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魂の人間讃歌 第6/7回 生命の歓喜の目覚め

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第6回 生命の歓喜の目覚め               (2010.11.27/28付 聖教新聞)

人生は人間革命するためにある

ショーター氏
創造とは自己流から一流への挑戦

ハンコック 池田先生、小説『人間革命』と『新・人間革命』の連載6000回、誠におめでとうございます! 毎日毎日、全世界の友の心に、惜しみなく希望と勇気のメッセージを発信してくださり、いくら感謝してもし尽くせません。
ショーター 世界の同志と共に、深く感謝申し上げます。
 本当にありがとうございます!
 実は、私も、青年時代から『人間革命』のタイトルを心に留めておりました。かつて、入会する前のことですが、日本へ演奏で行った際、ホテルの書架で、最初に目に入った本が『ザ・ヒューマン・レボリューション』(『人間革命』の英語版)だったのです。
 その時は必要に迫られて、隣にあった「漢字の書き方」の本を手にとったのですが(笑い)、『人間革命』というタイトルは、なぜか深く記憶に残りました。とても鮮烈で印象に残るものがありました。
池田 仏法の哲理に基づく「人間革命」を提唱されたのは、私の恩師・戸田城聖先生です。戸田先生は軍国主義と戦い、2年間、投獄されました。その大難を勝ち越えて「人間革命」の哲学を確立されたのです。
 歴史上、青年を犠牲にし、民衆を失望させた革命が、あまりにも多かった。そうではなく、一人一人が自他共に生命の尊厳に目覚め、万人が幸福勝利の劇を飾っていけるのが、「人間革命」です。
 今、「人間革命」が、21世紀の世界の確かな思潮となってきたことは、弟子として、この上ない喜びです。
 お二人をはじめ、「スーパーサウンズ」の皆さんが、ニューヨークで「人間革命の歌」をジャズの極致の編曲で演奏してくださったことも懐かしい(1996年6月、世界青年平和文化祭)。
 芸術も人生も、一日また一日、生まれ変わった生命の息吹で、新たな創造を成し遂げていく。これが「人間革命」です。
        ♫
ショーター 一般に我々男性は、30代で自分の型にはまりがちだといわれます(笑い)。傲慢や不遜ゆえに、他人の言うことを真摯に受け入れられないのです。特に、生き方や人生観が異なる場合は、なおさらです。そうした頑固な考え方により、自己流の生き方から抜け出せなくなるのです。
 でも、私は40歳になる直前に、この仏法について多くのことを学び始めました。ギリシャ神話のプロメテウスが鎖につながれたように、知らぬ間に、巧妙で、目には見えない、さまざまな束縛の鎖につながれている自分に気づきました。そして自分の心を開き、「人間革命」への挑戦を開始したのです。
池田 30代、40代で成長が止まってしまうかどうか。大きな分岐点です。そうした時に自分自身の人生をさらに加速し、いよいよ上昇させていける力が、この信心なのです。
 日蓮大聖人は、門下一同に、「権威を恐るること莫れ、今度生死の縛を切って仏果を遂げしめ給え」(御書177㌻)と教えられました。「人間革命」を勝ち開く宝剣は、恐れなき勇気です。鎖を断ち切る勇気です。
 ところで今年は、ポーランドが生んだ「ピアノの詩人」ショパンの生誕200周年にあたります。試練に苦しむ祖国の民衆のために、音楽を武器として戦った文化の英雄です。今、日本各地で反響を広げている「ポーランドの至宝」展(東京富士美術館の企画・協力)でも、ショパンの直筆文書などが展示されています。このショパンが、ピアノの才能を発揮し始めたのは、6、7歳のころ。ハンコックさんがピアノのレッスンを受け始めたのも、同じ年代でしたね。
        ♫
ハンコック 7歳の誕生日に母よりピアノをプレゼントしてもらってから、数カ月後だったと記憶しています。
 この1947年は、池田先生が、19歳で仏法に巡り合われて、信仰を始められた年でしたね。
 兄と姉と私で、3人揃ってピアノのレッスンを受け始めました。兄と姉は数年後にやめ、私だけがレッスンを続けました。楽器の選択においては、私がピアノを選んだというより、ピアノが私を選んでくれたといったほうがいいかもしれません(笑い)。
 私が弾き続けた大きな動機──それは、ピアノ演奏なら兄にもひけをとらなかったからです。私は、兄姉や彼らの友人たちよりも上手に演奏できるとは思いませんでしたが、演奏の上達のためには、誰よりも熱心に取り組もうと思いました。
ショーター 小さい時は、ピアノより、外で他の子どもたちと遊びたいと思ったことはなかったかい?
ハンコック もちろん、あったよ(笑い)。一時期、ずるをして、練習をさぼったこともありました。それで、とうとう母が「ハービー、いいですか。レッスンが嫌なら、もうやめさせますよ。続けたいのなら、しっかり練習に励みなさい。すべてはあなた次第ですよ」と言ったのです。私は練習したくなかったので、母に「いいよ、やめさせたって」と答えました。母は「わかりました」と、レッスンをやめさせました。
 でも一年ほどたった時、私はたまらず「ピアノをもう一度習わせて! しっかり練習するから」と頼みました。レッスンのない日々が、さびしくてならなかったのです。母は、もう一度チャンスを与えてくれ、レッスンを受けられるようになったのです。私は自身を“調律”して(笑い)、すっかり態度を改めたのです。

