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魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第11回 未来を開く善き縁
《えにし》(2011.7.8/9付 聖教新聞)

分かち合えば幸福は大きくなる

学会の座談会は
ハンコック氏
人類益のために協力するモデル
ショーター氏
人生や生命の法則を学べる大学

池田 ますます元気な、お2人の活躍、本当に嬉しい。
 ハンコックさん、さきのグラミー賞、おめでとう! しかも、いっぺんに2部門の受賞、あらためて、お祝い申し上げます。通算では、これで14回目の快挙になると聞いています。全世界の同志が、万歳! 万歳! 万歳! と喜んでいます。
ハンコック 池田先生、即座に心温まる祝電を頂き、ありがとうございました。どんなに忙しい最中でも、真心の励ましを贈ってくださる先生に感謝申し上げます。度重なる激励に、いつもいつも元気と勇気をいただいております。私は、先生の弟子として勝利できたのです。
ショーター 本当におめでとう、ハービー! 音楽家として、同志として、共に前進する戦友の栄誉を心の底から誇りに思うよ。
池田 常に苦楽を分かち合ってこられた、お2人の「友情」と「創造」の誇り高き行進に、私は最大の敬意を表します。
 受賞アルバムを、私は何度も聴きました。偉大な人間の讃歌であり、生命の讃歌であり、そして平和の讃歌です。強く強く心を打たれました。
 ちょうど、授賞式の直後(2月17日)、東京の信濃町では、新しい「創価文化センター」の起工式が行われました。奇しくも、その一角は、かつて一流レコード会社のスタジオがあって、ハンコックさんも30年以上前から、録音を行っていた場所です。来賓の方々も、その縁を聞かれ、感銘を深くされていました。
 来年の秋には完成して、日本そして世界の尊き同志をお迎えする予定です。お2人も、ぜひ、お招きしたい。創価の文化の宝城ですから!
ハンコック 嬉しいです。精魂を込めてレコーディングを行った、懐かしい思い出の場所です。
 この鼎談でも取り上げてくださったように、今回、賞を頂いたアルバム「イマジン・プロジェクト」は、異文化への尊敬や、我々は皆、同じ「人間」だと認識することの大切さについて表現した作品です。
 池田先生が常々、語られている通り、私たちは同じ「ルーツ」(起源)からきており、同じ「母なる地球」から生まれ出ています。言語や文化の違いはあっても、はるかに似通っている点が多い。ですから、お互いに「人間」として、我々が望むグローバル化(地球一体化)を積極的にデザインして、その建設と創造へ、何かを始めよう! と呼びかけています。
池田 素晴らしいことです。
 互いに励まし合い、生きる喜びや感動を広げながら、よりよき未来へ、具体的な行動を起こしていく──。そこには、弾む生命の共鳴があり、前進のリズムがあります。
 わが創価の友は、今日も希望に燃え、勇気に燃えて、日本中、世界中で、社会に貢献しています。大震災の被災地でも、愛する地域の復興のために、皆、懸命に尽くしています。
 この誉れの同志に、魂の凱旋曲を贈ってくれているのが、お2人です。
ハンコック ありがとうございます。
 人々が生命の低次元の境涯から抜け出して、お互いを必要としていることに気づき、皆が真に幸福でなければ誰も真に幸福にはなれないことに気づけるように、人々を励ますため、私たちのやるべきことはたくさんあります。
ショーター 皆がお互いを必要とするという点は、音楽も同じです。というのも、作曲していると、一音一音が「人格」を備えているように感じます。組み合わさることで、すべての音が動き出し、別の音へ変化し、成長していくのです。そこでは、どの音も、他の音調なしには、完全な音にはなれません。
 これは、SGIの会合や活動にも当てはまるのではないかと思います。そこではあらゆる種類の人たちが、同じ人間として、対話し、自分の考えを述べ合い、研鑽するので、自分自身を磨き、成長できる可能性が一段と高まるのです。
