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魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第14回 地球と人間の律動(2011.10.28/29付 聖教新聞)

万人の善性を引き出せ! 解き放て!

南アフリカの英知の言葉
忍耐の人に不幸はない

ジャズの魂の故郷、人類の命の故郷・アフリカ

ショーター氏
音楽は生きる喜びを讃える“言葉”
ハンコック氏
音楽は1000年の歴史を伝える“記憶”

池田 アフリカは、ジャズの魂の故郷であり、人類の命の故郷です。
 私は長年、「21世紀はアフリカの世紀」と主張し、交流を深めてきました。人類の発祥の天地が栄えずして、21世紀の繁栄はありません。
 アフリカは、いずこの大陸にもまして、苦難を余儀なくされてきました。
 一番苦労した人が、一番幸福にならねばならない──これが仏法の精神です。
 そしてまた、だからこそ、私は、大震災などの災害を乗り越え、復興に汗を流しておられる皆様方の幸福勝利を真剣に祈っています。
 「忍耐の人に不幸はない」──これは、南アフリカのマンデラ元大統領の故郷の格言です。この不屈の信念を、元大統領と語り合ったことも、忘れ得ぬ歴史です。
ハンコック マンデラ氏は、正義と人間主義の賢者として、驚くべき模範の存在です。(アパルトヘイト=人種隔離政策の)圧政に苦しんだにもかかわらず、自分の心の中に復讐心が入り込むことを決して許しませんでした。氏は、27年半の投獄という、実に最悪の状況下で、さらに進歩した人間へと成長しました。
 その出獄の勝利の年(1990年)に、マンデラ氏は日本を訪問し、池田先生とお会いされたのですね。
池田 その通りです。この正義の大英雄を、多くの青年たちと熱烈に歓迎させていただきました。
 獄中で学び続けておられたマンデラ氏は、雑誌に載った私の言葉にも目を止めてくださったようです。
 この年、マンデラ氏は72歳。
 今のショーターさんや、ハンコックさんと同じ年代でした。
 私は、釈尊が「一切衆生の平等」と「永遠の生命」を明かした「法華経」を説き始めたのが72歳とされることを紹介し、「いよいよ、これからですね」と申し上げました。
 大統領として再び来日された氏と、嬉しい再会を果たしたのは、5年後のことです。
ショーター 私たちも、「いよいよ、これから」という不屈の闘志で戦います。
 クリントン大統領の第2期の時、私はホワイトハウスでマンデラ氏を初めて見ました。
 氏は、決して変節しない人物でした。氏について思う時、いつも平和の特使・実践者として、マハトマ・ガンジー、マーチン・ルーサー・キング、そして池田先生のことが頭に浮かびます。
 マンデラ氏は若いころ、ボクシングをしていました。氏にとってボクシングは、互いにしのぎを削りながらも、その中で両者が対等の人間として学び合い、相対することであったといいます。氏は、実際の人生にあっても、まるで防具を身につけているかのように、確信をもって相手に立ち向かったのです。
池田 マンデラ氏との語らいは尽きず、一緒に歩きながら、「迫害を乗り切り、戦い勝ってこそ、偉大な人生です」とも語り合いました。
 あの「マンデラ・スマイル」は、「こんなに素晴らしい笑顔をもつ人を大統領にした国民は幸福だ」と世界から讃えられましたね。
