若き君へ 新時代の主役に語る 第5回

若き君へ 新時代の主役に語る

第5回 心も体も健《すこ》やかに  (2012.7.25/26/27付 聖教新聞)

賢明に生きるための信心です

健康の4モットー

 ①張りのある勤行
 ②無理とムダのない生活
 ③献身の行動
 ④教養ある食生活

名誉会長 「九州北部豪雨」で被災された皆様方に、重ねてお見舞い申上げます。
 熊本県、福岡県、大分県、佐賀県を中心にした広範な地域が甚大な被害を受けました。あの懐かしく、心美しき人びとの天地が──と思うと胸が痛みます。
 その中で、わが同志は、被災者の支援と激励に奮闘してくださっています。青年部の「かたし隊」の大活躍も、よく伺っています。暑い中での作業であり、さぞかし大変でしょう。本当にありがとうございます。
 御聖訓に「災《わざわい》来るとも変じて幸《さいわい》と為らん」(御書979ページ)と仰せのごとく、苦難に断じて負けない復旧と生活の再建を、私も毎日、真剣に祈っております。

 ──被災された同志の方々も、池田先生からのお見舞いの御伝言を胸に立ち上がっています。
 梅雨が明けて、いよいよ夏本番ですが、今後も局地的な豪雨や台風への備えが必要です。厳しい暑さが続くので、熱中症にも注意しなければなりません。疲れがたまって、体調も崩しがちです。
 そこで今回は「健康」をテーマに伺いたいと思います。青年部は、結成の月から師子奮迅の勢いで前進しており、その勢いを、さらに大きく着実なものにするためにも、健康は大切だと思います。

名誉会長 その通りだね。「健康」は宝です。私の青春時代は、病気との闘いの連続でした。結核で随分苦しんだ。ですから、健康が、どれほど大切か、ありがたいか、身に染みて感じてきました。
 それだけに、未来部、青年部の皆さんには、同じ苦しみを絶対に味わわせたくない。できることならば、一人ももれなく、頑健で、思う存分に若い生命を満喫してもらいたい。これが私の願いです。
 今まさに、病と闘っている友もいるでしょう。断じて勝ち越えていただきたい。生きて、生きて、生き抜いて、今世の偉大なる使命を堂々と果たし切っていただきたい。わが友に襲いかかる病魔よ、立ち去れと、私は祈り抜いています。

 ──池田先生の励ましのもと、創価学会の庭で元気な同志と共に生きゆく中で、生命力を湧き立たせ、健康を勝ち開くことができたという体験は数え切れません。

名誉会長 うれしいことです。先日も、インドの友から、青年部のメンバーが、社会の各界のリーダーとなって、目覚ましい活躍をされている様子を伺いました。
 思えば、インドを独立に導いたマハトマ・ガンジーは「真の健康」の意義について、「真理と正義の理想を不撓不屈で追求してゆくことなのです」と語っています。「健康」とは戦う生命だと言うのです。
 ガンジー自身、若き日から非暴力の大闘争を貫きました。断食を重ねて体を痛めつけ、何度も投獄されて、なお、78歳で凶弾に倒れるまで戦い抜いております。
 広宣流布という最高の「真理と正義の理想」へ前進する皆さんは、若き「健康の王者」なのです。人のため、社会のため、未来のため、わが生命を燃やして価値を創造していくところに、真実の健康は光るといってよいでしょう。

 ──池田先生は、かねてより、21世紀は「健康の世紀」「生命の世紀」と提唱され、現代化学の父ライナス・ポーリング博士ら多くの識者と語り合われてきました。
 時代は、その通りに「健康」がますます焦点となってきました。

