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随筆 我らの勝利の大道 No.41/42

随筆 我らの勝利の大道 No.41/42
             (2011.2.18/19付 聖教新聞)
「仏法西還」の大光

恩師「地球の広布は君たちが」

アジア初訪問から50年──
「人間主義の太陽」は昇った!


一人立て! ガンジスの大河も一滴から

 羽ばたかむ
  我らの心は
    自由なり
  宇宙の幸福
     翼で つつみて

 今月初め、NASA(米航空宇宙局)が注目すべきニュースを発表した。
 それは、太陽系以外で約1200個の惑星を発見し、そのうち54個の惑星には、生命に不可欠の「水」が存在する可能性があるというのである。
 大宇宙にあって、地球は決して孤独な「生命の星」ではない、同様の条件の星はたくさんあると、最新の探査は示しているのだ。
 戸田先生がお聞きになられたら、「ますます仏法の先見が科学によって証明される時代に人ったな」と、呵々大笑されるであろう。
 「この大宇宙には、地球のような星が幾つもある。
 日蓮大聖人より、そっちに行って、また広宣流布をしてこいと言われたら、御命令のままに出かけるさ。地球の広宣流布は君たちに託すよ」と、壮大なロマンを語られる恩師であった。
 大聖人は、駿河国(静岡県中央部)の南条時光の母への御手紙に、仏法の宇宙観の一端を明かされている。
 「東西南北・八方・並びに三千大千世界の外・四百万億那由佗の国土に十方の諸仏ぞくぞくと充満せさせ給う、天には星の如く・地には稲麻のやうに並居《なみい》させ給ひ、法華経の行者を守護せさせ給ふ事、譬えば大王の太子を諸《もろもろ》の臣下の守護するが如し」(御書1570?)と仰せである。
 ともあれ、大宇宙には、衆生の住む世界が無数にある。これが仏法の洞察であった。そして、この悠久の大宇宙をも包みゆく、人間生命の深奥を徹して究明したのも、また仏法である。
 「外なる宇宙」と「内なる宇宙」の探究──そこには、インドに発する東洋の大英知が光っている。

師弟不二の誓願で

 前進の
  東洋広布に
    恩師あり

 新潟県の佐渡で記された「顕仏未来記」には、「月は西より出でて東を照し日は東より出でて西を照す仏法も又以て是《か》くの如し正像には西より東に向い末法には東より西に往く」(同508?)とある。
 月氏の国・インドから、釈尊の仏法は中国、さらに日本へと流れ伝わった。その光が消えんとする濁世末法において、世界の民衆を救う大白法が日本から興隆し、西を照らしていく、との大聖人の大宣言である。
 この御遺命の実現に立ち上がられた戸田先生は、私たち青年に「仏法西還」の夢を、幾たびとなく語ってくださった。
 すなわち、アジアの民衆の幸福と平和を開く「東洋広布」である。
 “一日も早く、仏教発祥の大恩あるインドヘ!”
 それは恩師の願いであるとともに、不二の弟子として私自身の誓願となった。
 その第一歩が、1961年(昭和36年)の1月・2月、私が敢行した最初のアジア歴訪の旅である。
 不惜身命の決意で、香港、セイロン(現スリランカ)、インド、ビルマ(現ミャンマー)、タイ、カンボジアの6カ国・地域を巡った、忘れ得ぬ18日間であった。
 当時は、第2次世界大戦が終わって15年余。アジアは、いまだ貧困と戦火、また分断の傷に苦しめられていた。日本の侵略に虐げられた国々も多かった。
 本来、豊かな自然に包まれ、明るく逞しき民衆が暮らす大地である。
 私は、仏が慈しむ「我此土安穏」の時代の建設を祈りに祈った。
 以来、50年を刻む。
 この佳節を記念し、香港で3万人の大文化祭が開催されたのをはじめ、アジア各地で多彩な行事が続いている。マカオ、台湾、韓国、フィリピン、タイ、カンボジア、マレーシア、シンガポール、インドネシア、スリランカ、ネパール、そしてインドで──。
 あの国でも、この地でも、地涌の同志が社会で活躍し、信頼を勝ち得て、生き生きと乱舞している。こんなに嬉しいことはない。
 「アジアの民に 日をぞ送らん」と、恩師が顕われた通りに、赫々たる新時代の夜明けが来た。
 いかなる苦難の群雲が湧き起こるとも、もはや絶対に消えることなき、希望と幸福と平和の大光はアジアに輝き始めた。
 「人間主義の太陽」は、燦然と昇ったのだ!

