「SGIの日」記念協議会

「SGIの日」記念協議会でのSGI会長のスピーチ
          (2010.1.26 創価文化会館)

わが学会こそ「平和の柱」「教育の眼目」「文化の大船」

発足35周年SGIは51から192カ国・地域へ
道を開け! 先頭を行け
戦禍の島グアムから間主義の大波


 一、本日は、各地のリーダーの皆さんが集まってくださった。
 遠方から参加した皆さん方も、大変にご苦労さま!
 きょうは、ゆっくりと懇談的に語りたい(大拍手)。

歌声高く!
 一、初めに、歌を歌おう。歌いたい歌を、どうぞ!
 〈ここで、女子部の代表が「華陽の誓い」を心清らかに合唱。
 男子部・学生部の代表は力強く“大楠公”を歌った。
 さらに代表が「牙城会歌」を高らかに響かせた〉
 皆さん、ありがとう、ありがとう! とても上手だ。皆で拍手を贈ろう!(大拍手)
 歌は、生命の響きである。
 歌を歌えば、元気が出る。勇気がわく。
 学会は、どこまでも、民衆の歌声とともに前進するのだ。

燃え立つ信心で
 一、戸田先生は言われた。
 「朗々と妙法を唱え抜き、感激に燃えて戦うのだ!
 『本当にありがたい! うれしい!』──この燃え立つ信心があれば、祈りは叶うのだ」
 私たちの唱える南無妙法蓮華経は、「大宇宙」と「わが生命」とを貫く、根源の音律である。
 広布に戦う喜びと感謝にあふれた、燃え立つような祈りは、己心の「仏界の力」をわき立たせるとともに、全宇宙の諸天・諸仏を揺り動かしていくのだ。
 その祈りが、叶わないわけはない。

全権大使たれ!
 一、戸田先生は、国家の弾圧による2年間の投獄から出獄して間もなく、こう語っておられる。
 「ぐずぐずしてはいられない。出獄後、私は、一日の休みもなく、奮闘している。
 これからの半年の間に、2年間の投獄の空白を取り返す決心で戦っている!」
 限りある時間だ。
 私たちも、ぐずぐずしてはいられない。
 決断である。行動である。
 祈るのだ。動くのだ。
 特にリーダーは、道を歩くときも、さっそうと歩き、会員・同志の皆さん、近隣の方々と、すがすがしいあいさつを交わしていくのである。
 一人一人が“学会の全権大使である”との気概で、勇んで打って出よう!(大拍手)

小さな島から
 一、きょう1月26日は、SGI(創価学会インタナショナル)発足35周年である。おめでとう!(大拍手)
 全世界で、この日を祝賀してくれている。
 〈SGIの発足は1975年(昭和50年)1月26日。
 西太平洋のマリアナ諸島の島・グアムに、51力国・地域の同志の代表158人が集い、世界各国のメンバーの団体からなる国際的機構として、SGIが結成された。席上、全参加者の総意として懇請され、池田SGI会長が就任した。
 当時の模様は、小説『新・人間革命』第21巻「SGI」の章に詳しく記されている〉
 なぜ、SGIを、グアムの地で結成したのか。
 それは、グアムが、太平洋戦争における日米の激戦地の一つであったからである。
 戦争によって、最も犠牲を強いられるのは、いつも庶民である。
 また大国が起こした戦争によって、元来、平和であった小さな島々が、無残に蹂躙されることも少なくない。日本でいえば、沖縄がそうであった。
 グアムもまた戦乱に苦しんできた。
 だからこそ私は、グアムに行って、そこから世界平和の指揮を新たに執り始めたのである。
 このとき、私は、ハワイからグアムに入った。小さなグアムで、メンバーを激励し、皆とともに太陽を仰いだ。全宇宙に、全世界に轟けと、妙法を唱えて出発した。
 そして今、35年が経過して、創価の平和と文化と人間主義の大連帯は、192力国・地域に広がったのである(大拍手)。

