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御書と青年 6/7 立正安国の旗

池田名誉会長が語る青春勝利の指針
御書と青年 6/7 立正安国の旗     (2010.4.29/30付 聖教新聞)

君よ 新時代の建設者と立て!
生命の尊厳が輝く地球へ
正しき哲学こそ平和の基盤


棚野男子部長 池田先生、輝きわたる「5月3日」、誠におめでとうございます。
 第3代会長にご就任されて50年、先生が指揮を執ってくださった創価学会の大発展は「奇跡の中の奇跡」です。
 高名な識者も、「釈尊の一代の説法は、50年と言われています。その50年を現実に超え、世界192カ国・地域に仏法を広められた池田先生の功績は、類を見ない人類貢献の歴史です」と驚嘆されていました。
 私たち青年部は喜びと誇りに燃えて、前進しています。
池田名誉会長 ありがとう! 青年が立ち上がる以上にうれしいことはない。これからの50年を託すのは、君たちです。
 君たちは不思議にも、今この時、21世紀の広宣流布を成し遂げゆくために、願って躍り出た地涌の勇者です。仏法の眼から見れば、君たちが自ら立てた誓願なのです。使命のない人は一人もいない。
熊沢女子部長 女子部も、史上最高の「華陽のスクラム」を朗らかに拡大しています。新たに結成された池田華陽会の第3期のメンバーも、はつらつと元気いっぱいです。
名誉会長 広布の若き太陽の皆さんの活躍を、全国、全世界の父母たちも、どれほど喜んでいることか。
 何の遠慮もいりません。思う存分、歴史を残しなさい。創価の未来を頼むよ!
棚野 はい。池田先生が32歳で会長に就任されたのは、昭和35年(1960年)です。
 この年は、日蓮大聖人が、鎌倉幕府の最高権力者である北条時頼に「立正安国論」を提出された文応元年(1260年)から、ちょうど700年に当たっていました。
 そして今年、「青年の月」7月には、満750年の佳節を迎えます。青年部は、必ず大勝利で飾ってまいります。
 そこで今回は、「立正安国」の精神について、おうかがいしたいと思います。

21世紀における立正安国とは?
名誉会長 「立正安国」は、日蓮仏法の根幹です。「大聖人の御一代の弘法は、立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」とも言われます。
 この「立正安国」の実践を忘れたら、日蓮仏法は存在しないといっても過言ではありません。
棚野 先日、学生部のメンバーから質問を受けました。
 「『立正安国論』が書かれたのは13世紀の鎌倉時代です。21世紀の現代で、立正安国とは、具体的にはどういうことなのでしょうか」と。
名誉会長 難しいことを聞くね(笑い)。だけど、学生部は真剣だ。簡潔であって、核心を突いた質問です。
 私は、ますます「立正安国」が必要な時代に入ったと思う。人類が待望してやまぬ世界平和のために、立正安国の思想が不可欠なのです。
 世界の各地で、大きな自然災害も続いている。経済の不況が長引き、人々の心も動揺している。だからこそ、揺るがぬ「精神の柱」「哲学の柱」が求められています。
 「立正」とは「正を立てる」。すなわち「正義の旗」を打ち立てることです。真実の生命尊厳の思想を根幹としていくことです。
 ゆえに正しい思想、正しい信念を持った君たち青年が、現実の社会の真っ只中で勇気をもって立ち上がること、それ自体が「立正」なのです。
熊沢 はい。私たちの日々の広布の行動が「立正安国」に直結しているということですね。
 海外の女子部から、安国の「国」は日本だけを指すのか、との疑問を聞きました。
名誉会長 立正安国の「国」について、日寛上人の文段には「意は閻浮及び未来に通ずべし」と説かれています。安国の「国」とは、広々と「全世界」そして「永続する未来」へ開かれているのです。
 そもそも「国」といっても、時代とともに、機構や体制なども変化を続けています。
 「立正安国」とは、もっと普遍的な地球文明の次元へと広がっていく理念です。
熊沢 単に鎌倉幕府のための立正安国ではない、ということですね。
名誉会長 その通りです。安国の本義は、国家体制の安泰ではありません。あくまでも、民衆自身の幸福、万人の国土の安穏を意味します。「民衆のための立正安国」「人間のための立正安国」「青年のための立正安国」なのです。
 大聖人が「立正安国論」に認められている「国」には、「囗(くにがまえ)」に「民」を入れた「囻」の文字が多いことは、よく知られています。国は「民が生きる場」と想定されているのです。
棚野 先生と、中国の国学大師・饒宗頤博士との対談でも、論じ合われましたね。
 「囗」に「王(玉)」を入れた「国」の字は、もともと「王の領地」を表します。それに対し、「立正安国論」に「囻」の字が用いられていることに、饒博士も感嘆されていました。
名誉会長 大事なのは民衆です。民衆が根本です。民衆が平和で安穏に暮らせる社会をつくらなければならない。
 そのためにこそ、「生命尊厳」「人間尊敬」の思想を厳然と確立することです。
 一人一人の生命は限りなく尊極である。「生命軽視」「人間蔑視」の風潮を断じてはびこらせない。
 どこまでも「一人を大切にする社会」「万人の幸福を実現する社会」を築く。それが21世紀の立正安国の実践です。

