随筆 我らの勝利の大道 No.113 平和の道 友情の道

随筆 我らの勝利の大道 No.113     (2013.8.31付)

平和の道 友情の道

勇気の対話を! 善縁で心を結べ
関東大震災から90年 苦難に光る民衆交流史


若き地涌の連帯は世界を変える

 青年が
  立ちて平和の
      城光る

 その日、1957年(昭和32年)の9月8日は、台風一過の晴れわたる日曜日であった。
 それは、恩師・戸田城聖先生が、横浜・三ツ沢の競技場に集った5万人の若人たちを前に、不滅の「原水爆禁止宣言」を発表された日である。
 核兵器の本質を、人類の生存の権利を奪う魔性であると喝破され、この邪悪との大闘争を訴えられた戸田先生の師子吼は、今も我らの魂に轟いて離れない。

「日中提言」の熱願
 あの日、先生は、「遺訓の第一」として、この生命尊厳の平和思想を全世界に弘めることこそ、青年の使命であると強く叫ばれた。
 「思想を弘める」とは、「対話を広げる」ことだ。魂から魂へと、深き共鳴を広げゆくことだ。
 私にとって9月8日は、来る年来る年、弟子として決意も新たに、平和を祈り、平和への対話を起こす日となっていた。
 だからこそ、私はこの日を選んで、「日中国交正常化提言」(1968年)を発表したのである。
 45年前、墨田区両国の日大講堂に、わが英知の学生部1万数千人が勇んで大結集した総会の席上、私は強く訴えた。
 「諸君が、社会の中核となった時には、日本の青年も、中国の青年も、ともに手を取り合って、明るい世界の建設に、笑みを交わしながら働いていけるようでなくてはならない」
 戦争と分断の悲劇の時代を生きてきた一人として、叫ばずにはいられない熱願であった。私は展望した。
 「日本、中国を軸として、アジアのあらゆる民衆が互いに助け合い、守り合っていくようになった時こそ、今日のアジアを覆う戦争の残虐と貧困の暗雲が吹き払われ、希望と幸せの陽光が燦々と降り注ぐ時代である」と。
 さらに国際社会の動向を見据えつつ、「核時代の今日、人類を破滅から救うか否かは、国境を超えた友情を確立できるか否かにかかっているといっても過言ではない」と論じていった。
 私は、あえて「友情」と言った。国交といい、外交といっても、絶対に忘れてならないのは、根本の人間の交流であるからだ。民衆の連帯であるからだ。
 その友情と信頼の絆を強固にしてこそ、国家間の諸関係も安定する。人類の生存の権利を脅かす魔性も打ち破っていける。
 そして、青年こそ、この「友情」の中核となってもらいたいというのが、私の大いなる希望であった。
 思えば、中国革命の父・孫文先生を支えた盟友であり、日中友好に尽力した九州出身の実業家・梅屋庄吉翁は語っている。
 「如何なる時変あるも親友の間には最後なし」
 「先ず無限に友を作れ」
        ◇
 この8月、中華全国青年連合会(全青連)の招聘をいただき、わが学会青年部の友好交流団が訪中した。北京、青海省、そして上海を訪れ、誠に意義深い友誼を結ぶことができた。
 今回、交流団が初めて訪れた青海省は「三江源《さんこうげん》」ともいわれ、長江(揚子江)、黄河、そして瀾滄江《らんそうこう》(メコン川上流)の源流を擁しているという。
 この地で少数民族の方々とも新たな友情を開いてきた青年たちの報告を聞きながら、私には天台大師が言われる「源遠流長」の意義が思い起こされた。
 全育連と学会青年部との交流も、30年近い黄金の歴史を刻んでいる。
 時代、時代に、いかなる波浪があろうとも、原点とする「友好」「友情」の源流からは絶対に離れない。忘れない。死守し抜く。
 この揺るがぬ信念がある限り、我らの友好の大河は万代までも滔々と流れ通っていくに違いない。

「9月1日」に祈る
 本年の9月1日(防災の日)は、「関東大震災」から90年の節目にあたる。
 1923年(大正12年)のその日、午前11時58分に相模湾北部で起こった大地震によって、神奈川、東京を中心に関東一帯は甚大な被害を受けた。
 東京で最も痛ましい被害が出たのは、今は都立横網町公園(墨田区)となっている陸軍被服廠跡であった。
 大地震の直後、この広大な跡地に、多数の被災者が布団や家財道具を持って避難していたところへ、折からの強風で周囲から飛び火し、大火炎に包まれてしまったのである。
 こうした二次災害によって、この地だけで約3万8千人もの尊い命が失われた。関東大震災の死者・行方不明者の総数は約10万5千人といわれており、あまりにも悲惨な災難であった。
 “民衆の都”の、ここ下町一帯は、後に東京大空襲でも甚大なる被害を蒙った。
 私も、若き日から友と奔走した宿縁の地域である。近くの同志のお宅に伺った折には、一緒に勤行をさせていただき、大震災と大空襲の犠牲者の方々へ追善の題目を捧げ、国土の安穏と繁栄を深く祈念した。
 「立正安国」の祈りをいやまして強めるとともに、防災の備えと安心・安全の人間のネットワークを一段と堅固に築いていきたい。

