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忘れ得ぬあの瞬間 第12回

忘れ得ぬあの瞬間
名誉会長と共に80周年へ
    (2009.12.1付 聖教新聞)

第12回 北海道で幹部会

君が幸福に! それが広宣流布

 “先生だ!”──池田会長を乗せた車が着いた。拍手が鳴り、歓声がわき上がる。
 札幌の中島スポーツセンターの近く。ドアが開いて、姿を現した慈顔の新会長。すぐそばを、函館支部や、女子部の代表らが囲む。一人一人に温かな眼差しを注吉、手を振り、握手を交わしながら、ゆっくりと会場へ向かった。
 1960年(昭和35年)5月22日。新会長を迎えて第1回の北海道総支部幹部会。
 正午からの開始予定にもかかわらず、午前10時過ぎには、人波で埋まった。
 入場整理券は発行されていたものの、列車で、バスで、全道から、とめどなく押し寄せる友また友。その数、1万6000余人。場外にも、大勢あふれている。
  皆、この日を、どれだけ待ちわびていたか。どの顔も、歓喜と興奮で上気している。
        ◇
 第3代会長就任後、300万世帯の達成へ、地方指導を開始した池田新会長。関西に続き、その舞台に選んだ天地こそ、恩師・戸田第2代会長の故郷・北海道であった。
 仏法の正義を明らかにした「小樽問答」(昭和30年)。
 75万世帯の試金石となった、「札幌・夏の陣」(同年)。
 横暴な権力から同志を守り抜いた「夕張炭労事件」(同32年)。
 広布史に輝く北海道の「三大闘争」である。
 それは、若き池田会長が恩師と不二の心で、開拓の同志と築き上げた“師弟勝利の金字塔”にほかならなかった。
 「先生、北の守りはお引き受けします!」
 出陣の大会は、北海道幹部の大宣言で幕を開けた。
 支部旗・部隊旗の授与。
 「支部旗・部隊旗は、折伏の旗印です」──一人一人にしっかと手渡す池田新会長。息をのむ迫力。峻厳な空気が会場いっぱいに流れる。
 北海道の5月、外はまだ肌寒い。しかし、あふれる熱気で、参加者の顔には、うっすらと汗がにじんでいる。
 式次第は進み、新会長が登壇した。諸天も寿ぐかのような日差しが、天井ガラスから壇上に、キラキラと差し込んでいる。
 「北海道の皆様、大変しばらくでございました!」
 場内を揺るがす大喝采。皆、あまりの喜びで、顔がくしゃくしゃである。
 席上、新会長は、「豆腐とおから」の例を用いた戸田会長の指導を紹介した。
 ──広宣流布といっても、あくまで大切なのは、一人一人が幸福になることだ。
 学会員の幸福を「豆腐」に例えるならば、広宣流布は「おから」で、つまり、その副産物で、自然のうちに成し遂げられるのだ──と。
 一人一人の幸福の中に、広宣流布がある!
 ゆえに君よ、わが人生の勝利を断固と開きゆけ!
 烈々たる気迫の新会長。
 「師弟の三代城」に、今再びの“共戦”の炎が、赤々と燃え上がった。
        ◇
 終了後、池田会長は、場外でたたずむ大勢の同志にも声をかけ、激励を重ねた。
 そして、北海道本部へ。女子部「北海道華陽会」の集いに出席し、初代の北海道女子部長を務めた嵐慧子さんら若き乙女たちに、万感の期待を込めて語った。
 「広宣流布は、女子部がしっかりしていれば、大丈夫です!」
 「明るく美しく清らかであることが折伏であり、慈悲です。信心から迸る美しさ、清らかさが大事なのです」
 あれから明年で50年──。
 麗しき“華陽のスクラム”は今、「池田華陽会」となって、全世界を希望の光で照らしている。
2009-12-01 : 忘れ得ぬあの瞬間 :
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