ハンコック マンデラ氏が南アフリカ共和国の大統領になった時、その視座は、皆の期待も不安も超えて、はるかに壮大でした。南アフリカの中の黒人だけでなく、全国民の大統領であることを自覚していたのです。
 氏は、それまでのアパルトヘイト政府に従事した白人職員を排除するのではなく、移行策への力添えとして、彼らの多くをそのまま採用しました。全く予想外のことでした。氏は、そのようなビジョンをもって、いかにすれば国を堅持して崩壊を防ぐことができるかを考えながら決断を下していったのです。それは見事に成功しました。
        ♪
池田 マンデラ氏の大きさ、深さが、人種を超え、一人一人に脈打つ人間の善性を引き出し、開花させ、解き放っていったのです。偉大な人間教育者でもありました。
 最初の会見の折、私も、教員や留学生の相互交流、南アフリカの大学への図書贈呈、南アフリカの芸術家を招いての民音公演、アパルトヘイトの惨状を訴える写真展や人権展の開催を提案しました。一つ一つを、全力を挙げて実行してきました。
 信義の交流は、今も変わりません。
ハンコック 当時、ここまでの約束をし、それを果たした人がいるでしょうか。マンデラ氏にとっても、どれほど支えとなったか知れません。
 氏が命を賭して、まさに池田先生と語り合われた通りの道を進み抜いたからこそ、南アフリカは、非常に困難な移行期を勝ち越えることができたのでしょう。南アフリカは、昨年のサッカーのワールドカップでも大成功を収め、力強く発展を続けています。
池田 ともあれ、アフリカには大いなる魅力が満ち溢れています。
 先日のSGI(創価学会インタナショナル)の青年研修の折にも、アフリカの青年たちが披露してくれた、大地から湧き出でるような群舞に、世界の友が感嘆しました。
 民音では、アフリカの10を超える国の伝統音楽・芸術を日本に招聘してきました。毎回、会場では一緒に踊り出す人がいるほど、アフリカの音楽には“生命の根底”を突き動かすリズムがあります。こうした交流から、互いの文化の宝を発見できます。学び合うことは進歩と向上の力になります。
ショーター 私も、アフリカ大陸は、数100万年前の人類の発祥以来、存在してきた文化の営みへの自覚を常に持ちながら、発展していくであろうと期待しています。このような文化の営みは、彼らの食事、飲み物や考え方と関係します。また、遊んでいるように見える音楽であったとしても、実は文化的な儀式だったりします。
 そもそも音楽の役割とは、「生命」というもの、つまり「生きていることの不思議さ」を感じた時の高揚感や、喜びを祝うためにあるものだと思います。その喜びや驚きは、簡単に言葉で表すことはできない。だからこそ、音を使って喜びを表し、祝うのではないでしょうか。私は、その原点をアフリカの音楽に感じるのです。
ハンコック 音楽は、アフリカ人の生活の様々な面に溶け込んでいます。それが農耕であれ、労働や宗教にかかわることであれ、彼らの生活のさまざまな側面から音楽を切り離すことは不可能です。彼らの日常生活に深く溶け込んでいるからです。
池田 文字ではなくして、言葉、声という音の響きによって表現される口承文学も、アフリカの文化全体に通じる大きな特徴ですね。
 「声仏事を為す」(御書708㌻)、「声を聞いて心を知る」(同469㌻)等々、日蓮仏法においても「声」の重要性に繰り返し言及されています。ケニアの作家協会会長であるヘンリー・インダンガシ博士とも、アフリカの悠久の大地に、大河のごとく流れ通ってきた口承文学の伝統を語り合いました。
