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生命の光 母の歌 最終章 未来へ喜びの交響曲を

最終章 未来へ喜びの交響曲を (2014.5.11/12/13付 聖教新聞)

青年よ自分らしく光れ

サイフェルト この語らいに、読者の皆さんから寄せられた、たくさんの反響を伺いました。本当にうれしいです!
 以前に池田会長が紹介された、目の見えないご両親を支える(中学生の)お嬢さんからも手紙を頂戴し、涙する思いで拝見しました。自分もそうでしたから、彼女がどれほど苦労してきたか、よく分かります。そして、ご両親からたくさんの愛情を受けて育ってこられたことも、よく分かります。
 彼女のように、人一倍。苦労をしている若者には励ましが必要です。温かく励ましていけばいくほど、その人は大きく人生を開いていくことができるのです?

池田 博士はすぐに返事を書かれ、激励してくださいました。その真心とスピードに、博士から手紙を預かったSGIの婦人部のリーダーが深い感銘を受けておりました。
 人一倍苦労しているといえば、今の季節、私か心から声援を送りたいのが、新たな職場や学校で奮闘する皆さんです。
 ちょうど日本は4月に新年度が始まったばかりで、彼らの凜々しい挑戦の姿が光っているのです。
 私も、大切なフレッシュマンたちに「清々しい挨拶を!」「朝に勝とう!」「愚痴をこぼさず前へ!」の3点の指針を贈ったことがあります。
 実はこの時期、日本では「五月病」という言葉を、よく耳にします。新入生や新入社員の中には、新しい環境になじめず、勉強が手につかなくなったり、落ち込んだりしてしまうケースがあるのです。
 大学卒業者の場合、昨年の調査では、就職しても3年以内に離職する人が3割を超えました。社会全体で取り組まねばならない課題になっています。

サイフェルト 職場の居心地が悪かったり、合わなかったりということもあるでしょう。しかし本来、働くこと自体が大切なのです。仕事に就くことが難しい場合もあります。

池田 いずこの職場であれ、就職の際に抱いていた理想と現実の間に大なり小なりギャップがあります。そこをどう受けとめていくか。これは時代を超え、国を超えて、共通する青年の課題でしょう。
 私の恩師・戸田城聖先生は、仕事について悩む青年に信仰の実践の大切さを教えるとともに、先師の牧口常三郎先生が提唱した「美」「利」「善」の価値論を通して、次のように励まされていました。
 ──職業は、「自分が好き(美の価値)であり、得(利の価値)であり、社会に貢献できる(善の価値である)仕事」に就くのが理想だが、現実はそうはいかない。だからこそ青年らしく、へこたれずに、まず今の職場で、“なくてはならない人”になるよう全力で努力することだ。そうすれば最後には、自分にとって「好きであり、得であり、社会に大きな善をもたらす仕事」に到達できる。途中で重ねた苦労は全部貴重な財産になるよ──と。
 誰にも、自分にしかない使命がある。しかし、その使命は「いつか」「誰か」が教えてくれるわけではありません。特に若い時は「学びの時代」「鍛えの時代」と捉えて挑戦していくことです。
 もちろん、職場等での理不尽な待遇などに黙って我慢しろという意味ではありません。自分一人で抱えず、しかるべき人に相談していくことが大事です。
 スイスの思想家ヒルティは“仕事の上手な仕方”のポイントの一つに、「思いきってやり始めること」を挙げていました。〈草間平作訳『幸福論 第1部』岩波書店〉
 私の体験の上からも、そう思います。

サイフェルト その通りですね。働くことに関連して、私には息子がいるのですが、まだ主人が健在だったころ、大学を無事卒業して喜んでいた息子に「何か私たちが手助けできることはない?」「これから何がしたい?」と聞いたことがあります。すると、「まあ、本当のところ、まずは世界を見て回りたいなあ」なんて言ったのです!(笑い)
 当然、そんな考えには同調できませんでした。

