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随筆 我らの勝利の大道 No.34/35

随筆 我らの勝利の大道 No.34/35
             (2010.12.15/16付 聖教新聞)

青年よ 快活に対話の波を

会って語って共々に成長!
伸びゆく若人こそ100周年を照らす光


 青春を
  無限の大法
    世界へと
  弘めむ使命の
   君らに幸あれ

 フランスの哲人デカルトの『方法序説』の扉絵に記されたモットーがある。
 「行動せよ、そして希望を持て」
 今、創価の我らは、新しい歴史の扉を開け、希望に燃えて出発した。
 創立80周年から100周年へ! さらには民衆勝利の万年へ!
 その旅立ちを、世界の知性も寿いでくれている。
 先月・創立の月には、米国の名門マサチューセッツ大学ボストン校からモトリー学長ご一行が来日して、創価教育の師弟3代の80年を祝賀してくださった。
 そして初代・牧口常三郎先生、2代・戸田城聖先生の精神を継承しゆく恩師記念会館で、意義深き名誉博士の称号を拝受した。
 何より嬉しかったのは、モトリー学長が学園生や創大生をはじめ、創価の青年たちとの出会いを、2メートルを超す長身に情熱を漲らせ、感動込めて語ってくださったことだ。
 また、学長は、学園生に“皆さんがいる限り、私たちの未来は明るい。一人ひとりが自分の持つ力を最大限に発揮することが、社会への最大の贈り物になります”とも励まされた。
 わが後継の青年たちを、世界の識者が讃え、心から期待してくださる。これに勝る喜びと誉れはない。
 100周年への私たちの出発は、「青年の成長」という未来への大いなる希望からスタートしたといってよい。
 愛する青年たちよ、わが後継の弟子たちよ、本当にありがとう!

満月も笑顔で祝福
 その授与式のあった11月21日の晩、「先生の300番目の“知性の宝冠”を寿ぐように、今夜は美事な満月でした!」と、聖教新聞の斎藤亨君たちカメラマンの友が写真を届けてくれた。
 月氏の国・インドでは、80歳は「1千回の満月」の佳節を迎える年と祝福される。誕生から80歳を超えるまでに、ほぼ1000回の満月が訪れるからである。
 創価学会の80歳を祝って、月天子が英知の光を冴えわたらせながら、所願満足の笑みを浮かべているように見えた。
 牧口先生が線を引かれて大切にされた御聖訓には、「深く信ずる者は満月の闇夜を照すが如し」(御書1501㌻)と仰せである。
 わが創価の同志が、いやまして円融円満の智慧と歓喜と和楽の大光に包まれゆくことを、私は祈りたい。
        ◇ 
 モトリー学長には大変尊敬する方がおられる。今は亡きエドワード・ケネディ米上院議員である。
 エドワード氏とは、私も親交を結んだ。1978年(昭和53年)の1月、わざわざ聖教新聞社へ訪ねてきてくださった。会見の予定があった兄君のケネディ大統領の思い出や、米中関係、核廃絶などをめぐって、率直に意見を交換し合ったことが、懐かしい。
 このエドワード氏が語っておられた。
 「未来は、我々の人生を超えて続いていく。しかし、自らが創る未来と共に、我々は生き続けていくと私は信ずる」
 未来のために尽くす人は未来と共に生き続ける。
 青年のために尽くす人は青年と共に生き続ける。
 ゆえに、創価の世界は、常に若く、不滅である。
 年の瀬を迎え、社会には課題が山積している。政治、経済、雇用……青年たちを取り巻く環境は依然として厳しい。病気や家庭、人間関係等で悩む友もいる。
 しかし、若々しい生命は負けない力を持っている。
 仏法は「本因妙」だ。現在から未来を開いていくダイナミックな宗教である。試練をはね返す逞しい心のバネを持てるのだ。
 先月、聖教新聞(土曜日付の6・7面)で始まった、青年向けの新企画「ターニングポイント」「スタートライン」が好評だと伺った。青年らしい思い切ったチャレンジが清々しい。
 誰人であれ、自分の人生の「ターニングポイント」(転換点)がある。いかなる逆境にあっても、「今ここ」を、新たな自分の躍進勝利への「スタートライン」にすることができる。
 仏法の「変毒為薬」の法理に則るならば、いかなる苦難の現実に直面しようが、悠然たる楽観主義で挑んでいける。
 「大悪をこ(起)れば大善きたる」(同1300㌻)と、達観して進めばよい。
 混沌と揺れ動く社会だからこそ、堂々と胸を張り、「私はこう生きる」と、自身の信念と正義の道を貫くことだ。ここにこそ、日蓮仏法を持つ、誇り高き我らの生き方がある。

