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核兵器のない世界へ 新たな行動の波を!

核兵器のない世界へ 新たな行動の波を!
           (2013.1.4付 Ny Tid〈新時代〉)

 ノルウェーの高級誌「Ny Tid(新時代)」(1月4日付)に池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長の寄稿「核なき世界へ 新たな行動の波を!」が掲載された。
 同誌はノルウェーのオスロに拠点を置く、同国唯一の週刊ニュース誌。政治から文化、国際情勢まで幅広く手掛け、世界の気鋭の論客によるコラムを掲載している。その歴史は1953年にさかのぼり、外交問題にも大きな影響を与えてきた。
 寄稿の中でSGI会長は、核兵器がもつ「非人道性」に焦点を当て、いまだに核兵器に莫大な資金や人的資源が費やされている事実に言及。21世紀に求められるのは「核兵器のない世界へのパスポート」であるとし、政策転換に向け市民社会が連帯して意思を示すよう訴え、3月に開催が予定されるオスロでの核兵器の非人道性に関する国際会議は新たな一歩となると述べている。
 こうした呼び掛けにノルウェー国際問題研究所のスベレ・ルードガルド上級研究員や核兵器廃絶国際キャンペーン・オスロ市民社会フォーラム実行委員のマグヌス・ローヴォルド責任者らから反響の声が寄せられた。
 ノルウェー平和協会のアレクサンダー・ハラン事務局長は、同寄稿が生んだ波動をさらに広げるために、SGI会長の平和提言を研究するセミナーを開催したいと語っている。


