魂の人間讃歌 第9回 平和への勇壮な響き

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第9回 平和への勇壮な響き (2011.2.11/12付 聖教新聞)

地球民族主義の大交響楽を

ショーター氏
音楽で太陽の輝きを世界へ
ハンコック氏
「人類への奉仕」から始めたい

ハンコック ブラジル、またポルトガル、ベルギー、スペイン、ドイツなど各国を訪問し、心を込めて演奏してきました。
 いずこの国にも、池田先生の平和旅の足跡が留められています。
 各地のSGIメンバーとも交流できました。皆さんが、この連載をとても楽しみにしていると言っておられました。先生は、私たち二人にしてくださっているように、世界の友へ惜しみなく励ましを贈り続けておられることを強く実感しました。
        ♫
池田 世界への旅は、戸田先生の夢でした。先生は会長として最初の誕生月となった2月(1952年)、壮大な「地球民族主義」のビジョンを掲げられたのです。その先生の生誕111周年の日を迎えました。
 仏法では、「一人を手本として一切衆生平等」(御書564㌻)と説かれます。戸田先生が展開された「人間革命」の哲学は、国を超え、民族を超え、世代を超えて、希望と勇気の連帯を広げています。その模範を示されている、お二人の世界的な活躍を、先生は、どれほど喜ばれることか。先生も音楽が大好きでした。
ショーター ありがとうございます。これまで新たな鼎談を重ねるたびに、私はいつも、深い感動を覚えてきました。
 池田先生のもと、繰り広げられる私たちの語らいには、真の平等の対話があり、民主主義の縮図があります。
 この鼎談には「ジャズと人生と仏法を語る」との表題が掲げられておりますが、私たちが仏法の口頭試問を受けるのでもありませんし(笑い)、あらたまって一方的にジャズを講義するものでもありません。あくまでも平等な人間同士の「開かれた対話」です。
 深い信頼と尊敬をもって、人間としての共通の基盤に立ち、それぞれの差異から学び合う──。ここに精神の民主主義の本質があります。
 私は、この鼎談が、常に「人間の振る舞い」という次元に立ち返り、対話が進められていることに深い意義を覚えます。この「振る舞い」の中にこそ、仏法の人間主義と、人間主義に根ざした芸術の真髄があると思います。
池田 まったく、その通りです。
 日蓮大聖人は、「不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(同1174㌻)と仰せです。
 仏法は、遠くにあるのではない。日々の私たち自身の行動にこそある。
 人間それ自体が偉大であり、尊貴なのです。ゆえに飾ったり、繕ったりする必要はない。ありのままの人間として、自他共の生命を最大に光り輝かせていくために、仏法はあります。
 相手を尊敬し、誠実に対話していくことが、その一歩です。そこから触発が生まれ、信頼が深まり、躍進の力が広がる。
 これは、人間力や対話力の衰退が憂慮される現代にあって、ますます重要な実践でしょう。
ショーター そう思います。演奏も対話です。私が演奏中に人々に伝えたいことは、「予期せぬことや未知のことに真正面から立ち向かおう」というメッセージです。
 演奏中には、あらゆる難問が出てきます。その時こそ、安易な道や慣れ親しんだ道に安住したり、予期せぬことや未知のことから逃げるのではなく、それらの問題とどう関わっていくべきか、真剣に考え、取り組むべきなのです。
 同時に私は、冒険の喜びを伝えるよう努めます。新たな冒険の喜びは、あらゆる恐れを一掃してくれるからです。
        ♫
池田 それこそ、歓喜の響きです。賢者の勇気の響きです。
 人生は、戦いを避けた瞬間から後退が始まっています。
 御聖訓には、「必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(同1091㌻)と仰せです。
 試練が競い起こるほど、喜び勇んで迎え撃つ──これが賢者の魂です。
 深き使命に生き抜く人生は、ショーターさんが言われるように、偉大な「冒険」です。それは、艱難辛苦の連続かもしれません。
 しかし、その時はつらくとも、越えられない坂はない。一つまた一つ、苦難を乗り越えゆく生命には、何ものにも勝る充実がある。誇りがあります。