池田 ご子息が今、立派に成長され、貴国で社会貢献の職務に就いておられることは、よく伺っております。

サイフェルト 私は常に仕事に責任を持ち、自分の力で人生を切り開くことを第一義に考えてきました。人が何らかの地位を得て、他の人々のために貢献できるということは、本来、神からの恵みであり、天与のたまものなのです。
 人は、自分自身に対する責任について免責されるべきではないと思います。なぜなら、それこそが生きる意味そのものだからです。人は張り合いや責任感がなくなると、自分自身の存在自体に疑問を持つようになっていきます。ですから、子どもたちには、より早い時期から人生の厳しさや本来の生きる意義を理解させることが大切だと思います。
 それがいかに重要かということは、私自身の経験からも言えます。子どもや青少年を教育するということは、若い人たちに「生死《しょうじ》」や「自身の環境や他者に対して負うべき責任」に関して考えるチャンスを与えるということなのです。
 困難は全て、克服するためにあるのです。私自身、さまざまな苦労をねてきましたが、自分が今まで歩んだ人生を取り換えようとは思いません。この人生が一番いいと思っています。

池田 自分の人生に悔いはない。一番良かった──そう言い切れることこそ、大勝利の人生の証しでしょう。
 かつて対談した日本の実業家・松下幸之助氏(松下電器産業〈現・パナソニック〉創業者)は「若い時の苦労は、買ってでもせにゃ、あきまへんな」と語っておられました。松下氏ご自身が小学校を中退して働き、大変な苦労をして事業を起こし、世界的に発展させていかれた方でした。“経営の神様”と仰がれてきました。
 人生は、働き、苦労すること自体に大きな価値がある。たとえ財産があっても、楽をし、遊んでばかりの人生では、退屈で空虚なものになってしまう。それではかえって不幸です。
 また、博士のご家族がそうであったように、親は子に、折に触れて、人生の苦難と戦った自身の体験や信念を伝えていくことが大切ですね。それは特に、子どもたちが社会に出るに当たって、何よりの“心の宝”の贈り物となるでしょう。
 私の恩師は「艱難汝を玉にす」という言葉がお好きでした。
 私は21歳の時から恩師の会社で働きましたが、師はあえて一番大変なところ、一番苦労するところに私を就かせました。後になって、その意味がよく分かりました。本当にありがたい師でした。

サイフェルト 子どもたちには「仕事があることは幸福なのだ」と教えていくべきなのです。
 確かに、今日のヨーロッパを見れば、残念ながら、博士号まで取っでも、勤め先の無い学術者があふれかえっており、困難な時代です。
 子どもたちが親に対し、自分たちの境遇が親に比べて、ずっと悪いと訴えるケースも増えているようです。“確かに最初は何もないところから始めたかもしれないけれど、今はいい暮らしをしているじゃないか”“それに比べて、子ども世代は何不自由ない生活から突然、困難な状況に置かれてしまっている!”とさえ言うのです。
 なぜこのような見方をするのか、背景を探る必要があると思われます。

