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御書と青年 8/9 御書根本の常勝

池田名誉会長が語る青春勝利の指針
御書と青年 8/9 御書根本の常勝
       (2010.5.26/30付 聖教新聞)

確信の講義が「大阪の戦い」の原動力に
不屈の関西魂を燃やせ


創価の師弟が大聖人の御遺命を実現
大難を越えて全世界に妙法流布


熊谷関西青年部長 このたびは、中国最高峰の名門・清華大学から「名誉教授」称号のご受章、誠におめでとうございます!
 平和友好の壮大なご貢献を讃嘆する歴史的な授与式に、関西青年部の代表も参加させていただきました。本当にありがとうございました!
池田名誉会長 ありがとう! わが創価の青年の意気軒高のスクラムを、清華大学の顧秉林学長はじめ先生方も、感嘆されておりました。
 すべて、戸田先生に捧げゆく栄誉です。私が今日あるのは、一切、「戸田大学」の薫陶のおかげだからです。
 戸田先生から私は、万般の学問と最高の人間学を学ばせていただいた。根本の哲学と究極の社会貢献の道を教えていただいた。
 こんなにありがたい師匠はおりません。私は、先生から教わった一切を、君たちに伝えたい。
川島関西女子部長 私たち関西女子部は昨年から、「御書で勝て! 関西池田華陽会」を合言葉に、先生の講義を学び、実践しています。この「行学の二道」の息吹の中から、新しい人材が陸続と育っています。
 関西は断じて勝利します!
名誉会長 関西はいいね! 何よりも、元気だ。
 関西は私の手づくりです。青春の大舞台です。関西と聞けば懐かしい。心が躍る。胸が熱くなります。
 常勝関西こそ、創価学会の心臓部であり、柱です。関西は、いかなる大難も私と共に乗り越え、勝ち越えてきた「師弟不二の錦州城」です。
古屋関西男子部長 はい! 先生が死身弘法で築き上げてくださった大関西を、私たちが断固として受け継いでまいります。
 関西男子部の一般講義も、関西約170会場で1万数千人の精鋭が参加する大行事になりました。また、部長、本部長などを対象に、人材グループとして「常勝教学大学校」を結成し、池田先生の教学著作を学んでいます。
熊谷 男女学生部も「教学大学校」などで仏法即社会の哲理を研さんしています。
 先生が教えてくださった最強無上の「法華経の兵法」で、関西青年部は、勝って、勝って、勝ちまくります!

わが力を千倍万倍に
名誉会長 昭和31年(1956年)も、関西の友は私と一緒に御書を拝し、御書のままに戦った。そして御書の通りに勝った。
 御書は、希望の源泉です。
 御書は、歓喜の音律です。
 御書は、勇気の宝剣です。
 御書は、正義の旗印です。
 御書は、平和の光源です。
 御書は、師弟が永遠に常勝しゆくための経典なのです。
 日蓮大聖人は、「信力の故に受け念力の故に持つ」(御書1136㌻)との天台大師の一文を引いておられる。正法正義を受持することこそが、人間として最極の信念なのです。
 民衆が正しき生命哲学を学べば、恐れるものはない。青年が立正安国の信念に立てば、無敵です。
 御書を心肝に染め、絶対の大確信に立って前進する民衆のスクラムは、誰も止めることはできない。
川島 錦宝会(多宝会)の先輩方から、先生の烈々たる御書講義の波動で、関西本部が軍艦のように揺れたとうかがっています。先生は、御書根本の闘争を、全関西に植え付けてくださいました。
名誉会長 戸田先生は、よく言われました。
 「御書には、一切の肝要が完璧に記されている。妙法という最高の価値観に立てば、何ごとであれ、どう進めばよいかがわかるのだ」と。
 御書の一文字一文字には、御本仏の燃え上がるような民衆救済の大情熱が脈打っています。
 御聖訓には、苦悩の底にある人々を蘇生させ、幸福へと立ち上がらせる大慈悲と大哲理が光り輝いている。
 御書には、人生と広宣流布の勝利への「方程式」が記されている。妙法の「将軍学」が厳然と留められている。
 「正義によって立て! 汝の力、二倍せん」とは、先哲の箴言である。
 御書を根本とすることは、人間として最も強く、最も深く、最も尊い正義の中の正義によって立つことです。
 汝自身の力を百倍にも、千倍、万倍にもすることができる。全人類の幸福と未来を開く広宣流布の闘争に勝利していくことができるのです。
 大聖人は法華経を身読なされました。
 その大聖人に直結して、御書を身で読まれたのが牧口先生であり、戸田先生です。これが創価の師弟の誉れです。