 御書には、「此れより後《のち》も・いかなる事ありとも・すこしもたゆ(弛)む事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし」(1090㌻)とも叱咤激励されています。
 大変な時こそ、まず突破すべき目標を明快に定めて、いよいよ明るく賑やかに希望の音楽を奏でながら、前進する。そして積極果敢に、未来への勝利の因を創り出していくのです。ここに、太陽の仏法に照らされた「本因妙」の生き方があります。
ショーター ええ。先生が語ってくださった「本因妙」の精神は、私が深く胸に刻んできた仏法の法理です。
 音楽の世界では、未知の事柄についての対話を、楽曲を通して行う場合、単純明快な形で行うことが大切だと思います。なぜなら、単純明快であることこそが、複雑な逆境の後に得られる最大の勝利であるからです。
 私は、音楽を、「逆境」のように、複雑なものにしておきたくありません。太陽のように輝きのある音楽の素晴らしさを聴衆と分かち合えるようにしたいのです。そして、高貴さに裏打ちされた演奏がどんなものであるかを、聴衆のみんなと分かち合いたいと思います。それは、しばしば営利的で欺瞞的な「易き道」を取る、旧来の芝居じみたメッセージとはまったく違うものです。
        ♫
池田 それは、時代が一番、渇望している生命の輝きでしょう。
 御書にも、「音の哀楽を以て国の盛衰を知る」(88㌻)と引かれています。希望の音楽の響きは、未来を開く活力です。
 この母なる地球そのものが、大海原の潮騒や天空に轟く雷鳴、渓流の迸りや森の風音、鳥の囀りや子どもたちの笑い声など、あらゆる音に満ち満ちています。それは、生命の喜びの鼓動、生き抜く力の響きをはらんでいます。
 その究極の「歓喜の中の大歓喜」(同788㌻)の音律が、南無妙法蓮華経なのです。
 大聖人は、仰せです。「法界の音声《おんじょう》・南無妙法蓮華経の音声に非ずと云う事なし」(同801㌻)と。
ハンコック はい。
 音楽は、実にすごい力を持っています。それは、生命から、人間からくる力です。
 今お話があったように、音楽は、人生の盛衰や、変化する生命のさまざまな側面を映し出す素晴らしい象徴です。同時に音楽は、人間が主役として奏でる「偉大な生命の交響楽団」の象徴と表現することもできるでしょう。
 その妙なる音楽の源泉である地球を、もっともっと大切にしていかなければなりませんね。
 私が若い時には思いもよらなかった危機に、今、人類は直面しています。それは、気候変動や生態学的・環境的な危機、地球温暖化、自然環境の劣悪化などの危機です。
 人類の破滅を助長している、飽くことを知らない地球資源の搾取を減速させるために、私たち自身が身を粉にして献身する必要があります。
 私たちの直面する地球的課題を共に解決していくためには、対話を通して「平和」を築き、文化鑑賞や文化交流を通して「人間性」の感覚を育まねばなりません。
池田 全面的に賛同します。母なる地球は、かけがえのない生命体です。
 地球的問題群は、科学技術の向上や経済手段だけでは、決して解決できない。人間一人一人の発想の転換が求められ、自らを内面から高める「人間革命」が不可欠である──。
 これは、地球資源の有限性に、いち早く警鐘を鳴らしていたローマクラブの創立者ペッチェイ博士との語らいで一致した点でもあります。
 博士は、ファシズムと戦い、投獄にも屈しなかった。その獄中闘争で、人間の極限の悪とともに、人間性の極限の崇高さも知ったと述懐されていました。博士は、この崇高さを信じて、地球環境の破壊に対し、立ち上がったのです。
        ♫
ハンコック ペッチェイ博士の世界観は、仏法の生命観に驚くほど近いですね。
 仏法の信仰を始める以前、私は、自分の行うさまざまな演奏活動や決断について、それらが及ぼす目先の影響にしか、注意を払っていませんでした。
 しかし仏法を通して、私の行動や意思決定の過程に影響を与える「縁」や、予想される結果など、より多くのさまざまな要因が、よく見えるようになりました。その結果、私のなす決断や、瞬間瞬間の行動が変わったのです。
 この信仰のおかげで、今、私が行動を起こす時に、最初に考えることは、「自分の行動が、どれだけ人類への奉仕という大目的に貢献するだろうか」ということです。

