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新 あの日あの時 19

新 あの日あの時 19     (2009.10.16付 聖教新聞)

池田先生と北京

友好の大樹は民衆の大地に育つ

五輪のエース
 時が止まったかのような静寂が、ひとりの女性を包んでいた。
 バシッ!
 銃口のかすかな煙が消える。射撃場から、ため息が漏れた。
 2008年(平成20年)8月9日。北京オリンピックの開会式翌日である。中国人民の視線は、女子射撃のエースである杜麗《とれい》に注がれていた。
 焦点は「首金」、すなわち第一号の金メダルを、いったい誰が取るかである。
 4年前のアテネでも、彼女が最初に表彰台の真ん中に立ち、中国のメダルラッシュが始まった。
 しかし──金メダル確実と見られたエアライフルで、まさかの5位に沈む。
 あるコラムニストは即座に記事を書いた。
 「彼女の姿は非常に心が痛むものだった」
 「だが私は、日本の哲人・池田大作の言葉を、彼女に心から贈りたい。『青年は、いかなる困難な環境の中からも立ち上がっていく力を持っているのだ』と」
 5日後、別種目・女子ライフル3姿勢の決勝。表彰台の中央には、薔薇のブーケを天に突き上げ、金メダルを手に笑う杜麗が立っていた。

北京の大学生
 北京で本屋をのぞく。
 文字の国らしく、天井までとどく書棚には、びっしり背表紙が並んでいる。
 池田名誉会長の本はどこですか、とたずねる。店員は「ああ」とうなずき、一直線に連れて行ってくれた。
 儒教の大家であるハーバード大学教授ドゥ・ウェイミンとの対談集『対話の文明』。2007年の「良書100冊」に選ばれた。
 中国を代表する大学で、名誉会長について聞いてみる。
 北京大学の1年生。「心理学の先生が、よく読めと言っています。池田先生の言葉は深さがあります」
 清華大学の大学院1年生。
 「日本の作家ですよね。友だちがすすめてくれ、じっくり読みましたよ」
 北京師範大学の教授。「あの創価大学の創立者? 金庸対談には、本当に感動しましたね」
        ◇
 第5次の訪中をしていた池田名誉会長が、北京大学の貴賓室の門をくぐった。
 窓から「未名湖《みめいこ》」が見える。冬には厚く凍りつき、学生がスケートを楽しむが、今は湖面を渡る風が、しだれ柳の緑を揺らしている。
 1980年(昭和55年)4月22日である。北京大学で初の講演を行う会場だった。
 テーマは「新たな民衆像を求めて」。孔子、司馬遷、魯迅が出てきたかと思うと、トインビー、ユゴーの言葉も自在に操る。スピーチが終了するや、学生の中へ。
 「みんなは、日本のことを勉強しているの?」
 「そうです」と流ちょうな返事。日本語学科の男子学生である。
 「質問を出すよ。かつて日本で『土佐』と呼ばれた地方は、何という県かな」
 互いに目を合わせて考え込む。「四国」「高知県です」
 「じゃあ、日本の古代文学で知っている書物を三つあげてみて」
 すぐさま「万葉集」「源氏物語」「竹取物語」と返ってくる。
 「みんな優秀だ。今度は、日本でお会いしましょう!」
        ◇
 86年、北京大学に留学した学生部員がいた。
 ある日、学内の郵便局で背中に視線を感じた。ちょうど窓口で封筒を差し出そうとした時である。
 「君、ちょっと待ってくれ。その封筒は……」
 手にしていたのは、池田名誉会長宛の手紙である。声をかけてきた中国人学生は、やや興奮している。
 「もしかして、君は池田大作先生を知っているのか」
 「僕は、池田先生の弟子なんだ」
 ぽかんと驚く学生。「いいなあ。うらやましいよ」
 当時、歴史家トインビーとの対談集(中国語版)が北京の書店で売り出され、大人気だった。
        ◇
 北京大学に隣接する創価大学「北京事務所」がオープンしたのは2006年。
 当局の正式な認可を受けて、国外の大学の連絡事務所が設置されたのは、ごくわずかである。