「不可能」を「可能」に
古屋 牧口先生は、妙法流布のゆえに、国家権力の弾圧を受け、投獄されました。獄中で、「立正安国の旗」を掲げて最後まで戦い抜かれ、殉教されました。
名誉会長 「開目抄」には「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(同232㌻)との大聖人の烈々たる叫びが記されています。牧口先生は、この御書の一節に赤の傍線を引いておられた。
 まさに、大聖人の仰せのままに、身命をなげうって広宣流布に生き抜かれたのです。そして戸田先生は、この牧口先生に、最大の感謝の心でお供し、2年間の獄中闘争を戦い抜かれました。
熊谷 池田先生は、関西で法難を一身に受け切られ、戸田先生を守り通されました。あらゆる三類の強敵を打ち破って、今日の世界広宣流布の基盤を築いてくださいました。私たちは、いかに感謝しても、感謝しきれません。
名誉会長 「撰時抄」では、「法華経の大白法の日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか」(同265㌻)と、末法における世界広布が断言されています。創価学会は、大聖人の仏法を世界192カ国・地域に流布し、この未来記を現実のものとしました。
 御聖訓に違わず、三障四魔に打ち勝って、世界広布を進めている仏意仏勅の団体は、創価学会しかありません。
 だから、功徳も大きい。
古屋 不可能を可能とした「大阪の戦い」は、まさしく「御書の偉大さ」「妙法の大功力」を現実社会に示しゆく戦いでした。
名誉会長 戸田先生は宣言されました。
 「妙法を持って努力してゆけば、必ず人間革命できる。広宣流布はできる。御書には、そのことが記されているのだ。あとは決意と実践だ」
 このことを、「大阪の戦い」に参加した同志が、一人一人、証明してくれました。

広布の母は人類の宝
名誉会長 「大阪の戦い」の時、みんなは、まだ生まれていないね(笑い)。家族の中で参加された方はいるかな?
川島 私の祖母は昭和30年に京都で入会し、「大阪の戦い」にも参加しました。一緒に入会した母は小学生でしたが、大闘争の熱気はよく覚えているといいます。
 じつは母は、入会前、耳が不自由だったんです。しかし、家族で学会活動に走り抜くなかで、耳がよく聞こえるようになりました。祖母も結核を克服するなど、大きな大きな功徳をいただきました。
 祖母と母は、私が小さいころから、先生と一緒に戦える喜びを私に語ってくれました。二人とも、今も元気に活動しています。
名誉会長 うれしいね。本当に立派なおばあちゃんであり、おかあさんです。
 大聖人は、けなげな女性の門下を讃え、こう仰せです。
 「日蓮よりも強盛の御志どもありと聞へ候は偏に只事にあらず、教主釈尊の各の御心に入り替らせ給うかと思へば感涙押え難し」(御書1126㌻)
 関西をはじめ、日本全国、そして世界中に、大聖人から讃嘆される偉大な「広布の母」たちがおられる。
 この方々こそ、学会の宝です。いな、人類の宝です。
古屋 私の祖父母も母も、草創の大阪支部の一員です。
 「先生のお役に立つ人材になりなさい」が口癖で、私を関西創価学園、創価大学に送り出してくれました。
 関西には、いずこにあっても、池田先生との原点を胸に、素晴らしい宿命転換の実証を示された先輩方がおられます。私たち青年を励ましてくださっています。
名誉会長 苦楽を共にしてきた関西の同志との絆は、三世永遠です。
 御書には、弟子の功労を「いつの世にか思い忘るべき」(1193㌻)と仰せです。
 関西が、どれほどの思いで「常勝の城」を築き、守ってくれたか。共に戦ってくれた全同志に、私と妻は毎日毎日、題目を送り続けています。

