第37回「SGIの日」記念提言

第37回「SGIの日」記念提言

「生命尊厳の絆 輝く世紀を」(上)

 きょう26日の第37回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、池田SGI会長は「生命尊厳の絆輝く世紀を」と題する提言を発表した。
 提言ではまず、東日本大震災をはじめとする災害や世界的な経済危機などの脅威を乗り越えるための視座として「人間の安全保障」の理念に言及。災害が相次いだ13世紀の日本で著された「立正安国論」に脈打つ”民衆の幸福と安全を第一とする思想”を通しながら、苦難に直面した一人一人が「生きる希望」を取り戻せるよう、徹して励まし続けることの重要性を強調するとともに、「自他共の幸福」を願う対話こそ、時代の閉塞感を打ち破る力となると訴えている。続いて、災害に苦しむ人々の人権を守る国際枠組みの整備や、防災や復興において女性の役割を重視する原則の徹底を提唱。
 また環境問題に関連し、「持続可能な未来」を築くための新たな人類共通の目標の制定を提案する一方で、福島での原発事故を踏まえ、日本のとるべき道として、原発に依存しないエネルギー政策への転換を早急に検討することを呼びかけている。最後に、核兵器を絶対悪と指弾した戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」の現代的意義に触れた上で、有志国とNGO(非政府組織)が中心となった「核兵器禁止条約のための行動グループ」(仮称)の発足を提案。青年を先頭にしたグローバルな民衆の連帯を広げながら、「核兵器のない世界」の実現を呼びかけている。


人間の“無限の可能性”信じ
苦難を乗り越え、勇気の前進!


地球上から悲惨の二字をなくす

 平和と共生の地球社会への道を開くために、1983年1月に「SGIの日」を記念する提言の発表を開始してから、今回で30回目を迎えます。
 私どもSGIは1975年の発足以来、仏法の「生命尊厳の思想」を基調にした平和・文化・教育の運動を進め、全ての人々が自身の尊厳を輝かせながら、平和的に生きられる世界の建設を目指してきました。
 その大きな原動力となってきたのは、私の師である戸田城聖第2代会長の「地球上から悲惨の二字をなくしたい」との熱願です。

世界で相次ぐ災害
 今なお世界には、紛争や内戦、貧困や飢餓、環境破壊などの脅威によって生命や尊厳が危険にさらされている人々や、人権侵害と差別に苦しんでいる人々が大勢います。
 加えて、多くの尊い生命を一瞬にして奪い、生活の基盤を破壊し、社会に深刻な打撃を及ぼす災害が相次いでいることに、胸を痛めずにはいられません。
 ここ10年近くをみても、2004年のスマトラ沖大地震に伴うインド洋津波から、2010年の中米ハイチでの大地震にいたるまで、多数の犠牲者が出る災害が起こりました。
 昨年も3月に発生した東日本大震災をはじめ、ニュージーランドやトルコでの地震、タイやフィリピンでの水害、ソマリアを中心とした東アフリカ諸国での干ばつなど、世界各地で災害が続きました。
 亡くなられた方々にあらためて哀悼の意を表させていただくとともに、各地の被災者の方々のご心痛とその窮状を思うにつけ、一日も早い復興を心から祈るばかりです。
 災害は、かつて地震や津波対策への警鐘を鳴らした物理学者の寺田寅彦が指摘していたように、「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」(『天災と国防』講談社)恐れのあるものです。
 東日本大震災によって発生した福島の原子力発電所の事故は、その象徴といえるものでした。放射能の汚染が国内外の広大な地域に及ぶ中で、大勢の人々が長期にわたる避難を余儀なくされるとともに、子どもたちの健康や、農作物や食品への影響に対する懸念も高まるなど、災害に伴う事故としては未曽有の被害をもたらしました。
 それはまた同時に、原子力にエネルギーを依存する現代社会のあり方や、巨大化する科学技術のあり方に対し、重大な問いを投げかけました。

