随筆 我らの勝利の大道 No.2

随筆 我らの勝利の大道 No.2 (2010.1.9付 聖教新聞)

今日も元気で!

旭日の如く勢いよく前進!
満月の如く完勝の一年に!


創価の母に幸福と平和の花を!
女性の勇気とこそ世界を変える力だ


 母ありて
  婦人部ありて
   広布かな

 2010年──我らの 「創立80周年」の元朝は、神々しき天空の劇とともに明けた。
 快晴に恵まれた東京の「日の出」は午前6時50分であった。「月の入り」は午前7時3分である。
 東天に、初日の出の黄金の光が走った時、西の空には、白銀の満月が笑顔を浮かべていた。
 すでに、元日の新年勤行会の尊き役員のメンバーが行動を開始してくれている時間だ。北日本や日本海側などでは大雪に見舞われており、私と妻は、絶対の無事故を懸命に祈らずにはいられなかった。
 信濃町の学会本部にも、創立80周年を祝賀して、多くの方々がお越しくださった。皆様の真心に感謝は尽きない。
 有名な「十字御書」には、深き信心で正月を祝う女性の功徳について、仰せである。
 「月の西より東をさしてみつがごとく・日の東より西へわたりてあきらかなるがごとく・とく(徳)もまさり人にもあい(愛)せられ候なり」(御書1491㌻)
 全世界の創価の母たちが、元初の旭日が昇りゆく勢いで、「健康前進」の一年であっていただきたい。
 そして、満月の光が充ちあふれてゆくような「幸福勝利」の一年であれ!

美しき蘭のしおり


 今日もまた
 今日もまたと
  歴史かな

 創価家族の先頭に立って、わが婦人部大会(グループ総会)が、地域の友人の方々もお招きして、にぎやかに、意気高らかに行われている。
 グループ総会といえば、25年前(昭和60年)の1月、妻が東京・新宿区内で行われていた総会に出席させていただいたことがあった。
 当時、全国で開催された総会では、「蘭」の写真を印刷した記念のしおりが、参加者に配られた。
 妻は挨拶の中で、しおりの写真を話題にした。
 蘭は絶壁の高所など極限の地にも咲く。その生命の美に迫り、対話し、命懸けの思いで撮影してきた写真家の努力があるからこそ、皆が感動するのですね、と語っていったのである。
 「私たちの活動も同じです。一人の人を思って、足しげく通う。その真心は絶対に通じます。だから、自分自身の生命が、この蘭の花のようにみずみずしく輝くんですね。一緒に頑張りましょう」
 「蘭」といえば、かつて妻と立ち寄った夜店で、何株か「折鶴蘭」を買ったことがある。
 50年ほど前で、確か180円だったと記憶するが、当時、住んでいた大田区小林町の自宅の小さな庭に植えてみると、増えること増えること──。
 そこで、この折鶴蘭を株分けして、地域の同志や友人にお配りしたのである。
 折鶴蘭が各家庭に根を張る様子を思い浮かべつつ、「そのご家庭に幸福が根づくように」との願いを託した。そして、実際、あの家にも、この家にも、大福運が広がっていくことが、私たち夫婦の何よりの喜びであった。
 時移り、今回の婦人部大会では、私と妻の名前がつけられた「ダイサク・イケダ・カトレア」と“香峯子蘭”の写真が印刷されたしおりが配られている。
 御書にも「蘭室の友」(同31㌻等)と記されているように、蘭は最も高貴な友情の花である。
 刷り上がったばかりのしおりを手にした私は、妻と共に早速、御宝前にお供えして、題目を唱えた。
 このしおりを受け取られた方々が、一人ももれなく、大功徳の花を爛漫と咲かせゆかれるように、真剣に御祈念したのである。
        ◇
 世界中
  この歌 歌いて
   広布あり
  皆様方を
    仏天 護らむ

 「創価の母」たちには、いかなる嵐も困難も朗らかに乗り越えてきた、力強い歌がある。
 婦人部の愛唱歌「今日も元気で」である。
 私の妻と姉妹の如く歩んできた多田時子さんが、全国の婦人部長の時に生まれた歌だ。
 それは、昭和43年の8月、東京・両国の旧・日大講堂で行われた婦人部幹部会の席上であった。披露してくれた創価の妙音菩薩たる「白ゆり合唱団」の澄んだ歌声は、今なお私の胸に響いている。
 誕生から40年以上の歳月を経ても、この歌の弾けるような生命力は、まったく変わらない。
 偉大なる庶民の母、平和の母たちは、この歌とともに、崇高なる広宣流布の大道を歩んできた。そして、世界第一の「女性の平和スクラム」と光る婦人部を築き上げてくれたのである。
 歌声に国境はない。今や広布の母たちが歌い続けた「今日も元気で」のメロディーは、海を越えて、アメリカ、ブラジル、パナマ、韓国など、世界中に広がっている。
        ◇
 満足の
  今日も明日《あす》もと
    師弟不二