池田 今、若い世代を取り巻く雇用環境は、実に厳しい。
 国際労働機関(ILO)によれば、2013年は、世界全体の失業者が初めて2億人を超えて2億200万人(失業率は6%)に達しました。中でも若者の失業率は全体の2倍以上の13%を超え、世界全体で約7450万人の25歳未満の若者が失業中と言います。また、1日に1.25ドル以下で暮らさざるを得ない労働者(ワーキングプア)は、改善されつつあるものの、3億7500万人にものぼると推定されています。
 多くの若者が、定職がない、低賃金、劣悪な職場環境、不安定な雇用形態、男女間の待遇の格差などで苦しんでいます。
 私は今年の「SGIの日」記念提言でも、国連の新しい国際共通目標として「青年」という分野も含めることを訴えました。
 そして、①「ディーセント・ワーク」(働きがいのある人間らしい仕事)の確保に各国が全力を挙げること②社会が直面する問題を解決するプロセスに「青年の積極的な参加」を図ること③国境を超えた友情と行動の連帯を育む青年交流を拡大すること──を目標に設定するよう提案しました。
 青年が、自分らしく、自らの夢に向かって力を発揮していける社会の基盤をつくらなければなりません。
        ♪
サイフェルト 素晴らしい提案です。
 もう一つ、若者が自分らしく力を発揮するという点で、聖書には「隣人を自分と分け隔てなく愛せよ」とありますが、実のところ自分自身を愛することは非常に難しく、それは多くの人が抱えている問題でもあると思います。
 大切なのは、自己の価値を認め、自分を好きになり、少なくとも自らを受け入れることではないでしょうか。そうすることから、希望が生まれます。そうすれば、ちょっとしたことで簡単に傷ついてしまうような脆さはなくなると思うです。
 私自身、非常にそのことで悩んでは闘ってきました。時には心を強くして、精神的暴力から身を守らなければならないこともありました。その際、同じような考えを持つパートナーが身近にいれば緩和されるでしょうが、独り身だったら少なくとも良き友人が必要です。これは自己の限界を破っていくために通らなければならない道です。私自身もそうでした。

池田 私の恩師は、青年に「自分自身に生きよ」と言われました。
 自分の中には尊極なる“仏の生命”がある。幸福の源泉がある。そう説いたのが仏法です。
 運命と戦い、人生を切り開いていくのも自分です。そう決めて、自分らしく生き抜く人は、いかなる毀誉褒貶にも惑わされません。全ての縁を生かしていくことができます。
 今、お話があったように、青春時代は“良き友”の存在が大切です。
 仏法でも「蘭室の友(蘭の香りのように人徳の薫り高い人)”との交わりで、蓬のように曲がっていた心が感化を受け、麻のように真っすぐ素直になる」との譬えが記されています。
 良き友との交流を通し、人はより良い人生の道を進むことができる。自分では気づかない自分の長所や強さを発見でき、自他共に輝いて生きていくことができる。良き友人を持った人生は幸福です。

全ては一人の変革から始まる

サイフェルト 今日、近代的な技術により、若い人たちにとってネットワークを築いたり、世界的なスケールでコンタクトを取り合ったり、情報を共有し合ったり、新しいことを知り、それに取り組んだりすることが、20年、30年前に比べて簡単にできるようになりました。
 差異というものは、いつの時代でもありますし、あって当然です。各人が、自身のアイデンティティーと文化的価値を持ち続けながら、隣人(他者)とその文化的環境を理解、尊敬し、違いを尊重しながら、共通項を見いだし、“共存”する努力をしていくことが要請されています。

