随筆 我らの勝利の大道 No.107 創価の丈夫が共に!

随筆 我らの勝利の大道 No.107    (2013.6.15付)

創価の丈夫《ますらお》が共に!

師子よ走れ! 師子よ吼えよ!

不屈の力で人間王者の勝鬨を

 いざ今日も
  自分に負けず
   胸を張れ
  戦いの歌
   雄々しく愉快に

 我らは歌声と共に進む。
 「“歌がもつ力”のきわめて重要な側面は、人々に与える『勇気』にあるのではないかと思うのです」
 これは、マーチン・ルーサー・キング博士と共に、アメリカの公民権運動を戦ったハーディング博士が、語られた言葉である。
 歌声高らかな創価の行進から、幾たび、広宣流布の突破口が開かれたことか。幾たび、立正安国の勝利劇が創られてきたことか。
 歌が勇気を鼓舞する。
 声が戦いを前へ動かす。
 我らは不屈の魂の声を響かせ、前進するのだ。
 
「父の日」を感謝で
 「母の日」に比べて地味ではあるが、6月の第3日曜日は「父の日」である。
 日蓮大聖人は、「父の恩の高き事・須弥山猶ひき(低)し・母の恩の深き事大海還って浅し、相構えて父母の恩を報ずべし」(御書1527㌻)と仰せである。
 父母の恩に報いていく中に、仏法の真髄がある。
 家庭や地域にあっても、厳しい経済闘争にあっても、宿命転換の激戦にあっても、一家の柱、広布の要として、辛抱強く頑張ってくれている創価の父に、感謝と労いの笑顔を贈っていただければと思う。
 私には、日本全国、全世界に、黙々と「陰徳」に徹する共戦の父たちがいる。
 昭和37年(1962年)の1月、全くの冤罪であった「大阪事件」の勝訴の前夜、私は、常勝関西の心臓部、兵庫の尼崎で男子部の友と約し合った。
 「我らは不幸な人の味方となり、真実に全民衆が、安心して暮らしていける世の中を築き上げよう」と。
 私と同年齢の尼崎の錦宝の戦友は、今も、この変わらざる闘魂で広布の最前線に立ち続けてくれている。少々、耳は遠くなっても、心はますます意気軒昂なりと嬉しい近況を伺った。
 ともあれ、健気に奮闘する婦人部・女子部の「福智のスクラム」を厳護し、難関の突破口を開くのは誰か。
 それは“創価の男”だ!──この心意気で、我らは邁進していくのだ。

駿馬の勢いで進め
 「花も嵐も踏み越えて/行くが男の生きる途」とは、昭和の大詩人・西條八十氏の有名な歌の一節である。
 かつて、世田谷のご自宅を訪ね、「少年たちに偉大なる夢を与えきれる詩を」と原稿をお願いして、快諾いただいたことも、私の忘れ得ぬ思い出である。
 「男」という文字は「田」と「力」とから成る。
 創価に漲る、三つの男の「力」を確認し合いたい。
 第1に、駿馬の勢いで勝利を決する力である。
 この6月30日は、英知の学生部の結成記念日である。今年も、多くの俊英が学生部に入って活躍してくれている。大いなる希望だ。
 今から35年前、この日を祝賀して、民衆勝利の大城・荒川文化会館で発表されたのが、学生部歌「広布に走れ」であった。
 結成記念日の直前、学生部の代表から新しい部歌の案を聞き、これを契機に、私は奔流の如く歌詞を口述していった。時を移さず、徹底して推敲を重ねた。
 「広き礦野に 我等は立てり/万里めざして 白馬も堂々」……歌詞が完成すると、息つぐ間もなく私は提案した。「次は曲だ。今日中に作ろう」と。
 この呼吸に若き音楽家の友も協力に馳せ参じてくれ、深夜に及ぶ作業で、一気呵成に完成をみた。
 戦いは電光石火のスピードと決着力が命だ。
 今日、達成すべき目標がある。今、励まさなくてはいけない人がいる。
 時を逃さず、最大の価値を生み出す人が、新しい歴史を創るのだ。
 頼もしきヤング男子部の友も、勇んで拡大の先陣に躍り出てくれている。
 一日一日、一瞬一瞬、勇猛果敢に走り切る勢いが勝利を開く。その原動力は白馬の嘶くような朗々たる唱題である。
 勝負は「今」にあり──これは、人生万般に通ずる真実である。
 作家の国木田独歩は、「人間の一生は凡て『今日』の中に在り」「日、一日を、男らしく、大胆に、勤勉にくらせ」と綴った。
 独歩といえば、名作『武蔵野』は、私にとって思い出深い作品だ。その中に目黒川の詩情も描かれていた。
 近年、地道な努力で目黒川の浄化が進み、川沿いの桜並木も親しまれているとの知らせをいただいた。