陰徳には陽報が
 一、今月、この原点の地で、SGI発足35周年の慶祝行事が相次いで開催された。
 いずれも、グアム準州政府の全面協力によるものである。
 SGIに最大のエール(声援)を贈ってくださった、グアム準州のフェリックス・カマチョ知事をはじめ、皆様方に最大の感謝を申し上げたい(大拍手)。
 SGI結成の舞台となった国際貿易センターの前に広がる公園には、「SGI発足記念碑」が設置されたとも、うかがった。
 すべては全国、全世界の同志の皆様の奮闘のおかげである。
 「陰徳あれば陽報あり」(御書1178㌻)である。皆さん、おめでとう!(大拍手)
 〈記念碑には、中央に、SGI結成の際のSGI会長のスピーチの一節が刻まれ、向かって左には、小説『人間革命』の冒頭の一節、右には小説『新・人間革命』の冒頭の一節が刻まれている〉

発足の年にモスクワ大学「名誉博士号」受章
師弟勝利の宝冠は274に


子孫末代まで
 一、思えば、SGI発足の年(1975年)の5月、私はモスクワ大学から「名誉博士号」をお受けした。
 これが私にとって、海外諸大学からの名誉学術称号の「第1号」であった。
 授与式は、天に向かってそびえ立つ、立派な大学本館の中の総長室で行われた。
 室内に案内されると、教授・学生をはじめ関係者が、厳粛な面持ちで、そろって待ってくださっており、皆さんが大きな拍手で迎えてくださったことが忘れられない。
 〈式典では、SGI会長への推挙理由として、①人間教育による社会貢献②核廃絶と平和運動の展開③哲学的著作の発刊④文学の創造⑤これらの活動を通した人類社会への貢献が挙げられた〉
 じつは、あす(1月27日)、創価大学で、中国の名門・安徽理工大学から名誉教授の称号を授与していただくことになっている(大拍手)。
 〈これで、SGI会長に世界の大学等から授与された名誉学術称号は「274」を数える〉
 世界から贈られた、すべての栄誉を、私は、師弟の絆で結ばれた同志の皆様方と等しく分かち合いたい。
 そのために私はお受けしている。
 これこそ、師弟勝利の証しなのである(大拍手)。
 また、すべては、皆様方の子どもさんやお孫さんに、流れ通っていく栄誉であることを知っておいていただきたい(大拍手)。

インドネシアの女性指導者
思いきって始める人がいれば多くの人がこれに習うのです


難に打ち勝て
 一、昨日(25日)、東京富士美術館企画の「ハプスブルク帝国の栄光──華麗なるオーストリア大宮殿展」の開幕式が岡山県立美術館で盛大に行われた。関係者の皆様、ご苦労さまです!(大拍手)
 ハプスブルク家出身の皇帝マクシミリアン1世が、戦いに臨んだ際に語ったとされる言葉を皆様に贈りたい。
 「私は君たちに勇敢とはどういうことなのか、その模範を見せてあげよう」(江村洋著『中世最後の騎士』中央公論新社)
 リーダーならば、先頭に立つことだ。
 先頭を行けば、当然、風圧は強い。難にあう。それに断固として打ち勝って、道を開いていく。それがリーダーである。
 戦時中、軍部と戦い、正義の信念を貫いた牧口先生、戸田先生は、自らを犠牲にして、学会を護り、同志を護っていかれた。
 私もまた、お二人の精神のままに行動してきた。
 「各国各地の大切な同志を護れるように」「皆が安心して活動できるように」と、祈って祈って祈り抜いてきた。
 そのために、あらゆる努力を惜しまず、道を開き、道を作り、時代を変え、学会への認識を新たにさせてきた。
 これが「創価の三代の心」である。
 この会員厳護の精神を離れて、創価学会はない。リーダーは忘れてはならない。
 嫉妬の邪宗門からも陰険な攻撃を受けてきたが、私は微動だにしなかった。
 私たちは、邪宗門から離れることができて本当によかった。まさに御仏意であった(大拍手)。
 一、インドネシアの女性解放の先駆者カルティニは叫んだ。
 「まず手本を示す人があるとよい」「思いきって始める人さえあれば、きっと多くの人がこれにならうものだと確信しております」(牛江名訳『暗黒を越えて』日新書院。現代表記に改めた)
 我らは今、永遠に崩れぬ「創価城」を築いている。
 「広宣の道」「勝利の道」「歓喜の道」を、皆さんが全世界に大きく広げていくのだ。勇気の剣を高く掲げ、さっそうと前進していただきたい(大拍手)。