世界を競争から協調へ

ショーター氏
人類の挑戦を音楽で励ましたい
ハンコック氏
文化の結合力をあらゆる分野に

池田 仏法の縁起観から見れば、この世界では万物が互いに支え合っており、無関係な存在はありません。環境問題などの地球的問題群は、まさにその自覚を深めるよう、警鐘を鳴らしています。
 日蓮大聖人が、なぜ「立正安国論」を認《したため》められたのか。
 御書には、「但偏《ひとえ》に国の為法の為人の為にして身の為に之を申さず」(35㌻)と仰せです。これを現代的に敷衍して申し上げれば──
 「国の為」──民衆が生きる国土の平和と繁栄のためです。ここには、身近な地域社会から世界全体、さらには地球環境も含まれます。
 「法の為」──正しき精神世界の確立のためです。生命尊厳と万人平等の法理、さらにまた人間主義の文化芸術の次元にも通じます。
 「人の為」──どこまでも人間の幸福のためです。あらゆる差異を超えて、一人一人の人間を大切にし、生老病死の苦悩を打開していくための限りなき戦いです。
 どの次元も、それぞれに重要です。
 この3つを絶妙に調和させながら、皆が良き市民として、わが身を惜しまず、平和・文化・教育に貢献し、「立正安国」の連帯を広げているのが、私たちSGIです。
ハンコック 本当にその通りですね。私の最新のアルバム「イマジン・プロジェクト」も、平和創造の一助となることを願って作ったものです。人類という種の存続自体に影響を与える環境問題を解決するには、まず「平和」でなければならないと、長年、私は考えてきました。
 そのために自分は、何ができるか。文化の面で、どんな貢献ができるか。このグローバル化(地球一体化)が加速する世界で──。
 そして得た結論が、「グローバルな協力による」アルバム作りでした。
 「協力」という発想は、文化的にも音楽的にも新しいものではありません。しかし、「グローバルな協力」というテーマのもと制作されたアルバムは、あまり例がありません。
池田 素晴らしい、壮大な挑戦です。御聖訓にも、「自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして」(御書1337㌻)という、最も深く強い協力の心が示されています。
 人類が、平和と永続的な発展という大目的で心を合わせ、それぞれの智慧と力を結集していくならば、まだまだ偉大な創造性を開花させていくことができるでしょう。その時は来ています。
 一昨年、ゴルバチョフ氏(元ソ連統領)と語りあった折、氏も金融危機の教訓として「『競争』だけではなく、『協力』する世界をつくらねばならない」と強調されていました。
ハンコック 重要な教訓だと思います。近年の世界的な金融危機によって、初めて一般のアメリカ人は、「グローバリゼーション」の真の意味を実感として理解することができました。あの金融危機が、アメリカ人自らの懐(財布)や日常生活に影響を与えていることを、私は強く感じました。
 このことを念頭に、私は、直面する課題に向き合ったアルバムを目指しました。異文化への敬意があってこそ、自分の文化と他の文化を結び合わせることができる、ということを表現したかったのです。それが、「グローバルな協力」への足がかりとなります。そこで、まず頭に浮かんだことは「言語」でした。このアルバムには7つの異なる言語が使われていて、7つの異なる国でレコーディングしました。
ショーター 音楽界や演劇界、さらには映画界では常に、多様な人々の間で友情が芽生え、心の通い合う集いがなされています。ジャズの分野でも、世界中の音楽を融合させ、クラシックを含め、南米、ラテン、アフリカ、その他の音楽的伝統などを結集するという、創造的な作業が行われてきました。
 今、私も、妻のキャロライナと「キューバやアフリカやヨーロッパの音楽など、いろいろな音楽を演奏したいものだね」と語り合っています。現在、アメリカのフィラデルフィア美術館のための作曲に取り組んでおり、美術館側からは「アジア風の曲を」との要望が寄せられています。
池田 広く深く、人間の心を結びつける音楽の力は計り知れませんね。
 古代インドで仏教を基《もとい》として平和を築いた名指導者・アショカ大王は「伎楽(舞と音楽)の供養」を行ったと言われています。偉大な法に生きる喜びが文化として表現されていたのです。
