忘れ得ぬあの瞬間 第10回

忘れ得ぬあの瞬間
名誉会長と共に80周年へ
    (2009.10.1付 聖教新聞)

第10回 第1回の本部幹部会

 燃え上がるような熱気が、会場に渦巻いていた。
 昭和35年(1960年)5月27日、東京の台東体育館。池田第3代会長が誕生して第1回の本部幹部会である。
 「支部旗は折伏戦の旗印です。よろしく頼みます!」
 「はい! 断じて守り抜きます!」
 緊張した面持ちで壇上の中央に進み出る新支部長。その一人一人に気迫あふれる声をかけ、新会長が直接、支部旗を手に託していく。
 会長就任の5月3日に、全国で23の新支部が誕生。それから約3週間後の本部幹部会で、首都圏の横須賀、新宿、城北、墨田、中野、武蔵野の6人の代表の支部長に支部旗が授与された。
 「戸田先生の7回忌までに、300万世帯の弘教の達成を!」──歴史的な会長就任式で、池田会長は訴えた。恩師の遺訓を断じて実現せんとの誓願の大師子吼に、全同志が奮い立った。
 5月度の折伏成果は、実に4万5千世帯。前月を1万世帯も上回る爆発的な大躍進だった。
 本部幹部会で、池田会長から支部旗を受けた墨田の初代支部長。青年部時代、学会の中で複数の役職を兼務し、両立は無理だと悩んだ。意を決して、部隊長だった池田会長の自宅を訪れた。
 「よく来たね! 一緒に銭湯へ行こう」──湯船につかりながら話に耳を傾け、懇々と励ましてくれた。
 「君も立派な指導者になれる。頑張りなさい。広宣流布は青年部が絶対にやるのです」
 「『無量義は一法より生ず』とある。一法とは南無妙法蓮華経です。真剣に唱題するのです。勇敢に戦うのです」
 不動の原点となった。
 300万世帯達成を担つたのは、戸田第2代会長の下、池田会長が体当たりで育てた若きリーダーたちだった。
        ◇
 続く6月、首都圏の各地で支部幹部会が開催された。
 9日、池田会長は向島・城北・墨田の3支部合同幹部会に出席。富山や愛知からも支部員が参加し、会場に来たバスの数は62台にもなった。
 「無我夢中で、弘教に走りました」。当時、地区部長として奮闘した友は言う。
 「青年部時代、池田先生は激励のため、わが家にも足を運んでくださいました。心から尊敬していた先生が、いよいよ会長になられた。
 皆、歓喜に燃えていました。新しい時代が始まった!
 先生とともに、断じて広宣流布をやるんだ!──と」
 自宅の地区拠点には、いつもにぎやかな青年たちの声が響く。座談会には必ず新来者の姿があった。病気、経済苦、家庭不和……悩みを抱える友を全身全霊で励ました。
 「師弟の誓い」は、「苦悩に沈む人を救うのだ」との大情熱となって燃えた。怒濤の勢いで広がる幾万、幾十万の弘教の一つ一つに、人間革命の偉大なドラマがあった。
 会長就任から1ヵ月。その歓喜は、うねるような熱波となって、全国の津々浦々を包んでいった。
2009-10-13 : 忘れ得ぬあの瞬間 :
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