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御書と師弟 仏法即社会

池田名誉会長講義 御書と師弟 
              (2009.10.8付 聖教新聞)

第28回 仏法即社会


人生に勝つ信仰

信心の眼で賢く勇敢に

御聖訓
 「天晴れぬれば地明かなり
 法華を識る者は世法を得可きか」
             (観心本尊抄、254㌻)

 わが師・戸田城聖先生は、語られました。
 「強く正しき信仰は、必ず幸福をもたらす。断じて明朗な人生が開かれることを確信せよ」
 人生に勝ち、社会を照らしゆくことが、仏法者の生き方です。現実を離れて仏法はない。千変万化する世界を見つめ、価値創造の光を放つ力こそ、信心です。
 今回、共々に拝する「観心本尊抄」の一節は、この「仏法即社会」の法理を、明快に説いてくださった御金言です。
 「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(御書254㌻)
 ひとたび天が晴れわたれば、大地が明るく照らされる。それと同じく、妙法を信じ行ずれば、世法で勝ちゆく道も晴れ晴れと開かれてくるとの仰せです。
 この「観心本尊抄」は、文永10年(1273年)4月、日蓮大聖人が流罪の地・佐渡で認《したた》められ、下総国《しもうさのくに》(現在の千葉県北部)の中心的な門下であった富木常忍に送られた御書です。
 一切衆生を救う御本尊の真義を明かされていることから、「法本尊開顕の書」と呼ばれます。
 大聖人が末法の御本仏であられることを宣言された「人本尊開顕の書」である「開目抄」と並ぶ、重書中の重書です。

広宣流布の大瑞相
 今回の御文は、「観心本尊抄」の結論部分の一節です。この直前では、当時、相次いだ前代未聞の災難を、仏法上、どう捉えていくかが、明確に示されております。
 それらは、末法における思想の乱れによるものである。しかし、今こそ、民衆のための大仏法が広宣流布する時にほかならない。
 「地涌の菩薩」が出現する時であり、「一閻浮提第一の本尊」が建立される瑞相である──と。
 めまぐるしく転変する眼前の事象に右往左往して、うろたえたり、嘆いたりするのではない。
 透徹した仏法の眼で、その深き意義を見極めつつ、大変であればあるほど、勇み立つ。そして、人間のため、社会のために行動を起こしていく。これが、師弟の誓願に生き抜く「地涌の菩薩」の大生命なのであります。
 じつは、私たちの創立の父である牧口常三郎先生が、昭和3年(1928年)に入信された当初から、大切に拝されていた御聖訓が、今回の御文です。
 牧口先生は記されています。
 「一大決心を以て、いよいよ信仰に入って見ると、『天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか』との日蓮大聖人の仰せが私の生活中に“なるほど”と肯かれることとなり、言語に絶する歓喜を以て、ほとんど六十年の生活法を一新するに至った」と。
 最高峰の知性の牧口先生が、最先端の学究と思索の果てに到達されたのが、日蓮仏法です。先生は、信心の力によって、「暗中模索の不安」が一掃され、「引っ込み思案」もなくなり、「生活目的」が遠大となり、畏れがなくなったとも断言されています。
 これが信心の喜びであります。
 哲学にせよ、芸術にせよ、科学にせよ、尊き英知の光を発している。それぞれに一次元を、一定期間、照らすことはできる。しかし万人の生命の全体を普く照らし出し、生老病死の苦悩を打開できる永遠の大光《たいこう》は、一体、どこにあるか。それは、太陽の大仏法しか、ありません。

困難は幸福を開くチャンス

経済学者サロー博士
「宗教には『人間を向上させる力』があります」


『即』=変革の原理
 この希望の哲理を、民衆の一人一人が抱いて、濁世の深い不幸の闇を打ち破るのだ──牧口先生が直弟子の戸田先生と共に、決然と立ち上がって創立されたのが、わが創価学会です。
 両先生に連なる私たちも、真剣に戦えば、「法華を識る者」として、一切の現象を妙法の眼で捉えていけるようになります。
 最も苦しんでいる人が、最も幸福になるための仏法です。人生の上でぶつかる困難は、信心の次元から見れば、すべて意味がある。必ず大きく境涯を開くチャンスとなる。
 勇気ある祈りを忘れなければ、断じて勝利できる。御本尊は勝つためにあられる。こう確信し、祈り切るのが信心です。
 わが創価の友は、大仏法の尊い実践者である。広宣流布の真正の闘士である。ゆえに、現実社会で絶対に勝たねばならない。また、絶対に勝ち抜いていける大法則を持った皆様方なのです。
 「一切の法は皆是れ仏法なり」です。生活の確立が、信心の確立である。信心の確立が、生活の確立なのです。
 仏法は「即社会」です。「即職場」「即地域」であり、「即家庭」となるのです。「即」とは、信心の一念です。学会という和合僧の中で、使命の役職を担い、広宣流布に戦えば、「即」という変革の原理が躍動します。
 人生は、さまざまな困難の連続である。しかし、信心の上では決して負けない。一歩も退かない。この一念が、「即」人生の勝利、社会での勝利を開くのです。
 仕事でも、学業でも、題目を唱え抜いて真剣に挑戦すれば、必ず勝利の智慧が湧いてきます。これが「天晴れぬれば」の生き方であり、「地明かなり」の妙用です。
 大聖人は、「智者とは世間の法より外《ほか》に仏法を行《おこなわ》ず」(御書1466㌻)とも仰せである。
 智者とは、世間の法から外には出ない。真の宗教は、社会の真っ只中で勝ちゆく源泉なのです。
 世界的な経済学者のサロー博士も、私との会見で「宗教には『人間を向上させる力』があります」と話されていました。
 宗教は、社会の向上のために活動する使命がある。社会を離れて宗教はない。社会に対して何の貢献もせず、聖職者が供養を貪るならば、懶惰懈怠の姿と言わざるを得ません。
 創価の師弟は、社会の中へ、人間の中へ飛び込んできました。
 社会のために進む信仰者!
 平和のために戦う仏法者!
 皆様方は、どれほど偉大な、人類の最先端の道を歩んでおられることでしょうか。
 戸田先生は明言されました。
 「仏法を行じ抜いた人は、今世では絶対の幸福境涯を勝ち開き、生々世々に大指導者になる。
 御本仏・日蓮大聖人と一体の生命で、大宇宙を舞台に広宣流布に活躍していけるのだ」
 仏法は、「十界互具」 「一念三千」という極理を説き、生命と宇宙の実相を解明しています。
 妙法は「生活」と「社会」と「宇宙」の根本のリズムです。観念ではない。道理である。
 “ただ拝めばなんとかなる”という、安っぽい低次元の宗教ではない。
 真剣な祈りから出発する。そして、これ以上ないという努力を重ね、死力を尽くす。これが「信心即生活」の生き方です。そこに、諸天も動くのです。
 大聖人は厳然と仰せです。
 「但し御信心によるべし、つるぎなんども・すすまざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼうたるべし」(同1124㌻)
 勇気で進む。勇猛精進です。

