随筆 我らの勝利の大道 No.114 偉大なり 創価の青年力

随筆 我らの勝利の大道 No.114       (2013.9.13付)

偉大なり 創価の青年力

勇気・誠実・感謝で対話の潮を!
若き希望の連帯を 伸び伸びと広げよう


力の限り 心を尽くして 語りに語れ

 燃え上がる
  若き生命《いのち》の
    スクラムに
  友は続かむ
    勇気あらたに

 わが青年部は、新リーダーが続々と誕生し、新たな拡大の前進を開始した。
 特に、男子部の創価班・牙城会の凜々しき大学校生や、女子部の白蓮グループの清新な乙女たちを先頭に、希望の対話の潮を起こしてくれている。
 英邁なる男女学生部も、次代の宝の未来部も、潑剌たる新布陣となった。
 折しも、世界60カ国・地域から、使命に燃え立つ250人もの地涌の若人が来日し、意気も高らかに青年研修が開催された。
 あの輝く瞳! あの快活な息吹! あの全身に漲る強靭な決意! まさに、“地球の明日”に希望の光を贈る青年たちだ。
 結成5周年を祝賀する世界の華陽姉妹の大会も、朗らかに開催された。
 平和と福祉に尽くしたアメリカの先駆の女性、ジェーン・アダムズは語った。
 「私たちは、精神の力を信じ、それを世界の新たな原動力として使わなければいけない」と。
 悲哀や死や破壊が繰り返されている世界を癒やして、平安な姿に戻すには、この「精神の力」が不可欠であるというのである。
 創価の若き連帯が、生命尊厳の大哲学を掲げて、「精神の力」を漲らせゆくところ、必ず希望の未来が開かれる。わが創価の青年力は偉大なのだ!

仏種を植える喜び
 「撰時抄」には、「悦しきかなや・楽《たのしい》かなや不肖の身として今度《こんど》心田に仏種をうえたる」(御書286㌻)と仰せである。
 日蓮仏法は「下種仏法」であり、仏法対話をして、自他共の“心の田”に仏の種を蒔く「下種」が一切の出発点である。
 この広宣流布の大道を、我らはたゆみなく進む。
 創価学会は、永遠に「折伏」の団体である。
 一人また一人と、誠実に粘り強く「希望の種」「幸福の種」、そして「勝利の種」を蒔いていくのだ。
 先師・牧口常三郎先生も、恩師・戸田城聖先生も、偉大な「折伏の勇将」であられた。私も、青年時代より、「折伏の闘士」として戦い抜いてきた。
 折伏は、“一対一の膝詰めの対話”から始まる。
 同じ人間である。青年である。上も下もない。
 お互いが成長し、善き人生を生きるために、胸襟を開いて語り合う。悩める友に寄り添い、同苦し、一緒に壁を破って、勝利の人生を開こうと呼びかける──この生命の触発作業こそが、我らの対話であり、折伏である。
 勇敢に快活に語り抜いた分だけ、友のことを祈り、行動し抜いた分だけ、互いの生命に「幸福の花」は必ず、咲き薫っていく。
 「大願とは法華弘通なり」(同736㌻)との御金言の通り、「広宣流布」という大願に心を合わせて前進していく時、仏に等しい力と智慧が尽きることなく湧き起こってくるのだ。