根本は一対一の対話です。
「人間革命の連帯」を幾重にも広げていくことです。


仏と魔の戦い
熊沢 80年前、創価学会が創立されたのは、二つの世界大戦の合間でした。
 そして50年前、池田先生が会長に就任された時は、厳しい冷戦の渦中でした。
 その中で、生命の尊厳を師子吼され、平和への対話の潮流を広げてくださいました。
名誉会長 御聖訓には「此の世界は第六天の魔王の所領なり」(御書1081㌻)と喝破されています。
 人間を不幸にし、社会を混乱させる魔性の働きが渦巻いているのが現実の世界です。
 妙法を根本に、その魔性を打ち破って、幸福にして平和な楽土を築きゆく闘争が「立正安国」といってよい。
 ゆえに、仏と魔の戦いなのです。その戦場は、人間の「生命」であり「心」です。そこにすべて起因する。だから、「立正安国」は一対一の対話から始めるのです。
熊沢 対話を通した、一人一人の心の変革ですね。
名誉会長 そうです。「立正安国論」も、主人と客の対話で展開されていきます。
 「立正安国論」には仰せです。改めて拝しておきたい。
 「あなたは一刻も早く、誤った信仰の寸心を改めて、速やかに実乗(法華経)の一善に帰依しなさい。
 そうすれば、すなわち、この三界は皆、仏国である。仏国であるならば、どうして衰微することがあろうか。十方の国土はことごとく宝土である。宝土であるならば、どうして破壊されることがあろうか」(同32㌻、通解)
 ここには、立正安国の方程式が示されています。
 国土の繁栄と平和を願うならば、人間の心に「正義の柱」を立てねばならない。一切は人間生命の変革から始まるのです。
 そして社会の中に、磐石なる「民衆の平和勢力」を築き上げていくことです。そうでなければ、いつまでたっても、人類社会は権力の魔性に翻弄され、不幸な流転を繰り返さざるを得ません。

