随筆 我らの勝利の大道 No.33

随筆 我らの勝利の大道 No.33
             (2010.11.21付 聖教新聞)

栄光の創立80周年 万歳!

満天の星の如く人材は輝けり

 万歳を
  叫ばむ 祝わむ
   創立日
  三世の果てまで
     幸福道かな

 おお、11月18日!
 永遠に輝く、栄光燦たる「創立の日」。わが創価は80歳の誕生日を迎えた。
 この「11・18」を寿ぐかのように、黎明を待つ空に「獅子座流星群」の光芒を見たとの声を伺った。
 尊き無冠の友が、寒風のなか、聖教新聞を配達してくださっている頃である。
 悠久の大宇宙には、無量無数の星々が瞬く。この地上で、星が励ましの光を贈らぬ地域はない。
 時代の闇は深い。だからこそ、漆黒を破って、満天に輝く星々の如く、偉大な人材群が躍り出るのだ。
 「創価」という価値創造の大星雲から、永遠に消えることなき「誓願」の炎を燃え上がらせて!
 「開目抄」には、「ちかいし願やぶるべからず」(御書232㌻)と仰せである。
 誓願に生き抜く人生は、最も幸福な人生である。
 いかなる苦難の烈風にも負けず、誠実に誓いを果たし抜く人は、真の勇者であり、勝利者である。
 創価の師弟には、誇り高き大願がある。寝ても覚めても忘れぬ誓願がある。
 それは、日蓮大聖人の御遺命たる広宣流布の誓願!
 我らは、悪世末法において妙法を広宣流布することを誓い、地涌の菩薩として願って生まれてきたのだ。
 その願いを、わが恩師・戸田城聖先生は、「地球上から悲惨の二字をなくしたい」と師子吼された。この世に悲惨がある限り、創価学会の戦いに終わりはない。
 わが友が、どれほど祈り抜き、動き抜き、戦い抜いてくださったことか!
 わが同志が、どれほど声を絞って語り、正義を叫び、正法流布に邁進し抜いてこられたことか!
 経文の通り、御書の通り、いわれなき「悪口罵詈」があった。「猶多怨嫉」の激しき中傷があった。「悪鬼入其身」の凶暴なる権力の迫害もあった。
 学会は、その一切を打ち破った。私たちは自ら宿命と戦い抜きながら、一人ひとりを「必ず幸福になれる」と励まし抜いてきた。自他共の幸福を願い、世界の平和を祈り、民衆の勝利の旗を打ち立てたのだ!
 創価の師弟が唱える妙法の大音声は、全地球を包み、大宇宙までも響きわたっているに違いない。
 大聖人、日興上人が、その崇高な真実を、すべて御照覧であられる。
 おお、晴れ晴れと迎えた学会創立80周年よ!
 我らは勝ったのだ。
 師弟は勝ったのだ。
 君も、貴女も、断固として勝ったのだ。
 「私の創立80周年」を勝ち飾ったのだ!
 民衆の勝利と栄光に輝く、我ら創価の誕生日よ!

一人立つ師子たれ

 創立の
  この日は
   初代の殉教の
  不思議な定めの
    仏智なるかな

 1930年(昭和5年)の11月18日のことであった。
 この日、先師・牧口常三郎先生と恩師・戸田城聖先生の師弟の手で、教育革命の宣言書ともいうべき『創価教育学体系』第1巻が発刊された。その奥付に初めて「創価教育学会」の名前が刻印された。
 師弟の魂の結合による言論戦から、「創価」は乱世に産声をあげたのである。
 牧口先生が獄中で殉教されたのは、1944年(昭和19年)晩秋、不思議にも「創立の日」と同じ11月18日の早朝であった。
 共に牢獄にあった戸田先生は、悲憤と慟哭のなかで巌窟王の如く一人立ち上がった。師の殉教と時を同じくして、「われ地涌の菩薩なり!」と、法華経の極理を覚知し、広宣流布を誓われたのである。
 生死は不二である。先師は、愛弟子の開悟を見守りつつ、久遠の使命を託されて霊山に旅立たれたのだ。
 戸田先生は語られた。
 「牧口先生とは影の形に添う如く、生死を共にするために生まれてきた」
 戸田先生は苦労や責任はすべて自身で背負い、ただ勝利の栄冠を、師に捧げゆくのだと決めておられた。
 私もまた、青春のすべてを恩師・戸田先生に捧げた。先生のためなら、いつこの身が果てても本望なりと、師子となって戦い続けた。
 師の構想を実現する弟子がいる。これが“師弟常勝学会”に脈打つ魂である。
 たった一人でも良い。それぞれの時代に、まことの弟子が、厳然と勝利の証を打ち立てていくのだ。
 仏教研究の大家である米国のクラーク・ストランド博士は語っておられた。
 「師匠への深い感謝の念は、自分も成長し、良き先輩として後輩の育成にあたろうという思いに変わる。そうやって信心が継承されていく」と。
 私は、わが後継の皆様方に、未来の一切を託す。
 法のため、学会のため、愛する同志のため、尊き父母のため、自身のために、勝っていただきたい。
 勝利とは「勝ち続ける」ことである。「価値創造」と「人間革命」の大仏法の旗を翻しながら、我らは永遠に勝ち栄えゆくのだ。

