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生命の光 母の歌 第6章 「生も歓喜」「死も歓喜」の旅路を

第6章 「生も歓喜」「死も歓喜」の旅路を (2014.3.5/6/7付 聖教新聞)

所願満足の人生を飾れ!

池田 ♪蛍の光 窓の雪 書《ふみ》読む月日 重ねつつ……
 この歌は「蛍の光」といって、ちょうど今の時期、日本の学校では卒業式が行われるのですが、そうした場でよく歌われてきたものです。
 これはもともとスコットランドで、詩人ロバート・バーンズの詩に合わせて歌われてきた民謡です。私が親交を重ねてきたグラスゴー大学のマンロー博士と、その原詩をめぐって語り合ったことがあります。
 「さらば握手を こころの友/さらば握手を まことの友」(岡地嶺訳)──。
 博士は「友人が集まると歌う歌です」と語っておられました。同席されていたフィリピン大学のアブエバ元総長もご一緒に、互いの友情と重なり合う詩歌を味わいました。
 日本で歌われる歌は、原詩から歌詞の表現自体は改まっていますが、麗しき友情に支えられた青春の門出という意味で、この季節に合った歌といえましょう。
 この時期は、私にとっても、創価学園や創価大学などで立派に成長した卒業生たちを送り出す季節です。新たな舞台へと清新な息吹で進みゆく若人に勝利あれ! 幸福あれ! 栄光あれ! と祈りつつ、見守っているのです。

サイフェルト
 そうでしたか! とても余情豊かなお話です。
 池田会長はいつも、生命のエネルギーというか、大きな心で青少年をはじめ人々を包み込まれていますね。とても素晴らしいと思います。
 創価教育の同窓生とも、例えば親を亡くされた時などは “負けてはいけない! 偉く、立派になるんだ! 朗らかにやっていきなさい”と励まされるなど、こまやかなやりとりをされていると伺いました。本当に素晴らしい激励の数々です。
 会長はいつも、「人生と生命にとって、最も大切なものは何か」を教えられています。それは一度触れた人の心に、生涯にわたって残りゆくものと思います。
        ♪
池田 恐縮です。私のことはともかくとして、特に苦悩する人に寄り添い、徹して励ましゆくことは、仏法で説く「抜苦与楽(苦を除き楽を与える)」です。日蓮大聖人が一貫して示されたものでした。
 7歳の時に父と死別した青年には、「他人は五十、六十になり親子で同じ白髪になる人もいるのに、自分は若い身で親と早く別れ、いろいろ教えてもらえなかったというあなたの御心中を推し量ると涙を抑えることができない」(御書1509㌻、通解)とも仰せになっています。
 この青年は、度重なる激励を胸に、大聖人を師と仰ぎ、父とも慕って、立派に後継者として正義を貫き、人々のため、そして社会の中で活躍していきます。
 大聖人はその姿を、「亡きお父さまも、どれほど草葉の陰で喜ばれているでしょうか」(同1508㌻、趣意)と励まされているのです。

サイフェルト とても共感できます。
 私たちはどんな時も、人を激励していくべきだと思います。たとえその時、自分自身が人を激励できるような状況にはなかったとしても──。それは私自身が持とうとしている姿勢でもあります。
 ところで、今、お話のあった「生死」ということは、私の人生における重要なテーマです。前にも触れましたが、私は幼少期から父の手を引いて(父の仕事場である)葬儀へと出掛けていました。死という現象と深く向き合っていました。「なぜ私たちは人生を生きるのか」「そこにはどんな目的があるのか」と問い始めていたのです。
 特に、年を重ねるごとに、私は、今日が、あるいは明日が、“人生最後の日”になるのでは、と思ってきました。ゆえに「不滅の何か」を求め続けているのです。

池田 博士が生死というテーマについて、若き日から思索を巡らせてこられたことは、この対談でも折に触れて語っていただきました。
 「生老病死」という流転は、誰人たりとも避けることのできない人生の現実です。
 ビクトル・ユゴーは喝破しました。「人間はみんな、いつ刑が執行されるかわからない、猶予づきの死刑囚なのだ」(斎藤正直訳『死刑囚最後の日』潮出版社)と。
 ただ“死の時”がいつであるかを知らないだけだというのです。この現実を逃れられる人は一人もいません。にもかかわらず、多くの人は、この根本の「生と死」という問題を避けて通ろうとする。
 大聖人は「先《まず》臨終の事を習うて後に他事を習うべし」(御書1404㌻)と仰せです。
 死に臨めば、名声や財産なども関係ありません。悔いなく、所願満足の人生の総仕上げをいかに飾りゆくか。
 すなわち「いかに死ぬか」を見つめれば、「いかに生きるか」「何のために生きるのか」と、人はもっと深く、もっと真剣に生き方を考えていかざるを得ないはずです。
        