セン博士が警告する突然の困窮
 こうした前触れもなく深刻な被害をもたらす脅威に留意を促してきたのが、経済学者のアマルティア・セン博士です。
 少年の頃、故郷ベンガルで起きた大飢饉を目の当たりにした体験を原点に、貧困や不平等の問題に強い関心を持って経済と社会のあり方を探究してきたセン博士は、人々の生存・生活・尊厳を守り抜くための「人間の安全保障」のアプローチ(方策)を、地球的な規模で進める必要性を訴え続けてきました。
 その博士が、「人間の安全保障」における重要課題として強調していたのが、「突然襲いくる困窮の危険」への対処です(以下、人間の安全保障委員会『安全保障の今日的課題』朝日新聞社)
 いわく、「人間の生存と日々の暮らしの安全を脅かし、男女が生まれながらに有する尊厳を冒し、人間を病気や疫病の不安にさらし、そして立場の弱い人々を経済状況の悪化に伴う急激な困窮に追いやる種々の要因に対処するためには、突然襲いくる困窮の危険にとくに注意する必要がある」と。
 つまり、「人間の生にとってかけがえのない中枢部分」を蝕む危険や不安を少しでも軽減し、取り除くための努力を払うことなくして、社会の真の安寧などありえないことを、博士は強く訴えているのです。
 この点は、博士が緒方貞子氏と共同議長を務めた「人間の安全保障委員会」の報告書でも、「人々が危機や予想できない災害に何度も見舞われ倒れそうになるとき(それが極度の貧困であれ、個人的な損害や倒産であれ、あるいは社会全体への衝撃や災害であれ)、『人間の安全保障』は、こうした人々を支える手がそこにあるべきだと考える」と、重ねて主張されていたものでした。

どの国にも等しく起こりうる脅威
 こうした予期せぬ脅威は、災害以外にも、突然の経済危機が引き起こす生活不安の拡大や、気候変動に伴う急激な環境悪化など、さまざまな形で人々に襲いかかるもので、先進国や途上国を問わず起こりうるものです。
 世界銀行のロバート・ゼーリック総裁が、世界経済は新たな危険地帯に入りつつあると警告したように、今、経済危機が各国で連鎖的に広がっています。
 リーマンショック=注1=以来の長引く経済不況に追い打ちをかけるように、ギリシャの財政危機に端を発するヨーロッパ諸国での信用不安の拡大や、アメリカ国債の史上初の格下げなどが、金融市場の混乱や景気の後退に一段と拍車をかけ、今や世界の失業者数は2億人近くに達するなど、多くの国で生活不安を訴える声が強まっています。
 なかでも若者の失業率は深刻で、他の年齢層の2倍から3倍にのぼる国もあり、職を得ても非正規で低賃金といった不安定な雇用が常態化しています。
 私はこれまでの提言で、本来あってはならない「命の格差」や「尊厳の格差」が生まれた国や育った環境などによって左右されてしまう、“地球社会の歪み”を是正するための提案を重ねてきました。現在、その課題と並んで緊急性を増しているのが、災害や経済危機のような「突然襲いくる困窮の危険」への対処であるといえましょう。
 そこで今回の提言では、人々の生存・生活・尊厳に深刻なダメージをもたらす「突然襲いくる困窮の危険」に、どう立ち向かっていけばよいのかについて考えてみたいと思います。
 災害は、人間の生にとってかけがえのないものを一瞬にして奪い去ります。
 何より、自分を生み育んでくれた父や母、苦楽をともにした夫や妻、最愛の子どもや孫たち、そして親友や地域の仲間など、自分の人生の大切な部分を成していた存在を失うことほどつらいものはありません。
 仏法でいう愛別離苦の胸を刺す苦しみは、どんな人でも耐え難いものです。
 私が若き日から愛読してきたアメリカの思想家エマソンをめぐる忘れられない逸話があります。
 エマソンは、5歳の愛児を病気で亡くした時、日記にこう記しました。
 「昨夜8時15分、私のかわいいウォルドーが逝ってしまった」
 青年時代から常に日記を書くことで、精神の足場を踏み固めてきたエマソンでしたが、何とか文字にすることができたのは、痛ましい現実を示す短いその一文だけだった。
 別の日にエマソンが再びペンを手にし、次の文章を記すまで、日記帳には4ページにわたる空白が続いていたのです。
 「まばゆいばかりの朝日が昇っても、ウォルドーのいない風景は色を失っていた。寝ても覚めても、私が思いをかけていたあの子。暁の星も、夕暮れの雲も、あの子がいたからこそ美しかったのだ」
 魂の懊悩から絞り出すように綴られた“どうしようもない喪失感”と、空白の4ページに込められた“言葉にできない胸の痛み”。そこに彼の底知れない悲しみがにじみ出ている気がしてなりません。
 仏法の出発点もこの「生死」の問題にありますが、夫に先立たれ、息子までも不慮の出来事で亡くした女性信徒に対し、日蓮大聖人が「どうして親と子を代えて、親を先立たせずに、この世にとどめおいて嘆かせるのであろうか」(御書929㌻、趣意)と、母親の胸中を代弁するような言葉を綴られた手紙があります。
 そこでは、「たとえ火の中に入ろうとも、頭をも割ろうとも、わが子の姿を見ることができるならば惜しくはないと、あなたが思われるであろうと、その心中が察せられて涙が止まらない」(同930㌻、趣意)と、母親の悲しみに寄り添い、どこまでも同苦する言葉が記されています。
 災害では、そうした家族や仲間を失う苦しみが前触れもなく一度に大勢の人々にもたらされるのであり、その人々を長い時間をかけて社会全体で支えていくことが欠かせません。

