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池田SGI会長指導選集 「幸福と平和を創る智慧」 第1部 第6章 6-7〜6-14

 6-7 身近な人の死と向き合う

 門下の南条時光と、その母に対する日蓮大聖人の励ましなどを通して、「愛別離苦」の苦悩を包み込む仏法の英知を語っています。

【池田SGI会長の指針】
◎第二総東京代表協議会でのスピーチから
      (2006年2月20日、東京)

 人間の本来的な「生老病死」の苦悩をどうすれば乗り越えていけるか。そこに確かな解決の光を当てたのが仏法の英知である。
 「愛別離苦」――愛する人との別れもまた、誰人たりとも避けられない。その点についても仏法は明快な示唆を与えている。
 南条時光の父は、時光が7歳のときに、若くして病気で亡くなった。圧迫を恐れず、大聖人に帰依し、 一家の宿命転換の道を厳然と開いた父であった。
 大聖人は、時光の母にあてて、(亡くなられた夫君《ふくん》は)生きておられたときは生の仏、今は死の仏です。生死ともに仏です」(御書1504㌻、通解)と仰せになられた。
 生命は永遠である。妙法に生きぬく生命は、「生も仏」「死も仏」である。ゆえに、必ず必ず、「生も歓喜」「死も歓喜」の大境涯を、悠々と堂々と進んでいくことができるのである。
 夫の心を継いで、時光の母は、強盛な信心を貫き、時光ら子どもたちを立派な後継者へと育てあげていった。子どもたちも、父から学んだ信心を毅然と受け継いでいった。
 その時光も、当然、「自分は早くに父を失い、いろいろ教えてもらうことができなかった」との無念な思いも抱いていたようだ。
 その時光の心を深く知っておられた大聖人は、こう励ましておられる。
 「この経を受持する人々は、他人であっても同じくに霊山にまいられて、また会うことができるのです。まして、亡くなられたお父さまも、あなたも、同じく法華経を信じておられるので、必ず同じところにお生まれになるでしょう」(同1508㌻、通解)と、お約束なされているのである。
 妙法で結ばれた縁《えにし》は永遠である。いわんや、妙法に生きる家族は、同じところに生まれ合わせていくことができる。それが、不可思議なる妙法の力用なのである。
 大聖人の門下には、立派な最愛の息子に先立たれたことが発心のきっかけとなって、両親ともに妙法への信仰を深めていった家族もいた。
 この両親は、真剣に妙法を行じ、真心込めて大聖人にお仕えしていった。
 大聖人は、その信心を讃えられ、こう仰せになられている。「(あなた方の信心のすばらしさは)ただごとではありません。ひとえに釈迦仏が、あなた方の身に入り替わられたのでしょうか。また、亡くなられたご子息が仏になられて、父母を仏道に導くために、あなた方の心に入り替わられたのでしょうか」(同1397㌻、通解)
 「あなた方に、もしものことがあるならば、暗い闇夜に月が出るように、妙法蓮華経の五字が月となって現れ、あなた方の行く手を照らすでしょう。そして、その月のなかには、釈迦仏・十方の諸仏はもとより、先立たれたご子息も現れて、あなた方を導いていかれることを確信してください」(同㌻、通解)
 妙法に結ばれた生命は、生死を超えて、ともどもに、たがいに、励まし合い、護り合い、導き合って、絶対の幸福と勝利の軌道を進んでいくのである。
 妙法の世界には悲嘆もなければ、悲観もない。妙法を行ずる家族は、何があっても「常楽我浄」の月光に包まれていく。そして、その足跡が、あとに続く人々に、計り知れない希望と勇気を送っていくのである。

 6-8 自分自身の成仏が故人の成仏に

 この節では、御聖訓を踏まえて、自らの成仏が故人への真の追善となっていくという仏法の法理を語っています。

【池田SGI会長の指針】
◎春季彼岸勤行法要でのスピーチから
        (2006年3月21日、東京)