名誉会長 皆が「生き生きと健康に」、そして誰もが「若々しく長寿で」、勝利の人生を飾る21世紀としたい。
 今、「健康」は、「生きる意味」や「生きがい」を実感できているかどうか、という観点からも深く見直されている。いわゆる「生の質(クオリティー・オブ・ライフ)」が、総合的に問われる時代に入っています。それは、「生命の尊厳」と「平和の探求」にも連動しています。
 御聖訓には、「人身は受けがたし爪の上の土・人身は持《たも》ちがたし草の上の露」(同1173ページ)と仰せです。
 この世に生まれ、人間として生きていること、それ自体が、本来、奇跡のように尊いことです。
 まして、尊い使命を自覚して、深い生きがいを感じながら、価値ある一日一日を生き切ることは、無上の幸福です。仏法は、釈尊以来、このことを一貫して目指している。生き抜く力を奮い起こし、究極の生命力を湧き上がらせていく智慧と実践を教えています。
 若くして仏法の「色心不二」「本有の生死」の生命哲学を受持した皆さんは、まさしく「新時代の人間主義のパイオニア(開拓者)」なのです。

 ──仏典には当時の最先端であったインド医学の精髄も記されています。仏教医学という分野も生まれて研究されているほどです。

名誉会長 民衆の「生きる力」を引き出すのが「仏」です。ゆえに仏法では、仏を「大医王」に譬えているのです。
 なかんずく法華経には、「此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なり」(創価学会版法華経602ページ)と明かされています。
 天台大師は、この妙法の大良薬を弘める仏を、“単に病気を治すだけではなく、病気になる以前よりも、一段と健康に、一層、元気はつらつにする最高の医師”に譬えています。
 病気を転機として、より丈夫になり、より深い境涯を開いて、より力強く人々を励ましていける。まさに「変毒為薬」できるのです。
 ですから、若い時に思いもよらず病気に直面しても、驚いたり落胆したりしてはなりません。
 「若いんだから必ず乗り越えられる。そして、この病を通して、偉大な長寿の人生を勝ち開いてみせる」と心を決め、強く朗らかに立ち向かっていただきたいのです。
        †
 ──ここで、池田先生が以前、示してくださった「健康の4モットー」を、あらためて確認したいと思います。
 ①張りのある勤行
 ②無理とムダのない生活
 ③献身の行動
 ④教養ある食生活
 健康のポイントを、簡潔にして明瞭に教えていただきました。
 若者の体調不良の原因は、さまざまありますが、中でも多いのは睡眠不足だと思います。
 深夜までの残業などがありますし、つい夜更かしをして、疲れをためてしまう場合もあります。
 「無理とムダのない生活」が、本当に大切ですね。

名誉会長 仕事をやり切って、活動にも挑戦する──尊い青春です。しかし、無理は続かない。
 「仏法と申すは道理なり」(御書1169ページ)です。賢明に価値創造を重ねていくための信心です。
 ゆえに、自分が自分の「医王」となって、道理の軌道の上から、どう現実に「生きる力」を強めていくか、知恵を具体的に発揮していかなければなりません。
 天台大師の『摩詞止観』には、病気の原因について大きく6つの角度から述べられ、日蓮大聖人も引用されています(同1009ページ)。
 第1は、「四大が不順で、調和しないゆえに病む」です。例えば、気候の不順などの外界の変化によって、四大で構成されている身体の調和が乱れることです。仏法では「地・水・火・風」の「四大」が仮に和合し、人間の体を構成していると考える。その調和が乱れ、病気を引き起こすと見るのです。
 第2は、「飲食の不摂生のゆえに病む」です。食生活の乱れのことです。
 第3は、「座禅が調わないゆえに病む」です。落ち着かず、集中して物事に当たれないことです。姿勢の悪さや呼吸の乱れなどによるものとされます。広く見れば、生活のリズムの乱れといえる。
 第4は、「鬼《き》が便りを得るゆえに病む」です。「鬼」とは、現代的にいえば、外界から襲いかかる細菌やウイルス、さらに精神的なストレスも含まれます。
 第5は「魔の所為」。生命に内在する衝動や欲望等が心身の正常な働きを混乱させることです。
 そして、第6は「業の起こるゆえに病む」です。過去からの生命のゆがみが現れて病気になることです。
 1400年も前に言われたことだけど、現代でも十分に納得できる明晰な洞察です。

