随筆 我らの勝利の大道 No.96/97

随筆 我らの勝利の大道 No.96/97   
            (2013.2.26/27付)

前進! 希望の春へ
 
常勝の合言葉 「もっと題目を!」《ムイト・マイス・ダイモク》
「行学の二道」こそ歓喜と確信の源泉


 勇敢に
  法のためにと
   走りゆく
  友の功徳も
    歴史も光らむ

 今月、SGI(創価学会インタナショナル)訪問団が南米のブラジル、ボリビア、パラグアイを訪れた。現地から、勝利の太陽輝く歓喜の報告が届いている。
 特に私が4度目となるブラジル訪問を果たした1993年(平成5年)の2月から20周年──。
 今、世界の友がまぶしく仰ぎ見る、偉大な「王者のブラジル」「常勝のブラジル」となった。
 ブラジルは、国家の発展も目覚ましく、わが同志に寄せられる社会からの信頼も絶大である。
 ブラジルSGIの赫々たる勝利の因は何か──。
 それは第1に、婦人部を中心に、「一切の勝利は祈りから!」と、題目根本で進んできたからだ。
 「ムイト・マイス・ダイモク(もっと題目を)!」とは、ブラジル婦人部の変わらざる合言葉だ。
 どこまでも強盛なる祈り、必ず勝利するとの誓願の祈りで、勝ち越えてきたのである。
 日蓮大聖人は仰せになられた。
 「南無妙法蓮華経と・となうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり」(御書1304ページ)と。
 人間は誰しも、「自分」という存在から逃げるわけにはいかない。どこまでいっても、自分は自分である。この自らの生命を、そのまま磨いて、最も荘厳な「宝塔」と輝かせ、最も尊極なる仏の力を涌現していけるのが、妙法の題目の音声である。
 人生の険しい道を勝ち進んでいくためには、いかなる困難にも負けない自身へ強く成長し、境涯を広々と開いていく以外にない。そのための「人間革命の信心」であり、「宿命転換の信心」なのである。
 小手先の策ではなく、まず真剣に祈る。そして勇気と智慧を湧き出して、誠実に行動することだ。

新しき力を伸ばせ
 さらに、勝利の第2の因として、まさに地涌の人材が二陣三陣と躍り出てくる「ニューパワーの台頭」が挙げられよう。
 そのために先輩のリーダーが、まず「自身の殻を破ってみせる!」と、先駆を切って課題に挑み、対話の最前線に打って出ている。自己の成長なくして、後輩の成長はないからだ。
 そこにあるのは「リーダーの率先垂範」と、青年を温かく育み、後輩を誠実に励ましていく「一人を大切にする精神」の結合だ。
 「人間革命」とは、自分のいる「その場所」から、自分が決意した「その瞬間」から始まる。
 自身の壁を破ろう!
 新たな挑戦をしよう!
 そう決めて、ありのままの自分で、一歩、前へと、立ち上がればいい。
 その勇気のチャレンジを先輩・同志が温かく励まし、支えていく。それは、必ず向上と充実と歓喜の波動となり、友から友へ伝わっていくのである。
 2・27「ブラジル婦人部の日」を記念する大会等の行事が続くなか、ブラジルSGIが誇る「イケダヒューマニズム交響楽団」も名演を贈ってくれた。
 忘れもしない20年前、サンパウロ郊外の自然文化センターでのSGI総会で、私は初々しい楽団のメンバーに会った。
 当時、楽団員は45人。10代の未来部員も多く、小さな体で必死に楽器を操る姿は、凜々しくも健気であった。プロの奏者は、一人もいなかった。
 だが、真剣一筋の演奏は、技巧を超えて会場を感動の渦に巻き込んだのだ。
 私は、「世界第一を目指そう! 世界各国で演奏して、いつの日か、日本へ凱旋の公演を!」と励まし、メンバーに呼びかけた。
 「実行できる人!」
 「ハイ!」
 打てば響く、一瞬の呼吸であった。この日から15年後の2008年(平成20年)、交響楽団は国内外で大活躍するまでに躍進して、晴れ晴れと代表が来日し、美事なる「凱旋」の演奏を披露してくれたのだ。
 さらに昨年には、アメリカ青年部と手を携えて、アメリカ創価大学で劇的な演奏会も行ってくれた。
 師弟の誓願を胸に、真っ直ぐに突き進む精神は、同時にブラジルの全同志の心でもあった。
 この「師弟共戦」の魂の深き脈動こそ、ブラジルの勝利の第3の因である。
 こうした「常勝」──絶対勝利の信心の方程式は、何よりも、わが“世界の関西”から、グローバル(世界規模)に波動したといってよいだろう。
 そして今度は、夏のブラジルから冬の日本へと、偉大な前進勝利の新風を送ってくれているのだ。まさしく、世界同時進行の広宣流布の時代のゆえんである。

