第39回「SGIの日」記念提言 「地球革命へ価値創造の万波を」 

第39回「SGIの日」記念提言 (1014.1.26/27付 聖教新聞)

「地球革命へ価値創造の万波を」 

民衆の限りない力を結集し
「平和と希望の世紀」を開拓‼︎


 きょう26日の第39回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、池田SGI会長は「地球革命へ価値創造の万波を」と題する提言を発表した。提言ではまず、災害や異常気象の被害が深刻化する状況を踏まえ、脅威に対処し未来を切り開く力としての「レジリエンス」の意義に言及。「持続可能な地球社会」に向け、一人一人がなし得る挑戦として、①常に希望から出発する価値創造、②連帯して問題解決にあたる価値創造、③自他共の善性を呼び覚ます価値創造、の3点を提起し、南アフリカのマンデラ元大統領の信念や、日蓮大聖人の仏法が説く「誓願」の生き方と「十界互具論」を通しながら、すべての人々の尊厳が輝く社会の建設を呼び掛けている。続いて、その挑戦を軌道に乗せるための方策として、国連の新しい共通目標の柱に教育と青年を加えることや、国連の枠組みで「世界市民教育プログラム」を設けることを提唱。また、災害や異常気象に関して近隣諸国で連携を深めることが、安全保障の質的転換につながると強調し、その先行モデルをアジアで構築するべく「日本と中国と韓国の首脳会談」を行い、対話を積極的に進めるよう提案している。最後に核兵器の問題を取り上げ、広島と長崎への原爆投下から70年となる来年に、世界の青年たちの参加を主軸にした「核廃絶サミット」を行い、核時代に終止符を打つ宣言を採択することや、核兵器の人道的影響に関する共同声明の動きなどを軸に国際世論を喚起し、核兵器禁止条約の締結を目指すことを訴えている。

 「SGIの日」を記念して、21世紀の潮流を希望と連帯と平和の方向に力強く向けながら、すべての人々が尊厳を輝かせて生きられる「持続可能な地球社会」を築くための方途を探りたいと思います。

脅威への抵抗力と回復力を高める
 昨年は世界経済が緩やかな回復に向かい、軍事費も減少傾向が見られるなど明るい兆しもありましたが、一方で、紛争や内戦による人道危機は止まず、災害や異常気象による甚大な被害も相次ぎました。
 特に深刻さを増しているのがシリアの情勢です。紛争が4年目に突入する中、230万人以上が他国への避難を、650万人が国内での避難生活を余儀なくされており、一日も早く停戦を図り、人道支援の環境を確保するとともに、和平への努力が強められることを願ってやみません。
 また昨年11月には、過去最大級の猛烈な台風がフィリピンを襲い、6201人もの人々が亡くなり、避難した被災者は約409万人にのぼりました。
 こうした人道危機に対して事態の悪化を食い止め、難民や被災者として厳しい環境下に置かれている人々の窮状を救うために、国際社会のさらなる支援が強く求められます。
 また近年、災害や異常気象による被害が深刻化する状況を踏まえると、国際的な支援の強化のみならず、「いかに脅威に備えるか」「危機に直面した時にどう対応し、どう回復を図るのか」との観点に基づいた取り組みが急務であり、社会のレジリエンスを高める必要性が叫ばれるようになってきました。
 レジリエンスは元来、物理学の分野で、外から力を加えられた物質が元の状態に戻ろうとする“弾性”を表す用語ですが、その働きを敷衍する形で、環境破壊や経済危機のような深刻な外的ショックに対して“社会を回復する力”の意味合いでも用いられるなど、さまざまな分野で注目を集めている概念です。
 災害の分野においては、防災や減災のように「抵抗力」を強め、被害の拡大を抑えていく努力と併せて、甚大な被害に見舞われた場合でも、困難な状況を一つ一つ乗り越えながら、復興に向けて進む「回復力」を高めることを重視する考え方と言えましょう。
 そのためには、耐震性の強化や劣化したインフラ(社会基盤)の整備などの政策面での対応もさることながら、「強力な社会的レジリエンスの存在するところには、必ず力強いコミュニティが存在する」(アンドリュー・ゾッリ/アン・マリー・ヒーリー『レジリエンス 復活力』須川綾子訳、ダイヤモンド社)と指摘されるように、人的側面への留意が欠かせません。
 つまり、地域に住む人々のつながりや人間関係のネットワークのような、ソーシャル・キャピタル=注1=を日頃からどう育むかという点をはじめ、目には見えない“地域と社会を根底で支える人々の意思と生命力”こそが、重要な鍵を握るということです。
 このレジリエンスの重要性は、私が現在、平和学者のケビン・クレメンツ博士と進めている対談の中でも話題になり、災害時における事後的な対応に限らず、国連が呼び掛ける「戦争の文化」から「平和の文化」への転換のように、社会の土壌そのものを変革していく上でも、大きな意義を有することを語り合いました(「平和の世紀へ 民衆の挑戦」、「潮」2014年1月号所収)
 そこでの議論を踏まえて提唱したいのは、レジリエンスの概念に内包される豊かな可能性を「脅威に備えて対応する力」の範疇にとどめず、より積極的に「希望の未来を開くために発揮すべき力」へと拡張し、人々が勇んで連なりたいと願い、確かな手応えを感じられる挑戦として位置づけていくことです。
 つまり、脅威への対処だけでなく、未来の創出をも目的に据えて、それぞれの地域で誰もが関わることのできる「レジリエンスの強化」を通しながら、「持続可能な地球社会のかけがえのない基盤を築くこと」を人類の共同作業として進める挑戦です。

人類の歴史に新たな足跡を

トインビー博士が寄せた力強い期待
 この大いなる挑戦を展望するにあたって思い起こされるのは、20世紀を代表する歴史家のアーノルド・J・トインビー博士が述べていた、「われわれは、歴史をして繰りかえさせるべく運命づけられているのではありません。つまりわれわれ自身の努力を通じて、われわれの順番において何らかの新しい、先例のない変化を歴史に与える道がわれわれには開かれている」(『試練に立つ文明』深瀬基寛訳、社会思想社)との言葉です。
 ここで言う、「何らかの新しい、先例のない変化を歴史に与える道」とは何か──。私は、一人一人の人間の立場に約して、人々のため、社会のため、未来のために、自分にしかできない価値を創造し続ける挑戦として提起したい。
 以前(2002年8月)、環境開発サミットに寄せた提言で、「迂遠のようではあっても、人間に帰着し、人間生命の開拓と変革から出発する『人間革命』こそ『地球革命』を実現させゆく王道」と呼び掛けたことがあります。
 一人一人の無限の可能性を引き出すエンパワーメント(内発的な力の開花)を基礎に置く「人間革命」も、個人の内面の変化にとどまってしまえば真価を発揮することはできません。
 その“内なる変革”がもたらす勇気や希望が、厳しい現実を突き破るための価値の創造に結実してこそ、“社会的な変化”を起こすことができ、その変化が積み重なる中で、人類が直面する問題を乗り越える「地球革命」の道が、一歩一歩踏み固められていく。
 また、「地球革命」が前に進むことで、苦しみに沈んでいた人たちが笑顔を取り戻し、その人たちがまたエンパワーメントを通じて無限の可能性を開花させ、地球的問題群に立ち向かう連帯に勇んで連なっていく──このミクロとマクロの変革を同軸でつなぎ、双方の前進を連動させながら時代変革の潮流を高めるものこそ、「価値創造」の挑戦だと思うのです。
 そこで今回は、脅威を乗り越えるためのレジリエンスを高め、さらには「持続可能な地球社会」を築く上での原動力となりゆく「価値創造」の挑戦について、①常に希望から出発する価値創造、②連帯して問題解決にあたる価値創造、③自他共の善性を呼び覚ます価値創造、の三つの観点から論じてみたい。

パキスタンの少女 マララさんの信念
 第1の柱として提起したいのは、「常に希望から出発する価値創造」です。
 昨年4月、国連総会で武器貿易条約が採択され、戦車や戦闘機といった大型兵器から自動小銃などの小型武器にいたるまで、通常兵器の輸出入を初めて規制する条約が誕生しました。
 対人地雷の禁止やクラスター爆弾の禁止に続き、この条約の制定に最大の後押しをしたのもNGO(非政府組織)の連帯でした。
 いずれも、明確なビジョンを掲げて、民衆が力を合わせて行動する時、「先例のない変化を歴史に与える道」が開かれることを示した希望の実例に他ならないと言えましょう。長年、武器取引の規制を訴えてきた私も、条約が一日も早く発効し、人権侵害や残虐行為を助長してきた武器の拡散に歯止めがかかることを強く願うものです。
 今なお世界では、紛争や内戦に加えて、武装勢力や犯罪組織による暴力が横行し、問答無用で命が奪われたり、深い傷を負わされる人が後を絶ちません。
 女性の教育を受ける権利を訴える中、2年前に銃撃を受けて瀕死の重傷を負ったパキスタンの少女、マララ・ユスフザイさんもその一人です。奇跡的に一命をとりとめた後も屈することなく行動を続ける彼女は、昨年7月に国連本部でスピーチした折に、その心情をこう語りました。
 「わたしのなかで変わったことなど、なにひとつありません。あるとすれば、ひとつだけ。弱さと恐怖と絶望が消え、強さと力と勇気が生まれたのです。わたしはそれまでと同じマララです。目標に向かっていく気持ちも変わっていません。希望も、夢も、前と同じです」(マララ・ユスフザイ/クリスティーナ・ラム『わたしはマララ』金原瑞人・西田佳子訳、学研パブリッシング)
 その後も脅迫を受けながら、一歩も退かず行動を続ける彼女を支えているもの──それは、自分と同じく理不尽な抑圧や不当な扱いに苦しんでいる女性や子どもたちが声を上げ、状況を改善するために自ら立ち上がることを願う、強い思いに発したものでした。
 災害や経済危機のような突発的な脅威に見舞われたり、日常的に行われる政治的な弾圧や人権抑圧の脅威にさらされたりすると、人間は恐怖や悲しみ、また苦しみのあまり、深い絶望に沈み込んで、身動きがとれなくなってしまうことが少なくありません。
 しかし、絶望の闇に人々の心が覆われ、あきらめと無力感で立ちすくんでしまう状態が続けば、問題の解決は遠のくばかりか、同様の脅威が各地で猛威を振るう事態が繰り返されてしまうことになります。

