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随筆 我らの勝利の大道 No.6/7

随筆 我らの勝利の大道 No.6/7
              (2010.2.11/12付 聖教新聞)

わが恩師・戸田先生㊤㊦

生誕110周年 報恩とは弟子の勝利なり
炎の2月闘争 勇敢に「一人」のもとへ!


 偉大なる
  師弟で勝ちぬけ
    今世かな

 “人類のために生き、人類のために与えた”と謳われた偉人がいる。
 世界を明るくした発明王エジソンである。
 「生きる喜びも、手に入れたものも、すべて人に与えてしまう……
 アメリカが国王を必要とするなら エジソン氏こそふさわしい」と。
 苦労して発明した創造の果実を、人類の繁栄のために提供する。それを最大の喜びとする大きな心が、エジソンをいっそう偉大に輝かせていた。
 このエジソンの誕生日は、1847年の2月11日であった。今、歴史に光る1日となっている。
 奇しくも、その53年後の1900年(明治33年)の2月11日が、人類の平和と幸福のため、新たな精神の大光を送られた、私たちの師匠・戸田城聖先生の生誕の日である。
 宿縁深厚の直弟子の私と妻にとって、1年のうちで最も嬉しい日だ。
 この日を迎えるたびに、私の胸には、師と共に戦い抜いた一日一日が、黄金の映像となって蘇ってくる。
 ある時、戸田先生が笑みを浮かべて言われた。
 「わたくしが、牧口先生のことを申しあげると、止まることがなくなる」
 私も、同じである。恩師のことは、何時間、いな、何日かかっても、とうてい語り尽くせない。
 私には「創価」の魂を受け継いだ第3代として、師の正義を、真実を、偉大さを、今世で全世界に宣揚し抜く責務があり、後世永遠に伝え切る使命がある。
 ことに本年は、北陸の石川県・塩屋の天地で、戸田先生がお生まれになってから110周年である。
        ◇
 常楽の
  功徳と勝利の
    故郷城《ふるさとじょう》

 この冬は、ふるさと北陸も、また戸田先生が育った北海道も、さらに牧口先生の故郷・信越も、そして両先生が愛した東北も、大雪である。
 そのなかを、両先生の直系の創価の友は意気軒昂に活躍している。世界でも、アイスランドやアラスカなど、寒冷の地域で健闘する同志がいる。
 北国の友の健康と安穏を祈らずにはいられない。
 ともあれ、生誕110周年の佳節を迎え、わが胸には一段と深い報恩の思いが込み上げる。希有の師である戸田先生のお姿を通し、「広宣流布の指導者」のあるべき姿を、あらためて確認しておきたい。
        ◇
 第1に戸田先生は、先師・牧口先生に「報恩の誠」を尽くされた、不世出の弟子であられた。
 「誠」の字を分解して見れば、“言を成す”ともなる。辞書には「まことの道を実行する」などとあり、実行は誠実の要件である。
 師匠のご構想を、そして弟子としての誓願を、寸分違わず達成する。まさに、先生のご生涯は「誠」そのものであられた。
 戦時中の2年の投獄の弾圧を勝ち越えた先生は、知人にこう綴っておられた。
 ──恩師・牧口先生のお伴をして、法華経の難に連なり、独房に修行すること、言語に絶する苦労を経てまいりました。
 お陰をもちまして、身で「法華経を読む」という境涯を体験し、仏典の深奥を探り、遂に仏を見、法を知りました、と。
 苦悩の民衆を救い、世界を平和へリードしゆく日蓮仏法の「立正安国」の奥義を、その胸中深く会得されていたのである。
 戸田先生はある時、粛然として語られた。
 「私は、牧口先生の言う通りにやった。師弟の道というのは、そうでなくてはならないのだ」
 また、ある時は、「一歩も退かず、大折伏をして、牧口先生の仇を討っていくのであります」と。
 敗戦後、壊滅状態にあった学会の再建のため、戸田先生は、ただ一人、何をもって立たれたのか。
 それは「地道な個人指導」「快活な座談会」「峻厳な教学」、そして「慈悲と正義の折伏」であった。
 すべて「創価の原点」に立ち返り、牧口初代会長が生前、最も大切にされていた率先の「行動」に打って出られたのだ。
        ◇
 “われ、75万世帯をもって、殉教なされた牧口先生の正義を宣揚せん!”
 昭和26年の5月3日、あの忘れ得ぬ第2代会長の就任式で、先生は「75万世帯の折伏」という願業を師子吼なされた。
 広宣流布の大将軍が立たれた!
 その雄姿を目の当たりにし、真実の戸田門下の青年たる私が、奮い立たないわけがなかった。

師弟共戦で前進!

