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随筆 民衆凱歌の大行進 No.1 「師弟の道」一筋に

随筆 民衆凱歌の大行進 No.1 (2014.1.29付)

「師弟の道」一筋に

青年よ進め 弟子よ勝て!
共々に偉大な団結と栄光の歴史を


 いやまして
  凱歌の行進
     創価かな

 「生きる」とは、どんなことがあっても、前へ前へ戦い進んでいくことだ。
 何も決心せず、戦わなければ、気楽かもしれない。しかし、わびしく悔いを残す人生で終わってしまう。
 戦い進む人には、晴ればれと勝利が待っている。
 日蓮大聖人は、過酷な流罪の大難も悠然と勝ち越えてこられた御境涯を、こう仰せになられた。
 「召し返されて後又経文の如く弥《いよい》よ申しつよる」(御書1413㌻)
 この烈々たる御本仏の大生命に連なって、広宣流布の誓願に邁進しゆくのが、我ら創価の人生である。
 新時代の幕は上がった。
 今、日本、そして世界のあの友も、この友も、自分のいる場所から“いよいよこれからだ!”と、勇んで前進を開始している。
 それは、法華経に地涌の菩薩が「同時に涌出せり」(創価学会版法華経452㌻)と説かれたような壮大な絵巻ではあるまいか。
 我らが行くところ向かうところ、生命の偉大な創造性を発揮し、人間の勝利を広げるのだ。幸福と正義と平和の花を咲かせるのだ。
 この一年も、「民衆凱歌の大行進」を、全世界の同志と共に痛快に飾りゆこう!
        ◇
 恩師・戸田城聖先生は、金剛不壊なる民衆の組織を築き、一切の戦いに勝利しゆくために、繰り返し私たち弟子に教えられた。
 「団結第一でいけ!」
 それは、「異体同心なれば万事を成し」 (御書1463㌻)との、大聖人の御指南通りの大行進であった。
 この正道を貫いてきたからこそ、創価学会は一切の嵐を越えて世界的な発展を遂げることができたのだ。
 人類史を顧みれば、何と多くの内紛、内乱、内戦等が渦巻いていることか。「立正安国論」で喝破された「自界叛逆の難」の様相と見ることもできよう。
 この悲劇の流転の中で、我ら創価の民衆の大スクラムは、奇跡の中の奇跡といっても過言ではあるまい。

異体同心に勝利が
 異体同心の団結こそが、広宣流布の命脈である。
 一家にあっては和楽を!
 人と人の間には友情を!
 地域には信頼と友好を!
 人類社会の中には、平和への民衆の連帯を!
 心を合わせて仲良く進むのだ。団結のあるところに勝利があり、幸福がある。
 年頭、イタリアでは31カ国のリーダーが集い、新時代第1回「欧州広布サミット」が行われた。
 第1次世界大戦の悲劇の勃発から100年──。後継の青年たちも「ヨーロッパは一つ」を合言葉に、誠に麗しい団結で人類融合の平和の未来へ前進している。こんな頼もしいことはない。
        ◇
 人間の絆は国を超え、民族を超え、時代を超える。
 インドのマハトマ・ガンジーが非暴力の民衆運動への絶対の確信を固めていく上で、「私の師」と仰いだのは、ロシアの文豪トルストイであった。
 若きガンジーは、南アフリカでインド系住民の人権闘争を推進する中で、トルストイの非暴力抵抗の信念と行動に学んだ。そして、仏教などインドに脈打つ不殺生の思想を現代に蘇らせ、不屈の民衆運動へと展開していったのだ。
 戦う場所は離れていても心はつながる。ガンジーが南アから手紙を送り、深い共鳴を伝えると、トルストイは大変喜び、交信は3度に及んだのである。
 トルストイは逝去の2カ月前に認《したた》めた手紙で、ガンジーの活動を、「それは地上におけるこんにちのあらゆる活動のうちでもっとも重要なもの」と賞讃した。
 ガンジーがトルストイと直接会うことは一度もなかった。しかし、生涯をかけた自らの実践で、その言葉を証明し抜いたのである。
 トルストイが亡くなって20余年が過ぎたある年、スイスで講演会に臨んだガンジーは、質問に答えて明言した。「トルストイは私の一生の師です」と。
 ガンジーの非暴力運動は、その後、アメリカのキング博士の公民権運動や南アのマンデラ元大統領のアパルトヘイト(人種隔離)撤廃運動へもつながった。
 非暴力の魂──この人類の宝が、国境や言語の壁を超えて輝き広がりゆく底流には、師弟という精神の道があったといえまいか。