 邪悪な法盗人《ほうぬすびと》の“衣の権力”の暴風が吹き荒れた昭和54年、嫉妬に狂った宗門は、師弟の絆に狙いを付け、私と同志の間を引き裂こうとした。
 自由に会合に参加できない私に代わって、可能な限り、妻にはさまざまな集いに出席してもらった。5月27日、横浜市神奈川区で行われた大ブロック(地区)の婦人部総会も、その一つであった。
 その会場でも、「今日も元気で」を、皆が意気軒昂に歌っておられたと妻から聞いた。
 参加者の中には、父親が脳梗塞で倒れ、医師から死の宣告を受けたばかりのご婦人もおられたようだ。
 妻は、「負けないで頑張ってくださいね」と、お見舞いに袱紗を託した。その話を伺い、私も妻と一緒に題目を送り、何があっても創価学会から離れなければ必ず幸せになれる、と激励させていただいた。
 嬉しいことに、このお父さんは、2年後に職場復帰を果たされ、17年余、「更賜寿命」の実証を美事に示されたとお聞きしている。創価とともに、健気な父娘は常楽我浄の勝利の劇を飾られたのだ。
 ともあれ、「常勝関西」をはじめ、全国のあの地でもこの地でも、尊き仏である婦人部の皆様方は、誰が何を言おうが、この歌を声高らかに歌いながら前進してくれた。
 私の姿が見えようが見えまいが、歌を通して、いつも不二の心で戦い続けてくれたのだ。
 暗雲を払いゆく学会の反転攻勢の戦いも、「創価の母」たちの大合唱とともに始まったのである。
 無冠の母の歌声は、なんと強く、なんと正しく、なんと朗らかなことか!
 この民衆の希望と正義の音律を一段と晴れがましく轟かせていくところに、広宣流布の実像もあるのだ。

闘う我らの心意気

 ♪あかるい朝の
    陽をあびて
  今日も元気に
    スクラムくんで
  闘うわれらの
    心意気……

 歌詞の1番には「闘うわれら」とある。「私」一人でなく「われら」である。
 そこには「同志と共に」「師と共に」という心意気が脈打っている。
 それは、共々に、人類を幸福と平和へ導く、広宣流布の大願に生き抜くことである。
 その具体的な実践とは、目の前の「一人」を励ますことだ。誠実に、「一対一」の対話と友情を広げることだ。
 「広宣流布は婦人の手で」──これが、恩師・戸田城聖先生の心であったし、私の願いである。
 この師弟の一念に呼応し、婦人部は勇気凛々と、立ち上がった。そして、広宣流布の花のヒロインとして、妙法を全世界へ弘めてくださった。
 この方々こそ、真の生命の貴婦人であられる。私は若き日に、万感を込めて記した。
 「庶民の中に生き、数多くの折伏をしぬいている婦人の方が、幾百倍も偉きことよ」
 水の如き信心で、こうと腹を決めたら一歩も退かない。これが「信心第一」のわが婦人部の強さだ。
 勇気ある女性の声こそが、地域も社会も、変革していくのだ。
 それは、未来永劫に変わらないと確信している。

幸せ求める幾山河

 ♪真昼の太陽
    身に受けて
  汗にまみれて
     ペダルもかるく
  幸せ求める
    幾山河……

 歌詞の2番には、「幸せ求める幾山河」とある。
 「一家和楽」といっても、実際は、山あり谷ありの「幾山河」である。
 あの池上兄弟は、悪坊主にたぶらかされた父親から勘当などの迫害を受けた。
 その兄弟の夫人たちに、日蓮大聖人は、いざという時こそ、勇気を奮い起こして、「末代悪世の女人の成仏の手本」(御書1088㌻)を示しなさいと、大激励なされている。
 夫や同居家族が信心反対で、苦労されている方もいらっしゃるだろう。
 「父だけは、まだ信心が出来ないのです……」
 ある時、思い詰めたように一人の婦人が言われた。
 私は即座に答えた。
 「いいよ、いいんだよ。
 慈悲だよ。それはお父さんの慈悲だ。あなたを慈悲深い人にするためにね」
 身近な人ほど、信頼を勝ち得るまでに長い時間を要する場合がある。しかし、信心に反対だからと、喧嘩したり、対立したりする必要はまったくない。
 灯台は、たとえ一本でも、無数の船を安全な航路に導くではないか。
 勇気ある信心に立ち上がった人が一人いれば、家族も眷属も、必ず前進勝利の生命の軌道へ、リードしていくことができるのだ。
 この人だけは、どうせ信心しないだろうなどと、決めつけてもならない。
 相手ではない。自分である。親子として、夫婦として、自らが思いやりの深い、信頼される存在となることだ。
 人は人間の関わりのなかで成長する。それは、家族であっても変わらない。人との関わりが、生命錬磨の修行だからである。
 人生に平坦な道のりなどない。しかし苦しんだ分だけ、自分が幸せになれ、人を幸せにできるのが、仏法である。
 家族の理解を深めるため、どれだけの母たちが悩み、必死の努力を重ねておられるか。私の心から離れることはない。このいじらしき母たちが胸を張って誇れる創価の城を、私は築き上げてきた。