池田 自分たちの文化を大切にしながら、相手の異なる個性や文化を認め、尊重し、良い面を学び合い、吸収し合っていくことは、グローバル社会を生きる私たちが心すべき要諦ですね。
 閉鎖的では、硬直化し、独善的になりかねない。“開かれた心”で交流してこそ、自身の可能性の新たな発見もあるのではないでしょうか。
 これからの青年のために、視野を広げ、心の世界を大きくする機会を、一段と増やしていきたいものですね。
 サイフェルト そう思います。私には義理の娘がいます。彼女は上海出身の中国人ですが、私たちの間には、日常の些細なこと、意識しないところでも、まだまだ文化的な違いがたくさんあることに気づかされます。
 しかし、だからこそ、正面から向き合うことが大事なのだと思います。つまり、ばかにされたと感じるような時も、いじけるのではなく、文化の違いから生じる差異をすぐに理解できずに異論がある場合には、オープンに意見を述べ合うことが重要です。
 そうした意味において、若いうちに自国以外の文化についても、知っていくことが非常に重要になってきます。外国語の習得も、自身の視野を広めることになると言われますね。専門分野の領域を超えた学生間の交流を、より推進していくことが望まれます。
 かつて、息子が日本へ学びに行く機会がありました。それは当時、高校修了資格試験を終えたばかりの彼にとって、その後の将来を左右するほど、大変貴重な体験になったのです。
 文化は、人間を人間たらしめるものです。そして文化的な教育は、これで十分施したということはできません。ここで言う「文化」とは、了見の狭い、偏狭な意味合いの「民族の文化」ではなく、「世界市民としての文化」です。
        ♪
池田 深く共感します。創価教育が志向してきた大きな焦点です。今年の「SGIの日」記念提言でも、「青年」と共に「世界市民教育の推進」を国連の国際共通目標とするよう、提唱しました。これは時代の流れではないでしょうか。
 アメリカ創価大学で進めている多様性を重んじた教育について、昨年行われた、ある雑誌の調査では、アメリカに約250校あるリベラルアーツ(一般教養)大学の中で、米国外からの留学生の割合で1位、人種の多様性(留学生を含まない)で5位、在学中に米国外への留学を経験する比率が100%で1位であると評価されました。
 日本の創価大学でも現在、47カ国・地域の148大学と学術協定を結ぶなど、世界市民教育に力を注いでいます。
 この4月には、待望の「国際教養学部」を開設しました。幅広い教養と専門性、高度な英語運用・コミュニケーション能力を備えた「グローバル人材」を育成するのが目的です。
 創価大学からは、貴国のクラーゲンフルト大学にも多くの留学生を送り出すことができました。同大学評議会の一員であられたご主人のウンカルト博士が、両大学の交流に尽力してくださったご高恩は、一生忘れません。

サイフェルト ありがとうございます。夫が、かなり関わった事業です。今も喜んでいるでしょう。
 平和のため、未来のために、私たちは、どこまでも沈黙してはいけません。いくつになっでも、言わなければならない時は、発言しなければなりません。そしてそういう時、私はいつも創価の皆さまから力をいただいているのです。
 人の一生は本当に短すぎると思います。年を重ねれば重ねるほど、自身の残された時間を過ごすのに、より慎重になっていくものです。だからこそ、たとえ社会の第一線を退いた世代でも、「自分の人生はまだまだこれからだ」と決意し、前向きに生きていくことが大切です。私も、自身の文化的な人間形成ということを、四六時中、念頭に置きながら、学び続けています。
 若い世代に継承することだけでなく、自分自身が、スポンジが水を吸収するように成長し続けていく。そして語っていくことが大切だと思っています。

池田 同感です。共に対談集を発刊した、平和学者エリース・ボールディング博士が、私に言われていた言葉を思い出します。
 それは──今日という日は、満100歳の人たちが100年前に生まれた日であり、また100年後に満100歳となる赤子が生まれている日でもある。
 私たちは、「200年」の範囲に生きる人々と共に、皆で「より大きな共同体の一部」をなしている。
 「私たちはこの一生の中で、若者から年配者にいたるまでの、何と多くのパートナーに接することでしょう」──と。
 ボールディング博士は、大変な闘病の中、亡くなる最期まで平和への志に生き抜かれました。お見舞いに訪れた次代の女性リーダーには、このように語り残されたと伺いました。「平和の文化は、放っておいては実現しません。自分かつくらなければ。一緒にやるのです」「歩みを止めないで! 自身がやっていることに喜びを持って!」と。

サイフェルト 感動しました。心から共感します。
 思い出したことが一つあります。面白い物語です。
 ──あるところに、2人の駆け出しの聖職者がいました。
 彼らは、生命がいつから始まるのか、つまり生殖の段階なのか、出生時なのか、議論していました。
 そばのベンチに老婦人が座っていました。聖職者たちは「彼女なら知っているだろう。聞いてみよう」と言って質問します。
 「私たちは、人生が一体いつ始まるのかと思案しているところなのですが、あなたはどのようにお考えになりますか」
 老婦人の答えはこうでした。「そりゃあ、子どもが成長して巣立っていって、夫と飼い犬が亡くなった時さ」と──(笑い)。
 そう、その老婦人は、まさにその時点から自分の人生について考え、そして彼女自身の人生を“生きる”時間を得たのです。

