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仲農業工程学院「名誉教授」称号授与式

中国・仲農業工程学院「名誉教授」称号授与式     (2009.10.14 創大本部棟)

 中国・広東省の名門大学「仲農業工程学院」(崔英徳《さいえいとく》学長)から、同学院初の「名誉教授」称号が、池田名誉会長と香峯子夫人にそれぞれ贈られた。名誉会長の長年にわたる世界平和と日中友好への尽力、そして名誉会長を支えてきた香峯子夫人を讃えるもの。授与式は14日、東京・八王子市の創価大学本部棟で行われ、来日した同学院の高岳侖《こうがくりん》副学長一行が出席。高副学長から、代理の山本創大学長に「名誉教授」の証書と記念の盾が託された。また、名誉会長の友誼の漢詩が高副学長に贈られた。

高副学長の授与の辞

「知行合一の模範」と尊敬
共生の世界へ豊かな識見と休みなき行動


 一、収穫の喜びに沸く金秋の10月、皆様と共に集うことができ、心から光栄に思います。
 このたび、東京を訪れ、世界的に名高い創価学会と創価大学を訪問し、仲《ちゅうがい》農業工程学院学長・崔英徳教授に代わり、池田大作先生と池田香峯子夫人に、本学の名誉教授称号を贈らせていただくことになりました。
 全教員・学生を代表し、池田大作名誉会長と香峯子夫人に、心からの敬意を表します。また創価学会、創価大学および、ご列席の皆様方のご多幸をお祈りいたします(大拍手)。
 一、創価学会は創立以来の70数年、著しい発展をみせてきました。日本から世界各地へ広がる人々の精神的革命に、確かなモデルを打ち立てています。
 池田第3代会長は創価の先師の松明を受け継ぎ、仏法の慈悲の精神を宣揚されました。そして、それらを自ら実践し、大きく発展させてこられました。
 また、人生哲学の新たな理念を詳細に示され、宗教哲学者、改革者の智慧と風格、徳と功績を一身にそなえ、人々の尊敬を受けておられます。
 人間教育の時代の師匠として、池田先生は、教育を生涯にわたる最重要の事業とされ、“教育の根本的課題は、人間がどのような存在であるべきか、人間はどのように生きるべきなのか、という人間の最重要の問題に答えることにある”と述べておられます。
 そして、そのことを目指し、日本をはじめ世界各地に創価の教育機関を創立しています。教育機関の発展と共に、創価教育の理念は全世界に伝わり、宣揚され、人々に良い影響を与えています。
 先生はまさに「知行合一《ちこうごういつ》」(真の知識は実践を伴う)の模範と申しあげるべきです。仏教学、哲学、文学、歴史に広く通じる博識のみならず、豊かな良識と先見性に満ちた卓見をお持ちです。そして世界平和実現のために尽力してこられました。
 過去50年にわたり、世界的な問題群の実行可能な解決策を模索され、自ら世界各国を奔走されました。そして各界の多くの識者と広範に交流し、対話を重ねてこられました。
 世界平和の促進と文化交流、環境保護、人権擁護などの神聖な活動を休むことなく続けてこられました。
 共生・共栄の世界の新秩序構築のために奮闘され、国際社会から高い評価を得ており、国連平和賞など多くの栄誉を受けておられます。また、40数力国の高等学術機関から贈られた名誉博士・名誉教授称号は、260を超えています。
 一、池田先生は、中国人民の古き良き友人であります。長年にわたり中日両国人民の友好往来の推進に尽力された、中日国交正常化提唱者の一人であられます。
 中日両国間の教育・文化などの交流促進に多大な貢献をなされた池田先生は、「中日友好の平和の使者」として10度にわたり訪中され、周恩来、小平、胡耀邦、胡錦濤、温家宝などの国家指導者と会見しておられます。
 本学が校名に掲げて記念している寥《りょう》仲《ちゅうがい》先生と何香凝《かこうぎょう》女史の子息であり、中日友好協会の初代会長である寥承志先生と池田先生ご夫妻とは、中日友好の同志であります。深い心の交わりを結んだ親友でもあります。
 こうしたことから、池田先生ご夫妻に、本学の名誉教授称号をお受けいただいたことに、心の縁《えにし》を感ずるのです。本学の栄誉であり、全教員・学生・職員にとって、大いなる励まし、鞭撻と思っております。池田大作会長と香峯子夫人に、心からの深い敬意と謝意を表するものです。
 一、仲農業工程学院が創立されたのは1927年3月。近代民主革命の著名な政治活動家である何香凝先生などの提案を受け、国民党中央が設立を決定したものです。
 全国人民代表大会常務委員会副委員長、全国婦女連盟名誉主席、中国美術家協会主席などの職務を務めた何香凝先生が初代学長に就任し、その15年にわたる尽力により、顕著な実績を挙げ、中国のために多くの農業工程技術の専門的な人材を輩出しました。
 仲農業工程学院の建設と発展は、各レベルの指導者と各界の大きな注目と関心を集めています。葉剣英、小平、楊尚昆、王震などの国家指導者がキャンパス内の寥仲何香凝記念館、寥仲の像、何香凝の像、寥仲記念碑に題字を贈っています。
 池田先生と香峯子夫人のご関心と力添えのもと、本学は必ずや前人の実績を継ぎ、新たな道を切り開き、活力をたたえ続けていけると確信しております。
 中国の現代化建設事業に対し、さらに大きく貢献し、全人類のため、環境問題に配慮した農業と生態文明の建設に貢献すべく、力を尽くしてまいります。
 一、農業は、人類の生存・繁栄、そして発展の基礎であり、社会の安定・幸福のための基本であります。教育は、人類文明進歩のための方途であり、社会の調和・協調と発展の基盤です。
 私たちと、池田先生の理想・理念は一致しています。池田先生は、私たちの共通の理想と事業の思想的開拓者、道徳的模範であられます。
 池田先生の偉大な人生の実践と、深奥なる道徳の文章、高尚なる行動と人格、そして諄々と説いて聞かせてくださる魅力は、世代を超えた仲の学徒たちを、人生と事業の高峰へと登りゆくよう励ましてくださると信じてやみません。
 本日、この授与式に参列いただいたご来賓、友人、学者、学生の皆様に、重ねて御礼申し上げます。私たちは、仲農業工程学院と創価学会、創価大学の協力が、ますます深まることを祈っております(大拍手)。
 そして、私たちは共に、池田先生と香峯子夫人のご健康とご長寿を祈ろうではありませんか。
 創価学会と創価大学のますますの発展を、お祈り申しあげます(大拍手)。