ハンコック 西アフリカ地域では、各民族の歴史は、伝統的に「グリオ」と呼ばれる語り部・吟遊詩人によって伝承されます。それは口承の歴史です。そこでは今もグリオの家系の家族があり、物語が世代から世代へと伝えられます。そうです! それはいまだに存在するのです。
 この口承の歴史は、音楽を通して伝承されます。グリオたちは、楽器を奏でて、音楽を使って、歴史の伝承のみならず、それを記憶するための手助けをするのです。ここで述べている歴史というのは、1000年にわたるような壮大な歴史の物語です。
池田 そうですね。アフリカのある地域では、言葉の代わりに楽器を使って遠距離などでの会話を行う“楽器ことば”があるとも聞きました。
 音楽にのせて、遠い過去から現在へ、そして遥かな未来へ、物語が伝えられ、歴史が継承され、精神が継承されていく──。世代から世代へ、魂の声の響きによって、心が結ばれ、文化が共有されています。この事実は、現代社会が失いつつある心の絆を、どう取り戻すかを、私たちに示唆してくれます。
 創価学会が、座談会という対話の広場を大切にし、歌声を大切にしてきたことも、アフリカの心と深く共鳴しています。
ハンコック 私もそう思います。そもそも歌うことは、大陸の中の全てのアフリカ人の生活にとって大事な部分です。そのことを、私は現地で知りました。
池田 歌は「うったう(訴う)」ことです。天に向かえば祈りとなり、人に向かえば心を伝えます。歌は生命を解放し、強め、清める力がある。古代エジプトでは、音楽は「魂の薬」とも呼ばれたという。アフリカの伝統歌謡には、そうした素朴な祈りと心が深く込められていると、私は感じとってきました。
 私自身、多くの学会歌を同志の励ましになればとの思いで作ってきました。「紅の歌」を、四国の青年たちと一緒に作ってから、30年になります。青年が徹夜して持ってきてくれた歌詞の原案から出発し、何度も何度も推敲しては口ずさみました。青年と一緒に納得できるまで、徹底して取り組み、完成させた歌です。
 今、世代を超え、国を超えて、歌い継がれており、嬉しい限りです。
ハンコック 「紅の歌」は、私も、ウェインも大好きです。
 アフリカ音楽の大部分は、まさに即興です。それはリズム音楽だけではありません。メロディーを奏でる楽器もあります。西洋人は、アフリカ音楽はハーモニックではなく、ほとんどがリズミックだと考える傾向がありますが、アフリカには、色々なホーン(管楽器)があります。声楽の種類も沢山あります。
        ♪
ショーター 私は中近東やブラジル、東洋の音楽だけでなく、アフリカの宗教儀式の音楽の要素を取り入れてきました。なぜなら、人間としての素朴さ、人間としての自然さの重要性を現代に訴えたかったからです。
 現在、多彩な楽器を持つ、完璧な陣容のオーケストラと共同作業しながら、その音楽的色彩の全てを使って、「新たな日」について語る音楽作品を作曲しています。
池田 「生命の讃歌」「創造の喜び」が、アフリカ音楽の根底に流れているとも言えますね。音楽や文化を通して、人間本来の感動を共有し、共に生き生きと人生を蘇生させていく意義はあまりにも大きい。
 アフリカの人々は、苦労に苦労を重ねてこられた。筆舌に尽くせぬ苦しみを乗り越えて、たくましく生き抜いてこられました。私は、歴史学者のトインビー博士とも、アフリカが人類の未来に果たす役割は計り知れないと語り合ってきました。
 21世紀──それは、世界がアフリカの心に学ぶ時であり、アフリカの力によって世界が新しく変わる時だと信じています。