釣魚台《ちょうぎょだい》の国賓館
 1984年(昭和59年)の第6次訪中から、名誉会長の宿舎には、釣魚台の国賓館が用意された。
 「あれほど礼を尽くす人を私は知らない」(中国大使館関係者)
 緑色の制服に身をかため、入り口で直立している衛兵にまで、名誉会長は感謝の揮毫を贈った。
 魔法瓶の湯を入れ替えるため、若い男性が建物の2階へ向かう。天井の高い廊下を動く人影が見える。
 名誉会長だった。つかつかと大股である。すさまじい勢いを発散していた。手には5センチはある分厚い報告書の束。歩きながら、一枚一枚に目を通していた。
 「二ーハオ! ごくろうさま」
 ねぎらいの言葉をかけてくれたが、すぐに手元に視線を戻す。
 ばさっ、ばさっ……。わずかな移動の合間も、書類の束が猛スピードでめくられ、処理されていく。
        ◇
 飛び込み取材を仕掛けてきた新聞記者がいた。
 「日本と中国が交流する上で、大切なことは?」と聞いてくる。
 「民衆です」
 間髪を入れず答える。
 「政治や経済の交流を船にたとえれば、民衆が大海原になります。民衆と民衆の交流があれば、政治と経済の船は前進します」
        ◇
 中国側のスタッフが、池田名誉会長と車に乗って国賓館を出た。
 北京の大通りは人の波である。歩道はおろか、車道にまで人があふれていた。
 先導車がランプを回転させる。かん高い警報音が鳴り、人と車の波が、ぱっと割れた。分刻みのスケジュールを確保するための中国側の配慮だった。
 しかし、名誉会長は、車の窓から左右に目を配り、頭を下げている。小声で「すみません」とつぶやいている。
 車を下りると、先導車の運転手にまで謝意を伝えた。
        ◇
 中日友好協会の会長を務めた孫平化。90年5月の第7次訪中では、江沢民総書記、李鵬首相の会見に、それぞれ同席した。
 前年に天安門事件があり、中国政府は国際社会で孤立していた。世界中のマスコミから警戒され、トップの実像も伝わりにくい。
 しかし、名誉会長は両者との会見で、国家を論じるだけでなく、人柄を表すエピソードや、個人的な思い出にまで突っ込んだ。
 孫平化は舌を巻いた。
 「江沢民総書記も、季題首相も、あそこまで話をされるとは……」

創大への留学
 「日本の小学生が北京に来ているから、行ってみないか?」
 なにげなく友人に掛けられた一声が、董芳勝《とうほうしょう》の転機になった。北京師範大学に学んでいた1991年(平成3年)の9月である。
 名門の北京第一実験小学校。利発そうな児童が、首にそろいの赤いチーフを巻いている。そこを、交流のある関西創価小学校の児童6人が訪れていた。一目で驚く。
 「なんでこんなに自主性があるのか」。エリート小学生に見られるような、教員の顔をうかがうところがない。
 「この子どもたちを育てた学校には、何かがあるにちがいない」。師範大学に行くほどだから、董は教育への関心は高い。その探求心から96年、創価大学へ留学した。
 創価教育の謎を読み解くキーワードは、創立者だった。
 キャンパスにいると、よく分かった。学生に会って激励するだけではない。遠く離れていても、伝言や書籍が届く。1年365日、片時も学生のことを忘れない……。
 董は現在、准教授として創価大学の教壇に立っている。
        ◇
 北京に生まれた李珍《りちん》は、その生い立ちゆえに過酷な娘時代を送った。
 母親が在日華僑だったため、文化大革命で、白眼視される。「日本の特務(スパイ)!」。父親は衆人の前で吊し上げられた。
 ぬぐいがたい人間不信が残る。夢だった大学進学も半ばあきらめた。
 75年4月、両親が奉職していた武漢大学に、ある知らせが届く。
 「日本から立派な人が来る」。母から聞かされ、一緒に出迎えることにした。
 日本と関わって一家が辛酸をなめた経緯があるので、李珍には違和感もあったが、そこに池田名誉会長が現れた。
 中国側が、日本語で童謡を歌う。
 ♪夕焼 小焼の あかとんぼ……
 歌うほどに、心がひとつに溶け合っていく。
 名誉会長は、一人一人に話しかけてくれた。そのたびに、弾けるような笑いが起きた。李珍の目をじっと見て「日本に留学にいらっしゃい。待っているよ」。
 その7年後、李珍は創価大学へ。
 だが、しばらくして父の訃報が届く。文革時代、労働改造農場に連行されても家族を守り抜いてくれた父である。
 悲しみの中で創立者と再び出会ったが涙が止まらない。
 「頑張れ!」。握手した手に、父の温かさがあった。
 その後、彼女は日中を結ぶ映像プロデューサーになり「大地の子」「新シルクロード」などの名番組に携わる。
 映画「故郷の香り」は2003年、日本の東京国際映画祭でグランプリに輝いた。
        ◇
 昨年秋、中国からの創大留学生OB・OGと、中国在住の創大卒業生が、北京で一堂に会した。
 そこには、新中国からの“留学第一号”だった中日友好協会副会長・許金平《きょきんぺい》もいた。同協会もこの開催を喜んでくれた。
 互いに初めて会う者もいたが、どちらも創立者という一点で、旧知の間柄のように語らいが弾む。日本と中国の垣根は悠々と乗り越えられた。
 創価大学が、日本で初めて新中国の正式な留学生を受け入れたのは1975年──明年で35周年を迎える。
2009-10-16 : 新 あの日あの時 :
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