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随筆 我らの勝利の大道 No.89

随筆 我らの勝利の大道 No.89   
             (2012.11.15付)
「創立」の原点に誓う

永遠に厳たり 創価の師弟城
菊花満開! 人間の真価よ輝き光れ

広布の大願へ 勇猛精進で!

 大輪の
  菊花満開
     創価かな

 11月18日「創立の日」を迎える学会本部は今、全国の同志から届けられた菊の花で輝いている。
 東京の足立、山梨、茨城の土浦・筑波、京都の友らが丹精込めた菊花が眩い。山科王朝グループの創作屛風も華やかだ。
 さらに大阪の泉州総県、また、文化本部の「菊花グループ」等の方々からの真心の大輪も香しい。
 日蓮大聖人は仰せになられた。
 「菊は草の後に仙草と見へて候、代《よ》のおさまれるには賢人見えず代の乱れたるにこそ聖人愚人は顕れ候へ」(御書1095ページ)
 他の草が秋になって枯れても、菊は咲いているため「仙草」(妙なる草の意)と呼ばれた。同じように、“世の中が乱れている時にこそ、聖人と愚人は明らかになる”と示されている。
 試練の時にこそ、人間の真価は光る。ゆえに、苦難にも胸を張り、朗らかに自分らしく開花しゆくのだ。
        ◇
 菊で思い出すのは、昭和53年(1978年)の「創立の月」、私が大阪・泉佐野市の泉州文化会館を初訪問した時のことである。
 この折、会館は1200鉢を超す菊に彩られていた。わが同志が、1年前から育ててくださったものだ。
 どんな時も、寄り添う。温かく、粘り強く励まし続ける。菊作りの労作業は、人材育成にも通じようか。
 美事な菊花は、今や地域の名物ともなっている。
 この泉州をはじめ大関西の人材城からは、先輩方の熱い激励に包まれ、「負けたらあかん」との常勝の心を継ぐニューパワーの青年が陸続と育っている。
 先日、泉州の天地には、新たな宝城・高石文化会館も堂々と誕生した。
 わが愛する関西の同志の菊花満開の笑顔が、私には何よりの喜びである。

偉大な母に感謝!
 泉州文化会館で、妻と共に、一人のご婦人と語り合ったことも懐かしい。
 その方は、若くして夫を亡くされ、女手一つで3人のお子さんを育ててこられた。夫が営んでいた会社を継ぎ、自らが社長に就いた。仕事や育児に加え、広布の活動も、一歩も引かずに頑張っておられた。
 偉大な母の奮闘を聞き、私は、すぐさま提案した。
 「明日、ご主人の法要を行いましょう」
 翌日、会館に集ってこられたお子さんに、私は、「日本一のお母さんだよ」と心から讃えた。
 人類の幸福といっても、母を大切にすることから始まる。母を大切にする社会は、必ず勝ち栄えていく。
 今、ご長男は会社を継ぎ、立派に親孝行の道を歩まれ、錦宝会(多宝会)となられた母も、ますます意気軒昂で、地域広布のために歩かれていると伺っている。
 大聖人は、病と闘う富木尼を励まして言われた。
 「末法の今の女性が、法華経を信受して、寿命を延ばすことは、秋に稲が実り、冬に菊の花が咲くようなもので、誰が驚くでしょうか」(同985ページ、通解)と。
 いかなる宿命も必ずや転換し、人生の四季を「常楽我浄」という生命の実りと彩りで最高に充実させていくために、妙法はあるのだ。
 大聖人は、「願わくは、日天、月天よ、尼御前の命に代わって助けられよ」(同978ページ、通解)とまで強く祈られていた。
 この御本仏のお心を深く拝し、私と妻も、わが久遠の創価家族の皆様方のご健康とご長寿を、ひたぶるに祈る日々である。
 ともあれ、日本、いな世界には、「清浄」「高潔」との菊の花言葉の如き、尊い広布の母が無数におられる。だからこそ、学会は強い。
 私たちは、気高き婦人部に心から感謝を捧げたい。

