新時代第33回本部幹部会

新時代第33回本部幹部会/創立80周年記念第1回全国青年部幹部会での名誉会長のスピーチ
                      (2009.10.24 創価国際友好会館)

平和と広布に捧げた50年
今度は君が人間革命の劇を


「創価完勝・青年躍進の年」へ出発
希望と安心と喜びを
同志に尽くし抜くリーダーに


マダガスカルの言葉
人と会う一日は百日の価値がある
今日も勇んで友のもとへ!


 一、きょうはまず、海外から来られた皆さん方に、全員で大拍手を送りたい。
 本当にご苦労さま! ありがとう! ありがとう!(大拍手)
 特にアフリカから来られた皆さん、お会いできて、本当にうれしいです!(大拍手)
 〈アフリカからの参加者が、壇上に招かれた〉
 一、アフリカ大陸の東に浮かぶ島、マダガスカル共和国の英知の言葉に、「人と出会える一日は百日分の価値がある」とある(山口洋一著『マダガスカル』サイマル出版会)
 一人の友と会い、語り合うことが、どれほど価値あることか。
 いわんや広宣流布のために、人と会う。友人に仏法を語り、励ましを贈っていく。その一日一日に、偉大な功徳が薫ることは、絶対に間違いない。
 きょうは、このマダガスカルからも青年部の代表が参加している。本当に、ようこそ!
 今回、参加できなかった同志の皆様に、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください!(大拍手)

「会員第一」が永遠の精神 
 一、先日、ブラジルにある誇り高き建築大学、シルバ・エ・ソウザ統合大学から、私は皆様方を代表して「名誉建築学・都市工学博士号」を拝受した。
 平和と調和の未来のために、建物を造ることは、本当に素晴らしい、偉大なことである。
 学会は、広宣流布のために、各地で会館の建設を行ってきた。建築を通しても、地域社会の発展に、都市の繁栄に貢献してきた。
 この9月には、本部第二別館(地上7階・地下1階)で、晴れ晴れと開館式が行われた(大拍手)。
 今、学会創立80周年に向けて、全国各地で、また世界各国で、新しい会館の建設、整備が進んでいることは、皆さんがご存じの通りだ。
 学会の会館には、多くの会員の方が集ってこられる。さまざま大変な中、広宣流布ヘ一生懸命に戦ってくださっている尊き方々である。
 こうした会員の皆様を一番、大事にする。学会は、この方針を永遠に貫いていかねばならない。最高幹部は、この精神を絶対に忘れてはならない。
 民衆が「上」なのだ。リーダーは「下」で、皆を支えていくのである。
 “いつも、本当にありがとうございます。遠くから、本当によく来てくださいました。どうか、ゆっくりしていってください”──そう言って皆さんに心から感謝し、仕えていくのが、真実のリーダーの姿である。
 そして「本当に来てよかった」と喜んでいただく。ほっとして、安心して、くつろいでいただく。それが学会の会館でなければならない。
 多くの方々が勤行・唱題を行い、思う存分、行学を磨き、創価の師弟の精神を学んでいける。友人や家族の方々を呼んで、ゆったりと懇談できる。そうした施設を、さらに充実させる計画が各地で進んでいる。

堂々たる「文化の城」「平和の城」を
 一、御書には「法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊し」(1578㌻)と記されている。
 日蓮大聖人に連なり、妙法に生きゆく尊き同志が集う会館は、まさに広布の“法城”である。これほど尊い建物はない。
 伝持の人を育て、拠点を盤石に築く。それは、法を永遠ならしめる聖業なのである。
 すべて皆様のため、未来のための建設である。皆が胸を張って、前進できる。一切に勝利していける。そのための土台を、完璧につくりたい。
 これが私の決心である。皆様へのご恩返しである。
 友人が、学会の建物を見て、「ああ、学会ってすごいね! もっと早く信心すればよかった」(笑い)と目を見張る。「我らの会館を見よ!」と誇り高く叫んでいける。そういう立派な「文化の城」「平和の殿堂」を築くことが、民衆の時代を一段と開いていく。
 これまで近くに会館がなくて、ご苦労やご不便をおかけした方々もいるかもしれない。
 大変な中を、広布のため、地域のため、同志のために頑張ってこられた皆様のことを、私はよく存じ上げているつもりである。
 しかし、広宣流布のために苦労した人は、必ず最後に勝つ。厳然たる功徳が現れる。これが仏法である。
 そのことを、深く確信していただきたい(大拍手)。
 一、15年前の思い出であるが、私は英国のチャールズ皇太子の私邸に、お招きをいただいた。約1時間にわたる会見では、自ら建築学院を創立された皇太子と「建築」について語り合った。
 皇太子は“精神を高揚させる建築”、そして“皆に喜びを贈る建築”を志向しておられた。
 ともあれ、各地の会館をはじめとするわが創価学会の建築は、「21世紀の建築」「新しい1000年の建築」の理想を実現しゆく戦いである──。
 それぐらいの自負と誇りを持って、堂々と進んでまいりたい(大拍手)。