信仰を実践へ開く
 今、私が対談を進める米国の歴史学者ハーディング博士は語ってくださった。
 「信仰を持っても、それを自分の世界だけにとどめておいたのでは、大きな波動は起こせません」
 「創価学会の運動は、信仰を実践へと開きゆく運動であり、私たちすべてが共感でき、支持できる運動であります」
 人間は、対話の中でこそ、真の人間に成長する。
 対話とは、相手から学ぶことである。そこには相手への尊敬がある。だから語り合う言葉が生まれる。
 相手から学べば、自分も豊かになる。だから豊かな対話には喜びがある。幸福がある。平和がある。
 対話それ自体が、人間の勝利の証なのだ。
        ◇ 
 御聖訓には、「末法に入て今日蓮が唱る所の題目は前代に異り自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」(同1022㌻)と仰せである。
 この1年、わが青年部は、題目を朗々と唱えながら、“友のために! 地域のために!”と動きに動いた。語りに語り抜いた。
 なかでも、創価班、牙城会、また白蓮グループ、さらに音楽隊、鼓笛隊、合唱団の皆さんは、拡大の対話に勇んで先駆したと伺っている。
 「数年来の対話が実りました」「初めての折伏ができました」等、心躍る報告を毎日いただいている。
 戦う青年の報告ほど、大樹を仰ぐが如く、頼もしいものはない。新しき青年力の躍動ほど、皆に勇気を贈るものはない。次代を切り開くのは、青年にほかならないからだ。
 もちろん、友人と真剣な対話を重ねても、感情的に反発されたり、なかなか仏法を理解してもらえないと悩む友もいるだろう。
 折伏は、御書に仰せ通りの如説修行であり、“難事中の難事”である。そして正法を聞かせる「聞法下種」も、相手が決意する「発心下種」も、功徳は同じである。最高に尊い「如来の事」を行じているのだ。
 たとえ、思うような結果が出なくとも、くよくよする必要は全くない。
 私も同じであった。どうすれば思いが伝わるのか、相手の心に届くのか──その繰り返しだった。
 ある時には、誠意を尽くして書いた友への手紙が、全部、送り返されてきたこともあった。唇を噛んだ悔しさも、今は懐かしい。
 「心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき」(同467㌻)との仰せは、人生の年輪とともに深く強く拝される。
 祈って動いた一日一日は、もがくような葛藤でさえも、すべて自分自身を鍛える、最高の生命錬磨である。胸中に燦然と輝く“信心の土台”となる。

他者を敬う菩薩行

 会う人ごとに、「あなた方を敬います、あなた方は皆、菩薩道を行じて必ず成仏するからです」と深く礼拝した不軽菩薩は、皆から猛反発を受け、悪口罵詈、杖木瓦石を浴びせられた。
 相手を敬っているのに、反発される。生命の大地を破って眠れる仏性を呼び覚ます精神革命には、それだけ根強い抵抗があるのだ。
 しかし、最初は反発があっても、偉大な妙法を説き聞かせたことは、必ず仏性を薫発する縁となる。相手の成仏の因を作ったのである。これが「毒鼓の縁」という法理である。
 広宣流布の戦いに無駄なものなど、何一つない。友人の反応に一喜一憂し、前進を止めてしまうことこそが、無慈悲である。
 「仏種は縁に従って起る是の故に一乗を説くなるべし」(同1467㌻)との御聖訓通り、縁を結んだ分だけ、広宣流布の裾野は広がるのだ。
 「友のために」と真剣に悩む、その心こそ仏の心である。それ自体、大いなる人間革命の光なのである。

 勝ちまくれ
  君の生命《いのち》は
     仏なば
  三世に悔いなき
    勝利の王者と

デカルトの本の扉絵の言葉は『平静の心──オスラー博士講演集』日野原重明・仁木久恵訳(医学書院)。エドワード・ケネディの言葉は「ニューヨーク・タイムズ」電子版、2009年8月26日付から。

確信の声で響け 希望の哲学
「勇気」は慈悲に通ず 「真心」は必ず伝わる
創価家族の温かき励ましを社会へ!


