特別寄稿 『創価の魂 地涌誓願の誉れ』

会長就任50周年記念特別寄稿
『創価の魂 地涌誓願の誉れ』 
       (大白蓮華 2010.5月号)

 弟子の勝利は、師匠の勝利である。
 私の50年は、ただただ、恩師・戸田城聖先生に捧げた闘争であった。
 この50年の創価の師弟の勝利は、何よりも、私とともに戦ってくださった全学会員の勝利である。
 それは、法華経に説かれる「地涌の菩薩」の勝利の劇にほかならない。

 「山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ非に非をますべし」(御書202㌻)──この「開目抄」の御文のごとく、仏意仏勅の我らの前進は、荒れ狂う大難また大難のなかにあった。
 嵐のような迫害が続く50年であった。
 正義の旗を高く掲げた50年であった。
 庶民と苦楽を共にする50年であった。
 健気な母の幸福を祈る50年であった。
 同志の歓喜に包まれた50年であった。
 片時たりとも師を忘れぬ50年であった。
 ただ恩師のために! ただ恩師とともに! 勝利また勝利の広宣流布の大道を、全世界に切り開いた50年であった。
 私には一点の悔いもない。わが心は、友と一緒に仰いだ、あの5月3日の澄みきった天晴大のように、どこまでも広々と晴れわたっている。

殉教の師弟三代
 その日、私は日大講堂の壇上で宣言した。
 「若輩ではございますが、本日より、戸田門下生を代表して化儀の広宣流布をめざし、一歩前進への指揮をとらせていただきます」
 恩師の遺影の下、32歳の私は誓った。
 「化儀」とは、現実社会を変革する実践である。それは、人間を苦しめる一切の魔性と戦い、そして勝利する実践でもある。
 この日、私が心に刻んだ御聖訓がある。
 「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(御書232㌻)
 「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願《ねがい》やぶるべからず」(同㌻)
 御本仏・日蓮大聖人の不惜身命の大誓願を拝すれば、凛然たる決意に身が引き締まる。
 諸難よ、来るなら来るがよい! 身命をなげうとう! 私は、広宣流布の師子王から訓練された不二の弟子だ! 何を恐れようか!
 初代会長・牧口常三郎先生は、戦乱の世に「立正安国」の大精神を貫かれ、非道の投獄にも断じて屈せず殉教なされた。
 第2代会長・戸田城聖先生は2年間の獄中闘争を耐え抜かれ、戦後の荒野に「妙法流布」の大願を掲げて一人立たれた。
 戸田先生は、先師の三回忌に紅涙を滴らせて言われた。
 「あなたの慈悲の広大無辺は、私を牢獄まで連れていってくださいました」
 「その功徳で、地涌の菩薩の本事《ほんじ》を知り、法華経の意味をかすかながらも身読することができました。なんたる幸せでございましょうか」と。
 この峻厳にして崇高なる師弟の精神こそ、人生の究極であり、仏法の真髄である。
 創価学会は、この「師弟不二」の魂があるゆえに、日蓮仏法を現代に広宣流布することができたのである。

法華経は滅後のための経典
 もとより法華経も、日蓮大聖人の仏法も、「師弟」に、その魂がある。
 法華経は、全人類を最高の境涯に引き上げようという仏の誓願の結晶であ
 その法華経では、「況んや滅度の後をや」(法華経363㌻)等と、滅後に法華経を持《たも》つ者に襲いかかる大難が、繰り返し繰り返し説かれている。
 誰が、この大難を耐え忍んで、滅後の民衆を救うのか。真正の弟子は、いずこにいるのか──。
 この仏の命を受け、娑婆世界の大地を叩き破って登場した真実の弟子が、「地涌の菩薩」である。
 「上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどり《踊》てこそいで《出》給いしか」(御書1300㌻)
 大聖人は、地涌の菩薩の上首、すなわち、リーダーの上行菩薩は、喜び勇んで踊りながら涌き出てきたと仰せである。
 「さあ、いよいよだ!」「師匠の命ずるままに戦う時が来たのだ!」と、全身に「歓喜の中の大歓喜」(同788㌻)を漲らせて、師匠のもとに馳せ参じたのである。

