東日本大震災への励まし-23

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。

御書とともに 12 名誉会長が指針を贈る

多宝会・宝寿会・錦宝会の友へ

 法華経は初《はじめ》は信ずる様なれども後《のち》遂《とぐ》る事かたし、譬へば水の風にうごき花の色の露に移るが如し、何として今までは持《たも》たせ給うぞ是《これ》・偏へに前生《ぜんしょう》の功力の上、釈迦仏の護り給うか、たのもしし・たのもしし(松野殿女房御返事、1395㌻)

通 解
 法華経は初めは信じるようであっても、最後まで貫き通すことは難しい。例えば、水が風によって動き、花の色が露によって変わるようなものです。すべて が移ろいやすいのに、あなたはどうして今まで持ち続けておられるのでしょうか。これは、ひとえに前生において積まれた功徳の上に、釈迦仏が護られているからでしょうか。まことにたのもしいことです。

同志への指針

 広布に尽くし抜いてこられた功労者の皆様方の大功徳は、絶対であり、無量である。三世十方の仏菩薩の守護と賞讃は厳然である。

御書とともに 13 名誉会長が指針を贈る

すべての人に変革の力が

通解
 浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり(一生成仏抄、384㌻)

通解
 浄土(仏の住む清浄な国土)といい、穢土(けがれた国土)といっても、土に二つの隔てがあるわけではない。ただ、われらの心の善悪によると説かれているのである。

同志への指針
 自分が変われば環境も変わる。一人の人間革命によって、わが地域、我が社会を浄土に変えていく実践こそ、広宣流布という大民衆運動なのである。


勇気の泉 10 小説「人間革命」「新・人間革命」から

常に心に師を! それが師弟

〘1949年(昭和24年)秋ごろから、戸田城聖の会社の経営は悪化し、窮地に陥っていった。山本伸一は、ただ一人、師を守り、師子奮迅の戦いで苦境を打開していく。〙

 伸一の心には、瞬時も離れず戸田がいた。彼の日々は、瞬間、瞬間、師匠である戸田との対話であった。
 彼は確信していた。
 “自分の一挙手一投足を、心の奥底を、常に先生はご覧になっておられる!”
 そして、“いかなる瞬間をとっても、常に胸を張って、先生にご報告できる自分であらねばならない”と心に決めていた。
 毎朝、唱題しながら、伸一は誓った。
 “先生! 今日もまた、全力で戦い抜きます。先生のために、必ず勝利いたします。まことの弟子の実践をご覧ください”
 戸田を思うと、勇気が出た。力がわいた。
 自分らしく戦い抜いた日には、伸一の胸には、会心の笑みを浮かべる戸田がいた。
 “よくやった、よくやったぞ!”
 師弟とは、形式ではない。常に心に師があってこそ、本当の師弟である。
 心に師がいてこそ、人間としての「自律」があり、また、真の「自立」があるのだ。
 (『新・人間革命』 第22巻「新世紀」の章)

勇気の泉 11 小説「人間革命」「新・人間革命」から

「真剣」こそ勝利の原動力

〘1967年(昭和42年)5月、アメリカを訪問した山本伸一に、現地の幹部が尋ねた。
 “どうすれば先生のように、相手にぴったりの激励の言葉をかけられるのでしょうか”
 答えは一言だった。
 「私は真剣なんです!」〙

 真剣──この二字のなかには、すべてが含まれる。真剣であれば、勇気も出る。力も湧く。知恵も回る。
 また、真剣の人には、ふざけも、油断も、怠惰もない。だから、負けないのである。
 そして、そこには、健気さが放つ、誠実なる人格の輝きがある。
 伸一が、一人ひとりに的確な励ましを送ることができるのも、“もうこの人と会うのは最後かもしれない”という、一期一会の思いで、瞬間、瞬間、魂を燃焼し尽くして、激励にあたっているからである。
 相手が“どういう気持ちでいるのか”“何を悩んでいるのか”“どんな生活をしているのか”など、一念を研ぎ澄まして洞察し、発心と成長を祈り念じて、魂の言葉を発しているのだ。(『新・人間革命』第12巻「新緑」の章)

わが友に贈る

(2011. 4.10付 聖教新聞)
満々たる生命力で 一日を出発しよう! 団結こそ勝利の力! 広布の大理想へ 異体同心の祈りを強く!

わが友に贈る
(2011. 4.11付 聖教新聞)
さあ太陽の心で 友好の花を 満開に咲かせよう! 勝利、勝利の 栄冠を高らかに!

わが友に贈る
(2011. 4.12付 聖教新聞)
全同志の偉大な 歴史に感謝合掌! 広布に尽くした福徳は 三世の生命に燦然! 5月3日へ勝ち進め。

わが友に贈る

(2011. 4.13付 聖教新聞)
苦労している友に 励ましの声を! 太陽の笑顔を! 大変な時にこそ 春風のごとく。

今週のことば
(2011. 4.11付 聖教新聞)
尊き皆様の大奮闘を 大聖人が御賞讃。 戦った功徳は永遠なり。 民衆の連続勝利 日本に希望の大光を!