池田 難しい哲学の言葉は使わなくても、現実の大地に根を張ってたくましく朗らかに生き抜いてきたおばあちゃんにはかなわない(笑い)。どこの国でも、母は偉大です。
 日蓮大聖人が、門下の女性に「年は・わか(若)うなり福はかさなり候べし」(御書1135㌻)と激励されたお手紙もあります。
 正しい信仰を貫き、行動していけば、年齢を重ねるごとに、いよいよ若々しく、福徳が増していく、と教られています。誰もがそうした人生を歩んでいきたいと心の奥深くで願っているのではないでしょうか。
 今日のSGIを築いてこられた多くのお母さんたちは、年配になっても、若々しい心で、人々のため、社会のために、尽くしてくれています。

サイフェルト 私はSGIの婦人部の方々から、たくさんの精神の宝をいただきました。多くの力をいただきました。このことを、感謝の思いを込めて言わせていただきたいのです。感謝することは、何かをお願いすることより非常に大切なことです。
 東京の信濃町に、素晴らしい、新しい建物──「広宣流布大誓堂」が落成したとも伺いました。
 あらためて、おめでとうございます!
 日本に行くと、いつも本当に温かい世界に触れて、幸せを感じます。ぜひまた創価学園や創価世界女性会館などを訪問したいと、強く願っています。

池田 オーストリアのSGIの婦人部の皆さんも、博士のような偉大なリーダーからさまざまに学ぶ機会をいただき、心から感謝し、喜んでいます。
 日本の各地の女性リーダーも、博士との出会いの思い出を今も懐かしく大切にしています。

サイフェルト ありがとうございます。
 私は「奇跡を信じないものは現実主義者ではない」という言葉を座右の銘にしています。偏狭で近視眼的になった学者や、自分の考えのみによって全てのことを判断してしまうような人たちが、これに該当します。本当に気の毒です。都会から離れた地域にいる農家の女性のほうが、はるかに精神的に富んでいます。
 例えば、乳母車にいる子どもの手から人形が滑り落ちてしまって泣いていたら、(その悲しみに同苦して)空の星が震えている──そんな捉え方ができるのです。
 “重大な”政治的出来事や経済的動向などより、人生に起こる些細で劇的な出来事こそが、実は世界をも揺り動かしているということを感じて、最も重要視していくべきと思うのです。

池田 豊かな感性が伝わってくるようです。「アフリカの環境の母」と讃えられたワンガリ・マータイ博士とお会いした際、印象的な話をされていました(2005年2月)。
 博士が幼き日、母に「どうして空は落ちてこないの」と聞いたところ、「周囲の山々にいる大きな水牛の大きな角が空を支えているから」と答えてくれ、とても安心できたそうです。自然がどれだけ人間を守っているか、そのありがたみが子ども心に鮮やかに刻まれていった。それが後に、あの4000万本もの植樹運動に結実しゆく揺籃となっていったわけです。
 小さいことのようで、それがその人の心の奥底を動かし、人生を方向づけていく出来事があるものです。それは、いわゆる哲学や科学や政治、経済などの次元だけでは捉えきれない人生の実像です。
 恩師は、よく言われていました。
 「いかに優れた思想、哲学でも、たった一人の人間を救うことさえ容易ではない。できたとしても、せいぜい気休めの慰めぐらいのことではないか。ましてや、一国を根底からまるまる見事に救ったことなどない」──と。
 だからこそ、一人の人間生命の尊厳性と可能性を信じ抜き、その人間革命を目指すことから全てを出発する創価の運動の深い意義もあり、平和・文化・教育の活動へ展開する必然的要請もあると思っております。