永遠に御書根本で
 ともあれ、妙法を根底とした「人間革命」の思想が今、世界に、人類に、どれほど大きな希望の光を放っていることか──。
 妙法は、宿命に立ち向かう「勇気の源泉」である。
 全人類の未来を照らしゆく「歓喜の光源」である。
 邪悪を打ち破っていく「正義の利剣」である。
 この真髄の法理を説き明かした御書こそ、時代を超えた最高峰の一書である。
 学生部の代表が昨年から続けてきた「御義口伝」講義は、この2月に修了式を迎えた。受講者は目を瞠る成長を遂げている。
 本年秋には、「青年部教学試験(2級)」、「教学部任用試験」が実施される。
 さらに世界では本年、55カ国・地域で、教学試験が行われる予定だ。
 仏法の「研鑽」即「実践」の潮流もまた、世界同時進行である。
 この道を、私と同じ心で開拓してくれた最優秀の勇者たちの大功労を、私は決して忘れない。
 我らは永遠に、日蓮大聖人に直結して御書根本に、一閻浮提広布の未来を切り開いていくのみである。
 かつて恩師・戸田城聖先生は、折伏の極意を、こう教えてくださった。
 「ただただ、自分は南無妙法蓮華経以外になにもない! と決めることを、末法の折伏というのです」
 自分自身が妙法の当体である。ゆえに、何も恐れるものはない。幸福にならないわけがない。そう決めて題目を唱えゆく時、わが生命に「歓喜の中の大歓喜」(御書788ページ)が湧き起こってくる。
 この「行学の二道」に励む喜びと確信を語っていくところ、共鳴と理解の輪は必ず広がっていくのだ。

青春の川越講義
 昭和28年(1953年)2月──。約1年半にわたって続けた埼玉・川越地区での最後の御書講義に、私は臨んだ。
 埼玉は、私が青春時代から何度も何度も足を運んだ、あまりにも懐かしき思い出の天地だ。
 あれから60年になる。
 私がこの時、50数人の受講者と共に学んだのは、大難の渦中に認《したた》められた「佐渡御書」であった。
 その末尾には、「此文を心ざしあらん人人は寄合て御覧じ料簡候て心なぐさませ給へ」(同961ページ)と記されている。
 同志が集い合い、一文一句でも一緒に拝し合う大切さを強調されているのだ。
 ここにこそ、人材育成の要諦があるといってよい。
 当時、私は、日記に書き留めた。東西冷戦という世界分断の不幸に終止符を打つ日が、必ず到来すると確信しつつ──。
 「次第に、人材、人物が、輩出して来た様子。
 共産主義国対自由主義国、世界の二大陣営の激突に苦悩する。
 吾々の前進が、その第一段階の橋渡しか。…………
 時を待て。時を待て。同志よ。民衆よ。人類よ」
 学会が「貧乏人と病人の集まり」と侮蔑されていた時代である。しかし、庶民が立ち上がることが、歴史を転換していくのだ。
 何よりも、共に生命尊厳の極理を学び合った、埼玉をはじめ各地から、平和と友情の懸け橋となり、世界を結びゆく若き人材群が躍り出ると信じていたのだ。
 それから20年後の昭和48年(1973年)の2月12日。
 私は、川越市で行われた埼玉県幹部会に出席した。会合の直前、青年と懇談し、陸続と育ちゆく後継の姿を頼もしく見つめた。
 この日の会合で、私は呼びかけた。
 団結と雄弁の埼玉たれ!
 歌を口ずさむ埼玉たれ!
 全員が人材の埼玉たれ!
 この心のままに埼玉には今、鉄桶の団結も固き、世紀を担う大人材たちが、ここかしこと育っている。
 勝利、勝利の前進──それが、私の祈りである。