関西よ 今再びの陣列を
戸田先生
「関西が発展すれば日本中が発展」


大関西城を築け
 一、戸田先生は言われた。──1000万人が信心する時代がきたら、それは日本の広宣流布の確立に通ずる──と。
 先生は、その日が来るのを、本当に楽しみにされていた。
 さらに先生は、「世界で信心している人が住む国が増えれば、それだけ一閻浮提の広宣流布が進む」と言われた。
 今、世界192力国・地域にまで、妙法が弘まっている。恩師の大いなる願いを、我らは現実の上で開花させてきた。
 またある時、戸田先生は「大阪の同志が信心に立ち上がれば、そして関西が発展すれば、日本中が発展する」と語られた。
 私は、これもその通りに成し遂げてきた。
 師の言葉を、まっすぐに受けとめ、祈り抜き、悩み抜き、あらゆる苦難を突き抜けて、師の夢を実現する。これほど崇高な人生の劇はない。皆さんもまた、同じ心で進んでいただきたい。
 きょう私は、「関西よ、立ち上がれ!」とエールを送りたい。
 日本一は当然のこと、“世界一の関西”になるのだ。
 関西が、学会全体を背負って立つ。そのために戸田先生は、若き日の私を関西に行かせたのである。
 そして関西は、広宣流布の拡大において、大人数の東京を圧倒する見事な結果を残したのである。
 どうか、悔いなく戦ってほしい。頼むよ、関西!〈関西からの参加者が「ハイ!」と元気に返事を〉
 青春時代、“関西が元気なら、学会は大丈夫だ”との思いで、私は関西の城を築き上げてきた。
 関西と聞けば、あの“中之島の公会堂”で開かれた「大阪大会」を思い出す。青春の苦闘の歴史を刻んだ、懐かしい場所である。
 理不尽な権力の横暴にも、わが愛する同志は一歩も退かず、真っ向から戦い抜いた。
 関西よ、今再びの陣列を組もう! 大前進を開始しよう!
 そして、皆で一緒に“民衆勝利の大会”をにぎやかに開こう!
 誰もが讃える「大関西城」を築こう!(大拍手)

「戸田大学」開始から60年
 一、「大事な『時』に巡り合い、歴史を残せることは、人間として最大の名誉だ」と、戸田先生は教えてくださった。
 明年は、いよいよ学会創立80周年を迎える。「八」には「開く」という意義がある。広宣流布の未来を無限に「開く」時である。
 まず自分自身が、生まれ変わった命で、新たな行動を起こし、勝利の道を開くのだ。
 さらに明年は、戸田先生の生誕110周年、「戸田大学」の薫陶の開始から60周年である。
 昭和25年(1950年)、戸田先生は事業難のなかで、私に対して一対一の授業を始めてくださった。
 戸田先生が“校長”で、私が“学生”である。「戸田大学」という名前は、先生ご自身が付けられた。
 毎朝のように続いた勉強。日曜には、戸田先生のご自宅で授業を行った。先生ご自身が食事を用意してくださることもあった。
 戸田先生の薫陶は、それはそれは厳しかった。先生は天才中の天才であった。あのような指導者を、私は、ほかに知らない。どんな高位の人間に対しても、実に堂々と相対しておられた。
 この「戸田大学」の誉れの卒業生として、私は世界各地からの名誉学術称号を拝受してきた。
 第1号のモスクワ大学名誉博士号から35年。明日(10月25日)には、中国の発展の推進力・大連工業大学から名誉教授称号をいただく予定になっている(大拍手)。