あすへの希望広げ


 ♪きらめく星を
    あおぎみて
  心に誓う
    世紀のいくさ
  あすへの希望を
    かぎりなく……

 もう一点、強調したいのは「後継の育成」という観点である。「あすへの希望」を広げゆくなかに、未来を担う後継者の育成が含まれてくるからだ。
 そこでカギとなるのが、各家庭における「信心の継承」である。その意味で、一家の太陽である婦人部の皆様が、どれほど重要か。
 昭和38年の2月、私は「婦人部に与う」と題して綴った。
 「広布達成まで、陰の婦人の不退転の信心が、夫を、子らを支えていく、盤石なる信心であっていただきたい」
 母は一家の船長であり、操縦士である。
 婦人が勇敢にして聡明な信心を貫けば、家庭は必ず変わる。家庭が変われば、近隣が変わり、地域が変わる。社会が変わり、ひいては人類も必ず変わっていく──これが「人間革命」の方程式である。
 一人暮らしの婦人部の方も、子どもや夫がいない婦人部の方々もおられる。しかし、皆が「広布の母」であり、「人類の太陽」なのである。
 このたび、少年少女部を壮年部、婦人部の皆様方に担当していただくことになった。なかんずく、婦人部の皆様方は、家庭そして地域の“信心の母”として、後継の育成をくれぐれも宜しくお願いします。
        ◇
 昇りゆく
  朝日の幸を
    身に受けて
  君よ舞いゆけ
    劇の如くに

 本年、結成30年を迎える女性平和委員会の代表から、先日、アメリカの人権の母エレノア・ルーズベルトのサインが記された貴重な本『生きる姿勢について』をいただいた。
 その本に、素晴らしい言葉があった。
 「もっともありそうもない状況のもとでも、人にやる気さえあれば、自分を作り変えることも、自分の世界を作り変えることも、できる」
 「生命の尊厳」「平和の文化」を育む女性の役割が、いかに大きいか。
 一人の女性の前進は、新たな歴史を開く力である。
 ましてや、私利私欲を求める自己中心主義が世界に蔓延する時代である。そのなかで堂々と、他者に尽くしゆく人生を歩む、わが婦人部の皆様の存在が、どれほど世界の尊貴な希望と輝きわたっていることか。
 地域部や団地部、農漁村部や離島部でも、婦人部の皆様の健闘が光っている。
 東京の荒川文化会館の地元でも、「地域友好の模範を」との私の期待に応えて、皆が生き生きと貢献を重ねてこられた。
 鼓笛隊出身の婦人リーダーの方は、町会の役員をはじめ、地元の青少年対策地区委員会、更生保護女性会の理事、保護司など、7つの役職を担い立って、元気いっぱいの笑顔で、地域を駆け回っておられる。
 この創価の賢者たちの合言葉は、「わが地域を大切に! わが地域の友を大事に! 仲良くすれば仏縁は広がる」である。
        ◇
 以前、フィリピンの名門キャピトル大学の創立者であられる、偉大な母ラウレアナ・ロサレスさんが語ってくださった。
 「創価の女性が人類の女性の半分を占めれば、世界は平和になるでしょう」
 わが創価の婦人部が毅然として健在である限り、21世紀の未来は盤石なのである。

“最後まで徹して”

 創価女子短期大学には、大科学者マリー・キュリーの像が、向学の乙女たちを見守っている。
 このキュリー家の人びとに深い影響を受けた一人が、日本女性初の物理学者として知られる湯浅年子さんである。
 湯浅さんが生まれたのは100年ほど前の明治42年(1902年)。
 まだ、男性が女性を従属させているような時代において、「勇気」をもって勉学の道を切り開いた。そして「自分自身のためでなく、科学の進歩のために」と「希望」を掲げ、生涯を研究に捧げたのである。
 その彼女の座右の銘は、「最後まで徹底的に」──という「執念」であった。
 勝敗を決するのは、最後の最後の仕上げまで戦い抜く、勝利への一念である。
 毎朝、太陽とともに、「今日」の一日は始まる。
 創価の創立80周年は、尊き「太陽の母たち」と一緒に、一日一日を断固と勝ち開いていくのだ。
 大切な大切な母よ、今日も朗らかに!
 宝の中の宝の創価の婦人部よ、今日も元気で!

 地道なる
  労苦の日々も
   妙法に
  生きゆく貴女《あなた》の
    功徳は無量と


ルーズベルトの言葉は『生きる姿勢について』佐藤佐智子・伊藤ゆり子訳(大和書房)。湯浅年子は山崎美和恵著『パリに生きた科学者 湯浅年子』(岩波書店)。
2010-01-10 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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