出でよ地涌の菩薩

 懐かしき
  あの日 あの時
    ガンジスの
  大河を見つめて
    広宣 誓わむ

 私がインド訪問の第一歩を印した当時、メンバーは一人もいなかった。
 夕闇迫るガンジス川のほとりに立ち、広布の展望に思いを凝らしながら「無数の地涌の菩薩を出現させてみせる」と深く決意した。そして大地に題目を染み込ませる思いで真剣に祈りながら、釈尊やアソカ大王などのゆかりの地を巡った。
 それから18年後(1979年)、私は尊き地涌の先駆者であるインドの皆様方と初めてお会いした。
 ニューデリーの私の宿舎に勇んで集われたのは、40人ほどであったか……。哲人の眼差しが輝く、一人ひとりの顔《かんばせ》を見つめながら、私は強く語った。
 「ガンジス川の悠久の流れも一滴から始まります。と同じく、今はメンバーは少なくとも、自身がその一滴であるとの自覚で、洋々たる未来を信じて前進していきましょう」
 この頃の人口は約7億。同志は本当に少なかった。
 しかし、法華経の涌出品には、「一一《いちいち》の菩薩は、皆な是れ大衆《だいしゅ》の唱導の首《しゅ》にして、各おの六万恒河沙等の眷属を将《ひき》いたり」(創価学会版法華経453?)と説かれる。
 地涌の友には、一人ひとりに、大きく賑やかに広宣流布の陣列を広げゆく力が具わっているのだ。一人の生命に無限の可能性を信じ抜く人間主義こそ、法華経の魂といってよい。
 インドの詩聖タゴールの小説に登場する女性は、毅然と語っている。
 「一人ででも闘うつもりですから。そして、胸をはって言いますわ、負けないわ、必ず勝ってみせるわ、とね」
 私には、朗らかな常勝の母たちの「負けたらあかん」の心意気と重なり合って響いてくる言葉である。思えばタゴールは、大阪、京都、兵庫、奈良と、関西にも足跡を留めていた。

母の連帯で平和へ
 インドのチェンナイ(旧マドラス)に、創価池田女子大学が誕生したのは、2000年のことである。チェンナイは、私がインドに最初に降り立った、思い出深き原点の天地だ。
 創立者のセトゥ・クマナン博士は、創価教育の最高の理解者である。博士と私を結んだ機縁は、「母」の詩であった。詩人でもある博士は語っておられた。
 「すべての人びとが、この詩のように母を思うことができれば、人類の抱えるあらゆる問題は解決できるはずです」
 そして「女性こそが生命と平和の守り手」との私の考えに賛同してくださり、女子大学の建設に着手されたのである。
 同校では、折々に、英訳の「母」が、凛々しき乙女たちの澄み渡る声で歌われている。


♪母よ あなたの
 思想と聡明《かしこ》さで
     春を願う
 地球の上に
 平安の楽符《しらべ》を
     奏でてほしい
 その時 あなたは
 人間世紀の母として
     生きる

 歴史を振り返れば、どれほど多く、母たちの悲しみの涙が流されてきたか。
 海よりも深い母の慈愛には、人びとを正しき軌道へと導く力がある。ゆえに、母たちの強く賢きスクラムによってこそ、揺るぎない平和の大道も開かれる。
 今、インド創価池田女子大学と、創価大学・創価女子短期大学との交流も深まっている。
        ◇
 タゴールが何度も足跡を残したのが神奈川の横浜であった。特に最初の訪日では、現在の中区本牧の三渓園に長期滞在した。
 「人間の歴史は、侮辱された人間が勝利する日を、辛抱づよく待っている」
 当時、タゴールが日本で詠んだこの詩は、私たちも深く胸に刻んできた不滅の師子吼である。
 思えば、私は“会長辞任”から3カ月後、同じ横浜の神奈川文化会館で、インドの大詩人スリニバス博士を歓迎した。人間勝利の世紀を展望し、詩心の復興を語り合ったことは、今も忘れることはできない。
 大聖人は、神奈川の地で健気に戦う日眼女(四条金吾夫人)に仰せである。
 「釈迦仏は母のごとし女人は幼子のごとし、二人たがひに思へば・すべてはなれず」(御書1114?)
 「釈迦仏・普賢菩薩・薬王菩薩・宿王華菩薩等の各各の御心中に入り給へるか」(同1115?)
 大聖人は、妙法に生き抜く女性に、釈尊と一体不二の仏の生命を見出しておられた。普く賢い智慧の力も、病苦などあらゆる苦悩に打ち勝つ力も、広宣流布のために働く女性の命にこそ脈打っているのだ。
 まさしく、婦人部の皆様の姿である。
 師弟一体、万歳!
 勝利の人生、万歳!
 この創価の母の心を受け継ぐ華陽の乙女たちが、世界中で生命尊厳と平和の讃歌を歌いながら、人類を調和へ導きゆく未来を、私も妻も信じてやまない。