苦難に屈しない生命の輝きが人々を勇気づける光明に

牧口初代会長が重視した人格価値
 こうした絶望の闇を打ち払う希望の光明は、「自己目的」ではなく、「何かのため、誰かのために苦悩するときだけ」(『苦悩する人間』山田邦男・松田美佳訳、春秋社)輝き始めると強調したのは、第2次世界大戦中に強制収容所に送られた時の壮絶な体験をつづった『夜と霧』で知られる、精神医学者のヴィクトール・E・フランクル博士でした。
 フランクル博士は、苦難に直面した時の人間精神による応戦劇の真骨頂を、次のように記しています。
 「重要なのは、避けることのできない人生の運命的な打撃をどのような態度で、どのような姿勢で受け止めるかである。したがって人間は、最後の息を引き取るそのときまで、生きる意味をかちとってわがものとすることができる」(以下、V・E・フランクル/F・クロイツァー『宿命を超えて、自己を超えて』山田邦男・松田美佳訳、春秋社)
 博士はこの人間精神による応戦を「態度価値」と名付けました。それは、「どのような条件、どのような状況のもとでも人生には意味がある」との思いを奮い起こし、苦難と向き合う中で、その生命の輝きが苦しみを抱える他の人々を勇気づける光明となり、「自分個人の悲劇を人間の勝利に変える」道をも開く価値創造に他なりません。
 博士が人生最大の苦難に直面した第2次世界大戦中に、思想統制を強める日本の軍部権力と対峙したために投獄された、私ども創価学会の牧口常三郎初代会長も、この「態度価値」を貫く人間精神の輝きと相通じる、「人格価値」を育むことに教育の最大の目的があると訴えていました。
 そして、自らの教育学説を発刊するにあたって、同じく教育者であった弟子の戸田城聖第2代会長との対話を通し、その名称に価値創造を意味する「創価」を冠したのです。 
 この『創価教育学体系』が発刊されてから来年で85周年を迎えますが、牧口初代会長はその中で人格価値を体現した姿の例として、「普段はそれほど注目されなくても、何か起こった時には『あの人がいてくれれば』と皆から慕われる人であり、常に社会で人々の心をつなぐ存在」(『牧口常三郎全集第5巻』第三文明社、趣意)を挙げていました。

希望を武器に闘い抜いたマンデラ氏
 現代において、この「人格価値」の光を放ち、世界中の人々に勇気と希望を与えてきたのが、先月惜しくも亡くなられた南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ元大統領でした。
 悪名高いアパルトヘイト(人種隔離)政策の嵐が吹き荒れる中、27年半に及ぶ獄中闘争を勝ち越えたマンデラ氏も、獄中で母の訃報に接したのに続き、妻が逮捕され、長男までもが事故死するという悲劇が相次いだ時には、さすがに気力を失いかけたといいます。
 しかし、氏は屈することなく、知人への手紙に、「他に何も残っていないとき、希望は強力な武器となります」(『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』長田雅子訳、明石書店)とつづりました。
 その後、孫娘が生まれた時には、マンデラ氏が最後のよりどころとしてきた“希望”を意味する言葉を名付け、彼女がやがて、「アパルトヘイトを遠い記憶に持つ南アフリカの新世代の一員となること」(以下、『自由への長い道(下)』東江一紀訳、日本放送出版協会)を確信し、その夢を現実にするまで闘い抜くことを誓って、1万日にわたる獄中生活を耐え抜いたのでした。
 マンデラ氏とは二度お会いする中で、歩んできた道は異なるものの、その実現に向かって共に人生をささげてきた、「すべての人間の尊厳が輝く社会」をめぐって語り合ったことが思い起こされます。
 特に感銘したのは、アパルトヘイト撤廃という歴史の新章節を開いたのは自分一人の功績ではなく、多くの人々の意志が積み重なってのものであるとのマンデラ氏の信念でした。1994年に大統領就任が決まった際、多くの民衆の前で述べた次の言葉には、その信条が凝縮していたように思えてなりません。
 「皆さんは、この国を自分の手に取りもどすために、あれだけの穏やかで粘り強い決意を示し、だから今、屋根の上から高らかな喜びの声を発することができるのです。自由だ、とうとう自由になった、と」
 その意味で私は、フランクル博士が提起した点(態度価値は、どんな厳しい環境でも、息を引き取る瞬間まで発揮できる)に加えて、マンデラ氏が実例をもって強調した点(人格価値は、特別な人間だけではなく、普通の人々にも開かれたものである)において、この価値創造の挑戦には常に二つの希望が宿っていると強調したいのです。

自分の今いる場所を「使命の舞台」に転換

現実変革の法理を説いた日蓮大聖人
 私どもが信奉する仏法の思想も、自分の置かれた環境がどんな深刻な状況に見舞われようとも、自らの使命を成し遂げるための場と定めて“希望の物語”を紡ぎ出していく、「誓願」の生き方を促しています。
 それは、13世紀の日本の封建社会にあって、時の権力者の前で、「王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず」(御書287㌻)と、何ものにも侵されることのない精神の自由を高らかに宣言した、日蓮大聖人が説いたものでした。
 当時、地震や台風などの災害をはじめ、飢饉や疫病が度重なり、多くの民衆が塗炭の苦しみにあえぐ中、大聖人はその状況を何としても打開したいとの思いで、幕府の権力者に対し、政道の誤りを正すよう諫言を重ねました。
 そのため、襲撃や死罪の宣告に加え、二度の流罪に遭いながらも、「日蓮一度もしりぞく心なし」(同1224㌻)と、人々の苦しみを取り除くために信念の行動を緩めませんでした。
 相次ぐ災難で生きる望みを失いかけた民衆から、最後の気力まで削ぐような思想に対し、徹底的に闘う一方で、苦悩に打ちひしがれた人々を抱きかかえるように励まし、「地にたう(倒)れたる人は・かへりて地よりを(起)く」(同1586㌻)と、いかなる苦難にも打ち勝つ力が万人の胸中に備わることを訴え、勇気づけていったのです。
 例えば、厳しい状況から何とか抜け出したいと願う人たちに、“どこか違う場所に行けば、ただちに問題が解決し、幸福になれる”との思いを抱かせる思想に対し、立ち向かった大聖人は、「此を去って彼に行くには非ざるなり」(同781㌻)と強調しました。
 「浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり」(同384㌻)とあるように、自分の今いる場所で苦悩と正面から向き合い、絶望の闇に覆われかけたその場所を「悲劇の舞台」から「使命の舞台」へと変えていく。そして、苦悩に挑む自身の姿を通し、「同じ苦しみを抱える人々が、生きる希望を取り戻す場」へと転換させる道を選び取るよう、促したのです。
 さらに大聖人は、社会でどんな悲劇が起ころうとも我関せずと自分の世界に閉じこもる「現実逃避」の傾向を強めかねない思想に対しても、誤りを正すために闘い抜きました。
 ──仏教でも、不幸に沈む人々を救う方便として、苦しみや迷いといった執着から離れる道を説いたものがある。しかしそれは、あくまで仮の教えであって、釈尊の本意ではない。
 ゆえに、法華経薬王品の「離一切苦」(一切の苦を離れしむ)の経文についても、「『離』の字を『明らむ』と読むのである」(同773㌻、趣意)と。
 つまり、目の前の問題をあたかも存在していないかのように意識から閉め出すのは、問題の先延ばしにすぎないばかりか、状況をより悪化させるだけであり、苦しみに真正面から向き合って原因を明らかにし、解決への道筋を見極めつつ、悲劇に見舞われる前の状況よりも、平和で幸福な社会を築く道を選び取るべきであると説いたのです。

「誓願」とは自身の生きる証しの異名
 また大聖人は、社会の混迷が深まる状況を動かし難い現実として甘受するほかないといった「現実追従」の思想に対しては、仏法で説く「如蓮華在水」の法理を通し、混迷が深ければ深いほど人間の生命は限りない力を湧き出すことができると強調しました。
 蓮華の花が泥水の中にあって、汚れに染まることなく美しい花を咲かせるように、社会に混迷をもたらすさまざまな課題の只中に勇んで身を投じ、現実の課題との格闘の中から、自己の生命力を強めるための養分を、一つまた一つと汲み上げていく。その中で、自分自身を“希望の大輪”として花開かせるとともに、社会に“現実変革の実り”をもたらす道を選び取るように訴えたのです。
 翻って現代においても、核兵器の脅威や環境破壊のように問題が深刻であればあるほど、できるだけ考えないでおきたい課題として遠ざけようとする風潮が強く、たとえ危機意識を持った人でも、自分一人が行動したところで何も変わらないとあきらめてしまう場合が少なくありません。
 その無意識や無気力の壁を破るには、マンデラ氏が「人間として、何もせず、何も言わず、不正に立ち向かわず、抑圧に抗議せず、また、自分たちにとってのよい社会、よい生活を追い求めずにいることは、不可能」(前掲『自由への長い道(下)』)と叫んだような“使命感”や、環境活動家のワンガリ・マータイ博士が「私たちは、傷ついた地球が回復するのを助けるためにこの世に生を受けた」(アンゲリーカ・U・ロイッター/アンネ・リュッファー『ピース・ウーマン』松野泰子・上浦倫人訳、英治出版)と述べたような“誓い”に貫かれた行動が、何よりも必要となってくると私は考えます。
 先ほどの「如蓮華在水」も、混迷深まる時代に生まれることを自ら求め、失意に沈む人々のために行動する生き方を貫くことを、釈尊の前で「誓願」した地涌の菩薩の姿を示した法華経の言葉でありました。
 ここで言う「誓願」は、誰かが行動することを期待して事態の変化を待ちわびるような願望でも、状況が厳しくなった時に吹き飛んでしまうような約束でもない。どんな困難や試練が押し寄せても、どれだけ歳月や労力がかかっても、必ず成し遂げていく──自分の全存在を賭けた“生きる証し”の異名ともいうべきものに他なりません。

あきらめの壁を打破する力は誓いに生き抜く人生に宿る

国連の活動支援は仏法者として必然
 私どもSGIは、大聖人が仏法の肝心として強調した、地涌の菩薩の「誓願」の生き方を範としています。それは、自ら立てた誓いを果たそうとする中で、どんな現実からもプラスの価値を生み出す内発的な力を磨きながら、それぞれの地域で苦しみを抱える人たちに寄り添い、励まし合いながら「自他共の幸福」を目指す生き方です。
 そして社会にあっては、地球的問題群の解決に取り組む国連のさまざまな活動を、市民社会の立場から一貫して支援してきました。
 その支援にかける思いを以前(1989年12月)、国連のラフューディン・アーメド事務次長とヤン・モーテンソン事務次長との会談で、次のように述べたことがあります。
 「『平和』『平等』『慈悲』を説く仏法の理念は、国連の目指す道にも通じている。その国連への支援は、私どもにとって、いわば“必然”なのです。また、そうでなくては、仏法者としての自身の使命を偽ることにもなります」と。
 理想が大きければ大きいほど、自分の代だけで完全に果たすことができない場合もあるかもしれない。
 しかしマンデラ氏やマータイ博士のように、自分の存在と切り離せない“使命感”や“誓い”に生き抜く姿は、その一生を終えた後でも、多くの人々を勇気づける導きの星となって輝き続けるのであり、その原理は大聖人が「未来までの・ものがたり(物語)なに事か・これにすぎ候べき」(御書1086㌻)と示していたものでもありました。
 いかなる状況の下でも、どんな人であっても発揮でき、未来までも照らすことができる──この三重の意義を持った“希望”から常に出発する価値創造の挑戦こそ、深刻な脅威や問題に立ち向かうための基盤となり、「平和と共生の地球社会」というビジョンを実現するための架橋となるのではないでしょうか。

