「池田大作・香峯子研究シンポジウム」へのメッセージ

「池田大作・香峯子研究シンポジウム」へのメッセージ      
                    (2010.8.27 中国 陝西師範大学)

 池田名誉会長夫妻の思想と行動について意見を交わす「池田大作・香峯子研究シンポジウム」が8月27日、中国・西安市に立つ陝西師範大学で盛大に開催された。これには学会青年部の「日中友好青年交流団」が参加。席上、名誉会長の記念メッセージが紹介され、「池田大作・池田香峯子研究センター」の拜根興所長、創価大学の伊藤貴雄准教授の基調報告が行われた。ここでは、メッセージの全文と基調報告の要旨を掲載する。

陝西師範大学 池田大作・池田香峯子研究センター
拜根興《はいこんこう》所長


人類を平和に導夫妻の行動に感謝

 中国で池田大作博士が広く知られるようになったのは、1980年代である。
 きっかけは、北京大学や復旦大学などから池田博士に名誉教授称号が授与され、また、トインビー博士との対談集などが出版されていったことであった。
 今世紀に入ると、一連の国際的な大事件、また、社会の急速な発展に伴い、利益を求める人類の欲は限りなく広がり、戦争や環境破壊などが日増しに深刻な問題となってきた。
 平和と発展を求めるのか、それとも、自ら滅亡の道を選ぶのか。このような状況を背景に、池田大作研究が盛んに行われるようになったのは大きな意味がある。
 2001年、北京大学の日本研究センターに「池田大作研究会」が設置されたのを皮切りに、池田博士に関する研究所が相次ぎ誕生。また、池田思想の国際学術シンポジウムも、2005年に北京大学の池田大作研究会
と日本の創価大学との共催で行われたのを起点に、すでに5回、開催されている。
 外国人でありながら、年に1回、国際シンポジウムが開かれ、学識者や市民、マスコミに注目されているのは極めて稀であろう。
 その理由は何か。
 1点目に、その高尚な人格、学識、人間的な魅力、卓越したリーダーシップである。
 2点目に、平和・教育・文化の三つの面からわき出る思想内容。
 3点目には、中日の平和に先駆的、かつ持続的な努力を重ね、歴代の中国指導者と良好な関係を築いてきたことである。
 さらに中日関係が冷え込んだ時、平和を愛し永遠の友好を主張する人々と共に、両国の友好を持続させてきたこと等も挙げられる。
 わが陝西師範大学では2008年、「池田大作・池田香峯子研究センター」を設置。池田博士だけでなく、香峯子夫人の思想・哲学についても研究を進めている。
 今世紀に入り、ますます活況を呈する池田大作研究。これは、池田博士の世界、人類に対する貢献、そして、中日の文化交流における卓越した尽力の表れであると思う。
 この潮流は一過性のものではなく、持続しゆくものと確信する。
 なぜならば、美しき人間性と、平和・調和の発展を追求し、行動と言葉によって世界を善の方向に向かわせることは、人類社会を発展させる必須条件であり、社会共通の目標の一つであるからだ。
 これからも、引き続き研究に邁進したい。

創価大学
伊藤貴雄准教授


友好は100年に及ぶ創価三代の悲願

 牧口初代会長は『人生地理学』(1903年発刊)で、日本が中国から受けている恩恵として、しょうゆや味噌の原料である大豆、衣類や製油の原料となる綿や麻を挙げています。そのような事実を通し、子どもたちに中国をはじめ海外への理解と尊敬の心を教え、世界市民の育成に尽くしました。30年代に起きた日本と中国との戦争も、決して容認しませんでした。
 戸田第2代会長は戦時中、「あそこには四億の民がくらしているんですよ。その人たちの生活を破壊する聖戦などというものがあり得るでしょうか」と日本の中国侵略を批判。逝去の前年にも「東洋民族たる韓国の民衆も、中国の民衆も、皆われらと共に手をつないで、幸福にならねばならぬ」とつづっています。
 池田名誉会長も、若き日から中国と深い縁を結んでいます。41年には、中国の戦地から帰国した長兄の「日本は本当にひどいよ。あれでは中国の人が、あまりにもかわいそうだ」という言葉を胸に刻み、戦後は戸田会長による個人教授などを通して中国の思想・文化を研鑚したのです。
 68年9月には、学生部総会の席上で「日中国交正常化提言」を発表。以来42星霜、日中友好にたゆまず尽力し続けています。
 その行動には、四つの特徴があります。
 一つ目に一貫した信義。どんな時にも、中国の指導者、民衆との対話を持続しました。
 二つ目に精確な歴史認識。文化大恩の国である中国に、日本が戦争中、どれほどの非道を働いたかを、あらゆる機会に訴えました。
 三つ目に文化・芸術への尊敬。民音や東京富士美術館を通し、中国文化の紹介に努めてきました。
 四つ目に青年交流の重視。国交回復後、新中国から初の留学生を正式に創価大学で受け入れ、さらに全青連と青年部との交流を25年も重ねてきました。
 日中友好は、牧口会長、戸田会長、池田名誉会長という三代の師弟の100年にも及ぶ悲願です。私たち日本の青年はその精神を継承し、この「金の橋」を一層、堅固なものにしていく決意です。