ハンコック氏
音楽は人格 音から心が聴こえる

池田 ハンコックさんの「学びたい」「上達したい」という自発の力が目覚めていくように、忍耐強く流れを作ってくれたのですね。ハンコックさんも、ショーターさんも、偉大な人間教育の母に育まれました。
ハンコック ええ。母が私に受けさせてくれたのは、クラシック音楽のレッスンでした。
 そこでは最初に、身体を痛めないよう、また、力強く、より正確に指を使えるよう、ピアノに対する正しい座り方、正しい両手の置き方などを教えられました。年齢につれて背中とか首、指とか腕に問題を抱える音楽家もいますが、私は、少年時代に受けた基本的な指導のおかげで、そうした問題で悩んだことは一度もありません。
 また、クラシック音楽の基礎によって、私は楽曲中の緊張感の高まりと緩和や、音楽を彩る多くの重要な特性についての感覚を培うことができました。これは、今なお学び続けている事柄です。
 母は正しかったですね。母が、私にクラシック音楽の教育を受けさせる決断をしてくれたおかげで、実に多くのものを得ることができたと思います。
        ♫
池田 「母に感謝する心」と「基本を大切にする心」は、人間が大きく羽ばたくための二つの翼といってよいでしょう。 
 両親の愛情や兄姉の励ましに包まれて、ハンコックさんが早くから才能を開花させ、11歳で「シカゴ交響楽団」と共演したことも有名です。
ハンコック 当時、シカゴには「若者のコンサートシリーズ」という演奏会がありました。楽器ごとのそれぞれのオーディションの入賞者に、「シカゴ交響楽団」と一緒に演奏するチャンスが与えられたのです。
 このコンテストに入賞したわけですが、交響楽団との演奏の当日は、とても緊張しました。シカゴの「オーケストラ・ホール」(「シカゴ・シンフォニーセンター」)という大舞台で演奏するのですから。まだ背の低い、小さな少年だった私は、足がピアノのペダルに届くのがやっとでした(笑い)。演奏した曲目は、モーツァルトのピアノ協奏曲第26番「戴冠式」の第1楽章でした。
池田 モーツァルトといえば、民音音楽博物館には、ハンコックさんに寄贈していただいたピアノとともに、モーツァルトが愛用した古典ピアノと同型の「アントン・ワルター」も展示されています。私が親しく語り合ったブラジルの大詩人であり、人権の闘士でもあるチアゴ・デ・メロ氏も、自らを奮い立たせる時は、モーツァルトを聴かれるそうです。
 そのモーツァルトが、煌びやかな技巧にのみこだわる音楽家を「一介の機械にすぎない」と厳しく断じたことはよく知られる逸話です(吉田秀和著『モーツァルトの手紙』講談社)
 確かに同じ楽器、同じ曲でも、演奏者のいかなる魂の響きが込められているか。それが、技巧を超えて、感動を伝える不思議な力になりますね。
ハンコック おっしゃる通りです。
 サックス奏者についても、ただ楽器を演奏していて、私たちが、ただそれを聞いている場合も少なくありません。ウェイン・ショーターがサックスを演奏する時は、私たちは、サックスを聴いているのではありません。ウェインその人を聴いているのです。サックスは、あくまでもウェインその人を聴く媒体となります。それは、単に演奏されたサックスの音を聴くのとは、まったく違うのです。演奏者が楽器を超越する時、その楽器は演奏者自身の声を発するのです。
ショーター ありがとう! サックスの発明者アドルフ・サックスは言いました。「私が発明したこのサックスは、人間の声、バイオリンの音、金管楽器、木管楽器がすべて溶け合い、複合的な音を出すのです。この新しい楽器には、いわばオーケストラのすべての音が盛り込まれているのです」と。