苦しんでいる人を絶対に見捨てない
 次に、第2の柱として提起したいのは、「連帯して問題解決にあたる価値創造」です。
 近年、レジリエンスに関する研究が進む中で、その鍵を握るものとして、いくつか重要な要素が浮かび上がってきています。
 例えば、「混乱に対処し、傷を癒すためにレジリエントなコミュニティが拠り所とするのは、深い信頼に根ざしたインフォーマルなネットワーク」であることや、「レジリエンスを人為的に植えつけようとする努力は功を奏しがたいが、その努力が真に日常の活動に根ざした人間関係から生まれるとき、レジリエンスは花開く」(前掲『レジリエンス 復活力』)といった点などが挙げられます。
 しかし、「深い信頼」を育む磁場となり、「日常の活動に根ざした人間関係」を築くための足場となるはずのソーシャル・キャピタルは、年々、弱体化している傾向がみられます。
 それがまた、ソーシャル・キャピタルが持つ緩衝地帯としての力を弱め、さまざまな脅威や社会が直面する問題の影響が、そのまま直接、一人一人に襲いかかる状態を招いている。
 その結果、厳しい状況に置かれた人々の多くが、苦しみを独りで抱えたまま、生きる希望を失ってしまうか、もしくは何事も自分のことを優先させ、生き残りを図るかという、両極端の“孤立”に引き裂かれる事態が生じていることが、強く懸念されます。
 経済哲学者のセルジュ・ラトゥーシュ氏が、弱肉強食的な経済競争で見捨てられてきた人々の尊厳を取り戻すために、「ディーセントな社会」(民衆を辱めない社会)を目指す必要性を訴え、他者と楽しみや喜びを分かち合うことを意味する「コンヴィヴィアリテ」の価値をその機軸の一つに挙げていますが(『〈脱成長〉は、世界を変えられるか?』中野佳裕訳、作品社)、大事な問題提起ではないでしょうか。
 仏法においても、この「コンヴィヴィアリテ」の志向性と響き合う、「喜とは自他共に喜ぶ事なり」(御書761㌻)との教えが説かれています。
 現代社会の骨格に据えるべきものは、こうした喜びの分かち合いを通じて、社会を“富の輝き”ではなく“尊厳の輝き”で満たしていくためのビジョンであり、「最も苦しんでいる人を絶対に見捨てない」という同苦の精神ではないかと私は思うのです。
 人間と人間とのつながりが希薄になってきた時代の流れの中で、そうした社会への転換を目指すことは、途方もない難題に思えてしまうかもしれません。
 しかし、それがどれだけ抗しがたい流れに見えたとしても、人権運動の闘士マーチン・ルーサー・キング博士が強調していたように、「われわれはすべて、相互依存という逃れがたい網の目に捕えられており、同じ一枚の運命の衣裳のなかに結びつけられている」のであり、「われわれは力を合わせてともに生きるべく創られている」(『良心のトランペット』中島和子訳、みすず書房)というのが、この世界の実相ではないでしょうか。
 仏法の思想においても、キング博士の主張と相通じる「縁起観」が説かれていますが、人間同士の表面的なつながりがどれだけ失われても、生命と生命が織り成す連関性の中で世界が形づくられているという実相は変わるものではなく、人々の行動によって幾重にも「プラスの連鎖」を起こすことは可能なのです。

「同苦」の精神と対話が連帯の心を呼び覚ます

ハマーショルドが親友に遺した言葉
 世界の被災地を取材したノンフィクション作家のレベッカ・ソルニット氏も、災害時の暗闇を照らす「団結と利他主義と即時対応性でできた星座は大半の人々の中にすでにあり、大事な場面では、それが現れる」(『災害ユートピア』高月園子訳、亜紀書房)と強調しており、大切なのは、緊急時以外は「冬眠中」になりがちな支え合いや同苦の精神を、日頃から生き生きと発揮できるように、心がけていくことではないでしょうか。
 ソルニット氏は「聖教新聞」のインタビュー(2012年4月24日付)で、災害時に支え合いの心が生まれる条件として、「一人一人がコミュニティーの一員であると感じられる」ことや、「コミュニティーの中で、自ら声を上げ、働きかけ、自身の役割を感じられること」を挙げていました。
 私は、これらの点がそのまま、キング博士が「われわれは力を合わせてともに生きるべく創られている」との言葉で表した人間性を、どんな時にも呼び覚ます要件となり、問題解決に向けての行動の連帯を広げる前提になるのではないかと提起したいのです。
 そこで思い起こされるのが、国連の第2代事務総長を務めたダグ・ハマーショルドの言葉です。
 それは、長年の友人だった作家のジョン・スタインベックとの会食の席で、スタインベックが「ハマーショルドと国連のためにできることはないか」と尋ねた時のものでした。
 「地に腰を下ろし、人々に語りかけてください。これが、もっとも大切なことです」(ペール・リンド/ベングト・テリン「自然と文化──ハマーショルドが愛したもの」、『世界平和への冒険旅行』所収、光橋翠訳、新評論)
 各地の紛争解決のために困難を顧みずに行動し、国連の良心として今なお慕われる人物にして、この言であります。しかもそれは、アフリカのコンゴ動乱の調停に赴く途上で不慮の死を遂げる2週間ほど前に語ったものに他ならず、私にはその短い言葉から──国連や人類が抱える問題を解決するといっても、千里の道も一歩からで、一人一人が自分の人生の錨を下ろしている場所で、皆と心を開いて話し合いながら、連帯して行動を起こす以外に道はない──とのハマーショルドの思いが伝わってくる気がしてなりません。
 その意味でも、ソルニット氏が挙げた「一人一人がコミュニティーの一員であると感じられる」状況をつくり出す上で欠かせないのは、何にも増して「対話」であると言えましょう。
 対話といっても、堅苦しく考えて身構えてしまったり、解決策を見つけるまで止めることができないといった窮屈なものでは決してなく、ハマーショルドの言葉に宿る温かみのように、“共に語り合いの場所にいることを喜び合う”という対話のプロセスそのものを大切にすることに、意義があると思います。
 私自身、多くの人たちと深く知り合うことができる「対話」を、何よりも楽しく感じ、人生の最大の喜びの糧としてきました。
 何より、生活の場である地域で「対話」を広げることは、自分の存在を受け止めてくれる“安心の空間”を広げることにもつながります。また「対話」には、さまざまな垣根を越えて、同じ問題に胸を痛める人々を一つに結びつける力があり、「対話」を通じて互いの心の中に“同じ志”を発見する喜びは、共通の問題に臨むための連帯を自ずと強めていきます。
 一人の人間に無限の可能性があるといっても、連帯という横のつながりがなければ、その真価を発揮させることは難しく、「対話」を通じて培った連帯であってこそ、問題解決の途上で壁にぶつかった時も、再びの「対話」で新たな道筋を見いだすことができる。
 そして、勝ち取った一つ一つの“小さな前進”を共に喜び合いながら、ゴールに向かってさらに前へ進むことができるのです。

「他者への行動」が生むプラスの連鎖
 次に、コミュニティーの中で「自身の役割を感じられること」という二つ目の要件に照らして、大切な意味を持つのが、さまざまな問題がもたらす苦しみを分かち合い、連帯して行動を起こすことです。
 私は現在、ローマクラブの共同会長を務めるエルンスト・U・フォン・ヴァイツゼッカー博士との対談を進めていますが、そこで話題になった「自発的労働」(周囲の人々や将来世代のために自分から進んで行う活動)は、苦しみを分かち合う連帯の意義を考える上で、一つの示唆を与えてくれるのではないかと思われます(「地球革命への挑戦」、「東洋学術研究」第52巻第2号所収)
 「自発的労働」の意義は“他者のために尽くす”という点のみに帰着せず、その行為を通じて“より良い自分自身が形づくられる”という「プラスの連鎖」が起こる点にあります。
 人間の尊厳はひとりでに輝くものではなく、自分と他者という二つの岸を結ぶ心の橋が架けられてこそ、尊極なる輝きを放ち始めるものに他なりません。
 仏典に「人のために火をともせば・我がまへあき《明》らかなるがごとし」(御書1598㌻)とあるように、他者に尽くす行為が放つ光がそのまま、自身の尊厳を照らし返す光となっていく。どんな厳しい状況に直面し、深い苦しみを抱えていても、励ましの炎を灯すことはできるのであり、その炎が放つ光が相手の苦しみだけでなく、自分の心に覆いかぶさった苦しみの闇をも晴らしていくと、仏法では説くのです。
 地域での貢献活動やボランティア、NGOの活動に限らず、苦しみを抱える人々が互いに手を取り合い、「プラスの連鎖」で喜びを広げていく行動は、「対話」とともに、すべての人々の尊厳が輝く社会を築く上で大きな原動力になると確信してやみません。
 その無限の可能性は、国連開発計画のヘレン・クラーク総裁が、「もし世界の70億人が人類共通の問題の解決を見出すために協働するならば、計り知れない変化を生み出せることでしょう」(国連開発計画駐日代表事務所のホームページ)と強調していたところでもあります。
 地域の問題はもとより、人類共通の課題の解決に向けて計り知れない変化を生み出す礎となるものこそ、「他者との喜びの共有」を軸とした連帯であり、その連帯に基づく価値創造の挑戦だと思うのです。