池田名誉会長のメッセージ

日中の美しい未来へ 青年よ学び合い磨き合え!

西安は民族と文明を結ぶ都
永遠の友誼の道を
貴国の「文化の大恩」を忘れない!


 一、本日はご多忙のところ、わが青年部の訪中団を熱烈に歓迎してくださり、心から感謝申し上げます。
 まことに、まことに、ありがとうござい
ます(大拍手)。
 私の胸には、3年前の秋10月、英邁な信念の大教育者であられる房喩学長を、東京の創価大学にお迎えした折の語らいが鮮やかに蘇ります。
 私も世界中の総長や学長とお会いしてきましたが、教育に人生を捧げ、青年を慈しまれる房学長との出会いは、ひときわ深く命に刻まれて、離れることはありません。
 周恩来総理と私は、30歳の年の差がありました。房学長と私も、ほぼ同じ年齢の開きがあります。
 房学長のエネルギッシュな情熱と瑞々しい知性に、私は旭日の昇りゆくような中国教育界の希望を感じ取ったのであります。
 学長は語られました。「西安は、中日両国人民の交流史における歴史の証人の街でもあります」「西安の鐘の音から、日本の留学生の読書の声が聞こえてくるかのようです」と。
 西安は、私たちにとって絶対に忘れ得ぬ「文化大恩の都」であります。
 その西安にあって、「教育の世紀」を牽引されゆく貴・陝西師範大学で、両国の友好の新時代を開くシンポジウムを開催していただきました。
 これほど意義深く、これほど光栄なことはございません。ご尽力くださいました関係者の皆様方に厚く厚く御礼を申し上げます(大拍手)。

36年前の訪問
 一、私と妻が貴国へお招きをいただき、西安を訪れたのは、1974年のことであります。今回の訪中団の青年たちの多くも、まだ生まれる前でありましょう。
 この第一歩に際し、私は貴国の先生方に、訪中の目的を申し上げました。
 一つ目は、アジアと全世界の平和実現のカギとなる両国の友好に寄与したい。
 二つ目は、青年・学生交流の拡大に努めたい。
 三つ目は政治。経済を超え、永遠性につながる文化創造への軌道をつくり残したい──と。
 以来、36年確かなる「平和友好」と「青年交流」そして「文化創造」の揺るぎない“精神のシルクロード”が開かれました。
 その大いなる原点の都も、ここ西安なのであります。
 西安が築き上げてこられた歴史には、人類の未来へのかけがえのない指標が光っております。汲めども尽きぬ平和創出への智慧が輝いております。
 西安には、房学長も重視されている「ソフト・パワー」が奥行きも深く体現されているのではないでしょうか。

恩義に報いる
 一、きょうは、この西安の歴史に学びながら、偉大な使命を帯びた若き皆様方に託したい「三つの道」を簡潔に申し上げたいと思います。
 第1は、「恩義に報いていくことが平和の道である」ということです。
 かの大歴史家・司馬遷は、いにしえの西安すなわち長安において、“歓欣《かんきん》(=喜び)交通《こもごもつう》じて天下治まれり”と語ったといいます。
 東西を結ぶシルクロードの起点・西安では、人種も、民族も、文明も、国境も、ありとあらゆる相違を乗り越えて、人間の往来が重ねられてきました。世界に開かれた「友情の都」であり、人類の宝の「平和の都」であります。
 改めて申し上げるまでもなく、今年、遷都1300年の佳節を迎えた日本の古都・奈良も、長安を模範として建設されました。命を賭して海を往来して、日本は貴国に学び、貴国は日本に無数の英知を授けてくれたのであります。
 こうした文化の大恩を踏みにじり、貴国に非道の限りを尽くしてしまったのが、日本の軍国主義であります。
 私たち創価学会の牧口常三郎初代会長、戸田城聖第2代会長は、その悪逆と真っ向から戦い抜きました。初代は獄死であります。
 この精神を誇り高く受け継ぐ私たちは、万代にわたって貴国への「報恩」即「友好」の正道を、勇敢に誠実に歩み抜いていくことを、お約束申し上げるものであります(大拍手)。