芸術の力で 対話の力で 理解と友情の橋を架けよ

池田 ゲーテは高らかに歌いました。
 「大いなる誠実な努力も ただ たゆまずしずかに続けられるうちに
 年がくれ 年があけ
 いつの日か晴れやかに日の目を見る
 芸術も同じだ また学問も
 しずかに まじめに はぐくまれ
 ついには永遠に模範的なものが
 すべての者の財産となる」(内藤道雄訳「敬愛するフランクフルトの18人の友に」、『ゲーテ全集2』所収、潮出版社)──と。
 わが創価の同志の中にも、音楽をはじめ、芸術の分野で奮闘する友が多くいます。日々、たゆまず努力を重ね、使命の花を爛漫と咲かせています。信仰によって自身を向上させながら、心を鍛え、技を磨き、創造の道を歩んでいます。
 博士は芸術家として、常にどういうことを心掛けてこられたのでしょうか。

サイフェルト 芸術家は、それぞれが違った個性を持っています。
 真の芸術家は、内面においても、それが画家であろうと、演奏家であろうと、何であろうと、自分に与えられた才能を、きちんと認識しているということでしょうか。そして、それは自身の芸術と真摯に向き合い、人間としても、他の人に何かを伝えていくという責任と結びついているのです。そのためには、どれだけ自分を開くことができるかも問われてきます。
 私について言えば、「声」ということになります。
 声は他の人と交換できないものです。技術や技量によって、人に何かを与えたり、贈ったりすることができます。それは全て心から発せられるものであり、他の人に笑顔や喜びを届け、感動を与えることが可能なのです。
 本当に素晴らしいことだと思いませんか? 不思議ですね。なぜなら、それができるのは天与のものなのですから。
 だから私は、コンサートの前には、自らが感じ取ったことを他の人にも伝えられるよう、力を与えてください、と祈るのです。
        ♪
池田 よく分かります。
 仏法の最高の経典である「法華経」には、苦悩渦巻く娑婆世界で“天の音楽”を奏でながら、人々に限りない希望と勇気を贈る「妙音菩薩」が登場します。
 芸術家の使命は計り知れません。民音(民主音楽協会)の音楽事業は、世界の芸術家と手を携えて、平和と文化の交流の舞台を民衆の大地に広げ、人類の心を結んできました。

サイフェルト 私も、東欧の国境が鉄のカーテンで隔てられていた難しい状況下で、文化の交流に取り組みました。とても難しい時代でした。妥協を迫られたことも多々ありました。
 ただ、交流やプロジェクト、または私のアイデアに賛同して協力してくださる方々は、いつもいました。共産主義体制における著名人の中にも、人間性を失わずにいた人たちがいましたので、その方々とは本当に素晴らしい文化的なプロジェクトを実施することができました。
 しかし、私たちの支援者は、それぞれ本国の共産圏陣営で重要な地位に就いており、かなり危ない橋を渡りながら援助してくださっていたことも確かです。その方々の協力の下、大勢の芸術家、とりわけ、体制派に属さない芸術家を数年にわたって招聘することができたのです。

池田 冷戦下の厳しい状況が続く中で、今では想像もつかない困難があったことでしょう。
 そうした中でも、イデオロギーや体制の違いを超え、同じ平和を願う人間として、文化の交流、芸術の交流を行ってきたこと自体が、一条の光明だったのではないでしょうか。
        ♪
サイフェルト ええ。もちろん、そこには、研ぎ澄まされた感覚で、絶妙な駆け引きが必要とされました。お互い、それまでに築き上げてきた信頼の基盤があったからこそ、実現したのです。
 いかなる協力・提携関係においても、一番大切なのは、それが相互の信頼や尊敬の上に成り立つていることなのです。
 彼らとの数十年にわたるお付き合いの中で、心に残る出会いが数多くありました。そこで知り合った芸術家は“またここにお招きしたい、もう一度ここで何かしていただきたい”と思う方々ばかりでした。
 彼らの一番の功績は、何といっでも人々に希望を与えたことです。それはあたかも、いつもは閉ざされた世界にあって、窓が開いているかのようでした。