人生史の時間が断たれる悲しみ
 また災害は、人々の生きる足場となる家を破壊し、それまでの生活の営みや地域での絆を奪い去る悲劇を引き起こします。
 家は、単なる居住のための器ではなく、家族の歴史が刻まれ、日々の生活の息づかいが染み込んでいる場所です。そこには、家族の過去と現在と未来をつなぐ特別な時間が流れており、その喪失は人生史の時間を断たれることに等しい。
 加えて、東日本大震災に伴う巨大な津波がもたらした被害のように、地域一帯が壊滅的な打撃を被った場合、土地への愛着が強ければ強いほど、近隣の人々とのつながりや、心のよりどころが一瞬にして奪われた悲しみは深くなります。
 新しく住む場所が見つかっても、環境の異なる生活を強いられ、それまで築いてきた人間関係の多くを失うことになる。
 そうした被災者の方々の辛労や心痛を思う時、私の胸には、作家のサン=テグジュペリの言葉が切々と迫ってきます。
 「何ものも、死んだ僚友のかけがえには絶対になりえない、旧友をつくることは不可能だ。何ものも、あの多くの共通の思い出、ともに生きてきたあのおびただしい困難な時間、あのたびたびの仲違いや仲直りや、心のときめきの宝物の貴さにはおよばない。この種の友情は、二度とは得がたいものだ。樫の木を植えて、すぐその葉かげに憩おうとしてもそれは無理だ」(堀口大學訳『人間の土地』、『世界文学全集77』所収、講談社)
 これは親友との絆の尊さとそれを失った悲しみについて述べた文章ですが、「住み慣れた家」や「故郷」や「愛する地域」についても、同じような重みやかけがえのなさがあることを、決して看過してはならないのです。

一人一人が「生きる希望」取り戻せるよう社会全体で「人生の復興」を支援


生きがいの喪失
 さらに災害は、多くの人々の仕事や生きがいを奪い、“尊厳ある生”の土台を突き崩します。
 私は現在、シドニー平和財団のスチュアート・リース理事長と「正義に基づく平和」をテーマに連載対談を行っています。その中で、人間の尊厳を損なう脅威という面から見過ごすことのできないものとして、失業の問題が焦点となりました(「平和の哲学と詩心を語る」、「第三文明」2012年2月号)
 リース理事長は、失業は単なる経済的な問題にとどまらず、人々の目的観や自己実現の機会を奪い去るものであるとし、その理由を自著の言葉を通じて、こう強調していました。
 「労働から生じるそれ自体価値のある深遠な人間的感覚、すなわち何かを達成する満足を感じながら、もしくは社会に貢献しながら自身の生計を立てるという人間的感覚を否定」されることになる、と(川原紀美雄監訳『超市場化の時代』法律文化社)
 2年前に逝去した世界的な免疫学者の多田富雄氏は、67歳の時に突然の病気に襲われ、やりかけていた多くの仕事を断念しなければならなくなりました。
 その時の衝撃を、後に氏はこう述べています。
 「あの日を境にしてすべてが変わってしまった。私の人生も、生きる目的も、喜びも、悲しみも、みんなその前とは違ってしまった」「考えているうちにたまらない喪失感に襲われた。それは耐えられぬほど私の身をかんだ。もうすべてを諦めなければならない」(『寡黙なる巨人』集英社)
 人間にとって仕事とは本来、自分が社会から必要とされている証しであり、たとえ目立たなくても自分にしかできない役割を、日々、堅実に果たすことで得られる誇りや生きる充実感の源泉となるものです。
 まして、災害によって家や財産の多くを失い、過酷な避難生活を強いられた上に、仕事を失うことは、生活を再建するための経済的な命綱が断たれるのと同時に、前に進む力の源泉となる生きがいを失わせ、復興への精神的な足がかりまで突き崩される事態につながりかねません。
 だからこそ、被災した方々が少しでも生きる希望を取り戻せるよう、住む場所や仕事の変更を余儀なくされた人たちが“心の落ち着く場所”を新たに得られるよう、そして「心の復興」「人生の復興」を成し遂げることができるよう、支え続けていくことが、同じ社会に生きる私たちに求められているのです。