池田 嬉しい発言です。
 万人成仏の道を示したのが法華経です。その会座で、竜女は、頑《かたく》なに女人成仏を信じようとしない増上慢の舎利弗らに対して、「我が成仏を観よ」と叫びました。
 御書には、これは舎利弗を責めた言葉であると説かれています。すなわち、自らと関係のない「竜女の成仏」と思うのは間違いであり、「我が成仏」すなわち自分自身の成仏と捉えていきなさい、との叱責が込められているといわれるのです(御書747㌻)。
 独りよがりではない。皆が切磋琢磨しながら、共々に成仏という最高の幸福境涯を開いていくのが、私たちの創価の世界です。だから、苦しんでいる人、悲しみに沈む人を放っておけないのです。
ハンコック 学会の座談会には、対話があります。それは、一方通行ではなく、誰もが自分の人生や生命の法則に関する質問ができる場であります。私たちの座談会では、池田先生の指導を大いに学び合うので、この会合を「池田大学」と呼んでいます。
池田 人権の闘士・キング博士の盟友であるハーディング博士との対談でも話題になりましたが、アメリカの同志たちの間では、体験を「シェアする(分かち合う)」ことが大切にされていますね。
 幸福や喜びは、独り占めしようとしたり、奪い盗ろうとすれば、消え去ってしまう。分かち合えば、それだけ大きくなり、永続していくものでしょう。
 今、東北をはじめ被災地でも前進と希望を掲げ、座談会が行われています。そこでは被災した同志が、悲しみを分かち合い、励まし合い、歌を朗らかに歌って、再起を誓い合っています。こうした心の復興が、どれほど地域社会の力になっているかわかりません。
ハンコック 学会活動は、人生に信心をどう生かしていけばよいのかという体験を、まさしく「シェアする(分かち合う)」機会です。
 他の人の話を聞き、「そういう思いで祈るのか!」と、自分では考えなかったような“応用法”を知り、感動するのです。
 私たちは学会活動を通し、メンバーが互いを応援し、支え合い、つながり合うことの価値を学ぶことができます。
 それは決して、上から下へのトップダウンではありません。学会の会合では全員が平等です。幹部などの中心者はいるかもしれませんが、それは他のメンバーより上という意味ではありません。
池田 その通りです。偉ぶっている人は、少しも偉くないんです(笑い)。
 中国の妙楽大師は、「教弥《いよい》よ実なれば位弥よ下《ひく》く教弥よ権《ごん》なれば位弥よ高き故に」(同340㌻)と述べています。教えが真実であればあるほど、より低い機根の人をも救えるとの意義です。リーダー論に約するならば、信心が深まれば深まるほど、いよいよ、わが身を謙虚に低くし、より苦労しながら、大勢の人に尽くす生き方です。
ショーター 池田先生が、そうしたリーダーの手本を示してくださっていますから、深く理解できます。
 座談会は、他のいくつかの宗教に見られるような、いわゆる信仰告白の場とは違います。普通なら、自分自身の中にしまっておくようなデリケートな話題についても、当惑を恐れず、自由に語り合えます。座談会は、参加者が、それまで胸の内にしまって誰にも明かしたことのないことまで率直に語れる場なのです。
 座談会は、相手の立場に立ち、男女や人種や世代の違い、文化的・地理的な環境の違いによって生じる問題の本質を深く理解していくのに役立ちます。そうした善意と同志を思う精神は、権力や富の獲得のみを願う心とは、まさに対極のものです。
 したがって、座談会は、異なる国の人々が、対話を通してお互いの相違を乗り越え、人類全体の立場に立って力を合わせていくための範例ではないかと思います。
        ♫
池田 戸田先生は言われていました。
 「社会がいくら暗く、殺伐としていても、学会の会合だけは、本来、絶対に明るい、自信と勇気に満ちた会合でなければならない」と。
 たとえ行く時には気持ちが沈んでいても、帰りには元気はつらつと、歌を口ずさむような心で帰ることができる。これが、創価の集いです。
