随筆 我らの勝利の大道 No.100 「3.16」は永遠なり

随筆 我らの勝利の大道 No.100   
            (2013.3.20付)

「3.16」は永遠なり

後継の君よ 広布の誓願に生き抜け!
民衆勝利へ 創価の師子王は走る


 新時代
  導く力の
    王者にと
  君の成長
    天も待つらむ

 3月15日の朝、学会本部・接遇センター前の青年桜が、二輪、咲いた。
 「昨年より14日も早い初開花です! 青年桜も『3・16』55周年を寿ぐかのような勢いです」
 常日頃から丹精込めて手入れをしてくださっている尊き“桜守”のご夫妻から、嬉しい報告を伺った。
 青年桜は風雪を越え、まさに“生涯青春”の息吹を湛えている。来る年来る春、近隣の方々を、そして来館される友を歓待する如く、命を燃やして、爛漫と花を咲かせてくれるのだ。
 今、全国各地で、わが友、わが青年が、尊貴な生命の創価桜を咲き薫らせながら、地域に、社会に、貢献の対話を広げている。
 私の胸には、桜花に包まれた、恩師・戸田城聖先生の会心の笑顔が浮かぶ。
        ◇
 天保11年(1840年)2月13日──つまり新暦の3月16日、埼玉の地に生まれた日本の近代経済の父・渋沢栄一翁は訴えた。
 「青年に理想がなかったならば、青年としての存在の意義をなさない」「元気の横溢しているという事は、青年第一の特色とする所であって、青年の生命とも言い得られるだろう」と。
 青年には、未来がある。
 青年には、希望がある。
 そして──
 青年とは、挑戦者だ。
 青年とは、先駆者だ。
 青年とは、建設者だ。
 いかなる国も団体も、未来の盛衰を決するのは、理想を抱き、元気溌剌と実現しゆく青年である。ゆえに、志高き青年を信じて、徹して励ましを送り続ける限り、永遠に発展がある。