全人類の宿命転換を
棚野 「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」──。
 この小説『人間革命』のテーマは、まさに「立正安国」の現代的な展開ですね。
 「立正」=「人間革命」。「安国」=「全人類の宿命の転換」と言い換えられます。
名誉会長 その誇り高き主役は、君たち青年です。
 今や妙法は世界192カ国・地域へと広がった。
 「立正安国」の具体的な展開は、若き妙法の青年たちが日本へ、世界へ、「人間革命」の連帯を、さらに広げていくことです。生き生きと社会に貢献していくことです。
棚野 それは、教育、学術、芸術、経済、政治、スポーツなど、ありとあらゆる分野に、正しき哲学と信念を持った若き人材が躍り出ていくということですね。
名誉会長 さらに言えば、仏法への理解を広げ、共感する人を増やしていくことも、「立正安国」の行動です。生命尊厳の思想を広め、人類の境涯そのものを高めるために、多くの人と対話し、心広々と「善の連帯」を結んでいくのです。
棚野 反対に人間自身の可能性を否定し、差別をもたらす思想とは戦うことですね。
名誉会長 「立正」は「破邪」と一体です。人間の尊厳を脅かすものとの戦いです。
 私が深い交友を結んだ、アルゼンチンのアドルフォ・ペレス=エスキベル博士は、非道な軍事政権(1976年~83年)との闘争を貫かれた。
 博士自身、14カ月にわたって投獄され、電気ショックなどの拷問を受けました。しかし、断じて負けなかった。
 やがて世界から“「良心の囚人」を釈放せよ!”との声がわき起こり、出獄。80年にノーベル平和賞を受賞し83年には、ついに民政が復活しました。
 博士が戦ったのは、人間を「モノ」と見る権力の魔性です。博士の「生命の尊厳」「自由と正義」を守るための闘争が、世界の人々にどれほどの勇気と希望を贈ったか。
 深い深い信頼で結ばれた「平和と人権の同志」です。

全民衆の幸福の実現へ指導者の精神性を高めよ

弾圧を恐れず諫暁
熊沢 大聖人は「立正安国論」の提出をはじめ、御生涯で幾度も国主諫暁をされています。弾圧の危険を顧みず、大聖人は厳然と言論戦を重ねられています。
名誉会長 大聖人は、その理由について、「但偏に国の為法の為人の為にして身の為に之を申さず」(同35㌻)と仰せです。
 大聖人の諫暁は、天変地異、大飢饉や疫病、幕府の無策によって、塗炭の苦しみに喘ぐ民衆を救わんがためです。
 またそれは、正しい宗教の真髄を示される戦いでもありました。当時、権力者は、自己の保身のために各宗派に祈祷を行わせていた。宗教の側も、その権力に迎合して癒着し、民衆救済の戦いなど微塵もなかった。
 民衆の幸福と安穏のためには、この根底の意識を転換せねばならない。「立正安国論」は、「宗教の革命」とともに「指導者の革命」を訴えられた書でもあるのです。
棚野 まさしく、烈々たる民衆救済の精神に貫かれています。
名誉会長 自界叛逆難(内乱)、そして他国侵逼難(侵略戦争)が起きることを経文に照らして予言し、権力者を諫められたのも、罪なき民衆が犠牲になる戦争を絶対に起こしてはならない、との御心からであったと拝される。
 戦争ほど残酷なものはない。6年前、フィリピンの名門キャピトル大学の創立者であられる、ラウレアナ・ロサレス先生と語り合ったことが忘れられません(2004年6月、東京)。
 ロサレス先生は、第2次世界大戦で、約2万人が犠牲になったとされる、日本軍による「バターン死の行進」の生存者でした。
 ロサレス先生は、当時、16歳の乙女であった。
 先生は語られた。
 「私は、人間が同じ人間に対し、このような残虐行為を働くのを、2度と目にしたくありません。生命の尊厳を教える教育こそが、このような蛮行を繰り返さないために不可欠なのです」
 本当に偉大な“教育の母”でした。
熊沢 今月には、後継のフアレス学長のご一家が、創価世界女性会館を訪れ、「ラウレアナ・ロサレス 教育・人道賞」を池田先生に授与されました。先生が世界に築かれた平和の宝の結合を、私たちは受け継いでまいります。