連帯を粘り強く!
 第2の「男の力」は、滝の如く撓まず、粘り強く連帯を広げゆく行動である。
 本年は、昭和3年(1928年)に牧口常三郎先生と戸田城聖先生が入信されて85周年となる。
 牧口先生は、57歳。
 戸田先生は、28歳。
 創価の師弟は、その出発から“壮男一体”の共戦であったといってよい。そして、限りなく地涌の菩薩を呼び出《いだ》す闘争であった。
 法華経では、各々の地涌の菩薩が「将いる所の 諸の眷属は 其の数は量《はかり》有ること無く」(創価学会版法華経459㌻)と説かれる。
 我らの対話は、久遠からの眷属を一人ひとり呼び覚まし、正義と幸福と勝利の軌道ヘリードしゆく実践である。だからこそ、信念を語り切った分、仏縁が結ばれ、信頼が深まり、自他共に境涯が開かれるのだ。
 近年、壮年部と男子部の一致団結の流れが深まり、共に動き、共に勤行会を行うなど、力強い連携の活動が展開されている。
 鍛え抜かれた多宝会・壮年部の経験と、男子部・学生部の若きパワーとの結合は、新時代の飛躍をもたらす挑戦である。
 そもそも「創価」という名称も、牧口先生の「価値創造」の哲学を、戸田先生が若き英知で表現されたものである。戸田先生もまた、青年の意見を最大に尊重し、生かしてくださった。
 仏法の智慧は、あらゆる時代の変化に即しつつ、常に新鮮な「価値創造」の光を放っていけるのだ。
 空前の少子高齢社会に入り、人間関係の希薄化が憂慮される昨今である。
 その中で、地域に根を張った「老・壮・青」の世代が一丸となって、人間主義の対話を繰り広げていくことが、どれほど偉大な「立正安国」の進展であるか。
 特に、平日の昼間に若々しく活動される太陽会、敢闘会等の方々の貢献には、深い感謝が寄せられている。自らの持てる力を見事に社会で光らせゆく人は真の勝利者、幸福者だ。
 私たちが世界広宣流布の本陣を構える新宿は、文豪・夏目漱石の生まれ故郷でもある。漱石は、ある後輩を激励して語った。
 「おれは男だと思うと大抵な事は凌げるものであるのみならず、却って困難が愉快になる。君などもこれからが事を成す大事の時機である」と。
 人生の先輩、盟友の励ましの一言は、計り知れない力を持っている。我ら青年学会は、いかなる時代社会の荒波にも、励ましの力を強めながら、賢く朗らかに前進していくのだ。

勇気と執念で戦う
 第3の「男の力」は、最後まで「師子王の心」で攻め抜く勇気と執念である。
 日蓮大聖人は叫ばれた。「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干のほう(吼)るなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書1190㌻)と。
 牧口先生、戸田先生は、戦時中の弾圧下、この仰せのままに戦い抜かれた。
 牧口先生は、豊島の東京拘置所で峻厳な殉教を遂げられた。戸田先生は、生きて中野の豊多摩刑務所から出獄され、不屈の学会再建の一歩を踏み出された。
 両先生の法難70年──東京戸田記念講堂に掲げられた両先生の肖像画が今、大東京の同志の勝利を見守っておられるようだ。
 師子は走る!
 師子は吼える!
 師子は断じて勝つ!
 大聖人の「師子王の心」は、創価の師弟にのみ流れ通ってきた。わが壮年部、男子部、学生部は、この直系の師子だ。何も臆さず、断固と師子吼していくのである。正義と真実は倦まず撓まず語り抜くのだ。
 大聖人は男性門下の鑑たる四条金吾に「始中終すてずして大難を・とをす人・如来の使なり」(同1182㌻)と打ち込まれた。
 途中に何があろうが、最後の最後まで戦い抜く創価の丈夫が、日本中、世界中に勝利と栄光を輝かせゆかれることを、私は祈る。共に堂々と、人間王者の勝鬨をあげようではないか!

 丈夫が
  厳と決めたる
   妙法の
  誉れの大道
   勇み勝ちゆけ


 国木田独歩の言葉は『欺かざるの記』(潮出版社)。夏目漱石は『漱石全集14』(岩波書店)=現代表記に改めた。
2013-06-15 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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