青年が師のもとへ
 55年前の昭和33年(1958年)3月16日──。この日、折伏の大師匠・戸田先生は、青年たちに“広宣流布の模擬試験”ともいうべき式典を挙行してくださった。
 第2代会長として「75万世帯の折伏」の願業は既に達成されていた。だが恩師には、もう一つの誓願があった。それこそ、青年に広宣流布の一切の後事を託しゆくことであった。
 「3・16」は、先生ご自身の総仕上げ、総決算の儀式であったのだ。
 式典の舞台は富士を仰ぐ静岡の天地。先生が逝去される17日前である。
 師匠から弟子ヘ──。
 この大儀式には、法華経に説かれる付嘱の儀式に通ずる意義がある。私は、そう深く心中に期していた。
 仏の滅後末法に、誰が正法を弘めるのか──このテーマのもとに進められる「虚空会の儀式」では、釈尊の呼びかけに応じ、六万恒河沙という膨大な数の「地涌の菩薩」が現れる。
 師匠が待っておられる!──「3・16」の式典も、この一点で青年たちが万難を排して集い合った。
 開催は急きょ決まった。男女青年部には、式典当日の5日前から迅速に結集の連絡が徹底されていった。
 ある友は、貸し切りバスで。ある友は、夜行列車に飛び乗った。
 3月16日、電光石火で、師のもとに馳せ参じた若人の数、6千人──。たとえ身なりは質素であっても、虚空会の会座に雲集した「地涌の菩薩」の如く、皆の心は輝き渡っていた。
 法華経涌出品には、地涌の菩薩の姿を讃え、「一心に精進して無上慧を求む」「昼夜に常に精進す 仏道を求めんが為めの故に」と説かれている。
 ひたすらに精進しゆく、この求道心。まさに、純粋一途な創価の青年たちの姿そのものではないか。
        ◇
 式典当日、戸田先生は、モーニング姿であったが、足元はスリッパ。既に革靴が履けないほど、体は衰弱されていたのである。
 それでも青年のもとへ!
 最後まで青年と共に!
 これが師の心であった。万代のために指揮を執られる大将軍の英姿であった。
 私は、ただ戸田先生の体調だけが心痛であった。
 先生に安心して動いていただけるよう、手作りの「車駕」の製作を進めた。
 念頭にあったのは、あの三国志の「五丈原の戦い」で、病篤き大英雄・諸葛孔明が車に乗って指揮を執った故事である。
 青年部の有志が、私の心を心として、全力で、立派に車駕を作り上げてくれた。
 先生に御覧いただくと、厳しい叱責が飛んだ。
 「大きすぎる。これでは、戦闘の役には立たぬ!」
 冷ややかに笑うだけの先輩幹部もいた。
 けれども、私には、先生のお心が痛いほど、わかった。本当は涙が出るほど喜ばれていたのである。
 だが、それでは訓練にならない。あえて「こんな重いものを担ぐ青年がかわいそうではないか。軽くて、どこへでも飛んでゆけるものが必要なんだ」と言われ、最後まで厳愛で将軍学を教えてくださったのである。
 私がお詫びして、「弟子が真心で作ったものです。どうか、お乗りください」と申し上げると、先生は、にっこり頷いて乗ってくださった。
 式典後にも、「体が良くなったら、あの車駕に乗って全国を回りたいな」と、語られる先生であった。
        ◇
 歴史的な式典で、恩師は烈々と師子吼された。
 「創価学会は、宗教界の王者である!」
 御書には、一切経の王・法華経は「地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし」(1310 ㌻)とある。
 まさしく、師の叫びは、この偉大な仏法を行じゆく誇りを胸に、全人類に希望を送る「人間の王者」たれとの大宣言であった。
 そして「不惜身命」「死身弘法」という炎のバトンを託してくださった。
 ただただ「広宣流布の誓願」に生きる、直系の青年に託されたのだ。
 この師匠と共に、生涯、広宣流布へ!──青年たちの顔《かんばせ》は燃え輝いていた。
 午前中、春霞で頂を隠していた富士も、午後2時半、戸田先生が車駕で会場を後にされる時、その堂々たる姿を現していた。
 あの秀麗な富士は、瞼に焼き付いて離れない。
        ◇
 今、福島県の富岡町から、原発事故の後、横浜市に避難されている、今年85歳になる多宝の壮年も、あの日、夜行の鈍行列車に揺られて「3・16」の儀式に駆け付けた一人である。私と同年代であり、往時からよく存じ上げている。
 戸田先生の「学会は宗教界の王者」との叫びを誇りとし、同志と共に東北広布に人生を懸けてきた。
 今も、避難先で苦労している友を手紙で励まし、夫妻で聖教新聞の拡大にも奮闘されている。
 「『3・16』を忘れず、青年の心で戦っています」と語る、意気軒昂な不屈の人間王者である。
 こうした真実の共戦の同志が、私には日本中、世界中にいる。ゆえに、私は最高の幸福者と思っている。
 また彼岸に際し、広布途上に逝いた縁《えにし》深き同志と先祖代々の諸精霊に、懇ろに追善の題目を捧げている。

地涌の力を社会で
 私たちの日々の勤行・唱題には、「虚空会の儀式」に連なりゆく意義がある。
 大聖人は、「是全く日蓮が自作にあらず多宝塔中の大牟尼世尊分身《ふんじん》の諸仏すりかたぎ(摺形木)たる本尊なり」(御書1243ページ)と仰せの如く、御本尊は「虚空会の儀式」が顕されている。
 御本尊への真剣な祈りの中で、広宣流布の誓願を立て、現実社会に飛び込んでいく。その誓いがあるからこそ、「地涌の菩薩」としての限りない力用が湧くのだ。勇気が、そして智慧が漲っていくのだ。
 私が広布を開きます!
 今日はこう戦います!
 必ず勝利に導きます!
 私は、御本尊の前に端座するたびに、御本仏・日蓮大聖人、そして現代に地涌の陣列を呼び出された恩師への誓いを深くしてきた。
 この55年間、毎日が「3・16」である。永遠に決意の日であり、断固と勝利へ出発する日なのだ。
 法華経には、地涌の菩薩の使命が説かれる。
 「太陽と月の光明が諸々の闇を除くことができるように、この人〈仏滅後に法華経をよく持《たも》つ人〉は世間の中で行動して、衆生の闇を滅することができる」
 現代社会には、深い闇が覆っている。だからこそ、大聖人の「太陽の仏法」を実践する我らの出番なのだ。
 後継の創価の師子王よ、走れ! 確信の祈り、勇気の行動、そして正義の声の力で、民衆を、人類を明々と照らし晴らしゆくのだ!

 わが弟子よ
  断固と進め
    不二の道


渋沢栄一の言葉は『経済と道徳』(渋沢翁頌徳会)=現代表記に改めた。
2013-03-21 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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