 日蓮大聖人は、「御義口伝」に仰せである。
 「今、日蓮とその弟子たちが、亡くなられた聖霊《しょうりょう》を追善し、法華経を読誦し、南無妙法蓮華経と唱えるとき、題目の光が無間地獄にまで至って、即身成仏させる。廻向の文は、ここから事起こるのである」(御書712㌻、通解)
 題目の力は、計り知れないほど大きい。私たちが唱える題目の〝光明〟は、全宇宙のすみずみにまで届き、無間地獄の境涯で苦しむ衆生をも照らし、即身成仏させていくのである。
 「さじき女房御返事」には、「この功徳は、あなたの父母や祖父母、さらに無量無辺の衆生にも及んでいくでしょう」(同1231㌻、通解)と仰せである。広布に生きる信心の偉大な功徳は、亡くなった人や、子孫末代にまでも伝わっていく。
 真の追善は、妙法によるしかない。妙法の功力は、今世だけでなく、三世にわたって人々を救いきっていくからである。
 日蓮大聖人の門下に、浄蓮房という人がいる。その父親は、念仏の信仰者として亡くなった。この浄蓮房に対して、大聖人は、「父母の遺した体は子の色心である。今、浄蓮上人が法華経を持たれた功徳は慈父の功徳となる」(同1434㌻、通解)と仰せである。
 信心をしなかった親であっても、子である自分が妙法を受持すれば、その功徳は親の功徳ともなる。私たちが、今こうやって生きているのは父母のおかげである。この体は、父母から授かったものである。自分自身の成仏は、父母の成仏につながっていくのだ。
 過去がどうかではない。「今」で決まる。先祖がどうかではない。「自分」がどうかで決まる。目覚めた「一人」が、太陽となって、 一家、一族を妙法の光で照らしていけばよいのである。
 「自身が仏に成らなくては、父母さえ救うことはむずかしい。ましてや、他人を救うことなどできない」(同1429㌻、通解)との御聖訓を深く銘記したい。

 6-9 妙法の縁は永遠

 「大好きだった祖母が亡くなりました。いつか、また会えるでしょうか」という高等部員の率直な質問に対して、温かな励ましを送り、答えています。

【池田SGI会長の指針】
◎『青春対話Ⅱ』から
                  (2000年9月刊)

 「会える」と日蓮大聖人は言われている。たとえば、子どもを亡くしたお母さんに対して、優しく、こう言われている。
 「(子どもさんに)やすやすと、お会いになれる方法がありますよ。釈迦仏に導かれて、霊山浄土へ詣でて、お会いなさい」
 「南無妙法蓮華経と唱える女性が、愛《いと》しく思う子どもに会えないということは絶対にないと(法華経に)説かれています」(御書1576㌻、趣意)
 霊山浄土で会うということは、〝亡くなった子どもも成仏していますよ。あなたも仏になれるのだから、同じ仏界の世界で一緒になれるんだよ〟ということでしょう。
 それは宇宙に溶け込んだ生命が、相手との一体感を感じるとも言えるし、宇宙の他の仏国土で会えるとも言える。
 この前、「宇宙全体の銀河の数は、約一千二百五十億個」という研究が発表されていた。(アメリカ天文学会で。NASA 〈ァメリカ航空宇宙局〉のハッブル宇宙望遠鏡の観測をもとにしたもの)
 それでも仏法の宇宙観から見れば、まだまだ大きいとは言えない。
 勤行で読んでいる法華経寿量品では、もっともっと広大な宇宙像が説かれている。実質的に「無限」を表現しようとしているとしか思えない、すごさです。
 ともあれ、生命体が住んでいる惑星だって、地球だけではない。数限りなくある。
 そのなかの「仏国土」に、また一緒に生まれる場合もあるでしょう。また、地球をはじめ、「まだ広宣流布している途中の星」に一緒に生まれて、悩んでいる人々をともに救っていく場合もあるでしょう。全部、自分の自由自在になるのだというのが、法華経の教えです。
 生命は永遠です。だから、「死別した」と言っても、ちょっと遠くへ行っただけとも言える。外国へ行って、しばらく会えないみたいなものです。
 戸田先生も若いころ、子どもさんを亡くしたのです。こう言われていた。
 「私は、年二十三で『ヤスヨ』という子どもをなくしました。女の子であります。 一晩、私は死んだ子を抱いておりました。そのころ、まだ御本尊様を拝みませんから、もう悲しくて、抱いて寝ていました。そして別れて、私はいま、五十八歳です。彼女がおれば、当時三歳でありましたから、そうとうりっぱな婦人となっていることと思いますけれども、今世で会ったといえるか、いえないか……。それは信心の感得の問題です。私はその子に会っております。今生《こんじょう》で会うというのも、来世で会うというのも、それは信心の問題です」(『戸田城聖全集』2)
 これは、子どもを早く亡くした人への励ましとして話されたのです。「今世で、あの子と、また親子の縁が結べますか」という質問に答えての言葉です。
 戸田先生は、娘さんの後、奥さんも亡くされた。子どもや奥さんに先立たれて、苦しみぬいたが、そうやって、ありとあらゆることで苦しんだからこそ、今、大勢の人を励ませるのだ、大衆のリーダーとして、人の心がわかる人間になれたのだと言っておられた。
 全部、意味があるのです。その時は悲しくて、苦しんで、やりきれなくても、負けないで生きぬいていけば、あとから「ああ、こういう意味があったんだ」とわかります。それが信心の力です。また、それが人生の真髄です。