創価の父の大確信

 創立日
  諸天に護られ
    晴れやかに
  同志の城は
     栄光燦たり

 11月は、地域部、専門部をはじめ、各部・各地域の記念日も多い。
 2日に「創価班の日」、5日に「男子部の日」、12日に「女子部の日」を迎えた後継の友も、勢いよく記念日を飾ってくれた。
 「四国の日」「東京婦人部の日」「山口女性の日」、そして「支部結成の日」や「県の日」を飾る、青森、長崎、山形、岩手、栃木、奈良、静岡、宮城など、各地の目覚ましい躍進も頼もしい限りだ。
 11月18日は「創立の日」であるとともに、初代会長・牧口常三郎先生が、大法のゆえに獄死された「殉教の日」である。
 「但生涯本《もと》より思い切《きり》て候今に翻返ること無く其の上又違恨無し諸《もろもろ》の悪人は又善知識なり」(同962ページ)
 この御聖訓の通り、決然と、そして悠然と、戦い抜かれた「不惜身命」「死身弘法」の大英雄が、我らの創立の父であられる。
 牧口先生は獄中でも悠々と書き記されていた。
 「何処《ドコ》でも、信仰が第一です」「何の不安もない。必ず『変毒為薬(毒を変じて薬と為す)』となると存じます」と。
 この牧口先生に唯一人、獄中まで感謝を込めてお供された第2代会長・戸田城聖先生は叫ばれた。
 「牧口会長のあの確信を想起せよ。絶対の確信に立たれていたではないか」と。
 「創立の日」を、私は、関西(1976年、81年、97年)、中部(74年、95年)等でも同志と迎え、学会精神を共に命に刻んできた。
 昭和54年(1979年)の創立記念日は、神奈川文化会館で、私は、鎌倉など縁《えにし》深き共戦の友と大いに語り合った。
 「信心は、詮ずるところは確信です。自信です。希望です。何があっても、確信、自信、そして希望を生み出し、燃え続ける人が本当の信仰者なのです」と。
 私たちが妙法に巡り合えたのは、ひとえに、身命を賭した創価の師弟の大闘争があればこそである。
 ゆえに、いついかなる時も、我らは、一切の原点である「創立の精神」に立ち返りながら、迷いも恐れもなく、広宣流布の大誓願に燃えて打って出ていくのだ。
 「勇猛精進し給え!」とは、牧口先生が常に青年に贈られた師子吼である。
        ◇
 「変化の突風が吹く時、防壁を立てる人もいれば、風車を創る人もいる」と、ブラジルの大作家ベリッシモは語った。
 いかなる変化にも決してたじろがない。怯まない。人びとのため、社会のため、その変化から、大胆に勇敢に、そして聡明に、新たな価値を創造していく。
 これが、3代の師弟を貫く「創価」の生き方である。
 この9月、創価大学にお迎えしたブラジルのドン・ボスコ大学のアウメイダ理事長も、激動の時代に、幾多の苦難に挑み、自ら大学を創立された。
 理事長の信念は明快だ。
 まず、「やるからには『自分のできることは達成するまでやること』」。
 また、「何かができないことを他人のせいにせず、『自分には何ができるか』を求めていくこと」。
 アウメイダ理事長ご夫妻も、行動のバイタリティーに溢れる創大生や創価教育同窓の友との出会いを、心から喜ばれていた。
 大切なのは「人材」を育て、「未来」を創ることだ。
 ブラジルの文豪アシスは「『時』において、過ぎ去った一分は、関係ない。
 来る次の一分こそが、大事なのだ」と語った。
 いつも、本当の勝負は「これから」なのである。

大聖業を誇り高く
 牧口先生は断言された。
 「大目的が確立してこそ中目的、小目的が明確になり、その方法もうまれる」
 我らには、「広宣流布」「一生成仏」という究極の大目的がある。これほど、強く正しく、意義ある生命の軌道は絶対にない。
 私が交友を結んだ、世界的な細菌学者のルネ・デュポス博士が引かれていた寓話を思い出す。
 ──ある時、レンガ運びをしている3人がいた。彼らに通行人が尋ねた。「何をしているんだい」
 1人目が答えた。
 「石運びだよ」
 次に2人目は、「壁を積んでいるのさ」と。
 そして3人目は、誇らかに答えた。「聖堂を建ててるんだ」と。
 見た目は同じ作業をしていても、何と大きな心の広がりを持てることか。
 言われたことを、ただ、やるだけではない。表面的な目標として理解するだけでもない。その本質をとらえ、遠大な自らの理想として成し遂げていくのだ。
 広宣流布は、一人ひとりが我が生命に幸福の宮殿を築きながら、人類が夢見た人間共和の「永遠の都」を建設しゆく大聖業である。
 現実の仕事や眼前の戦いには、誠実に緻密に精確に挑み、心には宇宙大のロマンを光らせていくのだ。
 さあ、「創立の月」から、目を見張る勢いで大前進を開始しよう! 新たな人間革命の劇の幕開けだ!
 私自身も、大いなる総仕上げに、いやまして戦い抜く決心である。
 広布史上に燦然と輝きわたる大勝利劇で、世界中の同志と共に、創価の万歳を轟かせようではないか!

 湧き出ずる
   勝利の力
     師弟城

 牧口先生の獄中書簡は一部補足。デュボスの寓話は『生命の灯』長野敬・新村朋美訳(思索社)。
2012-11-17 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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