国家主義に対する怒り
 一、「仏法は勝負」である。広宣流布とは、ある意味で、勝利の“動かぬ証し”を残す挑戦である。
 私の少年時代は苦難、多難であった。戦争中、4人の兄はすべて兵隊にとられた。家は強制疎開させられ、空襲で焼かれた。父はリウマチで苦しんでいた。
 敗戦の年に、私は17歳。やがて、19歳でこの信心を始めたのである。
 国家主義の暴力、戦争の暴力に対して、私は今も、深い怒りを胸に抱いている。
 市民、庶民の生活が一番大事なのだ。
 明年は、私の第3代会長就任から50周年にもあたる。
 同志の皆さんのおかげで、半世紀の節目を迎えることができた。本当にありがとう!(大拍手)
 肺病で、いつ倒れてもおかしくない私であったが、体を張って、戸田先生をお守り申し上げた。
 軍国主義と戦い、牢に入られた先生は、出獄後、経済闘争で苦しまれた。
 弘教も、仕事も、何もかも、「先生、私がいたします!」と引き受けた。そして今日の学会を築いたのである。
 誰でもない、この私が築いた──ここに、私の永遠の誇りがある。
 学会は、宗教界の王者としての心意気を胸に、ここまでの隆盛を成し遂げた。だからこそ、三類の強敵も競い起こる。あとは、ただただ、後継の皆さんに立派に育ってほしいのである。

カメラを手に自然との対話
 一、私は、恩師の心を胸に、新たな時代を切り開くため、方々《ほうぼう》の地へ行った。
 行く先々で、自然の風景をカメラに収めてきたが、何も写真ばかり撮っているわけではない(笑い)。
 写真といえば、いつも頑張ってくれている聖教新聞のカメラマンも、ありがとう!
 広布の歴史を永遠に残しゆく尊い労作業である。活躍が光っている。ご苦労さま!
 思えば、私が、折に触れて写真を撮るようになったのは、創価学会の会長になった後のことである。
 過労から体調を崩した時、心配してくださったある知人の方から、健康のためにと、カメラをいただいた。
 “たまには、写真機を持って、ちょっと奥さんを撮ってあげたり、景色を撮って、気分転換をしたほうがいいですよ”という真心が伝わってきた。
 せっかくいただいたのだから、撮った写真をお贈りしなくては──それが“宿題”となって、心に残った。何事も、真面目に受け止めすぎるのも、損な場合がある(笑い)。
 それで写真を撮るようになった。初めは、なかなか思うようにいかなかったが、時間を見つけて、ともかく撮影し、現像して、心からの御礼にと、お届けしたのである。
 ある方が、私の撮った写真を、ほめてくださった。“どんどん、撮ってください”“世界的にも、写真芸術の先駆として、きっと大きな反応があるでしょう”
 そうした励ましの言葉の通り、ありがたいことに、今、各国で写真への評価をいただいている(大拍手)。
 〈名誉会長撮影の写真作品は、「自然との対話」写真展などで紹介され、世界中で大きな反響を呼んでいる。
 海外初の写真展は1988年、美術史家のルネ・ユイグ氏の強い要望により、パリのジャックマール・アンドレ美術館で開かれた。
 名誉会長はフランスの「ヴァル・ド・ビエーブル写真クラブ」の「名誉写真芸術会員」に選ばれたほか、シンガポール、ネパールなど各国の写真家協会から終身名誉会員証等を贈られている〉

宝の未来部を皆で応援

妙法流布は世界五大州に
 一、明年に迎える佳節は数多い。
 私の初の海外指導(1960年=昭和35年10月2日)から50周年。SGI(創価学会インタナショナル)発足(1975年=昭和50年1月26日)から35周年。妙法流布の大道は、今や世界五大州に広がった。
 先日も、あるヨーロッパの知性が、「生命尊厳の哲学にのっとった創価学会の運動こそ、まさに21世紀の人類の希望です」との声を寄せてくださった。
 私の手づくりである中等部と少年少女部も、結成45周年の佳節を迎える。
 未来部の担当者の皆さん、いつもありがとう!
 皆で、若き後継の宝を大いに育て、伸ばしていこうではないか!(大拍手)
 一、なお、創価女子短期大学も、明年で開学25周年になる。
 卒業生の集まりである短大白鳥会は8000人を超えた。卒業生の方はおられるだろうか。〈女子短大出身者が元気に返事を〉
 おめでとう!(大拍手)