トインビー博士の透徹した歴史眼
 実のところ、こうした悲劇は災害に限らず、さまざまな地球的問題群によって多くの人々の身に押し寄せるものに他なりません。
 では、悲劇の拡大を食い止め、地球上から悲惨の二字をなくすためには、いかなるビジョンが求められ、いかなるアプローチが必要となってくるのか──。
 「手の届くところにあって、未来を照らしてくれる唯一の光は、過去の経験である」との言葉を残したのは、20世紀を代表する歴史家アーノルド・J・トインビー博士でした。
 博士の招聘を受けてロンドンのご自宅を訪問し、人類の未来を展望する対話を行ってから今年で40年になりますが、対話や著作を通じて博士がよく強調されていたのが「歴史の教訓」という言葉でした。
 博士が、その歴史観の基底部に流れる「すべての文明の哲学的同時性」(深瀬基寛訳『試練に立つ文明』社会思想社)について考察するようになったきっかけは、第1次世界大戦の勃発直後、紀元前5世紀のペロポネソス戦争=注2=について当時の歴史家ツキディデスが記した本を、学生に講釈している時に突然脳裏によぎった感覚に根ざすものだったといいます。
 博士は述懐しています。
 「わたくしたちの経験していることが古代ギリシアの内乱のはじめのころのツキュディデスの歴史そっくりだということに、急に気がついた。彼の時代と現代とが二千三百年もへだたっていることはすこしもさしつかえないのだ。彼の歴史はわたくしたちの目の前にくりかえされようとしているのだった」(蠟山政道責任編集『世界の名著73 トインビー』中央公論社)
 透徹した歴史眼をもって何千年もの歴史から教訓を汲み取り、現代世界への警告を怠らなかった博士が、私との対談集で、「人類の生存を脅かしている現代の諸悪に対して、われわれは敗北主義的あるいは受動的であってはならず、また超然と無関心を決めこんでいてもなりません」(『二十一世紀への対話』、『池田大作全集第3巻』所収)と語られた言葉が忘れられません。

「立正安国論」の根底に脈打つ民衆の幸福を第一とする思想

悲嘆に暮れる民衆を救うために執筆
 トインビー博士がそうであったように、私が今、世界で相次ぐ災害を前にして浮かんでくるのは、13世紀の日本で日蓮大聖人が著した「立正安国論」です。
 冒頭に「近年より近日に至るまで天変地夭・飢饉疫癘・遍く天下に満ち広く地上に迸る」(御書17㌻)とあるように、当時は災害が毎年のように続き、大勢の民衆が命を落とした悲惨きわまりない時代でした。そうした中、悲嘆に暮れる民衆を何としても救わねばならないと、鎌倉幕府の事実上の最高権力者だった北条時頼に提出されたのが「立正安国論」だったのです。
 そこで私は、現代の時代相と、人間の安全保障の理念に照らし合わせて、「立正安国論」から浮かび上がってくる視座を、以下3点にわたって提示したい。
 第1の視座は、国家が最優先で守るべきものは、民衆の幸福と安全であるとの思想哲学です。
 「立正安国論」は、日蓮大聖人の仏法の根幹を成し、生涯を通じて何度も自ら書写されたほど最重視されていたものですが、現存する書写をみると、特徴的な漢字の用い方がされていたことがわかります。
 そこでは、国家を言い表す言葉として通常使われる「国」(王の領地を意味する字)や「國」(武力によって治めた場所を意味する字)に代えて、「囻(囗の中に民)」という字が多用されており、割合にして8割近くを占めています。
 つまり、国家の中心概念に据えるべきは権力者でもなく軍事力でもない。あくまで、そこに暮らす民衆であるとの思想を明らかにされたものと拝されます。
 大聖人は別の御書でも、権力者に対して「万民の手足為り」(御書171㌻)と記し、権力を預かる者は民衆に奉仕し、その生活と幸福を守るためにこそ存在すると強調しています。
 その哲学を凝結したともいえる「囻」(囗の中に民)の字を用いた書を通じて、仏法思想の上から社会を覆う混迷の闇を打ち払う道を示し、封建時代の指導者を諫めることは、まさに命懸けの行為でした。その結果、「世間の失《とが》一分もなし」(同958㌻)にもかかわらず、大聖人は何度も命を狙われ、2度も流罪に遭われました。
 しかし750年余りの時を経て、大聖人が提起した視座は、今日叫ばれる人間の安全保障の基本理念にも通じる輝きをますます放っているように思われます。
 「人間の安全保障委員会」の報告書でも、次の留意が促されていました。
 「国家はいまでも人々に安全を提供する主要な立場にある。しかし今日、国家は往々にしてその責任を果たせないばかりか、自国民の安全を脅かす根源となっている場合さえある。だからこそ国家の安全から人々の安全、すなわち『人間の安全保障』に視点を移す必要がある」(前掲『安全保障の今日的課題』)と。
 その意味において、いくら経済成長を推し進め、軍備を増強しても、人々の苦しみを取り除く努力を払わず、尊厳ある生を支える役目を果たしていないならば、国家の存在理由は一体どこにあるのでしょうか。
 災害は、社会が抱える問題を断層のように浮き上がらせる側面があります。
 高齢者をはじめ、女性や子ども、障がいのある人々、経済格差に苦しむ人々といった、社会で厳しい状況に置かれてきた人に被害が集中する傾向が、東日本大震災でも見られました。
 そうした方々の苦しみや心中を思えば、政治の対応はあまりにも遅すぎると言わざるを得ません。