名誉会長の謝辞(代読)

民衆こそ主役の時代へ進め
寥仲先生
精神を新たにすれば徳も新たになる


 一、心より尊敬申し上げる高岳侖《こうがくりん》副学長。さらに、仲農業工程学院の諸先生方。そして、中国からお越しくださっている交換教員の先生方をはじめ、ご列席の皆さま方。
 まず初めに、晴れやかな新中国の「建国60周年」を、私たちは心よりお祝い申し上げます(大拍言。
 この大いなる佳節に、貴国の力強い大発展の原動力である「人材の花の城」広州から、偉大な人間教育の指導者の先生方を、わが創価大学へお迎えすることができ、私は感無量であります。
 私が貴国への第一歩を印させていただいたのは、1974年(昭和49年)の5月。陸路の旅でありました。
 深圳から乗った列車で最初に訪問した天地こそ、貴・広州だったのであります。
 いにしえより「南越《なんえつ》第一」と仰がれゆく名峰・白雲山《はくうんざん》をはるかに望んだ絶景も、鮮やかに蘇ります。
 私と妻は、広州駅の待合室に居合わせた4人の婦人の方とあいさつを交わしました。
 「はじめまして。私たちは、中国との友好のために、日本からまいりました」
 この明るい笑顔の広州の母たちとの、心を結び合う出会いから、友好の対話は人民の大地に幾重にも広がっていったのであります。
 以来35年、貴国は世界に冠たる大興隆を遂げられました。あの母たちのお子さんやお孫さんの世代は、今、何と誇り高く胸を張って活躍されていることでありましょうか。
 きょうは、最優秀の貴国の留学生の皆さんも出席してくださっております。その若き英姿が、私は、何よりも何よりもうれしいのであります。
 貴国の勝利は、教育の勝利であると申し上げても、決して過言ではないといえましょう。
 本日、私は、私たちの友情の「金の橋」の原点ともいうべき広州にそびえ立つ、教育の栄光の大殿堂より、最高に意義深き栄誉を拝受いたしました。
 さらに、私の妻にも貴学院の称号を賜り、心より御礼申し上げます。
 先生方のご厚情は、永遠に、私と妻の胸奥から離れることはありません。誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

