておられた時に、東京にお迎えしました。
 大使はネパールではなく、インドで生まれ育ちました。当時の独裁政権にご家族が立ち向かい、数十年にわたる亡命生活を余儀なくされていたからです。
 大使が若き日、最も影響を受けたたのは、「貧しい人々のために行動しなければ」と、勇敢に戦った、親せきのおじさんの存在でした。
 おじさんは、政府の要職に就いていました。しかし、そうした地位を投げ捨てて、民衆の真の幸福のために立ち上がったのです。独裁政権によって、おじさんは処刑されましたが、その不屈の精神は、大使の命に深く刻まれました。
 おじさんは常に自身を導く「人生の灯台」であると、大使は私にこう語つてくれました。
 大使は勉学に励んで、イギリスに留学し、やがてトリブバン大学の教壇に立つことになります。
 70年代、学生たちが民主化を求めて運動を開始した時、大使も共に断固と立ち上がりました。権力から圧迫を加えられ、辞職しても、負けじ魂を燃え上がらせ、一貫して民衆のために働きました。そして、明年、ネパールは民主化を果たすことができたのです。
 徹して学び、行動する「勇気」。これこそ、一流の人物に共通する、人生で最も大切な美徳です。
 2l世紀の世界は、紛争やテロ、貧困や人権、環境問題をはじめ、重大な課題が山積しています。若き皆さんの活躍を待ち望んでいる人々が、たくさんいます。
 私はこの「勇気」の二字を、人類の宝である、君たち、貴女《あなた》たちに贈りたい。そして、その勇気の翼、未来の翼で、世界を駆け巡ってもらいたいのです。

 私はトリブバン大学で、「人間主義の最高峰を仰ぎて──現代に生きる釈尊」と題する講演を行いました。その中で、“ヒマラヤの如き悠然たる境涯を確立することが、世界平和の原点”ということを訴えました。
 心の大きな人は、他人に嫉妬しません。心の豊かな人は、つまらぬ縁に紛動されません。
 皆さんには、何があっても悠然と乗り越えていく自身を築き上げるための、信心があります。題目があります。
 日蓮大聖人は仰せです。
 「須弥山(世界の中心の最高峰の山)の始めは一つの塵である。一を重ねれば二となり、二を重ねれば三となり、このように十、百、千、万、億……となっても、その生みの母はただ『一』なのである」(御書1237㌻、趣意)
 今の一歩の努力、一人の友情、一つの親孝行が、ヒマラヤの如き自身を創ります。
 その活力は題目です。なかなか一歩を踏み出せないなと思う時でも、決意の題目を唱えて、一歩また一歩と挑んでいけば、必ず一日一日と持続していけるのです。

 ヒマラヤ山脈は現在もなお、1年間に数センチずつ高くなっているといいます。 人間も同じく、最高峰の人は、常に成長し続けます。
 戸田先生も、一生涯、勉強し続けた偉人でした。亡くなる直前まで、私に「今日は何の本を読んだか」と尋ねられ、「私は『十八史略』(中国の歴史の物語)を読んだよ」と言われながら、将軍学を教授してくだざいました。
 ネパール滞在中のある夜、妻が「あら! 流れ星!」と空を見上げました。
 私は感慨を込めて答えました。
 「戸田先生が喜んでくださっていつるね」と。
 いつでも、どこでも、私の胸には、悠然たるエべレストの如き、世界最高の師匠がいます。ゆえに、弟子である私も、永遠に挑戦をやめません。日々勉強であり、日々努力です。
 そして、私の心には、未来部という成長し続ける人材山脈がそびえ立っています。これほど心躍る絶景はありません。
 最高峰を仰いで人生を登はんする人に、停滞はありません。後退も、敗北も、絶対にありません。最後は必ず、勝利の眺望を楽しむことができる。
 ここに「師弟」の道があります。愛する君たちよ、世界の友とスクラムを組んで、いよいよ高く、いよいよ朗らかに、いよいよ堂々と、人間の王者へ、育ちゆけ!
 これが、私の祈りであり、願いなのです。
2015-01-04 : 新年特集 :
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