生死を超えて師匠と共に
 地涌の菩薩とは、久遠以来、師匠と「一体不二」の弟子である。
 千日尼への御返事には、こう仰せである。
 「上行菩薩等と申して四人の大菩薩まします、此の菩薩は釈迦如来・五百塵点劫よりこのかた御弟子とならせ給いて一念も仏を・わすれず・まします大菩薩を召し出して授けさせ給へり」(御書1306㌻)
 上行・無辺行・浄行・安立行という四菩薩は、久遠五百塵点劫の昔に、仏弟子になってから、瞬時たりとも師匠のことを忘れない大菩薩であったと言われるのである。釈尊は、その四菩薩を呼び出されて、自らが入滅した後の妙法広布を託された。
 「一念も仏を・わすれず」──常に師匠のことを忘れない。これが弟子の道である。
 私の心は、いついかなる時も戸田先生と共にあった。ただ、師匠のために身命を捧げて戦い抜き、真の弟子の模範を残して死ぬ覚悟でいた。
 先生は、私の心を見抜いて言われた。
 「お前は死のうとしている。俺に、命をくれようとしている。それは困る。お前は生き抜け。断じて生き抜け! 俺の命と交換するんだ」
 私の命は、先生から頂いた命である。
 御逝去の前、先生は語ってくださった。
 「大作、よくやってくれたな。これで学会は大丈夫だ。また永遠に一緒に行こうな」
 「いい弟子を持って、俺よ本当に幸せだ。牧口先生と一諸に牢獄に行ったことも幸せだったけれども、お前がいたおかげて学会の未来は開けた」
 戸田先生が亡くなられた後も、私は「先生ならば、どう言われるか、どう戦われるか」──そう師弟の対話を重ねながら、戦い生きる毎日であった。いかなる三障四魔が紛然と競い起ころうとも、師に思いをはせれば、勝利の太陽が昇る。未来への道は明々《あかあか》と照らし出される。師匠の慈愛は広大無辺である。

「民が子」との自負
 末法の御本仏であられる日蓮大聖人は、白法隠没の時代にあって、広宣流布の道を開く上行菩薩としての振る舞いを示された。
 上行とは、法華経の会座に集っていた弥勒菩薩はじめ並み居る大菩薩たちが、驚嘆して見つめた、最高に尊貴な存在である。「無辺にして窮まり有ること無けん」(法華経574㌻)という、宇宙大の功徳に包まれた至高の大指導者である。
 その上行菩薩が、どこに、どのような姿で出現されたのか。
 御書には「日蓮は中国・都の者にもあらず・辺国の将軍等の子息にもあらず・遠国の者・民が子」(御書1332㌻)と明言なされている。
 大聖人は「民が子」としてお生まれになられた。何の後ろ盾ももたないゆえに、増上慢の輩から「悪口罵詈」を浴び、「刀杖瓦石《じょうもくがしゃく》」を受け、いわれなき讒言によって「流罪・死罪」をも受けられた。
 「少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり」(同200㌻)と仰せの通り、ありとあらゆる法難を堪え忍ばれながら、苦悩に喘ぐ民衆のために、妙法を弘めていかれたのだ。
 権力にもよらず、権威にもよらず、ただただ、真実の人格の力、生命の本然の力を発揮して、戦い勝たれた。傲慢な権力者を、「わづかの小島のぬしら《主等》」(同911㌻)とはるか高みから笑い飛ばしながら、悠然と万年の令法久住の流れを開いてくださったのである。
 これが日蓮仏法の魂である。ここに、地涌の菩薩の底力がある。
 わが創価学会は永遠に民衆の側に立つ。この一点は、学会不変の規範である。
 牧口先生は、御自身のことを「荒浜の一寒民」と毅然と言われた。戸田先生も「北海道の貧乏な漁師の倅《せがれ》」と胸を張って語られた。私も第3代会長の就任が決定した際、「一漁師の子、池田大作、遂に広布の陣頭に起つ。一大事の宿命を知覚するのみ」と記した。

衆生をいとおしむゆえに
 法華経法師品には、滅後に法華経を流布する菩薩の境涯について、こう明かされる。
 「自ら清浄の業報を捨てて、我が滅度の後に於いて、衆生を愍《あわれ》むが故に、悪世に生まれて、広く此の経を演ぶ」(法華経357㌻)
 過去に大願を成就して最高の境涯を得た大菩薩が、衆生をいとおしむゆえに、自ら清浄な業報を捨てて、悪世に生まれて、この法華経を弘める──と。
 さらに続けて、こうも説かれる。
 「能く竊《ひそ》かに一人の為めにも、法華経の乃至一句を説かば、当に知るべし、是の人は則ち如来の使にして、如来に遣わされて、如来の事を行ず」(同㌻)
 誰か一人のために一句でも法華経を説く人は、如来の使いであり、如来に遣わされて如来の聖業を行じている──と。
 ここには、末法に法華経を弘通する地涌の菩薩の実践が示されている。
 大聖人は、「日蓮賤《いやしき》身なれども教主釈尊の勅宣を頂戴して此の国に来れり」(御書1121㌻)と仰せになられている。
 地涌の菩薩は、民衆を慈しむがゆえに、あえて、一番大変なところ、一番必要とされているところに、自ら願って現れるのだ。
 これが、我ら学会員の大精神である。我らは、仏意仏勅の使命を行ずる「如来の使い」の大境涯なのである。