「同苦の心」「連帯の心」こそ人間の安全保障の精神的基盤

世界市民の自覚と持続可能性の視点
 次に、第2の視座として提起したいのは、「一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(御書31㌻)とあるように、“自分だけの幸福や安全もなければ、他人だけの不幸や危険もない”との生命感覚に基づいた世界観の確立を訴えていることです。
 地球温暖化の問題に象徴されるように、相互依存の深まる世界にあって、特定の地域に深刻な脅威を及ぼしている現象であっても、やがてグローバルな脅威として猛威を振るう危険性は大いにあります。
 また、現在直面している脅威の影響が比較的小さいからといって、手をこまねいたままでいると、これから生まれてくる世代にとって、取り返しのつかない事態を招きかねません。
 こうした脅威の空間的・時間的な連関性については、国連の潘基文《パンギムン》事務総長の報告書でも、「個人と共同体に対する、特異な一連の脅威が、広範な国内と国家間の安全保障の破壊へと移ることを理解することによって、人間の安全保障は将来の脅威の発生を予防し緩和しよう」とする、と記されています(国連広報センターのホームページ)
 ここに、「立正安国論」で示された、「四表の静謐」(社会全体の安穏)が訪れない限り、「一身の安堵」(個々人の安心)は本当の意味で得られないとの視座が重要となってくる所以がある。
 仏法の縁起思想に立脚したこの視座は、私が度々触れてきた哲学者オルテガ・イ・ガセットの「私は、私と私の環境である。そしてもしこの環境を救わないなら、私をも救えない」とのテーゼ(命題)と、同じ志向性を持つものです。
 そのオルテガがテーゼを示した後に記したのは、「現象を救え」「われわれの周囲にあるものの意味をさぐれ」との言葉でした(A・マタイス/佐々木孝共訳『ドン・キホーテに関する思索』現代思潮社)
 世界各地で災害が起こった時、多くの国から真心の支援や励ましの声が寄せられますが、こうした「同苦の心」「連帯の心」が、どれだけ被災者の心を明るくし、勇気づけるか計り知れません。
 「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(御書758㌻)と叫ばれた大聖人が、「立正安国論」を通して打ち出されたのも、現実社会で苦しみに直面している人々の心に共振して、わが身を震わせつつ、人々の苦しみが取り除かれることを願い、行動しようとする人間の生き方でした。
 そして、立正安国の「国」や、「四表」の意味するところも、大聖人の御書に「一閻浮提」や「尽未来際」といった言葉が何度も記されているように、広く“世界”を包含するものであると同時に、はるか“未来”をも志向していたものだったのです。
 その二つのベクトル(方向性)を今様に表現するならば、「世界のどの地で起こる悲劇も決して看過しない生き方」であり、「将来世代に負の遺産を断じて引き継がせない生き方」だといえましょう。前者には「世界市民としての自覚」、後者には「持続可能性に基づく責任感」に通じる精神が脈打っています。
 同じ地球に生き、環境を子どもたちに引き継いでいかねばならない私たちは、この横と縦に広がる二つの生命の連鎖を意識し、行動する必要があります。