憎悪や排他の感情に押し流されず善性を薫発し合う生き方を

第1次大戦を機に生じた戦争の変異
 最後に、第3の柱として提起したいのは、「自他共の善性を呼び覚ます価値創造」です。
 今年で第1次世界大戦の勃発から100年となりますが、戦争の様相はこの大戦を境目に大きな変異を遂げたと言われます。
 その一つは「対象の無差別性」で、工業力の発達で距離や地理的制約を超えての攻撃が可能となり、前線と銃後の境界が実質的に消滅する中、戦闘機による一般市民を巻き込んだ都市爆撃や、潜水艦による民間船を含む無差別の魚雷攻撃が行われたことです。
 もう一つは「手段の無制限性」で、戦争の規模が大きくなったために、個々の戦局を少しでも早く有利に運ぶことが重要課題となる中、戦果を効率よく上げるために、毒ガスなどの非人道的な兵器が使用されるようになったことです。
 これらは、国民と資源を最大限に投入して敵国を圧倒しようとする「総力戦」の思想が芽生える中で進められたもので、その結果、第1次世界大戦では戦闘員の犠牲者が増大したほか、一般市民の間でも多くの犠牲者が出ました。こうした傾向は第2次世界大戦でさらにエスカレートし、戦闘員の犠牲者が1700万人に対し、一般市民の犠牲者は3400万人にのぼったと推定されています。
 現在にいたるまで、この“二つの無差別性”はとどまることなく追求されており、その最たるものが敵側に属する人間すべての殲滅も辞さない「核兵器」であり、もう一つの象徴が、遠隔攻撃の最終進化形ともいうべき存在として近年、国際社会で懸念が高まっている「無人機攻撃」です。
 無人機攻撃は、テロ組織や武装勢力など“自国に対する脅威”とみなした存在を、遠隔操作による空爆で排除しようとする行為ですが、本来裁判などで対処すべきところを、問答無用で武力行使することに加え、周辺の住民が攻撃に巻き込まれても“付随的被害”として容認する姿勢が問題視されており、昨年には国連人権理事会の依頼を受けた専門家チームによる実態調査も行われました。
 核兵器と無人機攻撃は、いずれも人道や人権の精神に反するだけではありません。その根底には、いったん敵とみなせば、どんな人間であろうと生かしておく余地はなく、いかなる手段をとろうと、どんな犠牲が生じても構わないという、「究極の排除」の思想が横たわっています。
 
善悪二元論による峻別が社会を蝕む
 こうした善悪二元論的な峻別が、人間の精神をどのように蝕んでいくのか。
 かつて社会倫理学者のシセラ・ボク博士が、スペイン内戦=注2=に身を投じた詩人のスティーヴン・スペンダーの報告を通して、次のように論じていたことが思い起こされます。
 ──スペンダーは党派心の結末をこう記していた。
 敵対するファシスト勢力に殺された子どもたちの写真を見た時には「激しい悲しみに襲われた」ものの、左派勢力による残虐行為をファシスト勢力が非難した時には「奴らはあんなうそをついていると怒りを感じた」だけだった、と。
 そんな彼にも、「殺されたすべての子どもたちのことを公平に気遣うのでなければ、明らかに子どもが殺されることが全く気にならなくなっていく」と思う時があったが、心がそう働くことに、彼はある種の恐怖を覚えたほどだった。
 つまりスペンダーは、「彼の側に立って戦う人たちの生命の危険に対する猛烈な関心と、ファシストの策略に対する彼の恐怖と不信」によって認識が歪められてしまった結果、「ファシスト側の子どもたちへの関心をすっかりなくし、彼らの災難をただのプロパガンダとみなすようになった」と(『戦争と平和』大沢正道訳、法政大学出版局を引用・参照)
 自分の側に「善」を置き、自分が敵視する人々をおしなべて「悪」とみなす思想は、イデオロギー対立が世界を分断した東西冷戦が終結した後も、さまざまに形を変えて多くの問題を引き起こしています。
 例えば、「テロの脅威」を理由に特定の宗教を信仰する人々を十把一絡げに危険視する風潮を煽るような動きをはじめ、「社会の不安」の高まりを背景に原因の矛先を特定の民族や人種に向けるヘイト・クライム=注3=やヘイト・スピーチ、さらには「安全保障」の名の下に人々の自由に制限を加えたり、監視の強化を人権よりも優先させる形で推し進める傾向が強まっていることなどに現れていると言えましょう。
 テロの脅威や社会の不安への対処とともに、安全保障への配慮が必要だとしても、その底流に善悪二元論的な思想がある限り、かえって恐怖や不信の渦を強めて、社会の亀裂をさらに深めてしまう恐れがあると、言わざるを得ません。
 そこには、常に「善」の側に立っていると自負しながらも、知らず知らずのうちに、自分が「悪」とみなしてきた対象に投影してきたイメージ──非人道的で抑圧的な行動を、映し鏡のように自ら実行に移してしまっている状況が生じていないでしょうか。
 そうではなく、マンデラ氏が大統領就任にあたり、「わたしたちは、なおも続く貧困や欠乏、苦難、差別から、すべての同胞を解き放つことを誓います。絶対に、二度とふたたび、この美しい国で、人が人を抑圧するようなことがくり返されてはなりません」(前掲『自由への長い道(下)』)と世界に向けて宣誓したように、テロの脅威や社会の不安への対処、また安全保障への配慮を行う場合でも、“いかなる人も抑圧してはならない”との原則に立って、社会の歪みを一つ一つ修復する努力を粘り強く進める中でこそ、問題解決の地平は開けてくるのではないかと思うのです。
 
仏法の十界互具論が提示する視座
 仏法で説く「十界互具論」は、この善悪二元論的な思想を乗り越えるための視座を提示しています。
 善なる生命状態にある人にも悪しき心の働きが備わっており、縁に紛動されて押し流されてしまうことを戒める一方、どんな悪しき生命状態に覆われたとしても、それは固定的なものではなく、自らの一念の転換と行動で善性を薫発することが万人に可能であることを強調した教えです。
 前者の例を象徴するものとして、「乞眼の婆羅門」の説話があります。
 ──釈尊の十大弟子の一人である舎利弗が過去世において、菩薩道の修行として布施行に励んでいた時、婆羅門が訪ねてきて眼が欲しいと言った。舎利弗が眼を差し出したところ、感謝の言葉さえないばかりか、その臭いを嫌って地面に捨てられ、足で踏みにじられた。愕然とした舎利弗は、“こんな人を救うことなどできない”と、長年続けてきた修行をやめてしまった──という話です。
 ここで重要なのは、眼を差し出す行為がつらかったのではなく、その行為を踏みにじられたことが我慢ならなかったという点です。眼を差し出すまでは利他の精神が心の重心にあったものの、その思いが踏みにじられた瞬間に消し飛んで、他人の幸福などより自分の悟りだけを追求しようと心を閉ざしてしまった結果、舎利弗は長い間、エゴの闇に囚われて苦しみ続けることになったのです。
 日蓮大聖人はこの説話を通して、どんな人でも縁に紛動されやすいことを指摘しつつ、その負の力に打ち勝つためには、「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561㌻)と、人々のために行動することを誓い、何が起ころうとも常にその誓いに立ち返る以外にないと訴えたのです。
 一方、後者の例にあたるものとして、古代インドのアショカ大王が改悛した史実が挙げられます。
 ──紀元前3世紀頃、マガダ王国のアショカ大王はカリンガ国を征服した。
 10万人が殺され、15万人が捕虜となり、家を焼かれて肉親を失った人々の嘆きが天地を覆うという地獄図を前にして、暴虐の限りを尽くしてきたアショカも、痛切な悔恨にさいなまれずにはいられなかった。
 自分を責め、苦しみ抜いた果てに改悛したアショカは、戦争を二度と起こさないと固く誓い、他国への平和使節の派遣や文化交流に努めるとともに、不殺生などの思想を広めるために法勅を石柱などに刻んで各地に残していった──と。
 こうしたアショカ大王の“魂の転換劇”をめぐって、インドのニーラカンタ・ラダクリシュナン博士と語り合ったことがあります。
 マハトマ・ガンジーの研究で名高い博士が、「最初は暴君と恐れられたアショカ大王でさえ、平和の指導者へと変わることができた。自己を変革することができた。つまり“アショカ”は、一人ひとりの心のなかにいる。誰もが自分を変えることができる──そうガンジーは見たのです」(『人道の世紀へ』第三文明社)と指摘していたことが忘れられません。

社会の悪弊の根を断ち「人権文化」建設に挑戦

沈黙や傍観の壁を打ち破るための道
 この史実に裏付けられた確信があればこそ、ガンジーは「内なる悪」との対峙という不断の精進を自身に課すと同時に、「人間性には相反応し合うものがあるとの不滅の信念」(『非暴力の精神と対話』森本達雄訳、第三文明社)を燃やし、「自らも前進をするとともに、ときには、敵対する者たちまでも共に携えて行く」(『わが非暴力の闘い』森本達雄訳、第三文明社)アヒンサー(非暴力)の道を、貫き通すことができたのではないでしょうか。
 仏法の「十界互具論」が促しているのも、互いを“悪”として糾弾したり、排除し合うのではなく、同じ人間として引き起こす可能性がある“社会の悪弊”の根を断つために、「内なる悪」への眼差しを互いに忘れず、自他共に「善性」を薫発し合う生き方を選び取ることなのです。
 ある集団の中に排他的で暴力的な志向を強める人々がいたとしても、集団全体を敵視することは憎悪の連鎖を招くだけであり、あくまで大切なのは、“いかなる排他的で暴力的な行為にも明確に反対する人々の連帯”を堅固にする努力を、あらゆる差異を超えて社会全体で押し上げていくことではないでしょうか。
 私どもSGIが、国連が呼び掛ける「平和の文化」や「人権文化」の建設に、これまで力を入れてきたのも、そうした社会の土壌を育むことにつながると確信してきたからでした。
 ガンジーの思想を受け継ぎながら、人権のために闘ったキング博士は、自らの運動を攻撃する勢力以上に自由獲得の大きな障壁となるものとして、「正義よりも〈秩序〉の維持に熱中」する態度をはじめ、「善人のぞっとするような沈黙」や「自己満足の〈無為傍観主義〉」などを挙げ、警鐘を鳴らしたことがあります(『黒人はなぜ待てないか』中島和子・古川博巳訳、みすず書房)
 いわば「人権文化」の建設は、そうした陥穽──つまり、社会悪の蔓延に結果的に加担してしまう態度を互いに戒めるだけでなく、一人一人の善性を薫発するエンパワーメントを通し、誰もが人間の尊厳を守る主体者として貢献できる社会を目指しながら、皆の力で人権の強度を高めていく挑戦に他なりません。
 折しも、国連が推進する「人権教育のための世界プログラム」の第3段階(2915年~2019年)では、メディアなどを優先対象にすることに加えて、特にステレオタイプ(固定観念)や暴力に対して取り組み、「多様性の尊重」を培う平等や非差別に関する教育と研修を進めていくことになっています。
 SGIとしても、2005年の開始以来、一貫して取り組んできた「人権教育のための世界プログラム」への支援を柱としつつ、国連機関や他のNGOと力を合わせて、「自他共の善性を呼び覚ます価値創造」の挑戦に邁進していきたいと思います。