「生命」こそ人類共通の大地

ショーター氏

異文化への尊敬は創造の目覚め
ハンコック氏
異文化との協調は人を結ぶ磁石

ショーター 池田先生、アフリカの名門ザンビア大学からの名誉法学博士号のご受章(2011年9月25日)、誠におめでとうございます!
 国境を超えた「平和」と「人権」への貢献に対する、最大の尊敬と感謝が込められています。
ハンコック 本当に嬉しいことです。アフリカの大学ということで、私たちにとっては、二重のお祝いの気持ちになります。
 ザンビア大学の初代総長は、アフリ力の賢人として名高いケネス・カウンダ元大統領です。元大統領からも、真心あふれるメッセージが寄せられていましたね。
池田 恐縮です。これも、ザンビアの同志がよき国民、よき市民として社会に貢献されているからです。
 とくに、ザンビア大学の教壇に立ち、ザンビアSGIの理事長であられた、亡きダーリントン・カラブラさんのことが偲ばれます。
 奥様のハツコさん、また後継の青年たちが、その尊き志を、立派に受け継いで、活躍してくれています。
 ザンビアをはじめ、40カ国に広がったアフリカSGIの同志と共に、私は今回の栄誉を拝受させていただきました。
 ザンビア大学のご一行を、わが高等部の正義合唱団は、ザンビアの「ティエンデ・パモジ(さあ! 心を一つに団結しよう!)」という歌を美事に歌い上げて、歓迎してくれました。それはそれは喜んでいただきました。
 その国の文化を、深い尊敬の心で学び、生き生きと弾む命で共鳴を奏でゆく──。これは、未来へ広がる希望の音律です。
ハンコック ここにも、池田先生が創ってくださった、すばらしい文化交流の潮流がありますね。
 一口にアフリカといっても、言語だけでも一説には800種類以上あると言われます。北アフリカ、南アフリカ、西アフリカ、中央アフリカなど、それぞれの地域によって大きく異なります。
 この多様性が大きな特徴であり、豊かな文化の源泉となっています。
池田 そもそも約3千万平方キロというアフリカ大陸の総面積は、アメリカ合衆国の3倍の広さになりますね。
 そこには、万年雪が輝くキリマンジャロのような山岳地帯もあれば、砂漠、熱帯雨林やサバンナ、多種多様な気候地帯が広がり、ヨハネスブルクやナイロビなどの大都市には高層ビルが林立しています。
 さらに民族間の交流、またキリスト教やイスラムの文化の影響も相俟って、多彩な文化や音楽が生み出されているのですね。
ショーター アフリカは、ともかく多種多様です。
 私か忘れられないのは、そのアフリカの26カ国の駐日大使館の総意で1991年、池田先生に「教育・文化・人道貢献賞」が贈られたことです。また昨年(2010年)も「在東京外交団」の総意で「アフリカ友好記念牌」が贈られました。
 特に1991年の顕彰は、あの邪宗門による学会への「破門通告書」が一方的に送りつけられた翌日だったのに、先生はいつもの通り変わらず、世界のSGIの同志にも大いなる勇気を贈ってくださいました。
 「池田先生はアフリカの心を、アフリカ人以上に知っている」と語った識者もいます。先生の平和思想と行動がどれほど卓越していたかを物語っていると思います。
        ♪
ハンコック その通りですね。
 アフリカ大陸は、人類発祥の地であると共に、人類共通の大地であると思います。
 私は、ケニアに初めて行った時のことを覚えています。サファリ・ツアーは最も感動的な体験でした。ナイロビから自然保護公園に向かって、1時間ぐらい行ったところで最初に見たのは、キリンの家族が道を渡っている姿でした。
 キリンは、何度も動物園で見たことがあります。それなのに、私は、自分が涙していることに気がつきました。
 「なぜ、私は泣いているのだろう?」
 「なぜ、こんなに心が揺さぶられたのだろう?」──キリンが自然の草地で「生」を営んでいる姿を見て、私は、初めて、実際にケニアの地を訪れたという実感を得ることができたのです。
 その後、ケニアでの自分の反応は、ただ単に私のアフリカの祖先の地を訪ねているという感覚より以上に、もっと深くて根源的なものとの一体感であったと感じました。このことを、ある日本人の友人に話すと、彼も同じ体験をしたと言うのです。
 それで私は、ケニアに行って、それほどにも感動するのは、「人間としてのルーツ(根)」ゆえだと感じました。