「折伏」を行ずる心
 ここで、折伏に挑戦する上で大事な3点の「心」を確認しておきたい。
 第1は「勇気」である。
 折伏は難事中の難事なりと、御書に明確に説かれている。勇気なくしては、成し遂げられない。
 恩師は常々、言われた。
 「凡夫には慈悲など、なかなか出るものではない。だから慈悲に代わるものは『勇気』です。『勇気』をもって、正しいものは正しいと語っていくことが『慈悲』に通じる。表裏一体なのです。表は勇気です」
 この指導のままに、私も不屈の勇気を奮い起こして折伏に挑戦してきた。嬉しいことも、悔しい思いをしたこともある。
 「折伏に行く。入信せず。一人の人を、折伏することは大変なことだ」と日記に綴ったのは、昭和25年11月であった。
 だが、「これ以上に、尊い、偉大な、且つ最高なる活動はない。今、一人の人が入信せずとも、幾百千万の人々が、吾等を待っている」と誇り高かった。
 苦境の恩師を支えて奮闘する渦中であった。
 翌年2月の日記には、折伏した友に、約束を破られた苦衷を記した。しかし、「若いのだ。卑屈になってはならぬ。一切、大御本尊様の照覧があると思えば、実に、人生は明るい」と、毅然と前を向いた。
 たとえ相手が信心しなくても、勇気をもって語っておけば、その人の生命の大地には仏種が植えられる。それは、いつか必ず花開く時が来るのだ。
 さらに勇気の対話の波動の中で、思いがけない人が仏法に目覚めるものだ。
 私も、昭和26年の5月3日、近所の方への折伏が実り、戸田先生の第2代会長就任の晴れのその日を祝賀できたことを、懐かしく思い起こす。
 恩師が宣言された「弘教75万世帯の誓願」の成就へ、まず1世帯の率先の拡大を果たせた。
 勇気ある折伏は、一つ一つが「今生人界の思出」(同467㌻)と光り輝いていくのだ。
        ◇
 折伏の心の第2として、「感謝」をあげたい。
 戸田先生は語られた。
 「この世に生まれて、一言にても法の説けることを御本尊に感謝して、慎み深くあらねばならぬ」と。
 沖縄で、入会第1号となった広布の母がおられる。
 沖縄戦の悲劇で、2人の愛娘を失い、戦後まもなく夫も病死。行商をして4人のお子さんを必死に育てる中、仏法に巡りあえた。
 宿命に泣く悲嘆の人生から、使命に生きる歓喜の人生へと蘇生できた、尽きせぬ感謝を胸に、島々を含め、沖縄中を駆け回った。
 十分に学校に通えなかった分、「聖教新聞」や「大白蓮華」を徹して学び、手帳にメモした御文や学会指導を通し、慈愛と確信を込めて仏法を語っていった。
 その姿に、多くの友が涙し、奮い立った。100歳を超えてなお、潑剌と燃やし続けた多宝の母の折伏精神は、福運に満ちた一家の方々へ、後継の友へ、脈々と受け継がれている。
 仏法を教えてくれた学会と師匠と同志への報恩感謝を忘れない人生は、深く、美しく、そして強い。
        ◇
 第3に、折伏を決する心は「誠実」だ。
 フランスの文豪ロマン・ロランは、年齢を重ねるにつれ、ただ一つのものが大切と確信を強めたという。
 それは「生命」であり、「生命の力および誠実さ」である。
 深遠な仏法の法理を語ることが、すぐに友人の心を動かすとは限らない。
 最後の決め手は、やはり紹介者の大誠実の振る舞いである。祈りである。真心である。相手を思いやる真剣な心が、友の心に響き、友の心を変えるのだ。
 福島県の健気な女子部のリーダーは、東日本大震災で、敬愛する姉と祖母と曽祖母を共に失った。
 その絶望と慟哭は言葉に尽くせない。しかし、残された妹は「姉さんならば、きっと信心で立ち上がるはずだ」と涙を拭った。
 姉が生前、心から大切にしていた友人にも、母と一緒に、誠心誠意、信心の話をしていった。
 「あなたに、娘の分まで幸せになってもらいたい」──こう語る母の切なる願いを、姉の友人は涙を堪《こら》えて聞いていた。やがて「信心をやらせてもらいます」と、故人の遺志を継いで、広宣流布に生きゆくことを決められたと伺った。
 妙法は永遠である。この妙法で結ばれた同志の絆も永遠である。永遠に共に、題目の音律に包まれながら常楽我浄の生命の旅を前進することができるのだ。
        ◇
 題目を唱え、広宣流布に励みゆく我らの生命それ自体が、南無妙法蓮華経の当体である。我らは久遠より、この末法濁世に大法弘通しゆくことを、自ら誓った「地涌の菩薩」なのだ。
 昭和31年10月から始まった山口開拓闘争でも、全国から同志が駆け付け、私と一緒に戦ってくれた。
 なかなか対話が実らず、悪戦苦闘の友も多かった。
 私は心から励ました。
 「折伏は必ずできます。民衆を救うために、ここに来たのではありませんか。わが使命を悔いなく楽しく果たしゆこうよ!」
 皆、この誇りと確信に立って、生まれ変わった決意で、臆さず堂々と、仏法を語っていった。その歓喜のドラマの連鎖が、延べ22日間という短期決戦で、当初の世帯数の約十倍もの拡大を勝ち開いたのだ。

強気で悠々と前進
 オーストリアの詩人リルケは言った。
 「永遠を感じる者はあらゆる不安を超越している」
 今、若者を取り巻く世情は大変に厳しい。自信をもてずに悩んでいる友が、かわいそうでならない。
 その中で、永遠なる妙法を持《たも》ち、自他共の幸福の道を開かんと誠実に生き抜く青年部の諸君は、どれほど尊い、同世代の希望と勇気の光源になることか。
 自行化他にわたって妙法弘通に生きる青春が、生命に不滅の勝利の力を現し、無量の福徳を積むことは、絶対に間違いないのだ。
 君よ! 貴女《あなた》よ!
 断じて負けるな!
 強気で悠々と、人間王者の対話を広げゆけ!
 本門の青年部の新出発に際し、私は「諸法実相抄」の一節を贈りたい。
 「力あらば一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(御書1361㌻)

 ジェーン・アダムズの言葉は『Jane Addams' Essays and Speeches』(Thoemmes Continuum)。ロランはツヴァイク著『ロマン・ロラン』大久保和郎訳(慶友社)。リルケは『リルケ全集9』(河出書房新社)から、城眞一訳。
2013-09-14 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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