「一人が十人の役割を果たせ」
 一、私が敬愛する中国の周恩来総理は、抗日戦争のさなか、安徽省の天地で、同志に力強く呼びかけた。
 「われわれは、一人が十人の役割を果たし、幹部一人が幹部百人の役割を果たすようにしなければならない」「幹部が健全であってこそ、事業を発展させることができる」(日本語版《周恩来選集》翻訳室訳『周恩来選集(1926年~1949年)』外文出版社)
 学会の発展と勝利もリーダーで決まる。
 戸田先生は私に「千人分の役割を果たしてくれ」と言われ、その通りに私は戦った。
 悪には厳しく、友には慈悲広大に──この一念に徹して、今日の学会をつくり上げたのである。
 ニュージーランド出身の女性作家マンスフィールドは、日記で自身に言い聞かせた。
 「成功、失敗を少しも意に介せず、ただつづけて行くこと」「たった今決心すること!」(橋本福夫訳『マンスフィールドの日記と感想』大観堂。現代表記に改めた)
 何があっても、へこたれない。今再び挑戦を開始する。勇気と忍耐で戦い続ける人が、栄冠をつかむのだ。
 今、各地に、新しい若きリーダーが陸続と登場してきた。
 「君よ、いかなる嵐があろうとも、創価の師弟の魂を、断じて護り抜け!」──こう強く申し上げたい。
 頼むよ!〈「ハイ!」と力強い返事が〉

「私がやる」との自覚と使命感を

 一、周総理は、こうも述べている。
 「困難な条件におかれていればいるほど、われわれの強味を生かすことができ、自己を鍛えることができる。
 われわれは安穏な地区で発展してゆこうとは思わない。
 なぜなら、安穏な地区は、だれでも来たがるし、だれでも生存できるからである。
 われわれは主として困難な地区へ発展してゆかなければならない」(前掲『周恩来選集』)
 誰も勝てると思わなかった昭和31年(1956年)の大阪の戦い。
 私は大変な地域へ、誰も行かない遠い地域へと、勇んで飛び込んだ。大阪中を隅々まで回り、寸暇を惜しんで、新たな発展の道を切り開いていった。
 その波動が、「まさかが実現」へとつながり、勝利を収めることができたのである(大拍手)。
 大事なのは「自分が広宣流布を成し遂げてみせる!」との「自覚」である。歴史を開く「使命感」に燃え立つことだ。
 きょうは、関西の山下以知子婦人部長も参加してくれている。
 昨日(1月25日)は「関西婦人部の日」。常勝の母たちの祈りで、私が大阪事件の無罪判決を勝ち取った日である。
 関西の同志、ありがとう!(大拍手)
 〈「大阪の戦い」について、草創の関西の婦人部は、こう証言している。「関西は、池田先生のもと、一会員に至るまで、“私がやらなければ勝てない”との決意に立ち、行動を起こしたのです。
 皆が日々の闘いを通して、御本尊の功力を実感していました。創価の正義に目覚めた関西の同志の大歓喜の生命が、報恩への行動となって拡大していったのです」〉

日蓮大聖人の国主諫暁から750年
民衆のため 社会のため 立正安国の大闘争を!


理想の建設へ大局観に立て
 一、本年は、日蓮大聖人が「立正安国論」を鎌倉幕府の最高権力者・北条時頼に提出してから満750年の佳節に当たる。〈大聖人が「立正安国論」を提出されたのは文応元年(1260年)7月16日〉
 大聖人の御一代の弘法は「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」と言われる。
 「立正安国論」には、正法によって断じて民衆の幸福と平和を実現するのだとの、御本仏の大慈悲と大情熱が脈打っている。
 私たちは、この立正安国の御精神のままに、いかなる迫害の嵐も乗り越えて、広宣流布へ進んできた。
 大聖人の御賞讃は間違いないと確信する(大拍手)。
 「立正安国論」には記されている。
 「汝須《すべから》く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(御書31㌻)
 自らの幸福を願うならば、まず社会の安定や繁栄、世界の平和を祈っていくべきであるとの仰せである。
 国土が戦乱や災害に覆われてしまえば、個人の幸福の実現もありえない。
 自分一人の幸せではない。社会の平穏と繁栄を祈り、その実現に尽くしてこそ、真実の幸福は実現される。
 また、そうした生き方を貫いてこそ、自己の小さな殻を打ち破り、本当に価値のある、充実した人生を築いていくことができるのである。
 戸田先生は青年部に語っておられた。
 「社会をどう変革するか、理想の社会を構築するためには、どのような実践行動が必要かを考えよ!
 その大局観に立った一切の振る舞いであってほしい」
 青年こそ、理想の社会建設の先頭に立ってもらいたい。
 勇んで現実社会の真っただ中に飛び込み、泥まみれになって民衆のため、地域のために尽くし抜くことだ。
 ここに日蓮仏法の魂もある。