 ──はい、すごいと思います。第3項目の“生活のリズム”をつくる意味でも、睡眠は大切ですね。

名誉会長 そう。疲れを取るには、まず、ぐっすり眠ることです。
 生死を繰り返す人間の生命にあって、「眠り」は一種の「小さな死」ともいえましょう。よき眠りは、生命の奥底の次元に立ち返り、その宇宙大の広がりに戻って、色心を蘇生させるものです。だから、生命力が充電される。
 そして、朝を勢いよく出発することです。清々しく早起きできれば、心にゆとりができる。気持ちもいいし、頭も回転する。
 文豪ゲーテの家庭医も務めた、ドイツの医学者フーフェラントは、「さわやかな朝ほど、人間が自分固有の存在感を純粋かつ完璧に満喫する時点はほかにけっしてないのですから、この時点をなおざりにする人は、自分の人生の青少年期をなおざりにしているのですよ!」と戒めていました。
 この朝の勝利王こそ、聖教新聞を配達してくださっている「無冠の友」の皆さんです。
 人間の体内時計は、24時間よりも少し長いのですが、これをリセットしてくれるのは「朝の光」です。朝の日光をしっかり浴びることで、生活のリズムが整えられます。
 もちろん、仕事の状況などでかなわない場合もあるでしょうが、その中でも、充実した「生活のリズム」をどう創り出していくか、ここに信心の底力が輝きます。
 朝晩の勤行は、まさに宇宙の大法則と合致した勝利の一日のリズムを創ってくれるのです。
        †
 ──はい。一番の急所です。
 あと細かいことになりますが、寝る直前には、パソコンやテレビ等の光る画面を見ないほうがいいとも聞きました。適度な運動も、心身をリフレッシュしてくれます。疲労回復には、入浴も効果的です。

名誉会長 その通りだね。
 私も男子部時代、メンバーと一緒に銭湯に入りながら、青年拡大への作戦を練りました。
 一日の疲れも取れるので、いいアイデアも湧いた。何より、心を開いて語り合うことができて、同志の団結も強まりました。

 ──腹ぺこでいることを、なぜか、池田先生が見抜いてくださって(笑い)食事をご馳走していただいたという思い出を持つ先輩たちも多いです。

名誉会長 「食は命」です。
 御書には「食には三つの働きがあり、第一には生命を継続させ、第二には体や顔の色つやを増し、第三には心身の力を盛んにする」(1598ページ、趣意)と仰せです。
 ですから、お母さん方をはじめ、真心を込めて食事を作ってくださる方々、さらに食を支える農漁業に携わる方々に、私たちは感謝を忘れてはなりません。
 仏法では、人間生命を「聖道正器《しょうどうしょうき》」、正しく尊い行動をする大切な器だと見る。一人一人、自分ならではの尊い使命をもって生まれてきたのです。
 それを果たすためにも心身ともに健康であることが大事です。そう考えると、食事も立派な仏道修行といえるのです。

 ──「飲食の不摂生のゆえに病む」は、本当にそうだと思います。体に良くないと分かっているのに、夜遅く食べたり、つい食べ過ぎたり……(笑い)。
 反対に、女性に多いようですが「痩せ過ぎ」なども問題になっています。

名誉会長 健康であれば明るい笑顔も広がる。どこまでも「健康第一」でお願いします。そのための「食」であっていただきたい。
 先のガンジーは言っています。
 「人は、食事のしかたに応じた人間になる」と。
 たとえ質素な食事であったとしても、栄養バランスを工夫して一食一食を大切に食べれば、その人は、宝の生命を守る「最も尊貴な人」になっていくのです。