断じて戦争を起こさせない
戸田先生 青年は心して政治を監視せよ


雰囲気に流される弱さを打ち破れ
名誉会長 軍国主義の嵐が吹き荒れた20世紀の日本で、「今こそ国家諫暁の時ではないか」と決然と立ち上がられたのが、牧口先生、戸田先生です。
 あの時代に「立正安国」を叫び切ることは、まさに死身弘法の大闘争でした。初代、2代会長の身命を賭した獄中闘争こそ、学会の平和運動の原点です。立正安国の戦いの出発点です。
 戸田先生は、権力の恐ろしさを知り抜いておられた。だからこそ「青年は心して政治を監視せよ」と訴えられたのです。
棚野 池田先生も冤罪で牢に入られました。ありとあらゆる三障四魔の難を受け切り、すべてを勝ち越えてこられました。
名誉会長 私には、創価の師弟という、金剛不壊の立正安国の柱があるからです。
 ともあれ、正義は断じて勝たねばならない。勝たねば、立正安国は実現できない。
 そのために、私は、巌の如き信念の、絶対に負けない青年を育てたい。
熊沢 はい。強く強く前進してまいります。
 ある実験の結果を聞きました。それは、ブランド好きといわれる日本人が、もしブランドがなかったら何を基準に買い物をするかという実験です。その結果、最大の基準となったのは、「周りの人と同じものかどうか」ということでした(笑い)。
名誉会長 大勢や雰囲気に流される日本人の気質は、なかなか変わらない。
 周りが右を向けば、右を向く。左を向けば、左を向く。こうした風潮は、全体主義がはびこる温床となる。
 トインビー博士は、私に語られました。
 「ファシズムに対する最善の防御とは、社会正義を最大限可能なかぎり確立することです」
 正しいことは正しいと言い切る。自分の信念を貫く。社会の土壌を根底から変革する。平和と人権の大哲学を、一人一人の胸中に打ち立てていく。
 その青年の陣列を築き上げることが、立正安国の勝利の道なのです。

立正安国は平和の建設 人間の可能性の開花
信念の言葉が時代を変える


「聞く」=相手を尊敬すること
友の悩み 疑問を知る対話の名手に


棚野 東京のヤング男子部の友から、次のような体験を聞きました。
 彼は、友人への対話に懸命に挑戦していました。ある時、先輩から「友人の深い理解を勝ち取るためには、まず自分が友人の真の理解者になることが大切だよ」と言われて、ハッとしたそうです。 
 それまでは「自分の話を聞いてほしい」との思いばかりが先立っていた。でも「友人が悩み、考えていること」を理解しなければ、本当の友情は結べないのではないか、と。
 それからは、まずは相手の話を聞こうと決めました。そうすると、友人は不思議と彼の話にも耳を傾け、学会の活動にも興味を持ってくれるようになりました。
 その結果、職場の友人が4人、青年部幹部会に参加し、深く感動。聖教新聞を購読する人も出てきました。
名誉会長 ヤング男子部の健闘は頼もしいね。
 対話に挑戦しているということ自体が、尊き「立正安国」の行動です。対話が思うように進まない時もあるかもしれない。
 しかし、くよくよすることはありません。壮年や婦人の先輩方も失敗を重ね、それでも実践を貫いて「対話の名手」となってきた。最初からうまくいったら、鍛えられないじゃないか(笑い)。
 ともあれ、どんな人も「話を聞いてもらいたい」「悩みをわかってほしい」と思っている。話を聞いてくれれば、それだけでうれしい。心の重しがとれる。元気が出るものです。
 以前、お会いした「核戦争防止国際医師会議(IPPNW)」共同創設者のバーナード・ラウン博士は、医療は「癒しの芸術」「聞く芸術」であり、「正しく聞くことは、まずその人を尊敬することから始まります」と語っておられた。
 そして、誠実な対話を通して友情が結ばれれば、そこに「真の心の交流の道」が開かれると結論されていました。
熊沢 最近では、相手の立場に立って話を聞く「傾聴ボランティア」なども活発です。それだけ孤独な人が増え、社会における「対話」が渇望されているのだと思います。
名誉会長 人間の心と心を結ぶ、創価の「対話」の運動は、社会的にも実に大きな意義を持っている。
 「立正安国論」も客と主人の「対話」です。語らいは、社会の混乱と人々の不幸を嘆く客の言葉から始まります。
 主人が、その「憂い」と「疑問」に、誠実に耳を傾ける形で、対話は展開されていきます。