よりよい未来へ希望を取り戻せ
核軍縮を市民社会の連帯で


ノルウェーの人道の闘士 ナンセン
なさねばならぬ事柄をなすべき道はつねにある

人類共同の事業

 近年、核兵器の拡散や核テロヘの懸念から、核兵器に関わる政策の見直しを求める声が保有国の元政府高官らからも叫ばれるようになった。
 しかし、いまだどの保有国も抜本的な政策の転換に踏み出すに至っていないのが現状である。事実、冷戦が終結してから20年余を経た現在も、世界には約1万9000発もの核弾頭が残存している。
 こうした状況を打開する責務は、一にも二にも核保有国にあることは論を待たない。しかし一方で、核保有国の行動の変化を待つだけでは核兵器廃絶への道が開けることはないのも事実といえよう。
 私か想起するのは、1996年に国際司法裁判所が示した勧告的意見の、次の一節である。
 「(NPT〈核不拡散条約〉第6条が要請する核軍縮のための)交渉を追求しかつ公式に達成するというこの二重の義務は、NPTに参加する182カ国、言い換えれば、国際社会の圧倒的多数にかかわるものである」
 「実際、全面的かつ完全な軍縮、とくに核軍縮の現実的な追求には、すべての国家の協力が必要である」
 つまり「核兵器のない世界」の建設を一歩ずつ前に進ませるためには、その挑戦を“人類共同の事業”として位置付け、ビジョンを共有する連帯の輪を広げることが、絶対に欠かせないということである。
 これはすなわち、核兵器の廃絶は核兵器保有国のみに関わる事業ではない、言い換えれば、非核保有国また市民社会にも担う不可欠な役割があることを意味するのだ。
 それゆえかつて私は「核時代に終止符を打つために戦うべき相手は、核兵器でも保有国でも核開発国でもない。真に対決し克服すべきは、自己の欲望のためには相手の殲滅も辞さないという『核兵器を容認する思想』である」と指摘してきた。核兵器の存在は、全ての国と人々に関わる問題なのだ。
 これまで、核軍縮をめぐる国家間の交渉では「安全保障」の観点ばかりが焦点となり、核兵器という兵器が生来帯びている「非人道性」を問い直す視点が欠落していた。
 しかし2010年5月、NPTの再検討会議で注目すべき合意がなされた。最終文書で、核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果を引き起こすとの深い懸念が表明され、全ての国に国際人道法を含む国際法を遵守する必要性が初めて明記されたのである。
 これを契機に、静かにではあるが重要な動きが始まった。次回(2015年)のNPT再検討会議に向けて昨年行われたウィーンでの準備委員会では、ノルウェーがスイスと共に主導する形で、16カ国による「核軍縮の人道的側面に関する共同声明」が発表された。
 この共同声明は、「自分や家族が見舞われた惨劇を、地球上の誰にも、絶対に味わわせてはならない!」との思いで核兵器の非人道性を訴え続けてきた広島と長崎の被ばく者の方々をはじめ、日本の市民社会でも共感を呼び、高く評価する声が相次いでいる。
 さらにノルウェー政府は、核兵器の非人道性に関するオスロ会議を本年3月に開催する。SGIは、こうしたノルウェーの取り組みを市民社会の立場から強く支持し歓迎するものだ。
 もちろん、この挑戦は決して平坦な道のりではない。しかし、ノルウェーが生んだ平和と人道の闘士・ナンセンの言葉に「なさねばならぬ事柄をなすべき道は、つねにある」(林要訳)とあるように、それは決して不可能なことではないと確信する。
 ヒロシマとナガサキという経験を持つ日本は、この会議の成功のために積極的な貢献をすべきである。そして、このオスロから始まろうとする新たな動きを、核兵器禁止条約実現への道筋とすべく、全力で取り組まなくてはならない。
 唯一の用途が、無差別な殺戮という以外ないのが核兵器である。その本質は、1945年8月の原爆投下で余すことなく示された。それはまた、自然環境にも甚大かつ長期にわたる影響を及ぼす。核兵器は、筆舌に尽くしがたいほどの苦しみと惨害を幾重にも与え続けるのだ。
 しかも今日、私たちの眼前には、飲料水や食料、保健衛生といった、私たちの生活と生存を守るための喫緊の課題が存在する。その事実を知りながら、核兵器のために、巨額の資金や技術、人的資源を投入することにいかなる正当な理由があるのか。生存と生活のために資源を投入するのではなく、殺戮と破壊のために資源を投入するという「非人道的」な事態を我々は変えなくてはならないのだ。
 私どもSGIの平和運動の原点は、1957年9月に「原水爆禁止宣言」を発表し、人類の生存権を根源的に脅かす核兵器の非人道性を訴えた、私の師である戸田第2代会長の叫びにある。
 核兵器は国際人道法の意味において「非人道的」であるのみならず、ありうべき人間の「道」に反するという「非人道性」があるのだ。それが、私どもが核兵器を「絶対悪」と糾弾するゆえんである。
 核兵器は、再び、一発たりとも使わせてはならない。それこそがヒロシマ・ナガサキの叫びなのだ。
 かつて、世界の平和を展望してナンセンは「人類にとって一層よい未来に近づくことができるようにと、真実に望むならば、その第一の条件は、勇気をもつことであり、恐怖に支配されないことである」(吉野源三郎訳、現代表記に改めた)と力説した。このまま核兵器の脅威が対峙する状態が続くことは、単に現世代が平和に生きる権利を脅かすだけでなく、未来をも蝕むことにもなろう。
 戦火や飢饉などによって生じた難民の法的保護のために「ナンセン・パスポート」が発行されてから、昨年で90周年を迎えた。そのパスポートの存在によって窮状から救い出され、生きる希望を取り戻した人々が何百万人にものぼった史実は、日本でもよく知られている。
 時を経て今、21世紀に生きる私たちに求められているのは、後に続く世代のために「核兵器のない世界へのパスポート」を何としても送り届けることができるよう、時代転換の大波を巻き起こすことにある。政策転換に向けて、指導者たちが新たな一歩を踏み出せない時、打開の方途となるもの──それは、市民社会のあらゆる人々が連帯し、圧倒的な意思を示すことだ。
 対人地雷や、ここオスロの地で署名をみたクラスター弾の問題にしても、禁止条約の実現に向け政治の動きを最終的に後押ししたのは、国際世論の力であった。私たちが生きるこの時代に「核兵器のない世界」の実現は不可能ではないことを、市民社会の力をもって示そうではないか。オスロの挑戦は、その新たなる一歩なのだ。
2013-02-05 : スピーチ・メッセージ等 :
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