学会員は「如来の使い」
 戸田先生は叫ばれた。
 「自分をいやしんではなりませぬ。『仏の使い』であります。如来につかわされた身であります。大聖人の分身であります。凡夫のすがたこそしておれ、われら学会員の身分こそ、最尊、最高ではありませんか」
 草創期、学会は、心なき人々から「貧乏人と病人の集まり」と冷笑された。
 その悪口に対して、戸田先生はこう切り返すように教えられた。
 「それでは、あなたは、貧乏人と病人を、何人救ったのですか」と。
 苦悩の底に沈む人たちを根底から励まし、幸福ヘリードしてこそ、力ある宗教である。
 いわれなき悪口罵詈は、民衆仏法の実践にあって、最高に誉れある勲章である。
 だからこそ、罵られれば罵られるほど、笑われれば笑われるほど、我ら創価の誉れの友は、いよいよ闘志をみなぎらせて、苦悩の民衆の大海原に飛び込んでいったのだ。
 尊貴な地涌の菩薩である学会員の一人一人は、同じく苦しむ人々を立ち上がらせるために、あえて宿命との悪戦苦闘を、今世の人生に引き受けたのである。
 「我、地涌の菩薩なり」。この久遠元初の誓願に立ち返れば、宿命はすべて使命に変わる。昇りゆく太陽が暗雲を金色《こんじき》に染めるように、苦悩を突き抜けて歓喜の光を放つのだ。

「二人・三人・百人と」
 師弟不二の誓願に一人が立ち上がれば、二人、三人、百人と、必ず同志が続いていく。これは、広宣流布の不滅の方程式である。
 「日蓮一人《いちにん》はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人《ににん》・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや」(御書1360㌻)
 この「地涌の義」のままに、今や、創価の同志は、世界192カ国・地域に広がった。この地球全体を南無妙法蓮華経の音声《おんじょう》が包み始めている。
 「仏法西還」という大聖人の未来記は、全創価学会・SGIの師弟の力によって完璧に証明されたのである。
 戸田先生から「君は世界へ征くんだ」と命を受け、私が、先生の写真を胸に、世界広宣流布への第一歩を、愛するアメリカの天地に印してより今年で50年になる。
 そのころ、アメリカの数少ないメンバーのほとんどは、戦争花嫁として日本から渡った女性たちだった。「いったい何ができるのか」と陰で嘲笑する者もいた。しかし、私は、この女性たちこそが偉大な使命を帯びた地涌の菩薩であると信じていた。いな、必ずそうなっていただくのだと決めていた。
 事実、この方々が、アメリカ広布の勇敢なパイオニアとなった。誓願に目覚めた女性たちから、大いなる拡大のうねりが起こったのである。
 「地涌」の自覚とは、民族よりも、人種よりも、文化よりも、もっと奥深い、人間生命の根源の目覚めだ。そこには、あらゆる差異の壁を突き破って、最も美しく、最も深く、最も強い「心」と「心」の連帯が開かれる。
 だからこそ、私は、縁《えにし》ある一人を、この人こそ地涌のリーダーなりと信じて信じて信じ抜いて励ましを続けた。あの国でもこの国でも、その一人が立ち上がって、二人、三人、百人と地涌の友が涌出していったのである。

「賢王と成って愚王を誡責」
 一閻浮提の広宣流布とは、仏法を基調にした人類不滅の平和の大建設にほかならない。
 「此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成って愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成って正法を弘持す」(御書254㌻)とは、「観心本尊抄」の一節である。
 上行等の四菩薩は、時に応じて、ある時は賢王となり、ある時は聖僧となって出現する。時代社会の要請に応えて、自在の使命の姿をとって仏国土を築くために働いていく。
 戸田先生は叫ばれた。
 「今度の広宣流布は化儀の広宣流布と申しまして、もっとも重要な広宣流布であります。この時には上行菩薩、安立行菩薩、浄行菩薩、無辺行菩薩、その他もろもろの菩薩が出られる」「大聖人様の眷属が集まって広宣流布ができなかったら、なんのかんばせあって霊鷲山にまみえん。地涌の菩薩の皆さん、やろうではないか」
 現代にあって、地涌の菩薩は、現実の真っただ中で、賢王となって、破邪顕正の言論の闘争を通じて、民衆の連帯を広げ、平和と繁栄の国土のために前進する。
 「立正安国」が、我らの誓願であるからだ。