祈りがあれば必ず相手の「仏性」に届く
棚野 本当に仲のよい友人であっても、仏法や学会の理念について語った時に、なかなか聞いてくれないこともあります。
名誉会長 「立正安国論」の中でも、主人が誤った思想を正して、客が色をなして怒る場面があります。
 客は、ついに「もう我慢できない。私は帰る!」と席を立とうとする(笑い)。
棚野 ふつうなら「すいません、言い過ぎました」と謝るか(大笑い)、「帰れ! 帰れ!」とケンカ別れになりそうな場面です(爆笑)。
名誉会長 でも主人は、微笑みながら、客をとどめます。そして、客の心情もよく理解した上で、理路整然、諄々と正義を語っていきます。
 主人の大慈悲と確信に満ちた言葉、道理を尽くした説明に、客も最後は納得する。ついには、「唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ」(御書33㌻)と、主人と共に立正安国のために行動していくことを決意するのです。
 まさしく「立正安国論」には、「対話の王道」が示されているといってよい。
熊沢 池田先生はこれまで平和と共生の世界の実現へ、宗教や信条の差異を超えて、世界の指導者や識者と対話を繰り広げてこられました。
 こうした軌跡は、まさに現代における「対話の王道」の金字塔であると思います。
名誉会長 牧口先生は語っておられた。
 「物や金でつながった交際は、下の友情である。就職の世話をしたり、仲良くするのは、中の交際。友人のために悪を取り除き、忠告できるのが、上の友情である」と。
 友のためにと思って、仏法の正義を語った言葉が、反発を受けることもある。しかし、その心は必ず伝わる。
 大事なことは、その対話に強く深い「祈り」を込めていくことです。「祈り」のこもった言葉は、必ず相手の生命の内奥の「仏性」に届きます。
 相手が自覚しようがしまいが、必ず「仏性」を薫発していきます。祈りがあるから「声仏事を為す」(御書708㌻)となるのです。
 勇気凛々と、わが信念を叫んでこそ、青年です。相手がどうあれ、「立正安国」という最極の正義の対話の実践です。自信満々と朗らかに語り切っていけば、勝利です。

現代の「一凶」とは
棚野 青年部では本年、「核兵器禁止条約」の制定を求める署名運動を全国各地で展開し、核兵器廃絶への大きな波動を起こしてきました。
 この署名は、5月にニューヨークで開催される「核拡散防止条約(NPT)」再検討会議に合わせて、国連に提出される予定です。
名誉会長 うれしいね。皆さんの奮闘の様子は、よくうかがっています。
 「核兵器の廃絶」など学会の平和運動や国連支援の取り組みは、立正安国の現代的な展開の一つです。
熊沢 池田先生はこれまで、「核兵器廃絶」への提言を繰り返し発表してこられました。また米ソなど核保有国の首脳や国連の事務総長と何度も会見され、「核の脅威なき時代」の構築へ行動されてきました。
 私たち青年部の平和運動は、こうした先生の取り組みを受け継ぐものです。
名誉会長 「立正安国論」で日蓮大聖人は仰せです。
 「若し先ず国土を安んじて現当を祈らんと欲せば速に情慮を回らしいそいで対治を加えよ」(同31㌻)
 大聖人が烈々たる気迫で権力者を諫められたのは、ひとえに民衆の幸福と平和を願われたからです。具体的には、「他国侵逼難」「自界叛逆難」という「戦乱」を断じて起こしてはならない、との叫びであられた。
 戦争は、人間性を根幹から破壊する。ましてや一瞬にして数十万の人々の生命を奪い、地獄の苦しみへと突き落とす核兵器は、魔性の産物以外の何ものでもありません。
 また、もし核戦争が起これば、人類そのものが滅亡しかねない。
熊沢 戸田先生は「原水爆禁止宣言」で、核兵器を使用し、人類の生存の権利を脅かすものは「魔ものであり、サタンであり、怪物であります」と喝破されました。
名誉会長 そうです。戸田先生は、「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」と言われたのです。
 先生が凝視しておられたのは、人間の心の奥に潜む「生命軽視」の魔性であった。
 大聖人は、この正体を「元品の無明は第六天の魔王と顕われたり」(同997㌻)と断じられている。
 「元品の無明」とは、生命にそなわる根源的な無知であり、ここから人間の尊厳に対する不信や、他者の生命への蔑視が生まれます。
 真の平和建設を阻む現代の「一凶」とは、この「元品の無明」にほかならない。
 「元品の無明を対治する利剣は信の一字なり」(同751㌻)と仰せのごとく、この「一凶」を打ち破る力こそ、「万人の尊厳」を説き明かした妙法の大哲学です。この理念を広げ、時代精神へと高めていくことこそ、恒久平和を実現する道なのです。