創価は人類の太陽
 太陽の力がいかに偉大か。世界的な天文学者モウラン博士が、アマゾンで観測した「日食」の思い出を聞かせてくれました。
 ──日食が始まると、鳥たちの鳴き声も止み、暗闇の数分間、森は息を殺し沈黙を守り続けた。
 太陽が再び姿を現した刹那、鳥が勢いよく飛び立った。そして太陽の光とともに、森林は素晴らしき活力を取り戻し、「生命のシンフォニー」を劇的に奏で始めた、というのです。
 太陽は、地球の生きとし生けるものを育む「お母さん」です。
 私たちの国土世間にあっても、広布の太陽である婦人部の皆様方の明るい笑顔が輝くところ、皆の勇気が広がります。
 人類は、世界的な経済不況や地球環境の変動、自然災害、紛争・テロの勃発など、幾多の難問に直面しています。一つ一つ、学術・言論の力や政治・経済の力などを結集し、解決への挑戦が続いている。私も諸問題の打開へ、具体的な提言や行動を重ねてきました。
 このような時代相の病根に、「人間」の喪失があり、「生命」の軽視があることは、多くの識者との対話でも一致を見たところです。だからこそ、現代は、仏法ヒューマニズム(人間主義)の太陽を渇仰しております。
 闇が深いほど、暁は近い。
 今、悪世末法の闇を突き破り、創価の旭光は192力国・地域へ広がりました。幾百千万の民衆が「地涌の菩薩」として溌剌と妙法流布に進む姿そのものが、「天晴れぬれば」の壮大な実現であり、新しき地球文明の到来を告げる──「地明《あきら》か」となる希望の黎明ではないでしょうか。
 太陽の限りないエネルギーは、どこから生み出されるか。
 それは、1500万度、2500億気圧の中心部で、間断なく起きている核融合反応です。
 次元は異なりますが、創価の太陽は、「師弟不二」という燃え上がる生命の究極の融合があるゆえに、最も強く明るい勝利の大光を放つことができるのであります。

教学試験頑張れ!
 この秋、全国で「教学部初級試験」「青年部教学試験3級」が行われます。御書を拝し、仏法の甚深の法理を学ぶことは、「法華を識る」正道であり、「世法を得」る大道にほかなりません。
 学んだ分だけ、自分が得をします。大仏法を生き生きと学び、社会で勝ち抜く英知を体得していっていただきたいのです。
 先輩の皆様方、担当者や役員を務めてくださる方々も、どうか、よろしくお願いいたします。
 「学は光」です。米ハーバード大学の調査によると、事業で成功した人の多くは、学歴に関わらず、社会で苦労しながら、大学院生と同レベルの語彙を獲得していたそうです。豊かな、よき言葉をたくさん学ぶことが、大成の力となるのです。
 いわんや、大仏法の教学運動は、庶民の大賢者を育成し、「幸福博士」の記別を贈る聖業です。共に「行学の二道」に励みゆく中で、無量の福智に包まれゆくことは絶対に間違いありません。
 戸田先生は青年に語られた。
 「世界の動きをよく見つめ、御書を頭の中に入れて、言論戦を展開するのだ。大聖人は佐渡で、開目抄、観心本尊抄を、すらすらとお書きになっています。そこには、辞書も経典もない。ただ驚くばかりです。君たちも、いつまでも若い情熱を保ち続けて勉強してほしい」と。
 学会は、平和と正義の大哲学を学ぶ偉大な民衆大学です。
 法華経の如来神力品第21には、
 「日月の光明の
 能く諸の幽冥を除くが如く
 斯の人は世間に行じて
 能く衆生の闇を滅し」
 と説かれています。
 この通りに、学会は一段と人類の未来を照らす「太陽の大連帯」を強め広げてまいりたい。
 文豪ゲーテは歌いました。
 「元気よく思いきって、元気よく出よ!」
 「太陽を楽しめば、どんな心配もなくなる」(高橋健二訳)と。
 「天晴れぬれば地明かなり」──拝すれば拝するほど、わが生命の天空に旭日が昇り、見渡すかぎりの使命の大地に、明るい陽光が降り注ぐ御金言です。
 さあ、太陽の大生命力で、堂々と朗らかに対話の最前線へ打って出ようではありませんか!

 天晴れて
  法華を識るは
      幸福王
2009-10-09 : 御書と師弟 :
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