青年が福光の行進
 「青年学会 勝利の年」の本年、わが後継の青年部は、55周年となる「3・16」を拡大で荘厳しようと、「大躍進月間」を胸張り奮闘している。
 2月には「創価青年セミナー」や、各地で有意義な対話の集いを開き、正義と幸福の陣列を広げてきた。青年の逞しい挑戦こそ、創価の未来である。
 東北をはじめ、厳寒の雪深き北国でも、壮年部・婦人部の先輩方が、自ら模範を示しながら、わが地域の男子部・女子部・学生部と一体になって、新たな拡大のうねりを起こしてくれている。
 何と尊く、麗しい福光の行進であろうか。
 あらゆる苦難をはね返し、堂々と勝ち越えゆく、誇り高き青年の大躍進と、民衆の大連帯を見よ!
 この大切な、大切な創価の同志の皆様方が、一人も残らず、人間勝利の模範の勇者として、三世永遠に仰がれゆくことを、私は確信してやまない。

寒風の2月 創価の友が躍動

広布拡大の勇猛心に限りなし
弥生3月「いよいよ」の心に燃えて!


 いついつも
  南無し 感謝の
      創価班

 「創価班」の友が、寒風にも怯まず、着任してくれる場所。それは、華やかな檜舞台ではない。
 しかし日々、同志のため、学会を護るために、不二の道を決然と歩んでくれている。その陰の奮闘は、すべて仏天が御照覧である。自身の生命に福徳として厳然と刻まれている。
 私も、一人ももれなく見守り、一生涯、題目を送り続けていきたい。これが、偽らざる決心である。
        ◇
 あな嬉し
  若き地涌の
     牙城会

 この2月は、愛する「牙城会」の結成の月である。
 私は数多くの厳護の丈夫たちを思い出す。正義に生き抜く青年たちのことは、忘れることはできない。
 そのなかに、関西牙城会の委員長を務めた快男児がいた。私も楽しみに見つめていたが、10数年前、不慮の事故に遭い、彼は家族を残して帰らぬ人となった。私は直ちに、彼の追善回向をさせていただいた。
 その後、男の子3人を抱えて奮闘していた夫人を、私と妻は関西を訪れた折に直接、励ましたのである。
 「今日は、あなたに会うために来ました」──こう申し上げて、息子さんに宛てた手紙を託した。
 「大好きなお父さんは、君の心の中に生きている。大切な大切な、お父さんは、お母さんの心の中に生きている。断じて負けるな! 絶対に負けるな! お父さんは御本尊様の中から、君を毎日、見ている」と。
 後継の一家が希望に燃えて勝ち栄えていくことが、必ずや亡き父の勝利の証しとなり、親子一体の栄光になっていくのだ。
 そのお母さんは今、関西で婦人部のリーダーとして活躍され、3人の息子さんも、私が創立した関西創価学園に学び、父にも勝る俊英と育ってくれている。
 我ら創価家族の絆は、生死を超えて永遠に、「常楽我浄」という希望と勝利の劇を創造していくのだ。
 さらに今、青年部時代に中核として戦い、壮年部に進出した精鋭たちが、「王城会」となり、若き「牙城会」とスクラムを組んで、法城の厳護に当たってくれている。私は、金剛不壊の大城を仰ぎ見る思いだ。

