随筆 我らの勝利の大道 No.51

随筆 我らの勝利の大道 No.51
             (2011.7.18付)
若獅子よ 勝ちまくれ

凱歌の結成60周年──
青年の闘争で学会は永遠に躍進
広宣流布の「誓い」を師と共に!


「民衆《たみ》を救わむ 誉《は》れの旅」と 誇りも高く

 青春の
  旭日《あさひ》に照らされ
    金の汗

 青春の汗は、金である。希望に燃え、情熱に燃え、使命に燃えて、わが青年たちが流す尊き汗は、私には黄金の光を放って見える。
 この7月3日、台湾では、SGI(創価学会インタナショナル)の7階建ての素晴らしい桃園《とうえん》文化会館が誕生し、記念の式典が盛大に行われた。
 祝福に駆けつけた日本の派遣団が最寄りの高速鉄道(新幹線)の桃園駅に足を運んでみると、台湾の創価班のメンバーが参加者を迎えていた。三色旗を掲げて、同志を労《ねぎら》いながら誘導する英姿のなんと凛々しいことか。
 さらに新しい会館では、芙蓉グループ(白蓮クループ)の天使も、颯爽と清々しく使命を果たしてくれていた……。
 壮麗な宝城での晴れやかな会合の大成功とともに、その陰で真剣さを秘めて明るく運営に当たってくれた青年たちの献身の模様を、私は胸を熱くして聞いた。
 台湾SGIは長年にわたり地域・社会への貢献活動を続け、「社会優良団体」としての顕彰は、実に連続16回を数える。青年部も、自然災害などの際の救援活動で、迅速に見事な行動を重ねてきた。
 青年部の結成より、ここに60周年──。戸田城聖先生が、「旗持つ若人」に託した創価の魂は、全世界に脈々と躍動しているのだ。
        ◇
 今も鮮やかに蘇る。
 昭和26年の7月11日の水曜日、私は23歳の一青年として、東京・西神田の学会本部に飛び込んだ。服も靴も、雨にずぶ濡れになったが、“いよいよ新たな出発だ”と、命の炎は燃え盛っていた。
 この日、師匠・戸田先生のもとに約180人の精鋭が集い、男子部の結成式が行われたのである。

師弟共戦の大宣言
 先生は開口一番、誰も想像だにせぬ挨拶をされた。
 「今日、ここに集まられた諸君のなかから、必ずや次の創価学会会長が現れるであろう。その方に、私は深く最敬礼をしてお祝い申し上げたい」
 「広宣流布は、私の絶対にやり遂げねばならぬ使命であり、各自に、その尊い地位を自覚してもらいたい」
 それは、師匠と弟子が心を一つに広宣流布の大願を立てる「師弟共戦」の大宣言であり、厳粛なる「師資相承」の儀式であった。
 先生の一言一句を、私は全生命で受け切った。
 さらに先生は言われた。
 「我々の目的は、日本一国を目標とした小さなものではない。日蓮大聖人は、遠くインドまで、大白法を伝えるよう御命令である」
 青年が師匠に付き従っていくのではない。青年が師匠と同じ責任を分かち合うのだ。青年が師の心を我が心とし、率先して遠大なる未来の道を開きゆくのだ。
 御聖訓には「総じて予《よ》が弟子等は我が如く正理《しょうり》を修行し給え」(御書1367㌻)と仰せである。
 仏法の「誓願」とは、競い起こる障魔を覚悟の上で、師匠と不二の勇気に奮い立つことである。その時、弟子の生命は、自らの小さな殻を打ち破り、仏に等しい力と智慧を、雄渾に漲らせていけるのだ。
 ともあれ、青年部の結成は、まさに「青年学会」の誕生そのものであった。
 そして、この「青年学会」は、常に後継の人材の瑞々しい誓願とともに生まれ変わり、生き生きと新生の力を滾《たぎ》らせていくのだ。

