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随筆 我らの勝利の大道 No.90

随筆 我らの勝利の大道 No.90   
               (2012.11.30付)
乱世を勝ち抜く

我らは「民衆の柱」と立つ
師子奮迅の勢いで前進!


共々に「負けじ魂」の常勝絵巻を!

 ドイツの大詩人ゲーテは乱世を生きる魂を歌った。
 「ほかの人たちが右往左往しても、そなたは忠実な眼差しで見分けなさい。ほかの人たちがみじめに歎き合っても、そなたはたのしく事をはこびなさい」と。
 人の心が揺れ動く時代だからこそ、自分自身の前にある「世界の根づよい生命《いのち》と雄々しさ」を見つめ、「その内なる力と永続する力」を発揮していくように呼び掛けてやまなかった。
 汲めども尽きぬ智慧と勇気の泉は、わが生命に厳然とある。そう確信すれば、何を恐れることがあろうか。
        ◇
 「当世は世みだれて民の力よわ(弱)し」(御書1595ページ)
 御聖訓には、乱世の本質を、こう喝破されている。
 世の乱れの奥には、必ず生命の濁りがあり、貪欲や争いに突き動かされた人心の乱れがある。
 結局、自分一人では何も変わらない。何をやっても無駄だ──そうした民衆の無力感が、社会を暗くする。
 精神の柱を失い、人間の生命の可能性を信じられない絶望は、乱世の闇を深める病根だ。
 この無明の闇を打ち破る無限の希望の大光こそが、日蓮仏法である。
 本来、万人が「仏」という偉大な生命を具えている。いかなる困難の壁も、いかなる宿命の嵐も、必ず乗り越えられるのだ。
        ◇
 信仰は
  勝利を開く
     大法理

 あの「“まさか”が実現」の大阪の戦いを開始した時、関西本部の「大法興隆所願成就』の御本尊の御前で、私たちが真っ先に拝した御聖訓がある。
 「何なる世の乱れにも各各《おのおの》をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同1132ページ)
 御本尊には、南無妙法蓮華経という根源の一法を中心に、あらゆる十界の衆生が認《したた》められている。
 ゆえに、どんな苦しみや悩みを抱えた同志も、この広宣流布の大闘争のなかで大きく境涯を開き、一切の願いを成就していくのだ。
 さらにまた、信仰をしていない友とも広々と仏縁を結び、民衆の都・関西に「立正安国」の安穏と繁栄の光を満たしていくのだ。
 そう私は祈りを重ねた。
 「報恩抄」には、「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず」(同329ページ)と仰せである。
 今も、乱世に怯まず、真の仏道修行に励みゆく、わが宝友と宝土に、“一日また一日、無量無辺の大功徳あれ!”と、私は一心不乱に題目を送り続けている。

一歩も退かぬ執念

 200年前(1812年)の夏から冬にかけて、ユーラシア大陸を舞台に決戦が行われた。
 皇帝ナポレオンが率いるフランス軍と、忍耐強く応戦するロシア軍とである。
 ロシアが厳冬を迎えるなか、戦況は一変していく。この戦いを描いた名作『戦争と平和』で、大文豪トルストイは洞察した。
 最後の勝敗を決するのは、究極のところ、戦う人間の「ひとりひとりの中にある感情だ」と。
 いうなれば、たとえ一人になっても「必ず勝つ!」と最前線に飛び込む勇気があるか、そして「絶対に負けるものか!」と一歩も退かぬ執念があるかだ。
 南アフリカの“人権の巌窟王”マンデラ氏は、獄中で『戦争と平和』を愛読された。その中で、ナポレオン軍を撃退した、ロシアのクトゥーゾフ将軍の人間像に惹かれたという。
 つまり、「宮廷の薄っぺらで変わりやすい価値観にまどわされず、自分の部下と民衆を本能的に理解して、そのうえで行動した」点である。
 そして、この本を通し、マンデラ氏は「ほんとうに同胞を導くには、ほんとうに同胞を知らなくてはならない」ことを、あらためて学んだと言われるのだ。
 本来、民衆の不屈の魂に勝るものはない。民衆の智慧と勇気を凌ぐものはない。この民衆の偉大な底力を、恐れなく勇敢に示し切ってきたのが、我ら創価の師弟である。
        ◇
 日本の北の大地・北海道や東北、信越や北陸などでも、わが同志は、今日も雪道に黄金の足跡《そくせき》を刻みながら、寒風に胸張りながら、前進してくれている。
 北海道では27日、暴風雪のため、厳寒のなか、室蘭や登別などで5万数千世帯が停電した。停電が三晩に及んだ地域もある。一刻も早い全面復旧と皆様の無事を祈り、心よりお見舞いを申し上げたい。