大人《たいじん》の笑顔
 一、初訪中の折、私たちは、広州で熱烈な歓迎をいただき、白雲空港から飛行機に搭乗いたしました。
 夜の10時近く、北京空港に降り立つと、真っ先に大人《たいじん》の笑顔で迎えてくださった方がおられました。
 その方こそ、中日友好協会の寥承志初代会長であられたのであります。
 まさしく、貴学院がその名に刻まれた仲先生、そして創立者であられる何香凝先生の崇高な志をば承継なされたご子息であります。
 世界的な偉人であられた寥承志先生との思い出は、今も私の命に輝いております。
 忘れ得ぬ周恩来総理との会見に案内してくださったのも、この寥承志先生でありました。
 1978年(昭和53年)の9月には、私と妻は、南京の寥陵《りょうりょう》(寥家の墓所)で、仲先生と何香凝先生の荘厳なご生涯を深く偲びつつ、追悼の献花をさせていただいたのであります。
 仲先生が、「革命の魂」として民衆に訴えられたことは、いったい何であったか。
 それは「農工扶助」の精神でありました。
 すなわち、幾多の庶民が虐げられていた時代にあって、いち早く「人民こそ第一」 「民衆こそ主役」との理念を示され、農民や労働者の相互扶助を通し、限りない民衆の力の開発に挑まれたのであります。
 この仲精神を厳然と受け継ぎ、実現してこられた学府こそ、貴学院であられます。

革命に殉じた仲先生
負けても諦めず
勝っても驕らず
何があっても恐れず
世の汚泥に染まらず


「精神不死」
 一、使命の大闘争を戦い抜かれた仲先生は、叫ばれました。
 「人生にとって最も重んずべきは精神である。精神を日に新たにすれば、徳も日に新たになる」と。
 そして、“物事の真実を見極め、行動しゆく智者たれ”」と訴え続けていかれたのであります。
 その獅子の生涯は、「負けても諦めず、勝っても驕らず、何かあっても恐れず、世の汚泥に染まらず」と讃嘆されている通りであります。
 そして、盟友・孫文先生の逝去から5カ月後の1925年8月、仲先生は壮絶な殉難を遂げられたのであります。
 この最も過酷な試練の渦中にあって、ご自宅の門に「精神不死」(肉体は殺せても、精神を殺すことはできない)との横幕を掲げ、正義の後継に凛然と立ち上がられた方こそ、夫人の何香凝先生であられます。
 何先生は2年後の1927年、寥先生の精神を掲げる貴学院の前身を創立されました。
 高名な画家であられた何先生が、アジアや欧州の各地で、ご自身の絵画をもとに、建学の資金を調達していかれたご苦労も、深く胸に迫ります。
 広州で抗日闘争が激しさを増すなか、貴学院は、実に5度にもわたって移転を余儀なくされました。
 しかし、何先生は断言なされております。
 「学校が移転し、校名が何度変わったとしても、『仲』という名称だけは変えてはいけない!」と。
 私と妻は感激いたしました。いな、感涙いたしました。