新時代を我らが!
 仏法の
  極理《ごくり》を究めむ
    君たちは
  時代の力に
    世界の宝に

 大切な大切な「東北の日」でもある7月の3日、「青葉の誓い」に燃え立つ歴史的な「新時代 第1回東北青年部総会」が開催された。
 わが愛する男子部、女子部、男女学生部、そして未来部の友が、東北全土に、いな世界に届けと、大震災に負けない若き不屈の生命を光らせてくれた。
 総会では、自宅も職場も全部、失いながら、雄々しく再起して、郷土に大いなる希望の光を放った、東北健児の師子吼があった。
 また、華陽の乙女の体験では、大津波で父を亡くした悲しみを乗り越え、弘教を実らせた友のことなどが紹介され、皆の心を打った。
 大震災から4カ月、歯を食いしばり、一日また一日を戦い抜いてきた大東北の連帯は、あまりにも尊い。
 この一人ひとりが、私たちの「宝の中の宝」であり、「誇りの中の誇り」である。この気高き青年たちが健在である限り、何を恐れるものがあろうか。
 かつて東北の青年詩人・宮澤賢治は綴った。
 「ほんたうに どんなつらいことでも それが たゞしいみちを進む中でのできごとなら 峠の上りも下りもみんな ほんたうの幸福に近づく一あしづつですから」と。
 今、創価の青年は、瓦礫や泥濘《ぬかるみ》に怯《ひる》まず、勇敢に、辛抱強く、一歩また一歩を踏み出している。その足音こそ、皆を「常楽我浄」の幸福の峰へとリードする希望の響きとなる。その足跡こそが、やがて無数の友が感謝を込めて続く、勇気の指標となるに違いない。
        ◇
 「革命に歌あり」
 創価の前進もまた、学会歌の響きと共にある。
 世界でも広く歌い継がれている「紅の歌」は、魁《さきがけ》光る四国で誕生して、今年で30年となる。男子部時代に、この歌を熱唱してきた友の多くも、今では円熟の壮年部として奮闘している。
 現在の男子部歌「若獅子よ 勝ちまくれ」が発表されたのは、ちょうど5年前の7月20日であった。

 ♪……誓い果たさむ
       弟子なれば
  永遠《とわ》にこの道 師と共に
  民衆《たみ》を救わむ
    誉《は》れの 誉れの旅

 この歌の淵源は、昭和48年に生まれた愛唱歌「原野に挑む」である。壮年部の世代にとって、これまた青春の悪戦苦闘の中で同志と共に歌い、「汗にまみれて進む身の 無名無冠に誇りあり」と、互いを鼓舞してきた歌であった。
 時を経て歌われる「紅の歌」と「若獅子よ 勝ちまくれ」──。それは、21世紀を担い立つ男子部と、時代を開いてきた黄金柱の壮年部とが一つになって進む象徴のように思えてならない。
 会館厳護の大使命も、近年、男子部の牙城会と壮年部の王城会が一体となって遂行してくれている。
 ドイツの哲学者ニーチェは「時を逸することなく、毅然として行きなさい!」と叫んだ。
 今こそ、壮年部と男子部が手をとり、広布の新たな1ページを開く時である。壮年の豊かな「経験」と「確信」、青年の燃えるが如き「情熱」と「行動力」。これらをがっちりと組み合わせれば、その力は、単なる足し算ではなく、掛け算となって倍加していく。
 そこに、広宣流布の勢いはいやまして加速し、盤石なる「青年学会」の建設への決定打となっていくことは間違いない。

広々と心を開《あ》けよ
 青春は悩みとの戦いだ。大きな使命に生きる真摯な青年ほど、悩みは大きい。
 昭和36年、わが男子部は、戸田先生のご生前にお約束した10万人の精鋭の結集を目指して、拡大に奮闘していった。地域・社会に学会の正義、仏法の素晴らしさを力の限りに訴え、各地で金字塔を打ち立てていったのである。
 だが、折伏は難事中の難事だ。なかなか折伏が決まらず悩んでいる友もいた。
 この年頭、私はアジアを歴訪して帰国すると、即座に愛する中部へと走った。その後、訪れた東北では、仙北支部と石巻支部の結成大会、さらに八戸支部の結成大会に相次いで出席した。
 仙台市公会堂の控室で、一人の誠実な友が苦しい胸の内を率直に打ち明けた。
 ──周りを見ると、華々しい結果が出ている。しかし、自分は語っても語っても、なかなか実らない。
 そのことに、焦りと不安を覚え、さらには自信さえ失いかけていたのだ。
 なんと、健気な同志か。
 私は、彼の懸命な努力を讃えつつ、側の人に部屋の窓を開けてもらった。
 「見てごらん! 窓を開けただけでも、外には室内とは、まったく違う風景が広がっているものです」
 「小さなことにとらわれず、心を大きく広々と開いていけばいいんです」
 大事なことは、最高無上の仏法を語る勇気である。相手が信心しても、しなくても、友の心には「仏の種」がすでに植えられている。それは必ず、いつの日か芽生え、実る日が来る。これが、下種仏法である。
 折伏ができなくて悩む。その心それ自体が、仏の心である。仏の悩みである。「煩悩即菩提」であるゆえに、大きく祈り、悩んだ分だけ、自分の境涯は大きく開かれる。
 皆、「師子の子」ではないか。何があっても、胸を張り、悠々と朗らかに前進していけばよいのだ。
 蓮祖大聖人は、「日蓮が一門は師子の吼るなり」(同1190㌻)と仰せである。
 君よ、負けるな!
 勇気凛々と語れ!
 若獅子よ、勝ちまくれ!

 宮澤賢治は『校本 宮澤賢治全集10』所収「銀河鉄道の夜」(筑剛書房)。ニーチェは『ツァラトゥストラはこう言った』氷上英廣訳(岩波書店)。
2011-07-23 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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