わが栄光の劇を!
熊谷 「大阪の戦い」に参加した先輩は、一様に「あの時は大変だったけど、本当に楽しかった」と言われます。「なんだか矛盾するような気もしますが、どういうことなんでしょうか」と、ヤング男子部の友が語っていました。
名誉会長 本来、「苦」と「楽」は一体なのです。
 真の「楽しさ」とは何か。それは「生命の充実」です。その充実とは、苦難と戦う中にこそある。
 労苦を厭わず、必死に祈って、壁を破る。勝利する。だから喜びも大きい。本当に楽しいのです。
 自分だけの小さな悩みで一喜一憂する青春では、あまりにも侘しい。
 広宣流布は、人類の幸福を勝ち取る大闘争です。ゆえに楽な戦いではない。しかし、「始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(同788㌻)と仰せです。
 大仏法を実践し、自他共の幸福のために尽くしゆく喜びに勝るものはない。これ以上の充実はありません。
古屋 昭和31年1月5日、「大阪の戦い」の出発の地区部長会の折、先生は、緊張して固くなっている皆の様子をご覧になって、歌を歌い、舞うことを提案されました。参加された方々も、びっくりしたそうですね。
名誉会長 そうだった。皆、即興で自由奔放というか(笑い)、一生懸命、踊りを披露してくれた。おかげで雰囲気が一気に明るく弾けた(爆笑)。
 御書には「迦葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立ってをどりぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどりてこそいで給いしか」(同1300㌻)と仰せです。
 学会歌の指揮も、この御書に則った在り方なのです。
 私は、大阪中、関西中の大地から、新たな地涌の菩薩を続々と誕生させてみせるとの一念で指揮を執りました。
 同じ戦うならば、地涌の菩薩としての誇りを胸に、悠然と舞うように戦うことです。創価という最極の青春の晴れ舞台で、栄光の劇を演じ切っていくのです。
 「一生成仏抄」には、「皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり」(同383㌻)とあります。
 広布の活動は、最後は全部、自分の福運となって返ってくる。必ず宿命転換ができる。これほど楽しく、これほど価値のある行動はない。
 とともに、笑いがあり、喜びがあり、感激の涙があるところに人は集まってくる。こういう機微が大事なのです。
 「戦いというのは、最後は『本当に楽しかった』と言えるまでやらなければいけない。そうでなければ、本当の戦いとはいえない」
 これも、恩師の指導です。