 6-10 不慮の死をどう受け止めるか

 小説『新・人間革命』では、ある地方の中心幹部が交通事故で亡くなった際、山本伸一が駆け付けて皆を励まし、仏法の深き生死観を語る場面が綴られています。

【池田SGI会長の指針】
◎小説『新・人間革命』10巻「言論城」から
        (2001年10月刊)

 御書の随所で、日蓮大聖人は「三障四魔」について説かれているが、そのなかに「死魔」とある。仏に精進する人が死ぬことによって、信心への疑いと迷いを生じさせることなどをいうのである。
 人には宿業があるが、凡夫には、その宿業の深さはわからない。たとえ、若くして亡くなったとしても、信心を貫いた人は、宿業を「転重軽受」(重きを転じて軽く受く)しての死なのである。
 ともあれ、真の信仰者として広宣流布に邁進している人は、いかなるかたちで命を終えようとも、成仏は間違いない。
 初期の仏典には、次のような話がある。
 ――摩訶男《まかなん》(マハーナーマ)という、在家の信者がいた。彼は、もし、街の雑踏のなかで、三宝への念を忘れている時に、災難に遭って命を失うならば、自分はどこで、いかなる生を受けるのかと、仏陀に尋ねる。
 すると、仏陀は言う。
 「摩訶男よ、たとえば、 一本の樹木があるとする。その樹は、東を向き、東に傾き、東に伸びているとする。もしも、その根を断つならば、樹木は、いずれの方向に倒れるであろうか」
 摩訶男は答えた。
 「その樹木が傾き、伸びている方向です」
 仏陀は、仏法に帰依し、修行に励んでいるものは、たとえ、事故等で不慮の死を遂げたとしても、法の流れに預かり、善処に生まれることを教えたのである。
        ◇
 伸一は、石崎の死について語っていった。
 「石崎さんが事故で亡くなられたことから、信心をしているのに、どうして、ああいう事故に遭ってしまつたのかと、思われた方もいることでしょう。
 生命の深い因果というものは、宿命というものは、まことに厳しい。それゆえに、信心をしていても、さまざまな死があります。牧口先生のように、獄中で亡くなられ、殉教されることもあります。病気や事故で、若くして亡くなることもあるでしょう。
 しかし、信心の眼をもって見るならば、そこには、深い、深い、意味がある。
 広宣流布に生き抜いてきた人は、地涌の菩薩です。仏の眷属です。
 生命は永遠であり、妙法の原理のうえから、その地涌の菩薩が、仏の眷属が、救われないわけがないではありませんか!
 後に残ったご家族も、必ず守られます。
 信心を貫いていくならば、広布のために献身されたご主人の、福運、功徳をも身に受け、誰よりも幸福になれることは、絶対に間違いないと、私は宣言しておきます」
 伸一の大確信に触れ、皆の心を覆っていた、迷いの暗雲は晴れ、胸中に、希望の太陽が昇り始めた。
 「ご主人がいないから不幸とは限らない。
 また、栄誉栄達も、財産も、決して、幸福を保証するるものではありません。
 真実の幸福、絶対的幸福とは、信心によって、自身が妙法の当体であることを自覚し、人間革命し、仏の大生命を涌現していく以外にない。
 人は、生まれる時も、死んでいく時も一人である。三世にわたって自分を守ることができる力は、妙法しかありません。
 懸命に、広布に走り抜くならば、三世十方の仏菩薩が擁護してくれます。したがって、何があっても、何を言われようが、いかに苛められようが、絶対に、紛動されるようなことがあってはならない。もし、臆病になり、信心から離れていくならば、結局は惨めです。
 生命は永遠ですが、一生は瞬く間に終わってしまいます。
 この世の使命を自覚し、広布に走り、大福運を積みきっていただきたいんです」