 大功徳
  無量無辺に
    築きつつ
  今日の舞台に
   負けず舞いゆけ

 日蓮大聖人は、厳然と仰せである。
 「法華経を一字一句も唱え又人にも語り申さんものは教主釈尊の御使なり」(御書1121㌻)
 今、女子部の尊き“華陽”の天使たちが、溌剌と仏法を語り、幸福のスクラムを広げている。
 ある友は長年の友人に、ある友は地域の知人に、ある友は未入会の家族に……と、誠心誠意の対話を実らせた体験を、妻と心を熱くしながら伺っている。
 「使命の華」と舞いゆく青春は、なんと尊く、美しく、そして明るいことか。
 「我もいたし人をも教化候へ」(同1361㌻)──真剣に題目を唱え、一人、また一人と仏縁を結ぶ。この偉大で崇高な乙女の信心が、幸福と希望のスクラムを広げているのだ。
        ◇ 
 折伏の根本は「祈り」である。そのうえで、友に仏法を語り、幸せの種を植えていく折伏行の中で大事な点を幾つか確認したい。
 第1に「勇気」である。
 折伏を実践すれば、一人の生命と真摯に向き合い、一人の人生に関わらざるをえない。長年にわたり、大勢の人を折伏してきた人でも、新しき友情を広げゆく対話には勇気がいる。
 勇気がないと、その弱い心が壁になる。しかし、まず、相手の人の幸福を真剣に祈る。これほど強いことはない。折伏の闘士は「慈悲の祈り」という勇気の出し方を知っているから、決して負けないのだ。
 戸田先生は語られた。
 「仏法の真髄は慈悲であるが、凡夫においては、勇気をもって仏法を実践していくことが慈悲に通じる。
 仏は『慈悲』で、凡夫は『勇気』で人を救っていくのだ」と。
 ゆえに、相手がすぐに理解できなくとも、確信ある声の響きで、希望の哲学を語り切っておくことだ。
 ドイツの哲学者ヘーゲルは、「人間は自分が何であるかを自分の声で現わす」と指摘していた。
 折伏の声は、最高の「仏事(仏の仕事)」を為す仏の声なのである。
 第2に「真心」である。
 19歳で信心した私もそうだったが、広大深遠なる仏法を完璧に理解して入会する人などいない。
 「宿命転換」等の哲理を語る学会員の言葉の端々に溢れる確信に、心を動かされた人もいる。何よりも、紹介者の誠実な振る舞いへの信頼や、自分を思ってくれる真心への感動に、背中を押されるものだ。
 近年、興味がない、悩みがないなどと、無関心で無気力な反応をする若者も多いといわれる。だが、その人を思う、こちらの真心は必ず伝わっている。
 現在、私が鼎談を重ねている世界的なジャズ音楽家で、SGI(創価学会インタナショナル)メンバーのウェイン・ショーターさんも、体験を語ってくれた。
 ショーターさんが入会して間もない頃、ヨーロッパで演奏していた時、ある駆け出しの若い女性ドラマーと会った。人生の道に迷っている様子で、大変に心配だった。ただ、ゆっくり話をする時間もなかったので、題目をカードに書いて手渡した。
 その後、会う機会がないまま案じていたところ、今から10年ほど前、見違えるほど立派な、幸福に輝く姿で報告に来てくれたのだ。あの題目のカードのおかげで、SGIメンバーとなることができた──と。
 「閉ざされた心」を開くのは、相手の幸せを願う「開かれた心」である。
 開かれた心で率直に語る──その力は実に大きい。
 欧州の統合に尽力した、フランスの社会事業家ジャン・モネも述懐している。
 「信頼感情を作り上げるということは、考えている以上に簡単なことであると思う。『率直さ』、これがまさにその秘けつなのである」