 ──今回のお話の関連で、「睡眠をしっかりとる」「朝の日光を浴びる」「バランスよく栄養をとる」「軽い運動をする」は、心の健康を保つ上でも大事だと指摘されます。

名誉会長 すべての青年部の健康、成長、大勝利を、妻と共に祈っています。若き皆さんが、心も体も健やかに、一日一日を勝ち進みゆくことを願ってやみません。

妙法は最強の「生命の大良薬」

病気だから不健康ではない。
健康は、自分自身の前向きな生き方の中にある


 ──草創の先輩から、青年室長の池田先生と一緒に“一高寮歌”を歌った思い出を伺いました。
 先生は、旧制第一高等学校に学んだ若き逸材がこの歌に込めた心意気を語られながら、青年部を励ましてくださったというのです。
 「君たちが立派な指導者になるために道を開いていくことが、私の使命です。青年部を幸福にし、広布実現の大人材にするために、私は生まれてきたんです」と。
 先生が、若き日から一貫して、一身に大難を受け切られ、青年部の私たちの幸福と健康と成長を祈って戦い続けてくださっていることに、胸が熱くなります。

名誉会長 ありがとう。
 「若き君たちの勝利のために生まれてきた」──この真情は、今もいささかも変わりません。
 私は若い時に病気を経験したことで、同じように病に苦しむ人の気持ちが深く分かるようになった。そうした人々に同苦して、心から励ましていける自分になれました。それ自体が、信心の冥益であり、福運であると思っています。
        †
 ──先生の『若き日の日記』を読みますと、例えば22歳の時には「身体の疲労重なる。調子、頗る悪し」「身体、痩せてくる。自分でよくわかる。病魔に負けては、絶対にならぬ」等と綴られています。戸田先生の事業が苦境に陥り、その打開のために池田先生が一人、奔走されていた時のことです。

名誉会長 医師からは「30歳まで生きられないだろう」と言われました。だからこそ、いつ倒れても悔いのないように、一日一日を真剣勝負で生き抜きました。
 そんな私の体を、戸田先生は本当に心配してくださった。
 ある時は、学会本部の御本尊に一緒に祈ってくださり、「生命力が弱っている。弱っていては戦《いくさ》は負けだぞ」と厳しく叱咤してくださった。本当にありがたい師匠でした。
 その師匠に何としてもお応えするのだと、私は命がけで戦った。
 当時、時間を見つけては御書を拝し、日記に書き留めて心肝に染めていきました。
 その一節に、「つるぎなんども・すすまざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼうたるべし」(御書1124ページ)があります。
 これは、わが子の病と闘う門下を励まされた御聖訓です。
 信心の真髄は「けなげ」すなわち「勇気」です。私も戸田先生の弟子として、渾身の勇気を奮い起こし、病魔と死魔に挑みました。とともに、師匠と学会に襲いかかる一切の障魔を、信心の利剣で叩き切る決心で、祈り、戦いました。
 そして今なお、元気に世界広布の指揮を執っていることを、戸田先生がどれほど驚き喜んでくださるか。すべて、師弟不二の闘争に徹し抜いたゆえの「更賜寿命」(更に寿命を賜う)の大功徳です。

 ──池田先生が病気を乗り越えて、前人未到の「平和」と「文化」と「教育」の大偉業を成し遂げられたことは、闘病中の青年たちへの最大の励ましです。

名誉会長 「生老病死」は誰も逃れられない。その意味で、一生が病との闘いです。ゆえに、病気を恐れることはない。しかし、侮ってもいけません。迅速に具体的な治療に励むことが大切です。
 御聖訓には「この病は仏のお計らいだろうか。そのわけは、浄名経、涅槃経には病がある人は仏になると説かれている。病によって仏道を求める心は起こるものである」(同1480ページ、通解)と御断言です。
 病気という苦難を糧にして、自分の信心を強め、境涯を深め広げていくことができるのです。
 病気との闘いは、妙法に照らして、永遠の次元から見れば、すべてが幸福になり、勝利するための試練です。病気だから、不健康なのではありません。他人や社会から決められるものでもない。
 健康は、何があっても負けない自分自身の前向きな生き方の中にこそあるのです。
 皆さんには偉大な使命があります。希望に燃えて、絶対に生き抜いていただきたい。断じて健康になり、病気と闘う多くの人を励ましてもらいたい。
 「生老病死」の苦しみを転じて、最高の「常楽我浄」の人生を勝ち抜いていくのです。これが「創価」の生命です。
 私も真剣に祈っています。祈り通して、一人ももれなく元気になるのを待っています。
        †
 ──日蓮大聖人の門下にも、病気と闘う多くの人がいました。そうした弟子たちに対して、さまざまな励ましを送られています。