思想の乱れが社会の乱れに
 一、大聖人が「立正安国論」を御執筆された当時、大地震や飢饉、疫病などが続き、民衆は塗炭の苦しみを味わっていた。
 大聖人は、その原因について、こう喝破されている。
 「世の中は上下万民あげて正法に背き、人々は皆悪法に帰している。それゆえ、守護すべき善神はことごとく国を捨てて去ってしまい、聖人は所を辞して他の所へ行ったまま帰ってこない。
 そのために善神、聖人に代わって、魔神、鬼神が来て、災《わざわ》いが起こり、難が起こるのである。じつにこのことは、声を大にして言わなければならないことであり、恐れなくてはならないことである」(同17㌻、通解)
 人々は正法に背き、誤った教えを拠り所としている。こうした思想・哲学の乱れが、世の中の乱れの元凶であるとの仰せである。
 国といい、社会といっても、その根本は人間である。人間の行動を決めるのは思想であり、哲学だ。宗教である。
 民衆が、何を規範とし、何を求めて生きるのか。それによって、社会のあり方は大きく変わってくる。
 だからこそ、民衆一人一人が確固たる哲学を持つことが重要なのだ。
 私たちの広宣流布の運動は即、立正安国の戦いなのである。
 一、大聖人は御断言された。
 「結句は勝負を決せざらん外《ほか》は此の災難止み難《がた》かるべし」(同998㌻)
 仏法は「勝負」である。正義が勝ち、正法が興隆してこそ、真の平和と繁栄の実現もあるのである。
 人生も戦いだ。真剣に祈り、努力し、行動し抜いてこそ、勝利の結果が生まれる。
 私たちは信念の行動で、誠実の対話で、すべてに勝ちゆく一人一人でありたい。

共生と調和へ対話を推進
 一、国主諫暁を断行されたことで、大聖人は国家権力から厳しい迫害を受けた。
 大聖人は、なぜ大難を覚悟の上で、「立正安国論」を著されたのか。
 「安国論御勘由来」には、その理由について「ただひとえに国のため、法のため、人のためであって、自分の身のために言うのではない」(同35㌻、通解)と綴られている。
 仏法のため、平和のため、民衆のために正義を断じて叫びきらねばならない。これが御本仏の御覚悟であられた。
 戸田先生は訴えておられた。
 「日蓮大聖人は、首の座にのぼっても、佐渡の雪の中で凍えても、“われ日本の柱となるのだ! 眼目となるのだ! 大船となるのだ!”と仰せになられた。そして、民衆のために、あれほど戦われたではないか!
 我々も、強い自分に立ち返って、体当たりで戦うことだ!」
 学会は大聖人の仏法を根幹として、全世界に平和と教育と文化の連帯を大きく広げてきた。「人間革命」の哲学を掲げて全民衆の幸福の実現を目指すとともに、共生と調和の社会の実現を願い、「文明間対話」を地球規模で推進してきた。
 御書には「智者は、世間の法と別のところに仏法を行ずることはない。世間の治世の法を十分に心得ている人を、智者というのである」(1466㌻、通解)と仰せである。
 現実の社会の中で、仏法の智慧を発揮し、貢献していく。そうであってこそ、真に“生きた宗教”として輝いていくことができるのである。
 今、SGIの人類貢献の活動に、各国の指導者や識者からも多大な賞讃が寄せられている。
 日蓮大聖人の仰せのままに、大聖人に直結して前進する我ら創価学会は、世界の「平和の柱」である。
 青年の「教育の眼目」である。
 人類の「文化の大船」である。
 この深き誇りと確信を胸に、威風も堂々と進みたい(大拍手)。

若き友よ勇敢に進め 先駆者の気概で戦え

関西の友に
仏法は勝負なり! 正義によって起て
汝の力 百倍せん!