「教育」「青年」を共通目標の柱に掲げ人間の尊厳輝く世紀を

 続いて、すべての人々が尊厳を輝かせて生きられる「持続可能な地球社会」を築くために、3つの角度から提案を行いたい。
 第1の柱は、教育と青年に関するものです。
 前半で、歴史家トインビー博士の「われわれ自身の努力を通じて、われわれの順番において何らかの新しい、先例のない変化を歴史に与える道がわれわれには開かれている」(『試練に立つ文明』深瀬基寛訳、社会思想社)との言葉を踏まえながら、民衆による民衆のための価値創造の挑戦について論じてきましたが、その力を引き出すエンパワーメントの源泉となるのが教育に他なりません。
 振り返れば、信念の闘争を貫いて出獄を果たしたマンデラ氏と初めてお会いした時(1990年10月)、新しい時代を建設するための最重要のテーマとして語り合ったのが教育であり、青年の育成でした。
 新生・南アフリカの建設の礎は教育にあるとの信念を持つマンデラ氏に対し、「100年先、200年先という未来を展望するとき、国家の発展の因を何に求めるか。それは『教育』である」との強い共感を、お伝えしたことを懐かしく思い起こします。
 対話を通して、“教育こそ、人間の尊厳を照らす光源である”との信念を私たちは強め合いましたが、そうした教育は一国の単位に限らず、人類全体の未来の命運を握るものと言っても過言ではありません。
 マンデラ氏が1万日に及ぶ獄中闘争を勝ち越えたのも、絶えず自身に“教育の息吹”を取り込み、恩讐を超えて平和と共生の社会を築くという夢を大きく育てていたからでした。
 「強固な壁の後ろに閉じ込めることができるのは、私の肉体だけなのです。私は依然としてコスモポリタン的な考えを持っています。心の中では、ハヤブサのように自由なのです。私のあらゆる夢の錨となっているものは、人類全体に共通する英知です」(『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』長田雅子訳、明石書店)と、精神の翼を広げ、ギリシャの古典劇を読んで逆境に屈しない心を鼓舞したり、仲間の囚人と獄中で“大学”を開いて、理想の未来をつくりあげる力を共に養うことを怠らなかったのです。
 世界で今、脅威に直面して深刻な苦しみを抱えている人々、社会を何としても良い方向に変えたいと願っている人々、そして、これからの未来を担いゆく若い世代にとって何より必要なのは、この「不屈の希望」と「人類の英知に学ぶという精神性」に裏打ちされた価値創造の力を育む教育ではないでしょうか。

国連の新たな枠組みで「世界市民教育」を推進

30年以上にわたり国連の活動を支援

 昨年9月、国連で「ミレニアム開発目標に関する特別イベント」が開催され、ミレニアム開発目標に続く新しい国際共通目標=注4=の制定に向け、今年9月から政府間交渉を開始し、来年9月の首脳級サミットで採択するとのスケジュールが決まりました。
 これまで私は、新しい国際共通目標の対象分野として、循環型社会の追求や防災・減災をはじめ、人権、人間の安全保障、軍縮などを掲げることを訴えてきましたが、今回、そのリストに「教育」を加える形で提案を行いたい。
 具体的には教育の分野において、「初等教育と中等教育の完全普及」や「すべての教育レベルでの男女格差の解消」と併せて、「世界市民教育の推進」の項目を共通目標に盛り込むことを提唱するものです。
 そして特に3つ目の項目を軌道に乗せるために、今年で終了する「国連持続可能な開発のための教育(ESD)の10年」の後継枠組みとして「世界市民教育プログラム」を新たに設け、国連と市民社会との協働プロジェクトとして進めることを呼び掛けたい。
 「世界市民教育」の重要性は、40年以上前に行ったトインビー博士との対談以来、各国の指導者や識者との対話を重ねる中で、私が一貫して強調してきたテーマであります。87年に発表した提言では、具体的な構想として、環境、開発、平和、人権の四つの分野を軸に、人類的価値を追求する「世界市民教育」の推進を提唱しました。
 この構想は、SGI(創価学会インタナショナル)が82年にニューヨークの国連本部で「核兵器──現代世界の脅威」展を開催して以来、国連の世界軍縮キャンペーンの一環として各国での巡回を進める中、“地球的問題群の解決には教育が不可欠の要素になる”との年来の信念を一層深め、提案したものでした。
 その後も89年から「戦争と平和」展を行ったほか、95年に始まった「国連人権教育の10年」や2000年以降の「平和の文化」に関する国連の一連の取り組みを、市民社会の立場から支援するために、「現代世界の人権」展や「世界の子どもたちのための平和の文化の建設」展などを開催し、草の根の意識啓発に全力を注いできました。
 また、他のNGO(非政府組織)と協力して、「ESDの10年」の制定と人権教育の国際枠組みの継続を訴え、2005年に「ESDの10年」と「人権教育のための世界プログラム」がスタートしてからは、この二つの国連の枠組みを支援する活動にも積極的に取り組んできたのです。
 このほか、持続可能な未来のための人間の行動規範と価値を謳った「地球憲章」の制定作業を支援し、その精神を普及するための活動を進めてきました。
 こうした30年以上にわたる活動を通し、さまざまな分野で連携と協力を深めてきたNGOとともに、2年前のリオ+20(国連持続可能な開発会議)では、公式関連行事として「私たちが創る未来」と題する円卓会議を開催しました。来月にはニューヨークで、「世界市民と国連の未来」をテーマにした円卓会議を行う予定となっています。
 リオの円卓会議で浮かび上がったのは、教育を問題への理解を深めることだけに終わらせず、一人一人が内面に備わる無限の力に目覚めていく「エンパワーメント」の触媒となり、時代変革への行動に勇んで立ち上がる「リーダーシップの発揮」の揺籃となるよう、教育を一連のプロセスとして追求する重要性です。
 その意味で、これまでの国連による活動の成果を踏まえつつ、次なるステップとして、「一人一人のエンパワーメント」から「すべての人々による価値創造の挑戦」までのプロセスを重視する新たな教育枠組みについて、検討を開始すべきではないでしょうか。

他国の犠牲の上に繁栄を追求しない
 そこで、「世界市民教育プログラム」の骨格に据えることが望ましいと考える3つの観点を提起したい。
 一、人類が直面するさまざまな問題への理解を深め、その原因に思いを馳せる過程を通じて、「どんな困難な問題でも人間が引き起こしたものである限り、必ず解決することはできる」との希望を互いに共有していくための教育。
 一、グローバルな危機が悪化する前に、それらの兆候が表れやすい足元の地域において、その意味を敏感に察知し、行動を起こしていくための力をエンパワーメントで引き出しながら、連帯して問題解決にあたることを促す教育。
 一、他の人々の苦しみを思いやる想像力と同苦の精神を育みながら、自国にとって利益となる行動でも、他国にとっては悪影響や脅威を及ぼす恐れがあることを常に忘れず、「他国の人々の犠牲の上に、自国の幸福や繁栄を追い求めない」ことを、共通の誓いに高め合うための教育。
 以上、3つの観点を提起しましたが、こうした点を加味した「世界市民教育」を、各国の中等教育や高等教育のカリキュラムに盛り込むことと併せて、市民社会が主体となって生涯学習の一環としてあらゆる機会を通じて進めていくべきではないでしょうか。
 国連の潘基文事務総長も2年前に、教育を国際社会の最優先課題にする「グローバル・エデュケーション・ファースト」のイニシアチブを立ち上げ、その柱の一つに地球市民の育成を掲げています。このように、国連においてグローバルな意識の涵養を重視する動きが見られることは、誠に心強い限りです。
 11月に名古屋市で行われる「ESDに関するユネスコ世界会議」でも、この地球市民の教育に対するESDの貢献と今後の取り組みが協議される予定であり、会議の成果などを踏まえながら、「世界市民教育プログラム」の制定を目指すべきだと思うのです。

若者たちをめぐる雇用環境の改善を
 続いて、この教育と並んで、新しい共通目標の対象に含めることを提唱したい分野は「青年」です。
 世界人口の4分の1を占める青年は、共通目標の影響を最も強く受ける世代であると同時に、その達成を図る上で最も影響力のある存在に他なりません。ゆえに世界の青年が、より良き社会を建設するための価値創造に積極的に挑戦できるような道筋を、共通目標に組み込む意義は大きいのではないでしょうか。
 具体的には、①「ディーセント・ワーク」(働きがいのある人間らしい仕事)の確保に各国が全力を挙げること、②社会が直面する問題を解決するプロセスに「青年の積極的な参加」を図ること、③国境を超えた友情と行動の連帯を育む青年交流を拡大すること、の3項目を目標に設定することを提案したい。
 世界では現在、失業者が約2億200万人に達し、約9億の人々が仕事があっても1日当たり2ドルの貧困線を上回る収入を得られないと推定されています。
 特に若者をめぐる状況は厳しく、定職がない状態が続いたり、仕事があっても低賃金、劣悪な職場環境、不安定な雇用形態、男女間の待遇の格差などに苦しむ状況が広がっています。
 この状態が長引けば、多くの若者の尊厳が深く傷つけられ、未来への希望と生きる力を失ってしまいかねません。国際労働機関でも「ディーセント・ワーク」の確保に向けた努力を各国に呼び掛けていますが、その追求を共通目標で明確に掲げることで、状況改善の勢いを本格化させるべきであると思うのです。
 また2番目の、青年の問題解決への関与は、今後の世界を考える上で絶対に外せない要素であり、昨年9月にコスタリカで行われた「グローバル・ユース・サミット」の宣言でも、青年たちによる要請として強調されていた点でした。
 私も2006年の国連提言などで訴えてきたところであり、その一環として国連が昨年8月に開設した、青年のためのオンライン国連プラットフォームを強く歓迎するものです。
 各国でも同様に、青年の声を反映する仕組みを整備する努力を加速させるべきではないでしょうか。
 3番目の青年交流の拡大は、学生中心に進められてきた各種の交流をさらに幅広く青年一般に広げて定着させることを、国際社会の合意として共通目標に掲げることが望ましいと考え、提案したものです。
 その意義は、相互理解の深化や関心の継続だけにとどまりません。
 交流を通じて育まれた友情や心の絆は、憎悪や偏見に基づく扇動や、集団心理に流されない“防波堤”となっていくものです。
 どの国においても軍事力への依存と排他的な政治に歯止めをかけ、平和で人道的な社会を築くには、「他国の人々の犠牲の上に、自国の幸福や繁栄を追い求めない」という世界市民意識を持つ人々──なかんずく青年世代の裾野を広げることが欠かせません。
 顔と顔を合わせ、同じ時間を過ごす中で育んだ友情は、それぞれの国で次代を担う青年たちの心に「不戦への誓い」を一つまた一つと灯しながら、「地球的問題群の解決に向けた行動の連帯」という実りをもたらす、人類にとって無上の宝となるものです。
 創価学会でも、社会が直面する問題を青年の視点から考え、青年による行動の連帯を広げることを目指す運動「SOKAグローバルアクション」を、今年からスタートしました。
 他のNGOや諸団体とも協力しながら、青年が問題解決の最前線で行動する時代を力強く切り開いていきたいと思います。