 天晴れて
  勝利の柱の
     王城会
        ◇
 明日《あす》で生誕480周年となるフランスの思想家モンテーニュは、名著『エセー』の中で綴った。
 「言葉はわれわれの意志や思想を伝える唯一の手段であり、われわれの心の代弁者である。これがなければ、われわれはもはや互いに結び合うことも、知り合うこともできない」
 心から言葉が生まれる。その心を乗せた言葉が人の心に響き、人と人とを結びつける。言葉を発していかなければ、思いは伝わらない。
 だからこそ、私は一対一の対話を、何よりも大事にしてきた。

ブラジルの言論王
 思えば20年前(1993年)の2月、南米各国を歴訪するなかで、生涯忘れ得ぬ交友を結んだ方が、ブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁であった。
 わざわざお迎えいただいたリオデジャネイロの空港でお会いした時、総裁は、94歳。しかし、「70年間、毎日平均2本」もの新聞コラムを営々と書き続けてきた、言論の王者であり、獅子であられた。
 アタイデ総裁は、私に語ってくださった。
 「私たちは、この崇高なる『言葉』を最大の武器として、戦いましょう」
 嬉しかった。言論で戦う先達、不屈の戦友がここにいたからだ。
 日蓮大聖人は「声仏事を為す」(御書708ページ)、
 「音(こえ)も惜しまず」(同504ページ)と、言葉の重要性や偉大な声の力を繰り返し教えてくださっている。
 広宣流布とは、大聖人の御在世も、現代も、そして未来も、永遠に「言論戦」である。生命を燃やした「声の戦い」である。
 どこまでも、相手の心を揺さぶる確信の励まし、時代と社会の闇を破る正義の声で、我らは戦い、勝っていくのだ。

人間革命の道開く
 あの南米訪問の日々は、私が聖教新聞で続けていた小説『人間革命』の連載の最終盤と重なっていた。
 リオデジャネイロに滞在中の2月11日──恩師・戸田城聖先生のお誕生日に新聞連載は最終回を迎え、その日、私は師への万感の感謝を込めて「あとがき」を綴ったのである。
 その文中に私は記した。
 「(戸田)先生の御生涯は、そのまま一個の人間の偉大なる人間革命の軌跡であり、それを書き残すことによって、万人に人間革命の道を開くことが可能になると確信していた」
 今や、この師弟共戦の「人間革命の道」を、世界中の地涌の同志が勇み進んでくれている。
 どれほど戸田先生が喜ばれていることか。不二の弟子として、これ以上の誉れはない。
 この南米訪問では、各国の同志が底抜けに明るく、また勝利の姿をもって、私を迎えてくれた。皆の笑顔また笑顔は、今も胸中から離れない。
 私の訪問に合わせ、日本各地から交流団が派遣され、東京、大阪、北海道、秋田、山形、岩手、京都、広島、そして信越の友と一緒に、世界広布の旅の歴史を刻んだことも懐かしい。