 人間の善性を信じ、高めゆく文化が興るところ、平和は広がります。
 芸術や文化は、人間と人間を結び、心と心を結びつけることができる。
 政治や軍事力では、永遠の平和は築けない。経済力だけでも、エゴや欲望のぶつかり合いが避けられない。
 文化の力こそ、平和を築くための、最も豊かな源泉ではないでしょうか。
ショーター そう思います。
 その上で忘れてはならない音楽の側面の一つは、音楽が、しばしば戦争への道を煽動するために利用されてきたということです。人々は時には太鼓の響きなどの音楽に合わせて、戦場に赴いたのです。
ハンコック ウェインが言うように人々を操作するため、音楽が使われてきたこともあったと思います。音楽が常に、よい意味での「民衆の結束」のために使われてきたわけではありません。それほど、音には強い力があり、音楽には大きな影響力があります。
池田 それは、宗教も同じです。
 戦時中の日本にあっても、ほとんどの宗教が、軍部政府に迎合し、利用されてしまった。その中で、命を賭して「立正安国」の戦いを貫き通したのが、牧口先生であり、戸田先生でした。
 仏法では、仏や菩薩が法を説く声を「妙音」と言います。広い意味で言えば、人々に希望を贈り、気高い信念の生き方へと鼓舞する音律もまた、「妙音」と呼べるでしょう。
 人の心に、刹那的な快楽を志向させ、あきらめや虚無感をもたらすような「哀音」ではなくして、強く前向きな生き方へと人々をリードしゆく「妙音」の音声《おんじょう》を、いやまして高めていくべき時ではないでしょうか。
        ♫
ショーター 21世紀における音楽の役割とは、人々に、人生のあらゆる課題に挑戦し、自らが持つ生命の傾向性やネガティブ(否定的)な側面に真正面から立ち向かい、勇敢に、前に踏み出すよう励ますことであると思います。
 音楽には、日常生活での私たちの振る舞いを左右する力があります。
 音楽には、無気力や無関心の充満する今日の社会に眠っている偉大なものを目覚めさせ、揺り動かすことができる本源的な力があるのです。そうした力を引き出すのが、私自身も含めた音楽家の責務です。
 人々が、この素晴らしい音楽の響きと手を結び、偉大なことを成し遂げようとする時、本当の力が発揮されます。この音楽の共鳴の響きは、卑屈さではなく、偉大さの模範です。
 私たちが演奏を終えた後、聴衆が私たちのところへやって来て、「私も、あなたたちの戦いの渦中に一緒にいましたよ」と言うことがよくありました。彼らは、私たちの戦いを見て、私たちが、予期せぬ困難にも勇敢に挑戦していた姿に、とても励まさ
れたのです。彼らは私たちに、「ワオッ! あなたたちは恐れずに思いっ切りやっていましたね。私も自分の人生の課題に挑戦し、とにかく思い切ってやってみようという気持ちになりました」と言ってくれました。
ハンコック そうですね。私は「イマジン・プロジェクト」のレコードアルバムに、「さあ目覚めよ! そして、何かを始めよ!」という意義を込めました。その中心的なメッセージは、「愚痴や文句を言うのはやめよう! 我々自身や、子どもたち、そして孫たちのために、私たちが求めるグローバル化の作業を始めよう」です。
 一歩ずつ一歩ずつ、私たちは、その作業を進めました。これは、文化面での一例に過ぎません。しかし、他の分野でも、このようなモデルを示すことができたら、どんなことが起こるか、ちょっと想像してみてください。
 不透明で、急激に移り変わる現代を生き抜き、勝利するには、師子王のような勇気が必要だと思います。池田先生は、ご自身が尽力される姿と振る舞まいをもって、私たちにその完璧な模範を示してくださっています。
池田 私は、ただ戸田先生の弟子として戦い抜いてきました。これからも変わりません。
 御聖訓には、「浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」(御書509㌻)と引かれております。
 勇気こそ、幸福の門です。
 勇気こそ、正義の銅鑼です。
 勇気こそ、勝者の旗です。
 一切の原点は、戸田先生が教えてくださった通り、「一人立つ勇気」にあります。そして、究極の勇気である「師子王の心」は、誰の胸中にも厳然とあるのです。
2011-02-12 : 音楽を語る :
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