御聖訓 法華経の兵法をもちひ給うべし
御書は永遠の勝利の源泉
強き祈り 一念から無限の智慧が


目の前の一人に勇気を贈り、立ち上がらせる。そのための教学です

億劫の辛労を尽くし
川島 関西本部での早朝講義は、毎朝8時から行われたとうかがいました。参加者は大阪はもとより、関西各県から集われたといいます。
名誉会長 始発に乗って勇んで集ってくださった方もいた。皆、真剣だった。私も真剣勝負でした。だから「心」が一致し、無量の「力」が生まれたのです。
 いまだ信心をして日が浅い同志に、どうすれば、信心の偉大な功力を伝えられるか。億劫の辛労を尽くす思いで毎回の講義に臨みました。講義が終わると、皆、師子奮迅の力で飛び出していきました。
 朝の講義だけではない。あらゆる会合や個人指導で、御書を通して激励をしました。
 戦いのスタートにあたって、まず拝したのは、「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同1132㌻)との一節です。
 世間の常識から見れば不可能な戦いだったかもしれない。しかし「不可能を可能」にできるのが信心です。強盛な祈りです。題目です。皆の心に、その大確信を燃え上がらせたかったのです。
 「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(同1192㌻)
 これが大阪の大闘争において、私が一貫して訴え、そして自ら示したことです。
古屋 先生は御書を通し、「時に応じた指導」を自在にしてくださったと、先輩方は回想されています。
 メンバーの呼吸が合っていないと感じられた時には、「異体同心なれば万事を成し同体異心なれば諸事叶う事なし」(同1463㌻)の一節を拝して、団結を訴えられました。
 地域の中心者の一念が弱いと見抜かれた時には、「軍には大将軍を魂とす大将軍をく(臆)しぬれば歩兵臆病なり」(同1219㌻)の御金言を通して、リーダーを鼓舞していかれました。
名誉会長 学会の教学は「実践の教学」です。目の前の一人に、勇気を贈る。目下の課題を打開する智慧を湧き起こす。そして、仏の生命力を涌現させて、共に大勝利への道を開いていく。そのための御書であり、教学です。
 何としても、皆を奮い立たせ、勝たせたい。この強き一念で御書を拝し、率先して祈り、行動していく中で、「随縁真如の智」が滾々と湧き出てくるのです。
熊谷 先生は、それこそ大阪の全会員と会われたのではないかというくらい多くの方に、個人指導をされました。また夜中には手紙やハガキを書かれて、同志や拠点に送られています。
名誉会長 私は、できることは何でもやりました。
 戸田先生に断じて勝利のご報告をしたい。喜んでいただきたい。その一心で大阪中を駆けめぐった。
 師弟を根本に、御書を根幹に一人一人を励まし抜いた。だからこそ、勝利できた。それゆえに今の関西がある。
 若き君たちが、この道に続いてくれるかぎり、常勝関西の大発展は永遠です。
川島 以前、池田先生に私は、「どうすれば新入会の友に、師弟の精神を伝えることができるでしょうか」と質問させていただく機会がありました。
 その時、先生は「難しく考えることはないよ」と言われながら、「日ごろの触れ合いのなかで、一歩一歩、信心を教えていけばいい。先輩として、親しい友人として、ふつうに、ありのままに接していけばいいのです」と温かく語ってくださいました。
 「大切なのは、友の心を知り、時と場合に応じて語っていく、人間哲学者の直観の智慧である」とも教えてくださいました。私の原点となりました。
名誉会長 そうだったね。無理したり、背伸びをしたりする必要はないんだよ。
 大聖人の仏法では、成仏といっても特別な存在になるのではない。最も人間味あふれる人格が、仏の生命です。
 「九界即仏界」であり、「仏界即九界」です。信心したからといって、悩みや苦しみがなくなるわけではない。
 しかし、真剣に妙法を唱え、法のため、人のため、社会のために行動するなかで、「本有無作」のありのままの凡夫の身に、偉大な仏の境涯を現していける。久遠元初のわが生命を旭日のように光り輝かせていけるのです。
 「御義口伝」には、「久遠とははたらかさず・つくろわず・もとの儘と云う義なり」(御書759㌻)と説かれています。
 気取りや見栄など、いらない。人と比べて、自分を卑下してもいけません。
 最高に明るく伸び伸びと、自分らしさを発揮して、社会に貢献できるのが、正しき「自体顕照」の信仰です。
 ともあれ、女子部は一人も残らず、これ以上ないという幸せを勝ち取ってもらいたい。そのために教学がある。
 戸田先生は「女子部は教学で立て」と言われた。生命尊厳の哲理、平和と幸福の哲学に生きゆく青春ほど、気高く尊いものはありません。
 もちろん、男子部は手を抜いてもいいというわけではないよ(笑い)。男子部も「剣豪の修行」の如き錬磨を重ね、「実践の教学」で前進してもらいたい。
熊谷 はい! ヤング男子部も、学生部も、先生が教えてくださった「立正安国」の哲学を真剣に学び、社会をよりよい方向へ変革していこうと、若い世代に連帯を広げています。