司会の第一声で勝負を決した
 一、さらに明年は、「小樽問答」と、「札幌・夏の陣」の日本一の大拡大からも55周年となる。
 「小樽問答」が行われたのは、昭和30年(1955年)の3月11日。学会と日蓮宗身延派の法論である。
 その発端は、一人の婦人部の勇気ある行動であった。
 本来ならば、日蓮正宗の僧侶たちが先頭を切って戦うべきであったが、彼らに戦う気概はなかった。私をはじめ学会青年部が、多忙な合間を縫って真剣に作戦を練り、法論に臨んだ。
 いねば、「躍進している民衆宗教の勢力」と、「既成仏教の代表」が、公の場で対決することになったのである。
 当時、私は青年部の室長。戸田先生の命を受け、学会側の司会を務めた。
 そして、第一声から事実をもとに正邪を明らかにし、完璧に打ち破ったのである。

歴史を開く戦いを青年の手で!
 一、明年は、東京の大田と横浜の鶴見で、学会が初めて社会に打って出て、大勝利を収めてから、55周年の佳節でもある。
 〈1955年(昭和30年)4月、大田区(東京都議選)と鶴見区(横浜市議選)で支援活動を行った〉
 私は、戸田先生から「民衆の幸福のために頼む」と厳命を受け、両方の指揮を執った。
 先生は、何の前例もない、一番大変な、歴史を開く戦いを、すべて私に託された。
 あの人に任せれば、大丈夫──そういう人間に、若き皆さんも、なっていただきたい。
 私は庶民の中へ飛び込んだ。最前線を駆けた。弁舌を振るえば、雰囲気を一変させた。
 「あなたが言うなら」と皆を味方に変えた。
 状況は厳しかった。しかも気の回らない、要領を得ない人も多かった。頼る人はいない。それをはねのけて、最高の結果を出した。
 戸田先生は、「どうだ! 我らの力は!」と胸を張られた。それを陰で見ながら、私は、うれしかった。
 ──私の名前は出なくていい。先生が喜んでくれさえすれば──
 これが師弟だ。
 先生は、弟子の戦いを、すべてご存じであられた。
 師の命を受け、私は関西でも、“まさかが実現”の大勝利。世間は大騒ぎだった。
 大阪の戦いの時、私は28歳。小樽問答は27歳。弘教においても、20代で全国制覇した。
 本末究竟して等しく、学会が未来永遠に勝ちゆく本因を、20代の私は刻みつけた。
 悪条件が重なり、たとえ不可能のように見えても、師匠のために、全部、勝った。これが学会精神だ。
 頼むよ!〈「ハイ」と元気な返事が〉

「新・人間革命」の連載を再開
 一、おかげさまで、小説『新・人間革命』も、第20巻が発刊の運びとなった。
 多くの書店、また出版界の方々からも、早速、喜びの声をいただき、感謝にたえない。
 〈名誉会長の「活字文化振興」への貢献を讃え、各地の書店商業組合などから顕彰も相次いでいる〉
 私は、『新・人間革命』の冒頭に綴った。
 「平和ほど、尊きものはない。
 平和ほど、幸福なものはない。
 平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」
 アメリカ、モンゴル等の各国で、この一節が刻まれた碑や銘板が設置されている。
 〈アメリカ・コロラド州のデンバー市は、市議会の決議を経て、小説『新・人間革命』の冒頭の一節を刻んだ銘板を設置している。
 モンゴルでは、ハルハ河戦争(ノモンハン事件)の舞台となったドルノド県の「池田平和記念公園」に記念碑が立っている〉
 9月には、韓国北部の華川《ファチョン》郡に開園した。「世界平和の鐘公園」で、この一節の記念碑が除幕された。
 これは、すべて“良き市民”として活躍するSGIメンバーの社会貢献の賜である。
 韓国の皆さん、ありがとう!〈韓国SGIの友が立ち上がり、手を振った〉
 一、ここで読者の皆様への感謝を込め、発表させていただく。
 聖教新聞の『新・人間革命』の連載を、来る学会創立記念日の11月18日付から再開したい(大拍手)。
 第23巻の第1章となる、新しい章のタイトルは「未来」。
 舞台は、昭和51年(1976年)4月に開園した札幌創価幼稚園である。 創価幼稚園の卒園生は、今や6000人を超え、世界中で活躍している。博士も弁護士も、正義のリーダーも誕生した。
 本日は、卒園生の代表が出席してくださっている。ありがとう!。
 〈代表が立ち上がり、拍手が送られた〉