 不滅なる
  宇宙に一点
   君が星
  偉大な曲で
    偉大な光を

 タゴールの最初の言葉は『タゴール著作集5』所収「実験室」大西正幸訳(第三文明社)、次は『タゴール著作集1』所収「迷える小鳥」藤原定訳(第三文明社)。

ガンジーの精神
「まず自分自身から変われ!」
「一人の人間であり続けよ!」


「世界平和」の悲願へ
民衆の中で人間尊敬の菩薩行を


インド新時代を創価の友が乱舞

 仏勅の
  妙法流布に
   励みゆく
  我らの功徳は
    千万億かな

 釈尊が成道し、仏教が勃興したインド。その源流の天地で、なぜ、仏教は衰退してしまったのか。
 インド文化関係評議会の会長であられるカラン・シン博士は、私との対談で、その理由を指摘された。
 武力侵略など外的な因子もあった。だが、シン博士がまず挙げたのは“僧尼の精神的・倫理的修養の順廃”“部派間の絶えない争い”
という2点であった。つまり「師子身中の虫」によって滅びた──ここに、重大な歴史の教訓がある。
 日蓮大聖人の平等大慧の大仏法を権威化し、僧俗差別の邪義を立てた日顕宗も全く同じであった。
 しかし、学会はその歪んだ本質を見抜き、日蓮仏法の正義を護り、民衆を守り抜いた。だからこそ、学会の前から、邪宗門は消え去らざるを得なかったのだ。
 その事実を証明するように、邪悪の鉄鎖を断ち切った学会は世界192カ国・地域で、旭日の如く大発展してきたのである。

“偉大な魂《マハトマ》”の生涯

 全世界
  あの地 この地に
   菩薩あり
  地涌の仏子の
      何と尊き

 1月30日は、独立の父マハトマ・ガンジーが凶弾に倒れ、信念に殉じた日である(1948年)。
 今年のこの日、インドを代表するガンジー研究家、B・R・ナンダ博士の評伝『ガンディー』の日本語版が、第三文明社から発刊された。邦訳が待ち望まれていた世界的名著である。
 私も、博士からご著作の原書を拝受した。その一冊が、この大著であった。
 訳者は、名古屋の名城大学名誉教授の森本達雄先生で、私も先生の名訳に学ばせていただいている。
 ナンダ博士は本書の最後に、マハトマ(偉大な魂)たる師ガンジーの心を代弁する如く、強く語られた。
 「われわれのほんとうの敵は、われわれ自身の恐怖心や、欲望や、自己本位である。われわれは他人を変えようとするように、自分自身を変革しなければならない」
 これ、まさに「人間革命」といってよいだろう。
 “精神の力”で社会悪に挑んだガンジー──その人生は、人間の内なる敵との戦いの連続でもあった。しかし、最後まで人びとの善性を信じ、非暴力で人間の変革を目指したのだ。
 さらに、この評伝で紹介されたガンジーの言葉に、「わたしは全人類との結合を感じずには、宗教生活を送ることはできません。したがって、政治に参加せずに、宗教生活を送ることなどできない相談です」ともある。ガンジーは、高邁な精神性と道徳性を掲げつつ、社会の活動万般に積極果敢に関わっていった。
 そうしたガンジーに対して、「聖者」なのか、「政治家」なのか、という疑問が投げかけられてきた。
 ナンダ博士の回答は明快である。いついかなる時も、マハトマは「一人の人間でありつづけることをやめなかった聖者であった」というのである。
 このガンジーの思想と行動が、釈尊の「法華経」、そして日蓮大聖人の「立正安国論」と深く連関していることは、インドの良識が鋭く指摘されるところだ。
 ガンジーの直系の弟子であったパンディ博士も、深く期待してくださった。
 「今、釈尊、そしてガンジーのメッセージを行動で世界に伝えているのはSGI(創価学会インタナショナル)です」
 今や、インドの悠久の大地には、5万人の「法華経の行者」たちが躍り出ている。メンバーは、教育者、医師、エンジニアなど、社会のあらゆる分野で縦横無尽に活躍している。
 なかんずく、青年部の比率が全体の4割を超す。優秀な未来部の英才も多い。世界の「青年学会」の先頭に立つ、と意気軒昂である。