時代の閉塞感を破る力は魂を揺さぶる対話の中に

憂いの共有から誓いの共有へ
 続いて述べたい第3の視座は、対話を通じて「憂いの共有」から「誓いの共有」への昇華を果たす中で広がる「エンパワーメント(内発的な力の開花)の連鎖」が、事態打開の鍵となるとの洞察です。
 仏教経典の多くが対話や問答によって成立しているように、「立正安国論」も、権力者と仏法者という立場の異なる両者が対話を通じて議論を深めていく形となっています。
 最初は、杖を携えて旅をする客人(権力者)が主人(仏法者)のもとを訪れ、天変地異が相次ぐ世相を嘆く場面から始まります。
 しかし二人は、災難をただ嘆き悲しんでいるのではない。災難が繰り返される状況を何としても食い止めたいとの「憂い」を共有しており、そこに立場の違いを超えての“対話の糸口”が生まれます。
 そして始まった対話では、両者が互いの信念に基づいた主張を真剣に交わしていく。その中で、客人が示す怒りや戸惑いに対して、主人がその疑念を一つずつ解きほぐしながら議論を深めるという、魂と魂とのぶつかり合いが織り成す生命のドラマを経て、最後は心からの納得を得た客人が、「唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ」(同33㌻)と決意を披歴する形で、主人と「誓いの共有」を果たす場面で終わっています。
 では、対話を通じて両者が見いだした結論は何か。それは、仏典の精髄である「法華経」で説かれた“全ての人間に等しく備わる無限の可能性”を信じ抜くことの大切さでした。
 つまり、人間は誰しも無限の可能性を内在しており、かけがえのない尊厳を自ら輝かすことのできる力が備わっている。その尊厳の光が苦悩に沈む人々の心に希望をともし、立ち上がった人がまた他の人に希望をともすといったように、蘇生から蘇生への展転が広がっていく中で、やがて社会を覆う混迷の闇を打ち払う力となっていく──との確信であります。
 こうした思想に響き合う内容が、「人間の安全保障委員会」による報告書でも提起されています。
 人間の安全保障は「人間に本来備わっている強さと希望」に拠って立つものであり、「自らのために、また自分以外の人間のために行動を起こす能力は、『人間の安全保障』実現の鍵となる重要な要素である」。ゆえに人間の安全保障を推進しようとするならば、「困難に直面する人々に対し外側から何ができるかということよりも、その人々自身の取り組みと潜在能力をいかに活かしていけるかということに、重点が置かれてしかるべきである」と(前掲『安全保障の今日的課題』)
 「立正安国論」が執筆された時代は、「当世は世みだれて民の力よわ(弱)し」(御書1595㌻)とあるように、相次ぐ災難を前に、多くの民衆が生きる気力をなくしかけていた。その上、現実の課題に挑むことを避けたり、自己の内面の静謐だけを保つことを促すような思想や風潮が社会に蔓延していました。
 そこで大聖人は、諦観や逃避が救いにつながるかのように説く思想は、無限の可能性を秘めた人々の生命を曇らせる“一凶”であり、一人一人が互いの可能性を信じ、力を湧き立たせる中で、時代の閉塞感を打破していく以外にないと主張されたのであります。

生きている限り絶対あきらめない

 この点に関して思い起こすのは、どんなに絶望の闇が深くても「自分が小さなろうそくの灯になることを恐れてはいけない」と呼びかけた思想家のイバン・イリイチ氏の言葉です。氏は『生きる意味』の中でこの信念に触れた箇所で、軍政下のブラジルで非人道的な行為と戦った友人のエルデル・カマラ氏の言葉をこう紹介しています。
 「けっしてあきらめてはいけない。人が生きているかぎり、灰の下のどこかにわずかな残り火が隠れている。それゆえ、われわれのすべきことは、ただ」「息を吹きかけなければいけない……慎重に、非常に慎重に……息を吹きかけ続けていく……そして、火がつくかどうか確かめるんだ。もはや火はつかないのではないかなんて気にしてはいけない。なすべきことはただ息を吹きかけることなんだ」(高島和哉訳、藤原書店)
 これは、後にブラジルで最も無慈悲な拷問者となる将軍との対話を試みたカマラ氏が、将軍との話を終えて、イリイチ氏の前で完全な沈黙にしばし陥った後、語った言葉でした。
 つまり、自己の信念と敵対する人物との対話が破談した後、“それでもなお、私はあきらめない!”と気力を奮い起こした言葉ですが、一方で私には、絶望の淵に沈みそうになっている人々に心を尽くして励まし続けることの大切さを示唆した言葉でもあるかのように胸に響いてきます。
 敵対者に対してであれ、仲間に対してであれ、一人一人の魂に眠る“残り火”に息を吹きかけていくエンパワーメントは、ガンジーやキング博士による人権闘争をはじめ、冷戦を終結に導いた民衆による東欧革命や、最近の“アラブの春”と呼ばれる民主化運動においても、大きなうねりを巻き起こす原動力になったものではないでしょうか。
 私どもが、冷戦時代から中国やソ連などの社会主義国を訪問し、緊張緩和と相互理解のための交流に努め、さまざまな文明や宗教的背景を持つ世界の人々と対話を重ねて、国境を超えた友情の輪を広げてきたのも、「平和と共生の地球社会」を築く基盤はあくまで一人一人の心の変革にあり、それは“互いの魂を触発し合う一対一の対話”からしか生まれないとの信念からだったのです。
 以上、「立正安国論」を貫く思想を通し、災害に象徴される「突然襲いくる困窮の危険」に立ち向かう上で重要になると思われる三つの視座を提起しました。
 このうち、最後の視座の柱となるエンパワーメントは、災害からの再建を目指す上で最も難しく時間を要する課題といわれる「心の復興」に関わるものです。
 先ほど私は、人間の安全保障は「人間に本来備わっている強さと希望」に拠って立つとの理念に言及しましたが、その挑戦は容易に一人で踏み出せるものではなく、たとえ踏み出せても、自らの人生を希望の光で照らすまでには、それ以上の困難が伴います。
 だからこそ、険しい峰を登り続けるためのザイル(綱)となる「心の絆」と、ハーケン(岩釘)となる「励ましの楔」が必要となってくる。
 冒頭で触れた思想家のエマソンも、愛息を病気で亡くす前に、妻や弟たちを相次いで失う悲哀に見舞われましたが、歳月を重ねる中で「導き手、あるいは守り神の相貌を帯びてくる」(酒本雅之訳『エマソン論文集 上』岩波書店)との思いを綴り、自身のその後の生き方に良い変化をもたらす力になったとも述べています。
 故郷を失うつらさに通じる言葉として挙げた作家のサン=テグジュペリも、その後の文章で、「人間に恐ろしいのは未知の事柄だけだ。だが未知も、それに向って挑みかかる者にとってはすでに未知ではない」「救いは一歩踏み出すことだ。さてもう一歩。そしてこの同じ一歩を繰返すことだ……」(前掲『世界文学全集77』)との気迫こもる言葉を記しています。
 また、突然の病気で仕事を続けられなくなった免疫学者の多田富雄氏も、ダンテの『神曲』にならうかのように、「今いる状態が地獄ならば、私の地獄篇を書こう」と述べ、「これからどうなるかわからないが、私が生きた証拠の一部になる」(前掲『寡黙なる巨人』)と執筆を再開し、生きがいを取り戻しました。
 そうした悲劇からの蘇生のドラマの一つ一つには、必ず、心の支えとなった人たちの存在があったに違いありません。
 1906年のサンフランシスコ大地震直後の人々の姿を調査した、哲学者のウィリアム・ジェイムズも、「体験を分かち合った場合には苦難や喪失は何か違ったものになる」との結論を導いています(レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』高月園子訳、亜紀書房)
 この分かち合いこそが、「前に進もうとする気力」をすぐさま奮い起こすことができなくても、苦悩に沈む人々が「頭を上げよう」とする気持ちを抱くようになる契機となっていくのではないでしょうか。
 そのためには一方的に話をするのではなく、何よりもまず、じっと心の声に耳を傾けることが欠かせません。その中で相手の苦しみに心を震わせ、少しでも分かち合いたいとの思いから生まれる励ましであってこそ、相手の心の奧に沈む残り火に息を吹きかけることができるに違いない。