胸中で師と対話を
 今、私が対談を重ねているサイフェルト博士(オーストリア元文部次官・声楽家)が語られていた。
 「(自身の師匠である)ヴァムザー先生の写真を見るたびに“あなただったら、どう思いますか”と心の中で話し掛けて、行動するようにしているのです」
 私も、戸田先生ならば、どのように手を打たれ、友を、どう励まされるか──常にその一念で戦ってきた。
 25歳の1月の日記にも自らに問いかけていた。
 「恥なき師弟の道を、歩みきったか、否か」と。
 私の胸には、いつも恩師がいる。会長就任の時も、世界への一歩を踏み出した時も、非難の嵐の中でも、わが生命の奥には師匠が厳然といらっしゃった。
 「御義口伝」に、「師弟が感応し、仏の生命を自身の中に顕現して、『如我等無異』の文の如く、わが身仏なりと悟る。これが悟仏知見である」(御書717㌻、通解)と仰せである。
 師である仏と、弟子である衆生が一体不二で誓願を立てて戦う──そこに仏法の師弟の真髄がある。
 師を求め、師の心に迫りながら、弟子が広宣流布の誓願の題目を唱え、戦いを起こす。その弟子の生命には、師と同じ力と智慧が脈々と涌現してくるのだ。

「必ず行くよ!」
 30年前(1984年)の2月、私は逸《はや》る心でブラジルに飛んだ。18年ぶりの訪問だった。どうしても果たしたい約束があった。
 その前年、鹿児島・霧島の研修道場でブラジルの男女青年部など代表38人と記念撮影をした折のこと、母国の全同志の心を代弁するかのように、「先生、ブラジルに来てください!」と必死の声が上がった。
 私は即答した。「必ず行くよ! 広宣流布は私の生涯の使命だからね」
 友は、この時の私の言葉を、わが誓いとしてくれた。
 「私たちも生涯、広宣流布に生き抜こう!」と。
 以来、「ブラジル霧島会」として、皆が広布と社会のリーダーヘと成長し、青春の誓いのまま走り抜いてきたのだ。ご家族も広布の庭で活躍されている。
 昨年10月、広島での本部幹部会の折に、ブラジル鼓笛隊16人が美事な記念演奏をしてくれた。その中の3人が、この霧島会メンバーの娘さんであった。
 乙女たちは清々しく語っていた。
 「今度は私たちがブラジルに平和の種を植え、希望と幸福の花園を広げていきます!」
 師弟の誓いが受け継がれてこそ、広宣流布の大河も滔々と流れ通っていく。
 今月、「創価班・牙城会・白蓮グループ大会」の意義を込めて行われた本部幹部会でも、韓国、タイの青年の代表と共に、ブラジル創価班の凜々しき若人が活動報告してくれた。
 新しい時代は、青年のものだ。いよいよ、君たち、貴女《あなた》たちの本舞台である。
        ◇
 学会の運動に深い関心を寄せてくださっていた、ブラジルの文豪アマード氏は高らかに謳い上げられた。
 「民衆というものは、世界のいずれの港、いずれの波止場の近くにいても、いずれの空のもとにあっても同じなのだ。善良で強く、寛大で理解があり、自由と美と勇気を愛する」
 民衆ほど、強いものはない。尊いものはない。
 その民衆の手で、社会の繁栄と幸福を築いていく聖業こそ広宣流布だ。
 地球上のいずこであれ、「民衆の王者」たる、学会の同志の心は変わらない。
 さあ「伝統の二月」──大いに祈り、動き、語ろう!
 いやまして団結第一で、新たな栄光の歴史を創っていこうではないか!

 晴ればれと
  今日も正義の
    民衆は
   師弟不二なる
    勝利の道ゆく

 ガンジーとトルストイの話は『ロマン・ロラン全集14』所収「トルストイの生涯」宮本正清訳(みすず書房)、『高田博厚著作集1』(朝日新聞社)などを参照。アマードの言葉は『希望の騎士 革命児プレステス』神代修訳(弘文堂新社)。
2014-01-30 : 随筆 民衆凱歌の大行進 :
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