名字の言
(2011.4.10付 聖教新聞)
 「大変でしたね」「津波が来なくてよかった」。7日深夜に起きた、宮城県沖を震源とする強い余震は、東日本大震災の被災地に、再び大規模な停電等をもたらした▼岩手県釜石市の一時避難所の一つ、釜石文化会館は、震度6弱の揺れだった。揺れの途中で電気が止まり、非常灯が点灯。外に飛び出すと、防災サイレンと共に「海岸付近の方は近くの高台に自主的に避難してください」とのアナウンスが響く。避難する車が猛スピードで駆け抜けていた。携帯電話は不通。やがて非常灯も消えた▼不安の一番の原因は「何がどうなるのか」が分からないことだと、あらためて思い知った。この時、力を発揮したのは、避難所の中心者の的確な指示。そして「大丈夫ですよ」と、皆を安心させる声だった▼本紙の連載「震災と子どもたち」で、原坂一郎さんが指摘していた。「子どもたちがもっとも安心感を得る言葉」は「だいじょうぶ!」と。「頑張れ」という言葉も大事だが、言い方によっては突き放したように受け取られる場合がある。相手に寄り添おうとする“励ましの声かけ”が必要だ▼被災者の苦悩、将来への不安は、むしろこれから。励ましを続けると共に、誰からも頼られる“安心の存在”を目指したい。

名字の言
(2011.4.11付 聖教新聞)
 東日本大震災の被災地では、瓦礫などを撤去する際、発見した写真やアルバムを極力残し、被災者に戻そうと努めている。こうした動きについて、精神病理学者の野田正彰氏は、被災者にとって「支えとして重要なのは過去の記憶」と指摘する(「サンデー毎日」)▼山田太一氏の小説『岸辺のアルバム』(光文社)には、暴風雨によって堤防から溢れた濁流が、主人公の家を押し流していく場面がある▼被災した一家の行く末には厳しい現実が待っている。しかし皆で手を取り合い、新たな一歩を踏み出そうとする。そんな家族に残された唯一のものが、倒壊する家の中から必死に持ち出したアルバムだった▼2000年の東海豪雨で、営んでいた総菜店が壊滅した一家を取材したことがある。泥まみれの手で悔し涙を拭いながらも、〝店は失ったけど、信心を失ったわけではない〟と奮起した。支えとなったのは、広布の庭で幾度も苦難を勝ち越えた思い出だった。今では店舗を拡充し、地域で評判を広げる▼師と、同志と、家族と共に広布に走った日々こそ「今生人界の思出」(御書467㌻)。命に刻まれた金の思い出は、何ものにも壊せない。必ず勇気の源泉となる。そこから、新たな人生勝利のドラマが始まる。

名字の言
(2011.4.12付 聖教新聞)
 本紙の「トーク2011」で沖縄大学学長の加藤彰彦氏が紹介した、「ファーカンダ(葉っぱと茎)」という沖縄の言葉が印象に残った。「祖父母と孫」を表す言葉だ▼氏は自著『沖縄・戦後子ども生活史』(現代書館)で、子どもをせかしがちな親に対して、「お年寄りと子どもはリズムも波調も合い、共に安心できる存在」と語る▼社会の第一線にいる親世代は忙しいが、お年寄りには、子どもと比較的似かよった時間がある。昔話を聞かせたり、子どもの話をじっくり聞く余裕がある。核家族化が進む現代、祖父母と孫が接する機会の多い家族はめっきり減った。そうした環境下で、親が子どものリズムに、どう上手に合わせるか、が大切だろう▼教育本部の友が語っていた。子は「ダメ、ダメ」とばかり言われて育つと、人との関わり方が身につかなくなる。反対に、肯定的な言葉かけをすれば、「気持ちが受け止められた」という安心感を抱き、人との関わりを受け入れられるようになる、と。まずは“聞いてあげる”ことが大事なのだ▼「すべては、子どもを『一個の人格』として尊重するところから始まる」と池田名誉会長。入学・進級で子どもたちが新しい一歩を踏み出す今、すべての大人が自覚したい。

名字の言
(2011.4.13付 聖教新聞)
 腹が立つ。言わずにはいられない。そんなとき作家のマーク・トウェインは、手紙を書いた。洗いざらい憤まんをぶちまける。それを暖炉の上に置く。3日たってから読み返し、投函すべきかどうかを判断した。手紙はほとんど、火の中に投じられることになったという▼詩人・高村光太郎の選集に「出さずにしまった手紙の一束」と題する文章が収められている。パリ滞在中の書簡である。投函されなかっただけに、そこには父への反抗心、青春の不安と本音などが赤裸々につづられている▼ここから学べることがある。まず、手紙を書く行為には、怒りや不安を鎮める効果があるということ。そして口にはしないけれど、当然ながら、人はいろいろな思いを抱えているということ。相手の“沈黙の声”にも真摯に耳を傾けたい▼池田SGI会長は、今年の「1・26」提言で「沈黙と言葉からなる真の対話」について語った。言葉はもちろん沈黙も、人との絆を育む上で欠かせない。言葉として表現する努力は大切である。とともに同苦して寄り添うことも、立派な対話に違いない▼時として人生には、言語に絶するほどの悲劇が襲う。再起の第一歩は、やはり人間的絆の再生から始まる。今こそ「真の対話」に努めたい。
2011-04-13 : 震災への励まし :
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