青年を敬い、自分以上に立派にするのが人間教育

向学の魂を胸に
 一、第2は、「青年が学び抜くことが希望の道である」ということであります。
 人間も、社会も、文明も、学ぶことをやめた時、衰退が始まります。これは歴史の厳しき実相です。
 生き生きと学び続ける道には、行き詰まりはありません。必ず、新たな価値創造の活路が開かれるものであります。
 古来、幾多の青年が、どれほど勇気を燃え上がらせて、ここ西安を訪ね、真理を探究し抜いてきたことか。
 思えば、約2000年前、中国古代の学府である太学《たいがく》が創設されたのは、西安であったとうかがいました。まさに、「大学の源」も西安にありといってよいでありましょう。
 その悠久なる向学の魂を脈々と継承し、発展させておられるのが、貴・陝西師範大学なのであります。
 房学長は、高らかに宣言されました。
 「大学文化は、真理の文化を追究するべきである。大学文化は、真理を追究し、真理のために貢献する勇気と力と決意を育成するべきである」と。
 まったく同感であります。
 私と妻も、名誉ある貴・師範大学の一員とさせていただいております。一生涯、若き皆様と一緒に、貴校の校訓である「厚徳《こうとく》(人格者たれ、善き人間になれ)」「積学《せきがく》(学問を積み重ねよ)」「励志《れいし》(志を忘れず、励まし続けよ)」「敦行《とんこう》(行動を敦くせよ)」の4指針を貫いてまいる決心であります(大拍手)。

房学長
「大学」は真理を追究し、真理のために貢献しゆく勇気と力を育成すべき


法華経漢訳の地

 一、第3に、「生命を磨き合うことが栄光の道である」ということであります。
 人類の智慧の宝典である「法華経」が、稀有の翻訳者・鳩摩羅什によって漢訳されたのは、他のどこでもない、ここ西安でありました。
 なかんずく、歴史を画する「女人成仏」を明かした重要な提婆品は、長安(西安)の宮城に長らく秘蔵され、それが後世、流布されていったとも伝えられておりました。
 いずれにしても、女性の尊厳と人間生命の平等を謳い上げた法華経は、ここ西安から、世界へ、未来へ、普遍の大光を放ち始めたのであります。
 この法華経に、「如我等無異(我が如く等しくして異なること無からしめん)」という一節があります。師匠は、弟子たちを自らと全く等しい尊極の境涯に高めていくという深義であります。
 権力の魔性は、青年を見下し、犠牲にし、利用します。
 これに対し、人間教育の真髄は、青年を敬い、自らが犠牲となって、自分以上に立派に育て高めていくのであります。「創価教育」の精神も、ここにあります。
 ともあれ、生命は生命によってこそ磨かれます。孤立しては、光を失ってしまう。ゆえに、心を開いた対話による啓発が不可欠であります。
 多様性を尊重した、文化・教育のたゆみない交流のなかでこそ、人類の創造性は限りなく湧き出てくるのではないでしょうか。その人類の栄光の都こそ、西安でありましょう(大拍手)。
 一、25年前、全青連の若き指導者として来日された胡錦濤主席は、私に語ってくださいました。
 「創価学会青年部とともに、『中日の美しい未来』のために努力していきたいのです」と。
 この尊き両国の青年の絆は、永遠に不滅であります。
 ここ西安を、常に「平和友好の源流」として仰ぎ、皆で大切にしながら、両国そして人類の美しき未来のために、永久に語り継がれる友情と向上の歴史を開き留めていきたいと願ってやみません。
 結びに、私たちの「心のふるさと」である西安市の無窮の大発展、そして、房学長をはじめご列席の皆様方のご健勝とご活躍を、妻と共に心よりお祈り申し上げ、メッセージとさせていただきます。謝謝!(大拍手)
2010-09-05 : スピーチ・メッセージ等 :
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