「三類の強敵」を打ち砕く
 民衆の幸福のために戦う以上、民衆を不幸に陥れる「無明の闇」との対決は必然である。「無明の闇」は、妙法の光でなければ破れない。勇気ある信心で打ち勝つのだ。
 法華経には「日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人は世間に行じて 能く衆生の闇を滅し」(法華経575㌻)と説かれる。
 ひとたび、日月が輝けば、闇は消え去る。上行菩薩は、世間の中で妙法を行じて、衆生を照らし、その無明の闇を滅していくのだ。
 末法は、命の濁った衆生の無明が重なり合って、暗雲のように、この世界全体を覆い尽くしてしまう時代である。
 「元品の無明は第六天の魔王と顕われたり」(御書997㌻)と、大聖人は喝破なされている。
 世界を覆う無明は、民衆を支配し不幸に引きずり込む「第六天の魔王」の働きとなって現れる。その「第六天」の魔性が身に入った「三類の強敵」が、勧持品で説かれる通り、一切衆生の成仏のために戦う「法華経の行者」を責め苛むのである。それは、「法華経の行者」の戦いを起こしたからには、絶対に避けて通ることのできぬ誉れの法戦である。
 「かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり、法華経の行者といはれぬる事はや不祥なりまぬかれがたき身なり(同903㌻)
 大聖人の仰せを信じて「法華経の行者」となった我らは、広宣流布のため、「三類の強敵」に立ち向かう覚悟を決めねばならない。
 創価学会のこの80年、また50年の歴史もまた、末法の無明の闇を破る連続闘争であった。「三類の強敵」を予言した勧持品を色読する歳月であったといってよい。
 御書に仰せ通りの「無尽《むじん》の讒言」(同1158㌻)があった。権力の魔性に魅入られた僭聖増上慢からの弾圧があった。嫉妬に狂った邪僧と忘恩背信の退転者による謀略もあった。「大難に度度値う人をこそ滅後の法華経の行者とはしり候はめ」(同297㌻)との仰せに照らし、最極の名誉の歴史である。
 私が若き日から魂に刻んできた言葉は、「波浪は障害にあうごとに、その頑固《がんこ》の度を増す」である。これはそのまま、私と共に歩んでくださる広宣の戦友の心境でもあるにちがいない。
 創価の同志は、「当に忍辱の鎧を著《き》るべし」(法華経419㌻)の経文のまま、耐えに耐えて「時」を待ち「時」を創ってきた。そして「三類の強敵」を堂々と打ち砕いて、世界広布の大発展の新たなる「時」を厳然と開いたのである。

永遠に広宣流布の前進を
 永遠に、民衆の真っただ中に生まれ出て、民衆のために、民衆とともに、前進する。
 もっと前へ! もっと高く! もっと力強く! と先頭に立って皆を引っ張っていく。
 ──これが地涌の菩薩の誓願である。宿願であり、悲願なのである。
 広宣流布は、御本仏から託された、一閻浮提へ、そして末法万年尽未来際への大事業である。正義の中の正義の大偉業である。
 「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外《ほか》・未来までもながる《流布》べし」(御書329㌻)
 万年へ! 未来永遠ヘ! 広宣流布の大河の流れを、更にいっそう盤石たらしめる。
 いよいよ、万年のための基盤をつくる総仕上げの時に入った。一切は、これからである。
 師弟に徹すれば、何も恐れるものはない。宇宙大の仏の智慧と仏の力が、わが胸中に涌現するからだ。師弟不二の地涌の誓願に生き抜くわが学会員に、すでに、永遠に崩れざる常楽我浄の境涯を、胸奥に会得していると、私は確信してやまない。
 地涌の菩薩が集い来た仏勅の創価学会は、永遠に、民衆を幸福にするために存在する。広宣流布のためにあるのだ。その一点が崩れない限り、あらゆる障魔が競い起こっても、学会は永久に発展する。
 熱原の法難の渦中、大聖人は青年門下の南条時光に仰せになられた。
 「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(同1561㌻)
 「をなじくは・かり《仮》にも法華経のゆへに命をすてよ、つゆ《露》を大海にあつらへ・ちり《塵》を大地にうづ《埋》むとをもへ」(同㌻)
 すべては青年で決まる。大願に生き抜く青年の勇気で決まる。
 「この地上から悲惨の二字をなくしたい」──恩師・戸田先生から受け継いできた不二の誓願を、今、若き地涌の友に託したい。
 民衆の凱歌の行進を、永遠に続けゆくために! 次の50年の栄光のたに! 創価の師弟の未来永劫の勝利ために!
2010-04-22 : 提言/寄稿/インタビュー等 :
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