一番大変な所へ!
 55年前(1957年)の年頭、私は、当時の文京支部の地区があった炭鉱の街・夕張に足を運んだ。
 横殴りの吹雪を突いて、大会に集って来られる尊き同志を、私は会場の入り口に立ってお迎えした。
 偉大な使命に燃えて戦う地涌の菩薩の方々である。この皆様方なくして、この街、この地域の広宣流布は成し得ないのだ。
 半年後の6月下旬。権勢に傲った炭鉱労組による、学会員への人権侵害「夕張炭労事件」に対し、我らは敢然と抗議に立ち上がった。
 戸田先生と私の不二の決心は、善良な庶民が二度と理不尽な圧迫に苦しまぬように、この一戦を徹して勝ち切ることであった。
 私は電光石火、北海道に走った。夕張を駆けた。
 一番、苦労している友、大変な所で必死に戦っている同志のもとヘ──。
 今こそ反転攻勢で、一気に事を決するのだ。
 そのために私は──
 「断じて勝つ!」と、強盛に祈った。「私の戦いを見よ!」と、先陣切って最前線に飛び込んだ。不正を打ち破る言論戦で、恐れなく先手先手で攻め抜いた。
 その勢いは勢いを増し、北海道全土をはじめ多くの同志が、私と共に、勇気を光らせて行動してくれた。
 一方、学会と対決すると呼号していた炭労は、法的にも、また道理の上でも、不利と見るや、公開討論からも逃げてしまった。
 一気呵成に戦いを起こしてわずか数日、形勢は一変した。わが民衆の人権と正義の旗は、愛する北海天地に翻ったのである。
 我らは、永遠に異体同心で勝つ。師子奮迅の師弟の勢いで勝つのだ。

「仏法勝負」の時
 この「炭労事件」に続いて起きたのが「大阪事件」であった。
 7月3日、私は事実無根の冤罪で拘束され、2週間後に出獄した。身の潔白と正義の証明は、法廷闘争に移ることになった。
 7月17日、中之島の中央公会堂で行われた大阪大会で、私は烈々と叫んだ。
 「正しい仏法が、必ず勝つという信念でやろうではありませんか!」──これは、今もなお、私と関西同志の共戦の誓いである。
 3カ月後の初公判の翌日(10月19日)、私は同志と京都の宇治川を訪れた。
 源平合戦などの“先陣争い”の舞台として名高い、その流れを見つめつつ、関西の友と拝してきた一節をあらためて心肝に染めた。
 「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多《せた》を渡せし所よ・名を揚《あぐ》るか名をくだすかなり」(御書1451ページ)
 仏法は勝負だ。今この時この場所で、生命を赤々と燃やして戦える。それは、わが人間革命の一世一代の晴れ舞台となるのだ。
        ◇
 いずこの地であれ、勇んで立ち上がる「一人」が、どれほど大切な存在か。
 「其の国の仏法は貴辺にまか(任)せたてまつり候ぞ」(同1467ページ)
 地域に根差し、決然と「法旗」を掲げて戦う同志を励まされた御金言である。
 今、まさに、この通りに地域社会の「柱の人」「宝の人」が、日本中、世界中に躍り出ている。
 「地域の幸福責任者」との使命に燃えて、郷土の繁栄を願い、友の幸福を祈りながら、誠実に社会貢献の行動に徹しておられる。
 東日本大震災の苦難の被災地にあっても、人びとを励まし、心の絆を結びながら、復興・再生の使命に献身してくださっている。
 大聖人も、「貴方が一人立つことが勝利なのだ!」「貴女《あなた》がここの広宣流布を担う責任者なのですよ!」と、どれほど御賞讃くださっていることだろうか。
 民衆自身が、幸福と平和の強靭なる連帯を、地域から社会へ、世界へ広げていく。ここに、「立正安国」の実像もあるのだ。
 「我日本の柱とならむ」(同232ページ)──私の胸には、日蓮大聖人の師子吼が轟いてやまない。
 わが弟子たちよ、今いる場所で、師子となって立ち上がれ! 地域の信頼と希望の灯台となって、乱世の闇を照らせ! 威風も堂々と、民衆の幸福と安穏の柱となって、栄光の金字塔を築きゆこうではないか!

 乱世にて
  君も私も
    不屈なる
  闘魂光らせ
    常勝絵巻を。

 ゲーテの言葉は『ゲーテ全集1』所収「ハンス・ザックスの歌の使声」会津伸訳(人文書院)=一部調整。トルストイは『戦争と平和』米川正夫訳(岩波書店)。マンデラは『自由への長い道 ネルソン・マンデラ自伝』東江一紀訳(日本放送出版協会)。
2012-12-01 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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