多発する災害と異常気象 復興への協力強化が急務


「レジリエンス」を地域全体で高める
 次に提案の第2の柱として、災害や異常気象による被害を最小限に抑えるための国際協力について述べておきたい。
 世界気象機関が昨年に発表した報告書によると、21世紀の最初の10年間(2001年~2010年)は、ハリケーン・カトリーナやパキスタンでの洪水、アマゾン川流域の干ばつなど、異常気象が各地で発生した結果、犠牲者は37万人にのぼったといいます。
 異常気象が多発する状況は2010年以降も続いており、昨年だけでも、台風30号がフィリピンやベトナムに深刻な被害をもたらしたのをはじめ、ヨーロッパ中部やインドなどが豪雨による洪水に見舞われ、北半球の多くの地域が記録的な熱波に襲われました。
 また、こうした直接的な被害以外にも、気候変動は人々の生活を支える農業、漁業、林業などに深刻な影響を及ぼし、世界全体の経済的損失額は年間2000億ドルにも達しています。
 そのため、地球温暖化の防止に関する国連気候変動枠組条約の締約国会議でも、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量削減とは別に、損失や被害への対応が議題にのぼるようになり、昨年11月に行われた第19回締約国会議では、気候変動に伴う損失と被害に関する「ワルシャワ国際メカニズム」の設立が合意されました。
 しかしこの制度も、途上国への資金援助の提供を先進国に要請するだけで、拘束力はなく、メカニズムの見直しの機会も2016年まで持ち越されるなど、気候変動の悪影響に苦しむ人々の状況の改善にはつながらない恐れがあります。
 国連大学の環境・人間の安全保障研究所は、「現行レベルの適応策や緩和策では、さまざまな気候ストレスからの負の影響を回避するには十分ではない」(国連大学のホームページ)と警鐘を鳴らしていますが、何らかの新しいアプローチを見いだし、早急に対策を講じる必要がありましょう。
 そこで提案したいのは、国連気候変動枠組条約によるグローバルな規模での対応策と並行する形で、アジアやアフリカをはじめとする各地域で、災害や異常気象による被害を軽減し、復興を成し遂げるための「レジリエンス」の力を強化する協力体制を整備していくことです。
 災害や異常気象への対応は、「事前の備え」「被災時の救援」「復旧・復興」の3本柱から成りますが、このうち被災時の救援は、各国から支援が寄せられる場合が少なくないものの、残りの2つの分野における国際協力に関しては、より一層の拡充が必要ではないかと思います。
 どれだけ緊急支援が寄せられても、その後、一国の力だけで復興を成し遂げ、災害への備えを強化するには、かなりの困難が伴うことが、各地の事例で浮かび上がっているだけに、教訓を共有しながら助け合う制度を設けることは、急務だと言えましょう。
 現在、紛争については、国連の平和構築委員会などを通じて、紛争予防、紛争解決、平和構築が一連のプロセスとして取り組まれるようになっています。
 災害や異常気象についても同様に、「事前の備え」や「被災時の救援」から、「復旧・復興」にいたるまでの一貫した協力体制を、近隣諸国の間で築いていくべきだと思うのです。

近隣国同士の助け合いで安全保障の質的な転換を
 
気候変動を脅威に感じる国々が増加
 なぜ、その対応にあたって近隣関係を基盤にすることが望ましいのか。
 被災直後の支援とは異なり、「事前の備え」と「復旧・復興」は息の長い協力が必要なだけに、近隣国の間で助け合うことは無理が少ないだけでなく、地理的に近い関係であればこそ、自国にいつ襲いかかるかもしれない異常気象に関する教訓や備えを共有する意味が重みを増すからです。 
 それだけでも大きな意義があると思いますが、こうした災害や異常気象に関する近隣諸国での協力が軌道に乗れば、それ以上の計り知れない価値を地域全体にもたらす可能性を秘めていると、私は考えます。
 それは、近隣諸国間における安全保障のあり方を転換させる可能性です。
 昨年3月、韓国のソウルでアジア太平洋地域気候安全保障会議が開催されましたが、そこで発表された報告書によると、少なくとも110カ国が気候変動の問題を“安全保障上の脅威”として受け止めるようになってきたといいます。
 これまで多くの国が気候変動を“環境問題の一つ”と捉え、経済成長と比べて低い優先順位に置いてきたものの、ここ数年の間に認識が変わり、“安全保障上の脅威”として対応を図ることが必要と考える国々が増加しているのです。
 特筆すべきは、こうした面での安全保障を高めることは、軍事力を強化する場合に生じる「安全保障のジレンマ」──ある国が軍備を増強すると、他の国が脅威と受け止めて対抗措置をとるといったように、軍拡がさらなる軍拡を呼び、かえって不安や緊張が増すという負の連鎖に拍車がかかる状況──を招く恐れがないという点です。
 その上、災害や異常気象はどの国にとっても、いつ降りかかるかわからない性質のもので、被災直後に多くの国が救援に駆けつけ、支援を厭わないように、まさに“被災した時はお互いさま”という、国と国との垣根を越えた「同苦」と「連帯」の地平を開くものに他なりません。
 このことは、3年前にクライストチャーチ地震と東日本大震災に見舞われた、ニュージーランドと日本に住む、平和学者のクレメンツ博士と私が対談で語り合った点であり、博士はこう述べていました。
 「災害時に大規模な国際協力と支援の態勢がとられるのを目の当たりにして、非常に心強く思いました。それ自体、私たちの誰もが心の奥底で“文化や言語や国籍は違っても、ともに同じ人間である”と感じていることを物語っています。そのことが危機的状況でしか実感されない場合が多いのは残念という他なく、それだけに平時においても、災害時のような『相互扶助の精神』を保つことが大切だと思えてなりません」
 全く同感であり、そのためにレジリエンスの強化や復興支援の面で、近隣国同士が息の長い協力を積み重ねていく中で、「助け合いと支え合いの精神」を地域の共通文化として育むべきではないでしょうか。

地球公共財として情報の共有を図る
 実際、この分野で必要とされるような知識や情報、技術やノウハウは、従来の軍事的な安全保障で優先される情報保全とは違って、各国の間で共有してこそ、より大きな価値を発揮することができるものです。
 情報や技術を共有する国が増えれば増えるほど、各国で被害を最小限に食い止めるための道が開かれ、地域全体の災害リスク(安全保障上の脅威)の低減につながっていくからです。
 それはまさに、アメリカのジェファーソン第3代大統領が語った「私のろうそくの光を暗くせずに、彼のろうそくに火を灯すことができるように、彼は私のアイデアを減らさずに、それを受け取ることができる」との言葉を通し、経済学者のジョセフ・E・スティグリッツ博士が概念の輪郭を描いた「地球公共財としての知識」に該当すると言えましょう(インゲ・カール/イザベル・グルンベルグ/マーク・A・スターン編『地球公共財』FASID国際開発研究センター訳、日本経済新聞社)
 災害に関するレジリエンスは、頑強性(社会的機能が容易に損なわれない)、代理機能性(不測の事態に代替手段で対応できる)、機転性(再起のための社会的な体力と知恵を備える)、迅速性(深刻な影響が広がる前に復旧の道筋をつける)の4項目で構成されますが、いずれもジェファーソンの言う「彼は私のアイデアを減らさずに、それを受け取ることができる」性質のものなのです。
 私は、この地域間協力の先鞭を、災害による被害が最も深刻であるアジア地域がつけ、世界の他の地域にも「レジリエンス強化と復興支援の協力の輪」を広げる流れをつくりだすことを呼び掛けたい。
 その基盤は既に存在しています。ASEAN(東南アジア諸国連合)の国々に加えて、日本や中国、韓国や北朝鮮などが参加するARF(ASEAN地域フォーラム)=注5=が、安全保障に関する優先課題の一つとして「災害救援」を掲げ、協力のあり方を定期的に検討する枠組みができているからです。
 注目すべきは、ARFの活動の一環として、「災害救援」をテーマにした多国間の実動演習が、これまで3回実施され、文民主導・軍支援のコンセプトの下、医療部隊や防疫部隊、給水(浄水)部隊なども参加しての合同訓練が行われてきたことです。
 私は、この実動演習に、牧口初代会長が20世紀の初頭(1903年)に著した『人生地理学』で提唱していた、排他的な軍事的競争を人道的な方向へと転換させる可能性の萌芽をみる思いがしてなりません(以下、『牧口常三郎全集第2巻』第三文明社を参照。引用は現代表記に改めた)
 牧口会長は、帝国主義や植民地主義が跋扈していた時代にあって、各国による競争の主軸が軍事的競争から政治的競争、さらには経済的競争へと変遷していくことを指摘しつつ、こうした“他の犠牲の上に自らの繁栄を追求する”競争からの脱却を果たし、国家の目的を「人道的競争」へと向け直していかなければならないと訴えました。
 そして、その挑戦を進める過程で、軍事や政治や経済面での競争の質的転換をも図ること──すなわち、「他のためにし、他を益しつつ自己も益する方法」を選択し、「共同生活を意識的に行う」道を歩むよう、競争の重心を移すことを呼び掛けたのです。

隣国との友好こそ世界平和の基盤
「日中韓の首脳会談」開催を


自治体間の交流で防災力を高め合う
 この主張から1世紀以上がたちますが、ARFが「災害救援」の協力強化のために始めた実動演習を、牧口会長の言う「目的を利己主義にのみ置かずして、自己と共に他の生活をも保護し、増進せしめんとする」人道的な観点に立った軍事的競争の質的転換を各国に促す契機にしていくべきだと思うのです。
 「災害救援」の協力を重ねる中で、互いの国に対する不信やわだかまりを解きほぐしながら、「復旧・復興」のプロセスにまで協力体制を継続させることを目指していく。そして、「事前の備え」としてのレジリエンスの強化については、地方自治体の姉妹交流を通じて、顔と顔が向き合う間柄での協力を、それぞれの国で根を下ろしたものにする取り組みを進めていってはどうでしょうか。
 私はその取り組みを軌道に乗せる具体的な枠組みとして、ARFでの実績などをベースに「アジア復興レジリエンス協定」を締結することを提案したい。
 そして、アジア地域での先行モデルを構築するために、日本と中国と韓国が、地方自治体の姉妹交流を機軸にしたレジリエンスの強化に積極的に取り組むことを提唱したいのです。
 現在、日本と中国との間には354、日本と韓国の間には151、中国と韓国の間には149もの姉妹交流が結ばれています。99年からは、日中韓3カ国による「地方政府交流会議」も毎年行われ、交流の促進が図られてきました。
 こうした基盤の上に、各自治体の青年が中心となって、防災や減災を含むレジリエンス強化のための交流を進め、「友好と信頼の絆」を堅固にしていく。そして自治体間の交流という点と点を結び、「行動の連帯」の線を国家の垣根を越えて幾重にも描きながら、「平和的共存」という面を地域全体に浮かび上がらせていく──。
 隣国との友好を誠実に築く努力なくして、世界平和をどれだけ展望しても、画竜点睛を欠くことになってしまう。災害時に相身互いで支援をしてきたような精神こそ、隣国同士の関係の礎に据えるべきです。
 アジアのみならず世界に新たな価値創造の息吹をもたらすこの挑戦に着手すべく、「日中韓の首脳会談」を開催し、昨年の提言で訴えた環境問題での協力も含めて対話を促進することを強く望むものです。
 そして、来年3月に仙台で行われる「第3回国連防災世界会議」を契機に、どのような協力を具体的に進めるかについての協議を本格化させることを、呼び掛けたいと思います。