ショーター そうです。アフリカには、人間に人間としての自覚を促し続ける「栄養素」を運ぶ文化のルーツがあります。
池田 以前、アフリカのSGIリーダーに、「なぜアフリカ音楽が国境を超えて、世界の人々の心を打つと思いますか」と尋ねたことがあります。
 「アフリカが人類のルーツだからだと思います」と誇り高く答えてくれたことを思い起こします。
 根(ルーツ)が深いほど、枝は大きく茂ります。アフリカが湛える奥深い人間文化の根っこは、世界の宝です。
 ともあれ、人間には「生命」という共通の大地があります。その生命の大地から、人類は、まだまだ尽きることのない創造のエネルギー、発展の智慧を湧き上がらせていくことができます。法華経に説かれる「地涌の菩薩」とは、濁世の真っ只中で民衆の幸福のために、無限にして永遠なる大生命力を発揮して戦う勇者です。
 日蓮大聖人は、「上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(御書1300㌻)と仰せになられました。
 わがアフリカにも、この地涌の生命を旭日のように輝かせて、青年たちが澎湃と踊り出ています。
ハンコック アフリカは我々を暗闇から救い出す潜在能力をもっています。アフリカは私たちに多くの面で影響を与えてきました。
 例えばピカソの絵画を取り上げても、彼は明らかにアフリカ芸術から影響を受けました。しかし、ピカソにひらめきを与えたアフリカ人たちが、その功績を認められることは、ほとんどありませんでした。
 同様に、西洋が発見し、創造したとされる多くの発想の中にも、アフリカからの影響を受けているものが数多くあります。その場合、発想をした人々は「生徒」であり、その「教師」はアフリカから来たと言えるのではないでしょうか?
 私は今後、さらに「アフリカ大陸発」のものが数多く存在することが分かり、それらが未来をより建設的に形成していくであろうと確信しています。
池田 「教師」と「生徒」というのは、的を射て分かりやすい例えです。
 私たちが交流を深めてきた、アルゼンチン・タンゴの巨匠マリアーノ・モーレス氏も、「タンゴの呼称はアフリカの打楽器を伴う踊りのリズムに由来しています」と語られていました。驚きました。そうした淵源の探求は、文化に一層の深みと新たな活力をもたらすことでしょう。
 翻って、日本も、中国や韓国の文化に大恩があります。
 日蓮大聖人は、「日本国は彼の二国の弟子なり」(同1272㌻)という表現もされています。ですから、「そうした国々の大恩を絶対に忘れてはならない。その恩義に報いていくことが人間の正しき道である。そこから未来へ共に勝ち栄えていく力が生まれる」と、私は青年たちに折あるごとに訴えてきました。
ショーター 自分たちの文化が発達する時には、他の文化からの恩恵を必ず受けています。その恩を知ること、その「感謝の心」は、私たちの智慧を成長させる“薪”です。
 何かを成し遂げた時に、何にも感謝せず、先人をさしおいて、まるで、すべて自分でやったかのように振る舞うことは恥ずべきことだと思います。
池田 その通りです。私たちは一人では存在しません。国もそうです。多くの国々と支え合いながら存続している。人種・民族や文化の差異を恐れたり、拒否したりするのではなく、尊重し、理解し、自他共の成長の糧とすることです。
 同時に、私たちは過去と切り離して存在できません。必ず先人たちの営為や文化の恩恵に浴しています。
 生命の連関性をそのように認識する智慧こそ現代に求められるものです。
 仏法の「縁起の思想」は、その智慧に目覚めていくことを促しています。
ハンコック よく分かります。かつて音楽監督を務めた「東京JAZZ」や、このたびの「イマジン・プロジェクト」のアルバム作りで体験したことですが、自分とは異なる文化をもった、さまざまな文化的背景の人々と一緒に仕事ができることは、私たちにとって、胸躍るようなことでした。
 このような取り組みへと私たちを動かした最大の理由は、そうしたグローバル・コラボレーション(地球規模の共同制作)が、私たちの好奇心を超えて、人間の魂を引きつける強力な磁力のような魅力を持っていたことにあったと思います。