苦労の大地に勝利と幸福の花は咲く

創価の行進曲を
 一、音楽隊、日本一おめでとう! 万歳だ!(大拍手)
 〈10月の「全日本吹奏楽コンクール」で、音楽隊の「創価グロリア吹奏楽団」「関西吹奏楽団」が「金賞」を受賞。そろって“日本一”に輝いた〉
 鼓笛隊も、各地のパレード、本当にありがとう!(大拍手)
 音楽隊・鼓笛隊の皆さんが、どれほど苦労しながら、仕事や勉強、活動や練習も、やり抜いているか。
 私は全部、わかっているつもりだ。
 本当に偉い!
 一生懸命に頑張った人には、必ず福運がつく。これが仏法の因果の理法である。
 音楽隊・鼓笛隊が思う存分、活躍できる舞台を、私は盤石に用意しておきたい。
 創価の友を鼓舞する行進曲を、さらに力強く奏でていただきたい! おめでとう!(大拍手)

さあ前進だ! 昇りゆく太陽のように

まっすぐに妙法に生き抜け
戦う人に永遠の福運 永遠の宝 永遠の力


 一、創立80周年へ、歴史的な第1回の全国青年部幹部会、まことに、おめでとう!(大拍手)
 日蓮大聖人は、若き南条時光に仰せになられた。
 時光が数え年で21歳の時である。
 「願くは我が弟子等《ら》・大願ををこせ」(御書1561㌻)と。
 「我が弟子等」との呼びかけは、まさに、青年部への呼びかけである。
 「大願」とは、広宣流布の実現である。
 広宣流布とは、人類を幸福にし、世界を平和にする大偉業だ。
 自分自身も最高に充実し、永遠に仏となれる。
 父母への親孝行にもなり、一家眷属も皆、救っていける。ここにこそ、究極の正義と勝利の人生がある。
 戸田先生はおっしゃった。
 「どんなことも、遠慮なく祈るのだ。広宣流布への願いは、大きければ、大きいほどよい。行き詰まっても、そこから本当の力が出るのだ!」
 さあ、わが愛する青年部よ! いよいよ、君たちの出番である。
 明年のテーマは「創価完勝・青年躍進の年」と決まった。
 今こそ、広宣流布の大願を起こしていこう。広宣流布という世界平和の大建設に、勇気をもって、皆で立ち上がろうではないか!(大拍手)
 広宣流布の「道」はできた。「城」もできた。あとは、「人」である。
 未来は、若き君たちにかかっている。
 今、本気でやらなければ、後悔の人生となる。結局は、自分が損をするだけだ。
 広布の労苦は、すべて、自分自身のためになる。
 妙法に生き抜く人は、永遠の「福運」を積み、永遠の「宝」と「力」を持つことができるのである。
 ゆえに、つらくとも、歯を食いしばって耐えるのだ。断じて戦うことだ。
 青年の時代だ。青年部、頑張れ!(大拍手)

忘れ得ぬ青春の闘争
 一、私も青年時代、本当に悔いなく戦った。
 戸田先生のもとでの訓練は、皆さんが想像もつかないほどの厳しさであった。
 真夜中でも、かまわずに電話で呼び出される。そんな時は、決まって妻が、どこかでタクシーを拾ってきてくれた。
 それに飛び乗って、隼のように戸田先生のご自宅に向かった。
 二人きりの緊急の会議。先生の矢継ぎ早のご指示を、私が全部、メモに書き取っていく。終わると、もう明け方である。
 「先生、ありがとうございました。おやすみなさい」と申し上げると、先生は「ご苦労さん」とニッコリとされた。
 その慈顔が今も忘れられない。
 私は体が弱かった。医者から「30歳までは生きられない」と言われた身であった。
 その私が、今日まで元気に指揮を執ることができたのも、広宣流布の大師匠をお護りし、仏意仏勅の学会を護りに護った功徳にほかならない。
 戸田先生の事業が挫折した時は、必死で働いて、借金を返済していった。
 折伏が思うように進まない時も、先生に「大作、なんとかならないか」と言われ、猛然と立ち上がった。
 そして、故郷《ふるさと》・大田で、大折伏戦の指揮を執り、拡大の突破口を開いたのである。
 大聖人の弟子である四条金吾のごとく、先生をお護りした。先生にお仕えして、広布に戦い抜いた。
 先生のご構想は、すべて実現してきた。
 この師弟不二の闘争があったればこそ、現在の世界的な学会の基盤ができ上がったのである(大拍手)。
 我々は、ちっぽけな日本など、悠々と見おろしていくのだ。
 創価の舞台は、全世界である。
 未来に大きく広がっている。
 今こそ、青年が立ち上がる時だ。君たちに託すしかないのだ。
 真実の人材が陸続と現れることを、私は祈り、待っている。