核兵器依存からの脱却は「非人道性」の観点が鍵に

日本を含む125カ国が共同声明に賛同

 最後に第3の柱として、核兵器の禁止と廃絶に向けての提案を行いたい。
 先に論じた地震や津波などの災害は、事前の備えで被害の軽減は図れても発生自体は止められないものであるのに対し、その災害以上に取り返しのつかない惨劇をもたらす核兵器の脅威は、大多数の国々の明確な政治的意思を結集することができれば、防ぐことのみならず、なくすことさえ可能なものであります。
 昨年8月、シリアで化学兵器が使用され、多くの市民が犠牲になったことに対し、国際社会で強い非難が巻き起こりました。
 このシリアでの事態を受け、国連の安全保障理事会でも、「シリアのいかなる主体も、化学兵器を使用、開発、生産、取得、貯蔵、保持、もしくは移転してはならない」(ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第433―4号)と強調し、化学兵器を迅速に廃棄することを求める決議を採択しました。
 化学兵器が現実に使用され、その非人道性があらためて浮き彫りになる中で、“誰であろうと保有も使用も許されない”との原則が安全保障理事会で厳格に示されたわけですが、大量破壊兵器の最たる存在である核兵器について、同じ原則がいまだ適用されずにいるのは、明らかにおかしいと言わざるを得ません。
 国際司法裁判所が96年に示した勧告的意見の中で、「核兵器の破壊力は、空間にも時間にも閉じこめておくことができない。核兵器は、あらゆる文明と地球上の生態系の全体とを破壊する潜在力をもっている」(浦田賢治編著『核不拡散から核廃絶へ』憲法学舎)と警告したように、核兵器がもたらす壊滅的な人道的結果は、化学兵器とは到底比べものにならないからです。
 この壊滅的な人道的結果と正面から向き合い、核兵器の問題を論じることは、安全保障の論理を最優先にする国際政治の下で長らく遠ざけられてきましたが、2010年に開催されたNPT(核拡散防止条約)再検討会議の最終文書で深い懸念が示されて以来、新たな動きが国際社会で生まれ始めています。
 昨年3月、ノルウェーのオスロで行われた国際会議は、70年近くに及ぶ核時代の中で、人道的影響の観点から核兵器の問題を捉え直すことを目的とした初めての会議となりました。
 そこで科学的見地に基づく検証などを行った結果、会議の出席者が共有したのは、「いかなる国家も国際機関も、核爆発によって引き起こされた直接的な人道的非常事態に適切に対処し、被災者を救援しうるとは考えにくい」(ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第419―20号)との認識でした。
 こうした中、この検証などを追い風としながら、核軍縮と不拡散をめぐるすべての協議の中心に「核兵器の人道的影響」を据えることを求める国々の輪が徐々に広がっています。
 1012年5月以来、核兵器の人道的影響に関する共同声明の発表が重ねられる中、4回目となった昨年10月の声明の際には、賛同国が“核の傘”の下にある日本などを含めた125カ国にまで拡大しました。
 その背景には、「核兵器がもたらす惨劇を誰にも味わわせてはならない」と訴え続けてきた広島と長崎の被爆者をはじめ、核兵器廃絶を求める人々の力強い支持がありましたが、国連加盟国の3分の2を占める国々が「いかなる場合にも」と一切の例外を認めず、核兵器の使用は壊滅的な人道的結果をもたらし、人類の利益に反することを確認したことは、重要な意義を持つと言えましょう。

レイキャビクでの米ソ首脳の対話
 歴史を振り返れば、アイスランドのレイキャビクで1986年に行われた米ソ首脳会談で、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長が「核兵器の全廃」の合意に向けて胸襟を開いて対話した背景にあったのも、核戦争がもたらす壊滅的結果への恐れでありました。
 ゴルバチョフ氏は、会談の半年前にチェルノブイリで原発事故が起きたことなど、当時を回想して、次のように述べています。
 「チェルノブイリがなかったら、レイキャビクはなかった。そしてレイキャビクがなかったら、核軍縮は進まなかっただろう」
 「一基の原子炉の放射能に対してさえも、十分に対応できなかったのに、ソ連全土や、米国、日本で核爆発がどんどん起きたら、どうなるか。放射能汚染への対応など、とても手に負えない。もう、おしまいである」(吉田文彦『核のアメリカ』岩波書店)と。
 この時、アメリカのSDI(戦略防衛構想)をめぐる意見対立が解消できず、「核兵器の全廃」は合意寸前で幻に終わってしまったものの、「われわれの子や孫をこんな恐ろしい兵器から解き放ちたい」(太田昌克『アトミック・ゴースト』講談社)との思いを抱いていたレーガン大統領との間で、翌86年にはINF(中距離核戦力)全廃条約という米ソ間で初めての核軍縮条約が実現したのです。
 それから四半世紀以上を経た今、人類を取り巻く状況はどう変わったのか。
 それは、昨年6月のベルリンでの演説で「我々は、もはや世界的な絶滅の危機の中にはいないと言えるかもしれない。しかし、核兵器が存在する限り我々は真に安全ではない」(ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第427―8号)と述べたアメリカのオバマ大統領の言葉が物語っていると言えましょう。
 偶発的事故や誤った情報に基づく核攻撃、また懸念が高まっている核テロリズムによって、壊滅的な人道的結果がもたらされる可能性は常に横たわっているのであり、核兵器を保有する国が増えた分だけ、危険性も増しているからです。
 しかし、冷戦時代と現在を比べて、決定的な違いと動かし難い共通点があることに着目することで、「核兵器のない世界」に向けての新たな地平が浮かび上がってくるのではないかと、私は提起したい。
 まず決定的な違いとは、保有国の間での核攻撃による徹底抗戦という冷戦時代に危惧されたような事態が実際には考えにくくなっていることや、テロをはじめとする今日的な脅威に対応できないとの観点から軍事的な有用性の認識に変化がみられることです。
 つまり、「深刻な対立が存在した」からこそ危険だった時代から、深刻な対立が抜け落ち、「核兵器が存在し続けている」からこそ危険という時代へと移り変わったということです。
 冷戦時代には「抜き差しならない対立」が互いの危機意識を高め、抑止政策によって核兵器が角突き合わせる対峙を招いていたのに対し、現在では「世界に核兵器が存在している状況」が常に不安を生むために、新たに保有を望む国が出てきたり、どの保有国も核兵器を手放せない心理が働いているとは言えまいか。
 2008年に世界経済危機が発生してから、どの国も厳しい財政問題に直面しているにもかかわらず、軍事的な有用性が低くなる一方の核兵器を保持するために全保有国で毎年1000億㌦も費やしている事実を前に、核兵器は“国の威信を高める資産”というよりも、“国の財政を傾ける重荷”になりつつあるとの声も上がっています。
 こうした状況に鑑みて、保有国は核兵器の存在がもたらす脅威を解消するための行動に踏み出すべきではないでしょうか。

核兵器の本質を剔抉《てっけつ》した戸田会長
 そして、もう一つの鍵となる動かし難い共通点とは、広島と長崎への原爆投下以来、68年間にわたり、どの国も、どの指導者も、核兵器を使用しなかったという事実です。それは、冷戦の終結前も終結後も変わることはありません。
 この点を考えるにつけ、思い起こされるのは、広島と長崎への原爆投下を決断したトルーマン大統領が、その3年後(1948年)に述べた保有国の指導者としての自戒の言葉です。
 「これは軍事的な兵器ではないことを理解しなければならない。女性や子ども、武装していない人々を消し去るために使用された兵器であり、軍事的なものではなかった。ライフルや大砲といった、普通の兵器とは違う扱いをしなければならない」(前掲『核のアメリカ』)
 ソ連がアメリカに続いて核実験を成功させたのは、翌49年でした。以来、抑止論が世界を覆うようになって今にいたるわけですが、「軍事的な兵器」でもなく「普通の兵器とは違う扱いをしなければならない」という核兵器の性質を、多くの指導者が核のボタンの責任を背負う中で知らず知らずのうちに感じ取ってきたことが、“核不使用の楔”になってきたのではないかと思えてなりません。
 新しい動きとして昨年、国連総会の決議に基づき、多国間核軍縮交渉を前進させるためのオープン参加国作業部会が設置され、協議が行われましたが、この決議を主導したオーストリアは、6月に提出した文書で次のような問題提起をしていました。
 「核兵器のない世界を達成し維持するという普遍的な目標では、全ての国家が一致している。しかし、核兵器の後戻りのできない廃絶に向けた最も効果的な道筋に関する共通の認識はない。この認識の溝に橋を架けるにはどうしたらよいだろうか?」(ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第429号)
 私は、核兵器の人道的影響に関する共同声明に基づく連帯と、トルーマン大統領に端を発する“他の兵器とは異なる核兵器の性質”を感じながらも安全保障上の観点から保持してきた指導者との間に架ける橋は、「誰も核兵器がもたらす壊滅的な人道的結果を望んでいない」との思いではないかと考えるのです。
 核開発競争が激化していた57年9月に「原水爆禁止宣言」を発表し、世界の民衆の生存権を脅かす核兵器の本質について剔抉した私の師・戸田第2代会長は、その宣言に先駆ける形で、「世界にも、国家にも、個人にも、『悲惨』という文字が使われないようにありたい」(『戸田城聖全集第3巻』)と訴えていました。
 先の共同声明で核兵器の使用について掲げられた「いかなる場合にも」との文言に対し、安全保障のための軍事オプションが制約されることへの懸念を、真っ先に考えてしまう指導者は少なくないかもしれません。しかし、その文言を「いかなる人にも」と、壊滅的な人道的結果を被る一人一人の立場に置き換えてみれば、核兵器の使用を正当化できるような例外的事由を設けることが、果たして許されるのかどうか。
 「武装していない人々を消し去る」という、まさにレッドライン(越えてはならない一線)を越えた、核兵器がもたらす壊滅的な人道的結果は、世界の民衆の生存権を根本から脅かすものとして戸田第2代会長が指弾していたように、「どの国であろうと」「誰であろうと」受け入れ難いものであるとの思いを共有することが、安全保障上の理由から核兵器の使用を容認する思想を乗り越える鍵になると思うのです。