サイフェルト 本当にその通りですね。
 人生において、両親や兄弟、姉妹を亡くしたりすることも自然の摂理です。
 池田会長は、私が夫を亡くし、悲嘆に沈んだ時期にも、真心の言葉をかけてくださいました。
 「生命は永遠で、死は生命の一部です。ご主人は貴女《あなた》の心に生き続けるでしょう。前に進んでください。もっと強く、さらに強くなってください。貴女自身の生を全うするために、貴女は前に進んでいってください」と。
 ずっと覚えています。この過ぎ去りし14、5年間、まさに私はそうやって生きてきました。
 私の場合は、主人が亡くなることが分かっていましたので、心の準備をすることができました。しかし災害などで突然、近親者を亡くされ、深い悲しみを抱えた方々の気持ちは、本当のところ、経験した当人にしか分からないでしょう。
 慰めることなど本来は不可能であり、その人たちにして差し上げられることは、ただ抱きしめてあげることくらいでしょう。そして、悲しみに静かに寄り添ってあげることくらいです。

池田 おっしゃる通りですね。私は思うのです。今月11日で3年となる東日本大震災の時、あの未曽有の惨事にあって、創価の同志にも、自らが被災されたり、中にはご家族を亡くされながらも、他の被災された人たちに寄り添い、心から励まされ、支え続けた方々がおられました。ご自身もどれだけの葛藤と苦しみ、慟哭の日々があったことか。
 その中で、他の人々のために行動されてきた、この方々の振る舞いや一言一言は、多くの人々の強い心の支えとなったに違いありません。
 この方たちこそ菩薩です。仏です。最高に賞讃されるべき方々です。今日までの一日一日の尊い歩みに感謝は尽きません。
 仏法では「生命は永遠」と説きます。そして「法華経を持《たも》つ人は、同じ霊山に行き、会うことができる。亡くなった人もあなたも同じく法華経を信じられているので、必ず同じところに生まれてきますよ」(同1508㌻、趣意)と示されております。
 家族であっても、友人であっても、生きている間、ずっと一緒にいられるわけではありません。
 しかし、亡き家族、亡き友は、自身の胸の中に常にいる。生死を超えて一体である。
 そして、新しい生命で生まれてくることができる。同じ妙法を信じて、また身近に、一緒になっていける──そのように仏法は教えています。

サイフェルト 心から感動します。
 人は、死を文明から追いやろうとしているといえます。死の存在に気付いても、できれば自分の身には降りかかってほしくない。寿命が延びたことで、ますます、死から目を背ける状態が続いているのではないでしょうか。
 死に関して“何も知りたくない”という姿勢は、全く誤ったアプローチだと思います。死を理解することが、人生を、そして生命を、よりよく知ることにつながるからです。死というものを真摯に受け止めなければならないのです。

確かな生死観が「今」を輝かせる

サイフェルト博士
落ち込んでも頁をめくれば新しい章が始まる。人間の目は常に前を向いています
池田SGI会長
現実と向き合い、価値ある生き方を! 私たちの日々の信仰の目的もそこにある