池田 貴重な歴史の証言です。
 迂遠のようでも、国や立場を超えた人間交流、市民交流こそが平和の基盤となり、共生の未来への潮流を生み出します。これは、私自身が各地で交流を重ねる中で実感してきたことでもあります。
 初めてソ連を訪問した(1974年)、モスクワの宿舎のホテルで「鍵番」をされていた無口なご婦人との出会いを思い起こします。お会いするごとに妻の方からあいさつの声を掛けて、親しくなりました。
 「私たちの訪問は平和のためです」と語ると、彼女はポツリと言いました。
 「私の夫も戦争で死んだのです」と。平和を願う心が響き合う語らいとなりました。
 いずこの国であっても。人間には「生老病死」の現実があります。病気の苦しみ、生活の苦労、愛する家族との死別──人間に光を当ててみれば、誰しも何らかの苦悩があるものです。その次元に立って心を開けば、必ず理解し合えます。そして対話を重ねていけば、変化が生まれます。
 対話はあらゆる差異を超えて、相互理解と友情の橋を架ける──これが私の揺るがぬ確信です。

サイフェルト 本当にそう思います。私自身も、とても大切にしてきた点ですし、常に橋を架ける役割に徹してきました。橋は“架け過ぎる”ということはありませんから。
 あらためて、民音の公演で訪れた日本では、素敵な経験をすることができました。聴衆も素晴らしかったです。日本の皆さんは本当にいい人たちです。
 日本とヨーロッパ、オーストリアでは、人との付き合い方が全然違います。ヨーロッパでは、どちらかというと、誰かが近寄ってくるのを待っていて、仲良くなるのに時間がかかります。日本ではすぐに親しくなることができ、よく一緒に笑ったりもしました。

池田 民音について過分なお言葉をいただきましたが、民音の半世紀にわたる音楽文化運動は、一流のアーティストや識者の協力はもとより、日本各地の推進委員の方々をはじめ、多くの真心の庶民による崇高にして真剣な支援によって進められています。創立者として、感謝は尽きません。

サイフェルト それは素晴らしいことです。
 「橋を架ける」ことについて、ゴットフリート・ベンの素敵な詩がありますね。“人生というものは、流れる川に橋を架けることである”
 川は常に流れては涸れ、また新たに流れを作る。そこに橋を架け続けるのだ、すなわちどんな変化があっても、前途を開く努力を続けていくのだ、と。これは私にとっての処世訓といっても過言ではありません。

池田 感銘しました。
 音楽は、いかなる困難な壁をも超え、世界を結ぶ──それが私たちの体験であり、実感です。決意であり、信念です。
 今、私の胸には、貴国の大詩人リルケの叫びが響いております。
 「光のきらめきのなかで 生き 創れ」
 「立て 身を伸ばせ 光へ向って!」(田代崇人訳「光へ向って」、『リルケ全集第1巻詩集I』所収、河出書房新社)
 闇が深ければ深いほど、暁は近い。不安や絶望が深まるほど、平和と幸福への願望は強まります。
 その時に、人々を結合させ、希望の光源となる文化の役割が、いかに大きいか。
 これでいったん、対談は終わりますが、私たちの平和への戦いは続きます。
 これからも、未来へ向かって、“生命の讃歌”“喜びの交響曲”を奏でゆくような楽しい対話を繰り広げていきましょう!
 サイフェルト博士ご一家のますますのご健勝とご活躍を、妻と共に心より祈っております。
 長い間、本当にありがとうございました。           (完)
2014-05-15 : 生命の光 母の歌 :
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