核兵器禁止条約の制定へ市民社会の連帯を拡大‼︎

不使用協定に向け日本は積極貢献を
 以前から私は、原爆投下から70年となる来年に「核廃絶サミット」を広島と長崎で開催することを提唱してきましたが、このサミットの開催をもって、国や立場の違いを超えて「核兵器のない世界」を求める人々が集い、同じ地球に生きる人間として行動を誓い合う場としていくべきではないでしょうか。
 具体的には、先ほどの共同声明に賛同する国々や、NGOの代表をはじめ、保有国を含む各国の青年たちを参加者の主軸に据えていくことで、「世界青年核廃絶サミット」と銘打って、核時代に終止符を打つ誓いの宣言を青年が中心となって取りまとめ、宣言の採択を機に新たな行動を起こすことを呼び掛けたい。
 その上で、この開催に加えて、具体的な課題として2つの提案を行いたいと思います。
 1つ目の提案は、来年のNPT再検討会議で「核兵器の壊滅的な人道的結果」を中心議題の一つに取り上げ、核軍縮の誠実な追求を定めたNPT第6条の履行を確保する措置として「核兵器の不使用協定」の制定に向けた協議プロセスを立ち上げることです。
 そもそもNPTの無期限延長が95年に決まった時から、非保有国に対して保有国が核攻撃をしないという「消極的安全保障」を法的拘束力のある文書で定めることは、大きな課題となってきました。
 私はこれを、NPT加盟国に核兵器を使用しないことを“NPTの基本精神に根差した義務”として保有国が遵守する協定へと発展させる形で、成立を図るべきだと思います。
 その目的は、「不使用協定」を通し、核兵器の存在がそれぞれの地域にもたらしている不安定要因を大幅に取り除き、核兵器の役割を縮小させる道を現実に開くことにあります。
 2010年のNPT再検討会議での最終文書では、保有国が速やかに取り組むべき措置を列挙し、今年の準備委員会で「履行状況を報告すること」に加えて、来年の再検討会議で「NPT第6条の完全履行に向けた次なる措置を検討すること」を求めています。
 その1つが核兵器の役割縮小であり、安保理常任理事国である5カ国の間でも「核兵器の不使用協定」の成立を期すことが強く求められます。2016年に日本で行われるG8サミットの開催に併せて、「『核兵器のない世界』のための拡大首脳会合」を行い、早期の協定調印を誓約することを呼び掛けたい。
 すでに2年前のNATO(北大西洋条約機構)サミットで、「核兵器の使用が考慮されねばならないような状況は極めて考えにくい」(梅林宏道監修『イアブック「核軍縮・平和2013」』ピースデポ)との認識が、NATO加盟国の一致した見解となっています。保有国は今こそ、NPTの誓約を果たす政治的意思を示し、それを協定へと結実させるべきではないでしょうか。
 また核兵器による拡大抑止には、冷戦時代にイギリスの国防相を務めたデニス・ヒーリーが提起した法則がみられると言います。
 ヒーリーによれば、ロシアの核攻撃を抑止するにはアメリカによる報復の確実性が「5%」あるだけで十分だが、“核の傘”の下にあるヨーロッパ諸国を安心させるにはアメリカが報復する確実性が「95%」も必要になる、と。その意味では、“核の傘”に依存してきた国々の方針が、現行の過剰なまでの核軍備を維持させる要因になってきたとも言えましょう。
 そこで「不使用協定」を成立させることによって、“核の傘”の下にある国々にも、新たな安心と安全の枠組みが確保できるようになれば、自国にも他国にも壊滅的な人道的結果をもたらす核兵器に安全保障を依存しなくても済む道が開かれ、核兵器の役割縮小の前提条件が整うことになるに違いありません。
 そして、「不使用協定」を突破口に、北東アジアや中東など非核兵器地帯が実現していない地域で、その前段階としての「核不使用地帯」の設置を目指すべきだと思うのです。
 “核の傘”の下にありながら、共同声明に賛同した日本は、被爆国としての原点に立ち返って、「不使用協定」の成立とともに、「核不使用地帯」の設置に向け、積極的に貢献することを強く望みたい。

懸念を解消させる制度的保障が重要

 2つ目の提案は、こうしたNPTに基づく枠組みと並行させる形で、核兵器の人道的影響に関する共同声明の取り組みなどを軸としながら、国際世論を幅広く喚起し、核兵器の全面禁止に向けての条約交渉を開始することです。
 私は2年前の提言で、条約と議定書のセットで核兵器の禁止と廃絶を図るアプローチを提案しましたが、例えば条約には「核兵器による壊滅的な人道的結果に鑑み、安全保障の手段として核兵器に依存することを将来にわたって放棄する」との趣旨の条文だけを設けて、具体的な禁止事項や廃棄と検証に関する内容は議定書で定めるという方式も考えられましょう。
 仮に議定書の発効に時間がかかったとしても、条約の締結で“核兵器は世界にあるべき存在ではない”との国際社会の意思が決定づけられ、それが必ずや、核時代の終焉につながっていくと確信するのです。
 その一つの方向性として、包括的核実験禁止条約=注6=の方式を踏襲し、厳格な発効要件を満たさない限り、議定書は発効しないとの構造を盛り込む考え方もあるのではないでしょうか。条約の主眼は「核兵器の使用を罰すること」ではなく、あくまで「禁止規範の確立とその普遍化」にあると考えるからです。
 共同声明に賛同した125カ国以外にも、安全保障上の理由で使用の禁止は容易に認め難いものの、壊滅的な人道的結果への懸念を共有する国は少なくないと思います。そこで、条約の基本構造に“安全保障上の懸念に対する配慮”が担保される制度的保障を組み込めば、より多くの国が安心して加盟できるようになるのではないでしょうか。
 この方式の是非はともあれ、「不使用協定」も最終目的にいたる橋頭堡にすぎないだけに、核兵器の禁止と廃絶に向けた挑戦を加速させることが急務であり、市民社会の連帯で後押しすることが欠かせません。

青年主体の「核廃絶サミット」で核時代に終止符を打つ宣言を!


SGIの青年部が実施した意識調査

 その観点から重要となるのが、オスロでの国際会議に続く形で来月にメキシコで行われる「核兵器の人道的影響に関する国際会議」から、広島と長崎への原爆投下70年を迎える来年8月までの期間であると言えましょう。私どもSGIでも、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)をはじめ、「核兵器のない世界」の実現を求める多くの団体と力を合わせて、グローバルな民衆の意思──特に青年世代の声を結集していきたいと思います。
 SGIの青年部では、9カ国の青年層を対象にした「核兵器の非人道性」に関する意識調査を実施し、その結果を昨年4月にNPT再検討会議準備委員会のコーネル・フェルタ議長に提出しましたが、そこでは9割以上が核兵器を非人道的と考え、8割が禁止条約の制定を支持していることが明らかになりました。
 「核兵器のない世界」の建設は、核兵器の脅威を取り除くことだけが目標ではなく、平和と共生に基づく時代への道を民衆自身の手で切り開く挑戦に他なりません。そしてそれは、将来の世代を含めて、すべての人々が尊厳を輝かせて生きていくことのできる「持続可能な地球社会」の必須の前提となるものです。
 それが、21世紀に生きる私たち民衆が連帯して成し遂げるべき価値創造の挑戦であるとするならば、その最大の主役は青年です。
 次代を担う青年たちが、「核兵器による悲劇を誰にも味わわせてはならない」「核兵器と人類は共存できない」との思いを結集し、行動の連帯を大きく広げていけば、乗り越えられない壁などないはずです。
 私どもSGIは、核兵器の廃絶をはじめ、地球上から悲惨の二字をなくすために、青年世代の活動を柱に希望のビジョンを共有する人々や団体と協力し、価値創造の万波を力強く起こしていきたいと思います。


語句の解説
 
注1 ソーシャル・キャピタル
 社会や地域での信頼関係や結びつきを表す概念で「社会関係資本」と訳される。これが蓄積された社会では、相互の信頼や協力が得られやすいため、経済や教育、健康や幸福感の面でも良い影響がみられることについて、政治学者のロバート・パットナムによる実証研究など、さまざまな研究が進められてきた。

注2 スペイン内戦
 1936年から39年までスペインで続いた内戦。人民戦線派(左派勢力)による政府に対し、軍部・右翼勢力が蜂起。政府側はソ連や国際義勇軍の支援を受けたが、ドイツとイタリアのファシズム勢力から援助を受けた軍部・右翼勢力に敗れ、フランコ将軍の独裁体制が成立した。当時、国際義勇軍には、小説家のジョージ・オーウェルや詩人のスペンダーをはじめ、多くの知識人も加わった。

注3 ヘイト・クライム
 人種、民族、宗教など特定の属性への憎悪や偏見に基づく犯罪。90年代以降、アメリカを中心に広がり、近年も経済不況の影響で増大する人々の不安や不満を背景に深刻化してきた。ヘイト・スピーチ(明確な差別的な意図に基づく暴言や差別的行為を扇動する言動)とともに、各国で大きな社会問題になっている。
 
注4 新しい国際共通目標
 国連が2015年を目指して進めてきたミレニアム開発目標に続く枠組みで、「ポスト2015開発アジェンダ」との名称で呼ばれる。現在、この検討作業と並行する形で「持続可能な開発目標」の内容検討も進んでいるが、最終的にはこの二つの流れが統合され、単一の共通目標として制定される見込みとなっている。

注5 ASEAN地域フォーラム
 アジア太平洋地域の安全保障環境の向上を目的とした政府間フォーラム。1994年に第1回閣僚会合が行われて以来、信頼醸成の促進や予防外交の進展などが図られてきた。アメリカやロシアを含めた26カ国とEU(欧州連合)が参加し、災害救援のような非伝統的な安全保障分野での連携にも力が入れられている。

注6 包括的核実験禁止条約
 大気圏内外、水中、地下での爆発を伴う核実験を禁止する条約。略称はCTBT。96年9月に国連総会で採択された。まだ発効していないものの、自発的な核実験停止の流れを下支えし、国際監視制度の整備も進むなど、条約の存在自体が一定の役割を果たしてきた。発効には、核兵器の開発能力のある44カ国すべての批准という厳しい条件があり、残り8カ国の批准が必要となっている。
2014-01-30 : 提言 :
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