婦人部・女子部の友に
広布の旗持ち、立ち上がれ!
生命は永遠だ。苦しい時期も“瞬間”のようなものだ。
最後まで頑張りきってごらん。必ず結果が出るよ!


 一、戸田先生のもとに全体が集い、みずみずしい心で、新たな戦いに打って出る──。
 これが、勝利の根本のリズムであった。
 毎月のように行われる師弟の会合を、先生は最重要視された。
 広宣流布のために、また学会を、同志を護るために、それはそれは真剣であられた。

世界を駆ける
 一、当時、戸田先生は50代。
 事業の挫折を乗り越え、晴れて第2代会長に就任された。
 しかし、大変だった。学会員は、まだ少ない。弘教も進まない。皆、まだまだ力を出し切れていなかった。
 弘教の突破口は、私が開いた。
 先生のもとで、あらゆる道を切り開き、先生をお護りした。
 それが弟子の道だと決めていたからだ。
 夜学を断念せざるを得なかった私に、「お前には、本当に苦労をかけた。恩義がある」と言われ、先生は自ら、万学の真髄を教えてくださった。
 ある時には、「世界に行った夢を見たよ」と先生は語られた。
 その心を抱きしめ、私は全世界を駆けた。平和と文化の花園を広げるために。
 今や、地球上のあらゆる天地に、我ら創価の同志がいる。
 皆さんも、頑張れ!〈会場から「ハイ!」と元気な返事が〉
 戸田先生は、常々、訴えておられた。
 「信心を根本に団結し、そして、勝利していくのだ!」
 先生は、一回一回の会合に、真剣勝負で臨まれた。邪な人間は震え上がった。真の弟子は欣喜雀躍した。

リーダーが率先の行動 真心の励まし
「あの人のように」と友に希望を
戸田先生
信心を根本に団結し勝利せよ


皆を喜ばせるのが真のリーダー
 一、戸田先生は、こうも叫ばれた。
 「リーダーは、先頭に立て! 同志の方々の模範となるべきだ。
 皆が安心し、皆に喜んでもらえるような存在に、断じて、なっていきなさい」
 皆のおかげで、リーダーがいる。
 皆のために、リーダーはいる。
 これが戸田先生の大精神であった。
 リーダーが最前線に立つのだ。それが正しい。当然のことだ。
 同志は皆、雨の日も、雪の日も、寒い中でも、一生懸命、広宣流布のために戦ってくれている。
 リーダーは心から感謝し、誰よりも真剣に行動するのだ。
 そうすれば、皆も、うれしい。「ああ、来てくれた」と喜びが広がる。
 それとは反対に、号令だけかけて、自分は動かない。立場にあぐらをかいて、ふんぞり返る──そんな増上慢の人間が出てきたら、学会はどうなるか。
 私は、将来のために語り残しておきたい。
 誰よりもリーダー自身が、人間の中へ飛び込んでいくことだ。
 「あの人の戦う姿に勇気をもらった」「あの励ましのおかげで頑張れた」──そう思ってもらえるくらい、同志のために尽くし抜いていく。その振る舞いが、永遠に光っていくのである。
 広布の人生に引退はない。最後の一瞬まで戦い、立派に総仕上げしていくのだ。
 どんな立場になっても、同志を尊敬し、後輩をほめ讃えながら、自分は“一兵卒”の気概で、尊き和合を護り抜くのである。
 決して威張ったり、利己主義に陥ってはならない。自己には厳しく、人には温かく。皆に信頼され、頼りにされる存在であってもらいたい。