「世界平和の碑」
 先日、インドの友が、創価菩提樹園で、晴れやかに「世界平和の碑」の除幕式を行った。
 この碑は、アジアの幸福を目指して進んできた師弟の闘争の結晶であり、月氏の国から世界広布を開いていく誓願の象徴ともいうべきものである。
 贈った碑文に、私は法華経の常不軽品の不滅の一節を入れさせていただいた。
 「我れは深く汝等《なんだち》を敬い、敢て軽慢せず。所以は何ん、汝等は皆な菩薩の道を行じて、当《まさ》に作仏することを得べし」(創価学会版法華経557?)
 人びとの胸中に、尊極の仏の生命を観じる。誰もがその仏性を開いていけることを信じて、力強く語りかけ、励まし続ける──この不軽菩薩の振る舞いこそ、大聖人が示された通り、仏法の究極であるからだ。
 この不軽品の「二十四文字の法華経」は、戸田先生が座右に置かれていた経典に印《しるし》を付され、深く拝しておられた一節でもある。
 経文には、不軽菩薩は、無理解な人びとからさまざまな迫害を受けても、一貫して、人間尊敬の行動を続けたと説かれる。たとえ何が起ころうと、不屈の祈りと誠実な行動を貫き通し、縁する人びとの心を大きく変えていくのだ。
 忘れ得ぬ1979年の2月の出会いから約30年で1000倍以上に大発展したインド創価学会──この拡大を成し遂げた原動力も、深き人間主義の実践にある。

「人の振舞」の輝き
 インドでは、メンバーの日常の振る舞いの変化に、まず家族の認識が変わり、そこから仏法への共感が広がるという。さらに自身の変化は、やがて地域や職場など身近な環境をも変えていくのである。
 仏法といっても、真髄は「人の振舞」(御書1174?)である。人格の輝きである。言葉遣い、表情、態度……それを周囲も見ているものだ。ゆえに自分から関わり、元気に清々しく挨拶し、声をかけるのだ。
 さらにまたインドでは、長年にわたり、社会貢献の活動が光っている。
 国内でサイクロン被害、地震や津波等が起こる度、救援物資の提供や教育支援などで、被災された方々に勇気と希望を送っている。
 また創価菩提樹園では、園内で育てた菜の花の種を、周辺の学校に寄贈している。菩提樹園を中心に菜の花が咲き誇り、地域の方々の心を潤しゆく光景も名画のように浮かんでくる。
 社会のために! 地域の友のために! その誠実な振る舞いに、信頼の輪は広がっていくのだ。
 日本も、そして世界も!