自分の力で歴史を創れ
 一、きょうは、海外50力国・地域から、200人もの偉大な青年指導者が馳せ参じてくれた。
 私は、うれしい。本当に、ようこそ!(大拍手)
 また先ほどは、ブラジル女子部長のプリシラ・ナカヤマさん、素晴らしい代表あいさつ、ありがとう!
 ブラジルの歴史学者セルジオ・ブアルケ・デ・オランダの言葉にこうある。      
 「歴史は『変化』であり、『行動』であり、『変革』である」
 でき上がったものの上で、あぐらをかくのではない。
 青年は、自らの行動で変化を起こし、歴史を創るのだ。
 インドをはじめ、アジアのリーダーも、ご苦労さま!
 今回、海外の皆さんが訪問した創価大学には、タゴール像が立っている。
 このインドの詩聖タゴールは謳った
 「乙女よ、あなたの気取りのなさは、湖水の青さのように、あなたの真実の深さをあらわす」
 「女性よ、あなたの笑い声のなかに、いのちの泉の妙なる響きがある」(川名澄訳『迷い鳥』風媒社)
 まさに、各国の「池田華陽会」の友の姿である。
 私は、女子部の「池田華陽会」の皆さんに、「朗らかに友情の拡大を!」「わが人生の幸福を広宣流布で飾れ!」と強く申し上げたい。

不退の誓いの記念撮影を!
 一、きょう、ここに集った海外の友を顕彰する意義を込めて、SGI(創価学会インタナショナル)の皆さんで集合写真を撮影して、良き場所を選んで展示させていただきたいと思うが、どうだろうか(大拍手)。
 この写真に写った皆さんは、絶対に信心から離れたり、退転したりしてはいけない。そのことを、きょうは皆で約束しよう。
 ともあれ、海外から来日するには、交通費一つとっても、どんなに大変であったか──海外の皆様の苦労を思えば、日本の我々は、恵まれ過ぎるほど、恵まれている。
 私たちは、SGIの友の求道の姿から、真剣に学んでいかなければいけない。そうでないと、日本のほうが、海外におくれをとってしまうことになる。
 御聖訓には、仏法西還の様相を、「朝日の東天より出ずるに似たり」(御書1038㌻)と仰せである。
 世界の広宣流布は、朝日がぐんぐんと昇りゆくような勢いで、勝ち進んでいくのだ。
 その力は青年である。その光は君たちである。
 君たちの生命こそが、太陽である。人類を照らす、創価の朝日を昇らせていこうではないか!(大拍手)

「日蓮と同じく」
 一、今、各地で新しいリーダーが続々と誕生している。おめでとう!
 これまでのリーダーも、本当にご苦労さまです。  さらに御聖訓を拝したい。
 「このような者(=日本第一の法華経の行者である日蓮大聖人)の弟子檀那となる人々は、宿縁が深いと思って、日蓮と同じく法華経を弘めるべきである」(同903㌻、通解)
 大聖人の弟子であるならば、堂々と、胸を張って、大聖人の仰せの通りに進むのである。御書の通りにやれば、必ず折伏はできる。私は、そうしてきた。
 創立80周年の不思議なるこの時、戦う我らの宿縁は、あまりにも深い。そして、広布への責任を担い立つ使命は、あまりにも尊い。
 新しいリーダーの紹介の意義を込め、聖教新聞紙上で、「創立80周年へ 私の決意」と題して連載することを、ここで提案したい。皆さん、楽しみにしていただきたい(大拍手)。