共生の文明を創造
名誉会長 かつて戸田先生は東北のラジオ局のインタビューで、「創価学会に青年が多いのはなぜか」と質問されました。先生の回答は明快でした。「それは哲学が深いからである」と。
古屋 「哲学不在」の時代を開く学会の前進に、世界の識者も大きな期待を寄せてくださっています。5年前の春、池田先生に「名誉博士号」を授与されたパラグアイの国立イタプア大学のゴンサレス総長は語られました。
 「SGI(創価学会インタナショナル)の哲学は『世界の指針』といえます。より良い世界への変革は、池田博士の卓越した指導のもとに推進される『人間革命』によってのみ、実現可能です」と。
名誉会長 ゴンサレス総長は忘れ得ぬ信念の大教育者です。南米のパラグアイでも、わが同志は社会貢献に尊い汗を流しています。
 この大哲学の基盤こそ、御書です。御書は、人類の未来を開く智慧の宝庫です。戦争や暴力、差別や環境破壊といった、世界が直面する課題も突き詰めれば、人間自身、そして生命の問題に帰着する。
 大聖人の仏法は、その根本に光を当て、真の平和と共生の文明を創造しゆく英知を明かしているのです。
 「立正安国論」には、「若し先ず国土を安んじて現当(=現在と未来)を祈らんと欲せば速に情慮を回らしいそいで対治を加えよ」(御書31㌻)と仰せです。
 君たち青年には、この大哲学で社会を照らし、全世界を照らしていく重大な使命がある。権利がある。責任がある。大難を勝ち越えよ
古屋 立正安国といえば、関西の同志が命に刻みつけている歴史が、昭和32年(1957年)の7月3日、池田先生が事実無根の冤罪によって不当に逮捕された「大阪事件」です。
 「小失なくとも大難に度度値う人をこそ滅後の法華経の行者とはしり候はめ」(同297㌻)と御聖訓に仰せの通りの法難です。先生は敢然と戦われ、無罪判決を完璧に勝ち取られました。
名誉会長 学会が、なぜ御書根本で進むのか。それは、教学の利剣がなければ、難に打ち勝てないからです。
 戦時中の弾圧で、牧口先生、戸田先生以外の最高幹部は、ことごとく退転した。組織は壊滅状態になりました。教学がなかったからです。
 信心をすれば功徳がある。幸せになる。そう言われて信心を始めたのに、大変な目にあった。それで疑いを起こして退転してしまった。お世話になった牧口先生に悪口を言う恩知らずもいた。
 しかし、大聖人は御書で厳然と仰せです。
 「此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競はずは正法と知るべからず」(同1087㌻)
 「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(同1448㌻)
 正法を行ずれば、必ず大難がある。正しいがゆえに圧迫される。それを勝ち切ってこそ、永遠に崩れざる成仏の幸福境涯を築くことができる。
 大聖人は御書の中で、このことを繰り返し、教えてくださっています。
 戸田先生は、戦後、徹して教学に力を注がれた。御書全集の発刊も、先生の深き一念が結実したものといえます。
熊谷 大聖人は、青年門下の南条時光にも「難を乗り越える信心」を訴えられました。
 「自身が大事と思っている人たちが信心を制止し、また大きな難がくるであろう。その時、まさに諸天の守護が叶うに違いない、と確信して、いよいよ強盛に信心に励むべきである」「くれぐれも人の制止があったならば、心に嬉しく思いなさい」(同1512㌻、通解)と。
名誉会長 若き時光も、不当に多くの課税を強いられるなど、さまざまな迫害や中傷を受けました。その矢面に立って同志を守ったのです。
 大聖人は時光が青年だからこそ、甘やかされなかった。若き魂に「師子王の心」を打ち込まれた。
 「師子王の心」で戦えば、必ず一切に勝てることを示されました。
 学会は、この勝利の経典の真髄を行じているのです。
古屋 この御書を軽視し、違背したのが、邪宗門です。
 それは「御書」の収集や書写、なかんずく、御消息を含めた御書の講義に力を注がれた日興上人の御心を踏みにじる悪行であり、五老僧と同じです。
名誉会長 「日興遺誡置文」には「当門流に於ては御書を心肝に染め」(御書1618㌻)と仰せです。
 また「五人所破抄」には、「大聖人の御書も、広宣流布の時には、また仮名交じり文を外国語に翻訳して、広く世界に伝えるべきである」(同1613㌻、趣意)とも示されている。
 創価学会は、日興上人の御精神の通りに、御書を世界の諸言語に翻訳し、全世界に流布してきました。
 いまやアジアの各国でも、北中南米でも、欧州でも、アフリカでも、オセアニアでも、多くの同志が喜々として御書を拝し、行動している。これほど、すごい仏教研さんの運動はありません。
 ここにも、学会こそが大聖人・日興上人に直結した、仏意仏勅の広宣流布の団体である証しがあります。