「繰り返し」の道に豊かな実りが
 一、近代スペインの大建築家ガウディの言葉は味わい深い。
 「唯一の実り豊かな道は繰り返しの道である」(鳥居徳敏編・訳・注解『建築家ガウディ全語録』中央公論美術出版)
 偉大な芸術家は、繰り返しをいとわない。たゆみなく、人知れず努力を重ねる。そこに創造の道がある。
 信心の世界も、そうだ。日々の勤行・唱題。友への励まし。その繰り返しが、実り豊かな大功徳を生む。
 一生懸命、学会のため、同志のため、何よりも、師匠のために戦い続ける。その人が、最後の勝利者と輝くのだ。
 一、戸田先生は、若き友に叫ばれた。
 「戦え! 攻めよ! 怯むな! 広宣流布の戦に自分から切り込んでいくのだ。
 特に、青年部は、先駆者の気概で戦え!」
 この言葉を、後継の諸君に贈りたい。
 青年部は、本当に頑張ってくれている。頼もしい限りだ。
 一、フランスの詩人ボワローは、こう強く語りかける。
 「愚か者が君を非難する場合には、もうそれに屈したもうな」(小場瀬卓三訳「詩法」、『世界大思想全集 哲学・文芸思想篇21』所収、河出書房新社)
 彼は、知性の最高峰・フランス学士院の会員であった。
 〈SGI会長は1989年にフランス学士院の招聘を受け、「東西における芸術と精神性」と題する講演を行っている〉
 火を吐くような彼の詩に、こんな言葉が躍っていた。
 「手に筆を執り世の悪徳を叱咤する」
 「傲慢と不正不義とに立向い」「悪徳懲しに行くのです」
 「何を惧れることあらん」(守屋駿二訳『風刺詩』岩波書店)
 ボワローは、理性を愛し、真実を見つめ、鋭い批評を繰り広げた。
 不滅の大詩人のごとく、我らは勇気の言論で、民衆の大叙事詩を綴っていきたい。

「1万人と対話する気迫で!」
 一、戸田先生は力を込めて言われた。
 「広宣流布に戦う以外に信心はない。こう覚悟することだ」
 何の信仰も哲学も持たない生き方は、気楽なようだが、永遠性の幸福はつかめない。
 皆さん方は、仏になる修行をしている。仏界という無上の境涯を開いているのだ。
 永遠に、最大の功徳に包まれる。永遠に、生死不二の、最高の生命の状態が貫かれていく。そのための信心なのである。
 さらに先生は、「一万人と対話するぐらいの気迫を持て!」とも叫ばれた。
 対話で心をつかむには、まず祈りだ。確信だ。生命力である。
 烈々たる気迫の声で、新たな時代を切り開くのだ。

壮年部に
たとえ年配になっても──25歳の心意気で!


ニュージーランドの女性の作家
幸福とは「困難を征服した時」


正義の師子の風格を持て!
 一、戸田先生は壮年リーダーの奮起を願って語られた。
 「正義の師子の風格を持て! その頼もしき姿に、皆がついてくるのだ」
 黄金柱の壮年部が、今こそ立ち上がる時である。
 たとえ年配になっても、25歳の青年の心意気で、この一生を生き抜いていただきたい!
 〈会場から「ハイ!」と返事が〉
 断じて心まで老いてはならない。若々しい心を燃やさなければ、何事も勝てるはずがないからだ。
 また戸田先生は、婦人部と女子部の友を励まして言われた。
 「広宣流布の旗を持って、立ち上がれ! 永遠の生命から見れば、苦しい時期というのは、瞬間のようなものである。最後まで、しっかり頑張りきってごらん。必ず結果が出るよ」
 深い意味が込められた言葉だ。
 同志の皆様の中には、ご家族が病気の方もいるでしょう。この不況で経済的に大変な方がいることも、よくうかがっています。
 壁にぶつかった時こそ、信心で立つのだ。題目をあげぬき、決して負けてはいけない。
 「祈りとして叶わざるなし」の妙法である。
 私は、一切が、希望の方向へ、幸福の方向へ、勝利の方向へ行くようにと、毎日、真剣に祈っている。
 どうか勇気ある信心で、苦難を乗り越えていただきたい!
 ニュージーランド出身の女性作家マンスフイールド。彼女は、ちょうど女子部の皆さんと同じ青春時代に、こう綴っている。
 「困難を征服している時以外に私が幸福になれる時があろうか? 決してない」(佐野英一訳『文学する日記(全訳)』建設社。現代表記に改めた)
 困難がないことが幸福なのではない。
 困難に打ち勝つなかに幸福があるのだ。
 女子部の皆さんは、いかなる悩みも乗り越えて、一人ももれなく、世界一の幸福王女になっていただきたいのです。
 頼むよ!〈会場から「女子部は必ず勝利してまいります!」との声が〉
 うれしいね。広宣流布に挑みゆく、その心が偉大だ。本当に尊いことです。
 男性陣も、負けずに頑張れ!〈「ハイ!」と元気いっぱいの返事〉