 サックスは、単に人間の声を真似ただけでなく、さまざまな音を複合的に出します。吹奏楽器の音色はとても複雑で、多面的です。それは、未来のメッセージを運んでくるかのような音色です。
 サックスは、ある種の神秘的な意味で私の友人です。演奏する時、私は、サックスと溶け合い、一体化しています。これは、人間が人と知り合い、友人として溶け合うことと、よく似ています。
        ♫
池田 含蓄深い言葉です。仏法には「境智の二法」という法門があります。敷衍して申し上げれば、「境」とは外にある一切の対象、「智」とは対象の本質を照らし出す人間自身の智慧です。この「境」と「智」が一体になると説くのです。それを、今のお話に即して言えば、サックスが「境」、そのサックスから妙なる音色を紡ぎ出すショーターさんの心は「智」です。ショーターさんの磨き上げた心が、サックスという楽器の深遠な泉と融合し、尽きることのない音を流れ通わせているともいえるでしょう。
ハンコック ウェインのサックスからは、時にはフレンチ・ホルンの音、チェロの音、バイオリンの音が聞こえ、時にはオーケストラ全体の音が聞こえます。しかし、最も肝心なことは、聴き手は、そこにウェインの心を聴くのです。感じるのです。私は、これが究極の楽器演奏だと思います。そこでは、楽器が、演奏者と、楽器から生まれる表現とを切り離すことはなく、すべてが渾然一体になっているのです。
池田 「心を聴く」とは、いい表現です。聴衆もまた、演奏者の心の深さを聴き取りながら、心を深めていくことができます。中国の古典(礼記)にも「楽は徳の華なり」と記され、壮麗なる音楽の響きに、偉大な人間性の開花を見出していました。
ショーター その通りだと思います。ジャズの演奏で難しいのは「創造的」「独創的」であることと、単純なストーリーを、多種多彩な形で表現することです。そのために、私たちは、ジャズを通して、音楽表現の法則をさまざまなレベルで理解していくことができます。そして、私たちは、人生の法則の本質とは何かを、より強く肌身で感ずることができるのです。モダンジャズの演奏は、より「人間的」になるための努力でもあります。
 モダンジャズの創始者の一人であるチャーリー・パーカーが、サックスを演奏するのを聴いた時、皆がびっくりしました。その音色は、まるで、多くの小鳥が自由を求めて鳥かごを打ち破り、大空へ飛び立つような音だったのです。彼のニックネームは「バード(鳥)」でした。
        ♫
池田 妙法の音律の力を鳥に譬えられた御書の一節を思い起こします。
 「譬えば籠の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば籠の中の鳥も出でんとするが如し口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ」(御書557㌻)
 妙法の音声は、自分自身の内なる尊極の生命を解き放つとともに、宇宙に遍在するあらゆる善性を解き放っていく響きです。
 民衆が互いに生命を高め合いながら、生きる喜びの連帯を現実の社会に広げていくのが、広宣流布の文化運動です。妙法の音楽家には、その陣頭に躍り出て、生命尊厳の妙音を奏でていく偉大な使命があるのです。
 お二人は、その模範を堂々と示されています。
ハンコック ありがとうございます。師匠から、このような評価の言葉をいただくと、何よりも勇気づけられます。私たちは、生命の尊厳を守る文化活動に、世界の芸術部の同志と共に尽力していきます。