 「いよいよ大作を出すか」──師の命を受けた、24歳の初陣は、昭和27年の2月であった。
 75万世帯達成への突破口となった、蒲田支部の「2月闘争」である。
 「大聖人の御聖誕の月、そして戸田先生の誕生の月をお祝いしましょう!」
 私がこう訴えて、「師弟共戦」を根本に始まった歴史的な拡大戦である。
 私は語った。
 「広宣流布の戦いは、祈りから始めることです。近隣など、身近な方々を大切にすることです。そして、信心の体験を確信をもって語り切っていくことです」
 私は、徹底して最前線に飛び込んだ。最前線とは何か。一人ひとりの会員だ。一軒一軒の家庭だ。一対一の対話の現場だ。
 信心の勝負は、自分一人に戻った時である。誰が見ていようがいまいが、信心で戦い、勝ってみせる! その一人立つ闘士を、何人つくれるかに尽きる。
 だから私は、勇敢に人と会った。誠実に対話した。対話の現場へ、同志と共に歩いた。一人また一人と、懸命に励ました。
 戸田先生への報恩感謝の喜びに燃えて! 自ら広宣流布への情熱の“火の玉”となって!
 なかんずく、最も大変な地域、大変な友のところへ飛び込んでいった。
 若い私の真剣な心に呼応し、日を追うごとに皆の目の色が変わり、足取りが変わった。
 御聖訓に「心はたらけば身うごく」(御書1187㌻)と仰せのごとく、弾む心が足を軽くした。勇気の行動が、みるみる第一線に浸透していったのだ。
        ◇
 恩師と同年に生まれたフランスの作家サン=テグジュペリは述べた。
 「『精神』の風が、粘土の上を吹いてこそ、初めて『人間』は創られる」
 崇高な精神が、組織という大地、現場という大地を潤してこそ、最強の人材は育っていくのだ。
 あの時、“師匠と共に”“師匠のために”と噴き上がる精神が、堰を切ったように蒲田支部中に充満したからこそ、歓喜の対話が爆発し、支部員一人ひとりも目覚ましい成長を遂げていったのである。
 御書には仰せである。
 「随喜するは信心なり信心するは随喜なり」(同835㌻)
 喜び勇んで壁の一カ所を破れば、それが突破口となり、一気に壁は崩れる。
 その結果が、大きい支部でも月に100世帯の弘教になかなか届かぬ時代に、1カ月に201世帯という未聞の金字塔であったのだ。
 「やればできる!」──その勇気と確信の炎は全支部、全国に燃え広がり、学会は、75万世帯の達成に向かって飛翔したのだ。
 現在、私は米国デューイ協会の2人の博士と、てい談を進めている。その1人のガリソン博士(同協会前会長)は語ってくださった。
 「一見、敗北に見えた牧口会長の獄死を、戸田会長と池田会長は、そして創価学会は、すべて『勝利』そして『永遠なるもの』へと転換したのです」
 3代の師弟の道こそ、正義と常勝の大道である。
 報恩とは、弟子が断固と勝つことだ。
 それが、戸田先生の弟子として、六十余年間、走り抜き、戦い抜いてきた私の人生の誉れである。

「師弟」「民衆」「青年」に創価の魂

庶民を愛した妙法の巌窟王
広宣流布へ一人立て! 自分から始めよ!


