東日本大震災への励まし-30

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。


池田大作名誉会長は、5・3「創価学会の日」「創価学会母の日」に寄せて、全同志に記念の句を贈った。

 堂々と
  五月三日の
    創価かな

 偉大なる
  母は勝ちたり
     幸薫れ

 この一生
  勝利で飾れや
     師弟不二


クリス・ワンジャラ、ケニア口承文学協会会長との会談より(1989.7.13)
 名誉会長は、明治大学教授で、アフリカ文学を研究し、ナイロビ大学名誉教授でもある土屋哲氏が、ケニアの民話を紹介していることに言及。この民話は、ケニアの女性児童文学作家のパメラ・コーラさんが、子供のころ、暖炉の火を囲みながら、祖母が語ってくれた話を書きまとめたものである。祖母は、時に歌い、また、身ぶり手ぶりで生き生きと話してくれたという。
 その中の一つに「ヤギがどうしてわたしたちの友達になったのか」という、次のような話が紹介されている。
 ──むかしむかし、母さんヤギが子ヤギを連れて遠い遠い旅に出た。それは、いつもおなかをすかせながら、新しいすみかを求める旅であった。
 その折々にヤギの親子は、獰猛なハイエナやライオンに出あい、絶体絶命の窮地に立たされる。
 しかし、そんな時、母さんヤギは少しも動じない。ハイエナやライオンを前にしながら、悠然とこんな歌を歌う。

 〽わたしの歯は もうとがっていない。
  わたしの口は くたびれて もう くたくた。
  だってきょう
  ハイエナとゾウを たべてきたんだもん。

 もちろん“ハイエナやゾウを食べた”というのはウソである。本当は何も食べてなくて、おなかがペコペコだったのである。
 しかし、この母ヤギのとっさの機転と勇気に子ヤギたちもすっかり元気がわいてきて、こんな歌を歌った。

 〽ぼくたちは みんな戦うのが好きなんだ。
  ぼくたちの歯は かむのが好きなんだ。
  きのう ぼくたちを こわがったやつは だあれ?
  ハイエナは ぼくたち見て逃げてった。
 それじや きょう 逃げていくのは だあれ?

 この母子ヤギの姿に、さすがのライオンも恐れをなして逃げていった。
 そして、やがて母子ヤギはある村にたどり着いた。
 そこでは、村人たちはヤギの面倒をとてもよくみてくれた。ヤギもそのご恩返しにと、村の子供たちにたっぷりと乳をあげた。
 こうして、ヤギは私たち人間の友達になった(要旨)──というのである。
 このような物語が、アフリカの大地では世代から世代へと語り継がれてきた。
 「これは、素晴らしい話で、ケニアではよく知られている物語です」とワンジャラ会長は述べながら「ここには、アフリカの民衆の忍耐強さ、希望が描かれている。
 アフリカの発展途上国は、現在、多くの問題をかかえてはいる。しかし『生き抜こう』という意志、『生』への執念は、実に強いものがある。ゆえに、『自分』を表現するチャンスさえ与えられれば、アフリカの発展に積極的に参画していく、大いなる希望と意志がもてるものだ。その意味で、口承文学は、閉ざされた人々の心を開き、未来の発展に、自分自身が参加していこうとの力を与えてくれる源泉でもある」と語った。
 名誉会長は「『生き抜く』との『生』への強い意志を持った人は『黄金』の人である。仏法には『生老病死』が“金は生、銀は死、銅は老、鉄は病”ともたとえられているが、『生』は『黄金』である。アフリカの人々の心から発する『生』の黄金の輝きが、アフリカの大地に燦然と光を放ち、現実社会に素晴らしき幸の宮殿を築いていくにちがいない。『生きる』との強い意志こそ、世界を大きく変えていく力である」と強調した。

わが友に贈る
(2011. 5.3付 聖教新聞)
「大願とは 法華弘通なり」 尊き全同志に感謝! 新たな広布の峰へ 誉れの大行進を!

名字の言
(2011.5.3付 聖教新聞)
 桜前線が東北を縦断し、津軽海峡を渡った。北海道・厚田の戸田記念墓地公園が、8千本の桜に染まる日ももうすぐだ▼戸田第2代会長は、「城聖」を名乗る前に幾度か名前を変えた。若き日の筆名は「桜桃」。青雲の志に燃えた17歳は、そう名乗る理由を記した。「桜の如く咲き桃の如く実を結ぶ」「あたら散ってたまるか、桃の如く実を結ばずして」▼軍部権力による投獄、師匠・牧口初代会長の獄死、事業の失敗──苦難の連続の人生であった恩師が遂に、創価学会の会長として立ったのは60年前のきょう。五月晴れだった。陰には〝師匠を断じて会長に〟との、弟子の死闘があった。逆境の日々、ただ一人、師を支え抜いた池田名誉会長は詠んだ。「古の 奇しき縁に 仕えしを 人は変れど われは変らじ」▼爛漫の桜と共に逝いた戸田会長は、広宣流布という、自らの一生をかけた悲願の結実を不二の弟子に託した。同じ五月晴れの5月3日に会長に就いた名誉会長によって、それは実現された▼三代会長の死身弘法ありて、今、私たちは妙法の大功徳を受け、どんな苦難をも恐れない人生を生き抜くことができる。永遠の師弟の栄光が刻まれた日。報恩と誓願の旅立ちの日。それが「5月3日」である。
2011-05-03 : 震災への励まし :
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