すべては「一人」から始まる

ハンコック氏
信ずるものを表現するのが芸術
ショーター氏
祈りとは自分の慢心との戦い!

池田 ブラジルの著名なピアニストで、青年部の音楽指導にも当たってくださっているアマラウ・ビエイラ氏との語らいを思い起こします。ピアノ教育においては、指の器用さなど「技量面の向上」とともに、弾く人の「精神面の成長」こそ重要であると強調されていました。
 また「ド」から「シ」の7つの音階について、「一つ一つ上がっていく音階。それは、あたかも一人の人間が、さまざまな体験を経ながら人生の坂を上っていく姿を思わせます」と語られていました。
 ハンコックさんが奏でるピアノも、限られた鍵盤から、自由自在に、妙なるメロディーが生まれ、不可思議な生命の律動が響きわたります。まさに、音楽とは「生命の語らい」ともいえますね。
ハンコック ピアノ固有の特徴をあげれば、まさにピアノは、オーケストラを一つの楽器にしたようなものだということです。ピアノは、人間の両手の10本の指で88の鍵を叩き、さまざまな音や和音を出します。ピアノを弾く時、機械的な仕組みを通じて弾き手の個性が表現されるのは、驚嘆すべきことです。
        ♫
池田 ところで、これは多くの読者の質問なので、うかがいたい。今でも舞台に立つ時に、緊張して、あがるようなことはありますか(笑い)。
ハンコック 今では、本番で緊張することはありません。自分のベストを尽くそうという気持ちの方が、強いのです。ニューヨークのカーネギーホールやリンカーンセンター、ロサンゼルスのハリウッドボウルやディズニーホールといった、アメリカを代表する大会場で演奏する時は、ベストを尽くす気持ちが、さらに強くなります。昔のようには緊張しません。自分の演奏に確信をもち、ミスを恐れなくなっています。
池田 自分を信頼して、恐れを乗り越えていく。ありのままの自分で飾らず、前へ前へと勇敢に進んでいく──人生万般に通じる生き方です。それは、見えないところでの不断の努力があってこそでしょう。
ハンコック たとえ楽器を使って演奏していても、私は、ミュージシャンである前に、「人間」であることを忘れないようにしています。私が、楽器を手にして聴衆の前に出る時、目の前にいるのは「人間」であり、自分自身も「人間」なのです。ミュージシャンとしてではなく、一人の「人間」として聴衆に接するべきなのです。
 この仏法に巡り合うまでは、そうは考えませんでした。あるがままの一人の人間としての自分を表現することよりも、一人のミュージシャンとして、「どんな演奏をするか」ということばかりに、心が向いていたのです。
 今はこう思います。演奏者が心にかけるのは、ただ一つ、「ジャズが真に伝えるべきものは何か、自分が心から信じるものを、どう表現するか」だけである、と。
 ジャズが、真に伝えるべきものは、音楽そのものに関することではなく、「人間の精神」に関することなのです。
ショーター 同感です。私はステージに上がる前の準備として、勤行をするようにしています。そして、いつも自分に言い聞かせます。「何事も感謝を忘れて、当たり前だと思ってはならない」「こうして勤行ができるのも当然と思ってはいけない」「聴衆がいるのは当然だなどと思ってはならない」「これからやるのは、単なる音楽演奏ではない。コンサート以上のことをするのだ」と。
 偉大なジャズドラマーで、バンドリーダーだったアート・ブレイキーは語っていました。「たった一人でも座席にいたら、決してステージを立ち去ってはならない。たった一人しかいないのだから、とびっきりリラックスして、その一人を心に思い描いて、自分にとって、これが、その一人のための最後の瞬間と思って演奏するのだ」
池田 学会精神も同じです。どこまでも「一人のために」です。それが、仏法の人間主義の真髄です。
 戸田先生は、「一対一の膝詰め談判によって、広宣流布は成し遂げられる」と宣言し、一対一の対話、そして少人数の座談会を最重視されました。人が集まらなくても、「いいよ、いいよ。しんみりやろうよ」と笑われながら、その場の一人一人とじっくり語り合われた。すべては「一人」の人間革命から始まるからです。その一人から一人へと、生命の歓喜の目覚めが広がり、拡大の波動は広がっていったのです。
 釈尊が悟りを開いた後に行った初めての説法は、旧友5人への数日間に及ぶ対話であったと伝えられます。法華経方便品では、舎利弗に「汝が為めに説くべし」と告げています。仏法では、仏が法を説く相手である「対告衆」も、極めて重要な存在です。
ハンコック 音楽のコンサートでも、聴衆が重要な役割を演じています。聴衆と演奏者に分け隔てはありません。演奏会場にいる人全員が同じ経験を共有し、誰もが同じ感動を経験するのです。
 私たちが演奏を終え、ステージから立ち去ろうとすると、聴衆の誰かが、「君たちの演奏は素晴らしかった!」と讃えてくれることがあります。私が「あなた方も素晴らしいのですよ」と言うと、聴衆は一様に「いや、我々は何もしていないよ」と答えるのです。
 仏法者として、また演奏家として、演奏に対する私の価値観が変わったことに気づきました。演奏は、私だけのため、つまり、自らの喜びや自分の意気を高めるためだけにするのではない、と考え始めました。演奏は確かに楽しいし、意気を高めてもくれる。だが、聴衆それぞれが自分自身の素晴らしさに気づくために演奏することの方が、私にとって、より重要だと思えるようになりました。
 そんなある日、コンサートの後に、楽団員の1人が、「化粧室でこんな会話を耳にしたよ」と言ってきました。2人の男がやって来て、「今夜の演奏は凄かったね」「ああ、自分がすっかり生まれ変わったような気持ちだよ」と話し合っていたというのです。それを聞いて私は、まさに「勝った!」と思いました。そのために私は祈っているのですから。
        ♫
ショーター 私も、ハービーと同じように、聴衆に一種の“目覚め”をもたらす演奏であるように願っています。ステージでは、いつも、聴衆が人間としての“目覚め”を生み出す触発となる演奏を目指しています。
池田 高邁な心に感動しました。
 仏がこの世に出現したのは、なぜか。法華経では、「衆生に仏の智慧を開かせるため」と説かれています。
 仏法は万人に開かれた民衆宗教です。わが心にも、人々の心にも尊極の仏の生命が具わっている。このことに目覚め、皆を幸福にするために大地から躍り出るのが、地涌の菩薩です。
 私は、この“大いなる人間の目覚め”を、こう歌いました。

 地よりか涌きたる
 我なれば 我なれば
 この世で果たさん 使命あり

 この「人間革命」の誉れ高き歓喜の舞を、さらに楽しく賑やかに広げていきましょう!
2010-12-06 : 音楽を語る :
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