 アメリカで、女性として最初に最高裁判所の判事に任命されたサンドラ・デイ・オコナーさんは、語っておられました。
 「社会変革は、立法府や裁判所だけではなく、主に家庭や道ばた、職場において、人々の心を変えていくことにかかっている。私たち一人一人が、成功への重要な役割を担っている」
 私たちは、創価の対話の交響楽を、さらに賑やかに広げていきたい。地道に見えても、ここにこそ、心の支えが見つからない現代社会を蘇らせる確かな道があるからです。

「核なき世界」は不可能ではない

すべての試練を前進の力に

ショーター氏
今日も痛快な勝利劇を
ハンコック氏
人生は常に光の方向へ

池田 お2人が度々、訪れて、交流を結んでこられた広島の方々も、この鼎談の連載を大変に喜んでくださっています。
 ショーターさんとハンコックさんは、2002年、原爆ドームを対岸に望む、元安川《もとやすがわ》の親水テラスで、「平和と音楽の夕べ」を開いてくれました。さらに2005年、被爆60年の年にも広島を訪れ、青年部を中心に開催した世界青年平和音楽祭に友情出演されました。お2人とも一貫して、「文化の大使」として平和の大切さを訴えてこられました。
ハンコック 広島を訪れるたびに、特別な思いが心をよぎります。心が揺さぶられます。言葉には尽くせない思いが去来します。
 原爆の投下で命を落とした人たち、運命を変えられてしまった人たちのことを思わずにはいられません。
 あの犠牲は、私たちの発想を根本から転換させる礎《いしずえ》となるでしょう。
 あの過ちを2度と犯してはならない。「核のない世界」を実現しなければならない。「非暴力の世界」を目指さなければならない──その目標を達成するためにベストを尽くすとの決意を固めなければなりません。
ショーター 私の広島や長崎についての思いは、すべて、小説『人間革命』の冒頭の一節──
 「戦争ほど、残酷なものはない。
 戦争ほど、悲惨なものはない」
 に言い尽くされています。そして、この思いは、私にとって、仏法の実践と直接、結びついているのです。
 私は、2005年の平和音楽祭で、広島の青年たちに「まだ間に合う!」と訴えました。それは、「焦ってはいけない」し、「性急に行動してはいけない」という意味を込めたものです。
 人類の歴史は、見方を変えれば戦争や紛争、争いを繰り返してきた歴史であったと言えます。人類は、いまだその宿命を転換できずにいます。しかし、焦ると“もう時間がない”“遅すぎる”という思いにかられ、悲嘆して空回りしてしまいます。そうならないためには、将来の目標をしっかり見定め、信念の行動を貫いていくことだと思います。
池田 まもなく、原爆投下から66回目の夏を迎えますが、核兵器の廃絶は、わが師・戸田城聖先生の遺訓です。恩師は逝去される前年(1957年)の9月8日に「原水爆禁止宣言」を発表し、人類の生存権を根源的に脅かす核兵器は“絶対悪”であり、その廃絶が世界平和の実現のために欠かせないと訴えられました。
 以来、半世紀以上にわたって、私はこの師の精神を時代精神に高めるため、各国の指導者と対話を重ね、民衆の連帯を広げるべく行動を続けてきました。
 こうした中、昨年のNPT(核拡散防止条約)再検討会議の最終文書で、初めて「核兵器禁止条約」への言及がなされたのに加え、“核兵器の使用がもたらす壊滅的な結果を踏まえ、各国に国際人道法の遵守を求める”という画期的な内容が盛り込まれました。
 時を経て今、まさに戸田先生が訴えておられた方向性へと、国際社会の認識がさらに向かいつつあるのです。
ショーター 時代の変化の兆しが、明確な形になって現れてきたということですね。
池田 その通りです。
 私は今年の「SGIの日」記念提言でも、2015年のNPT再検討会議を広島と長崎で行い、各国の首脳や市民社会の代表が一堂に会して、核時代に終止符を打つ「核廃絶サミット」の意義を込めたものとすることを提唱しました。
 このほど広島市は、長崎市や政府と連携を図りながら、NPT再検討会議の誘致を目指したいとの考えを表明しました。