激闘の中で学べ
熊谷 平成3年11月、邪宗門が学会に滑稽千万な「破門通告」なるものを送りつけてきた時も、御書の引用は全く一つもありませんでした。
 要するに衣の権威で、学会を服従させようとしただけでした。その邪義を、学会は御書を根本にして、ことごとく打ち破りました。
名誉会長 戸田先生は師子吼なされた。
 「創価学会の一つの誇りとするところは、世界最高の教学をもっていることだ」と。
 ともかく、一節でも、一文でもいい。御書を心肝に染め、実践していくことです。
 よく戸田先生は言われた。「仏法はあまりにも深いのだから、『ああ、そうですか』と簡単にわかるものではない(笑い)。そして、わかってから実践するよりも、最初に信じて実践して、後でわかったほうが得じゃないか」と。
川島 池田先生の若き日の日記には、御金言がたくさん書き込まれています。
 21歳の時の日記には、「御義口伝」の「妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり」(同750㌻)の一節とともに、「雄々しく進め。大胆に進め。若いのだ。若いのだ。常に、伸びるのだ。飛躍を忘れてはいけない」との決意が記されていることに感動しました。
名誉会長 どんなに忙しくても、いな忙しいからこそ、御書を声に出して拝読しました。大聖人は、社会から離れた安穏とした環境で、御書を執筆されたのではない。命にも及ぶ大難の中で、御書を認められたのです。
 ゆえに私は、渾身の激闘の中でこそ、御書を自身の血肉にできると定め、要文を書き留めました。
 諸君も、壁に突き当たった時こそ、御書を拝し、勇気を奮い起こすことです。
 「妙と申す事は開と云う事なり」(同943㌻)と仰せです。御書を開けば、わが生命から偉大な勝利の智慧を開くことができる。