救援に走った真心
 この関東大震災の急報に接し、海を隔てた中国で、多くの人びとが日本の救援に立ち上がられた。
 上海では、震災の翌2日から、電光石火で義援金18万5千元が集められ、白米5950包、麦粉2万包などの生活必需品が購入された。そして「新銘号」という汽船で日本へ送り出され、12日には神戸港に到着したのである。
 これが、海外から届いた救援物資の第1号であった。さらに10月にも、2度にわたり多数の救援物資が送られている。
 日中友好の先達であり、大文豪・魯迅先生と深い親交を結んだ内山完造氏は、上海の地で中国の人びとの真心に触れ、「渡る世間に鬼はないということを、しみじみと味わうことが出来た」と回想している。
 この上海における懸命な救援活動の先頭に立って尽力された人物が、著名な書画家・実業家であり、孫文先生の同志であられた王一亭《おういってい》先生である。
 救世救民の熱誠に燃えておられた王一亭先生は、震災の犠牲者への鎮魂の願いを込め、梵鐘を鋳造し、日本に寄贈する活動にも従事されている。
 中国の著名画家の協力を募り、上野での日中文化展覧会において書画の展示即売を行い、鐘楼建設を資金面でも支えられた。いわば、中国の「文化」「芸術」の力を、日本の復興支援に差し向けてくださったのだ。
 あの凄惨な被災地となった被服廠跡に、震災の慰霊堂(当初は震災記念堂)とともに鐘楼が完成し、この梵鐘が打ち鳴らされたのは、大震災から7年後の1930年(昭和5年)10月1日のことであった。
 それは、生命尊厳の哲理を根底とし、平和と共生の社会の建設を展望した、わが創価学会創立の1カ月半前でもあった。
 ともあれ、苦難の渦中に結ばれた友情──その尊い歴史を忘れてはなるまい。
 東日本大震災が起こった時に、真っ先に救援に駆けつけてくださった国の一つも、お隣の中国であった。艱難を共有し、乗り越えてきたとの思いが、新しき希望の未来を紡ぐのだ。

「人の縁《えにし》」を大切に
 かの王一亭先生のご子孫が、東京・目黒駅の側で、60年近くにわたり中国料理店を営まれている。
 先頃、王先生ゆかりの方々が集まられた席で、かつて戸田先生や私が、その店を訪れたことや、日中友好への学会の貢献の足跡も話題になったという。
 確かに戸田先生のご自宅が目黒駅に近かったこともあって、王先生のご子孫の店には、恩師も私も幾度か伺ったことがあった。随分と昔のことであるにも拘わらず、覚えていてくださり、誠に恐縮である。
 人の縁は、どこでどうつなかっているか、実に微妙、いな精妙、いな絶妙なりとしみじみ思う。
 一つの善縁から、また新しい善縁が生まれる。
 たとえ最初は、か細い縁の糸のように見えても、誠実と友誼の心で、一本また一本と丁寧に結んでいけば、やがて揺るぎない友情の金の橋ともなるのだ。
        ◇
 来る9月には、世界60カ国・地域から250人の若き地涌の友が集い、「SGI(創価学会インタナショナル)青年研修会」が開催される。
 研修中、神奈川では32会場で楽しく交流交歓会も行われる。また農漁業に関わる代表は、東日本大震災から復興しゆく宮城の石巻で、世界農漁村青年会議を開く予定という。
 神奈川は、戸田先生が「原水爆禁止宣言」を師子吼された原点の地である。
 今日、横浜港に係留されている貨客船「氷川丸」とともに市民の憩いの場である横浜・山下公園は、関東大震災で生じた膨大ながれきで造成されたものである。
 さらに、この大震災を耐えて残ったレンガ張りの英国商館を保存し、平和の発信地としたのが、わが戸田平和記念館である。
 ともあれ、国境を超えた青年のスクラムこそ、世界を結ぶ希望の虹の橋だ。
 御書には、「鏡に向って礼拝を成す時 浮べる影又我を礼拝するなり」(769㌻)と仰せである。
 相手に具わる最極の仏の生命を信じ、敬い、引き出していく祈りと行動が、そのまま自分自身の仏の生命を荘厳に光り輝かせる。
 この相互触発の善縁を広げ、世界の人びとの心を結び高めゆくことを、我らは「広宣流布」と呼ぶ。
 我らは、最も強く美しき友情の心で、眼前の一人また一人と語らい、地域に、社会に、そして世界に、「生命尊厳」の旗高く、平和の連帯を広げていくのだ。

 平和へと
  対話の妙音
      金の橋

 梅屋庄吉の言葉は小坂文乃著『革命をプロデュースした日本人』(講談社)。内山完造は『そんへえ・おおへえ』(岩波書店)=現代表記に改めた。王一亭の話は西浜二男著『友好の鐘』などを参照
2013-09-01 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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