御聖訓
命に及ぶ大難にもいまだこりず候
粘り強い不屈の前進を


前国連事務次長
学会は人類の夢を実現する団体


広宣流布のための行動にこそ宿命転換がある。
不動の幸福への道がある


世界の識者が期待
熊沢 最近、ある女子部のメンバーから質問を受けました。それは「立正安国の戦いには“到達点”はあるのでしょうか」というものでした。
名誉会長 皆、一度は考える問題かもしれない(笑い)。でも「立正安国」は結局、人間生命の変革の戦いです。仏と魔の戦いは止むことがない。その意味では永遠の闘争といえます。
 他者のため、平和のためという「立正安国」への行動があってこそ、真実の仏法の実践といえる。
 そこに自身の一生成仏があり、宿命転換がある。自他共に揺るがぬ幸福を確立しゆく道が開かれます。
 ただ、その途上には、幾多の障魔が競い起こることは必定です。
 大聖人の御闘争も苦難の連続でしたが、その戦いは、まさに「能忍(能く忍ぶ)」という究極の粘り強さに貫かれていました。
棚野 松葉ケ谷の法難や伊豆流罪、竜の口の法難、さらには佐渡流罪など、大難に続く大難を大聖人は、すべて敢然と乗り越え、勝ち越えられました。
名誉会長 大聖人は厳然と仰せになられました。
 「此法門を日蓮申す故に忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ命にも及びしなり、然どもいまだこりず候」(同1056㌻)と。
 すさまじい気迫です。偉大なる師子吼であられる。
 不二の弟子である日興上人も、大聖人の立正安国の魂を厳然と受け継がれました。
 大聖人滅後も、日興上人は幕府や朝廷への諫暁をたびたび行われています。「日蓮聖人の弟子 日興」と明記された諫暁の書を、師が著された「立正安国論」に添えて提出されたのです。
 これに対して五老僧は、自らを「天台沙門(天台宗の僧侶)」等と名乗った申状を幕府に提出した。弾圧を恐れた、卑劣な保身の姿でした。
棚野 日興上人、日目上人の後、「立正安国」の精神は、宗門のなかで急速に失われていきます。やがては、民衆救済の目的と活力をなくしてしまいました。
名誉会長 歴史の闇に埋もれていた「立正安国の大精神」を現代に生き生きと蘇らせたのが、大聖人正統の創価学会なのです。
 立正安国の道は平坦ではない。山もあれば、谷もある。
 迫害の波浪が荒れ狂う時もあれば、苦難の烈風が吹きつける時もある。ゆえに、途中に何があっても、あきらめず、へこたれず、明るく進み続けることです。大聖人直結の「師弟不二の信心」がある限り、立正安国の大理想は必ず実現していくことができる。
 人間一人一人の生命の可能性を最大に開花させ、平和へと進みゆく私たちの運動に、世界の識者も大きな期待を寄せてくださっています。
熊沢 国連のチョウドリ前事務次長は、池田先生の国連支援に最大に感謝されながら言われました。
 「民衆自身の力を開発する創価の運動は、まことに重要です。SGI(創価学会インタナショナル)は、平和と人間の開発のために力を尽くす人々の集まりです。まさに、人類の夢を描き、夢を実現する団体なのです」
名誉会長 立正安国は、人類の夢の実現です。悲願の達成です。若き諸君は、その目標に向かって、一日一日を勝ち進んでほしい。
 「立正安国」の実践に徹する時、仏の力を出すことができる。人間は最も強くなれる。
 大聖人の「立正安国」の大宣言から750年──。
 これほどの晴れ舞台はありません。自分自身の人間革命に挑みながら、大いなる「正義の勝利の大連帯」を社会に、世界に広げていってもらいたいのです。
2010-05-01 : 御書と青年 :
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