 6-11 成仏の証《あかし》は明確に現れる

 この節では、信心を根本に悔いなく生ききった人の臨終について語っています。

【池田SGI会長の指針】
◎「随筆 新・人間革命」〈仏法の生死観〉から
 
                    (2000年11月3日「聖教新聞」掲載)

 かつて私は、フランスの青年たちと共に、ロワールの地を歩き、レオナルド・ダ・ビンチが生涯をを終えた館を訪れたことがある。
 このルネサンスの巨人が最期を迎えたという寝室には、彼の言葉が銅板に刻まれていた。
 「充実した生命は 長い
 充実した日々は いい眠りを与える
 充実した生命は 静寂な死を与える」
 よき一生を悔いなく生ききった人に、死の恐怖はない。
 なかんずく、宇宙と生命を貫く永遠の法則に則りながら、人びとのため、正義のために、戦い進んだ人生が、いかに歓びの山頂へと到達していくか。
 日蓮大聖人は、仰せである。
 「退転なく修行して、最後、臨終の時を待ってご覧なさい。
 妙覚の山に走り登って、四方をきっと見るならば、なんとすばらしいこどであろうか。法界は皆、寂光土であり、瑠璃をもって地面とし、黄金の縄をもって八つの道を仕切っている。天から四種類の花が降ってきて、空には音楽が聞こえ、諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき、心から楽しんでおられるのである。我らも、そのなかに列《つら》なって遊び戯れ、楽しむべき時が、間近になっている」(御書1386㌻、通解)と。
 これが、宇宙に律動する仏界・菩薩界という「歓喜の中の大歓喜」の生命の次元である。
 大聖人の御在世、広宣流布に不滅の功労を残した南条家では、時光の一番下の弟・七郎五郎が、16歳の若さで急逝した。
 心根も容姿も、それはそれは爽やかな、大聖人も将来を嘱望されていた青年であった。
 母にとっては、夫に先立たれた時、お腹にいた最愛の子である。
 大聖人は、その突然の死を、深く深く嘆かれ、悼まれながら、成仏は絶対に疑いないことを、何度も何度も断言なさている。
 ある追伸では、「釈迦仏・法華経に身を入れて候いしかば臨終・目出たく候いけり」(御書1568㌻)と。
 たとえ若過ぎる死や、不慮の死のように見えても、成仏の証は明確に現れる。
 端的に言えば、多くの人びとによって、心から惜しまれる姿である。
 そして、残された家族が護られ、栄えていく姿である。
 家族が強く強く生き抜いていく時、その胸の中に、亡き人は厳然と生き続けていく。
 大聖人は、励ましておられる。
 「乞い願うところは、悲母がわが子を恋しく思われるならば、南無妙法蓮華経と唱えられて、亡き夫君と御子息と同じ所に生まれようと願っていきなさい。
 一つの種は一つの種であり、別の種は別の種です。同じ妙法蓮華経の種を心に孕まれるならば、同じ妙法蓮華経の国ヘ生まれられるでしょう。
 父と母と子の三人が顔を合わせられる時、そのお悦びはいかばかりで、いかに嬉しく思われることでしょう」(御書1570㌻、通解)
 深遠な法理の上に、おとぎのようなロマンの幸福の世界が広がりゆくのが、仏法である。