名誉会長 その通りです。青年門下の南条時光が重い病に倒れた際には、全魂を振り絞るようにして「法華証明抄」を記され、渾身の励ましを送られています。
 弘安5年(1282年)2月、時光は24歳の若武者でした。
 大聖人は時光に仰せです。
 「(信心強盛であるあなたが)もはや仏に成ることは間違いないと見えたからこそ、天魔や外道が病にさせて脅そうと、こころみているのでしょう」(同1587ページ、通解)
 時光は、熱原の法難の際にも、勇敢な信心を貫き、矢面に立って同志を守り抜いてきました。
 病気になることは、決して敗北などではない。信心が弱いからでもない。広宣流布に生き抜く中で起きた病気という苦難は、成仏を阻もうとする魔の働きである。ゆえに、怯んではならない。
 勇敢に立ち向かって、一生成仏を勝ち開いていく勇気を教えられているのです。
 大事なことは、病気になった時にこそ、いよいよ強盛の大信力を奮い起こしていくことです。
 今こそ、信心の偉大な力を発揮するのだ! 人間として大きく飛躍するのだ! と腹を決めて、題目を唱えていくのです。

 ──重い病気にかかると、つい心も弱くなってしまいがちです。

名誉会長 「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」(同1124ページ)です。
 あらゆる病苦を打開する根源の力が、妙法にはある。妙法は最強の「生命の大良薬」です。戸田先生もよく「人間の体は一大製薬工場だ」と言われていました。
 今、受けている治療が最高の効果を発揮していくよう、全身に仏の大生命力を現して病魔を打ち破っていくよう、祈り抜き、祈り切ることです。信心を根本に戦っていくならば、必ず一切を変毒為薬できます。

 ──自分の親や家族が病気であったり、長く入院していたり、といったメンバーもいます。

名誉会長 家族の病気というのは、時には自分の病気にもましてつらい。わが家も、父がリウマチで倒れました。父が働けなくなったことで、家業(海苔の養殖・製造)も傾いていきました。
 家族の誰かが病気だと、一家は灯が消えたようになってしまう。
 しかし、「妙とは蘇生の義」(同947ページ)です。
 大聖人は、病気の家族を抱えた門下に、こう仰せです。
 「それは、決して鬼神の仕業ではないでしょう。十羅刹女が、信心の強さをお試しなのでしょう」(同1544ページ、趣意)
 諸天善神が守らないわけがない。絶対に一家で乗り越えられると励ましてくださっています。
 御書には、「大闇をば日輪(=太陽)やぶる」「法華経は日輪のごとし」(1114ページ)とも仰せです。
 妙法を唱え、実践する私たちの胸中には、赫々たる希望の太陽が昇る。あらゆる闇を打ち晴らし、どんな宿命の鉄鎖をも断ち切っていけるのです。
 たとえ、家族が信心していなかったとしても、一家で一人、自分が希望の太陽と輝いて、家族を照らしていける。幸福の方向へ、皆が強くなる方向へ、導いていくことができるのです。
 自他共の病気との闘いの中で、人間として本当に輝く健康体を勝ち取っていくことができる。
 ゆえに、一切を御本尊に任せて祈るのです。臆さず、粘り強く、戦うのです。断じて負けてはいけない。一歩も退いてはいけない。
 最後は必ず勝利するのだから!

人生には全て意味がある!