青年学会を大きく
 第3に「団結」である。
 創価家族ほど、人間味あふれる温かな心の世界はない。その世界にふれて、皆、発心できるのである。
 折伏に懸命に戦う友を、皆で応援していきたい。異体同心の団結ありてこそ、広宣流布の折伏は進む。
 私自身、自らの対話に、“折伏の大将軍”であられた戸田先生に応援していただいたこともあった。
 私もまた、時間の許す限り、同志の折伏の応援をさせていただいた。
 青年部の諸君も、壮年・婦人の信心の先輩たちに、大いに応援していただくことだ。そして、学ぶことだ。
 ブロックや地区、支部をあげて、青年の挑戦を全力で応援し、皆で祈り、励ましていく。そこに、青年学会が一回りも二回りも、大きく広がる道がある。
        ◇ 
 昭和26年秋、戸田先生は、聖教新聞に発表された「班長に告ぐ」(後の「青年訓」)で、青年の心を乱打してくださった。
 「奮起せよ! 青年諸氏よ。闘おうではないか! 青年諸氏よ」
 今のように、毎朝、聖教新聞が届く時代ではない。当時は、全国どこでも学会員がいるわけでもない。県内の青年部員は一けたという地域も珍しくなかった。
 だが、「班長に告ぐ」を謄写版で刷ったワラ半紙は、青年の手から手に、津波のように渡っていった。組織は“タテ線”の時代である。遠方で苦闘する同志のもとにも、ワラ半紙は届けられていった。
 2年後に入会した新潟のある青年は、そのワラ半紙を手に、一人立ち上がった。十数人に同志を拡大し、東京での第2回男子部総会に駆けつけてくれたのだ。
 「撰時抄」に曰く──
 「日蓮が法華経を信じ始めしは日本国には一《たい》・一微塵のごとし、法華経を二人・三人・十人・百千万億人・唱え伝うるほどならば妙覚の須弥山ともなり大涅槃の大海ともなるべし仏になる道は此れよりほかに又もとむる事なかれ」(御書288㌻)
 広宣流布とは、一人から一人への「対話拡大」「仏縁拡大」に実質がある。
 戸田先生は言われた。
 「われ自ら南無妙法蓮華経なりと決めきって、妙法を流布していくんだよ」
 わが青年部の諸君よ、私と共にもう一度、“青年学会”を創るのだ。さらにさらに強く大きく、広宣流布を推し進めていただきたい。
 未来は青年の「熱」と「力」で決まる。いや、断固として決めるのだ!
        ◇ 
 大聖人は、若き南条時光に、中国の「竜門の滝」の故事を引かれ、成長を望んでおられた(同1560㌻参照)。
 この「竜門の滝」には、多くの魚が集まって登ろうとする。だが、激しい水の抵抗や、鳥や漁師からも狙われ、容易に登り切ることができない。しかし、その困難を突き抜けて登り切った魚は竜となる。
 「登竜門」の語源となった話である。
 この故事を通し、大聖人は、成仏がいかに困難かを示してくださっている。
 堅忍不抜の執念を持ち、戦い続ける人、信心し切った人こそ、真実の勝利を手にできることを、若き門下に教えられたのであろう。
 学会の組織は、この大聖人の仰せ通りに、皆が一生成仏の信心を全うするためにある。最高の善知識だ。
 大聖人は、時光に対し、「たが(違)ふ事あらば・いよいよ(弥)悦びとこそおもひて」(同1542㌻)とも仰せである。
 思うようにいかないことがあればあるほど、喜び勇んで立ち向かっていくのだ。何があっても強気で、思い切り戦い抜いていくのだ。これが、創価の青年である。学会精神である。
 ひとたび、戦いを起こしたからには、「能忍(能く忍ぶ)」という仏の大力を発揮して、勝利するまで、前へ前へと進むのだ。
 明年で青年部の結成より60周年。いやまして切磋琢磨し合いながら、“青春の登竜門”を堂々と勝ち登っていただきたい。

若き力で心を結べ
 地球一体化の時代だ。躍進する青年の波動も、国境を超えて地球を巡る。
 2008年の9月、埼玉青年部総会の意義を込めた3万6000人の大会が盛大に開催された。ここに参加したブラジルの青年リーダーは大きな触発を受けた。
 翌2009年5月、今度はブラジルの青年たちが、新時代を我らの手で開くのだとの「誓願」を高く掲げて、2万人の文化総会を行ったのである。
 会場は四半世紀前(1984年)、念願叶って18年ぶりに訪伯した私とブラジルの同志が師弟の再会を果たした、あの忘れ得ぬ「大文化祭」と同じ体育館であった。
 私も、「インターネット中継」で、凛々しきブラジルの若人を見守りながら、何度も万歳を叫ぶ思いで、励ましを贈った。

 賑やかに
  世界一なる
   ブラジルは
  来る年来る年
    勝利の行進

 そして「師弟不二の正義グループ」と命名された、この誓願の青年たちは、1年後の今年、皆が「勇気の対話」を実らせたのだ!
 その勝利と歓喜の波動は、本年の10月、広布の旗が翻る大埼玉の「師弟常勝大会」(青年部総会)に返ってきたのである。
 まさしく若き地涌の菩薩たちが、全地球を舞台に、威風堂々と、対話の大波を起こしゆく時代となった!
 本当に嬉しい。私には、青年こそが燃え輝く「希望の光」である。
 広布の新時代は、未来を生き抜く青年が創るのだ。青年が照らし、晴れ晴れと勝ち開くのだ。
 ドイツの思想家ニーチェは叫んだ。
 「おまえはおまえ自身をのりこえて登らなければならない。──上へ、上方へ、おまえがおまえの星々をも眼下に見おろすようになるまで!」
 青年よ、わが対話の英雄たちよ、勇んで民衆の大地へ飛び込め! 友情光る対話の旋風を起こしゆけ!

 恐るるな
  何も恐れず
    断固立て
  正義のスクラム
    我らの時代と

 ヘーゲルの言葉は『ヘーゲル全集3 精神哲学』船山信一訳(岩波書店)。モネは『ECメモワール』黒木壽時編訳(共同通信社)。ニーチェは『ツァラトゥストラはこう言った』氷上英廣訳(岩波書店)。
2010-12-23 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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