池田 貴国オーストリア出身の哲学者イリイチ氏は、医学の進展が社会に及ぼした影響の一側面について、こう考察しています。
 「医師が人類と死のあいだにふみ込んだとき、死は四百年前にもっていた密接さや親しみを失っていた」(ロバート・フルトン編、斎藤武・若林一美訳「死と社会の変遷」、『デス・エデュケーション──死生観への挑戦──』所収、現代出版)と。
 この数百年で、死の捉え方が変容し、一面から見れば、、今や人間の病気も死も、医療システムの管理下にあるというのです。もちろん、医学を否定するものではありません。
 ただ、さまざまな病気を医学によって克服でき、寿命も大きく延ばせた半面、生死という問題を自分自身で直視することを避けてきた側面は否めないでしょう。
 ある仏典に、大切な人の死を、どうしても受け入れられない婦人の逸話が記されています。
 男の子を亡くした母親が、生き返る薬を探し歩いていた。悲嘆に暮れる彼女と出会った釈尊は「今まで死者を出したことのない家からケシをもらってくれば生き返らせることができる」と教えた。しかし、そんな家はどこにもなかった。そこで、この母は、死は世の定めであり、皆がその苦しみ、悲しみを乗り越えて生きていることを知ったのです。そして正しい人生の道を求め始めました。
 ともすれば、現代社会は、釈尊と出会う前のこの母親のような考え方が蔓延する社会になっているといえるかもしれません。
 サイフェルト博士が言われるように、確かな生死観を持ってこそ、今を大切に生きようと誓い、より一層、生も輝きを放ちます。自身の人生に大いなる意味を見いだすこともできるのではないでしょうか。

サイフェルト そう思います。ここにカードがあります。主人が亡くなった時、私の考えていたことが書かれていますので、ちょっと聞いていただけますか?
 いわゆる、主や神といった存在への願いの数々です。
 当時、私は、「どうか、生の要諦を理解するために、死の奥義について教えてください」と綴りました。さらに、「主よ、生と死の境界の壁を取り壊し、私たちが彼岸を感じ取ることができるようにしてください。主よ、私たちの死は終わりではなく、円熟なのだと」と。
 もう1枚あります。そこには、こんな死生観が記されています。
 「私は死んだのではありません。境界を破り、新しい岸へ辿り着いたのです。新しい肉体と魂をもって、新しい天と地で、新たに考え、感じていくのです。そこでは、私は、それ以前とは比べものにならないくらい貴方《あなた》たちの近くにいます」と。
 思えば、私がこうした超越的な考えを持つようになったのは、プラトンの(著書『国家』で用いられた)“洞窟の比喩”を知ってからでした。

池田 プラトンは、現実社会で生きる普通の人間を、洞窟の中に拘禁された囚人に例えていますね。
 身動きできない囚人は前方にしか目を向けることができず、後方からの光が洞窟に映す「物の影」のみ見ることができる。ゆえに囚人は「影」を実体そのものと思って錯覚する──。
 この“洞窟の比喩”は、他の識者の方々との語らいでも触れてきました。
 イラン出身の平和学者マジッド・テヘラニアン博士は、「この比喩でいう『拘禁』はすなわち『無知』を譬えたものです。『無知』から自身を解放してはじめて、人は『錯覚の鎖』を脱し、洞窟外の清浄な光を経験できるのです」等と語られていました。
 人類は、この無知の闇、なかんずく根本の生命への無知を、いかに克服していくか──。これが対談の一つの大きなテーマでありました。
 テヘラニアン博士は、生死観についても、一神教のイスラムと仏教では相違があるものの、「両者は深く通じ合うと私は確信しています」と言われていました。
 さらに、「人間は永遠なる自然の一部であることをあるがままに認識できれば、死の恐怖や欲望に結びつく種々の不安から自由になるのです」「そして、そのとき、人は、他者への奉仕に、よりよく献身できるのです。この献身のなかでは、他者の幸福が自身の幸福になるでしょう」とも強調されています。
 西洋と東洋の生死観については、前回、話題になったヨーロッパ統合の父クーデンホーフ=カレルギー伯爵とも語り合いました。伯爵が、西洋を代表する宗教であるキリスト教の生死観を取り上げ、次のように指摘されていたことが、深く心に残っています。
 ──ヨーロッパでは、人生は一冊の本のようなもので、全ページをめくり終わると死がある。
 これに対し、東洋の生死観に重大な影響を与えた仏教の考え方では、生と死は、いねば本の中の1ページであり、ページをめくれば次のページがあるように、常に生と死を繰り返すと考える──と論じられていました。
 さらに伯爵は「多くの教育あるヨーロッパ人は、それに近いものを信じている」と指摘し、仏教とも通ずる来世観である輪廻転生説を持っていたヨーロッパの偉大な哲学者として、ピタゴラスそしてプラトン等の名前を列挙されていました。
 その上で、「大部分のキリスト教徒は、人間は一度だけ生まれるのであって、二度と生まれることはない、と信じています」とも語っておられました。
 ともあれ、幾多の思想や宗教が「生死」という問題を探求してきました。これは人間の歴史における厳然たる事実といえましょう。
 それは、万人の希求でもあったわけです。
        ♪
サイフェルト 繰り返しになりますが、私は自身の生い立ちや両親との関わりによって、早い時期から死という現象に触れ、死の存在を理解するようになっていました。
 それは恐らく、私自身の内面においての理解であり、無意識的なものだったと思います。誰かに言われたり、教わったりしたことはありませんでした。
 しかし、何か他の次元の生命があって、「生」とは、それが、どう有形化するのかというところに帰着すると知っていたのです。
 そして、この考え方に再び巡り合ったのが、池田会長と初めてお会いした時だったのです。
 会長との対話は、まさに協和音を奏でるかのようでした。というのも、ヨーロッパではどちらかというと、「死」や「生死」といったテーマは、静観され、客観視されがちです。できることなら、触れずに思考から追いやってしまいたいという姿勢が主流なのです。