 6-12 「病によりて道心はをこり候なり」

 御聖訓に照らして、仏法は、病さえも成仏への契機として捉えていくことを教えています。

【池田SGI会長の指針】
◎和歌山県記念総会でのスピーから
        (1988年3月24日、和歌山)

 大病をした人は深い人生の味を知るという。仏法では、「病」も、至高の目的である「成仏」への契機としていけると位置づける。苦しい病気という不幸が、そのまま永遠にわたる絶対的幸福へのステップ台となっていく――。
 御書の有名な一節に「このやまひは仏の御はからひか・そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれて候、病によりて道心はをこり候なり」(1480㌻)と仰せである。
 夫が病気になった婦人に対して、「この病気は、仏の御はからいでしょうか。なぜなら浄名経や涅槃経には″病がある人は仏になる〟と説かれています。病によって、仏道を求める心は起こるものです」とあたたかく激励しておられる。自在な、また大きな、大聖人の智慧と慈愛が胸に迫ってくる御指導である。
 たしかに、ふだんはともかく、病気で苦しければ、だれしも一生懸命、題目をあげ始めるにちがいない。また、そうした苦難のときにこそ、いやまして信心の炎を燃やさねばならない。大切なことは、病気を不幸への出発点とするか、より大いなる幸福の軌道へのスタートとするかである。
 唱題の力は、病を克服する強き生命力をもたらすのみならず、生命の奥の宿業をも転換していく。生命の″我〟を仏界へと上昇させ、崩れざる絶対的幸福の境涯へと、無量の福運を開いていく。
 いわば病気というマイナスを、もとの健康体というゼロにもどすにとどまらず、より大きなプラスの方向へ、幸福の方向へと見事に転じていくことができる。その力用を引きだすものこそ、苦難をも勇んで飛躍の発条《バネ》にする〝不屈の信心〟である。
 どんな病状でも、信心によって、すぐに治癒するか――といえば、いちがいにそうとはいいきれない。その人の宿命の問題もあるし、信心の強弱もある。また、凡智にはわからないさまざまな深い意味がある場合もあろう。
 しかし、信心さえ強盛であれば、必ずや健康の方向へ、幸福の方向へ、成仏の方向へと転じていくことだけは絶対にまちがいない。
 三世の生命から見れば、わが生命は、もっとも良い方向へ、もっとも幸福な方向へと変化しているのである。
 私どもは生あるかぎり、妙法を唱えに唱えぬきながら、広宣流布へ、広宣流布へという情熱の一念を、あかあかと燃やし続けていきたい。
 その鍛えあげられた強き強き信心の「心」こそ、「生死」の苦をも悠然と乗り越えていける唯一の原動力だからである。

 6-13 「老い」への価値観を変える

 「老い」や「病」「死」から目をそむけるのは「心のおごり」の表れであるという釈尊の洞察に触れながら、「老い」をどう捉えるかを語っています。
 ※なお、池田SGI会長は、この〝釈尊の「心のおごり」の指摘〟について、2013年発表の「SGIの日」記念提言でも言及しています(提言の抜粋を付録に掲載)。


【池田SGI会長の指針】
◎『「第三の人生」を語る』から 
             (1998年10月刊)