 もはや機は熟しており、私たち民衆が団結して行動を起こし、「核兵器のない世界」の実現に進まなければなりません。
 日本の青年部は昨年、「核兵器禁止条約」の制定を求める227万人もの署名を集め、国連事務総長とNPT再検討会議議長に提出しました。
 そして現在も、広島・長崎・沖縄を中心に青年部のメンバーが、2015年を目標に掲げて、一年また一年と、「核兵器のない世界」への潮流を強めていくため、一対一の対話を根本に、若い世代の意識啓発に全力で取り組んでいます。
 私は、原水爆禁止を叫ばれた、あの時の戸田先生と同じ思いで、わが後継の青年たちに呼びかけたい。
 座して地球の危機を看過するのではなく、私たちが生きるこの時代に、「核兵器のない世界」は不可能ではないことを、青年の熱と力で断じて証明しようではないか──と。
ハンコック 「SGIの日」記念提言は、今年で29回を数えるものでしたね。池田先生は、これまで何十年もの間、人類が生存するためのあり方について、語り、綴り、行動されてきました。一貫して平和の擁護者として活動してこられました。
 私も先生に啓発され、音楽を通じ、人々の精神を高めていこう、民衆の歓喜の爆発を起こしていこうと、決意を新たにしています。
池田 尊い志です。心に灯した平和の火は、明るく燃え伝わっていきます。深く病んだ時代だからこそ、人々の心から、生きる喜び、生き抜く勇気を引き出していく躍動の音律が、ますます大切です。妙法の芸術家の使命は重い。今、日本でも、創価の芸術部の友が奮闘してくれています。
 生命は微妙です。いかなる縁に触れるかによって大きく変わります。
 御書には、「春の時来りて風雨の縁に値いぬれば無心の草木も皆悉く萠え出生《しゅっしょう》して華敷《さ》き栄えて世に値う気色《けしき》なり」(同574㌻)と説かれます。
 無心の草木も、縁によって開花し、結実し、万物を養育する。人間の生命は、善知識に会うことによって、仏性が現れてくると示されているのです。善知識とは“仏道へ正しく導く善友”のことです。自身が善知識を求めるとともに、多くの人々と仏縁を結んで、善智識となっていくことが、御書の精神に適った仏道修行の正道です。
 次元は少し異なりますが、今回の震災でも、苦境の中で多くの命を支えたものは、人間と人間の絆でした。善き縁を結ぶことは、自他共に生きる力を強めてくれるのです。
ハンコック 仏縁といえば、私に信心を教え、SGIに縁させてくれたのは、私のバンドでベースを弾いていた、バスター・ウィリアムスさんでした。ある公演で、彼は驚くべきソロ演奏を披露し、私たちを高揚させたのです。演奏が終わると大勢の聴衆がステージに走り寄ってきました。感動のあまり泣いている人もいました。その衝撃の公演が終了した後、私は思わず彼を楽屋に連れていき、尋ねたのです。
 「君が、何か新しい哲学か宗教を実践していると聞いている。もし、それが、こんな演奏を可能にするのなら、それが何かを知りたいんだ」と。
 バスターは、それについて私に話す機会が訪れることを祈っていたと言って、「南無妙法蓮華経」の題目について話し始めました。彼は、それが「法」であり、宇宙の法則であると話してくれました。
 私は彼の話に多くの希望が含まれていることに好感をもちました。「南無妙法蓮華経」が何かは分かりませんでしたが、バスターは、私が信じようが信じまいが、題目には力があり、効果があると力説しました。それで私は、「まだ信じてはいないが、試すだけでいいのなら、失うものは何もない」と始めてみたのです。
池田 音楽家として、また人間として、真摯に向上の道を求めておられたのですね。
 今、言われた「試してみよう」という勇気が大事です。撰時抄には、「此の度 仏法を心みよ」(同291㌻)と仰せです。
 私が19歳で入信したのも、仏法の深遠な法理を理解し、納得できたからではありません。むしろ宗教は好きではなかったし、懐疑的なほうでした(笑い)。しかし、戸田先生の偉大な人格に触れ、そして軍部政府と対峙して2年間投獄されていたことを知り、“この人なら信じられる”と直感したのです。