 ちょうど20年前(1990年)の2月11日、世界の目は1人の人物に注がれていた。         南アフリカのネルソン・マンデラ氏が、27年半 もの獄中闘争を勝ち越え、出獄されたのだ。
 “妙法の巌窟王”の弟子である私も、この“人権の巌窟王”の雄姿を、嬉しく見守った。いかなる縁か、8カ月後、来日されたマンデラ氏側の要請で会見し、深い友情を結ばせていただいたのである。
 後日、悪名高い人種隔離を撤廃し、大統領となられたマンデラ氏は、『自伝』に高らかに記された。
 「わたしはこの偉大な変革が成しとげられるという望みを、一度も捨てなかった」「この国のふつうの男たち、女たちの勇気を信じていたからだ」──
 民衆こそ偉大なり!
 これは、妙法の巌窟王・戸田先生の信念であった。
 この「民衆」根本という精神こそ、私たちが、師匠から永遠に学び、継承するべき第2の点である。
 先生の生涯は、常に庶民と共にあり、最前線の友の汗と涙と共にあった。
 「一番苦労している人たちに手を差し伸べていくのだ。こういう方たちの味方となって、妙法を教え、救い切っていくのが、学会の使命ではないか」と。 
 日夜、懸命に働く人びとの胸に、「信心は一人前、仕事は三人前」との励ましが、どれほど深く響いたことか。
 「御みやづかい(=仕事)を法華経とをぼしめせ」(御書1295㌻)との御聖訓を踏まえての珠玉の具体的な指針であった。
 苦労知らずの遊戯雑談の坊主などには、絶対にできない指導であった。
 朝な夕な、会員一人ひとりの声に、誠実に耳を傾けられた。その人の本質を見抜き、その人の本質を高め輝かせてくださる先生であった。「宿命転換」「人間革命」の大仏法に基づいて、絶対勝利への勇気と希望を贈っていかれたのである。
        ◇
 特に恩師は、女性を尊重し、最も大切にされた。
 「女性は女性として、最高の生命力を輝かせて、人生の幸福を満喫するために信心に励むのである」
 「女性が責任感を持ち、鋭さを失わなければ、学会は大丈夫だ!」──先生は、宿命の嵐にも社会の不遇にも断じて負けない、偉大なる幸福博士の群像を育んでいかれたのである。
 民衆の大地を離れて学会はない。現実のあらゆる苦悩と闘っている民衆の外に、学会はない。いな学会が、民衆そのものなのだ。ゆえに学会の勝利が民衆の勝利に通ずる。
 日蓮大聖人は「諸法実相抄」に、「凡夫は体《たい》の三身にして本仏ぞかし、仏は用《ゆう》の三身にして迹仏なり」(同1358㌻)と示された。真実の仏は、凡夫(衆生)という大地を離れては存在しない。
 民衆の上に君臨するのではない。仏は永遠に民衆の中にあり、永遠に民衆と共に生きているのである。
 戸田先生は、「生き仏」とか「教祖」などと言われることを、最も嫌われた。
 「私は立派な凡夫だよ!」と呵々大笑されていた。
 戸田先生は、学生部への法華経講義で語られた。
 「大聖人の仏法は、衆生がいるから仏がいるという根本的な立場をとる。
 この考えで世の中の事象を考察するに、学生がいるから教師がいるのである。尊き学会員がいるから、幹部がいるのだ。
 自分は幹部だ、有名人だなどと威張る人間は、必ずおかしくなる。絶対に威張ってはいけないし、威張らせてもいけない」
 「学会は、永遠に民衆の側に立つ」。これが、戸田先生が教えてくださった根本の精神である。
        ◇
 さらに第3に、戸田先生は、誰よりも青年を愛し、青年の育成に心を砕かれた名教師であられた。
 先生の事業を支え、先生をお護りするため、私は、学業を断念せざるを得なかった。だが、先生は、その私に、一対一で万般の学問を授けてくださった。
 これが、誉れも高き「戸田大学」である。本年は、「戸田大学」がスタートして60周年でもある。
 先生は厳しかった。甘えなど許されなかった。
 テキストを開いての勉強だけが、講義ではない。いつでもどこでも、師弟が向き合えば、「今、何の本を読んでいるか」「その内容を言ってみなさい!」──鉄を宝剣に鍛え上げる峻厳さであった。
 私が世界の大学・学術機関から拝受した知性の宝冠も、すべて、この「戸田大学」での薫陶のたまものである。
 ゆえに私は、一つ一つの受章の儀式に、恩師と共に参列し、恩師に捧げる思いでお受けしてきた。
 私は、「戸田大学」開始の年の日記に記した。
 「青年は、小心であってはならない」「自分は、これでいいと思っては、絶対にいけない」
 青年は、学ぼうとする姿勢それ自体が、自身の成長と勝利への糧となる。
 御書には、「浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」(509㌻)とある。
 わが後継の青年よ! 君たちの成長が、創価の勝利となる。君たちの行動が、世界の希望を開くのだ。
 今、私も、あらゆる機会を通じ、池田門下を育成している。“教学で青年育成の総仕上げを”との決心で、「御書と青年」の対話もスタートした。
 「人間にとって大切なのは、いかなる思想を持ち、いかなる行動をしているかだ」。これが戸田先生の結論であった。
 世界最高の生命尊厳の大哲理を抱いた青年部には、「21世紀の世界広宣流布」を断じて遂行する使命がある。
 それは、この地球上のいずこであれ、君たちが存在するその場所で、断固として、勝利と平和の旗を掲げ抜く責任だ。
 戸田先生は、創価の「勝利の門」を開く女子部を心から慈しまれていた。
 壮年・婦人が中心の会合で、会場の後ろにいた女子部を、前に呼ばれて激励されたこともある。
 多忙を極めるなかでも、女子部の質問には、御書を繙き、教学を通して、懇切丁寧に教えていかれた。
 先生は、ある女子部員を励まして言われた。
 「自分のいる場所を幸せにできないで、どこに幸せを求めるのだ」
 だから強くなるのだ。悩みに負けない自分自身に、自分を革命するのだ。
 「われわれの信仰と知識は手足や身体と同じで、動かすことによって強くなる」とはイギリスの大詩人ミルトンの言葉だ。
 どこまでも仏法を根幹に戦い抜き、地域、社会に勝利の花を咲かせていってほしいのである。
        ◇
 第2代会長・戸田先生が最も大切にされた「師弟」
 「民衆」「青年」──。
 「師弟を貫け!」
 「民衆を敬え!」
 「青年を育め!」
 ここに、創価完勝の永遠の軌道もある。
 師弟を捨て去り、民衆を愚弄し、青年を軽んずる邪宗門は、哀れな衰退の一途をたどっている。
 ともあれ、大事なことは「一人立つ」精神である。
 戸田先生は第2代会長に就任された時、「広宣流布は私がいたします」と誓願なされた。
 誰かを頼むのではない。決然と「一人立つ」ことである。「自分」から始めることである。
 戸田先生は、約2万人に発展した男女青年部に、有名なご指導をなされた。
 「一人、ただ一人立てばよい。ただ一人立つ確信をもって立つところに、一切の仕事ができあがる」