 仏典に、釈尊が、「生老病死」のうち「老」と「病」と「死」について考えて、「三つのおごり」を乗り越えたという話があります。
 人間には、「老者に対する嫌悪」があるが、これは「若者《じゃくしゃ》のおごり」である。
 「病者に対する嫌悪」があるが、これは「健者《けんじゃ》のおごり」である。
 「死者に対する嫌悪」があるが、これは「生者《せいじゃ》のおごり」である。
 釈尊が示した、この「三つのおごり」は、決して過去の昔話ではありません。
 今、高齢社会の問題が語られ、社会の変化や制度の不備などがあげられています。それはそれで大切なことですが、より本質的には、今の人々に巣食う「心のおごり」に光をあて、人間自体を変えていかなければいけないのではないか、と思います。
 人間は、ともすると自分とは違うものを軽蔑したり、嫌悪したりする場合がある。アメリカのハーバード大学の記念講演(1993年9月、「21世紀文明と大乗仏教」、『池田大作全集』第2巻所収)で語った、〝差異へのこだわり〟です。釈尊は、それを、人の心に刺さった、見がたき「一本の矢」であると表現しました。
 この〝差異へのこだわり〟が、自分の生命の領域を自分で小さくし、ふさいでしまうことになる。今の自分でしか、生きていけないということになる。
 いずれだれもが老い、病み、死んでいくことを考えるならば、現代人が、そうやって老いや病や死から目をそむけているかぎり、自分の未来を自分で閉ざして、否定していることになる。
 「老い」に対する価値観を変えることです。高齢者がもっている大きな人生経験は、本人にとっても、まわりにとっても、世の中にとっても、かけがえのない財産です。
 御書には、中国古代の周の文王《ぶんおう》は、年配者を大切にし、その知恵を尊敬した人であり、〝周王朝八百年の栄えの根本は、この王の治世にある〟と述べられています。
 年配者の円熟味から発せられる言葉には、ハッとさせられるような知恵と重みを感じることがあるものです。美しく光っている人を、私は数多く知っています。
 広布の活動のなかで、崩れぬ自己を築いてきた人は、輝いています。胸をはって、堂々と生きていくことです。

 6-14 生死の苦悩を転ずるために

 御聖訓に照らして、御聖訓に照らして、ここでは、生死の苦悩を乗り越え、永遠に連なる幸福境涯を開くために、今世で「心の財」を積みゆく仏道修行の大切さを語っています。

【池田SGI会長の指針】
◎沖縄青年部代表者研修会でのスピーチから
     (1988年2月19日、沖縄)