何香凝先生
冬を乗り越え その心は更に堅し
智慧 人徳の花を咲かせよ


梅の花のごとく
 一、1935年の10月、何香凝先生は「梅花」と題する一詩を記されました。
 「氷や霜や雪が圧迫しようと、梅の花は壮んなり。寒き冬を乗り越えて、その心は更に堅し」と。
 いかなる逆境にも断じて負けない。わが生命から智慧と人徳の花を咲かせ、爛漫たる「平和」と「幸福」の大輪の芳香を広げていく。人間教育の真髄も、ここにあるのではないでしょうか。
 何香凝先生と深き縁で結ばれた穎超先生(周恩来総理の夫人)も、まさにそうであられました。
 この何香凝先生、そして穎超先生のあまりにも気高い御心を、妻は「女性の世紀」を生きゆく、これからの世界の乙女たちに、広く語り伝えたいと願っております。

人民に報いよ
 一、さて、誉れ高き貴学院は、著名な工学博士であられる崔英徳学長の傑出したリーダーシップのもと、隆々たる発展を成し遂げておられます。
 とくに、自然科学や社会科学の様々な分野で、国家の重要な研究の一翼を担われ、素晴らしき学術成果を挙げておられることも誠に有名であります。
 本年9月、貴学院の晴れの入学式の席上、崔学長は新入の英才たちに訴えられました。
 「創造的精神と創造的能力を育むことによって国に報い、社会に報い、そして人民に報いることができる」と。
 教育の根幹が、ここに見事に結晶しております。私たちは、心から賛同と連帯の大拍手をお贈りしたいのであります(大拍手)。
 貴国を蹂躙した日本の非道な軍国主義と戦い、殉じた「創価教育の父」である牧口常三郎先生は、「教育の目的観」の最後の第3段階として、「(指導者層が)社会の民衆を自己生存の手段とするのでなく社会生活の為めに自己の生活を提供して貢献するに至る時代」と展望しておりました。
 まさに、貴学院が仲精神を掲げて切り開いてこられた道と一致しております。

青年の勇気で!
 一、寥承志先生は、青年たちに呼びかけられました。
 「仲間たちよ、手を携えて前進しよう。われわれの前進の途上にはまだ少なからぬ障害と困難が立ちはだかっているが、しかしわれわれは自信をもってそれらを踏み越え、堅い意志をもってそれらを克服していくだろう」(安藤彦太郎監訳『寥承志文集[上]』徳間書店)
 世界を変えるのは、青年の勇気であります。私も妻も、誉れある貴学院の一員とさせていただき、「風雨兼程《けんてい》」(風雨にも突き進む)、そして「薪火相伝《しんかそうでん》」(薪火を相伝す)との気概で、人類史が待望する「民衆奉仕の力ある指導者」群を、滔々たる珠江の流れのごとく、断固として創り起こしていく決心であります。
 貴・広州を中心とする「大珠江デルタ経済圏」の旭日のごとき大躍進は、今、全世界から注目されております。2020年には世界最大の経済圏になるとも予測されております。うれしい限りであります。
 広州に足跡を刻んだ宋の大詩人・蘇東坡《そとうば》は謳いました。
 「夫れ天は日に運《めぐ》るを以て故に健《けん》なり。日月は日に行くを以て故に明《めい》なり。水は日に流るるを以て故に竭《つ》きず」(加藤眞司著「『東坡易傅』に見える君臣觀」、北海道中国哲学会編「中国哲学」第36号所収)
 貴・仲農業工程学院が、栄光輝く「創立100周年」へ、大中国、そして世界の「教育の太陽」「前進の太陽」「勝利の太陽」として、いよいよ赫々たる光を放ちゆかれることを、私たち夫婦は祈念し、確信してやみません。
 結びに、貴学院の諸先生方のますますのご健勝を心からお祈り申し上げ、謝辞といたします。
 謝謝!(中国語で「ありがとうございました!」)(大拍手)


名誉会長 漢詩を贈る

難忘一九七八年
仲墓前獻花鮮
精神永傳農工院
氣風獨領珠江邊

【大意】忘れ難いのは、1978年に、寥仲先生の墓前に鮮花を捧げたことである。仲先生の精神を、長きにわたって伝承する農業工程学院は、珠江《しゅこう》の辺《ほとり》において、その傑出した気風で時代をリードしている。

2009-10-25 : スピーチ・メッセージ等 :
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