心は必ず通じる
 一、戸田先生の指導を拝したい。
 「題目は、真剣勝負で祈れば、必ず功徳となって現れる。
 真剣に祈れば、雑念は消え、広布の戦いで勝つことに集中できるようになるのだ」
 勝つための仏法だ。
 1年365日、強き祈りを根本に、すべてに勝ち抜こう!
 戸田先生は、こうも言われていた。
 「信頼や友好を結ぶのは、簡単なことではない。しかし、人間として、誠実に、人の三倍の努力をすれば、必ず心は通じる。その地道な戦いこそが、最も堅実な勝利の道なのである」
 友情こそ、人生の宝である。自分から心を開いていくのだ。
 気取らず、飾らず、どこまでも誠実に、信頼の心を通わせていくことである。
 ともあれ、日蓮大聖人に連なって、真剣に、妙法を唱えゆく我らには、「無作三身の如来」の生命が滾々とわいてくる。
 「はたらかさず・つくろわず・もとの儘」(御書759㌻)──ありのままの自分を伸び伸びと輝かせていける。ここに妙法の偉大さがある。

栄光の80周年! さあ きょうも出陣!
時代を動かす対話の大潮流を


今いる場所が使命の晴れ舞台
 一、「誰か」ではない。「どこか」でもない。「自分が今いるその場所」が、わが人生の晴れ舞台である。
 自分にしかできない使命の劇を、思う存分、勝ち飾るのだ。
 心に大きな目標を持つ人は、それだけ大きな人生を生きられる。
 自ら決めた目標へ、祈り戦い抜く人は、最後に必ず勝利する。
 「広宣流布」即「世界平和」。
 それが我らの大目的である。
 歴史を開く80周年。
 どうせ戦うならば、日本中がびっくりするような、正義と勇気の大対話運動を巻き起こし、民衆が輝く新時代を開くのだ。
 やってみよう! 対立から調和へ、平和の連帯を大きく広げるのだ。世界を、あっと言わせよう!
 時は来た。大勢の同志もいる。ここで躊躇し、臆しては、後世の人々に笑われる。
 戸田先生は教えてくださった。
 「今は乱世である。非情な戦いが、乱世の原理というものだ。
 ゆえに、我が身を惜しまず、厳しい使命の実現に骨身を削る以外にない。そこに、勝利が開かれる」
 乱世をもチャンスに変えて、強気、強気で進むのだ。
 先生の言葉のままに、私は戦った。一念に億劫の辛労を尽くして、祈り、走った。
 行くところ行くところで、皆が驚くような結果を示し、妙法流布の活路を開いた。飛躍的な拡大は、日本はもとより、世界まで波動を広げた。
 思えば、戸田先生は、愛弟子を、あえて最激戦地に挑ませて、鍛えた。そのたびに、私は敢然と戦い、勝利を報告した。
 先生は「どこに行ったって、大作は何でもやり遂げる」と、本当にうれしそうだった。
 師匠の期待に、より以上の結果をもってお応えする。
 これが、真実の弟子の道である。

われも戦う 君も広布へ
 一、忘れもしない、昭和31年の大阪の戦いで、私は愛する関西の若き友に贈った。
 「仏法は勝負なり」「正義に依って起て、汝の力 百倍せん」と。そして「吾れも断固斗う。君も共に、広布の為に奮斗されん事を」と呼びかけた。
 正義なればこそ、断じて勝たねばならない。
 熾烈な戦いにあって、その勝敗を分けるものは一体、何か。
 それは、リーダーの一念である。先陣を切る将の姿である。
 大阪の戦いでは、まず私自身から、必死の祈りを開始した。
 それが、友へと広がり、一人また一人と立ち上がり、遂には時代を動かす、大いなるうねりとなった。
 決戦の日の早朝、5時ごろ。戸田先生から電話を受けた。
 「何だ、大作、起きていたのか」と言われながら、情勢のゆくえを心配される先生。
 その時、すでに私の胸中には、揺るぎない勝利の確信があった。
 師弟の祈り、不二の闘争で勝ったのだ。