 ショーターさんは、亡き奥様のアナ・マリアさんから信心を教わったのでしたね。
        ♫
ショーター ええ。彼女は、ハービーから、この信心を紹介されました。
 私は、彼女がどう行動するのかを見ていました。勤行を実践してしばらくすると、彼女は別人のように変わりました。私は非常に驚きました。その時の私の気持ちは、言葉は表せません。そこで、私にも教えてほしいと頼んだのです。
ハンコック ウェインは、当初、人間の成長に“決められた形式”は必要ないと考えていたよね。今とは正反対だけど、ちょっと傲慢な部分もあったかなあ……、いや、ちょっとどころではなかったかもしれない(爆笑)。
ショーター そうだったね(笑い)。
 しかし、仏法を実践して最初に感じた功徳は、価値ある哲学と偉大な師匠に巡りあえたとの実感です。
 「私は独りぼっちではなく、自分には、牧口先生、戸田先生、そして池田先生という、人生の何たるかを把握された本物の人たちがいる。自分はようやく素晴らしい宗教に巡りあえた」──そう強く実感できたのです。
ハンコック 本当にそうです。私たちには、池田先生という師匠を持つことのできた福運があります。先生は常に、私たちの方途を照らし、人生を光の方向へと向かわしめてくれます。
 宗教に偏見を抱く人の、心の壁を破るのは、もちろん大変です。しかし、私たちの振る舞いが、その壁を破ることを可能にします。
池田 今日のSGIへの信頼の広がりは、ひとえに広宣流布のため、即世界の平和のため、民衆の幸福のために、同志の一人一人が良き市民として行動し抜いてきたからこそです。どれほど大変だったか。苦楽を共に戦った人のことは、私は絶対に忘れません。
ショーター 私はこの仏法の偉大さを、日々感じています。私は「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」(同1242㌻)という仏法の考え方が好きです。この教えのお陰で毎朝、起きると、「さあ、今日も自身の歓喜の勝利劇のヒーローを演じよう」との決意が湧いてくるのです。敵意や悪意など悪鬼の働きをも味方にするのが、仏法です。
 私たちがそれらと共存しながら打ち勝つ道は、「一緒に笑わせること」ではないでしょうか。これは、ちょうど、飛行機が離陸する時、空気の抵抗を味方につけるのと同じだと思います。
池田 一緒に笑わせる──いい言葉です。「立正安国論」では、対話の途中、客人は顔色を変えて反発し、席を立とうとする。すると、主人は「咲《え》み止《とど》めて」(同24㌻)、すなわち笑みをたたえながら客の足を止めて包容し、諄々と諭していきます。そして最後には、客人自身が「唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ」(同33㌻)と立正安国の行動を清々しく決意していくのです。反対者をも味方に変える──まさに究極の座談の模範です。
 日蓮大聖人は「釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ、今の世間を見るに人をよくな(成)すものはかたうど(方人=味方)よりも強敵《ごうてき》が人をば・よくなしけるなり」(同917㌻)とも仰せになられました。
 自分の「一念」次第、「勇気」次第で、一切を善知識に変えていけるのです。
 さらに、世界広宣流布の未来を明かされた「顕仏未来記」には仰せです。
 「願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん」(同509㌻)と。
 いかなる人も、御本仏にとっては救うべき存在です。それが仏の慈悲です。
 私たちも、すべての試練を前進の活力にし、あらゆる存在を味方に変えていく、広布と人生の痛快な勝利劇を伸び伸びと演じていきたいものです。
 良き友、良き音楽と一緒に!
2011-07-09 : 音楽を語る :
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