歴史に不滅の名を
 「一人」が持っている力は計り知れない。
 紀元前479年、天下分け目の決戦「プラタイアの戦い」で、古代ギリシャは大勝利を収めた。
 実は当時、大活躍を期待されたギリシャ一の美丈夫《びじょうぶ》がいた。しかし思わぬ油断からであろうか、決戦を前に敵に討たれてしまった。
 その反対に、この時、最も勇敢に活躍し、功績があったと、史書に記録された英雄は誰であったか。それは、常日頃、皆から「腰抜け」と侮辱され、貶《おとし》められていた人物であった。
 いざという時に、人間の真価は発揮される。
 広宣流布の大闘争にあっては、皆が尊き使命の人材である。互いに切磋琢磨しながら、励まし合いながら、持てる力を思う存分に出し切っていくのだ。
        ◇
 今、世界の多くの平和指導者から、師の「原水爆禁止宣言」に敬意と感謝が寄せられる時代となった。
 パグウォッシュ会議をリードしてこられたスワミナサン元会長も言われた。
 「ラッセル、アインシュタイン、戸田城聖という3人の人物は時代を先取りした人物です」と。
 わが恩師の名前は、人類史に不滅の光彩を放ち始めているのだ。
 2月11日から、戸田先生の故郷・北陸でも、金沢市で「核兵器廃絶への挑戦と人間精神の変革」展が盛大に開催されている(北國新聞赤羽ホール)。
        ◇
 アメリカの思想家エマソンは厳しく叱咤していた。
 「恩恵を受けながら自分では何も恩恵を与えない人こそ卑劣なのだ」
 この哲人は、「最も多くの恩恵をほどこす人こそ偉大なのだ」と叫んでやまなかった。
 現在の私は、あの約10年にわたる師匠・戸田先生の訓練なくして存在しない。
 そして先生が逝去された後の半世紀もまた、「お前は生き抜け!」と、先生の寿命を私に頂戴したという思いで、戦い抜いてきた。
 だから私は、師匠に育てていただいたこの生命を、師の悲願であった「広宣流布」──民衆の幸福勝利のために捧げるのだ!
 師弟不二の報恩の大道を歩む人生は、最高に幸福であり、無上の栄光である。

 人間の
  王者の心は
   信心に
  無量無辺の
    力と湧くなり


マンデラの言葉は『自由への長い道 ネルソン・マンデラ自伝』東江一紀訳(日本放送出版協会)。ミルトンは『言論・出版の自由』原田純訳(岩波書店)。古代ギリシャの故事はヘロドトス『歴史』松平千秋訳(岩波書店)。エマソンは『エマソン選集2 精神について』入江勇起男訳(日本教文社)。
2010-02-19 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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