「最前線」が大事
熊谷 「大阪の戦い」の時も、池田先生は、当時の大阪のあらゆる地区に、御書を通して激励を贈ってくださいました。
名誉会長 一番大事なのは、最前線の「地区」であり、「支部」です。御聖訓には、「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ」(同1467㌻)と仰せです。
 日蓮大聖人から、直接、それぞれの地域の広宣流布を託されているのが、創価学会の支部長、支部婦人部長であり、地区部長、地区婦人部長です。
 そして、若き部長、地区リーダーの皆さん方です。どれほど深い宿縁であり、どれほど大きな福運であるか。
川島 昭和32年の7月17日、池田先生が冤罪による投獄から出獄された時、大阪拘置所の前には、関西の地区婦人部長(当時は地区担当員)をはじめ、多くの女性リーダーも集われたとうかがっています。
 そして「負けたらあかん」と、総決起されたのです。
名誉会長 御聖訓には、佐渡流罪の法難の渦中に、師のもとへ駆け付けた乙御前の母を讃えられ、「あなたの信心が、どれほど素晴らしいか──その素晴らしさが現れるために、私は佐渡に流されたのでしょう」(同1222㌻、趣意)とまで、仰せになられています。
 学会が一番大変な時に、一心不乱に祈り、戦ってくれたのが、関西の婦人部です。日本中、世界中の創価の母たちです。
川島 池田華陽会も、その心を受け継いでまいります。
 池田先生のもと、関西の先輩方が歩み抜いてきた御書根本の常勝の道を、まっしぐらに前進してまいります。
名誉会長 入信直後に、戸田先生から直接教えていただいた御文は、私の原点となっています。
 「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり」(同790㌻)
 戸田先生は「学会の闘士は、この御文を生命に刻むのだ。絶対に忘れるな」と断言されました。
 「大阪の戦い」の時も、常に私の胸奥から離れなかった御文です。
 「一念に億劫の辛労」とは、一次元からいえば、自分が一切の責任を持つ「一人立つ信心」から始まる。
 勝利といっても、簡単に得られるものではありません。だれよりも真剣に祈り、真剣に思索し、真剣に行動し抜いた果てに、絶対に負けない大生命力と智慧が、わが胸中に泉の如く湧き上がる。
 私は、一日が一週間にも、一カ月が一年にも匹敵する歴史を、という決心でした。
 「法華初心成仏抄」には、「口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ」(同557㌻)と仰せです。
 私たちの強き一念によって、一切の環境を必ず広宣流布の力へと揺り動かしていけるのです。
 私も大阪中を回りながら、全関西のあらゆる人々が、一人でも多く広宣流布の味方となることを、祈りに祈り抜きました。
 御書には「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」(同1242㌻)との法華経の文も記されている。
熊谷 先生の祈りに、関西の同志も心を合わせて戦いました。当時の先輩方は、仏法対話をやりきって家に帰ると、今度は、会った人の顔を思い浮かべて、一人一人を信心に“糊付け”するような思いで題目をあげた(笑い)と、語っておられました。

今が「まことの時」
名誉会長 関西の友と一緒に拝した「乙御前御消息」の一節には「いよいよ強盛の御志あるべし」「同じ法華経にては・をはすれども志をかさぬれば・他人よりも色まさり利生もあるべきなり」(同1221㌻)とあります。
 「志をかさねる」──。戦いは粘りです。執念です。思うようにいかない時もある。しかし、少々のことで、へこたれない。勝つまで何度でも、粘り強く、辛抱強く、忍耐強く戦い続ける。
 「関西魂」とは究極の「負けじ魂」です。この不撓不屈の信力・行力に、仏天も応えて動くのです。厳たる仏力・法力の加護があるのです。
 また、御聖訓には「此の娑婆世界は耳根得道の国なり」「是を耳に触るる一切衆生は功徳を得る衆生なり」(同415㌻)と仰せです。
 勇気をもって正義を語りきることです。「声の力」が人々の心を変える。功徳の華を広げる。国土も大きく変革していくことができるのです。
 世界広布の未来は、現在の青年部の君たちで決まる。今が「まことの時」です。
 人生も勝負、青春も勝負です。その一切の勝負に勝ち抜くために、仏法はある。
 大聖人は、大事な戦いに臨む門下に仰せられた。
 「但偏に思い切るべし」「此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり」(同1451㌻)
 正義は勝たねばならない。いな勝ってこそ正義である。
 御書を根本とした師弟の大闘争こそ「今生人界の思出」であり、三世の栄光です。
 断固と勝ちまくって、永遠に輝きわたる青春常勝の金字塔を、威風も堂々と残してもらいたい。関西、頼むよ!
2010-06-01 : 御書と青年 :
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