楽しき「座談」を
 1992年の2月16日、日蓮大聖人の御聖誕・満770年の日を、私はインドの同志と祝賀することができた。ニューデリーのインド文化会館で記念の勤行会を行い、久遠の家族の如く和やかに懇談した。
 まるで大聖人も、釈尊も、ご一緒に見守ってくださっているような、大歓喜のあふれる会座となった。
 私は一方的に話すのではなく、質問会として語らいを進めた。自由に何でも聞き合い、語り合っていく座談こそ、まさに釈尊以来の仏法の伝統であるからだ。
 質問の一つに──
 「SGIの指導として、『雄弁』や『知性』『慈愛』などが目標に挙げられていますが、自分はなかなか実行できません」という率直な問いもあった。
 私は申し上げた。
 「ありのままの自分でよいのです。題目をあげきりながら、自分らしく、伸び伸びと進んでいけばよいのです。自体顕照です。本来の自分自身を輝かせていくのが、大聖人の仏法です」
 「ありのままの『凡夫』そのもので進んでいく。題目根本に、少しずつでも向上していく。これが正しい姿であり、人間らしい生き方ではないでしょうか。仏法は無理のない、万人に開かれた大法なのです」
 ──私が答えると、友の笑顔が弾《はじ》け、輝き渡った。
 法華経の随喜功徳品には「随力演説」(力に随って演説せん)とある。
 窮屈に考える必要はない。大事なのは、素直に御本尊に祈ることだ。明るく誠実に語ることだ。その繰り返しの中で、友を自然と包み込める境涯になっていく。友のために尽くそうとの心が湧き起こってくる。
 ともあれ、勇気を出して祈り語った分だけ、自他共の幸福への仏縁が広がる。
 古代インドの詩人ティルバッルバルも語っている。
 「『これは難しい』と言って打ち萎れるべきではない。努めることが偉力をもたらす」
 この訪印の折、婦人部の方々から届けられたアルバムを、妻と拝見しながら、私は綴り贈った。
「負けない人は幸福
 恐れない人は幸福
 信つよき人は幸福
 皆さまは幸福の王女なり」
        ◇
 インドの哲人指導者として活躍された、今は亡きナラヤナン大統領とも、私は21世紀の展望を語り合った。それは、米国・中国と共にインドが中枢の軸となって、世界を調和させ、安定と平和の方向へもっていくビジョンである。
 現在約12億のインドの人口は、米国の国勢調査局によれば、2025年には中国を抜き、世界第1位になると予測されている。
 豊かな多様性と民主主義の伝統をもつインドは人材大国であり、無限の可能性がある。世界のIT(情報技術)企業が集まる国として発展し続けてもいる。
 一方で、人口爆発、水資源の枯渇などの地球規模の問題群を前に、インドをはじめ人類は、今こそ、相互協力を進めていかなければならない時を迎えている。
 米国の仏教研究の大家であるストランド博士は、これに関して、協力関係の基は一人ひとりが相互に信頼・献身の絆を築けるかどうかだと強調されている。
 博士は、その最も深き絆こそ、創価の「師弟」にあると期待されていた。
 この師弟という絆を柱にしながら、周囲の一人また一人と、対話を重ね、世界中に人間主義の連帯を広げてきたSGIの運動──。その闘争に、世界の識者が注目を寄せる時代なのだ。

空に勝利の讃歌が

 20年前の秋、私は愛する中部の名古屋で、インド文化国際アカデミー理事長のチャンドラ博士をお迎えした。傲慢なる宗教権威と戦う渦中の、忘れ難き中部文化友好祭の折である。
 あの最高に団結光る祭典の最後に、私は、詩聖タゴールの詩を紹介し、地涌の勇者たちを励ました。
 「おお 大いなる人間がやって来る──」
 「今日 暗き夜の要塞の門が
 こなごなに 打ち破られた。
 日の出の山頂に 新しい生命への希望をいだいて
 怖れるな 怖れるなと、呼ばわる声がする。
 人間の出現に勝利あれかしと、
 広大な空に 勝利の讃歌がこだまする」
 友よ、断じて負けるな!
 君たちこそが「大いなる人間」である。我らの決めた「この道」を朗らかに歩み抜き、民衆勝利の凱歌を堂々とあげるのだ!
        ◇
 大聖人は「顕仏未来記」で、インドの釈尊、中国の天台大師、日本の伝教大師の三師を相承される御自身を「安州の日蓮」と名乗っておられる(御書509?)。
 御聖誕された故郷の安州(現在の千葉県)を、いかに大切に思われていたかが、あらためて拝される。
 とともに、門下の次元においても、それぞれの使命の郷土、地域に拠って立つことが、どれほど重要か。
 一閻浮提の広宣流布は、遠くにあるのではない。地味に見えても、我らの地盤を一つ一つ躍進勝利させることこそ、御本仏の未来記を実現しゆく誉れの大闘争となることを忘れまい。
 大聖人は、「我等が弟子檀那とならん人は一歩を行かずして天竺の霊山を見・本有の寂光土へ昼夜に往復し給ふ事うれしとも申す計り無し」(同1343?)と仰せである。
 さあ、元初より誓い願って躍り出た宿縁の大地で、断固として勝利の旗を打ち立てよう!
 インド、アジア、そして世界の同志とも心を広々と通わせながら、異体同心で「地域広布」即「地球広布」の遠大な未来を、晴れ晴れと勝ち開こうではないか!

 壮大な
  正義の足並み
   揃いつつ
  哲学博士と
   胸張り勝ちゆけ

 ガンジー関連の引用は、B・R・ナンダ著『ガンディー』森本達雄訳(第三文明社)から。ティルバッルバルは『ティルックラル』高橋孝信訳(平凡社)。タゴールの詩は『タゴール著作集2』所収「最後のうた」森本達雄訳(第三文明社)。
2011-02-24 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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