 私は、どこで演奏しても、人々に語ります。「私は、自分たちの文化を開いて、他の文化を取り入れ、尊敬することによって、どんなことが達成できるか示したいのです。自分たちだけの文化のみでは達成できない、もっとたくさんのことが、どれだけ達成できるかを示したいのです」と。それは一緒に作業することによってのみ可能です。新しい発想であり、新しい物事の見方です。
ショーター 私はジャズとは創造性に「目覚める」ことだと思っています。
 以前、私か知り合った何人かのクラシック音楽の演奏家が、私たちのステージを見て、コラボレーションを申し出てきたことがありました。
 さらには、私たちのコンサート終了時に、一人のクラシック音楽のピアニストが私たちの楽屋を訪ねてきて、私の楽団の仲間の一人に語りかけてきたこともありました。「いやあ、君らの演奏は実に新鮮だね! 私には、本物の人間性から発せられる音楽と、現代的で巧みであるが、事前に準備された音楽との違いが分かるんだ」と。
 これに対して彼は答えました。「僕らが望むのは、よくデザインされた巧みな音楽ではなく、人間味のある音楽、生命を目覚めさせる音楽です」と。
池田 新しい創造への勇気、若々しい生命の冒険──それは、国境を超えて人々に愛される、ジャズの魅力ではないでしょうか。
ハンコック 音楽は、人々を結びつける極めて有効な方法です。この、人々を結束させるチームの一員でありたいと思っています。最近では、人々の間を引き裂く状況があまりにも多く、そこから紛争が起こり、多くの人々が犠牲になっています。人々を結束させる方法を見つけることが、ますます重要になっていると思います。その一つの方法が音楽だと信じています。
池田 そうです。一緒に音楽を演奏し、一緒に音楽を味わう。それは、明るく賑やかな友情の前進であり、平和の行進です。
 ジャズでは、よく互いに目配せし合ったり、驚いたような笑顔を交わしたりと、本当に楽しそうに演奏していますね。皆さんが折々の会合で披露してくださった記念演奏などで、特に感じてきました。
ショーター いつも温かく見守っていただき、ありがとうございます。
 大事なのは演奏者として、より陽気に、より笑顔でいることです。沈んだ重い心も、快活な心へ転換していくのです。
 そういえばハービーと一緒に、各国首脳の前で演奏したこともあったね。
ハンコック ああ、覚えているよ。さまざまな国の大統領や代表の種々の会議があり、最終日に、その演奏会がありました。私たちは、パフォーマンスのゲストに呼ばれたのです。
 ウェインと私と何人かの演奏家は、始まる前に題目を唱えました。舞台に上がり、演奏を始めると、すべてがうまくまとまりました。すべてがしっくりいきました。
 私は、演奏が始まる前の聴衆の様子を覚えています。異なる国のリーダーたちは、双方見合いながら、お互いに距離をおいていました。しかし、演奏が始まると、少しずつ、前の方へ移動してくるのが分かりました。組んでいた腕を開いて、笑顔になっていました。私たちは即興で演奏していたので、皆、演奏を楽しみ、私たちとの旅の一時を楽しみ、良い時間を過ごしていました。演奏が終わると、総立ちで、拍手喝采となりました。
池田 劇的な光景ですね。即興の名演奏に触れた心からの感動が、巧まずして人々に差異や隔たりを忘れさせ、「人間」という共通の大地に立たせていった──。まさしく平和を創造する音楽の力を象徴しています。
 20年ほど前、ロサンゼルスを訪問した折、アメリカの多様性を讃えて、一詩(「新生の天地に地涌の太陽」)を贈りました。

自らのルーツを索《もと》めて
社会は千々に分裂し
隣人と隣人が
袂《たもと》を分かちゆかんとするならば
さらに深く 我が生命の奥深く
自身のルーツを徹して索めよ
人間の“根源のルーツ”を索めよ
そのとき 君は見いだすにちがいない
我らが己心の奥底に
厳として広がりゆくは
「地涌」の大地──と!

その大地こそ
人間の根源的実在の故郷
国境もなく 人種・性別もない
ただ「人間」としてのみの
真実の証の世界だ
“根源のルーツ”をたどれば
すべては同胞《はらから》!
それに気づくを「地涌」という!

 いかなる差異も超えて、人間根源の大地に根ざした生命の連帯を広げゆくのが、創価の文化運動なのです。
2011-10-29 : 音楽を語る :
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