かけがえのない一人を徹して励まし「自他共の幸福」を目指す


仏法の智慧は相手を思う慈愛の結晶
 釈尊が説いた八万法蔵という膨大な教説も、その大半は、哲学者のカール・ヤスパースが「仏陀はひとりひとりに語り、小さなグループで語った」「一切の者にむかうとは、ひとりひとりの人にむかうことにほかならない」(峰島旭雄訳『佛陀と龍樹』理想社)と記したように、さまざまな悩みに直面する一人一人と向き合う中で説かれたものでした。「友よ」と呼びかけ、相手の心にどこまでも寄り添い、対話を通して苦しみの本質を浮かび上がらせながら、本人の気づきを促し、血肉化できるような諭しの言葉をかけたのです。
 仏法の智慧は、毒矢の譬え=注3=に象徴されるように、形而上学的な概念や哲学的な論争にふけるのではない。あくまで、目の前にいるかけがえのない一人を何としても救いたいとの思いがその源にあるからこそ尽きることなく顕現しゆくものに他なりません。
 日蓮大聖人の教えにおいても、弟子たちの苦難をわが事のように嘆き、抱きかかえるように励ましながら、試練に負けない人生を歩むことを願う“慈愛と祈りの結晶”として発せられた言々句々が、現代においても私どもの人生の重要な指針となっています。
 SGIでは、こうした仏法の精神に立って、192カ国・地域で「一対一の対話」を根本に励ましの輪を広げながら、心と心の絆を堅実に育んできました。
 そして、災害のような緊急時には、会館に地域の被災者を受け入れることをはじめ、救援物資の搬入や配布、被災地での片付けの応援など、さまざまな活動に取り組んできました。被災者でありながら、大変な状況にある人たちをそのままにしてはおけないと、やむにやまれぬ思いで行動し、悲しみや苦しみを一緒になって受け止め、励ましの対話を続けてきたメンバーも少なくありません。
 こうした取り組みはあくまで、人生の喜びや悲しみを分かち合い、ともに支え合う中で「自他共の幸福」を目指してきた、私どもの日常的な活動の延長線上にあるものでした。
 昨年6月にスイスで行われた国連難民高等弁務官事務所とNGO(非政府組織)との年次協議会で、「信仰を基盤とした団体の役割」に焦点が当てられた分科会が開催されたように、現実社会で起こる脅威に苦しむ人々に対して宗教団体の果たす役割が注視されるようになってきています。分科会では、私どもの代表が東日本大震災での経験を踏まえながら、“エンパワーメントは、被災者自らの手による救援活動をも可能にする。それにより、人道援助は効果的かつ持続的なものになる”との報告を行いました。