青年の生命力で!
 不老不死の妙法を抱いた創価学会には、永遠に青年の生命が躍動し、生き生きと前進する。青年学会が、創価の生命力の証だ。
 なかんずく今、破邪顕正の男子部も、福智光る女子部も、知勇兼備の男女学生部も、かつてない対話と弘教の拡大に燃えている。
 私が師匠に仕えたのは、19歳から30歳まで──その10年余の歳月に、師弟不二の真髄を、絶対勝利の信心を相伝した。
 その私に、師は全幅の信頼を寄せてくださった。
 青年こそ希望である。若き無限の可能性を発揮しながら、学会は勝ってきた。
 若き時に勝たずして、人生をいかに謳歌できよう。胸張り誇れる人生の歴史をば、誉れの青春時代に思い切って残しゆくのだ!

創価の師弟は勝った! 偉大な民衆は勝った!
威風も堂々 広宣流布の誓願に燃えて前進


10年また10年と 
 断片的であるが、学会80年の足跡を、あらためて10年ごとに刻めば──。
 ①創立から創立10周年(1940年)まで
 2度の大戦の狭間、国家主義が世界を分断し、民衆をのみ込んでいく時代に、創価の師弟は、最も大事なのは「子どもの幸福」であり、「民衆の幸福」であると叫んだ。その幸福の実現のために、「広宣流布」「立正安国」の対話を展開していったのである。
 ②20周年(1950年)まで。
 戦争が破局に向かうなかで、創価の師弟は軍国主義と戦い抜いた。「信教の自由」を死守して、先師は獄中に殉教。仇討ちを誓った分身の恩師は、敗戦の焦土に一人立ち、日蓮仏法を現代に蘇らせ、未聞の民衆救済の戦いを起こした。私は19歳で、この師と出会い、師子と鍛え抜かれた。
 ③30周年(1960年)まで。
 第2代会長に就任された戸田先生のもと、私を中心に青年たちが突破口を開いて、75万世帯の弘教を達成。「貧乏人と病人の集まり」と悪口され、庶民を見下す権力からは迫害されながら、「宗教界の王者」として難攻不落の創価城の基礎を構築した。師弟不二の実践に創価の「絶対勝利の信心」の真髄がある。また恩師は「地球民族主義」「原水爆禁止宣言」を発表し、平和建設へ、学会の人類的使命の方向を示した。
 ④40周年(1970年)まで。
 32歳で第3代会長に就任した私は、恩師の構想を次々に具体化した。国内にあっては750万世帯へと拡大。さらに御遺命の「世界広宣流布」即「世界平和」の実現へ、自ら各国を回り、一人また一人へと妙法の種を蒔いていった。そのなかで創価学園を開校し、民音や公明党なども創立。アジアと世界の安定のため、日中国交正常化提言なども行った。
 ⑤50周年(1980年)まで。
 トインビー博士をはじめ世界の識者との対話に取り組むとともに、東西冷戦の壁を超えて中国・ソ連などを歴訪し、文明間の対話を推進。また創価大学の開学など、創価教育の学舎を充実。仏法を基調とした平和・文化・教育の運動を本格的に展開した。そのなかでSGI(創価学会インタナショナル)が発足、草の根の民衆のネットワークを世界に広げていった。
 ⑥60周年(1990年)まで。
 創価の師弟の魂を燃え上がらせ、正義の反転攻勢を開始した。邪悪な謀略を断固と打ち破り、「一人立つ」「一人を励ます」という学会の根本精神を同志の心に打ち込んでいった。
 私自身の60歳までの指標であった「日本の広布の基盤完成」を完全に果たしたのである。
 ⑦70周年(2000年)まで。
 「人間のために宗教があるのか」「宗教のために人間があるのか」──学会は、この人類史的な大テーマに挑み、世界宗教として大きく飛翔した。人間尊敬と生命尊厳の日蓮仏法の精神を高く掲げ、私は冷戦後の世界を駆け巡った。相前後して旧ソ連のゴルバチョフ大統領、南アフリカのマンデラ大統領、統一ドイツのワイツゼッカー大統領らと対話を重ね、仏法の人間主義と世界の良心の思潮が、深く強く共鳴していった。
 ⑧80周年(2010年)まで。
 我らの平和と人道の連帯は192カ国・地域へ、地球的規模に拡大。仏法の人間主義は世界精神へと高まり、「地涌の義」そのままに、世界中に妙法流布を担い立つ平和創造の人材が躍動し、それを垣根なく世界の良識が期待する時代となった。真の人間世紀へ、「世界広布の基盤」は完璧に出来上がった。
 今、私は胸を張り、恩師にご報告できる。
 「わが創価の後継の陣列は、美事な完勝で飾りました!」──弟子として勝利の報告以上の喜びはない。
 創立100周年には、今の男女青年部が堂々たる学会の柱と育っている。地域の柱であり、社会の柱であり、世界の希望の柱なのだ!
 「平和の世紀」は、対話の英雄が創る!
 「人間の世紀」は、人間主義の人材が輝かせる!
 「生命の世紀」は、生命尊重の賢者が開く!
 地球を舞台に、若き弟子たちよ、君たちが指導者となって自由自在に乱舞しゆくのだ! 人と人を繋ぎ、人類を結ぶのだ!

