東日本大震災への励まし-29

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。

御書とともに 22 名誉会長が指針を贈る

母は尊極の生命

 宝浄世界とは我等が母の胎内なり(御義口伝、740㌻)

通解 
 (多宝如来の住む)宝浄世界とは、母親の胎内のことである。

同志への指針
 人間という生命の宝塔は、みな、どこから現れたのか。母からである。母こそが尊極なる宝浄世界なのである
 母を悲しませない母に喜んでもらおう──この心にこそ、正しき人生を生きる起点がある。平和な生命尊極の社会を創る原点がある。


創立60周年開幕──記念支部長会のスピーチより(1989.7.27)
 一、西洋中世の話である。
 ある勇者が敵につかまってしまった。敵は彼を取り巻き、勝ち誇って言った。
 「汝の城は、いずこにありや」
 ──“すべて失ったではないか”と、あざ笑ったのである。
 勇者は答えた。その胸に手を押し当て「我が城は、ここにあり!」と。
 その毅然たる姿は、敵すらも、あっぱれと感嘆するほどであった。
 ──我が城は、我が胸中にあり。極限の状況でも、そう言い切れるかどうか。
 何ものも頼らぬ。一歩もひかぬ。すべてを失っても、裸一貫、この我一人あれば、と。この究極の勇気、強さを持つ人が「人間としての勝者」であろう。
 そうした屹立した、確固たる人格。それをつくるのが「信仰」である。


創立60周年開幕──記念支部長会のスピーチより(1989.7.27)
 一、人生には当然、勝ち負けがある。ときには悲しみ、苦しむ場合もあるかもしれない。
 しかし、仏法は「煩悩即菩提」「生死即涅槃」である。悩みや苦しみが大きければ大きいほど、信心によって、大きな喜び、幸福へと転じていくことができる。
 そして、信心は、だれのためのものでもない。すべて自分自身に生き切っていくための信仰であり、行動である。自身の福徳を増し、幸福の道を開いていくための信心なのである。ゆえに、少々のことで一喜一憂したり、心を動かされるのでは信仰者とはいえない。
 一、ともあれ妙法の世界では、何があったとしても、必ず時とともに「変毒為薬」していけるのである。それがわからず、一時の姿や、また一時の状態をみて、
退転したり、反逆していく人が出たとしたら、これほど愚かなことはない。
 「薬」と「毒」の関係をいえば、実は両者の間には、ある意味で、明確な境界線はない。その配合や、服用する人の生命力との関係で、「毒」として働く場合もあ
れば、「薬」として働く場合もある。この事実を一言で「薬とは生命を救う毒」と表現した学者もいる。
 人生の勝敗においても、また同じである。最後に勝てば、一切が「薬」になったことになる。逆に、最後に負ければ、それまでいかに「薬」として働いていたものでも、結局は一切が「毒」となってしまったということができよう。
 一、では、最後の勝利とは何か。それは「信心の勝利」である。これこそ「人間としての勝利」であり、「三世永遠の勝利」につながる。
 いな学会において「信心の勝敗」以外に、本質的な勝敗はない。他のあらゆる勝敗は、すべて「化城」であり、「方便」なのである。
 結論していえば、誠実で、一生懸命に、広布の組織活動をしている人こそ、真の「勝利者」である。信心の活動をしない人は、本物の信仰者ではないし、諸天の絶大なる加護はない。人生の勝利者とはなれない。


わが友に贈る
(2011. 5.1付 聖教新聞)
創価の月が開幕! 勇気の励ましで 社会に活力を! 我ら学会こそ 日本の柱なり!

わが友に贈る
(2011. 5.2付 聖教新聞)
友好期間を 絶対無事故で! 火災・戸締まりにも 細心の注意を! 油断大敵だ。

今週のことば
(2011. 5.2付 聖教新聞)
栄光の五月三日 創価の太陽の母に 感謝の最敬礼を! さあ 全世界の友と 地涌の青年の拡大だ!

名字の言
(2011.5.1付 聖教新聞)
 「東洋のルソー」と称される、自由民権運動の指導者・中江兆民。彼の志の高さを物語る、晩年のエピソードがある▼大病を患い、53歳で医師から「余命は1年半」と宣告された時のこと。されば、と彼は喝破した。「一年半、諸君は短促なりといはん、余は極て悠久なりといふ」(『一年有半・続一年有半』岩波文庫)。そして、死と対決しながら、猛然と政治、文学、宗教を論じ、わずか4カ月で2冊の本を上梓。彼の残した言論は、100年以上を経た今も、色あせることなく人々を啓発し続けている▼誰しも、人生には限りがある。だからこそ、どう生きたか、何をなしたかに、人生の真価はあろう▼広布に励む友に触れ、何度も何度も胸を熱くした春だった。「東北の同志が頑張ってるんだから」と、坂道に息を切らせつつ、杖をつき、歩き続けた多宝会の婦人。不況で職を失っても、「自分より悩んでいる同志がいる」と、激励に献身し続けた壮年。それぞれが、黄金に輝く「永遠の歴史」をつくる姿に思えた▼仏法では「一日の命は、宇宙すべての財宝よりも素晴らしい」と説く。だからこそ真剣に、誠実に、友に尽くし、地域に尽くしながら、宝の一日一日を最大に光らせる人生を生きたい。

名字の言
(2011.5.2付 聖教新聞)
 わずか3年前に新築した自宅を、東日本大震災による津波で失った福島の男子部員がいる。住まいがあった場所に戻り、何か残ってはいないかと泥をかき分けた。見つけたもの──それは、創価班バッジだった▼指で、泥を丁寧に拭き取った。「創価班の大学校生だった1年間は、最も悩み、苦労したけれど、最も成長できた時でもあった。この小さなバッジに、無限の希望を見いだすことができました。これからも絶対に負けません!」。バッジに刻印された「S」の文字が、誓いの涙で、にじんで見えた▼未曽有の震災は、人々の人生を変えた。今まさに、人生の岐路に立っている人も多い。〝この先、どう生きていけばよいのか〟。この苦悩の闇を突き破る挑戦は、〝これまで、どう過ごしてきたか〟を深く考えることから始まるのではないか▼再起への道のりは長く、簡単ではない。自身の体験に裏付けられた生き方こそ、それを支える力となる。先の彼は、「これからも師と共に、広宣流布の人生を貫いていきます」と決意を語ってくれた▼日蓮大聖人は「妙とは蘇生の義なり」(御書947㌻)と教えられた。信心とは、どんな苦難をも勝ち越える「無限の希望」そのもの。この大確信で進みたい。
2011-05-02 : 震災への励まし :
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