2月闘争が世界で
 2月に戦おう! 2月に晴れ晴れと師弟勝利の新たな歴史を勝ち開こう!
 この「二月闘争」の精神で、今、世界の同志が意気軒昂に前進している。
 南米ではSGI(創価学会インタナショナル)訪問団が今月訪れたブラジルも、ボリビア、パラグアイも、大発展を遂げている。
 また、同じ南米のアルゼンチンでも、ペルー、チリ、コロンビアでも、広布の大願を掲げて弘教拡大への活躍は目覚ましい。
 南米のベネズエラ、エクアドル、ウルグアイ、中米のメキシコ、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカ、パナマ、ドミニカ共和国、ハイチ、キューバなど、ラテンアメリカ地域のいずこにあっても、宿縁深きわが同志は元気いっぱいだ。
 ブラジルのタグチ議長の出身地でもある東京・荒川は、今月20日が、誉れの「区の日」であった。
 このほか東京では今月、中野、港、葛飾、渋谷が「区の日」、世田谷、大田、新宿、町田は「婦人部の日」「女性の日」、目黒、練馬は「青年部の日」を飾った。
 全国でも、沖縄、岡山、干葉の友が記念日を祝賀。そして、九州や北陸(喜多国)、静岡、埼玉、茨城、栃木、長野、宮崎などでも、さらに海外のチリ、ブラジル、アメリカでも、“女性の日”をにぎやかに迎えた。
 韓国では今月、婦人部を中心に「二月闘争」を走り抜き、美事なる広布拡大の金字塔を打ち立ててくださった。祈り、励まし、対話する──この誠実な人間主義の中に仏法はあるのだ。
 そして、ここ韓国でも、婦女一体──婦人部と女子部の女性のスクラムで、美しき国花・無窮花《ムグンファ》の如く、尽きせぬ幸福とと希望の花々を咲かせている。
 あの国でも、この地域でも、いよいよ大勝利の突破口を開こうと、わが同志が総立ちになっている。
 61年前(1952年)、師弟の誓願に燃えて、決然と一人立った背年が起こした「二月闘争」は、まさに「世界の二月闘争」となったのだ。
        ◇
 日本では、今月下旬から4月上旬にかけて、全国で「白蓮グループ」の入卒式が行われていく。「地区リーダー」とともに、新たに誕生した「華陽リーダー」からも、フレッシュな人材が登用され、明るい希望に満ちている。
 私の妻は、幼い時から母に迎れられて、座談会に出席する牧口常三郎先生を駅までお迎えに行った。
 女子部では、自ら折伏に奔走するとともに、地域の会場である自宅で、たえまなく来訪する同志を温かく歓待し、“未来部”のメンバーの激励にも当たった。
 地方指導に行かれる戸田先生のお見送り、お出迎えも欠かさず、先生から「送迎部長」との記別を頂いた。いうなれば、草創の白蓮グループ1期生である。
 「白蓮乃碑」が設置された琵琶湖畔の滋賀研修道場で、私は、関西の婦人部、女子部の友に指針を認《したた》めて贈ったことがある。
 「今日一日を 汝自身に勝つ それが十年先の 勝利の人生であるからだ」
 「青春時代に 深き決意と誓いを 持ちたる貴女《あなた》たちは 三世の幸の女王になることは間違いない」
 婦人部の「香城会」の皆様も、この通りの人生を歩まれている。
 ともあれ、私は、世界の創価の女性たちが、幸福と勝利の生命の花を輝かせゆく人生たれと、妻と真剣に祈る日々である。

 久遠より
  この時 咲けと
      白蓮華

張り切って前へ!
 まだ寒さは厳しくとも、「冬は必ず春」(同1253ページ)へと、季節は巡る。
 「如月」2月から「弥生」3月ヘ──。
 この「弥生」とは「いやおい」、つまり「(草木が)いよいよ生い茂る」ことだ。しかも、「弥」の字には、「弓」がある。
 渾身の力で弓を引き絞って矢を放つように、いよいよ強く、いよいよ勢いよく、躍り出ていくのだ。
 日蓮大聖人は、繰り返し門下に呼びかけられた。
 「いよいよ強盛に大信力をいだし給へ」(同1192ページ)
 「いよいよ強盛の御志あるべし」(同1221ページ)
 「いよいよ・はげ(励)まして法華経の功徳を得給うべし」(同1448ページ)
 我らの勇猛心には、限りはない!
 我らの行動にも、限界はない!
 そう命に定め、広布の大理想を描いて前へ進めば、我らの勝利は無限に開かれるのだ。
 さあ、我らのたゆみなき前進は、2月闘争から3月闘争へ! 「いよいよ」の決意と情熱を燃やし、希望の月を、張り切って先駆けしようではないか!

 満々と
  信力 行力
   弓を張り
  君が一念
    勝利を射貫けや


 モンテーニュの言葉は『エセー』原二郎訳(岩波書店)。
2013-02-27 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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