苦悩を分かち合う絆が希望の明日を開く源泉


子どもや孫たちのために私は歩く
 このテーマを考える時に浮かんでくるのは、かつてキング博士が自著で紹介していた、バス・ボイコット運動に参加した一人の年配の女性の話です。
 ──人種差別が横行するバスに乗車することを拒否し、懸命に歩き続ける女性の姿を見て、心配した自動車の運転手が車を止めて、「おばあさん、おのりなさい。歩くには及びません」と声をかけた。しかし彼女は手を振って、こう断ったというのです。
 「わたしはわたし自身のために歩いているのではありません」「わたしは子供や孫のために歩いているのです」(雪山慶正訳『自由への大いなる歩み』岩波書店)と。
 たとえ災害によって身も心も傷ついていたとしても、愛する家族や仲間のために、また目の前で苦しんでいる人たちのために、自分ができることをしたいと思い、行動しようとする人は少なくないはずです。
 仏法では、どんな状況に置かれた人であっても“他の人々を救う存在”になることができると強調するとともに、最も苦しんだ人こそが一番幸せになる権利があると説きます。
 仏典には、「宝塔即一切衆生」(御書797㌻)とあります。「法華経」に説かれる宇宙大にして荘厳なる宝塔とは、全ての人々の本来の姿に他ならないとの仰せです。その本有の尊厳に目覚めた人は「心を壊る能わず」(同65㌻)で、どんな脅威が襲いかかり、試練に見舞われようと尊厳を壊されることは絶対にない。
 この確信で立ち上がった一人が、苦しみに沈む人たちと手を取り合い、ともに再起を期して新たな一歩を踏み出す。その輪が一人また一人と広がり、尊い生命の宝塔が林立していく中で、地域の復興も本格的な軌道に乗っていく──と、私どもは信じ、実践しているのです。

マータイ博士が運動にかけた信念

 近年発生した世界各地の災害において、現地の行政機能が損なわれる中、大きな役割を果たしてきたのが、地域に根ざした“助け合いや支え合いの輪”であり、さまざまな立場の人たちが参加して行われたボランティア活動であり、多くの国々から寄せられた支援や励ましでした。
 「突然襲いくる困窮の危険」に対する社会のセーフティーネット(安全網)を強固にするためには、災害時に示されてきたような、苦しんでいる人々とともに歩もうとする気風を常日頃から社会全体で高めつつ、支え合いや助け合いの絆をどのように積み上げていくかが課題になります。
 災害とは分野が異なりますが、民衆自身の力で環境を守る運動を、ケニアをはじめアフリカ各地で広げ、昨年亡くなられたワンガリ・マータイ博士の言葉が忘れられません。
 植樹運動を進めていく中で何度も妨害され、せっかく植えた木を傷つけられても、「木々は、私たちと同じく生き抜いた。雨が降り、太陽が輝くと、木々はいつのまにか空に向かって若葉や新芽を伸ばすのだ」と、博士は不屈の心で立ち上がりました。
 そして、自らの運動を振り返り、「民衆のために何かしてあげたい」といった気持ちではなく、「民衆とともに汗する」ことに徹したからこそ、地域の人々の力を引き出すことができたと、信念を語られていたのです(福岡伸一訳『モッタイナイで地球は緑になる』木楽舎)
 ここに、民衆自身が巻き起こすエンパワーメントの連環が、どんな絶望の闇も打ち払い、希望の未来への旭日を立ち昇らせゆくための要諦があるのではないでしょうか。(下に続く)


語句の解説
注1 リーマンショック
 2008年9月、大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻が引き金となった世界的な金融危機。ほとんどの国の株式相場が暴落し、金融システム不安から国際的な金融収縮が起きた。アメリカのみならず、ヨーロッパ諸国や日本が、第2次世界大戦後初の同時マイナス成長に陥った。

注2 ペロポネソス戦争
 紀元前431年から前404年、古代ギリシャで繰り広げられた戦争。アテネを中心とする「デロス同盟」と、スパルタを中心とする「ペロポネソス同盟」との間で覇権が争われた。ペルシャの援助を受けたスパルタ側の勝利に終わったが、戦争の痛手は大きく、ギリシャ全体が衰退に向かう原因となった。

注3 毒矢の譬え
 観念的な議論にふける弟子を戒めるために釈尊が説いた譬え。“毒矢で射られて苦しんでいる人が、だれが矢を射たのか、矢はどんな材質だったのか判明しないうちは治療しないでほしいとこだわっているうちに、命を落としてしまった”との譬えを通し、人々の苦しみを取り除く現実の行動にこそ、仏教の本義があることを諭した。
2012-01-26 : 提言 :
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