皆、仏法の偉大さの証明者。
ゆえに自身の病気との闘いも即「広宣流布」の使命の戦い


 ──現在の医学では完治が不可能とされる難病もあります。そろした病気を抱えながらも、信心根本に、はつらつと前進し、多くの人に勇気を送っているメンバーもいます。

名誉会長 偉いね。尊いことです。戦う人は、すでに勝利しているのです。
 病に屈しない君たちこそ「人間の英雄」なり! 「幸福の博士」なり! 「生命の勝者」なり! と私は讃えたい。
 大乗経典である「維摩経」には、在家の菩薩である維摩詰が登場します。「法華経」や「御義口伝」を英訳してくださったバートン・ワトソン博士とも、この維摩詰について語り合いました。
 ある時、維摩詰が病気になる。お見舞いに訪れた文殊師利は、「あなたはなぜ病気になったのですか」と聞きます。
 病床に伏していた維摩詰は語ります。
 「一切衆生が病む故に、私も病むのです。もし一切衆生の病が消えるならば、私の病も消えるでしょう」「菩薩の病は大慈悲から生じるのです」と。
 ここに、仏法における菩薩の究極の精神が示されている。あらゆる人の苦しみを我が苦しみとし、同苦し、それを共に乗り越えていく。そのためにあえて、自らも病気の姿を現しているのだと言うのです。
 仏法では「願兼於業《がんけんおごう》」と説く。他の人を救うために、自ら願ってこの悪世に生まれ、宿業と戦う。そして、自らの生き方、振る舞いを通して仏法の偉大さ、人間生命の尊厳と広大無辺の可能性を人々に教えていくのです。
 その人にしか救えない人が、必ずいるのです。その人にとっては、眼前の病気との闘いこそが、即「一生成仏」と「広宣流布」の崇高な使命の戦いなんです。
 今世の勝利は三世の勝利です。未来永遠に、色心ともに最高に頑健で幸福な境涯を築いていけることは、絶対に間違いありません。
 今、妙法を持《たも》った、若き医学者や薬学者、また医療技術者、さらに看護師の友も、立派に大活躍してくれています。
 創価の青年は、「生命の世紀」「健康の世紀」の先頭に立って、無限の智慧とバイタリティーで社会をリードしていただきたい。
        †
 ──現代社会は「ストレス社会」と言われます。職場の人間関係や労働環境などが原因で、心身ともに体調を崩す人が増えています。
 20代、30代の青年も例外ではありません。不況の影響もあって、雇用環境も不安定になっています。ギスギスした職場の雰囲気や成果へのプレッシャー、将来への不安等も、大きなストレスになっているのではないかと思います。

名誉会長 たしかに、難しい時代です。若い皆さん方は、今まで以上に、緻密に、また忍耐強く、人生の舵をとっていくことが要請されているといっても過言ではないでしょう。
 だからこそ、朗々たる勤行・唱題で負けじ魂の生命力を発揮していただきたい。また良き同志と、仲良く明るく励まし合い、支え合いながら、前進していただきたい。学会の世界は、幸福と希望の安全地帯ですから!
 カナダ・モントリオール大学のシマー博士、ブルジョ博士と発刊した鼎談集でも、このストレスのことを語り合いました。
 医学の分野で初めて「ストレス」という概念を確立したのが、このモントリオール大学で研究をしていたハンス・セリエ博士です。
 ブルジョ博士は言われました。
 「セリエの重要な業績は、ストレスのプラス面を指摘したことです。彼は『ストレスはそれ自体、病気でもないし、必ずしも病気の原因になるというわけでもない』と言っています。ストレスのプラス面は、自分自身を外部の脅威から守るために必要な活力を結集し、創造力を発揮する点にあります」と。
 セリエ博士自身は、ストレスを“人生のスパイス”とも呼んでいました。要するに、ストレス自体は、どうやっても避けることはできないし、それ自体は善でも悪でもない。むしろ、適度なストレスを生かすことによって、自分の能力を引き出し、高めていくことができるということでしょう。
 こうした考え方は、仏法の「煩悩即菩提」の哲理にも通じるところがあります。
 御書には、「鉄は鍛え打てば剣となる」(958ページ、通解)、また「難来るを以て安楽と意得可きなり」(同750ページ)等と記されています。
 悩みがあるから、成長できる。苦難があるから、強くなれる。よりいっそう大きな境涯を築いていけるのだと教えられています。