不惜身命の魂を継ぎゆけ
 一、戸田先生の時代も、多くの幹部がいた。しかし、誰よりも先生をお護りし、誰よりも勝利を打ち立てたのは、私である。後世のために、ありのままに語っておきたい。
 先生は心から信頼してくださり、亡くなられる前に、「大作、お前がいたから、よくやってくれたから、俺は栄えある身になれたよ。これからの学会を頼む」と語ってくださった。
 師匠のためなら、何でもやる。すべてに勝つ。これが弟子だ。
 この心が、創価学会という民衆の大幸福城を築き上げたのだ。
 最も過酷な時代にあつて、正義を貫き、殉教された牧口先生。
 ともに投獄され、満身創痍の身で、学会を再建された戸田先生。
 その不惜身命の魂を継ぎ、私は広宣流布に立ち上がった。
 苦境の戸田先生を、多くの人が見限り、軽侮《けいぶ》し、恩を仇で返していった時、私は戸田先生!」と叫んで戦った。心黒き増上慢の人間を、清浄な広布の世界から叩き出した。
 後に「俺は、いい弟子をもって、幸せだったよ、大作」と喜んでくださった先生。
 病弱だった私の身を案じて、「大作、長生きしてくれ」と叫び、人目もはばからず慟哭された先生。
 「なんとか長生きしてもらわないといけない」と、先生は、私ために祈ってくださった。
 本当にありがたい師匠であった。
 先生亡き後も、弘教の上げ潮をつくり、あらゆる基盤を整え、五大州に道を開いた。
 世界も、心配ありません──今、私は、こう胸を張って、先生にご報告することができる(大拍手)。

今の行動が後世の教科書に

50年後、100年後の同志の模範に
 一、風が吹けば、波が立つ。正義を叫べば、反発も起こる。
 御書に「風大なれば波大なり」(909㌻)と仰せの通り、これからも、大仏法を弘めれば必ず難が競うだろう。
 それは、正義のゆえであり、時代が変わる兆しなのだ。
 戦おう! 断じて勝つのだ。
 頑張ろう! 今の皆さん方の真剣な行動が、後世の教科書になっていく。
 創立80周年のこの時に、皆がどう戦ったのかを、50年後、100年後の同志が学ぶ。そういう時代が必ず来るのだ。
 脚光を浴びない舞台で、誰が見ていなくとも、黙々と、わが使命を果たしてくれている友もいる。
 しかし、全部が仏道修行である。仏法には一切無駄はない。
 かつて戸田先生は、「水滸会」の野外訓練で、キャンプファイアを囲みながら、こう語られた。
 「この炎のように、私たちの生命も、燃え上がらせていくのだ。
 学会精神とは、信心の炎を燃え上がらせることなのだ」
 強い祈りと熱い決意で、友を励まし、同志に尽くすのだ。

皆様の「勝利」と「健康」を祈る
 一、師とともに戦い、師とともに勝つ。ここに常勝の道がある。
 いかなる時代になろうとも、師弟の魂を叫び抜き、師弟の道に生きるのだ。それが学会の強さである。それでこそ、最高の力が出る。この一点を、永遠に、わが生命に刻みつけていただきたい。
 きょうは長時間、本当にありがとう!
 皆さん方のご家族が健康であるように。そして、一切に勝利していけるように。それを祈って、題目をあげたい。〈ここでSGI会長の導師で、全員で唱題した〉
 ご苦労さま!
 お元気で!
 私は、妻とともに、一生懸命、皆さんの「勝利」と「健康」を祈っています。それぞれの地域の広宣流布は、皆さんにお願いする以外にないからだ。
 地元に帰られましたら、同志の方々に、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください。
 青年部、頑張れ! 成長がうれしい。民衆を護るために、偉くなれ! 負けるな!
 皆さん、ありがとう!(大拍手) 
2010-02-01 : スピーチ・メッセージ等 :
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