凛とした声で皆を鼓舞せよ
 一、もう少し、スピーチを続けても、いいだろうか(大拍手)。
 世界が待っている。
 日本中の同志が待っているから──。
 ここで、アメリカの指導者、ケネディ兄弟の言葉を紹介したい。
 ケネディ大統領からは、会見の要請があった。しかし、さまざまな事情で実現しないうちに、大統領が亡くなられてしまった。本当に残念であった。
 後に、末弟のエドワード・ケネディ上院議員が、亡き大統領に代わって、わざわざ聖教新聞社に会いに来てくださった(1978年1月)。
 兄君のことをしのびながら、人類の未来を見つめて真剣に語り合ったことは、忘れ得ぬ思い出である。
 その大統領の、もう一人の弟で、元司法長官のロバート・ケネディ氏の演説を、皆さんに贈りたい。
 「世界は、青年の力を、必要としている。その“青年”とは、人生の時期ではない。若々しい心のあり方であり、意志の強さであり、発想の豊かさのことである。
 そして、それは、臆病を乗り越える勇気のことである。安逸ではなく、勇敢なる挑戦への意欲に満ちていることである」
 壮年部も、この若々しい勇気の心で進もうではないか!(大拍手)
 特にリーダーは、話し方一つとっても、覇気のない、弱々しい声ではいけない。青年の心みなぎる、凛とした声で、皆を鼓舞していくことだ。
 一、私はこれまで、世界中の指導者や識者とお会いしてきた。
 現在、対談を進めている、インドネシアのワヒド元大統領も、その一人である。
 そのワヒド氏の友人で、インドネシア最高峰の文豪プラムディヤ氏は綴っている。
 「この世界には想像もつかないすさまじい力があって、あるときは大洋の海底から吹き上げ、火山となって爆発し、またあるときは人生の目的を真に理解した個人にそれは宿る」(押川典昭訳『プうムディヤ選集7』めこん)
 これが革命児だ。
 真に、信心に立ち上がった人間ほど、強いものはない。

苦労した分だけすべて君の力に
 一、私は、戸田先生の大事な言々句々を、すべて記録し、残してきた。
 戦後の混乱の中、先生は、苦難と闘う同志を一人一人、奮い立たせていかれた。座談会について、先生は、こう言われた。
 「座談会での指導は、激しい渦の中で一人、旗を持って立っているようなものだ。
 強い強い生命力で、一人一人を励ましていくのだ」
 座談会が、一番大事である。
 多様な人々が集い、学び、語り合う座談会は「民主主義の縮図」なのである。
 創立の父・牧口先生は、青年の登場を待ちこがれておられた。
 「まだまだ青年が少ない。妙法流布を自覚した青年が増えていかなければ、広宣流布は成就できないのである」
 牧口先生の時代は、青年が少なかった。学会員も少なく、建物もなかった。
 しかし今は、青年が大勢いる。いよいよ、これからだ。
 また、かつて青年だった皆さんもおられるが(笑い)、心まで老けてはいけない。たとえ、年をとっても、皆が青年らしく進めば、未来は盤石だ。
 日本中、世界中に、青年リーダーが躍り出ているこの姿を、牧口先生は、どれほどお喜びであるか。
 青年を増やすことが広宣流布である。
 戸田先生も、青年に心からの期待を寄せられていた。
 「まことの広宣流布の戦いは、青年がやるのだ。
 師匠のあとを継いで広宣流布を成し遂げるのは、青年しかいない。
 青年よ、立ち上がれ!」
 青年部、頼むよ!〈「ハイ!」と元気な返事が〉
  最後にもう一つ、戸田先生の言葉を贈り、スピーチを結びたい。
 「青年は、困難から逃げてはいけない。
 挑戦し、苦労して、結果を出した分、すべて君の力となるのだ」
 一、ここで、皆で万歳をしよう!
 一つは、皆さんのお父さん、お母さんのために。
 一つは、創価学会のために。
 そして、もう一つは、広宣流布のために。
 〈正木理事長の音頭で、参加者が元気に万歳三唱した〉
 では次に、皆で歌を歌おう!
 何かいいだろうか?
 〈海外の参加者から“大楠公”等の声が〉
 オーケー! “大楠公”にしよう!
 〈名誉会長の呼びかけに応え、インド創価学会のマニーシユ・カプール男子部長が壇上に。「上手かどうか、わかりませんが、精一杯、歌わせていただきます」と、“大楠公”の歌を日本語で熱唱。歌い終えた後、「必ず人生最後まで戦ってまいります!」と誓いを述べた〉
 ありがとう! うまかった! すごい! 忘れないよ!(大拍手)
 〈ここで名誉会長の導師で、全員で唱題した〉
 長時間、ご苦労さまでした。
 皆さんの大切なご家族の健康と長寿を御祈念しました。
 また、海外の皆さんの帰りの飛行機が揺れずに、楽しく帰れるよう心から祈りました。
 きょうは、ありがとう!(大拍手)
2009-11-06 : スピーチ・メッセージ等 :
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