総本部は質実剛健
 創立80周年の11月18日付の聖教新聞に、世界広宣流布の新たな本陣となる「総本部」の基本構想と外観イメージが発表された。
 早速、多くの歓びと決意の声を頂戴した。嬉しい。
 全部、わが同志のためであり、広布の未来のためである。学会員が誇りをもって、安心して信心に励めるように、万般に盤石な土台を築いておきたいのだ。
 学会本部は、三類の強敵をはじめ、ありとあらゆる魔軍と戦いながら、正義の広宣流布を遂行する「戦う本陣」である。
 ゆえに、本部は実質第一でいけ! どこまでも質実剛健でいけ! これが恩師の厳命であられた。
 寄せられた声の中には「正面は、あのGHQ(連合国軍総司令部)のビルを彷彿させますね」という感想もあった。
 私には、戸田先生との忘れ得ぬ思い出が蘇った。
 GHQのビルといえば、約60年前、皇居のお堀端を戸田先生と一緒に歩いていた時、急に雨が降ってきたことがあった。傘はない。タクシーも来ない。先生の事業が、苦境のどん底の時であった。
 「二人で雨に濡れていこう」と歩き始めると、先生は「あそこにマッカーサーがいるんだ」と指さされた。その先にGHQ本部が入っている第一生命館が、そびえ立っていた。
 当時、学会には、車もない。まして大きな建物などなかった。だが、私は申し上げた。
 「私が働いて、働いて、いい車を用意します。必ず立派なビルを幾つも建ててみせます! 先生、ご安心ください」
 今、全国各地にも、新たな会館が続々と誕生している。戸田先生が「全部、大作の言った通りになったな!」と喜んでくださっていると、私は確信する。
 「偉大な建築は、人間の偉大さの、最も偉大な立証である」と、アメリカの近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトは語った。
 創価の建築は、まさしく師弟の金城であり、鉄壁の結合の象徴といってよい。
 あの15年前(1995年)の阪神・淡路大震災の折、関西各地の会館は、微動だにしなかった。厳然とそびえ立ち、被災された方々の避難所となったことは、ご存じの通りだ。
 私の心を心として、安全第一の堅固な会館を建設してくださっている関係の方々に、私はいつも感謝している。
 アメリカの詩人ロングフェローは歌った。
 「建ててゆけ汝の城を高く美しく造れ」
 わが友が、家庭でも、職場でも、地域でも、汝自身の堂々たる勝利の城を創り上げていかれることを、私も妻も祈る日々である。

創立100周年へ出発
 ロマン・ロランは、名作『獅子座の流星群』の最後に、希望の言葉を掲げた。
 「我々は大きな旅を始めるのだ」
 創立80周年は到達点ではない。新たな民衆凱歌の旅への出発点である。
 さあ、わが友よ! 共戦の同志よ! 今日から始めよう。永遠なる創価の師弟の旅を! 人間革命の勝利と栄光の旅を!
 今再び、広宣流布の誓願を燃やして出発だ! 
 希望に輝く、「創価青年学会」の創立100周年の連峰に向かって!

 いざや立て
  いざや征かなむ
   共々に
  勝利の人生
   断じて勝ちとれ

 ライトの言葉はカウフマン編『ライトの建築論』谷川正己・谷川睦子訳(彰国社)。ロングフェローは『ロングフェロウ詩集』生田春月訳(越山堂)。ロランは『獅子座の流星群』片山敏彦訳(岩波書店)。
2010-11-28 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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