 仏教の説話に、こんな話がある。
 あるとき、釈尊のもとに、遠方からやってきた七人のバラモンの長老の修行者がいた。彼らは一つの房に同居していた。ところが、彼らはせっかく釈尊のもとに仏道を求めてきながら、毎日、房に集まっては世間話に明け暮れ、笑い興じながら、その日その日を送っていた。
 そこで釈尊は、七人の修行者を訪ねて説いた。
 「生きとし生けるすべての人は、五事《ごじ》をたのんで、自ら満足している。五事とは、 一には年の若いことを望み、二には容姿が端正であること、三には力が十分にあること、四には財産が豊かであること、五には社会的な身分が高いことを願う。しかし、これらは何のたのみになろうか。あなたたち七人は、毎日、つまらぬ世間話をして笑い暮らしているが、いったい何をもって安住していられるのか」
 そして釈尊はさらに、人生は無常迅速であること、人生には生老病死の「四苦」があることを説いて教えた。これを聞いて、七人の修行者たちは、初めて自分たちはここで何をすべきかを知り、心を改めて、修行に励むようになったという。(法句譬喩経)
 「お前たちは何をたのみに生きるのか」――これが釈尊の問いであった。この人生を何を糧として生きるのか。
 日蓮大聖人は「蔵の財《たから》」「身の財」「心の財」という三つの〝人生の宝〟を示されている。(御書1173㌻)
 この説話の中の「五事」とは、いわゆる「蔵の財」「身の財」にあたるといえよう。
財産はいうまでもなく「蔵の財」である。若さ、容姿、健康や能力などの力、地位・身分や名声は「身の財」である。
 いずれも人生と生活上の価値であり、それらを求めることは一面、当然のことともいえるかもしれない。しかし問題は、それらがはたして人生の真実の〝宝〟であり、永遠の〝糧〟であるかどうかである。
 具体例をあげるまでもない。財産があるために、ねらわれたり、殺されたりする人もいる。美しいために妬まれ、またおとしいれられる女性も少なくない。
 名声や力があるがゆえに心おごり、人生をあやまる人、地位が高いために、権力の魔性に心破られてしまう人等々、私どももよく目にするところである。こうしたなかには、何ひとつ永遠に続く〝宝〟はない。
 とすれば、「蔵の財」「身の財」は、決して真実の幸福をあたえてくれる〝人生の糧〟とはいえない。少なくとも、それらのみでは、人は本当の満足の人生を生きることはできない。
 人は何で生きるか。大聖人は「心の財第一なり」(御書1173㌻)と端的に教えてくださっている。
 この「心の財」とは「信心」である。「信心」こそ人生の永遠の〝宝〟であり〝糧〟である。「信心」には、無量の功徳、無辺の福運が含まれている。国土をも変革しゆく宇宙大の力用が秘められている。つきぬ歓喜と、絶大なる智慧と慈悲との源泉であり、「蔵の財」「身の財」をもすべて永遠の幸福へと生かしきっていけるのである。
 諸君はすでに、この最高の〝人生の糧〟をもっている。あとは、その無限の力をどう引きだすかである。
 人生は、はやい。逡巡したり、愚痴や他者への批判にいたずらに時を過ごし、また、みずからの怠惰に負けてしまったりしているうちに、あという間に青春は過ぎ去ってしまう。大切な一日一日である。
 諸君は現実のまっただなかで、たくましく生きぬきながら、同時に〝大宇宙〟を仰ぎ、〝永遠〟に思いをはせる広々とした境涯で、一日が千年にも千劫にも通じるような、充実の青春と人生を送っていただきたい。


付録
第38回「SGIの日」記念提言
「2030年へ 平和と共生の大潮流」から
     (2013年1月26日「聖教新聞」掲載)