池田 よく覚えています。私は、法華経寿量品の「方便現涅槃(方便もて涅槃を現ず)」との一節を申し上げましたね。
 朝の目覚めから一日が始まり、日中、一生懸命に働く。夜になれば、疲れた体を休めるために睡眠を取る。そして生き生きとした次の日の目覚めがある──それと同じように、今世の尊き使命の人生を終えて、また新たな活力ある生命力を得るために「死」という“方便”の姿を示す。
 こうして「生」と「死」を繰り返しながら、生命は永遠に続いていく。しかも、個々の生命は、大宇宙の生命と律動しており、宇宙の大法則に則って、蘇生と希望のリズムを奏でていく──。
 このように仏法の法理は示しています。

サイフェルト オーストリアでは、昔からそうだったのですが、死は隠蔽するもの、という見方が中心的です。死期を迎えた人たちは、あまり人目につかない小部屋に移され、医師が患者の死を確認する。その瞬間は、人生のネガティブな時と見なされるのです。
 ここがとても大切な点だと思うのですが、死は生命の一部であって、若い世代の人たちに対しても、その点を肯定的な意味合いをもって、真摯に教え伝えるべきです。
 「死」を忘れた人は、「生」を充実させることも忘れます。我々はテレビを見に生まれてきたのでしょうか。人の悪口を言うために生まれてきたのでしょうか。戦争をするために生まれてきたのでしょうか。そんなことはないはずです。「死」を直視する人は、寸暇を惜しんで自分を磨き続けるはずです。

池田 大事な点てすね。私はかつて、アメリカのハーバード大学で「21世紀文明と大乗仏教」と題して講演しました。
 その論点として、近代社会は死の問題から目をそらし、生のプラスイメージに対して、死は悪であり無であり、不条理であり暗である等々、あまりにもマイナスイメージで捉えてきたことを指摘しました。
 しかし、「死を忘れた文明」は、必然的に真の生命の尊厳性を忘れさせ、物質的豊かさや富が全てであると暴走させて、人間の倫理観や道徳観を極端に弱めてしまった。20世紀が「メガ・デス(大量死)の世紀」となってしまったのは、そうした現代文明の延長線上の帰結といえるのではないでしょうか。
 何より、死の問題に真正面から取り組み、生命観、死生観を確立することこそ、21世紀の最大の課題です。
 前にも申し上げたように、仏法においては、死とは次の生への充電期間のようなものであり、決して「忌《い》むべき」ことではないと教えています。信仰の透徹したところ、「生も喜び」「死も喜び」であると説き明かしているのです。

サイフェルト よく分かります。もちろん、生死に関する知識や認識があったとしても、喪失感による心の痛みがあることに変わりはありません。これは自分自身が感じる痛みで、私たちは人間なのですから。
 でも、主人との別れを振り返ると、あのような経験ができたことに対して、神への感謝が湧いてきます。
 たとえ落ち込んでいる時でも肩を落とさず、「よし次だ」とページをめくれば新しい章が始まります。悲しむ必要はないのです。もちろん、どこにいても人は傷つくものですが、実際に人間の目というものは常に前を向いているのであって、決して後ろを向いてはいないのです。