 ──はい。婦人部をはじめ、学会の多くの先輩方の姿から、そうした不屈の信心を学ぶことができます。大変な時こそ「よしきた!」と腹を決めて、祈り、生き生きと学会活動に挑戦していく。そうした姿から、いつも限りない勇気をいただきます。

名誉会長 セリエ博士は、がんと闘った自身の経験をもとに、“他者に尽くすことが、そのまま自分にもプラスになるような生き方をすること”が大切だと論じていました。
 これこそ、まさに仏法で説く菩薩道の生き方です。学会活動です。友の幸福を願い、妙法の偉大さを語っていく。それがそのまま、自分自身の福運となり、功徳になる。人間革命と宿命転換の原動力になります。
 自分が悩みながらも、人に尽くしていく。自分が苦しみながらも、法のため、友のため、広宣流布のために行動していくのです。その粘り強い積み重ねの中で、自分の仏の生命が湧現し、磨かれ、鍛えられる。環境も大きく変えていくことができます。これが仏法の「自行化他」の偉大な力用です。

 ──うつ病など心の病で、なかなか人に会うこともできない、という人もいます。

名誉会長 長い人生だし、決して焦る必要はありません。専門家に相談して、じっくりと適切な治療を行っていただきたい。
 皆、いろいろな状況がある。一律に「こうすればいい」という処方箋はありません。
 でも、一点。妙法を持《たも》った皆さんが不幸になることは絶対にないと、私は断言できます。
 周りの人は、病気で苦しむ本人を温かく、また長い目で見守りながら、ご家族に真心からの励ましを送っていただきたい。
 側で支えてくださっている方々は大変です。時には工夫して、休息をとっていただきたい。
 心の病を抱えた人を大切にすることは、本当に深い慈悲の境涯を開いていくことです。豊かな人間性の社会を築いていくことです。
 ともあれ、悩んだ人ほど偉大になれる。つらい思いをした人ほど、多くの人を救っていける。偉大な使命があるんです。これが仏法です。菩薩道の人生です。
 戸田先生は「時には、“貧乏菩薩”や“病気菩薩”のように見えるかもしれない。しかし、それは人生の劇を演じているんだよ。正真正銘の地涌の菩薩なんだ」と、よく言われていた。
 また「大病を患った人は人生の深さを知っている」と語っておられた。全部、意味があるのです。
 日蓮大聖人は「三千大千世界(大宇宙)に満ちる珍宝をもってしても、命に替えることはできない」(同1075ページ、通解)と仰せです。病気の姿を現していても、その生命の偉大さ、尊さ、素晴らしさには何の変わりもありません。皆さん全員が、一人も残らず、最高に尊貴な宝の存在なのです。
 法華経の涌出品では、「無量千万億」の地涌の菩薩が一斉に躍り出ます。その地涌の菩薩の一人一人は「身は皆な金色にして、三十二相・無量の光明あり」(創価学会版法華経452ページ)と形容されています。
 それは、現実から、かけ離れたおとぎ話の世界ではありません。
 妙法を唱え、勇気凛々と広宣流布に走りゆく皆さん方のありのままの若き生命の輝きこそが、世界を照らし、悪世末法の闇を打ち破る黄金の光明なのです。
 この創価の青年に躍動する妙法の色心の力を、家庭に、地域に、社会に、生き生きと蘇らせていってください。そこにこそ、現代の世界を蘇らせゆく「希望の原動力」があるからです。
 さあ、青年部伝統の「人材育成の夏」です! みんな元気で! 皆が元気であることが、私の喜びです。朗らかに健康・無事故で、共々に勝っていきましょう!

 ブルジョ博士の言葉は『健康と人生──生老病死を語る』(潮出版社)。
2012-08-13 : 若き君へ :
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