 仏法の成立にあたって、その出発点に横たわっていたのも、〝さまざまな苦しみに直面する人々に、どう向き合えばよいのか〟とのテーマでした。
 何不自由のない生活が約束された王族に生まれた釈尊が、若き日に出家を決意するまでの心境の変化は、四門出遊の伝承に凝縮した形で描かれています。しかし釈尊の本意は、生老病死を人生に伴う根本苦として、無常をはかなむことにはなかった。
 釈尊は後に当時の心境について、「愚かな凡夫は、自分が老いゆくものであって、また、老いるのを免れないのに、他人が老衰したのを見ると、考えこんで、悩み、恥じ、嫌悪している──自分のことを看過して」との思いがよぎり、病や死に対しても人々が同じ受け止め方をしていることを感じざるを得なかったと回想しています(中村元『ゴータマ・ブッダ』I、『中村元選集[決定版]』11所収、春秋社)。
 あくまで釈尊の眼差しは、老いや病に直面した人々を──それがやがて自分にも訪れることを看過して──忌むべきものと差別してしまう〝心の驕り〟に向けられていたのです。
 であればこそ釈尊は、周囲から見放された高齢の人や、独りで病気に苦しんでいる人を見ると、放っておくことができなかった。
 それを物語る逸話が残っています。
 ──一人の修行僧が病を患い、伏せっていた。
 その姿を目にした釈尊が「汝はどうして苦しんでいるのか。汝はどうして一人で居るのか」と尋ねると、彼は答えた。「私は生まれつき怠けもので、[他人を]看病するに耐えられませんでした。それで今、病気にかかっても看病してくれる人がありません」
 それで釈尊は「善男子よ。私が今、汝を看《み》よう」と述べ、汚れていた敷物を取り換えただけでなく、彼の体を自ら洗い、新しい衣にも着替えさせた。
 その上で釈尊は、「自ら勤め励みなさい」との言葉をかけ、修行僧は心も身も喜びにあふれた、と(玄奘『大唐西域記』水谷真成訳、『中国古典文学大系』22所収、平凡社)。
 思いもよらない献身的な介護もさることながら、釈尊が他の健康な弟子たちにかけるのと何ら変わらない言葉を自分にもかけてくれたことが、尽きかけようとしていた彼の生命に〝尊厳の灯火《ともしび》〟を再び燃え立たせたに違いないと、私には思えてなりません。
 その上で、この逸話を、他の経典における伝承と照らし合わせると、もう一つの釈尊の思いが浮かび上がってきます。
 ──釈尊は、修行僧の介護をした後、弟子たちを集めて、次々と尋ね聞いた。その結果、修行僧が重病に苦しんできたことも、どんな病気を患っていたかも、弟子たちが以前から承知していたことを知った。
 にもかかわらず、誰一人として手を差し伸べようとしなかったのはなぜか。
 弟子たちから返ってきた答えは、修行僧が病床で語っていた言葉の鏡写しともいうべき、「彼が他の修行僧のために何もしてこなかったので、自分たちも看護しなかった」との言葉だった(「律蔵大品」から趣意)。
 この答えは、現代的に表現すれば、「日頃の行いが悪いから」「本人の努力が足りないから」といった自己責任論に通じる論理といえましょう。それが、修行僧にとっては運命論を甘受する〝あきらめ〟となって心を萎えさせ、他の弟子たちにとっては傍観視を正当化する〝驕り〟となって心を曇らせていた。
 そこで釈尊が、弟子たちの心の曇りを晴らすべく、気づきを促すように説いたのが、「われに仕えようと思う者は、病者を看護せよ」(前掲『ゴータマ・ブッダ』I)との言葉でした。
 つまり、仏道を行じるとはほかでもない。目の前で苦しんでいる人、困っている人たちに寄り添い、わが事のように心を震わせ、苦楽を共にしようとする生き方にこそある、と。
 ここで留意すべきは、そうした過程で尊厳の輝きを取り戻すのは、苦しみに直面してきた人だけでなく、その苦しみを共にしようとする人も同時に含まれているという点です。
 生命は尊厳であるといっても、ひとりでに輝くものではない。こうした関わり合いの中で、他者の生命は真に〝かけがえのないもの〟として立ち現れ、それをどこまでも守り支えたいと願う心が自分自身の生命をも荘厳するのです。
 また釈尊が、先の言葉で「われ(仏)」と「病者」を等値関係に置くことで諭そうとしたのは、病気の身であろうと、老いた身であろうと、人間の生命の尊さという点において全く変わりはなく、差別はないという点でした。
 その意味から言えば、他人が病気や老いに苦しむ姿を見て、人生における敗北であるかのようにみなすことは誤りであるばかりか、互いの尊厳を貶めることにつながってしまう。
 釈尊の思想の中で「法華経」を最重視した日蓮大聖人は、「法華経」において生命尊厳の象徴として登場する宝塔の姿を通し、「四面《しめん》とは生老病死なり四相《しそう》を以て我等が一身の塔を荘厳するなり」(御書740㌻)と説きました。
 つまり、宝塔を形づくる四つの面は、生老病死に伴う苦しみを乗り越えていく姿(四つの相)をもって輝きを増すのであり、一見、マイナスでしかないように思われる老いや病、そして死さえも、人生を荘厳する糧に昇華できる、と。
 生命の尊厳といっても、現実のさまざまな苦悩を離れて本来の輝きを放つことはできず、苦悩を分かち合い、どこまでも心を尽くす中で、「自他共の幸福」への道を開く生き方を、仏法は促しているのです。
2014-12-25 : 池田SGI会長指導選集 :
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