池田 その通りです。
 「生命は永遠」であるがゆえに、希望を持って少しでも前へ、前へと進んでいく。亡きご主人も、その姿を喜び、見守られているに違いありません。何よりも博士は、天職である音楽を通して人々に生きる歓び、希望と勇気を贈り続けてこられました。
 ドイツの音楽家クララ・シユーマンが若き日に綴った言葉があります。
 少々長くなりますが、彼女はこう言っています。
 「芸術はやはりすばらしい天与です! 自分の感情に、音の衣《ころも》を着せるほどすばらしいことがあるでしょうか。悲しい時には、なんという慰めでしょう。また芸術によって、幾多の人に晴れやかな時をつくってやるということは、なんという楽しみ、なんというすばらしい考えでしょう! そしてまた、命をかけてもそういう芸術に身を捧げるということは、なんという崇高な感情でしょう!」(ハンス・W・ベール編、山口四郎訳「愛のデュエット」、『世界教養全集37』所収、平凡社)と。
 彼女は36歳で最愛の夫、大音楽家ロベルト・シューマンと死別しました。言い知れぬ悲しみと戦いながら、音楽や家族、次世代の育成に一身を捧げた生涯は、サイフェルト博士の姿とも重なる思いがします。

サイフェルト ありがとうございます。私にとって、主人が亡くなった時のことは、とてつもなくつらいものでした。彼は骨肉腫で亡くなりました。健康だったのが、たった5カ月もしないうちに死んでしまったのです。
 それは、私たちの結婚記念日である7月13日のことでした。主人の容体が急に悪くなり、急性腎不全で病院に搬送されたのですが、原因が分かりませんでした。
 一気に20歳も老け込んでいく彼を、ただ見ているしかありませんでした。
 でも私には、魂が不滅であることへの絶対的な確信がありました。いつも主人と確認し合ってきたことは、わが国の女性詩人バッハマンの“真実をしっかりと見据えていこう!”との言葉でした。
 ところで、覚悟をするために準備の機会を与えるという意味で、相手には、きちんと病名や病状を告知し、真実を伝えるべきではないでしょうか。自分に残された時間が一体どのくらいかが分かれば、その時間は愛に包まれながら準備をすることができる大きなチャンスだと思うのです。

池田 大事な問題提起です。お話のあった告知の問題は、人それぞれ、状況の違いもあるでしょう。
 告知するかどうかは当事者で決めるほかありませんが、告知されても、それを受け止めるのが難しい場合があるとも聞きます。
 医師や看護師、また家族など周囲による聡明で忍耐強い関わりも必要でしょう。
 大切なのは、おっしゃるように、互いに支え、支えられながら、いかに病気と向き合い、その現実に立ち向かいつつ、価値ある生を生きていくかではないでしょうか。
 私も、病と闘い、反対に周囲の人々を励まし、清々しい感動と勇気を与えながら亡くなられた多くの方々の姿を知っております。
 悔いなく生き切り、死に臨んで恐れないという不動の確信を持つ──それは、なんと偉大な人生でしょうか。私たちの日々の信仰の目的も、そこにあるわけです。
        ♪
サイフェルト おっしゃる意味は分かる気がします。
 あの時、主人に私の気持ちを伝えるため、ベッドのサイドテーブルに蝶を模したカードを置きました。そこに「毛虫が蝶になるように、人間も解放されるのだ、飛び立て! この困難から飛び立て!」と書き記したのです。執着を断ち切ることの大切さを込めました。
 私自身、今もよく考えることなのですが、私にも、いつか執着を断ち切り、自分を解放しなければならない日が来るのだろうと思っています。この問題は本当に重要なことだと思いますし、私にとって生まれた時からの最大の関心事なのです。

池田 今、蝶の飛翔の例えがありました。蝶は抜け殻を残して大空を自在に羽ばたいていきます。
 ご主人は博士の深い愛情に包まれながら、安祥として次の生へ飛翔していかれたと私は確信します。
 私も仏法者として、ご主人の追善回向をさせていただいております。
 博士ご夫妻と最初にお会いしたときにも、語らいのテーマは文化へ、そして自然のうちに、人生や生死へと向かいましたね。あの夏の夕暮れに語り合った時のご夫妻の仲睦まじい様子を一幅の名画のように思い出します。
 「生死」については、いくら客観的、理論的に認識しても、それだけでは、根本的な解決にはなりません。真の幸福とは、その人自身の生命の次元において、深く確かに感じ取っていくものではないでしょうか。
2014-03-09 : 生命の光 母の歌 :
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